・バーテンダーシルバー×若手警察官デュースのパロディ世界、通称酒場シリーズ続編「夜明けはまだ」の続編のような立ち位置のお話です。これまでのお話を読んでないとたぶん意味が分かりません。
・シルバーが時々(バーテン営業時)は敬語なので、誰が喋っているか分かりにくいときがあります
以上大丈夫な方はスクロール↓
俺の住む街には、ひとつのバーがある。『Bar Briar(バー・ブライア)』という名前の、小洒落たバーだ。
毎日の仕事場であるそこで、俺はひとりのお巡りさんと再会した。
カチャカチャと鳴るマドラーが、煌めくカクテルをステアして。今宵もまた、夜が始まる。
カランとドアベルの音が鳴り、俺はすぐに次の客を迎え入れに玄関へと赴く。
「いらっしゃいませ、こんばんは……おや?」
玄関先に立っていたのは、俺の愛する恋人であるお巡りさんことデュース。と、それ以外に。赤毛の男が二人、立っていた。
「どーも~、また飲みに来ました!」
「ふうん、ここがキミたちのお気に入りの店か。悪くないね」
エースが明るく挨拶して、もうひとりの赤毛の男が店内を興味深げに軽く見渡す。デュースが俺に苦笑いを向ける。
「この人は、僕らのとこの署長……、まあつまり、上司なんです。僕ら行きつけの、お勧めのバーがあるって言ったら、みんなで行くことになっちゃいました」
というわけで、今日は3人ですとデュースが告げる。なるほど、デュースの上司。
それなら失礼があってはいけないなと、俺はにこやかな笑みを絶やさないようにして、改めて気合を入れつつ、3人をボックス席へと通す。
「こちらのお席はいかがでしょうか?」
「ありがとう」
3人はそれぞれ席に着く。新たに現れた赤毛の男は、メニュー表を見て言った。
「バーに来ていて申し訳ないのだけれど、ボクはあまり、アルコールを入れないようにしていて。ノンアルコールはあるかい?」
「ええ、もちろんございますよ。お酒の苦手な方にでも、雰囲気とお喋りを楽しんで頂けるよう、ゼロプルーフ・メニューを用意しております。仰々しい言い方ですが、まあ、ノンアルコールという意味ですね」
詳しくはテーブル脇のメニューリストをご覧ください、ではまたご注文がお決まりになった頃お伺いしますといったん席を外す。
今日はそこまで忙しくないから、近隣のテーブルのクリーニングなどをしつつ、3人の様子を伺う。するとエースたちが注文したいカクテルを選びながら、何やら話しているのが聞こえた。
『リドル署長、あの人すごい恰好良いでしょ。こいつの恋人なんだよ』
『お前、勝手にバラすなよ!』
『いいじゃんいいじゃん。お前も上司と恋人の板挟みでいたくないでしょ?』
『それはその……っ、そうだけど!』
『へえ。デュース、キミ、急に酒場になんて通い始めたと思ったら、そういうことだったのかい』
『ローズハート署長まで! からかわないでください~!!』
……あの新しく来た赤毛の男は『リドル』というらしい。ラストネームは、ローズハートか。デュースの務める警察署の署長で……見るからにお堅くて生真面目なタイプ、だな。正直、そのタイプがデュースの傍にいて、指揮を執ってくれるのは安心だ。けして間違いを犯さず、それでいて無鉄砲なところがあるデュースを上手くコントロールしてくれそうだ。
『で、何飲む? デュース。お前、いつもカクテルお勧めしてもらってるんでしょ? 今日もやる?』
『やらない! ちゃんと自分で頼む!』
『ふむ、ボクは何にしようかな……。せっかくなら雰囲気のあるものを頼みたいけれど』
『なら、パロマってやつがいいですよ! 前飲んだときおいしかったし、ゼロ、プルーフ? ノンアルコールのやつもありました!』
『ふふ、本当に常連なんだね。それじゃあ、ボクはそれを頼もうかな。キミたちは?』
『オレはね~、ファジーネーブル! デュースは?』
『えっと、ちょっと待てよ……。そうだな、僕は……。あれを……。いやでもあれはまだ、とっときたいし……。ううん、迷う。やっぱりオススメしてもらうか……?』
『いいじゃん! やってよ。オレいつものやつ見たいな~』
