Going My Way

「だから絶対、こっちのがいいって……アンタもそう思うよな!?」
 振り返ったデュースから唐突に声をかけられ、少し驚く。この真面目な後輩は、いつも律儀に、俺に対して敬語を使っていたと思ったからだ。
「って、あ、シ、シルバー先輩!? す、すいませんっ!! ま、間違えました!!」
「いや……かまわない。楽しそうだな」
 邪魔してしまってすまないな、続けて会話を楽しむといい、そう告げてその場を去る。
 そして、その先で……窓ガラスに映る自分の影に向けて、思うんだ。
(先ほど、デュースから気安く話しかけられたとき、驚いたが……嬉しかった。そのあとすぐに元に戻ってしまって、少し、残念な心地がした。と、いうことは……)
「俺は……そのような関係を望んでいる、のだろうか? 彼に……」
 窓に映る自分の顔は、少しだけほほ笑んでいるような気がした。

 だからと言って、しばらくの間、特別、デュースへ向けて何をするということもなかった。
 普段通り先輩として、関わることのできるときには傍にいて、会話が出来ればそれで十分だと思っていた。
 いつも真面目で、少しそそっかしくて、危なっかしいが、一生懸命に何度でも頑張っているデュースの姿を影ながら見つめていられれば、それで十分だと。
 それでいて、彼がつまずいて落ち込んで、つい立ち止まってしゃがみこんでしまいそうな時には、俺がずっと頑張っているお前を見てきた、お前はもっと頑張れるはずだ、立ち上がれと叱咤激励が出来れば、それだけでいい。
 それだけでも、俺には十分すぎる立場だ。そう、思っていたんだ。――今このときが来るまでは。

 昼休み、混雑する食堂で席を探していると、デュースが隣どうぞと声をかけてくれた。言葉に甘えて、隣に座らせてもらう。
 そんなデュースのまわりにいるのは、どうやら顔見知りの一年生たちのようだ。……しかし、セベクがいないな。またアイツは、同級生との交流も持たず、マレウス様の下へ赴いたのだろうか。
 少し呆れながら俺が席に着くと、彼らは話の続きを始める。
「……で、デュースさあ、どうすんの、アレ!」
「ど、どうすんのって……どうしようもないだろ! イタズラかもしれないし……」
「ラブレターが届いたんだっけ? 凄いなあ、憧れるや」
「男子校で結界も張られてるのに、どうやって届けたんだ? 女の執念ってのは凄ぇな……」
 会話の内容から察するに、どうやら、デュースには恋文が届いたようだ。
「恋文を受けたのか?」
「あっ、は、はい、そう、なんですけどっ」
「おっ、シルバー先輩、こういうの興味あるカンジ? 意外~!!」
 エースに囃し立てられ、ふむ、と考える。別段、他人の色恋沙汰に興味など、確かにない方だとは思うが。
「……確かに、他人の惚れた腫れたに興味を持ち、首を突っ込む趣味はないな」
「ッスよね」
 ジャックが頷く。彼も俺と似たような考えを持っているようだ。
「だが、デュースのことなら、気になるな。……何故だろうか」
「え?」
 一年生が何人か、同じような口と表情になって疑問の声を呈する。俺はそんな顔をされるほど、おかしなことを言ったろうか。
「返事はどうするんだ?」
「そ、それが、今考えてて……。こんな、女の人から告白とかされるの、初めてなんで……。エースからそれラブレターだよって言われるまで、果たし状だと思ってたくらいで」
「そうか。まだ、受けると決まったわけではないのだな」
「うう、はい。そもそも僕、断るにしろ受けるにしろ、ちゃんと返事できるのかどうか……」
 困って顔を机に突っ伏すデュースの頭を、ぽんと撫でる。
「大丈夫だ。お前なら出来る。お前は、誰かの真剣な想いを、無碍にするような男ではない。俺が保証する」
「シルバー先輩……!! 押忍!! ありがとうございます!! 僕、頑張ります!!」
「ああ」
 デュースは元気が出たみたいだ。良かった。
 俺たちのやり取りの一連を見ていた一年生たちが、妙な顔をしているのが気にかかるが。
「えーっと、デュースクン。……今回は告白、断ってもいい……んじゃない、かな?」
「えっ、エペル、なんでそう思うんだ?」
「別に良くね? いいじゃん、どっちに転んでもなんかひと悶着ありそうだし……」
「どっちに転んでも……?」
 デュースは疑問符を頭に浮かべている。俺も、彼らの言っている意味がよく分からなかった。
「まあ、乗りかかった船だ。もし、答えが決まったなら、俺にも教えてくれると嬉しい」
「は、はい、わかりました! 覚悟キマったら、一回、先輩のとこ相談に行きますね!!」
「ああ、よろしく頼む」
 そうして、一年生たちに囲まれた賑やかな食事は終わった。
 終わった傍から、昼休み、今度は俺の同級生たちに声をかけられた。リドルとジェイドだ。彼らはクラスメイトだったか。ならば、共に行動しているのも頷ける。
「シルバーさんは、意外と分かりやすいのですね」
「ジェイド。そうだろうか? というか、俺の何が分かったんだ?」
「……ジェイドやエースが理解していても、キミ自身が理解していないのではね」
 リドルは何故か、俺に向けて呆れた顔だ。まあ、リドルが俺にこんな顔をしているのはいつものことだ。あまり気にはしていない。
「俺は何か、気づいていないことでもあるのか?」
「お気になさらずとも、大丈夫ですよ。シルバーさんなら、そのうち自力でお気づきになられるかと」
「……ジェイド、勿体ぶらずに教えておやり。シルバー、キミは、恐らくだけど、」
 リドルの言葉は、唐突に現れたフロイドに遮られる。
「金魚ちゃんにジェイドじゃーん! 二人で何してんのぉ?」
「フロイド! 今ボクたちは真面目な話を……!!」
 そうしてなんやかんやひと騒ぎあって、結局俺の聞きたかった話は有耶無耶になってしまった。

