・『ラビットホール・レクイエム』の続きです。
・上記の話の続きなので、デュースがそれなりに酷い怪我をしている描写があります。
・大した描写はありませんが、一応性描写があるのでR-15指定しています。
以上大丈夫な方はスクロール↓
『1日目 ・まずは喉を治すことになった。』
凶悪な魂の回収に向かったデュースが、深手を負うことになり、どうにかこうにか救出してから、1日目。
「おはよ……シルバー」
「ん……おはよう……」
先に起きていたらしいデュースに、申し訳なさげに起こされる。
「へへ。可愛い、寝顔、見てて、やりたかったんだけど、喉、早く、治したくて」
確かに、デュースは喉も切られていた。だから、切れ切れでしか喋れなくなっている。だが、特定の部分を早く治す方法なんてあるのだろうか。
「特定の部分を早く治す方法があるのか?」
「ん、えっと、とりあえず、やってから、説明、するな。シルバーの、力、ちょっと、もらって、いいか?」
「ああ。俺の力で良ければ、いくらでも貰ってくれ。それで、君が一刻も早く、元通りの姿で、元気になるのならば」
するとデュースはありがとう、と言って、俺にくちづけた。そして、いくらかの生命力を俺から手に入れると、喉元に手を当てて、その力を集めたようだった。
「んっ……」
やがて、デュースは喉元に当てていた手を下ろし、あー、あー、と発声の確認を繰り返す。
「んっ、んん……。どうだ、シルバー? 元通りに喋れてるだろ?」
「ああ。どうやったんだ?」
「ああ、今説明するな」
デュースが言うには、神通力(一応、下位とはいえ死神であるデュースにも持つことが出来るらしい)を一か所に集めて、集中的にその部分を治療するのだという。ただ、結構な力を使うので、1日1回くらい、いざというときにしか使えないとデュースは言った。
「喉からで良かったのか? 手の方が不便がなかったのでは……」
「シルバーとたくさん喋れないの、地味にストレスだったんだ」
デュースの言葉に、俺は照れくさくなってそうかと頷いた。そうしていると、俺の肩に頭を寄せて、デュースは付け足した。
「この力使うとさ……。ちょっと不安定になって、変なこと言い出すかもしれないんだけど。そこは、あんま気にしないでくれ」
「……分かった」
デュースは1週間かけて、少しずつ身体全体を治癒していくつもりだと言っていた。ならばその間、無防備で不安定になるデュースのことを守ってやるのが俺のやるべきことだと改めて意気込んだ。
しかし、その決意は少し拍子抜けしてしまった。デュースはまだ流石に包帯だらけだから、もう少し治るまでは外出するわけにもいかない、変なスピードで治ってたら怪しまれると言い、大人しく家にいる。だから、俺のやることは、まだ手が使えないデュースの代わりに家事をやることくらいしかなかった。
「僕も手伝うって」
「怪我に障るだろう。せめて手が治るくらいまでは、座っていてくれ」
無理やり座らせれば、渋々ソファに落ち着いたデュースを眺めながら、俺は皿洗いや掃除などの些細な家事に従事していた。ひと段落ついて、デュースの隣に座る。するとデュースは、むすっとした顔で何かを眺めていた。
「デュース? 何を見ているんだ?」
「好きだったドラマ」
「好き、だった? 今は好きじゃないのか?」
「前は好きだったよ。でも、新しいシーズンが始まってさ……。僕が好きだったシーズンの話は、後から全部、ウソっぱちだったってことにされたんだ。他の人には人気がなかったから」
「それは……悲しい話だな」
「ん。悲しかった。すごく悲しくて、辛かったけど、新しい方の話が好きな人たちには分かってもらえなくて。だから、好きじゃなくなったんだ」
「な、何故? 他の人に分かってもらえなくとも、君がその話を好きであることをやめる必要はないだろう」
「だって、ずっと悲しいのが面倒だったからな。いちいち、その話のために怒ったり、誰も分かってくれないって嘆いたり。新しい方の話を大嫌いになったりしてさ。そんなこと繰り返しているうちに、面倒で、重くなって。新しくて人気なものを、いちいち嫌いだって思って反発するのもさ。こんなに辛くて嫌な気持ちにしかならないなら、もうこの話をたくさん好きでいるのはいいや、って思ったんだ」