『いつものってほど見てないだろお前は! ったく……』
俺は、そういう流れなら今日デュースに出すのはアレにするか、と考えつつ、クリーニングクロスをしまって3人の待つボックス席に近づいた。
「楽しそうですね。お決まりですか?」
「あっ、ハーイ。デュース、もうさっきのカンジで注文しちゃっていい?」
「あ、ああ。大丈夫だ!」
「じゃあ店員さん、オレファジーネーブル1つ、あとノンアルコールのパロマでしょ。それから、こいつは店員さんのオススメだって!」
「かしこまりました。ファジーネーブル1杯、パロマがノンアルコールで1杯。それから……俺のお勧め、ですね」
それではお楽しみにお待ちください、と一礼をしていったん失礼し、カクテルを作りに行く。
カウンターに戻り、材料をステアし、シェイクしと技術を駆使して、3つのカクテルを作っていく。
まずはエースのファジーネーブル。甘いものが好きだとデュースに聞いていたから、少し甘めに作ってやろう。
リドルには、ゼロプルーフのパロマだったな。デュースが彼に勧めていたのを、少しほほ笑ましく思う。
俺が出したもの、ちゃんと味やらアルコールの有無やら、細かいところまで覚えてくれているんだな。
それからデュースに、いつものように俺のお任せでお勧めを。
この間、エースと2人で来店していたときには「キス・ミー・クイック」で意地悪してしまったから、今回はそこまで慌てなくて済むようにしてやろう。
3種のカクテルを手早く作り終え、トレイに乗せてテーブルへと運ぶ。
「お待たせしました。こちらご注文のカクテルです」
エースの前にファジーネーブル、リドルの前にゼロプルーフ・パロマ。それぞれ、注文時に覚えた通り置いていく。
それから最後に、デュースに差し出したのは。
「こちら、お任せということでしたので。本日の俺からのお勧めカクテル『ハイ・ライフ』です」
それではどうぞごゆっくり、お酒とお喋りをお楽しみくださいと礼をして、一度立ち去ろうとする。
するとエースが、俺を引き留めてにやにやと笑った。
「店員さん。このカクテルの意味は、なんて言うの? なんか意味、あるんでしょ?」
おやおや。デュースは確かカクテル辞典のアプリを入れていたし、俺が去ったあと、皆で調べるかと思ったのだが。
……そうだな。どうしたものか。ここで直接告げるのは、芸がないしな。
「そうですね。お答えしたいところですが、お客様のご注文されたファジーネーブルには、カクテル言葉がないのです」
確かご友人がカクテル言葉のお勉強をなさっていましたから、俺がすぐに答えを教えてしまうよりも、皆様で正解を探してみても楽しいと思いますよ、とさりげなくデュースと一緒にカクテルの意味を調べるように誘導する。
するとリドルはいいじゃないかと頷いた。
「人に聞くのも悪くはないが、自分で調べるのも大事だよ。皆でカクテルの意味、調べてみようじゃないか」
俺は、その言葉を聞いて思った。リドル、こいつは、好きなタイプの人間だ。察しも悪くなく、賢い。
「それでは、俺はこれで一度失礼します。今宵もぜひ、お楽しみくださいね」
何かありましたらすぐにお申し付けくださいと礼をして、再度、その場を去る。
その後、彼らはすぐにカクテル言葉を調べ始めたようで、『私はあなたに相応しい』だって! かっけー! オレも言ってみたい! なんて騒いでるエースの声が漏れ聞こえてきた。
俺はカウンターに戻り、グラスの清掃をしながら、そんな賑やかな様子の座席を少し、遠くから眺めていた。
……最近、こういうことがよくあった。デュースがあの日、このバーで。自分の力で、客の口説きをかわせるように、いなせるようになっていたのを目にしたあの日から。
なんだか、大人になっていくデュースが、俺の知らない世界を知っているデュースの姿が、なんだか物淋しいような気がして。
(あの子はもう、俺が守らなくても、やっていける。それほど、強く、綺麗になり始めているんだよな……)
そんなことを考えていると、セベクに肘で小突かれた。
「何を惚けている、シルバー。営業中だぞ」
