*脳筋探偵シルバー×助手デュースのパロディ作品です。
*前作『脳筋探偵シルバーの事件簿:ファイル01「王立探偵リドル・ローズハート就任事件」』までを読んでないと意味が分かりません。
*今回は比較的意味が分かるはずの、のんびり・ほのぼの回です。
*今さらですがこのシリーズ、シルバーがデュースを好きすぎてキャラ崩壊している気がします。大丈夫なのかこれは?
*いろんな設定が捏造されています。どこかでついていけなくなっても貴方の責任ではありません。
*相変わらず、何かを考えて読んではいけません。何も考えずに読んでください。考えたら負けです。なんでも許せる人向け。
以上大丈夫な方はスクロール↓
チュンチュン、チチチ、と小鳥たちが窓へ遊びに来た鳴き声で目覚める。気持ちの良い朝だ。
「ん……ふぁあ」
昨夜腕に抱いて寝た愛しい恋人は、もういなくなっている。……まあ、デュースは早起きだからな。
恐らく、もう既に起きてふたりの朝食を用意してくれているのだろう。
ベッドルームの扉を開けてリビング兼事務所応接間へと出ると、デュースが元気な挨拶をしてきた。
「おはようございますっ、シルバー先生!」
「おはよう、今日も朝から可愛いな」
「朝メシできてますよ、顔洗ってきてください!」
いつも通りの挨拶を交わし、俺は洗面室へと赴く。そしてテーブルにつき、デュースの用意してくれた朝食を食べる。
このベイカー街には、パン屋が総計402軒ほど建っていて(この間2軒増えたばかりだ)、そのすべてが店名でパン屋の起源を主張している。構造的な話をすると、街の中央にある探偵ギルドのビルを中心に、探偵事務所通りを挟んで、放射状にたくさんのパン屋が並ぶ、パン屋通りが10本以上広がっているんだな。お陰で、朝食用のパンの調達には困らない。まあデュースも俺も実は米派だが。
デュースが朝からひとっ走り行って買ってきてくれたらしい食パンのトーストにバターを塗り、食べる。
「うまいですかっ?」
「ああ、うまい。お前が作ってくれる朝食は、いつも俺に朝から幸せを感じさせてくれる」
へへっと嬉しそうに笑うデュースを見つめながら幸せな食卓を終え、依頼を待つか探しに行くかをデュースを膝に乗せて頭を撫でつつ相談する。
「そうですね、やっぱりあんまり依頼待ってるだけでも来ないし、いつも通り電話番号の看板出して外に探しに行きましょうか?」
「それでもかまわない」
じゃあ、あと少しキスしたら一緒に依頼を探しに行こうか、と、もう、と照れるデュースの顎を指先で引いていると。
事務所のドアをノックする音が響き、ドアが開いた。
「やあ、おはよう。探偵ギルドだよ。今いいかい? ……って、朝から何してるのさ、キミたち……」
「ろ、ローズハートさんっ!! おはようございますっ!!」
デュースは慌てて俺の膝から降り、リドルへと挨拶をする。……ふっ。照れて慌てたデュースの姿も、可愛い。
リドルが階段を上がって来る足音は正直聞こえていたが、デュースは案の定気づいていなかったらしいな。
お陰で可愛いデュースの姿が見られて満足だ。
「ありがとう、リドル」
「え、何? 意味不明なタイミングでお礼を言わないでくれるかな、怖いから」
そうしてリドルを応接間のソファに通し、デュースは眠気覚ましのコーヒーと来客用の紅茶を淹れ。それから、自分も粉のココアを溶かして淹れたマグカップを持って、それぞれに配膳したのち、ソファに座る俺の隣にちょんと座る。
ふっ、可愛いな。一生懸命助手のお仕事をしているだけで、デュースはとても可愛い。ちょこまかとしていて、ハムスターや子うさぎに近い何かを感じる。みんなもきっとそうだろう。うちのデュースは街の可愛い担当、みんなの癒しだ。
「シルバー、聞いているかい?」
「ああ、なんだ?」
なんだか呆れた顔のリドルに、俺は答える。
「今、ボクは探偵ギルドのまとめ人として、顔合わせの挨拶がてら、この街に存在する200軒の探偵事務所をすべて回っていてね。それで、誰がどんな特徴や特技を持っていて、どのような依頼が得意なのかを改めてまとめているんだ」
