春雷・後編

【注意書き】
・「春雷」シリーズにおきましては、メインストーリー7章完結時点で書かれたもののため、その後の展開と時系列が矛盾する可能性があります。
・メインストーリー7章完結時点までのネタバレを含みます。
・この作品は、5/15、5/25、6/3の3回に分けて前・中・後編が投稿されます。
第一弾:春雷・前編(5/15):リンク
第二弾:春雷・中編(5/25):リンク
第三弾:春雷・後編(6/03):これ

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 来る6月3日。僕は、気合を入れていた。それは、自分の誕生日だから、ってだけじゃない。
 ……僕が、大事なことに答えを出さなきゃいけない日でもあるからだ。
 その大事なこと、って言うのは。シルバー先輩の、告白。
『お前のことが好きだ、デュース』
 あの言葉に対する返事を、僕は考えないといけない。……正直、もう心は決まってるが。

 っしゃ行くぞ、と気合を入れて、僕は学園の中を歩き出した。
 朝から同級生やルームメイトに誕生日おめでとう、と祝われて、寮の先輩たちにもプレゼントなんかもらったりする。
 ……僕みたいなやつがこうして誕生日を祝ってもらえるようになったってのは、嬉しいことだよなって実感して、柄にもなく感謝なんかしたりして。
 『誕生日おめでとう』っていう母さんや他寮のダチからのメッセージにも返信して。
 そんな、幸せな誕生日を過ごしていた。
 過ごしていた、あと。放課後になって。僕は、ディアソムニア寮へと向かおうとしていた。
 もちろん、シルバー先輩とのことに答えを出すためだ。
 鏡舎の中、ディアソムニア寮に繋がる鏡の前で深呼吸をする。
 よし行くぞ、と気合を入れた瞬間、鏡の中から誰かが現れた。
「うわっ!」
「すまない、人がいたのか……ん? デュース?」
「し、シルバー先輩!」
 鏡から出てきたのは、ちょうど目当ての人だった。
「ディアソムニア寮に用事だったか?」
「い、いえその……ディアソムニアに用事っていうか、なんていうか……」
 僕が口ごもっていると、シルバー先輩は、ああ、と何かを察したようにうなずいた。
「……俺も今、ちょうどお前のところへ行こうと思っていたところだ」
「そ、そうだったんですね……」
 ひとまず場所を変えようか、とシルバー先輩は言う。僕はその提案にうなずいた。
「ただ返事をして終わり、というのも味気ない。もし、お前に時間があるのなら……少し、俺に思い出をくれないか」
 こうして僕は、シルバー先輩と一緒に麓の街を歩くことになった。
 麓の街を歩いていると、シルバー先輩はぽつりと言った。
「お前が、うなずいてくれて良かった。その、プレゼントを店に用意していたから」
「えっ、そうだったんですか!?」
「ああ。……この店だ」
 そう言って、シルバー先輩はひとつの店の中に僕を連れていく。
 そこは、靴屋のようだった。
「……靴屋さん、ですか?」
「ああ。こちらへ」
 シルバー先輩に促され、僕は椅子へと腰かける。
 落ち着かない様子で待っていると、シルバー先輩は店員さんに声をかけて、何かを持ってきてもらったようだ。
「俺からは、靴を贈ろうと思ったんだ。これからお前の行く先が、雨に濡れないように。良い靴が、良い場所へ導いてくれるように」
 そう言いながらシルバー先輩はひざまずいて僕の足に一対の靴を履かせる。僕が使うには、上等すぎる靴な気がした。
「サイズや、履き心地はどうだ?」
「い、いいです……」
「そうか、良かった」
 ではこれを包んでくれ、とシルバー先輩は店員さんに言う。僕は、申し訳なくなった。
「先輩、こんな良いのもらえないですよ。結局僕、先輩の誕生日プレゼントもまだ……」
「それは、これからでいい。俺が欲しいものがないのが悪かったんだ」
 それに、とシルバー先輩は言った。
「これは、礼でもある。……今日、お前の出す答えがどんなものだとしても。俺はここしばらくの間、お前のことを思って、幸せな時間を過ごせた」
 だから、その礼と、お前が行く道がこれから幸福に満ち溢れているようにという祈りを込めて、贈りたいんだとシルバー先輩は言った。
 そこまで言われちゃもう食い下がることも僕にはできず、ありがとうございます、というしかなくなった。

 それから、シルバー先輩と僕は2人で公園へと向かった。2人でゆっくり話ができるだろう、と思ったからだ。
 改めて、シルバー先輩と向き合う。だけど、僕はちょっと不満を持っていた。
 ……事前にあんな素敵なプレゼントされちまったら、良い感じの答えを言ったところで、僕、ちょっと現金な奴だとか思われないかな、なんて。
 僕に靴を履かせてくれるシルバー先輩は、王子様みたいだった。僕にはもったいないくらいの、王子様みたいだった。
 そう、僕にはもったいないんだ。
 でも。そのもったいない人が、僕がいいんだって言って、ずっと笑って、照れて、一生懸命に僕を――愛してくれてる。
 僕はそれに応えないほど、単純じゃないわけでも、不器用じゃないわけでもなかった。
 だから。
「シルバー先輩、僕、決めました。ってか、決まりました。僕、先輩のこと――」
 