「セベク……。……いや、その。なんというか……淋しく、なってな」
「淋しい? 何がだ。恋人もできて、経営は順調で。順風満帆ではないか。何が不満だ?」
「それはそう、なのだが。……最近、綺麗になっただろう、すごく」
「なんだ惚気か」
「違う。その……。日々、綺麗になっていく姿が、なぜか、淋しく感じるんだ」
するとセベクは大きな溜め息をついた。
「本当にくだらん話だな。だいたい、その『綺麗になっていく』というのは、お前が蒔いた種だろうが」
自分で蒔いた種が無事花開いたに過ぎないことを、何故物悲しく思っているんだ呆れた奴め、とセベクは言う。
俺は、そう言われて、確かにそうだ、と思った。
「そう、か。……確かに。俺が、咲かせた、のか」
「自覚がなかったのか、貴様……」
そんな俺たちの会話を聞いていたようで、カウンターチェアで客のふりをしてバーの様子を見ていたマレウス様が仰った。
「面白い話をしているな、お前たち。……どれ、僕からもひとつ助言を授けるとしよう。よく聞くといい、シルバー。……せっかく咲かせた花は大事に守らねば、誰かに摘み取られてしまうぞ?」
それが嫌ならば、見惚れていないで、手を伸ばせ。大切にしたいと言うならば、硝子の棺にでも閉じ込めて、毎日水を注ぐと良い。
マレウス様が仰った言葉が、すとんと俺の胸に落ちた気がした。
「……ありがとうございます、マレウス様。そうですね。確かに。……せっかくここまで美しく咲いたのに、横から取られたくはありません」
「ああ。花泥棒には気をつけろ」
「此度の助言、有難く受け止めさせていただきます」
そんなやり取りをする俺たちの隣で、カウンターに飾り続けられた黒い薔薇が露に濡れて照明の光を照り返していた。
それから。営業終了後。デュースが、バーの外で俺のことを待っていてくれた。
「待っていてくれたのか?」
「へへ。今日はあんまり話せなかったら、ちょっとでもお喋りできたら嬉しいなと思って」
「言ってくれれば、外で待たせなかったのに」
「お仕事の邪魔はしたくないですから」
そう言うデュースの顔を、俺はじっと見つめる。やっぱり、綺麗になった。
出会った頃よりも、ずっと、いろんな顔を見て、いろんなことを経て。デュースはずっとずっと、綺麗になった。
「どうかしました?」
「……いいや。なんでもない。その、少し、歩かないか? この近くに、海の見える公園があるだろう、そこまで」
「いいですよ。行きましょう」
暗い夜の道を、デュースと並んで歩く。デュースが自分から手のひらを寄せてきたので、その手をぎゅっと握った。
その握り返された手の暖かさに、俺は不思議な心地になる。
(コイツは、俺の知らない世界で、今まで生きてきたんだよな。日の当たる世界で)
……。
(デュースは、俺の知らないところでも、大人になっていく。一分一秒、綺麗になっていくんだ)
「シルバーさんとこうやって歩くの、ちょっと久しぶりですねっ」
「……ああ」
「……? シルバーさん……?」
「すまない、なんでもない。大丈夫だ……」
デュースの言葉にも上の空で、あまり話もしないまま、やがて、公園へと辿り着く。
そこへ着くと、デュースは一度俺から手を解いて、くるくると踊るように回った。
「海だ! シルバーさん、海です! 夜の海! 真っ暗だけど、潮風の匂いは気持ち良いですね!」
俺はそれを見た瞬間、なんだか胸がいっぱいになって。
デュースの眩しい笑顔を見た瞬間、何も言えなくなって。
真っ暗な夜の世界の中で、デュースだけが一際大きく、煌めいていて。
ついにそれを、言葉にしていた。形になりきらなかった想い、ぐちゃぐちゃなままの言葉を。
「デュース……。聞いてくれ。日々、綺麗になっていくお前のことを、一秒でも、見逃したくない。もう誰にも、渡したくないんだ。俺と、一緒に住んでくれないか」
そうすると、デュースは驚いた顔をして、そして、また笑った。
「ふ……ははっ。実はもう、いつ言い出すかなって思ってたんです。今日、今、だったんですねっ」
もちろんお受けします、嬉しいです! その言葉に、笑顔に。俺はなんだか、心地良く気が抜けた。
