ラビットホール・レクイエム

※キャラが酷い目に遭う描写があります。(流血表現ほか嘔吐など)。ちょっと(結構?)グロいです。

 

以上大丈夫な方はスクロール↓

 

 

 結魂の儀によって、デュースと魂が結ばれ合ってからしばらくが過ぎた。暑かった夏は過ぎ、涼しい秋の季節が顔を見せ始めている。それでもデュースが担当する冬の季節はまだ先だから、そのことでデュースが特別忙しいということはないようだ。
 ……まあ、デュースは死神の仕事も最早そちらが本業かというような調子で兼任している。俺も少しは手伝えるようになったとはいえ、そちらの仕事では相変わらず多忙を極めているようだ。
「今日も疲れた~。シルバー、枕していい?」
「ああ」
 デュースは、この頃家に帰ってくると、ベッドに座る俺の膝を枕にして休む。甘えてくれるのは嬉しいが、そんなにも疲れているのだろうかと、少し心配になる。
「そんなに疲れているのか? ……上の方に頼んで、仕事の調整をしてもらった方がいいんじゃないのか?」
「あー、大丈夫だよ。単に、シルバーに甘えたくて言ってるとこもあるから……」
 なんだ、そうだったのか。本当に疲れ切っているわけではないのなら良かったと安心して、デュースの頭を撫でた。
「デュース、君は意外と……なんというか、甘えん坊だな」
「んんー……。この歳になるとさ、恋人にくらいしか甘えらんないんだって。ダメ?」
 恋人、という言葉と、俺を甘えてもいい存在だと思っていてくれることに気を良くして、答える。
「……ダメではない」
「良かった~」
 ひとしきりデュースを俺の膝で甘やかしたら、隣で一緒に仮眠をとる。結魂の儀をしてから、死神の資質も持つようになった俺の魂は、睡眠時間も少しだけ減らすことができるようになった。それでもデュースのように完全に眠らなくても平気だということにならないのは、ひとえに俺の体質ゆえ、なのだろうか。
 そして、目覚めるのは夜。俺はデュースが紹介してくれたスーパーの夜勤へ、デュースはその日与えられた仕事分の、魂の回収などに向かう。俺が休みの日にはデュースの仕事に付き合ったりすることもあるが、大抵はこうして一度、玄関で行ってきますの挨拶としてくちづけを交わし、一度別れる。
 そうすると、明け方には一仕事終えたデュースが迎えに来てくれる。それがいつもの日常。いつも通りの俺たちのサイクル、そのはずだった。

 今日は涼しいから少しくらいは大丈夫だと、店長に身体のことを心配されながら店の前の紅葉の葉を掃いていた、ある日のこと。ふと、太陽が昇り始めていることに気づいた。いつもならもうデュースが迎えに来ていてもおかしくない時間帯だというのに、俺の勤務時間帯が終わってもデュースは姿を見せなかった。お兄さんがシルバーくんを迎えに来ないなんて珍しいね、と店長も言っていた。俺は、たまには仕事が遅くなることもあるのだろうと言って、先に家に帰ってみたが、それでもデュースは帰っていなかった。眠気が襲ってきたので、ひと眠りして、昼の時間帯まで待ってみたが、それでもデュースは戻っていない。スマートフォンを見てみたが、遅くなるという連絡さえ入っていなかった。
 これは一体、と思っていると、どこからか、俺のものではない感情が流れ込んできた。
『……ってぇな……何しやがる……っ!!』
 これは……デュースの感情? 結魂の儀をしてから、俺とデュースの魂は結び付いていて、時折このように、特に強い感情が流れ込んでくることがある。……ならば、これは……この、感情が。デュースのものである、ということは。
『あのクズ、絶対ブン殴る……、これさえ、解(ほど)けたら……っ!!』
 デュースは今、どこか身動きのとれない場所にいる。すぐにスマートフォンのアプリから、店長に、緊急の用事で今夜のシフトは遅れるかあるいは出られないという連絡を入れて、デュースを探すことにした。

