夜明けはまだ

・バーテンダーシルバー×若手警察官デュースのパロディ世界、通称酒場シリーズ続編番外編「導き」の続編のような立ち位置のお話です。これまでのお話を読んでないとたぶん意味が分かりません。
・シルバーが時々(バーテン営業時)は敬語なので、誰が喋っているか分かりにくいときがあります

以上大丈夫な方はスクロール↓

 

 

 

 

 

 鳴らないドアベル。『CLOSE』と表示されたドアサイン。少し薄暗いものの、明るい昼間の照明。
 日頃皆さまに素敵な夜をお届けする『Bar Briar(バー・ブライア)』は、本日休業日だ。
「今日は新作カクテルを作ってみようと思ってる」
「新作? オリジナルってことですか?」
「ああ。オリジナルも作るし、まだ作ったことがないレシピにも挑戦する。飲みたいものがあったら自由に頼んでかまわない」
「分かりました!」
「ふっ、素直で可愛らしいな」
「あっ、子ども扱いしてますね? 僕もう子どもじゃないですよーっだ。いつまでも子ども扱いしないでくださいねっ」
 ふたりきりの店内。恋人であるデュースを試飲役としてカウンターに置き、さっそくカクテルを作り始める。
 まずは手慣らしに、作り慣れてるレシピから作ってみるか。
 そういえば、キールはまだ俺が作ったものはデュースに飲ませていなかったな。
 あれから作るか。
 ワイングラスを用意し、カシスリキュールと白ワインを注ぎ、マドラーを使い、ステアする。
「分かった分かった。とりあえずまずは1杯、どうぞ?」
「ありがとうございます、いただきます!」
 軽く乾杯しあって、1杯目を試飲する。うん、いつも通り問題なく作れているみたいだな。
「おいしいです!」
「良かった。それじゃあ、本命にも挑戦してみるか」
「本命? どんなカクテルですか?」
 グラスを持ったデュースが首を傾げて尋ねる。可愛い。
「さっきも言ったが、俺のオリジナルカクテルだな。……さて、どんなカクテルにしたものか……」
 考えていると、誰かが店に入って来る足音がした。そちらを見ると、どうやら親父殿やセベクが店へと来たようだった。
「おお、シルバー。カクテルの試飲かの?」
「はい、親父殿。デュース、こちらは俺の義父(ちち)だ」
「あ、お父さんだったんですね! この間少し話しましたけど、改めてよろしくお願いします」
「うむ。わしはリリア・ヴァンルージュじゃ、気軽にリリアちゃんとでも呼んでくれて良いぞ」
「はは、そのうち頑張りますね……」
 デュースは親父殿とにこやかに挨拶を交わしている。どうやら相性は悪くなさそうだな。
「僕は知っているだろう。以前一言だけ挨拶をしたが、改めて。セベクだ。で、シルバー。こいつとは腐れ縁のようなものだ」
「……一言で言うと幼馴染だ。ほぼ弟のようなものだと思ってくれていい」
「はは、そうなんですね。じゃあお父さんと弟さんと一緒にバーやってたって感じなのか」
「実はそうなんだ」
「全然分かんなかったです、皆さん切り替えが上手いんですね」
 そんな談笑をしていると、もう一人。階段を上がる音がして、ゆったりとその場に現れる。
「おやおや、これはこれは。皆、お揃いで……。……どうやら、客人もいるようだな?」
「マレウス様」
 俺とセベク、そして親父殿がマレウス様に一礼をすると、デュースもそれに倣った。
「ふむ、躾はなっているようだな。……どれ、よく顔を見せてみろ」
「はっ、はい……!」
 デュースはマレウス様の手に顎を引かれ、上向かされる。……緊張していそうだな。無理もない。
「デュース。その方は、マレウス様だ。前に説明した通り、このバーのオーナーであり、このマンションを持っていらっしゃる」
「こ、この人が……」
「ああ、そうだ。お前の話も聞いているぞ? あの堅物のシルバーが、客に恋人を作った、と……」
 マレウス様は楽しそうにデュースの顔をご覧になっている。
 それから一通り見終わると、お笑いになった。
「気に入った。なかなか可愛らしいではないか? 良く磨けば光りそうな、原石のような輝きを持っているな。しかしどのような宝石も、手入れを怠れば途端に価値のない、ただの傷ついた石ころと化す」
 シルバー、しっかり手入れするのだぞ、とマレウス様は仰る。俺は、はい、有難いお言葉ですと頷いた。
「では、これから母様との会食があるので、僕は失礼する。会えて良かったぞ、スペード。またの機会を楽しみにしている」
「はっ、はい! これからよろしくお願いしますっ!!」
「良い。ではな」
 マレウス様が去り、俺たちは揃ってふう、と息を吐く。マレウス様の威厳と存在感は、流石のものだ。
「ふふん。どうだ、僕たちのオーナー、マレウス様は。威厳がたっぷりだったろう! 若様はな、お前も知るあの有名企業の社長子息、つまりは御曹司であらせられる。今、僕たちがこのバーを経営しているのは、大恩あるマレウス様のご立派な経営手腕を、先代様に見事ご覧に入れて差し上げるためなのだ!!」
「そ、そうだったのか……。なんかシルバーさんのルーツが見えた気がする、なんとなく」