探偵ギルドから街の依頼を集めて割り振り直すためにね、とリドルは説明する。なるほど。ちゃんと仕事しているんだな、真面目な奴だ。真面目な奴は嫌いじゃない。デュースも真面目な子だ。一生懸命でいつも真面目で、だが時々結論がズレていてそそっかしく、可愛い。
「だから、こうして一件ずつ訪ねて聞き取りをしているんだよ。キミたちは何が得意だい?」
するとデュースが喜んで答える。
「はいっ!! 僕たちはふたりとも、走るのが得意です!! あと肉体労働、力仕事! 重いものを持ったり、運んだり。頭より身体を使う仕事の方が得意で、よく請け負います! 開かないジャムやペットボトルの蓋開けてあげるのとか、スーパーで買い物したいおばあちゃんの荷物持ちとか! 筋肉を使う依頼が得意って言ってもいいです! あっあと、この街の道案内が得意です!」
「バディが両方頭より身体使うのが得意って、キミたち本当に探偵かな? まあいいよ、力で解決するタイプはキミたちだけってワケでもないし。得意分野は力仕事と道案内、ね」
リドルはさらさらと万年筆でメモ帳に何かを書きつける。デュースはそれをきらきらした憧れの目で見ている。
「おお、万年筆! 探偵っぽいな、格好いい!」
「ふふ、そうかな? まあ、元々は王都で探偵をやっていたからね。それなりに恰好というか、箔はつけておく必要があったのさ」
リドルと楽しそうに話すデュースを、俺はじっと見つめる。するとリドルはまた呆れた目で俺を見た。
「キミね……。いくら恋人でも、ベッタリしすぎだよ。たまには離れる日を作ってあげたらどうだい?」
「驚いた。恋人だと紹介していただろうか? リドルは本当に名探偵なんだな」
「探偵でなくとも、見れば分かるよ、そのキミの溺愛っぷりじゃね」
事務所の可愛い担当なんてさせてる時点で自覚ないのか、とリドルに突っ込まれる。……当然の采配じゃないのか?
「デュース、お前は俺と離れる日が欲しいか?」
デュースが生まれ、初めて一目会えたときからずっと。隣の家という、その気になればいつでも会える環境で育ち。生まれてこの方、片時も離れる日がなかったデュースに、俺は問う。
「えっ? 先生と離れる……?」
明らかに淋しいです、とうさぎが耳をぺたりと伏せるかのようにしょげてしまったデュースを見て、リドルはくすりとほほ笑んだ。
「どうやら、余計なお世話だったみたいだね。まあ、いいよ。いつまでも仲良くね。キミらが不仲になったりしたら、それこそこの街じゃ大事件なのだろうし」
そう言ってリドルは書類やメモをトントン、と机で叩いて整理し、革のカバンに入れた。
それじゃあ、と去ろうとするリドルに、デュースは言う。
「ま、待ってください、ローズハートさん!」
「うん、どうしたの?」
「……僕もその挨拶まわり、ついていっていいですか!? シルバー先生なしで!!」
「おや」
その言葉に、俺もリドルも目を丸くして驚く。
「ボクはかまわないけど。いいかい、シルバー?」
「かまわない。デュースがそうしたいなら、好きにさせていい」
「ありがとうございますっ、先生! 夕メシの時間までには戻りますね!」
「それじゃあ少し、デュースを借りていくよ。ちゃんと無事に返すから、安心して預けてくれていい」
「大丈夫だ、お前のことは信頼している」
そうして事務所の扉が閉まり、リドルたちが出ていったあと。俺は、コートを1枚羽織り。
デュースたちの後を、つけはじめたのだった。
デュースたちは早速、事務所を出て次の探偵事務所へと進んで行っているようだ。
建物の影に隠れ、ふたりの様子を伺う。何を話しているのか、読唇術を使い把握を試みる。
『さっきは驚いたよ。どうしてボクについてこようと思ったんだい?』
『実は、なんですけど。可愛い担当の修行をして、先生を驚かせたいんです! シルバー先生は、いつも僕に事務所の可愛い担当をしてくれって言ってるじゃないですか。でも、僕、そっちはあんまりできていないから、他の探偵の人たちに話を聞いて、可愛い担当をもっと頑張ろうって思ったんです! 探偵助手の優等生として、任された仕事は、どんなことでもきちんとしないといけないので!』
『そ、そう。真面目なんだね。探偵助手の優等生って何かな? ……まあ、頑張るのは良いことだ。応援しているよ。それじゃ行こうか』