 ……と言っても、デュースがどこにいるのか。俺には皆目見当もつかない。もし当たれるとしたら、記録の神である親父殿。誰がどこにいるのかを把握しているかもしれない。だが、親父殿も忙しい方だ。それに、親父殿の持つ記録の数は膨大すぎて、探すのに時間がかかることもある。
 ならば、二つ目。俺はまだ直接の連絡を取ったことはないが、いつもデュースの仕事を指示管理しているという……季節神、リドル・ローズハート。彼ならば、デュースをどこに向かわせたのか知っているだろう。なんせ、彼の命令によって、デュースはさ迷える魂の回収をしているのだから。
 以前、イデア様に改良していただいたアプリを使用し、はざまの世界へ移動する。そして、すぐに季節神の社へと向かった。
 季節神の社は、殺風景だ。マレウス様や親父殿の社のように古式ゆかしい木造のものではなく、コンクリート製の事務所のような様相を呈している。どうやら伝統的なデザインよりも、厳格に仕事を運用できる利便性や機能性を取ったようだ。
 そんなことはいい。俺は、リドル・ローズハートの待つ社へと飛び込んだ。
「リドル神!」
「……困ったね。事務処理については、順番待ちをするようにと伝えてあるはずだけれど。番号札を取って列に並んでもらえるかな?」
「悠長に待っていられるか、緊急事態だ!」
 近くにいた緑髪の男神と、橙色の髪の男神が、それぞれ俺のことをまあまあと言って宥める。顔にダイヤとクラブのスートがあるあたり、彼らもデュースの同僚なのだろう。それでも、俺は止まれない。
「デュースが昨晩から戻っていない! 貴方の管轄だろう!!」
「君は……ああ」
 リドルは俺の手に着いた指輪を見て、なるほど、と頷いた。
「それについては、たった今対策を考えていたところだ。緊急の救助チームを作って、これから助けに向かうつもりだよ」
「なら、俺も行く」
「キミが来て何ができるんだい? 死神の仕事もまだ見習い、補佐のようなものだろう」
「デュースと同じことはできる」
 お前たちは、デュースに不死の呪いがかかっているのをいいことに、どんな危険な目にでも遭うような人物のところに向かわせているのだろう、俺にもそれはできる、と言いつけた。
「いいだろう。いざとなったら囮になる覚悟だというのならば。連れていこうじゃないか」
 それから、俺はリドルと共にデュースの救出へと向かった。

「救助部隊を組む、と言っていたが……俺とお前の、たった二人なのか?」
「何か不満でも? ……この仕事をもう100年はやっていて、荒くれものに手慣れているデュースでもやられるくらいなんだ。足手まといを増やしても意味はないよ」
 それとも人質や犠牲者を増やすのがお好みかい、と問われたので、俺は黙る。黙って、デュースの無事を祈りながら、ただ着いていく。
「ここだね」
「ここは……倉庫、か? 刑場ではないのか……?」
 てっきりデュースは、凶悪な死刑囚の魂を回収に行って、そこで捕まったのだと思っていたが。
「人気はないようだけど……一応、姿を隠すよ」
 リドルは、デュースがいつも仕事のときそうしているように、結界を張る。けれど、デュースが手を叩くのとは違って、指をパチリと慣らすだけで結界は張られた。

 2人で薄暗い倉庫に忍び込む。まったく人のいる気配がないが、本当にこんなところにデュースがいるのかと疑問に思い始めたとき、むせ返るような血の匂いがつんと鼻についた。
「……開けるよ。覚悟はいいね?」
 リドルの言葉に、俺は頷く。恐らく、この先にある光景は、きっと俺の想像もしたくないものだ。
 そんな俺の予想は、やはり、外れてくれることはなかった。

 扉を開けた俺の目に飛び込んできたのは、直接手のひらと心臓に釘を杭のように打たれて、壁へと磔(はりつけ)にされたデュースの姿。何故なのか身体中――腕や足だけじゃない、首や目元のような急所にさえ切り傷をつけられていて、血液が壁に沿ってダラダラと垂れている。星空のように澄んで美しかったデュースの目は、今や濁って虚ろだ。もう、俺たちが駆け付けるまでに、何度か死んでしまったのではないか、と思うくらいに。
「デュース!!」
 思わずデュースに駆け寄り、すぐに杭を外してやろうとする。かなり深く打たれたそれを、どうにか手で掴みながら引き抜く。どうやらデュースは今意識がないようで、痛みに呻くこともなく、片方の杭が外れてだらりとデュースの手が垂れた。もう片方も外そうと手をかけたとき、後ろに立つ気配に気づいた。
「剣(つるぎ)よ!!」
 己の愛剣を召喚し、背後に立つ気配からの攻撃をその刃で受け止める。
「お前が……!! デュースをこんな目に……!!」
 後ろに立っていたのは、気味の悪い笑みを浮かべた男。手にはなんらかの工具を持っているが、今はそんなことはどうでもいい。刃同士を競り合うかのようにお互いの得物を軋み合わせていると、さらに男の背後に立つ影があることに気づいた。
『――首を刎ねろ(オフ・ウィズ・ユアヘッド)』
 薔薇の装飾が施された一際大きな鎌で、目の前に立つ男の首は刎ねられた。そのまま、男はさらさらと砂煙のように消滅していく。
「い、今のは……」
「今はデュースたちに委託しているとはいえ――元々、魂の管理というのもボクの仕事のうちでね。ボクの権限によって、危険だと判定した魂を、裁判の判決を待たずに消滅させてもらった」
 ボクたちの権限で管理しきれない魂を霊界に送ってしまったのでは、霊界に暮らす魂たちの安全が脅かされるからね、とリドルは言った。
「そうだ、それより……デュース!」
 俺は、もう一方と心臓の杭を抜き、デュースを縛っているすべての拘束から解放してやり、抱きかかえた。
「ああ、こんなに赤い血にまみれて……」
「一度、事務所――社へ連れて帰って、手当をしよう。放っておいても生き返りはするが、治療をしないよりした方が早く治る」
 それに、痛みも軽減されるしね、とリドルが言うのに頷いて、ともかく一刻も早くデュースの手当へと急ぐことになった。

