デュースに、くちづけたい。
……この頃の俺の頭の中は、そんなわけのわからない欲望に取りつかれている。
ならすればいいのではないか、と思わなくもないが、その選択は、間違っている。
愚かなことだ。まだ恋人でもない後輩への欲に溺れ、日々、落ち着かない、などと……。
だが、このままではいけない。目の前に立ちはだかる問題をそのままにはしておけない。
問題点を整理しよう。まず、最初の問題点として、俺はデュースにくちづけたい。他の誰でもない、アイツにだ。
彼の柔らかそうな薄く小さい唇を見ると、つい触れたくなってしまう。
ついこの間、それでじっとデュースの顔を見てしまって、「僕の顔に何かついていますか」と怪訝そうな顔をされてしまったのを覚えている。そのときはなんとか誤魔化したが……情けないことだ。
次点の問題として、その欲求を解消するには、デュースと恋仲にならなければならない。
俺はまだデュースとそうした仲ではないから、想いを告げ、通い合わせるところから始めなければならない。
そうと決まれば、善は急げだ。デュースに想いを告げることにしよう。
デュースの方が、俺に振り向いてくれるかは分からないが……。
……しかし、この告白は誠実だろうか? 俺の持つ、一時的な欲求のようなもので、デュースのことを都合よく使おうとしているのでは……。いや、そんなことはないはずだ。もし一時的な欲求なのであれば、傍にいる誰だっていいはずだ。なのに、デュースにしかそう思わないのであれば、それはきっと……特別な想いを、彼に持ち合わせているからなのだろう。
そういうわけで、俺は昼休みの食堂にいたデュースを見つけ、この後に話をする時間を貰えるかと声をかけた。
「シルバー先輩、なんですか、話って」
昼食を終えたあとすぐにデュースは俺の元へやってきてくれた。
「そうだな。ここでは少し話しづらいことだから、人目のない場所へ行こう」
そうして俺は、人の目につきづらい学園裏の森へとデュースを連れて行った。
「ここならいいだろう。あまり悪目立ちしては、お前に悪いと思ったからな」
「隠れて話すようなことなんですか?」
「……俺としては隠れなくてもいいのだが。お前に迷惑がかかっては、申し訳がないからな」
改めて、デュースに向き直る。
「本題へ入ろう。単刀直入に言うが、デュース」
「はいっ」
「お前には、俺の……恋人になってもらいたい」
「……えっ!?」
デュースは大きな目を丸くして、驚いている。そんなことをしている間にも、俺の目はデュースの唇に吸い付けられて堪らない。
……ああ、早くこの欲求を解消しなければ。
「ええっと……。それは、恋人のフリ、とかそういうことですか?」
「フリではない。真実の恋人になってもらいたいということだ」
「そ、それって……」
「ああ。……ありていに言えば、愛の告白、ということになるな」
「え、ええっ!? 僕なんかに、シルバー先輩が……っ!?」
デュースはさらに驚いている。……まあ、向こうからすれば急な話だ。驚くのも無理はないだろう。
「な、なんで? 僕になんかいいとこなんかありましたかっ!?」
「お前のいいところは、いくらでもあると思うが……。そう、だな。告白するまでに至った、一番の理由も説明しておこう」
一呼吸置く。さすがに、俺もこの事情を話すのは少し気恥ずかしい。
「……実は。その、お前と、くちづけたくてたまらなくて……」
「……えっ!? く、くちづけ、って、き、キス、ってこと……ですか!?」
「……そうだ」
デュースは顔を真っ赤にして、慌てている。そして、己の指先で柔らかそうな唇にふに、と触れた。……分かりやすく、意識しているな。
「……えっと……そ、それが理由、ってことですか?」
「もちろん、それだけが理由ではないが……。正直なところ、困ってしまってな。お前にくちづけたい、という欲求が、お前のことを好きだと思う気持ちよりも、先立ってしまっている状態で……。だから、早急に解決するためにも、こうしてお前に告白させてもらった」
だが当然、お前への気持ち自体もないわけではない。なぜなら俺は、お前にしかそのような感情や欲求を抱かないからだ、とそこまで説明すると、デュースは驚いて丸くした目のまま固まってしまった。
「……デュース? どうした?」
「あ、え、あ、えっと! ……ど、どうしたらいいかなって考えてました!」
「そうか。答えは出たのか?」
「や、えっと。どうしたらいいのか、って、それはまだわかんないんですけど……。……でも、先輩は僕にき、キスしたくて、困ってるってことですよね!? それは僕が先輩を困らせてるってことで……。それは嫌なので、だから、えっと、その!」
してもいいです、キス!