「くっ……!」
俺はその会話の中のデュースの眩しさに、既にダメージを受ける。突然リドルについていったのは、そんな可愛い理由だったのか。
親を見つけた鳥の雛のようについていくから、リドルのことを親鳥だと思い込んだのかと思ってしまっていた。
「……」
「ローズハートさん? どうかしました?」
「いいや、なんでも。……まあ、本当に平和な街だよね、ここは」
最初はショックを受けたけど、こういう何も起こらないところでしばらく過ごしてみるのも案外悪くなさそうだ。
一度ちらりと俺の方を見たリドルは、小さく溜め息をつきつつ、そんなことをデュースにこぼしていた。
『デュースが何故リドルについていったのか調べる』という尾行の目的は早々に達成されたが、可愛いを成長させていくデュースを一瞬たりとも見逃していたくないので、尾行を継続する。
追いかけているのがリドルたちにバレないようにと、ビルの壁と壁の隙間を跳んだり、壁を登ったりして追いかけていると、途中で人に遭遇した。
「あれ~? お前、誰? こんなところで人に会うなんて、奇遇じゃん?」
「俺はシルバーだ。君は?」
よその探偵事務所のビルの谷間で、身体の大きな男と出会う。セベクと同じくらいか、やや大きいくらいだろうか?
「オレはフロイド。この街、ヘンな街だね~。パン屋と探偵事務所しかなくて、超つまんない。同じ店ばっか!」
でもビル多くて身体動かすのには向いてそうだから、パルクールやって遊んでたの。
と、フロイドは言う。そうか、と俺は頷いた。
「パルクール、聞いたことがある。確か、身体ひとつで、街全体を使って効率よく移動するスポーツの一種だと」
「そうそう。せっかく会ったんだし、ヒマつぶしにコツ教えてあげよっか~?」
「ありがとう。そうだな、あまり時間は取れないが、それで良ければ教えてもらえるか?」
「いいよぉ。そんじゃね~……」
そうして俺はフロイドが飽きるまで15分ほどビルとビルの間を使い、パルクールの初歩的な技術を教わる。
「んじゃねえ、クラゲちゃん。オレらこの街に引っ越してくるかもしれないから、そしたらよろしくねえ」
「ああ。またな、フロイド!」
こうして俺は、ビルの壁登り以外にも、効率よく街中を移動する手段を手に入れた。
フロイドから教わったばかりのパルクール技術を使い、街を跳ね、デュースを追う。
「あらぁ、誰かと思えばシルくんじゃない。その動き、探偵さんっぽくて格好いいわねえ。デュースちゃんはどうしたの?」
「今日はひとりなんです」
「あらぁ、そーぉ? それじゃ淋しいわねえ。また今度、ふたりで一緒にお買い物の荷物持ち、よろしくねえ」
「ええ、任せてください。いつでもお声がけを」
街を行きつつ、かつての依頼人たちの声に応えていく。そうしていると、探偵ギルド前の噴水広場にて、なんだか挙動不審な男を見つけた。
「なんなんだ、この街は……? 意味が分からない……!!」
「どうしたんだ? 何か、分からないことでも?」
その人物に声をかけると、彼はいきなり大きな声で叫び始めた。
「分からない……? 分からない、なんてもんじゃない!! なんなんだこの街は!? 人口のほとんどが探偵とパン屋に費やされているじゃないか!! 職種が被るにも程がある、一体どうなっているんだ!?」
「ええと……、あと少し、ヒツジもいるぞ!」
「だからなんなんです、探偵とパン屋とヒツジしかいない街とは!? 牧歌的で平和な光景ではありますけどね、ええ!! バランスがおかしいでしょう!! この街の設計者はいったい誰なんだ!? 競合他社が多すぎるだろう!! 各店舗の市場シェアはどうなっているんだ!? どうして誰もその他の業種をやろうとしない!?」
俺はその言葉を聞いて、理解する。コイツ、よそ者か。
「お前は、外から来た奴か。観光か? どうだ、うちの街は? 楽しんでいるか?」
「どうもこうもありませんよ! 本当に、どこまで行っても道はパン屋、パン屋、またパン屋……。そしてそれを抜ければ、今度は探偵事務所がやたらに多すぎる!! 名前が被っている事務所まであるじゃないか!! こんなレッドオーシャンは見たことがない!! だいたいパン屋どもにも文句がある、それぞれ自分が起源だと主張する前に、価格とサービスで争わないか!!」