「ならば……何故、今、また見ているんだ?」
「それが、分からないんだ。もういいやって思うのに、もう関わりたくないのに、つい、時々見ちまうんだ。なんでだろうな……」
俺は、デュースの肩をそっと抱き寄せた。自分の心の平穏のために好きでいることをやめたのだろうが、それでもまだ未練は残っているのだろう。デュースは先ほど、神通力を使った後は不安定になると言っていた。不安定な心を、安定させたいのだろう。
「見たければ、見てもいい。俺は、君が何を見ていても、文句を言わないし……。見たくなくなったら、途中で切ってもいいんだ。好きでいることや、必ずすべてを求めることは、誰かの決めた義務ではない」
「……そっか。それもそうだよな」
デュースは、ちょっと疲れたし、いったん切るか、この先の話知ってるし、とリモコンを取ってテレビの電源を切った。
「でも、僕、ワガママなのかなあ、シルバー」
「何故だ?」
「……ほんとの本音を言うとさ、僕。嫌いなものに、一緒に怒ってほしいのかもしれないんだ。『これはなんて酷いんだ』ってさ……。同じものを一緒に、同じだけ嫌いになってほしい、なんて……ワガママ、だよな」
「どんな気持ちであれ……共感してもらいたい、同じ気持ちでいてもらいたいと思うのは、自然な心理だろう。それだけを取り立てて、ワガママという気は、俺にはない。……ええと、だからといって、その願いを叶えられるかは分からないのだが……」
「ははっ。いいよ、無理しなくて。……僕はそんな、嫌いなものが少ないシルバーのことが好きなんだから」
なんだか腹が減ったな、何か食べるか、とデュースは言った。俺はそのとき、気づいた。そういえば、デュースは昨日からよく腹が空いた、と口にするが、デュースには食欲や睡眠欲といった欲は、死後ほとんどなくなっているはずだ。
もしかして、話題を変えるため、自然にそのようなことを口にしているのかもしれない、と思った。それはデュースの癖なのかもしれない、と。あるいは、本当に、腹ではなく、腹の底にある何かが満たされず、空いているのかもしれない、とも。
それから2人、ちょっとした買い出しに俺が出た以外は家の中でまったりと過ごし、相変わらずシャワールームからは追い出され、1日目は過ぎた。
『2日目 ・今日は右手を治すことになった。利き手だ。』
デュースの療養生活、2日目。今日は右手を治すことになった。利き手が使えないのは、暮らしにも不便だろうという意見が一致したからだ。デュースは俺から生命力を受け取り、神通力を右手に集めると、手をグーパーと握ったり開いたりしてみせた。
「どうだ! もう包帯取っても、風穴なんか残ってないぞ」
「ああ……綺麗に治っている。本当に良かった」
治ったばかりのデュースの手の甲にキスをすると、デュースから口にも頼むとねだられた。まったく、可愛げのあるねだりだな。
利き手が使えるようになったからと、デュースは少しずつ家事に参加しはじめた。
昨日と同じく皿洗いをやろうとするから、洗剤を使う部分にはNGを出して、洗った皿の拭き上げを頼んだ。
「これじゃまるで、子どものお手伝いみたいじゃないか」
デュースが何か不満を言っていたが、聞こえないフリをしておくことにした。
それから、またリビングダイニングでゆっくりと過ごす。デュースは長い間を家で過ごすことが退屈なようで、テレビに映る適当なチャンネルを次々と変えたりしていた。
「興味の持てそうな番組はあったか?」
「んー……。微妙だな。なんか、料理番組でも適当に流しとくか」
毒にも薬にもならない内容だしな、と言ってデュースは適当な料理番組にチャンネルを合わせた。講師が包丁で器用に食材を切ったり、フライパンで食材を炒めながら解説をしたりしている。
「料理番組の料理って、旨そうに見えるけど、実際に家で作ってみるとそんなでもなかったり、見栄え悪かったりするんだよな」
「そうなのか?」
「そうだよ。試してみるか?」
「俺は……このレシピは試せそうもないな。火を使わなければいいのだが」
「あ、そっか。ごめんごめん」
俺は、料理番組に映る湯気を立てた熱そうな鍋を見て、デュースに尋ねた。
「なあ。デュース。君は、俺といることで、食べられなくなったものもあるんじゃないか? ああいった、暖かな鍋料理だとか……。もし、そうなのだとしたら、我慢せずに言ってほしい」