 それからしばらくの間、考えていた。俺は俺自身の何かをよく分かっていないのだという。
 ディアソムニア寮へ帰ってからも、ずっとずっと考えていた。俺が分かっていないというのは、何のことなのか。
 リドルは答えを教えてくれようとしたが、フロイドの乱入で有耶無耶になってしまった。これは俺が自力で答えを出せという天の思し召しなのだろうか。
 ……というようなことを一通り、もっと同級生と交流を図れという説教と共に談話室にいたセベクに話してみたところ、色の良くない返事が返ってきた。
「ふん、僕が誰とどう交流しようと、貴様にどうこう言われることではない! ……それに、貴様からわざわざ言われずとも、その話なら当のエースたちから聞いている!」
「そうか。ちゃんと交流しているようで、安心したぞ」
「ええい、向こうが勝手に話しかけてきて、一方的に話していったのだ! そんなことよりも、お前……」
「なんだ?」
「……趣味の悪い奴め!」
「今度は何の話だ……。確かに、俺は服には詳しくないが……」
 セベクから服飾の趣味やセンスについて苦言を呈されるのは初めてではないが……。何故、今、急に。
「服についての話ではない! なんというか、その、シルバー、お前が、その……」
「歯切れが悪いな。いつものようにハッキリ堂々と話したらどうだ?」
「……ええい!! この朴念仁め!! 自力で考えろ!! 僕がそこまで貴様の世話を焼いてやる義理はないっ!!」
「そうか。手間をかけてすまなかったな」
 どうやらこのことについて、セベクの協力は得られそうにないらしい。仕方ないと諦めて、鍛錬を済ませ自室に帰り、ルームメイトにも相談をしてみた。
「と、いうことなのだが」
 すると、彼はこんなことを言った。
「……はー。お前が恋とかするならどんな子かって思ってたけど、まさか問題児コンビの片割れとは……」
「……こ、い?」
 俺は、ルームメイトの言葉を復唱する。恋。それは、十七の齢を数える今の今まで、俺とは無縁であった言葉だ。
「恋だよ、恋。なんでそんなタイミング良く教えてもらえなかったのは知らねえけど、お前、好きなんだよあのー……あの、ハーツラビュルの問題児コンビの片割れの、青い方が」
「デュースだ。デュース・スペード」
「そうだよ、そのデュースが」
 解決したなら俺はもう寝るからな、お前の目覚ましのせいで連日寝不足なんだよと言ってルームメイトはさっさと眠ってしまう。俺のせいで毎日迷惑をかけていて申し訳ない……が、それよりも今は、俺は彼に言われた言葉が気にかかって仕方なかった。
「恋……」
 窓際に遊びに来ている番の小鳥を目に入れて、すとんと、その感情が腑に落ちる気がした。
 俺は、デュース・スペード――彼と、こうなりたいのだと。

