【注意書き】
・「春雷」シリーズにおきましては、メインストーリー7章完結時点で書かれたもののため、その後の展開と時系列が矛盾する可能性があります。
・メインストーリー7章完結時点までのネタバレを含みます。
・この作品は、5/15、5/25、6/3の3回に分けて前・中・後編が投稿されます。
第一弾:春雷・前編(5/15):リンク
第二弾:春雷・中編(5/25):これ
第三弾:春雷・後編(6/03):リンク
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僕たちの恋は、まるで春の嵐のようだ。
『今、お前から欲しいものが、ひとつだけある』
『お前からの、返事が欲しい。俺は、お前のことが好きだ、デュース』
あの日。シルバー先輩から告白されて、僕はすごくびっくりしている。
……僕はあの後、何も言えなくなった。何も言えなくなった、けど。
それでも、ずっと待たせるわけにはいかないと思って、学園に帰る直前、シルバー先輩に言った。
「あのっ。……6月3日、誕生日なんです、僕」
「ああ」
「だから、どんなに遅くなっても、その日までには……答え、出しますから!!」
分かった、とシルバー先輩はほほ笑んだ。それで僕は、なんて答えを出すか、今、迷っているところだ。
正直、シルバー先輩にそんな気持ちを向けられてるとは、思っていなかった。
いつも優しい先輩で、ふっとほほ笑んでくれることがあるな、とは思っていたが、それは僕だけが特別なんじゃなくて、誰にでもそういう態度を持てる人だと思っていて、だから、僕なんかが特別になるわけないって、……そう思っていた。
シルバー先輩は、あの日の帰り道に、僕への気持ちをぽつぽつと語った。
『お前に会うと、いつも、俺の心の中には風が吹く。春の桜を荒らす、花吹雪のような風だ』
『一目見るだけで、それまで落ち着いて、凪いでいた景色が、世界が。お前という風に揺れてざわめきを起こし、嵐を起こす』
『それが、いつも、痛いほど胸の内に刺さって……どうしようもなく、なるんだ』
……本当に愛おしそうな表情で、僕なんかに向けてそんなこと言うんだ、あの先輩は。
僕は悩んでいた。正直、嬉しい。すっごく嬉しい。シルバー先輩みたいな格好いい人がそんな風に僕を想ってくれていたのは、めちゃくちゃに嬉しいことだ。
……でも。僕はシルバー先輩が思っているほど、いい奴でも、綺麗な奴でもない。そんなこと、僕が一番分かってるんだ。
ずっと、ずっと悩んでる。毎日、どうしようって思ってる。どうしようって思ったまま、考え続けても答えは出ない。
僕の誕生日までにはもう時間がないけれど、それまでには答えを出さなくちゃならないのに、だ。
「……外、走ってくるか」
むしゃくしゃしてきたので、運動着に着替えて外を走りに行く。梅雨が近づいた雨雲が、僕の頭の上にやってきていた。
それから、案の定走っている最中雨に降られた僕は、濡れ鼠となった。
「傘も持ってこなかったし、このまま濡れて帰るしかないな」
そんなひとり言を言って、雨の中、意気消沈して歩く。
冷たい5月の雨が、火照る頬と頭をうまいこと冷ましてくれるような気がした。
『俺は、お前のことが好きだ、デュース』
……。予感が、まったくなかった、わけじゃない。
病院で、一緒に桜を見たとき、シルバー先輩は、そっと僕の頬へと手を伸ばした。
あのとき。シルバー先輩は、何を思っていて、何を言おうとしたんだろうって、考えた日もあったんだ。
でも、まさかなって思うじゃないか。……まさか、まさかだろ。シルバー先輩が、僕を好きだなんて。
そのまさかが、現実になるなんて、思わないだろ。
シルバー先輩は、僕のことを考えると、一目見ると、心に嵐のような風が吹くと言っていた。
僕の方も、今、シルバー先輩っていう嵐に心がかき乱されてるような、そんな気ばっかりがする。
「……~っ、どうしたらいいんだ……」
