・バーテンパロシリーズ『サディスティック』の続編です。これまでのお話を読んでないとたぶん意味が分かりません。
・バーテンダーシルバー×若手警察官デュースのパロディ世界です。続編なのでパロディ本棚に入れています。
・シルバーが時々(バーテン営業時)は敬語なので、誰が喋っているか分かりにくいときがあります
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仕事帰り。僕の足は、いそいそと、白うさぎのような急ぎ足で、『Bar Briar(バー・ブライア)』へと向かう。
別に、浮かれてるわけじゃないぞ! ちょっと前に、シルバーさんって言う、格好良くて素敵で、ちょっと意地悪なバーテンダーの恋人が出来て、その人は僕のことがすごく大好きだって分かったからって、浮かれてるわけじゃないんだ! ……この間の休みの日、昼間に、カクテル言葉の辞典の本を買ったりしちゃったけど。それで、今までシルバーさんに飲ませてもらったことのあるカクテルを探したりなんかしちゃったりしたけど。
……浮かれてなんか、ない、よな? 誰にするでもない確認を頭を振って振り払いながら、そろそろ行き慣れてきた、少し重たいバーの玄関扉を開ける。
そしたら、カランとドアベルの音が鳴って、『こんばんは。今日もいらしてくれたんですね、いらっしゃいませ』そんなバーテンダーの仮面をした恋人が、僕を迎えてくれる。はず、だった、のに。
バーに入った途端、なんだか、騒ぎ声が聞こえてきた。
「……だから、店員さんと話すのはアタシよ!」
「いいえ、貴女はさっき話してたじゃない! 次私!」
なんだか、揉めてるようだ。緑髪の店員が僕を迎えて、いつものカウンターに案内した。
「騒がせてすまないな。お前は確か、シルバーの恋人だったろう。僕はセベクだ。以後よろしく頼む。で、だ。今、アイツを取り合って常連客が揉めていてな。まあ、すぐに収まるから、シルバーが場を収めるまで待っていろ」
何か飲むならまた呼んでくれ、と言ってセベクは去った。そう言われても、と僕は揉めている一団の方を横目にちら、と見る。
シルバーさんはにこやかな営業スマイルをしながら、まあまあとお客さんたちを宥めていて。……僕の方を見てくれない。
いつも、ここに来たらすぐに僕の接客してくれるのに。先にお客さんの相手してたなら、そりゃ仕事なんだし、仕方ないけどさ。
でも、だけど、だいたい、なんだよ。シルバーさんを取り合うって。それなんだよ。あの人のこと、誰の恋人だって思ってるんだ。
今すぐこのカウンターチェアを立ち上がって、シルバーさんのところにツカツカ寄ってって、あのネクタイをぐいと引いて、胸倉掴みながらキスして、言ってやろうか。「シルバーさんの恋人は僕だ」って。
でも、そんなことしたらシルバーさんに迷惑かかっちまう。だから、僕はカウンターで手を組んで、むーっとする。むーっとしてる、ことしかできない。
あのお客さんたち、シルバーさんの苦笑いとか営業スマイルとか、僕にはしないそんな顔も見れてて、ちょっとずるい、って。
そうしたらシルバーさんが僕のことを見つけたみたいで、揉めていたお客さんたちに「お二人とも、そろそろ喉がお乾きでしょう、チェイサーをご用意いたしますね、ごゆっくり」ってお水を出してから、一度僕の方へやってきた。
「すいません、お待たせいたしました。本日はいかがされますか?」
少し慌てた様子のシルバーさんに、僕は言う。
「……ソルティドッグで」
「かしこまりました」
確か、カクテル言葉の辞典には……ソルティドッグは、なんて書いてあったっけ? 忘れた! まあでも別に、どんな意味でもいいんだ。今日はシルバーさんに、自由にカクテル作らせてあげたくない気分だっただけなんだから。
注文したカクテルを作りだしたシルバーさんに、僕は言う。
「すっごくモテるんですね、店員さん!」
するとシルバーさんはカクテルを作る手を少しゆるめて、苦笑いをした。
「モテる男は、嫌いですか?」
「嫌いですっ」
ぷん、と僕はそっぽを向く。お仕事中だから仕方ないとはいえ、僕を見てくれないシルバーさんなんて嫌いだ。
そうしたら、シルバーさんはこう言った。
「悲しいな、嫌われてしまいましたか。……まあ俺は、貴方のことが好きですけどね」
嫌いですって言われてもまだ余裕そうなシルバーさんの姿に、僕はまだ頬を膨らましたままでいる。……少し赤くなったかもしれないけど。でも、僕は怒ってるんだからな。シルバーさんのせいじゃないって分かってはいるけど、でも、アンタの恋人は誰だってんだよ。何、よその知らない女の人たちに取り合われてるんだ。僕は、まだ怒ってるぞ。シルバーさんからどうぞと差し出されたソルティドッグを、僕はぐいっと飲み干す。
そんなやり取りをする僕たちの話を聞いていたらしい、揉めていた常連客の女性たちは、ヒソヒソと話していた。
(ねえ……)
(うん。おかしいよね……?)