 恋。俺は恋をしていたらしい。いつの間に、気づかないうちに。
 そうして、一年生たちや同級生たちの反応にも合点がいった。俺が恋をしていることに、俺よりも早く彼らは気づいていたのだな。
 ――そういえば、恋と言えば、デュースは恋文を貰ったと言っていたな。
 困った。自覚した瞬間、恋敵の出現とは。それも、相手は先手をもう打った状態だ。戦況は悪いな。
 そんなことを考えながら昼休みの廊下を歩いていたら、背後から気配がし、声をかけられた。
「あのっ、シルバー先輩! 聞いてほしいんですけどっ」
「……デュース」
 それは今、俺の頭の中を占めていた、渦中の人物。デュース・スペードそのもので。
「ああ、聞かせてくれ。答えが、決まったんだな」
「は、はいっ。ちゃんと答え言いに行く前に、シルバー先輩に先に相談しようって思って……」
 僕考えるの得意じゃないですけど、後悔しないように、しっかり考えてから答え出したいと思ったんで、とデュースは言う。
「では、場所を変えよう」
 そして俺たちは、中庭へと移動した。

「それで、結論から聞こう。結局どうするんだ?」
「そう、ですね……。僕も、迷いに迷ったんですけど。一回、受けてみようかなって」
 僕、今好きな人とかいないし、なのに理由もなく断るのもなんだかなって。エースも、一回付き合ってみて違うなって思ったら別れりゃいーじゃんとか言ってたし、そういうもんなのかなって、そう苦笑いをするデュースに、俺は。
「ダメだ」
「え?」
「付き合わないでほしい」
「……へっ?」
 デュースは俺の言葉に疑問符を浮かべる。それは、そうだろう。俺だって、俺が何を口走っているのか、あまり自覚していない。
「あ、えっと。もしかして、この子、シルバー先輩の好きな子だった、とか……」
 だったら僕遠慮しますけど、など、デュースは言ってみせる。だが、違う。俺はその恋文の主が誰なのかもよく知らない。俺が好きなのは――
「違う」
「だったらなんで、」
「……お前が、」
 好きなんだ。
 気が付いたら、その言葉を口走ってしまっていた。まだ、言うつもりなどなかったのに。
「他の人のものに、ならないでほしい。俺は、デュースが好きだから」
 まだ自分の身体に馴染み切っていないその言葉を、それでも口にする。何故なら、今を逃せば、もうこの男は二度と俺の手に入らないかもしれないと、本能で分かっていたから。
「……えっ? へ? は?」
 デュースは顔を赤くして、口をぱくぱくと開け閉めしてみせる。俺は、こいつを手にするためなら、どんな汚い手でも使える気がした。
「デュース」
「んっ、」
 了承も取らず、デュースの唇を奪う。まだ、デュースの想いも確かめていないのに。頭では良くないと知りながら、こんなことをしてしまう。唇を離し、まだ混乱しているデュースの目をじっと見つめる。
「これで分かったろう。……俺は、お前が、好きだ。……こんなことまでしたのに、他の女を見るのは良くない、よな?」
「え、ちょ、シルバー先輩……っ、僕、そんな、急に言われても……っ」
 まだ押しが足りないかと、デュースの身体を抱きしめる。
「急でもなんでも、丸め込むのだって構うものか。俺は、お前を他の奴に取られたくない。今、この場で、俺を選んでくれ、デュース」
 頷いてくれるまで離しはしてやらないぞと告げると、デュースは少しむっとして俺を押し返した。
「……シルバー先輩は、それでいいんですか!?」
「何がだ」
「僕を、丸め込むみたいな、強引な形で頷いてもらって、満足なんすか!? ……シルバー先輩が、言ってくれたんじゃないですか! 僕は、本気の気持ちには、本気で答えられる奴なんだって……シルバー先輩には、そうさせてくれないんすか!?」
 そう言われてしまっては、逆らうことはできない。
「……確かに、俺がそう言った。狡かったのは認めよう。だが……」
 それでも、抜け駆けをしてでもお前を得る機会を手離したくないんだ、と続けると、デュースはコホンと咳払いした。
「……きょ、今日の告白の返事は、変えます。受けようかなって思ってたけど……その。シルバー先輩のことも考えなくちゃいけないなら、とりあえず、いったんお断りするか、保留の方向にしてもらうので……っ」
 だから、焦らないでください、とデュースは言った。
「それは……相手の子に悪い気もするな」
「本当にそう思ってます……?」
「負ける気はないが、気の毒だと思わない気持ちがないわけではない」
 デュースは呆れて溜め息を吐いた。俺は、やれるだけのことをやり、言うべきことは伝えたはずだ。
 ……あとはデュースが答えを出すのを待つことにしよう。