 リドル神の社へ戻ると、既に医務室のような場所が用意されていた。待機していたトレイさんとケイトさんの話によると、死神の魂の回収では、稀に今回のような危険な行動をする人物に当たって、怪我をする者がいるから、治療施設も完備しているのだという。
「それにしても、デュースちゃん、めちゃくちゃグロいことになってたね~……。リドルくんが手当してくれるらしいけど……」
「エースにも一応知らせておくか」
 処置の間、邪魔だからと追い出されて、待合室のような場所で待機させられている。一刻も早く治療が終わってくれと願い手を組んでいると、やがて、終わったよ、と言いながらリドルが現れた。
「終わったのか……ありがとう」
「配下のミスをフォローするのも、ボクの仕事の範疇だ。礼を言われることではないね」
 デュースは今、医務室のベッドに寝かせてあるから、起きたら連れて帰るといい、とリドルから告げられる。そのついでに、今回の傷は大きいから、一週間は療養してもかまわない、とも伝えるように言われた。
 俺は、分かった、と一言承諾の意を告げると、デュースの眠るベッド脇へと向かった。
 一番ひどかった状態よりは傷が治っているが、デュースの手や足、首に至るまで、あちこちが包帯に巻かれてしまっている。目元の傷も、残ったままで痛ましく…… ……ふと、デュースの目元の傷を直視した俺は、気づいてしまった。
 デュースの目元にある傷、それは、内側から外に向かってつけられた傷ではないか? つまり、目玉、眼球のある方から、外側に向かって切り付けられた切り傷である……。もしや、身体中につけられた、包帯の下にある他の傷も、似たようなものばかりで……?
 そのことに気づいてしまった俺は、嘔気が自分を襲ってくることに気づいた。何故。同じ人間に、そんな仕打ちができる人間が生きる世界などがあるのか? あの男の魂はリドルがその権限によってその場で消滅させたが、もしその権限も、対抗する術さえなかったらと思うと、俺は、恐ろしくて、動悸と眩暈がしてくる気さえした。