(あの人、誰かひとりを贔屓するとすぐトラブルになるから、冗談でも「好き」とか言わないのに……)
そんな言葉が交わされていたことは、僕はまだ知る由もなかった。
それから。僕は拗ねたまま、お会計お願いします、と言って、バーを出た。いつもより早い退店。今頃シルバーさんは慌ててるだろう。いつも意地悪されてるんだ、ちょっとくらい僕からも意地悪してやる。
そんなことを思ってるけど、やっぱりちょっと悪かったかなと思いつつ、店の少し前で立ち止まる。するとそこで、声をかけられた。
「あの、すいません」
「はい……あ! あなたたちは……」
僕に声をかけてきたのは、さっきシルバーさんを取り合っていた女性のお客さんふたりだった。
ど、どうしよう。こういう状況じゃなくても、店員さんとかじゃない女の人となんて、うまく話せたことないのに。
僕に何の用事だ!? なんて思ってたけど、僕の困惑はすぐに落ち着いた。それは、女性たちがこう聞いてきたからだ。
「あなた、あのバーテンさんと、どういう関係……?」
僕は、少し困った。ここで素直に恋人ですって伝えたら、シルバーさんを困らせちまうかもしれない。
……でも。この人たちに、取られたくないし、負けたくないって思った。だから、言った。
「恋人です、けど。……そっちこそ、どういう関係、ですか」
そうしたら、予想外のことが起きた。女の人たちは、がっくりと肩を落として、そりゃそうだよね、と言い始めたのだ。
「あー、やっぱりそうだったのね……」
「だから恋人いるかもって言ったじゃん!」
「え? ……え?」
「あ、ごめんごめん。一から説明するね」
困惑する僕が、ふたりからよくよく話を聞いてみると、シルバーさんはこのバーですごくモテるけど、なぜか誰にも振り向かない、誰に口説かれても軽やかに躱す、鉄壁のアイドルみたいな存在だった、らしい。今日揉めていたのも、アイドルの目線やファンサの取り合いみたいなものだったんだって。
「そ、そうだったんですか……」
恋人できたならもう騒ぐのも控えるわね、とふたりの女性は、僕に謝ってくれた。いえそんな、と答えようとしてると、カランとバーのドアが開いて、シルバーさんが出てきた。
「お巡りさん、忘れ物を……え?」
「……あ」
店の前で吹き溜まっていた僕らを見て、シルバーさんは不思議そうな顔をする。僕が、事情を説明すると、シルバーさんはそういうことかと頷いた。
「そういうわけで……、店では内緒で付き合っているんです、秘密でお願いしますね」
そう言ってシルバーさんは女性たちにウィンクをする。女性たちはきゃー、と一通り騒ぎながら、今日はこれで、とその場を立ち去った。女性たちの背中を見送り、僕はまたそうやって、そういうことするからアイドル扱いになるんだ、と膨れつつシルバーさんに向き直る。
「忘れ物って、なんですか?」
「ああ。……これだ」
シルバーさんから、カードキーを渡される。これって。
「俺の、家の鍵だ。場所はもう知ってるだろう? これをやるから、店が終わるまで家で待っててくれないか? ……ちゃんと、機嫌取るから」
見通されてた。僕が、ヤキモチ妬いてたことを。僕は、「そう言われて、素直に行くかどうかはわかりませんからねっ」なんて舌をべーと出しつつ、分かった分かった、とバーに戻っていくシルバーさんの背中を見送り、ちょっとだけウキウキしながら、結局シルバーさんの家に続くエレベーターに向かっていた。
*
やれやれ。今日はデュースの機嫌を直すのに、苦心しそうだ。