悩んでいると、目の前に誰かが駆け寄ってくる気配がした。顔を上げると、そこには心配そうに傘を持った、シルバー先輩が立っていた。
「デュース。どうして、雨の中をずぶ濡れで歩いているんだ」
「シルバー、先輩」
先輩は、とにかく入れ、と言って、土砂降りの雨の中、僕を傘へと入れた。シルバー先輩の肩は、濡れてしまった。
2人、ひとつの傘の中に入って歩く。……どきどきする。
雨で冷たく濡れてるはずの頬が、やたらと熱を持っていく。
「僕、もう濡れてるんだから、そんなに傘に無理に入れなくても大丈夫ですよ……」
先輩の方が濡れちまいますし、と言っても、シルバー先輩の態度はどこ吹く風だ。
「俺が、お前をこれ以上濡らしたくないんだ」
「そう、ですか」
シルバー先輩と、なんとなく目を合わせづらくて、僕の目線はつい俯いてしまう。
そうしているうちに、雨はどんどん強くなってきた。
「……天気が悪いな。急ぐか」
シルバー先輩は僕に傘を持たせると、僕の手を取り、走りだした。雨に濡れるのも構わないで、走りだした。
やがて手を引かれるまま辿り着いたのは、ハーツラビュル寮の玄関だった。
「ここまで来れば、大丈夫だろう」
「ありがとうございます、送ってもらっちゃって……」
「かまわない」
それじゃあ、と寮へ帰ろうとすると、シルバー先輩のオーロラ色の瞳がじっと僕のことを見つめている。
どうしたんだろう、と見つめ返すと、先輩の顔が、徐々に僕の方へと近づいてきた。
え、なんだろう、ひょっとして、まさか、キス、だなんて思って、ついぎゅっと目を閉じると、僕の耳元に、シルバー先輩はささやいた。
「……返事を待っている」
それじゃあ、とシルバー先輩は傘を差して踵を返す。立ち去っていく先輩の耳は、赤く染まっているような気がした。
*
……何故、デュースは目を閉じたのだろう。
俺が顔を近づけたら、目を閉じてくれたのは、何かを期待して……いたのだろうか。
まさかな、と逸る鼓動を抑えて、濡れた肩を意識して寮までの道を歩いた。
『相合傘 惚れてる方が濡れている』だなんて、有名な言葉だが……それが真実ならば、俺の方が、惚れているんだ。このびしょ濡れの服が、きっとそれを証明している。
デュースに心を奪われてから、アイツのことばかり、毎日考えてしまう。
考えないようにしようとしても、ふとしたときに思い出して、アイツのことばかりだ。
デュースは……デュースも今頃、俺のことを考えてくれているだろうか。
考えてくれていると、良い。もしも向こうも同じように、俺のことで胸や頭がいっぱいになっていてくれたら、嬉しい、だなんて。
……こんな幸せな恋をさせてくれたことに、感謝しなくてはな。
この恋の結末がどうだとしても、今、俺は幸福すぎるほどに幸福を感じているのだから。
*
まだ、耳が熱い。
『返事を待っている』
そうささやかれた耳が、まだ熱い。
シャワー浴びても、ゴシゴシとタオルで拭いて熱いのを振り払おうとしても、ずっと、ずっと熱い。
だいたい、僕はどうしてあの時、目を閉じたんだ。先輩からキスされるかもって思って、それで、なんで僕は目を閉じた。
……されても良かったのかよ、僕。
「あ”あ”~~~もうわかんねえ……」
カーテンを閉めて、自分のベッドに倒れ込む。
なんなんだ、もう。僕は何を考えたらいいんだ。シルバー先輩のことが、離れない。
いくら振り払おうとしても、ずっと、あの人の真剣な熱さが、僕の頬を、耳を、頭を、胸を。離れていかないんだ。
――今日の日付は、5月25日。
刻一刻と、僕が答えを出すべき日――6月3日は、近づいてきていた。
いっそ。いっそ僕はもう、今こんなんなんですけど、ってシルバー先輩に言ってしまおうかとも思った。
でも。向こうの熱に当てられて、びっくりしただけの、一過性のものだったらって思うと、怖い。
いつかそんな風になって、想いが冷めちまった時に先輩のことを傷つけちまうのが怖い。