ツッコミの嵐に、俺はパチパチと拍手をする。なるほど、コイツもリドルのように生真面目タイプの人間らしいな。
「ああ、お褒め頂きどうもありがとうございます……。何を褒められたのかは分かりませんが。意味不明な街並みすぎて、思わず本音が漏れ出てしまいましたよ。……コホン。お見苦しいところをお見せしました。改めまして、僕の名前はアズール・アーシェングロット。近々この街で、リストランテを営もうとしている者です。以後、お見知りおきを」
アズールから名刺を受け取り、眺める。
「新しくレストランができるのか。それは、デュースもみんなも、喜びそうだ。なんせこの街には見ての通りパン屋と探偵事務所以外が少ない」
「はい、見れば分かります。なんですかこの街。まあ、お陰で僕がろくな参入障壁もなく、恰好のブルーオーシャンへと新店舗を出すことができるわけですが……」
ただ、店の回転率などは考える必要があるでしょうね、とアズールは言う。
「俺は、シルバーだ。この街にいる、探偵のひとりだ。名刺は、今は休日なので置いてきた、すまない。必要ならあとでやる」
「おや、そうでしたか。ええ、名刺は今度でもかまいませんよ。ですが、そうだな。少し頼まれてくれますか?」
「なんだ? 今、俺はある人を追いかけているんだが。それをしながらでもいいなら、かまわない」
「かまいませんよ! 僕は、この街に不慣れなので。どんな場所があるか、案内してほしいんです。その方を追いかけながらでかまいませんので、軽く説明していただけますか? できれば、パン屋と探偵事務所以外の商業施設を深めに掘り下げてもらえると助かります」
「分かった」
そうして俺はアズールという謎の男を連れ、再度デュースを追いかけることになった。
アズールを引き連れ、改めてデュースを追う。アズールが声を潜めて尋ねた。
「今回の尾行もまた、探偵のお仕事の一環ですか? やはりこの街にも事件が……?」
「いや、違う。これは俺の個人的な私用だ。あそこに見える群青の短髪の青年がいるだろう。あれはうちの助手でな。日々可愛いを担当している、俺の癒しだ。なので、彼を追いかけている」
「貴方ストーカーって言われたことありません?」
「大丈夫、両想いだ」
「ストーカーは皆そう言うんですよ」
「幼馴染でもある、問題ない」
「これはまた重症なタイプの方に声をかけてしまいましたかね……」
まあ街の案内をしていただけるのならなんでもかまいませんが、とアズールは言う。
そういえば案内もしなくてはいけなかったのだな、と俺は探偵ギルドに入っていったデュースが入口から再び出てこないかを見守りつつ、アズールに教える。
「ターゲットは建物の中に入っていったな。では、この隙に少し説明させてもらおう。うちの街はパン屋と探偵事務所が多いのは見ての通りだが、その境目辺りには別の店が並ぶ商店街も横断している」
「ええ、軽く先ほど見せていただきました。僕らの店もその通りに並ぶことになるでしょうね」
「ああ。その中でも、最近できたケーキ屋『パティスリー・クローバー』は人気だ。街に出来た唯一のケーキ屋なせいで、毎日開店前の朝4時から並ぶ客が後を絶たない」
「需要と供給のバランス本当に最悪ですねこの街。貴方がた、長蛇の行列に困ったりしないんです?」
「そうだな。基本的にのどかでゆったりした街なので、みんな急いでいないのもあるのだが……おっと」
探偵ギルドの中から、デュースが出てくる。リドルが手を振っているのを見るに、ふたりはここで別れたようだ。
「追いかけよう。続きは次の場所で話す」
「ええ、分かりました」
デュースを追いかけ、俺たちは探偵通りを抜けていく。デュースは横断商店街にあるスーパーマーケットへと向かったようだ。
「ふっ。どうやらデュースは、今日の夕食の買い物をついでにしているようだな。俺たちの暮らしのために」
「貴方を誰かしらの探偵に通報するにはどうしたら良いのでしょうかね」
そんなアズールに、俺は説明を続ける。