するとデュースは驚いた顔をした。
「確かに、鍋が食べたくなる季節になってきたかもな。でも……」
「でも?」
「知らないのか、冷たい鍋もあるんだぞ? 冷やし鍋とか、アイス鍋とか。シルバーと一緒に鍋を食べたいって思ったら、そういうのを食べるよ」
「そう、なのか」
「ああ。どうしても暖かいものが欲しいなら、ひとり分のスープだって飲めるようにしてあるだろ。だから、心配いらないよ。気にするな」
「君が、そう言うのならいいのだが」
「大丈夫。……今日は本当に、大丈夫だから」
「……そうか」
俺は、デュースの頭を引き寄せて、抱え込むように撫でた。
『3日目 ・今日は左手を治すことになった。両手が治るな。』
デュースは左手に神通力を流し込むと、やはり手をグーパーと開いて閉じてみせた。
「じゃーん。両手綺麗になりました!」
「ああ。……本当に良かった」
デュースの左手にもキスしてやると、くすぐったいとデュースは笑った。
「明日は目元とかの目立つ傷を治すから、そしたら他の生傷は服で隠せば、出かけることもできるようになるな」
「なんだ、そんなことを考えていたのか?」
「だって、なあ。ずっと家にいたんじゃ、退屈だよ。シルバーが可愛いのを見てるのしかやることなくて」
「何を言っているんだ、まったく……。だが、そうだな。明日、目立つ傷が治ったのなら、買い出しのついでに、少し散歩にでも行こう。君の気分が晴れるといい」
「ん、楽しみにしてる」
それでも今日一日までは我慢だな、と笑うデュースに、ふっと笑い返す。するとデュースからこんなことを言われた。
「なあ。今日いい子で我慢できたら、ご褒美くれるか?」
「ご褒美? 俺に用意できるものなら……」
「なんだよ、もう、この朴念仁。……ご褒美って言ったらさ……分かるだろ?」
上目遣いに俺を熱っぽく見つめるデュースに、俺はうろたえる。そ、そうか。求められているのか。睦みごとを。
「あ、え、ええと……。せっかく療養中に集めた気力まで消費するようなことは、出来ないからな……っ」
「ちぇ。分かったよ、それでいいから!」
……何故俺は、デュースに迫られるとこんなにもいつも余裕をなくしてしまうのだろうか。自分を情けなく思いながらも、年下だと分かってから(いや、向こうはずっと知っていたのだが……)デュースにやたらからかわれる現状をあまり嫌だと思っていない自分にも少し嫌気が差した。
それで、なんとなくソワソワとして落ち着かない時を過ごした(ひょっとすると落ち着いていなかったのは俺だけなのかもしれないが……。その証拠に、デュースはずっと、俺の姿を眺めて、どことなく楽しそうだった)。
まあ、ずっと退屈そうにテレビや雑誌を見つめているよりは、俺の姿でも見て面白がってくれている方が幾分マシかもしれない。……あまり俺の居心地がいいとは言えないが。
それで、夜になったとき、思ったよりもたくさんの睦みごとを求められた。ちゃんとキスをしてほしいとか、身体もたくさん触ってほしい、だとか。俺が、治るのが遅くなるのを心配して、傷に触れてしまうぞ、と言ったら、デュースは、やっぱり誰かに好き勝手された傷物って嫌か、と言った。
そして俺の頭に、流れ込んできた。デュースが、目の前で傷物になった自分に俺が思うところがあるのではないかと、怯えている気持ちが。
そのとき、俺は、自分を恥じた。それまで、思い至っていなかったのだ。デュースがどんな心情でいたか、あの男に何をされたのか、ということに。
「あの男にされたことで、何か、嫌なことがあるのか。俺に塗り替えてほしいことがあるのか。なら、言ってほしい。……君が傷つくのは嫌だが、傷が身体についたくらいで、俺は君を嫌になりはしない」
そう告げると、デュースはほっと安堵した息を吐いて、いっぱいぎゅっとしてほしい、と甘えてきた。だから、俺はぎゅっと抱きしめて、怪我のまだ残る目元にも、痛まないようにと気を付けながらキスをして、大丈夫だ、大好きだとデュースの背中をさすった。デュースはずっと、俺のことを嬉しそうに受け入れてくれていた。
『4日目 ・目元や心臓など、外傷として目立つ傷をいくつか治した。これで外にも出られるな。』
