サディスティック

・『Don’t stop to love me』および『XYZ』の続編です。前編読んでないとたぶん意味が分かりません。
・バーテンダーシルバー×若手警察官デュースのパロディ世界です。続編なのでパロディ本棚に入れています。
・シルバーが時々(バーテン営業時)は敬語なので、誰が喋っているか分かりにくいときがあります

以上大丈夫な方はスクロール↓

 

 

 
 シルバーさんと、恋人になった。
 えっと、何から説明すればいいかな。シルバーさんは、『Bar Briar(バー・ブライア)』というお洒落なバーで働くバーテンダーさんで、僕は初めて会ったとき、シルバーさんに一目惚れして。
 でも、本当はそのときが初めてじゃなくって、2年前に僕が迷子のシルバーさんを道案内したことがあったんだって。そのときからずっと、シルバーさんは僕のことが好きだったんだって言って、それで、こう言ってくれた。
『デュース。俺のものに……俺の恋人に、なってくれないか?』
 僕はそれがすっごく嬉しくて、飛びついて喜んだ。けど、実際恋人になってみて、今、僕は思うんだ。……なんだか僕ばっかり、照れたり焦ったりしてないか、って。
 別に、シルバーさんにからかわれたり、心の中をカクテルみたいにかき回されるのが、嫌なわけじゃない。ドキドキするし、困るし、照れるし、恥ずかしい。だけど、……嫌では、ない。
 でも、その。シルバーさんが、バーテンダーの顔じゃない、素顔も見せてくれるようになってから、僕。欲張りになったんだろうか。
 ……あの人の、もっと、余裕がないところが見てみたい。その、夜……とかはそういうのも見られることもあるけど、そういうんじゃなくて、もっとこう……。そう、ヤキモチ! ヤキモチだ。ちょっとした嫉妬みたいな、そういうの、そういう顔も見てみたい!!
 だから、僕は今日、『Bar Briar(バー・ブライア)』ではない、別のバーに来ていた。
 もちろんあとでシルバーさんのところにも行くけど(何もなしに行かないと心配されちまうから)、その前に、夕方早めからやってる店で勉強してから行くことにした。
 シルバーさんのヤキモチ以外にも、目的はあったからだ。この前、その。ベッドの中で、教えてもらった……『XYZ』ってカクテルには、特別な意味があった、らしい。だからもしかして、他のカクテルにも特別な意味が込められてるのかな、なんて。聞いてみたくなったんだ。
 ……え、なんでシルバーさんのとこで直接聞かないのかって……だ、だって、考えてもみろよ。ほんとに特別な意味があったりして、『いつも特別な気持ちを込めてました』なんて言われてみろ。僕、その場でどうなるかわかんないぞ。
 だから、予習してから行くんだ。いつも余裕たっぷりなシルバーさんに、僕も余裕を持って対抗できるように!!
 店に入り、カウンターにつくとすぐににこやかな女性のバーテンダーさんが対応してくれた。
「ご注文は何に致します?」
「えーっと、僕まだあんまりカクテル詳しくないんですけど……。あ、そうだ。前に別のバーで飲ませてもらった、『ブルドッグ』ってカクテルがおいしかったです。それお願いします」
「かしこまりました。少々お待ちくださいね」
 僕は、少し落ち着かない。『Bar Briar(バー・ブライア)』じゃない他のバーに入るのって、そういえばこれが初めてだ。
「えっと。やっぱり、普通のバーって、店員さんが落ち着いてるんですね……」
「あら。普通じゃないバーに行かれてるんですか?」
「い、いや! 普通のバーだと思います! でも、その。……恋人が、いて」
「あら、まあ。ふふ、そうでしたか。恋人さんはバーテンダーでいらっしゃる?」
「は、はい。元々、バーで働いてる店員さんで、お店で会って、それから、って感じで……」
 そうだ、と僕は思いつく。この店員さん、優しそうだし、聞いてみよう。
「あの。カクテルの意味って、知ってますか? この前、えっと、『XYZ』ってやつは特別なカクテルなんだって教えてもらったんですけど、ちゃんとした意味までは知らなくて」
 良ければ教えてください、とお願いすると、バーテンダーさんは優雅な笑みで教えてくれた。
「ええ、かまいませんよ。カクテルにはそれぞれ、『カクテル言葉』というものがあるんです。他にも、そのバーテンダーさんから頂いたカクテルを覚えていますか?」
「えっと、覚えてる限りで良ければ。確か『キール』とか、『キャロル』とか、そんなのだったと思います」
 するとバーテンダーさんは、ステアするマドラーを止めて言った。
「ふふ。貴方、その方からとても大切にされてるのね。いい? よく聞いてね。まず、キャロルの意味だけど、『この想いを君に捧げる』って意味よ。それからキールは、『あなたに出会えて良かった』。そして極めつけのXYZは、『永遠にあなたのもの』。どれも、愛の告白でよく使われるカクテルね」
「へあ……っ!」
 真っ赤になって固まる僕にほほ笑んで、ブルドッグお待ちどうさま、と店員さんは僕にグラスを差し出す。そして、補足してくれた。
「ちなみにこのブルドッグも、『あなたを守りたい』って意味のカクテルよ。きっと、どれも偶然じゃない。貴方、その人から本当に大切にされてると思うわ」
 恋人さんに逃げられないよう気をつけてね、応援してるとウィンクして、店員さんは別のお客さんの接客に行ってしまった。僕は、出してもらったブルドッグをひとくち飲みながら、思った。
(もしかしてシルバーさん、最初からずっと僕のこと好きだった……?)
 いや、それはそうなのか。2年前からずっと僕のこと好きだったって言ってたし。でも、なんか、こう。改めて気持ちを形にされてたって分かると、なんていうか、その。
 ……照れる。
(なんでシルバーさんが目の前にいないときまで負けてるんだ、僕……!)
 恥ずかしさと敗北感でカウンターに突っ伏しそうになりながら、ブルドッグを飲み切った。