そんなことを考えながらバーに戻ると、ひとりの女性が俺へと声をかけた。
「どうやら、欲しいものは無事手に入ったみたいね、お若いバーテンダーさん」
「ええ、おかげさまで……」
この方はバーの常連で、達観した物言いをなさる、妙齢の女性だ。以前、デュースが手に入りそうだった夜には、プリンセス・メアリーで乾杯をしてくれたこともある。まあつまり、この方もうちのバーの常連客のひとりだ。それも、マナーと品の良い、つまりは上客だ。なので、俺も敬意を持って接している。
「さっきまで、お店にいた彼でしょう? 可愛い子ね」
……バレていたのか。一体いつから気づかれていたんだ、と思いながら、内心の動揺を隠してにこやかに受け答える。
「ええ。だからと言って取らないでくださいね、マダム」
「貴方みたいな面倒な男から男取るほど馬鹿じゃないわ、私」
これはまた、敵わないな、と苦笑いをする。
「……彼の前では、お手柔らかにお願いします」
「それは、この先の貴方次第かしらね」
結局その後、普通の接客を挟みつつも、マダム以外からも、開店当時から俺を見守ってきた常連客たちや同僚、親父殿に至るまでに、ところどころからかわれたり、祝福されたりして。
(……常連客が、皆、俺に恋人が出来たと見抜いてくる。そんなに俺の態度は分かりやすかったのか……?)
そんな疑問を持ちながら、今日の営業は終了した。
それから。家に帰ると、人の気配がして、俺の心は綻んだ。
どうやら、待っていてくれたようだな。
リビングのソファにちょんと座る人影があるのを見つけて、ああ、つんつんしたふりをして、結局待っていてくれたんだなと嬉しくなった。
「機嫌直ったか、お巡りさん」
ソファの後ろから抱きしめると、デュースの身体がびくりと跳ねた。俺が帰ってきていること、気付いていただろうに。
「……ま、まだですっ」
おやおや。今夜のお巡りさんは、相当にご機嫌斜めのようだ。手のひらを取ってくちづけながら尋ねる。
「困ったな、どうしたら許してくれる?」
すると、デュースは少し考えてから、俺の方を見て、言った。
「……な、撫でてください……。こっち来て、ぎゅってして撫でて、『俺はお前のだぞ』って、教えてくださいっ」
それを言われた瞬間、俺は、文字通り、頭を抱えた。頭を抱えたというか、顔を抑えたというか。
ともかく、……可愛すぎた。
「……はあ……。なんでお前はそんなに可愛いんだ……。好きだデュース、俺はお前のものに決まってるだろ。可愛い、デュース、好きだ、可愛い……」
そんなことを言いながら、ソファの前に回り、デュースをぎゅっと抱きしめる。
そうしたらお巡りさんはもう限界が来たようで、もういいです、大丈夫ですと言い出した。が、俺は、それでも言い足りなかった。
「好きだ、デュース。……今夜は、ずっと伝えてやる。お前が落ち着くまで、満足するまで。どこまでも機嫌を取ってやるからな」
そうして、またデュースの耳元で、好きだとささやく幸福な作業に戻る。そういえば、撫でてくれとも言ってたな。
よし、任せろ。隅から隅まで、頭から爪先に至るまで、ぜんぶ撫でてやろう。
そういうわけで、次から次へと泡立つ発泡酒のように、俺の言葉は、想いを伝える言葉は。お巡りさんが顔を真っ赤にして、涙目になって、もういいです満足です、と言っても、一晩中続いたのだった。
*おしまい
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