今日は分散して2箇所行くぞ、とデュースが言うので、俺も気合を入れて多めに生命力を渡した。気合を入れるだけで、実際にそう渡せているのかは疑問だが。まあ、デュースが助かる、と言っていたから、うまくいったのだろう。
デュースは目元の怪我を目立たない程度に治すと、残りの神通力を心臓の辺りに注ぎ込んだ。
「げほっ、はー……。ローズハート様がある程度処置しててくれたとはいえ、やっぱ内臓器官系をやるのはキツい……」
「無理するな」
倒れ込みそうになるデュースを支え、今日は部屋で大人しくしているか、と尋ねたら、まさかだろ、とデュースは笑って、出かける支度を始めた。
「ま、待ってくれ。散歩や買い出しに行くにしても、さすがにもう少しの間休んでからの方がいいだろう」
「ちぇ、仕方ないな……。分かったよ」
気を抜くとすぐにどこかへ行ってしまおうとするデュースをどうにか止めて、休憩を挟んでから買い出しへ行かせることにどうにか成功した。
俺の勤めるスーパーへ買い出しに行くと、すぐに店長たちが寄ってきて、お兄さん大丈夫でしたか、とか、無事で本当に良かった、などと暖かい言葉を投げかけているのを見ることができた。デュースは、大きな怪我が少なくてラッキーでしたよと、長袖の下に隠れた包帯を誤魔化している。
「店長、俺の急な頼みを聞いてくれてありがとうございました」
「いいんだよ、大事な人の大事なときには皆駆け付けたいものね。持ちつ持たれつ、お互い様ってやつだ」
俺は改めて礼をし、来週からは少しずつ出ますから、と改めて話をつけて、スーパーを後にした。
それからはデュースが鈍った身体を動かしたいというので、近くの公園へ行き、自由に歩き回るのに付き合った。
「僕が3日も引きこもってる間に、いつのまにか肌寒くなってるじゃないか。長袖着てきて正解だったのかもな。あ、でもちょっとまだ暑いや」
秋の様相を呈し始めた公園を、楽しそうにデュースは歩き回る。すると、見知ったような男が歩いてきた。
「お、デュースじゃん。こんなとこで会うとは奇遇だね。療養はもういいの?」
「エース。生憎久々に外に出られたところだよ、何か用事か?」
「用事ってほどじゃねーけど、見かけたから声かけただけ。あ、そうだ。ならこれやるよ、お見舞ってことで!」
エースは何かの袋をデュースにひとつ渡した。
「なんだこれ?」
「ちっちゃめの肉まん。さっき買ったんだけど、用事いろいろこなしてるうちにすっかり冷めちゃってさ。あっためなおして食べても良かったけど、お前らは冷めてる方が都合いいだろ? このままやるよ」
「まあ、なんか釈然としない感じはあるが、ありがたくもらっとくよ」
「じゃ、見舞いも済んだし、俺はこれでね~。そっちのシルバーさん、だっけ? も、また今度!」
「あ、ああ」
「あ、そうだ。お前死神屋敷の方にも一回顔出しとけよ! たぶん見舞いの荷物届いてるぜ」
そしてエースはその場を立ち去る。デュースはせっかくもらったしそこで食べて帰るか、と俺に提案した。
公園で、冷めたひとくちサイズの肉まんを頬張る。冷めていれば俺でもこういったものを食べられるのだなと改めて実感した。
「うまい」
「ん、うまいな。まさかシルバーと肉まん食べられると思ってなかったから、それはちょっとエースに感謝だな」
「確かに、そうだな。俺も冷えていれば食べられるとは、あまり思っていなかった。そもそも、熱いものなのだろうという先入観があって」
なんでも決めつけてしまうのは良くないな、と肉まんを飲み込んでしまう。
デュースは、久々に外に出て、すごくリフレッシュできた気分だと嬉しそうにしていて、俺も嬉しかった。
『5日目 ・全体の細かな傷を治す』
今日は全身についた細かな切り傷を治す日だ。ひとつひとつは小さな傷だとはいえ、身体中に集中力を巡らせなければならないから、どちらかといえば気力の方が持たないとデュースは不満そうに言っていた。
「どうだ、シルバー? もう残ってないか?」
下着一枚の薄着になって、デュースは身体をチェックする。俺も一通り見回したが、目立つ傷は残っていないように見えた。
「ああ。もう大丈夫そうだ」
「よし、じゃあ服着るか」
デュースは服を着なおして、それから、疲れた~、と俺の腕の中に倒れ込んだ。