 好きです。
 
 その言葉を口にしたら、その瞬間、シルバー先輩は、僕に駆け寄るような勢いで、僕のことをぎゅっと抱きしめた。
「……デュース、嬉しい。本当か、デュース」
「ほ、本当だから、落ち着いて……っ」
 心臓が爆発しそうです、というと、ああ、すまない、とシルバー先輩はようやく腕を解いてくれた。
「……嬉しい、デュース。夢じゃないな?」
「夢じゃない、です……」
 柔らかくほほ笑むシルバー先輩にそっと頬を撫でられ、僕は照れくさくなる。
「分かった。ありがとう。これから、お前のことを愛していきたい。かまわないんだな?」
「は、はい……」
「……ふっ、困った。嬉しくて、仕方ない。舞い上がっているみたいだ」
 ちょっとは喜んでくれるかなって、期待してなかったことはないけど。
 まさかここまで喜びを露わにしてくれるなんて……。思わなかったな。
 僕が苦笑いをしていると、シルバー先輩が慌て出した。
「す、すまない。呆れてしまったか?」
「いえ……先輩もそんな風にはしゃぐんだなって、ちょっと意外で」
「……いいだろう、少しくらいはしゃいでも」
 むっとした様子のシルバー先輩に、僕は、どきりと胸が音を立てるような気がした。
 ……そんな顔もするんだな、この人。
「先輩……、ヴァンルージュ先輩」
「……ああ」
 先輩は、柔らかくほほ笑む。本当に嬉しそうに、僕に向けてほほ笑む。このほほ笑みは、僕だけのものだ。
「す、好き……です」
「……俺もだ。好きだ、デュース」
 手を繋いで帰ろうか、とシルバー先輩が僕に手を差し出した。
 戸惑いながら手を重ねると、ぎゅっとしっかり握って、少し薄暗い帰り道を歩くことになった。
 もう夜が近くなっていた。
「暗くなってしまったな」
「そうですね。何か食べて帰った方がいいかな……」
「……そうしてもいいな」
 もう少し一緒にいたいから、とシルバー先輩が言う。
「なら、あの店にでも入りましょうか」
 僕もまだ一緒にいたかったし、という言葉は、恥ずかしくて飲み込んだ。でも、伝わってるような気がした。
 適当なカフェに入り、それぞれオムライスとリゾット、アイスコーヒーとカフェラテを注文する。
「そういえば、言いそびれていた。誕生日おめでとう、デュース」
「あ……ありがとうございます」
「ふっ。プレゼントを渡すことばかりに執心して、肝心の祝いを忘れるとは。愚かな男だな、俺は」
 そう言って笑うシルバー先輩に、僕は、ちょっとむっとした。
「……僕の好きな人の悪口言わないで下さいっ」
「そうか、すまなかった」
 ふっ、とシルバー先輩は笑う。こんな軽口も、もう許されるんだ。
「……好きな人、か」
 シルバー先輩は、窓に映った自分の顔を見ている。先輩は、今、自分の顔を見て、どんな気持ちになってるんだろうな。
 窓に映ったシルバー先輩の顔を見ていると、窓越しに目が合った。
 窓越しに目が合ったシルバー先輩に、やっぱりほほ笑まれてしまった。
「なんだ、デュース。見つめるなら直接してもいいんだぞ」
「べ、別にっ、先輩どんな気持ちなんだろって見てただけなので……っ」
「……見て、分からないだろうか。とても幸せな気持ちだ。格好つけていたいのに、どうにも顔が緩んでしまっていると、照れくさく思っていた」
 確かに笑顔は増えてるけど、結構いつも通りに見えるけどな……。誤魔化すようにオムライスを口に運んでいると、それもやっぱり優しい眼差しで見つめられてて、僕の方が照れくさくなってしまった。

 店を出て、すっかり暗くなった夜道を僕たちは歩く。
「今日はありがとう。図らずも、逢引のようになってしまったが……また機会をくれると嬉しい」
「そんなの、僕だって……。……むしろ先輩の方が忙しいんじゃないですか?」
 デートの機会なら、僕の方が貰いに行かなくちゃ、と言うと、シルバー先輩はその通りだな、と申し訳なさそうに言った。
「今更の確認にはなるが。……俺は確かに、今、お前の案じていたように、忙しい男だ。恋人として、お前のことを構ってやれる時間は、少ないかもしれない。時にはお前よりも、別の人を優先することもあるだろう」
 それでも俺を選んでくれるか、とシルバー先輩は問いかける。
 僕はそれに、呆れながら答えた。
「……ほんとに今更ですね。僕、シルバー先輩がどういう人かっていうの、ちゃんと見て決めたと思うんですけど」
「しかし……」
「しかしもだってもない! ここまで来て僕に振られたいんですか!?」
「……振られたくは、ないな」
「じゃあ、いいんです。会える時間が少ないのは、そりゃちょっと淋しいけど」
 ほんとに淋しかったら、僕の方から無理やり会いに行くことだってなんだってできますし、と言う。
 シルバー先輩はそれに驚いた顔をした。
「なんで驚いてるんですか」
「いや、お前がそこまでの想いを持ってくれているとは……思って、いなくて」
「……先輩、自分の方が先に好きになったからって、自分ばっかりが好きだと思ってませんか。僕だって、いっぱい考えて、いろいろな気持ちあって、先輩のこと好きだ、ってなったんですけど!」
「そ、うか……。……ふっ、そうか。ありがとう、デュース」
「別に! ……礼を言われるようなことじゃ、ないですから」
 それよりも、ほら、と手を差し出すと、シルバー先輩は、ああ、と頷いて僕の手をぎゅっと握る。
「……あとひとつだけ、プレゼントねだっていいですか?」
「ああ、なんだ?」
「……ん」
 シルバー先輩の両手を握ったまま、オーロラ色の瞳をじっと見つめて、それからゆっくり目を閉じる。
 少し戸惑うような気配がした後、そっと暖かな温度が近づいてくるような気がした。

 ――2人だけの静かな夜の中、僕は、優しい夜明けの月の光のように輝くシルバー先輩の愛情を身体いっぱいに受けながら、たったひとつきりの恋をした。

*おしまい

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