Dazzling world

「分かりましたっ、聞いてくれてありがとうございます!」

 ――目の前に立つのは、一つ年下の後輩であるデュース・スペード。たった今、俺は彼から心に秘めた想いを告げられて、マレウス様の護衛として色恋沙汰に現を抜かしている暇は無いからと想いに応えることを断ったところである。
 今までにも、こうして誰かに想いを向けられることはあった。しかし、それは大抵街ですれ違った程度の見知らぬ女性であることが多く、同じ学校に通う親しい後輩というのは初めてのことで。
 正直、断ることをわずかにためらった。ここで想いを断ると、関係を悪くしてしまうのではないか、と。とはいえ、きちんと好意を持っているというわけでもないのに本気の想いに応えてしまうほど、不誠実な男になれるわけでもなかった。
 だから、鍛錬に集中するため、今は誰とも付き合う気がないと言った。泣かせてしまうかと、悲しませてしまうだろうかと、心配した。けれど、デュースの表情は想像していたものとは違い、さっぱりと清々しい、いわば笑顔のそれで。
「ええと……俺が言うのもなんだが、こういうときは……悲しむ、ものなんじゃないのか?」
「ははっ、それはそうかもしれないんですけど……。なんか、先輩の返事は、そうだろうなって思ってた通りだったんで、あ、やっぱり思った通りの人だって納得感の方が強いです」
「そういう、ものなのか」
「はい」
 むしろ気持ちにいいケジメがついたって気がします、とデュースは晴れ晴れとした表情を見せた。
「あ、でも。ひとつだけ、お願いしてもいいですか?」
「……なんだ?」
 気持ちに応えられなかったぶん、俺で出来る詫びならしようと思った。だが、デュースの言葉は、俺の想定しないものだった。
「僕、ちゃんと、いずれはただの後輩に戻ろうと思います。でも、振られたからってすぐ諦めるのって、やっぱり難しいじゃないですか。だから、しばらくは先輩のこと、好きなままでいることを許して欲しいです」
 ダメですかね、とデュースは言う。俺は、なんと言っていいか分からず、こう答えた。
「……お前がどんな気持ちを誰に持っているかは、お前以外の誰にも決められることじゃない。それは、俺だとしても同じことだ」
 好きにするといい、と告げると、デュースはありがとうございます、と笑った。
 想いの告白を断っても笑っているのは、デュースが初めてだった。
 
 それからのことだ。デュースは、好きでいることを許してください、という言葉通り、たまにあけすけな好意を伝えてくることがあるようになった。
「今日の徒競走、絶対一番取りますから! 応援しててください!」
「あ、ああ」
「先輩に格好いいところ見せるんで!」
 だが、その後必ずデュースはこのようなことも言った。
「僕は、隠しごととかあまり得意じゃないんで、まだこういう風に言っちゃいますけど、先輩はそれでプレッシャーとか感じなくていいですからね。振り向いて欲しくてやってる、とかそういうわけじゃないんで」
 俺はただ、そうか、とデュースの言葉を受け取るばかりだった。
 ……分からない。デュースはなぜ、悲しんでいる様子でもなく、かと言って俺に何かの返報を望んでいる風でもないのに、俺へと好意を伝えてくるのだろう。
 何も大きな問題は起こっていないのだし、本人が満足しているのなら好きにさせてやればいいじゃないか、とも思う。
 けれど、あまりにも当たり前のように、デュースが好きだと伝えてくるものだから、いつかアイツの言うようにその想いがただの後輩へと戻ってしまったときのことを思うと、どこか寂しいような気がしたんだ。
 ……デュースから愛情を注がれるこの現状に、慣れてしまっては。
 