 それから。翌日、デュースから再び声をかけられた。
「シルバー先輩」
「ああ」
「……お話があります」
「ああ、分かった」
 それから俺たちは、運動場の外れへと赴いた。厩舎にも陸上部の活動場にも近いこの場所は、俺たちにとって、なんとなく、落ち着くからだ。一番落ち着く場所で返事がしたいとデュースが言うので、この場所になった。
「僕、あれからずっと、考えたんです。……考えてたんです、シルバー先輩のことばっか」
「そうか」
 自分でも分かるくらい、嬉しそうな声音が出た。少し気恥ずかしいな。
「ラブレターの子の方は、結果的に断ることになりました。僕は少し考えに答えが出るまで待ってほしいって言ったんですけど、向こうはそれは嫌だったみたいで、キッパリ断ることになって」
「……そうか」
 ホッと安堵したような、やはり気の毒に思うような、そんな複雑な心地になる。
「それで、申し訳ないことしたなって思う気持ちもあったんですけど、そうだシルバー先輩のこともあったんだってなって、頭ん中ぐちゃぐちゃで。……キス、とか、されたなって思って」
「ああ、したな」
「……僕、初めてだったんですけど」
「そうか、すまない」
「……悪びれてないすよね……。……僕、ほんとに、あんな、キスとかしたことなかったんですよ? だから、分からないんです」
「分からない、とは……」
 デュースは、自分の胸のあたりをぎゅっと握る。
「……もっと、もう一回、キスしてみたいとか、思ってるのが……ただの、キスやえっちなことしてみたい、みたいな単純な興味なのか、シルバー先輩とだから、そういうことがしてみたいのか、って、そういうのが……わかんない、んです」
 先輩となら、そういうこともできるんじゃないかって、そう思いはするんですけど、それって好きってことなのかどうなのか、分かんなくって、とデュースは言う。本気で、デュースは悩んでくれているようだ。だが、俺は。
「俺は、かまわない」
「へっ?」
「お前が、そういった興味から俺を選んでくれても、一向にかまわないと言ったんだ。もちろん、ずっとそのまま、というのは問題があるだろうが……。きっかけは、なんだってかまわない。これから俺をもっと知って、俺を好きになってくれるのなら」
 だから、そんなに悩むことはない、とデュースに言えば、先輩、僕が先輩を選ぶって信じ切ってませんか、と言われてしまった。
「ほんとに、いいんですか?」
「……ああ。お前が手に入らず、他の誰かのものになることに比べれば、関係の始まり方など些細な問題に過ぎない」
 これからを過ごしていく時間の方が圧倒的に多いのだから、と告げれば、とうとうデュースは観念したように頷いた。
「……僕、今言った通り、煩悩だらけなやつですよ……?」
「いいと思う。俺にも、そうした気持ちがないわけではない」
「これからほんとに、シルバー先輩を好きになってけるか、分からないですし……」
「俺を好きにさせる。必ず、その努力もすると誓おう」
「……なんでシルバー先輩、そんなに僕のこと好きなんすか……!!」
「ふっ。何故だろうな、自分でも分からないんだ。……何故、お前にだけ、こんなにも執着を覚え、どうしようもなく好きだと思ってしまうのか」
 それで、デュース。立ち上がり、手を差し伸べて、改めてデュースへと向き直る。
「俺の手を、取ってくれるな?」
「……はい、シルバー先輩。……負けました!」
 これからよろしくお願いします、と呆れたような笑い顔を浮かべたデュースは、俺の手を取った。
 俺はそのままデュースの手を引いて、抱きしめる。
「嬉しい。デュース、これからよろしく頼む」
「はは、もう、ちょっと、苦しいですって……」
「デュース」
 顎を指で引いて顔を上向かせ、そのままくちづける。するとデュースは、やはりぱくぱくと口を開け閉めした。
「だ、だから、先輩……っ、もう~~~~……っ」
「お前は先ほど、キスしてみたいと言っていなかったか? 俺もしたいと思った。だから、問題ないと判断したのだが」
「いや、そう、そうなんですけど、僕にも心の準備とか、……ああもうっ……」
 先輩と付き合ってると、心臓持たないかもしれません、とデュースは言う。
「それはいけないな。これからのためにも、慣れてもらわなければ」
「えっ、ちょ、先輩、ここ運動場、もうこれ以上は誰が見てるか……っ!!」
「今さらだろう、それに、誰が見ていても構うものか。お前は俺のものになったのだと誇示していたい」
「せんぱい……っ!!」
 ぎゅっと目を閉じるデュースの頬を指先で撫でていると、昼休みの終わりを告げる鐘が鳴ってしまった。
 ああ、授業に行かなくては、な。
「時間が来てしまったようで、残念だ」
 デュースの額にキスをして、その手を取る。
「今日このとき、この時間が……俺の見た夢幻ではないことを願っている」
 手の甲にキスをすると、デュースは赤かった顔をますます真っ赤にして、しどろもどろになりながら、教室へと走っていってしまった。可愛らしいなとその背を見送り、俺も教室へと赴く。
 さて、これからどうあの可愛い子兎を料理してやろうかと、今はただ幸せなだけの計画を練りながら、その場を後にするのだった。

*おしまい

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