「お疲れ様。もうほとんどの傷が治ったように見えるが……まだどこか痛むか?」
「痛むってよりは、ずっと集中治療してたから、疲れてるのと、神通力みたいなのが減ってるな……。シルバーに手伝ってもらったとはいえ。てか、シルバーからも毎日生命力もらっちまって、そっちこそ大丈夫か?」
「俺は大丈夫だ。元より、そうした力は鍛えている」
んーでも、とデュースは少し考えてから、こう言った。
「あ、じゃあ、こうしよう。一回、補給しに行くか。僕らのエネルギー」
「エネルギー?」
「死神屋敷にも顔出せって言われてたし、はざまの世界の屋台でなんか食べよう。黄泉戸喫(よもつへぐい)だ。向こうの食い物なら、神通力とかを補給できるはずだしな」
こうして俺たちは、久々に2人ではざまの世界へ戻り、屋台を歩き回ることになった。
「はざまの世界では太陽の暑さとか気にしなくていいから、たくさんシルバーと歩けていいな」
「そうだな。こちらの世界はやはり、俺たちに向いた空気で過ごしやすい」
「お、あそこにアイスキャンディーあるぞ。あっちにはフルーツ飴も。……じゃんじゃん食べて補給しよう! それが目的だもんな!」
デュースがはしゃいであちこちの屋台を回るのに、俺はついていく。そのうちに、1人の男神とすれ違った。
「貴方は、イデア様」
「ああ、シルバー氏にデュース氏……。結魂の儀おめでと、それで、僕に何か用事……?」
「今日はお一人なんですか? オルトは?」
「オルトは遊びに行ってるよ……。僕はちょっとね、神通力使うタイプの機械開発してテストしてたら微妙にエネルギー足りなくなったから補給しに来ただけ。そっちは?」
「それが、こないだちょっと血みどろになっちまって。治癒にだいぶエネルギー使ったから補給しに来ました」
「デュース氏がこっちにいるときって、相変わらず血なまぐさい話がつきものなんだね……。シルバー氏、気が気じゃないでしょ」
「……ああ。まあ、その通りだ」
「いいじゃないですか、ちゃんと治しに来てる分は。僕だって反省してますけど、相手が僕以上だとどうしようもないんですよ」
「まあ……なんにせよ、身体、気を付けなよ。知り合いがスプラッターとかあまり見たくないし」
「ご心配ありがとうございます!」
「は? 別に心配とかしてないが? じゃ、僕は急ぐんでこれで」
「あ……待ってください、イデア様」
俺が引き留めると、イデア様は振り向いた。
「何……?」
「……貴方の開発してくれたスマホと、移動用のアプリは、素早くデュースを助けるのに一役買ってくれました。だから、一言礼を言いたくて。ありがとうございます」
「ああ、そう。……ま、役に立ったなら良かったんじゃない」
そうしてイデア様は、そそくさと去ってしまった。
「あの人は、俺のことがあまり好きではないのだろうか」
「そんなことないさ。照れてるだけだよ。……シルバーの報告、たぶん嬉しかったと思うし」
「そうなのか?」
「あの人、あれで霊界と冥府の管理と、それから……医療の神、やってるんだぞ。あまり知られてはないが……。だから、自分の発明で誰かが助かったのを、喜ばない人じゃないさ」
「そうか。それならば、良かった」
にしても機械は司っていないんだな、と告げると、それはオルトが担当してるからな、元々は担当してたけど、オルトを造ったときに司るものを分けてあげたみたいだとデュースは笑って返した。
それから俺たちは死神屋敷に寄って、トレイさんやケイトさんを始めとしたデュースの交友先の人々から届いた大量の見舞い品を持ち帰ることになった。
「お、ダイヤモンドさんは……これ、僕じゃなくて、シルバーの分の服だな。助かる、だいぶ血みどろになってたからな。気になってたんだ。クローバーさんからは、神通力の上がりそうなアイスケーキだ! うまそう! ローズハート様は栄養ドリンク、お手製か……。効果は確かなんだろうけど、味が気になるところだな……」
アパートの狭い部屋の中、デュースがひとつひとつにコメントをしながら、土産品を仕分けていく。あまりにもたくさんあるものだから、仕分けているうちに結構な時間が経った。
「君は人気者なんだな。死神は疎まれていると言っていたが」