「そうだ。シルバーの奴は若様を参考に今のキザ男を作り上げているからな!! まったく、元々若様の援助あって育ってきたとはいえ、どこまで頼りにするのか……」
「そうだったのか、確かになんか似てると思った!!」
 セベクが何故か自慢げに、俺や俺たちの事情をデュースに話している。俺は呆れた溜息をついて、その辺にしておけとセベクを止めた。
「自慢話にもなっていないだろう。それより、新作カクテルの構想を手伝ってくれ、暇なら」
「暇ではない! 僕だって明日の仕込みをしに来たのだ、邪魔するなよ」
「そちらこそ俺の邪魔をするなよ」
 セベクと言い合っていると、愉快愉快、と親父殿が笑ってひとつ提案した。
「それならシルバー、せっかくじゃ。こやつをイメージしたカクテルを考えてみてはどうか?」
「デュースを、ですか?」
「うむ。恋人をイメージしたカクテル、なんてバーテンダーの定番じゃろ? 実際に店に出すかどうかは置いておいて、上手く作れたら裏メニューとでも思っておけば良い。こうした遊びから良いアイディアやインスピレーションが生まれることもあるんじゃぞ!」
「一理ありますね。……分かりました、作ってみます。デュースも、構わないか?」
「ぼ、僕をイメージしたカクテル、ですか? ……シルバーさんになんて思われてるんだろう、僕……。ちょっと気になります!」
「分かった。それじゃあ、作ってみる」
 一通り、頭の中でイメージをつける。デュースに差し出すカクテルは……。そうだな、こういうものにしようか。
 シェイカーを用意し、ブルーキュラソーとレモンジュースを注ぎ、パイナップルジュースも入れる。だが、ラムは混ぜない。
 ラムを混ぜれば「ブルーハワイ」という別の既存カクテルになってしまうからだ。まあ、それを元にアレンジしているのだが。
 ラムの代わりに増やしたパインジュースとオレンジジュースを少しだけ差し、液体が綺麗な青色を保つように分量を調整する。
 軽くシェイクしてから最後にクラッシュアイスを詰めたグラスへ注ぎ、飾りのハイビスカスとパイナップルの輪切りを添えて、完成だ。
「……よし、できた。どうだ、飲んでみてくれ」
「わあ。なんか青くて、爽やかで綺麗だな。夏っぽい感じですね! いただきます」
 デュースはひとくちこくりと飲み、それから言った。
「うまい! 甘くておいしいです。なんか、サマージュースみたいな感じの味わいで飲みやすいです」
「ああ。お前にも、気軽に飲んでもらえる形にしたくてな」
 親父殿とセベクにも、どうですかと勧めてみる。それぞれ、「ジュースの割合をもう少し詰めてもいい」とか「裏メニューとしてはまずまずの出来」だとか、各々の見解を出してくれた。
「まあ、連想元の本人が気に入ったのなら良いのではないか?」
 親父殿は言う。親父殿は大味というか、大抵のカクテルに「良いのではないか?」と言うから、少し不安が残るな。
「まあ、味に関しては僕からも及第点をやろう。それより一番大事なものを忘れているぞ、シルバー」
「一番大事なもの?」
「名前だ。このカクテルの呼び名が無くては、誰も注文できないだろう。さあ、つけてみろ」
 そうか。名前……考えていなかったな。じっとデュースを見て、考える。
 それからひとつ、思いついた。
「『エスパーダ』というのはどうだろう。まだその名前のカクテルはなかったよな」
「ああ。僕の知る限りでは存在しないはずだ。エスパーダ、スペイン語で『剣』という意味の言葉だな。お前は相変わらず剣が好きだ」
「確かに、俺の語彙ではそれくらいしか思いつかなかったのもあるが。……『SPADE』のアナグラムにしようかと思って」
「おお、良いではないか! 恋人のイメージカクテルとして満点じゃぞ、シルバー!!」
「なんか照れますね、そんな格好いい名前のカクテルが僕のイメージだなんて」
「照れることはない。俺がお前を想って作り、名付けたカクテルだ。機会があれば出す。自信を持って頼むとしてくれ」
「分かりました、今度頼んでみますね」
 そうだ、とデュースが言って、ポケットから何かを取り出した。
「カクテルのお礼ってわけじゃないんですけど、これ。持ってきた方がいいかなって思ってたので、どうぞ」
「それは……?」
 デュースはカウンターに1枚のステッカーを置く。
「『警察官立寄所』のステッカーです。まだ貼ってなかったみたいなので。これがあれば、こないだみたいなトラブルが起きにくくなるかなって」
「ほう。確かに貴様が立ち寄っている以上、嘘ではないな。この間の赤毛の男、あれもお前の同僚だろう」
「そうだ。アイツはエースって言って、このバー贔屓にするって言ってたから、また来るかも」
「分かった、ありがとう。これはどこか玄関先にでも貼っておくとする」
 それから俺たちはひとしきり談笑しつつ、いろいろなカクテルを試しては飲み、試飲会を終えた。
 意図しない接触ではあったが、俺の家族にデュースを目通しできて良かった。
 マレウス様も、デュースを気に入ってくださったようだし……。……あの様子、かなり気に入っていたな。……お気に召しすぎて、どこかへ召し上げられなければ良いが。
 そんな心配をしつつ、その日は何事もなく終了した。