 それから、僕の足はシルバーさんの待つ『Bar Briar(バー・ブライア)』へと向かう。
 いつも通りの面子に迎えられ、カウンターに着くと、すぐにシルバーさんが僕を接客しにやってきた。
「こんばんは、今日もご来店ありがとうございます」
「はは、来ないと心配かけちまうなと思って」
「ええ、心配しますよ、もちろん」
 相変わらず、バーテンダーとしての顔が上手だな、と僕は思う。今日はなんのカクテルを出されるんだろう、と思ったけど、ふと、僕から何か注文してみようかなと思いついた。
「今日もお任せで?」
「あ、や、えっと、その。……今日は、この前言ってたやつ、飲んでみたいです。あの、『XYZ』って、やつ……」
 教えてもらってから、味が気になってたので、と僕が言うと、シルバーさんはほほ笑んで、耳元でそっとささやいた。
「……意味が分かって言ってるか?」
 僕はかっと顔が赤くなった。そういえば、XYZの意味って。
 ――『永遠にあなたのもの』
 さっきのバーで教えてもらった意味が頭の中を反復して、僕はかっと顔が赤くなる。
 だけど、単に近いから赤くなったと思われたようで、シルバーさんには僕がその意味に気付いたことは知られなかったようだった。
「おや? なんだか、もうお酒の香りがしますね。どこかで呑んでこられました?」
「あ、えっと。ハイ。一件、別のお店に寄って、一杯だけ」
 そう告げると、シルバーさんはシェイカーにカランカランと氷を入れながら、言った。
「おやおや、堂々と浮気の報告とは。これはまた随分と大人になられましたね」
「すっ、すいません。僕そういうつもりじゃなくて」
 確かに、行きつけの店で、堂々とよその店にも行きました、なんて言うのは無神経だったかもしれない。慌てて謝ると、シルバーさんは振り終わったシェイカーからカクテルを注いで、グラスを差し出した。
「これは俺の我侭ですが。よその店より、うちだけを贔屓してもらえたら嬉しいです」
 僕はグラスを受け取り、飲み始める。……今日は結構、営業トーク寄りだったな。
 なんて思ってしばらくちびちび飲んでいたら、スマホにメッセージが来た。
『浮気したな? お巡りさん。今夜は大人しく、バーの前で待ってろよ』
 僕はまた、心地良い敗北感に苛まれる。あの人には敵わないな、と。
 そして、さっきのバーで言われたことを思い出した。
『恋人さんに逃げられないよう気を付けてね』という言葉。
「どっちかっていうと、僕が逃がしてもらえない感じだよな……」
 そんな呟きは、夜の喧騒の中に混じり消えていった。