「死神全体が疎まれてるのは本当だ。僕らがその気になれば、大鎌ひとつでいつでも命を終わらせられるんだからな。気のいい連中や、死神だからとかそんなの気にしない強い人たちが、こうして僕と関わりを持ってくれてるってだけだな」
「そうか……」
「やっぱ、疎まれてる奴なんて嫌か?」
「そうじゃない。そうじゃなくて……ただ、悲しい。大切な人が疎まれていることは」
「……シルバーは優しいな」
デュースは、俺に抱き着いて、頭をすり寄せる。
「なあ。僕、シルバーに甘えすぎかな?」
「……なぜ、そんなことを?」
「だって、なあ。お前がいつか、どっかで本当の運命の人を見つけてきてさ。そしたらさ、最後の最期だけは僕のとこに戻って来させちまうことになるけど、でも、それまでくらいは、ちゃんと好きな人と一緒にいてほしいからさ」
デュースの声は震えている。
「デュース。何を、言ってる?」
「シルバーは、また、はざまの世界に帰るだろ。人間界を知る修行が終わったら……。ヴァンルージュ様とドラコニア様の元で、騎士みたいに働くのが夢だって言ってたもんな。それが、100年後か、150年後か、300年後なのかは分からないけど……」
「それは、そうなのだが……」
「そんなの、きっと、あっという間だ。だって、シルバーと一緒にいると、時間が光みたいに早く溶けてくから……。だから、僕は、今だけなんだ。シルバーとこうしてられるのは、今だけ……」
デュースは、俺の頭を胸に抱えるようにして、縋りつく。
「……今だけだから、許してくれよ、シルバー。お前が本当に幸せになりたくなったとき、僕はそれを、邪魔したりしないから」
デュースの深い悲しみと、覚悟のような愛が、俺の心に直接伝わってくる。俺の幸せを願いたい、だけど手放したくない、そんな気持ちが、ひしひしと。デュースのことを抱き返して、頭を撫でる。デュースがずっと、そんなことを不安に思っていたなんて、気づいていなかった。
「デュース。俺はあの日、君に、変わらない想いを誓ったつもりだったのだが、十分に伝わってはいなかったのだろうか」
「シルバーの気持ちは、分かってるよ。でも、時間と心は、変わってくものだ。状況、環境に合わせて……だから、僕はいつか、シルバーが僕の隣からいなくなるって、その日が……ごめん、なんでもないんだ……」
「……隠さないでくれ、デュース」
俺の胸にしがみつくようにして、俯くデュースを、ただそっと抱きしめている。
「以前も言っただろう。俺は、君の隣で、君のこと一人を愛し続けると、証明し続けてみせる、と。君が不安になるのなら、何度だって誓い直そう」
だから、そんなに焦らなくたっていいし、俺に好きなだけ甘えてくれたっていい、君にはその権利があるし、何も怖がることはないのだから、と告げれば、デュースは、ありがとう、と言って、涙を一筋こぼし、そのまま眠ってしまった。
……無理をしていたのだろう。ここ5日の間、ずっと身体の治癒に心血を注いでいた。心の動揺が大きくなったのは、たくさんの力を使ったあとに、新たな神通力を補給したからだろうか。
それでも、俺は。デュースの本音が聞けたことについては、良かったと思っている。デュースは平気な顔をして、俺のためにしたことや、自分の苦労を黙っていてしまう奴だと、もう俺は知っているから。
「もっとワガママを言っていいんだ、デュース。俺に、傍にいてほしいと、素直に言ってくれ」
眠るデュースの髪を指先で優しく梳いて、額にくちづけた。
『6日目 ・デュースは目を覚まさない。』
昨日、眠り始めてからデュースは丸一日目を覚まさなかった。リドルに連絡もしてみたが、1日くらいなら単に消耗したエネルギーを回復しているだけだろうから、3日以上目を覚まさないようならまた連絡してくれと言われた。
俺は、ずっとデュースの傍についていた。デュースが起きたとき淋しくないように、ずっと。ずっと。ずっと、物言わぬデュースの傍にいた。
『7日目 ・デュースは目覚めた。』
7日目の朝。デュースはけろりとした顔で目覚めた。丸一日眠っていたことを伝えると、そんなにか、と照れくさそうに笑った。眠る前のことを覚えているか尋ねると、恥ずかしそうに目を逸らした。逸る右手でデュースの右手を握って、言った。
「もっと俺にワガママを言ってくれ、デュース。俺は、君の願いなら、きっとなんでも叶えたい」