 そんなある日のこと。物陰でしゃがみこんでいるデュースを見つけた。デュースは俺の存在には気づいていないようで、ひとり何か喋っている。
「……やっぱり、僕なんかじゃ釣り合わなかったんだよな。何か期待してた、ってわけじゃないんだが……」
 俺は、かけようとした声と手を止めた。これは、ひょっとせずとも俺のことで落ち込んでいるのではないかと、そう気づいたから。
 どうしたものかと思っていると、デュースは自分の頬をパンパンと両手で張り、立ち上がった。
「……だとしても、憧れの人だってことには変わりないよな。なあ、僕!」
 ひとり青空を見上げるデュースは、それに向かって伸ばした手に語りかけ、拳を握る。
「そうだ、あの人には夢のために背中も押してもらったし、ずっと、ずっと憧れてる! そんなの、ちょっと振られたくらいで変わらない。変わるわけないんだ。……だから、そんな大事な人に、いつまでも迷惑かけてるわけにもいかないよな。頑張ろう。頑張って、ただの後輩に戻るんだ」
 よし、とうなずき、デュースは拳を下ろして一言つぶやく。
「……けど、好きなのがどうしてもまだやめられないんだよな」
 どうしようもないな、僕と笑って、デュースは立ち去った。残された俺は、ただそこに立ち尽くしていた。

 ……今まで、デュースは傷ついたり、落ち込んだりしていないものだと思っていた。あまりにも堂々として、さっぱりとした態度だったから。本人の言うように、気持ちに区切りをつけたかっただけなのだと。
 馬鹿だな、俺は。そんなはずないじゃないか。デュースはただ、俺がそれを気に病まないようにと、己の傷を隠していただけだったんだ。何が、隠しごとはうまくない、だ。俺への隠しごとは相当うまいじゃないか。
 そこまで考えて、気づいた。何故、デュースのことばかりそんなに気にするんだ? 告白を断られて悲しみに暮れた人なら、今までにももう何人も見てきただろう。
 だのに何故、デュースのことばかりがやけに気になるのか。
 目を閉じて、自分の心に尋ねた。答えは、もうとっくの昔に出ているような気がした。
 ――ああ、なんて今更なことだ。今更になって気づくんだ。
 俺は、デュースが好きだ。
 好きだったことに気づかなかったのか、あとから好きになったのか、それはもはや分からない。
 ただ今わかるのは、間違いなく今はデュースが好きになったのだということだけだ。
 ならば。デュースの心が完全に俺のことを諦めて、ただの後輩へと戻ってしまう前に、告げなくては。告げてやらなくては、俺の気持ちはお前の方を向いたと。
 好きになった人に、いつまでも悲しい思いをさせていたくはないから。
 俺は決意を新たにし、明日に必ず告げようと下準備をし始めた。
 
 翌日。食事を終えた昼休みに、デュースの姿を探す。どこにいるのかと思えば、何やら階段の踊り場で何人かの生徒と話しているようだった。半ば口論のように聞こえるそれは、喧嘩だろうか。だとしたら止めなくては。
「デュース」
 俺が声をかけようとした瞬間、一人の生徒に強く押されたデュースの身体が宙に浮いた。押された拍子に、階段から足を滑らせたんだ。俺は咄嗟にデュースを追いかけ、魔法と体躯を駆使し、デュースを抱えて受身を取った。
「無事か!?」
「ってて……」
 デュースの様子を見ると、片方の足首をさすっている。どうやら、落ちた拍子に捻ってしまったようだ。
「痛めたか。保健室へ行こう」
「え!? ちょ、ちょっと、先輩!」
 階段の上で狼狽える生徒たちを睨みつけるように一瞥し、デュースを抱え、保健室へと連れていった。
 