 それから、閉店後。バーの前で待っていると、シルバーさんがやってきて。
「今日はホテルじゃなくて、俺の部屋へどうぞ?」
 と。あれよという間に、バー店舗の上階にある居住区の、シルバーさんの部屋に連れ込まれてしまった。
「ひ、広くて綺麗だ……!」
 僕が驚いていると、シルバーさんは言った。
「ここは、マレウス様……俺の上司に当たる方が、一棟の建物ごと持っているマンションで。あのバーで働く店員に、一部屋ずつ与えられているんだ」
「す、すごいですね……。スケールが違う……」
「まあ、すごいのはマレウス様で、俺たちの暮らしはそれぞれ平凡なものだ。臆することはない」
 そしてシルバーさんは部屋を案内してくれた。こっちが寝室、こっちがシャワー、と。
「先にシャワー浴びてこい。その間に、準備しておくから」
「は、はい……」
 あ、やっぱり。『今日は大人しく待ってろ』って、そういうことだったのか。薄々感づいてたけど、ホイホイついてく僕も僕だ。とりあえず勧められた通りにシャワーを浴びて、出ていくと、シルバーさんが寝室っぽいとこのドアの前で立っていた。
「ああ、お帰り。暖まったか?」
「はい、ありがとうございます」
 するとシルバーさんから軽くぎゅっと抱きしめられた。
「本当だ、いい匂いだな。暖かい。……お前が家の中でこうして共に時間を過ごしてくれるだけでも、とても嬉しくなる」
 それからシルバーさんは、俺もシャワーを浴びてくる、ベッドに座って待っていてくれと言って、寝室の方へ僕を招き入れ、それからシャワーを浴びに行った。
 僕は、大人しくちょんとベッドに座り、待つ。ふと、部屋の机に何かが置いてあるのが目に入った。
 ……これ、なんだろう。近づいてよく見てみてると、それはどうやら日記のようだった。
『今日は、あの子が来た。店に招くと、素直に入ってくれた。久しぶりに会えて、言葉を交わせて、嬉しかったので、「バイオレット・フィズ」をお出しした。このカクテルに込められた意味は、「私を憶えていて」。彼も俺のことを、覚えてくれているといいのだが』
「これって……」
 もしかして、と思った僕は、日記帳を持って、ぱらぱらとページをめくる。
『今日も来てくれた。今日のカクテルは『ブルー・ラグーン』。俺のお気に入りのカクテルのひとつだ。夏を思わせるような爽やかで綺麗な青色が、彼の髪の色を想起させる。このカクテルの意味は、『誠実な愛、ときめく心』。お巡りさんの仕事を一生懸命に頑張る彼が、俺は大好きだ』
『今日出したカクテルは、『ライラ』。カクテルの意味は『今、君を想う』。彼はこの想いに、いつ気づいてくれるだろう? いつだっていい。早く気づいてくれたら嬉しいし、ゆっくり気付いてくれても、かまわない。俺は彼なりのペースも、彼なりの時間も愛している』
 日記をめくる手が、止まらない。だってこれ、たぶん、きっと、僕と会ってから、今までの……シルバーさんの気持ちが、込められている。
 ……僕とシルバーさんが、恋人になったあの日のことは、なんて書いてあるんだろう。
 そう思って日記のページを探そうとしたとき、いきなり後ろから抱きしめられた。
「ほあっ!?」
「何か面白いものでもあったか、俺の可愛いお巡りさん」
 驚いた拍子に、僕は日記を机の上に落とす。や、やばい。勝手に日記見てたの、バレてる。
「す、すいません、開いてあったから、何かなって思って……!」
「……ああ。これか」
 シルバーさんはくすりと笑うけど、捕まえた僕を離そうとはしてくれない。
 ど、どうしよう。いろんな意味でドキドキする。
「さて。……大事なものを覗き見するような悪い子には、お仕置きが必要だな?」
 シルバーさんは一度僕を腕から離すと、ベッドに腰かけた。
 僕も腕を引かれ、ふたり揃って、ベッドの上で適当に座るような姿勢になる。
 すぐにまた抱きしめられるかと思ったけど、そうはされなくて、なんだか淋しい心地になったような気がした。って、なんでだよ、僕。う、自惚れてるのか。この人は僕のことそれくらい大好きだって。
「さあ、何から話したものか……。まず、今日。よその店に、浮気したな?」
 シルバーさんは自分の唇をするりとなぞりながら、考えている。僕はそれから、目が離せない。
「す、すいません、えっと、カクテルの意味とか、勉強したくて……」
「……うちの店ですればいいだろ?」
「その、えっと……は、恥ずかしくて」
「駄目だ」
 恥ずかしくても、よその店には行くな。危ないことも多いんだから、とシルバーさんは言う。僕は、あ、やっぱりシルバーさん、ちょっと怒ってるのかな、と感じた。
「ど、どうしたら、許してくれますか……?」
 するとシルバーさんは、顎に手を当て、考えてから、言った。
「そう、だな。なら、これを」
「え……?」
 シルバーさんは、僕の前に手の甲を差し出す。これ、どうしたらいいんだ? えっと、ぺろぺろ舐める、とか? 違うよな。どうするんだ? どうしたらいい?
「えっと……」
 困ってシルバーさんを見上げると、ふっと笑って答えを教えてくれた。
「……くちづけを、どうぞ? どこでも、君の好きな場所でかまわないが……。もう、よそ見はしない、浮気しないという誓いをくれると、俺は嬉しい」
 そう言われて、僕ははくりと息を呑んだ。さすがに僕も、ここでくちづける場所の正解が分からないほど、子どもじゃない。だって、差し出されてるのは左手だ。
「……」
 シルバーさんの手を取り、そっと、左手の薬指にキスをする。するとシルバーさんは、よくできました、とその手でそのまま僕の頬を撫でてくれた。
 それから、シルバーさんは僕を引き寄せて、キスをする。
 ああ今日もあんな夜が始まるんだなあなんて思っていたら、僕の予想は外れた。
「それじゃあ、おやすみ、お巡りさん」
「え?」
 僕が驚きの声を上げると、シルバーさんはふっと笑った。
「ん、どうした? 明日も仕事じゃないのか?」
「あ、えと、それは、えっと……」
 そう、なんだけど。でも。僕は薄々そういうことじゃないかなって思ってたから、ここまで着いてきたわけで。だから、なんていうか、その。
「……ああ。もしかして、期待していたか?」
 なら、とシルバーさんは笑う。そして、悪戯をするような顔で、僕を待った。
「おいで、お巡りさん。……もっとたくさん、お仕置きしてやる」
 あ、逆らえない。これ、逆らっちゃだめなやつだ。直感した僕は、遠慮がちに、それでもゆっくりと確実に、シルバーさんの胸の中に自分から入っていく。シルバーさんはそんな僕を抱き留めると、言った。
「……覚えておくといい。他の店で呑んだ日は、な。俺は、機嫌が悪いんだ」
 そうして、僕はたっぷりと『お仕置き』をされる羽目になったのだった。