遠慮なくたくさん甘えたっていいし、いつも通り俺を可愛いとからかってくれてもいい。したいことがあるなら、なんでもする。そう伝えると、デュースは、僕、なんだかダメになっちまいそうだと照れくさそうに笑った。
「明日からは2人とも、ちょっとずつ仕事再開だし……。そうだな。それじゃ、今日は……いっぱいイチャイチャしていいか? へへ、休みの間ずーっとシルバーをひとり占めして、甘やかしてもらったようなもんだけどな。最後だから、贅沢してもいい、よな?」
すっかり元気になった様子のデュースに、ああ、快気祝いだと思って存分に贅沢してくれと告げ、ここぞとばかりに2人であらゆることをした。
映画のキスシーンを見ながらキスがしてみたいと言うから、それを実践してみたり。一緒にシャワーを浴びて風呂に入りたいというから、水風呂にしてそれを行ったり。……そしてそのときに、大事なものを見つけたり。
「ん、デュース。この背中のタトゥーは……」
「ああ、それか。罪人の証だよ。シルバーはまだ見たことなかったっけ……」
デュースの背中、腰元にある刻印。それが、俺を助けたという罪の証。俺はそっとデュースの背中にくちづけた。
「ん、もう。えっちなことするなら、上がってベッドでたっぷりしてくれよ」
「……君は、欲がないというわりに、そういうことには積極的だな……」
「だって……シルバーに欲しいと思われてるの、嬉しいから。こんな僕のカラダなんか求めてくれるの、もうお前しかいないだろ」
溜め息をつき、デュースを抱え上げて、濡れた体もざっくばらんに拭きあげた程度で、ベッドへ放る。
睦み合っている最中に、俺を見上げるデュースからこんなことを言われた。
「……な、シルバー。ちょっとずるいこと言っていい?」
「ああ。ずるいことでもなんでも、言ってくれ。君のことなら、なんでも知りたい」
弱いところも、いやらしいところも、全部だ、と告げると、デュースは言った。
「シルバーを幸せにできる人は、他にもいるかもしれない。でも、僕のこと、いちばん幸せにできるのは、もう、シルバーしかいないんだからな」
「それは……とても、光栄な話だ」
デュースの手にくちづけ、また彼を求める作業に勤しむ。今回こそ無理はさせないつもりだが、デュースが幸せを感じてくれるのであれば俺のできることはすべてしたいのだと、そう思いながら。
『8日目 ・今日で絶対安静の療養生活は終わりだ。』
「んー、よく寝た!」
「どうだ、身体は辛くないか?」
「平気へーき。むしろ、調子がいいくらいだよ」
肩を回したり、伸びをしたりとリラックスした様子のデュースに、あまり病み上がり初日から無理をするなと告げて、俺たちは元の暮らしへと戻っていく準備を始める。
「いいか、くれぐれもまだ試運転なのだからな。何か少しでもまだ不調があったら、すぐリドルや俺に報告して、引き上げてくるように……」
「分かった、分かったって!」
「……やはり俺もついていこうか」
「バイト、今週は今日だけだろ! ちゃんと店長さんたちのとこ行って顔見せてやれっての!」
心配しすぎてデュースに怒られながら、俺は支度をする。
「それじゃあ、今日も……無事に帰ってきてくれ、デュース」
「ん。出来る限り努力はするよ。でも、もしも、それでも戻ってこれないときは……」
「……迎えに行く。どんなところ、いつ何時でも。だから……君は、君自身の身を守ることを一番に、考えてくれ。もう、あんな想いはこりごりだ」
「ああ。たくさん心配かけてごめんな。……今日からはまた大丈夫ってとこ、見せてやるから。それじゃ、行ってきます!」
「ああ。俺も、行ってくる」
行ってらっしゃいのくちづけを交わして、ひととき離れる。結構な時間を離れずに二人きりでいたから、わずかな時間の別れだというのに、少しだけ名残惜しくて振り向くと、デュースも一瞬振り向いて、照れくさそうに笑ってまた歩き出した。
……俺も行こう。『大丈夫』だというデュースの言葉を、信じよう。そして、それを支えた自分自身の言葉が届いていることも、すべてを信じよう。
俺たちがそれぞれ歩き出した道の間には、そこに確かな何かが育ち実っていることを告げるような秋風が吹き抜けていた。
*おしまい
※コメントは最大1500文字、10回まで送信できます