先輩に今の気持ちを伝えたいのに、今の気持ちが変わっていってしまうかもしれないのが、怖くて仕方ない。
どうしたらいいんだろう、と思ったとき、またシルバー先輩の声が反響した。
『返事を待っている』
……待っているんなら、途中経過くらいは報告した方がいいのかな。
今、僕、めちゃくちゃですって教えた方がいいんだろうか。でも、無駄に期待させるのもな。
無駄にってなんだよ、別に振るって決まったわけじゃないのに……じゃあ受け入れるかって、それもまだ決まったわけじゃなくて。
「……ワケわかんねえ」
頭の上に腕を置いて、どうしたらいいか分からないまま、カチコチと時間が過ぎていくのを告げる時計の音ばっかり聞いていた。
それから。また、シルバー先輩に会った。
「デュース」
「へあっ、あ、しる、ばー、せんぱい……っ!」
明らかに僕が動揺してるのを見て取ると、シルバー先輩は困ったように笑った。
「……そんなに困らなくてもいい。急かしたようで悪かったな」
シルバー先輩は僕の頭に一度、ぽんと手を置いて、立ち去ろうとした。
僕はそんなシルバー先輩の手を掴んだ。触れ合った部分が、すごく熱かった。それが僕の温度なのかシルバー先輩の温度なのかは、まだ今の僕にはよく分からなかった。
「あのっ! ……返事、は、まだなんですけど、経過報告っていうか……今のこと、聞いてくれないですか!!」
「……ああ」
それから僕は、シルバー先輩に今の僕の状態を伝えた。
「僕、あの、あの日からずっともう、めちゃくちゃでっ、ひょっとしたら夢だったんじゃないかとか、でもやっぱどう考えても現実だったって思って、先輩と近づくと、なんかあちこち熱くなったりして、もうワケわかんなくって……っ!!」
でも、それが今、憧れの先輩にそういうこと言われて舞い上がってるだけだったりすんじゃないかって思って、一時的なものなんじゃないかって思うと、怖くて、まだ答え出せないんです。
しどろもどろになりながら、シルバー先輩に今の僕の状態を伝える。すると、シルバー先輩は言った。
「顔を上げろ」
「……」
「いや、やはり……横を向いていてもらった方が、良かった、だろうか……」
僕が顔を上げた先には、頬を赤く染めて照れた姿のシルバー先輩が立っていた。
「その……今だけでいい。少しだけ、自惚れさせてくれ」
そう言って、シルバー先輩は僕のことを抱きしめてくる。僕は、ドキドキして、心臓が喉から飛び出ていくんじゃないかって思った。
「お前は、本当に……春の嵐のようだな。俺の心を、どれほどかき乱すんだ」
「せ、んぱ……」
「……好きだ、デュース。良い答えを期待して、待っても……良いんだろう?」
答えはいらない、と言って、シルバー先輩は僕の唇を指でなぞる。
僕が思わず目を閉じると、シルバー先輩が、ふっと笑う声が聞こえた気がした。
「……」
額に、ちゅ、と何かが落ちる音がした。
目を開けると、シルバー先輩が僕の額に手を置いて、その上からキスをしていた。
「6月3日、だったな。……また、その日まで」
お前の心がもっと熱を持ってくれることを期待している、そんなことを言って、シルバー先輩は去っていってしまった。
一人残された僕は、ぽかんとした顔で、呆けてそこに立っていることしかできなかった。
*
嬉しい。嬉しくて仕方ない。まさか、デュースが本当に、俺の気持ちに応えようとしてくれているとは、思わなかった。
本人は気づいていないようだが――きっと、俺のことを好きになる準備を、してくれている。
そのことを思うと、やけにざわざわとどよめいて心の落ち着かないような心地がしてくる。
まったく、本当に。……アイツとする恋は、春の嵐のようだ。
今の俺は、アイツの口から同じように好きだと言われるその日を今はただ夢に見るばかりだ。
もし何か騙されていたんだって、俺を騙し続けてくれるのなら、それで構わないから。
*後編へ続く
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