 後日。また通常営業に戻った『Bar Briar(バー・ブライア)』内で、その事件は起きた。
 カウンターチェアに座るデュースの隣に、ひとりの女性が座った。露出は多いが下品ではない、上品な色気のある女性だ。
 ……間違いなく、純情なお巡りさんであるデュースはこのタイプの女性に弱いだろうな、と分析する。
 女性はカウンターに座り、1杯カクテルを俺に頼んで、それから隣で飲むデュースに話しかけた。
「あら、こんばんは。可愛い子ね。こちらのバーは貴方も初めて?」
 おや、俺ではなくデュースに目をつけたか。センスと着眼点は悪くないが、残念、それは俺のものだ。
 こんな話しかけられ方をしたら、デュースはきっと真っ赤になるだろうな。助け舟を出してやるか、と俺が会話に入ろうとしたとき、デュースは女性の方を向いたまま、そっと小さく手で俺を制した。
「いえ。このバーには通い慣れています。実は、秘密ですが……頼りになる恋人がいて」
 そう言ってデュースは人差し指を自分の唇の前に当てる。女性は気を悪くしなかったようで、上品に笑ってみせた。
「あら、そうなの。ふふ、素敵ね」
「はい。身内贔屓かもしれませんが、お勧めのバーです」
「ええ、とても雰囲気の良いお店だと思うわ。これから贔屓にしようかしら」
「それはうちの店としてもありがたいですね」
 さりげなく、女性とデュースの会話に入る。あら聞いていたの、と笑う女性とデュースを眺めてほほ笑み、軽やかな会話を交わしつつ、俺は思った。
 ……綺麗になったな。

 
 それから営業が終わり、デュースを連れて自宅に帰る。
 今日は家に来てほしいとあの後こっそりサインを出しておいたから、気づいていてくれたみたいだ。
 ソファにちょんと座って待っているデュースを、黙ってぎゅっと後ろから抱きしめる。
「……」
「シルバーさん? どうしたんですか?」
 今、俺の胸の中には、いろいろな気持ちが駆け巡っていた。
(俺のお巡りさんだ、誇らしい。本当に綺麗になった、嬉しい。でも、どうか……。あまり早く、大人にならないでくれ。俺の手の届く場所に、ずっといてくれ)と。
 ぎゅうとずっと抱きしめ続けていると、デュースは笑った。
「へへ。今日の僕、どうでした? ちょっと大人っぽく振る舞えた気がします!」
 シルバーさんの真似っこですけど、と言うデュースの頭を、俺はくしゃくしゃに撫でた。それがなんだか、あまりに可愛くて。同時にまだ俺のお巡りさんでいてくれるみたいだな、と。ほっとしたから。
「まったく。まだまだ子犬だな」
「あっ、また子ども扱いして! っていうか犬じゃないです、僕は!」
 わんて言いませんからね! お手もしませんからね! と膨れるデュースに、少し安心する。
 ……良かった。デュースの成長は喜ばしいが、少しだけ、俺の手を離れても大丈夫になっていくデュースが、淋しかったから。
「デュース、お手」
「だからしませんてば!」
 ぷうと膨れるデュースの柔らかな頬を人差し指でつつきながら、俺はこれからも日に日に綺麗になっていくのだろうデュースの姿を、未来に思い描く。
 時間が経って年季が入った酒樽や看板からしか出ない色気があるように、デュースもこれから何日、何年と俺と時間を重ねる度、その美しさを、魅力を。より磨いていくのだろう。
 俺はその日が来るのを、少し淋しく、そして同時に待ち遠しく楽しみに思う。
 それはまるで、毎夜、美しい夜が明けるのを淋しく思う酔客たちの気持ちと、同じもののように感じていた。

*おしまい

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