「今あの子、デュースが入っていったのがスーパーマーケット『唯一無二』だ」
「自信がありすぎるだろう。競合他社があとからできたらどうする気なんですかねその名前は」
「系列店というか、2号店、3号店もありはするぞ」
「全然唯一無二じゃないじゃないですか!! いや商売としては正しいんですが!! もっと店のブランドを大事にしろ!!」
まあいいですいざというときの食材の仕入れ先はないよりある方がマシだ、とアズールはぼやく。
「だが、外から中の様子を見ても分かる通り、こちらも基本的にレジが混んでいた。ので……」
「ので?」
「『電脳探偵』イデア・シュラウドが、既定の場所に商品の入ったカゴを置くだけで3Dスキャンというものをしてすべての商品のバーコードを一瞬で読み取り、合計価格を表示する会計機と、『ディテクティブ・ペイ』という物理カードとアプリを使った独自のポイント決済システムを作って、ある程度は長蛇の行列問題を解決した。通称『探ペイ(たんぺい)』と呼ばれている。この街、ベイカー街の中でしか使えない」
「なんですかその怪しい電子マネーは!? 他の街で聞いたことないですよ!? この街だけで何らかの社会実験でもしているんです!? そのいかにもな脆弱性でよく犯罪が起きないなこの街は!?」
「シッ。静かに」
「もごっ」
「デュースが出てきた。どうやら、事務所に帰っているようだ。すまない、アズール。俺が案内できるのはここまでのようだ。俺はあの子より先に、事務所へ帰らなくてはならない」
「ああ、せっかくなら最後までお供しますよ。貴方の名刺も一応頂いていきたいですし、あとは本当にストーカーじゃないかを確認くらいはしておきたいので……」
「そうか! では、急ぐので、失礼するぞ!」
「何するんです!? やめろ、降ろせ!!」
アズールを抱え上げ、ビルの谷間を再びパルクールの技術を使い、跳び、跳ね、事務所へと着地する。
「よし。いいぞアズール、中へ入ってくれ」
「最っっっっ悪の気分だ……!! こういうことをするときは、今度から先に一声かけてください!! あと名前被っている事務所の片割れじゃないか貴方!!」
「俺が独立するとき、親父殿も同時に開業すると仰って、名前が被ったんだ」
「ご家庭での話し合いとかされない感じです?」
「ああ、親父殿は普段俺の実家にはいないからな。何故なら、親父殿の方は血が繋がっていない、第二の父のような存在だからだ。親父殿は、俺の名付け親であり、剣術の師匠なんだ。父さんの方、本当の血縁の父は別にいて、今は母さんと共に海外で恵まれない子どもたちの支援活動をしているはずだ」
「どういう複雑なご家庭です!? あとそれ実質親父さんは実のご両親から見て他人ですよね!? 他人が名前つけて良かったんですか貴方に!」
「親父殿も、勝手に名付ける気はなかった。隣人として俺を紹介された際、俺の銀髪を見て『おお、可愛いのう。この子の名前はなんじゃ、シルバーか?』と尋ねたら、赤子の俺がそれを気に入って覚えてしまっていたようで、自分の名前をシルバーだと思い込み、喋れるようになってからも頑なに訂正しないので、両親はそれが俺の望みならば、と慌てて改名届を出しに行ったそうだ。親父殿はその話を聞く度に、少し申し訳なさそうな顔をする」
「それはまた……、ご両親、そして親父さんの苦労が偲ばれるエピソードでいらっしゃいますね……」
「両親と親父殿の仲は良好で、今や酒の席では定番の笑い話になっている。問題ない」
そうして俺たちは事務所の中へ入り、ソファについて飲み物を飲みつつ、デュースの帰りを待つ。
「ただいま戻りました、シルバー先生! あれっ? その人、この街じゃ見かけない顔ですね。お客さんですか?」
「ああ。そうだ」
「じゃあ依頼ですかっ!? 今日は何の御用で!?」
そう言って駆け寄るデュースに、アズールは答えた。
「ああ、いえ。依頼はもう、今しがたちょうど終わらせて頂いたところです……。報酬はいかほどで? ……ええと。通常の現金払いなども、可能ですよね?」
「ああ、もちろん受け付けているぞ」
「料金表こちらですっ!」
そうしてデュースの差し出した料金表を見て、アズールは告げた。