なんだか、緊張していた身体の力が解けた、というのか。
「俺が何を言うか、分かっていたのか?」
「いえ。でも、いつかは言ってくれると思ってました。シルバーさんは、僕を捕まえるのが好きだから」
「ああ……そうだな」
デュースは少し、俺から離れた場所で、両手を広げる。それはまるで、俺を歓迎するかのように。
「捕まえてください、シルバーさん。あなたの、いつものやり方で」
俺は、デュースに一歩ずつ、確実に近づいて。そして、彼の身体を、抱きしめた。
それから、耳元でささやいた。何度もバーの中で、外で、そうしてきたように。
「……好きだ、デュース。愛してる」
「はい、僕も。……愛してます、シルバーさん。これからよろしく、お願いします」
腕の中のぬくもりが、優しく耳元に響く声が。ただ、嬉しくて。愛しくて。
「……っ」
「え、あれ、シルバーさん? もしかして、泣いて……ます?」
「……悪いか。いいだろう、少し、くらい……っ」
デュースの肩に頭を埋めながら、溢れる涙が止まらない。あの日浮かべた俺の恋が、このような結末を迎えられるなんて、思っていなかったから。
「はい、そうですね……。これからはもっと、弱いところも、情けないところも。全部ぜんぶ、僕にももっとたくさん、見せてってください」
家族になりましょう、シルバーさん。
デュースの告げたその言葉に、俺はただ、幼い子どものように、何度もしゃくりあげながら頷くだけのことを繰り返した。
俺の背を抱く優しい手付きが、ぽんぽんとずっと俺のことをあやすように撫で叩いていた。
*
それから僕たちは、たくさんの話をした。ふたりで作ったカクテル、「エスパーダ」を飲みながら、話をした。
今日はどうしてもそれが飲みたいと言ったら、シルバーさんは分かったと言って、少し赤い目のまま、自宅のバーで作ってくれたから。それから僕は、シルバーさんの昔の話を聞いた。
シルバーさんは幼い頃、両親を早くに事故で亡くして孤児院にいたところを、リリアさんに引き取られたということ。マレウスさんのお家が、そんなふたりをたくさん助けてくれたらしいこと。その恩返しのために、あのバーで働いていたこと。
そんな過去を持っていたから、ずっと、自分だけの家族に憧れていたこと。
そして僕も、話をした。母さんと母子家庭で暮らしてきて、要領の悪い自分が嫌で、不良になったこと。その後、恩人の警察官がきっかけで更生して、今に至ること。たくさん、たくさんのことを改めて話しあった。これまでのことと、これからのことを。
「お前が頷いてくれて、本当に嬉しかった。……これからはずっと、俺の傍にいてくれ。俺の隣で、ずっと笑っていて、幸せでいて欲しい。そのための努力は、惜しまないから」
「ありがとうございます。僕も、同じ気持ちです。シルバーさんほど上手くやれるかは分かんないですけど、でも。僕なりにやれる形で、返していくので。シルバーさんも、よそ見しないでくださいね?」
「よそ見など、するものか。日々花開いていくお前から一瞬でも目を離しては、花泥棒が手折っていくとも限らない」
「なんですかそのキザなセリフは」
「思ったことを言ったまでだ」
そんないつも通りの軽口の応酬をしながら、僕たちは夜が明けるまで共に笑い合い、そして、眠った。
翌朝、僕はそっとスマホのアラームを止め、まだ眠るシルバーさんにキスをして、そっとポケットにメモを差し込んだ。
『行ってきます。また、夜に』
僕たちの夜は、これからも続いていく。
ふたりで過ごす365日すべての夜に乾杯をしながら、なんでもない日を特別にしていくように。
それはカクテルグラスの中、ひとつに溶け合っていく氷たちよりも、きっともっと幸福な形で。
そして、仕事を終えて疲れた夜に、あのBARのドアを開くと、大好きな笑顔が迎えてくれる。
『こんばんは、お邪魔します!』
『いらっしゃいませ、こんばんは――ああ、今日も来てくれたんですね。……俺の、お巡りさん』
*おしまい
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