 保健室には誰もいなかったため、デュースを適当なベッドに座らせて、その足にテーピングをしてやることにした。足を捻ったときには、冷やして固定してやるといいはずだと記憶していたから。
「足を出せ」
「は、はい」
 デュースは遠慮がちに足を出してくる。俺はその足首を冷やしつつ、固定用のテープを巻きつけていった。
 俺たちの間に、無言の時間が流れる。先にその沈黙を破ったのはデュースだった。
「えっと……助けてくれて、ありがとうございます」
「気にするな。身体が勝手に動いただけのことだ」
 そう告げれば、デュースはどこか嬉しそうに呟いた。
「これも、怪我の功名ってやつかな」
「何?」
「足は捻っちゃいましたけど、先輩にこうして気にかけてもらえて、いい思い出ができたかな、って」
「……俺の気を引くために、己の身を省みないのは良くないことだ」
「違いますよ! そういう意味じゃなくって……。あの、いい機会だから、言っときたいんですけど。僕、先輩を好きになって、それが分かってから、毎日がキラキラして見えたんです。毎日、大好きな人のために張り切って頑張って、毎日、憧れの人を好きでいられる、僕なんかにはもったいないような気持ちが胸の中にあるって感じがするのが嬉しくて、それは先輩に振られてからも、ずっと変わんなくて」
「……」
「だから、先輩には感謝してるんです。たとえ叶わなくたって、僕が初めて人を好きになれたのが、シルバー先輩で良かった。僕にもこんな気持ちを持てるんだって教えてくれたのが、先輩で良かった、って。本当に……だから、ありがとうございます」
 僕にたくさんの、キラキラした思い出をくれて。デュースが言葉を切ったとき、俺は、ベッドに座るデュースのことを抱きしめていた。
「……思い出だけには、させない」
「え……?」
「本当に、今更なことを言ってもかまわないだろうか。今更、もう遅いかもしれず、ある種、幻滅させてしまうかもしれないのだが……お前のことを、好きになった。前向きに、お前の気持ちを考えさせて欲しい」
「え、う、嘘……」
「……だと、思うか」
 デュースの手を握りしめ、じっと目を見た。頬が熱い、きっとわずかに赤く染まっている。それでもいい、この想いが伝われば。
「ほん、とに?」
 目を丸くして呆けるデュースに、くちづけで応えた。デュースは信じられないとでも言うかのように口元に手を当て、それから俺に抱きついてきた。
「……やった! めちゃくちゃ嬉しい、あとでナシだなんて言わないでくださいよ!! 好きだ、先輩。大好きです!!」
「ああ」
 しっぽを振る犬のように喜ぶデュースを抱き返し、頭を撫でてやった。こんなに喜んでもらえるのなら、もっと早く好きになってやれば良かったなどと、詮無いことを思いながら。
 
 それから、俺は改めてその後の話をした。デュースのことは好きになったが、それでも自分やデュースの夢のために護衛や勉強を優先することがあること。
 恋人としての時間はなかなか取ってやれないだろうこと。
 恋人よりも主君を優先するときがあるだろうこと。
 こうした理由から、自分は恋人の選択肢としてはあまり良い方では無いということ。
 そのどれもをデュースはうなずいて聞いていた。そして、最後に俺へと笑って言った。
「そんなの、ぜんぶ平気ですよ。やっぱり先輩は僕の思ってた通りの人です」
 お前は強いな、と肩をすくめる。デュースは、俺の目をまっすぐ見て、そして言った。
「先輩のやりたいこと、全部やってください。僕もそうします。だって、シルバー先輩とこうして会えた人生だって一度きりなんですから、後悔したくないですもんね!」
 その先輩がやりたいことの中にちょっとだけ僕を混ぜてくれるなら、それだけでもすごく嬉しいです! と、デュースは笑う。
 俺は、その言葉に、胸を打たれた。そう、だな。デュースが俺と会えた人生を一度きりなのだと言うのなら、俺だって、この目の前で笑うデュースに会えた人生は一度きりだと、もう知っている。
「ならば、これからよろしく頼む、デュース」
 なんだか清々しい気持ちになり、デュースに手を差し出す。
「はい、こちらこそ!」
 デュースは俺の手を取り、立ち上がる。
 二人のお互いにかけられる時間は、そう多くないのかもしれない。だとしても、これから二人、歩んでいこう。
 一度きりの人生でデュースと出逢えた、素晴らしい世界を。
 
*おしまい

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