「安いっ!! 安すぎませんか!? 貴方がた、自分たちの労働力をいかほどにお見積りで!?」
「と言っても、普段の生活は探偵保障でどうにでもなっているからな。基本的に、貧しくて暮らしがどうにもならない人たちに寄り添えるよう、俺たちは料金を安めに設定している」
「商売はボランティアじゃないんですよ!? まったく、見上げた人たちだ……本当に」
そう言ってアズールは、既定の料金に少し上乗せして支払うと、コートハンガーからコートを取った。
「あれ? お客さん、ちょっと多いですよ!」
「いいんです。チップだと思って、取っておいてください。実は僕、リストランテのオーナーでして。今日はこの街の下見に来ていたんです。今日、街を案内して頂いて、実際に店を開くことに決めましたので、そのとき、おふたりで来店されてください」
気になるならチップはそのときにでも返していただければ十分ですよ、と言い、アズールは去った。
「レストラン、楽しみですね! シルバー先生!」
「ああ、そうだな。無事、レストランができたら、一緒にデートに行こうな。ちなみに、可愛い修行の成果はどうだ?」
「えっ!? 僕内緒で行ったのに、なんで修行してたって分かるんですか!? やっぱりシルバー先生は凄いです!!」
「ふっ。修行の成果は十分なようだな。とても可愛い」
「まだ僕、何もしてませんっ! 先生っ!!」
そうして今日も、『真剣解決・ヴァンルージュ探偵事務所』には平和が訪れたのだった。
*
――その後、アズールの向かった探偵ギルドでは。
「アズール。単刀直入に言わせてもらうと――『モストロ・ラウンジ』の新規開店は、許可できない」
「何故です!? 購入予定の土地も十分、権利者との話もついている、食材の仕入れルートも営業計画も万全ですよ!? 僕たちの計画に、何が足りないって言うんです!?」
「それは……」
リドルが一拍置いて、指をさす。
「従業員の教育だ!! なんだアイツらは!? ジェイドもフロイドも、意味が分からないぞ!? ジェイドはこの間、意味もなくボクへ通りすがりに挨拶をしていったし! フロイドはボクを見た瞬間『赤くてちっちゃくて金魚みたい、可愛い~!』って言って持ち上げるし!! それに、見知らぬ大男が街中をやたらと飛び回っていたという通報も受けている!! 不審者がふたりもいる店をこの平和な街に開かせられるかっ!!」
「くっ、それを言われるとぐうの音も出ませんが……オイお前たち!! 今は視察段階なんだから大人しくしてろと言っただろう!!」
「いやだなあ、アズール。僕はただ、知ってる方をお見掛けしたのでご挨拶したまでですよ。新聞などで一方的に知っているだけでしたが」
「だってこの街、同じ景色ばっかでつまんねーんだもん。店以外の遊び場も作ってよ、アズール~」
「くっ……!! このままでは僕の、この街の商業区画をまともにしていくという壮大な計画が早々に挫折してしまう……!!」
「……待て、アズール。今、なんとお言いだい?」
「ええ、ですから。この街の商業区画をまともにしていくという……」
「それだよ、アズール!! この街が変なら、ボクたちがまともにしていけばいいんだ!! 幸い、なぜか探偵ギルドが役場のような役目まで負わされていて、土地の区画整理まで任されている!! キミの協力があればきっと、この狂った街を正しい姿にできるんじゃないか!?」
そう言って胸を張るリドルに、これはチャンスだと言わんばかりにアズールは飛びつく。
「ええ! ええ、その通りですリドルさん!! 一緒にこの狂った街を、どの街よりもとびぬけてまともで洗練されたデザインの商業区画にしてやりましょう!!」
「ああ、これからよろしく頼むよ、アズール!!」
「ええ! では手始めに『モストロ・ラウンジ ベイカー街出張店』の出店許可、よろしくお願いします!!」
「もちろん! ただし従業員には馬鹿をやらせないように!!」
こうしてリドルとアズールの間で、熱い握手が交わされ。街は少しずつ、正しい姿になっていかないのだった。
*おしまい
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