デュースの啖呵に、今度は俺の方が驚いて目を丸くする番だった。
「……いい、のか? お前にも、思い入れなどがあるのでは……」
「い、今は僕、好きな人いないんで、そこは大丈夫です! ……ただ、いつも格好いい憧れの先輩が、僕のせいで振り回されてんの、やだなって思って……。だから、それが僕の唇ひとつで済むのなら、安いもんです!!」
「そう言うのなら……分かった。では、早速頼んでもいいか?」
「は、はい……っ!」
「目を閉じてくれ」
言われた通り、ぎゅっと目を瞑ったデュースの顎を引いて、上向かせる。唇を指でなぞると、やはり柔らかい。
「……」
吸い込まれるような夢見心地で、デュースの唇へと己のものを触れさせた。ふに、と音のない音がして、二人の唇が重なる。
このまま離れてしまうには惜しい気がして、デュースの上唇や下唇をはむはむと食んだ。
「んっ!?」
それに驚いたらしいデュースが、驚いて目を開ける。ごく近い距離に照れたようで、すぐにその目は逸らされた。
「……」
可愛らしい仕草に名残惜しみながら、一度唇を離す。
「ど、どう……です、か……? 落ち着きました……?」
「……」
「せん、ぱい?」
いっぱいいっぱいな様子のデュースを見て、俺は。
「……困った。一度、くちづけてしまえば落ち着くもの、と思っていたのだが……逆だ」
「うぇ!? 逆って、それはつまり……」
「……もっと、お前に触れたくて仕方ない」
デュースのことを、腕の中に入れたまま、抱きしめる。
「すまない……無理を強いるつもりは、なかったのだが。そのまま、聞いていてくれないか。好きだ、デュース。……好きなんだ、どうしようもなく……お前に触れたくて、くちづけたくて、抱いていたくて、堪らない……」
「……っ」
「このまま、お前を俺のものに出来たらどんなにいいかと、思ってしまう」
だが、無理強いをするつもりなどはない、とデュースのことを腕から解放してやろうとする。すると、デュースが俺の服を控え目に引いた。
「……あ、あの。僕、誰を好きとか、よく、まだ分かんないんです、けど……でも、その、」
今はまだもう少し、シルバー先輩とこうしていたいです、とデュースは言った。俺は、そうか、と答えて、そのまま予鈴が鳴るまで、デュースを腕の中に閉じ込めていた。
それから。夜、自室に帰って考えていた。……結局、俺とデュースの関係はどういうものになったのだろうか?
デュースからはハッキリとした答えはもらっていないが、くちづけをしたり、抱きしめたり、そういうことをしても良い関係にはなった、ということでいいのだろうか。だとしたら嬉しいが……。
……明日にはデュースの気が変わっているかもしれない。一時の夢のように、気持ちが覚めてしまうかもしれない。
ともかく、また明日もデュースには接触を試みてみようと、方針を固めることにした。
翌日。早速、朝からバッタリと偶然、廊下でデュースとすれ違う。
「デュース。おはよう」
「お、おは、おはよう、ございますっ!」
……どうやら昨日のことは、俺が見た都合のいい夢ではなかったようだ。
現に俺へと挨拶を返すデュースはなんだか挙動不審で、顔が赤い。
デュースへと手を伸ばすと、びくりと怯えた子うさぎのような反応をされる。
「そんなに緊張せずとも、大丈夫だ。……人前で何かをする気はない」
ぽんと頭を撫でて、今日も頑張れと一言激励してその場を去った。
柔らかくさらさらとした髪の感触が、いつまでも触れた手のひらに残っていた。
それから、昼休み。食堂に入った途端、どこからか視線を感じると思い、その気配を探る。
するとその先にあったのは、デュースの目線だった。
(なんだ、アイツか)
俺と目が合うと、慌ててデュースは視線を逸らす。そうして、それを友人たちから怪訝に思われているようだった。
(……随分、俺のことを意識してくれているな)
ありがたいことだと思いながら、俺はいつも通り昼食のためきのこのリゾットを皿に盛った。
食事を終えたあと、今度はデュースから声をかけられた。
「デュース。どうした?」
「あ、あの、先輩、今日は大丈夫……なんですか!?」
「大丈夫、とは……ああ」
なるほど。俺が、デュースにくちづけたくてたまらなくなったと昨日告げたから、今日も耐えられなくなっていないかと心配してくれているのだな。
「昨日よりは落ち着いている。心配をかけたな」
「そ、それなら、良かったです……」
ほっとしたような、どこか残念そうな声で、デュースは答える。何故、残念そうなんだ? デュースにとっては、迷惑もいいところだろうに。