 ベッドに座り、水を飲んで、ふう、と一息吐く。赤く泣き腫らした目をして、隣でぐっすりと眠るデュースの姿に満足して、ふっとほほ笑む。今晩もデュースは可愛かった。他の店にひとりで行ったお仕置きだと称して、散々焦らし、ギリギリのところで何度も堰き止め、いじめてやった。『もう他の店には行くまい』と、この危なっかしいお巡りさんが、その身体で覚えるように。
 そうじゃないと、危ないからな。こんな純情でおいしそうなお巡りさんは、その辺にごろつく悪い男や、手練れの女に、あっという間にいいようにされて、ぱくりと食べられてしまうかもしれない。
 一度、ベッドから降りて、日記帳を確かめる。……ちゃんと読んでくれたようだな。
 この日記帳は、デュースがシャワーを浴びている間に、棚から出して、わざと机に置いておいた。好奇心旺盛で知りたがりなお巡りさんが、ついついその中身を見てしまうように、思い出深い1ページを開いて。
 だが、もうこんな仕掛けをして、いちいち首輪をつける必要もなかったかもしれないな。なんせ、あの子は、自分からしてくれたんだ。……俺の左手の薬指に、誓いのキスを。
 手の甲でもかまわなかったのに、わざわざ薬指に誓ってくれたということは、向こうからの想いもそれなりにあるということだろう。それに、俺が差し出すカクテルの意味にも、気づき始めてくれたようだ。
 ……もし、もしもだが。仮に今、俺があの手この手でデュースを縛ってやる鎖を解いたら。きっとデュースは、穏やかな人の胸で、抱きしめられて眠ることだろう。ただ暖かくてほんわりとした、幸せな愛に、生きられるのだろう。
 だが、そうはさせない。その女は、男は。デュースを暖かく包み込んでやれるかもしれない。だがこの危なっかしいお巡りさんを、翻弄しながら優しく包み込めるか? どんなことからも、守ってやれるか? 俺ならそれができる。俺がこいつを、他の誰よりも、幸せにしてみせる。だってそうだろ。俺以上にデュースを幸せにできるやつなんて、この世にいるか?
 俺は満足して、日記を閉じる。コイツもしっかり、役目を果たしてくれたな。俺の嫉妬心も、独占欲も、この日記に込められた純情な気持ちさえも、すべてデュースを繋ぎ止めるために、利用できる。利用、してみせる。それが、俺がこの世界で一番デュースを幸せな男にする手段だと、もう分かっているから。
 さあ、これからどんな風に、俺とデュースの関係は熟成していくだろう。今はまだ、蔵に眠らせたばかりのワインのような関係だ。これから、関係の甘みは少しずつ減っていくかもしれない。だが、より深く味わい深く、俺たちは熟成していく。
 ふと、ベッドで眠っていたはずのデュースが何かを呟いた。
「んん……しるば、さん……。すき、です……」
「……おや。これはまた、随分と可愛らしい」
 どうやら、寝言のようだ。デュースが俺を呼んでいるなら、ベッドに戻ってあげないとな。
 さて俺たちの関係は何年モノになるかな、と、今は先の未来を楽しみに、デュースの頭を撫でつけた。

*おしまい

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