「……えっと、じゃあ今日は、昨日みたいなの、しなくても大丈夫……ですか?」
「そう、だな……」
少し照れた様子で尋ねるデュースの表情を見た瞬間、俺は。
また、吸い込まれそうになってしまった。今度は、唇だけではない、デュース自身に。
「……いや。今は平気だが、このままでは夜や部活の時間まで持たないかもしれない。この後、少しいいか?」
「わ、分かり、ました……」
そうしてまた、俺はデュースを人目のない場所へと連れていくことにした。
昨日と同じ、森の中。デュースを連れ、秘密の場所へと連れていく。
「ここなら、邪魔が入らないだろう」
「は、はい……」
緊張してぎこちない様子のデュースを抱き寄せる。
「デュース」
「……っ」
「可愛いな、デュース」
「か、可愛くなんか……ひあっ!?」
抱き寄せたデュースの背筋を指先で下から上へとなぞる。そうすればデュースの口からは甘い声が上がった。
「ふっ。敏感だな」
「せ、せんぱい、キスだけじゃ……」
「ああ、そういう約束だったな。すまない、悪戯してしまった」
デュースは、言葉では抵抗の意思を見せつつも、嫌がり逃げる様子はない。
「上を向け」
「あ……」
どこかとろんとした眼差しにふっと笑みを浮かべ、またその唇にくちづけた。
何度もくちづけては離して、息をつく。
「はあ……デュース。好きだ……」
「……っ」
「……お前が、俺のことをどう思っているのか、まだ、分からない。だが……こんなことを許してくれていると、都合の良い夢を見てしまう」
お前も、少なからず俺のことを受け入れられる程度には想ってくれているのではないかと、そんな夢を。
俺の言葉に、デュースは困った顔をした。
「それは、えっと、そう、だとは、思うんです、けど……」
「けど? ……なんだ?」
「……先輩に、いっぱいキスされたから好きになったとか、僕、なんていうか、単純じゃないかって……」
「ふっ。なんだ、そんなことを気にしていたのか。……くちづけを与えるくらいでお前が俺のものになるのなら、何度でもするぞ、俺は」
そうしてもう一度デュースにくちづけると、デュースは恥ずかしそうに目を伏せる。
それでも、俺の腕の中からは逃げていかない。
……捕らえたな。
「なあ、デュース。改めて、言葉にしてほしい。お前は、俺のことをどう思っている? ……聞かせてくれ、俺だけに」
「あ、えっと、その……」
「……ほら、恥ずかしがらずに」
「……すき、です。先輩と、こうして、ぎゅってしたり、キス、するの……」
「そうか」
なら、もっとしてやるとしよう。デュースから好き勝手な行為に了承を得た俺は、草原の上にデュースを押し倒した。
「うぇ!? せ、先輩!?」
「デュース」
押し倒したデュースに、何度も、何度もくちづける。頬に、額に、俺を止める手に、そして唇に。
俺の下にいるデュースは羞恥で涙目になってしまっていて、なんだかとても可愛らしく感じた。
「せんぱい……、僕、まだ、こんな……」
「……大丈夫だ。少しずつ、慣れてくれればいい」
俺は何度でも、お前に与える。耳元にささやいてキスをすれば、デュースはくすぐったそうに身体を震わせた。
……困った。このままでは俺の方が、止まらずデュースを食べてしまうかもしれない。
そこまでの無理強いは良くないだろう、そろそろ止まらなければ。
そう思ったとき、ちょうど予鈴が鳴ってくれた。
「……どうやら、今日はここまでみたいだな」
「そ、そうですね……」
安心した様子のデュースに、少しの悪戯心が芽生えた。
「……なんだ、安心したのか? それとも、」
ガッカリしたのか?
今度はそうささやいて、デュースの耳たぶをカリ、と甘噛みする。
するとデュースの身体がびくりと震えて、そして、デュースは混乱した顔で固まってしまった。
「え、なに、いま、みみ、え?」
「……さあ、授業へ戻ろうか?」
混乱したままのデュースを引き上げ、立たせる。
まだ何をされたか分かっていない様子のデュースを、教室へ送り届けた。
「それじゃあ、またな」
「は、はい、また……」
ぽうっと惚けた様子のデュースを1-A教室に放り込み、自分も己の教室へと戻ろうと踵を返す。
(……捕まえた。これでデュースはもう、俺のものだ)
その口元がにやけに歪んでいたのは、窓に映った俺しか知らないことだろう。
*おしまい
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