 デュースの傷を見れば見るほど、気分は濁っていくばかりなので、一度、手洗いを借りて、胸からせぐり上げるものをすべて吐き出した。それで、もう一度デュースの元へ戻ると、デュースはゆっくりと目を開いた。
「……ってて……」
「デュース、無理はするな。……目も……怪我しているのだろう……」
 先ほど吐いてしまったばかりなので、あまりデュースの怪我を直視することはできず、眼帯をもらってこようかと尋ねた。
「そんな、酷いか? ……って、酷い、みたい、だな。その、顔色見ると。分かった、もらって、きてくれるか?」
 デュースは、切られた喉で呼吸をするのが苦しいのか、途切れ途切れの言葉を喋る。俺はリドルに告げて、眼帯と、それからメモとペンを用意してもらい、デュースに辛いなら筆談をしてくれてもいいと告げてそれを差し出した。
「そ、だな。なんか、欲しいときは、書くよ」
 そう言って笑うデュースの身体を、けして痛まないように、そっと、そっと、壊さないように、世界でひとつしかない硝子細工の宝物に、白い手袋をつけて触れるかのように、そっと抱きしめた。抱きしめた背中に、そっと腕を回され、あやすように撫でられた。
「……デュース、デュース……っ」
「……ん、ごめん、な。心配、かけたな」
「二度と、二度とこんな……っ」
「……ごめん、気をつけるよ」
 ひとしきり涙を流して、デュースがそこにいることを確かめたら、ようやく俺は落ち着くことができた。そして、改めて包帯だらけになったデュースの身体を見回す。
「本当にひどい傷だ……。一体、どんな目に遭っていたんだ……?」
「シルバー、は、詳しく、は、聞かない、方が……」
 そう告げるデュースに、俺は先ほどひとつの仕打ちを知っただけでも吐き戻してしまったことを思い返して、分かった、と告げた。……ただでさえ今、ようやく治療が始まったばかりのデュースの横で、足手まといになるわけにはいかない。
「ああ……そうだ。すっかり言うのを忘れていたが、リドル神は、一週間の療養を与えるから、意識が戻ったら家に戻っていい、と言っていた。俺は、……あまりにも酷い怪我だ。こちらで治療をしていてもいいと思うが……」
 どうする、とデュースに尋ねる。そうすると、デュースが、一週間もシルバーに会えないのは淋しいな、とメモに書いてみせた。
「わ……分かった。できるだけこの一週間は俺も家にいられるように、店長にかけあってみる」
 素直に甘えられたのが嬉しくなるが、さすがにこの状況では不謹慎だろうと自分を嗜める。あれだけの怪我を、そして口に出すのさえ憚られる恐ろしい体験をしたのなら、心細くなって誰かに傍にいて欲しくなるのは当然だ。そこに俺が選ばれたことを、強がらず素直に口に出してくれることを嬉しくないとは言わないが。

 それで、リドルたちに世話になったと伝え、社を去ろうとする。それでも、俺はどうしても、最後に言いたいことがあった。
「……今回は、貴方たちのお陰で助かった。だが、元はといえば、やはり、デュースが不死の身体であるのをいいことに、死地へ送り込んでいるのが原因だ。そのことを、どうか忘れないでほしい」
 そう告げると、リドルは俺に言い返した。
「では、言わせてもらうけれど。他の魂を向かわせたなら、2、3人くらい、とっくに消滅していただろうね。キミの大切な人のために、他の誰かは消えても良かったから、他の誰かを向かわせてくれと、そう言うのかい」
「それは……」
 リドルの言葉に答えを詰まらせていると、続きの言葉が俺に向けられた。
「大体、さらに元を辿れば、デュースが不死の体になったのは――」
 その先の言葉を告げようとしたリドルの口を、誰かの手が塞ぐ。それは、いつか見た赤い髪の男――エースだった。
「はいはい、リドル陛下、お小言はその辺で!」
「エース。お前も、来たのか」
 デュースが驚いた声をあげる。それに、エースはまあね~、一応危篤だって聞いたから? と答える。
「何するんだい、エース」
「まあ、まあ。大怪我人とその恋人相手にお説教なんて、ナンセンスが過ぎるでしょ! また今度にして帰らせてあげよ、ね?」
 そう取りなすエースの言葉に、リドルが「それもそうだね、少し、頭に血が上って言いすぎたよ……悪かった」と頷くと、デュースは、それじゃ、お言葉に甘えて、と立ち去ろうとする。それでも、俺は。リドルが告げようとした言葉の続きが、分かってしまっていた気がして、何も言う気になれなかった。

『元を辿れば、デュースが不死の体になったのは――』

 ――俺のせい、俺の命を助けたせい、以外の、何でもないからだ……。

 アパートの部屋へ戻る。時刻はすっかり、夜が明けそうになっていた。はざまの世界へ行く前にスマホのアプリから急ぎで送った店長への連絡には、『緊急って、お兄さんのことだよね? 何かあったら力になるから、すぐに相談してね。シフトのことは気にしなくていいから!』という、心優しい返事が書かれていた。
 俺はなんと書いていいか分からなくて、デュースにどう事情を誤魔化すべきかと相談した。そして、最終的に、デュースが仕事中に通り魔のようなものに誘拐されてしまい、その治療と世話をしなければならないので、一週間ほどシフトには入りにくくなると伝えると、その事情なら一週間で本当に大丈夫なのかという返事が来たから、一週間が過ぎた頃から徐々にまたシフトを増やしていく形にお願いをした。

 だいたいの連絡に片が付くと、デュースは、シルバー、と俺を呼んだ。
「ああ、どうした? 何か欲しいのか? 遠慮なく言ってくれ、傍にいる間はなんでもする、なんでも……」
 そう告げると、デュースは、本当になんでも? と、メモに書いた。
「ああ、もちろんだ」
 俺が答えると、じゃあ、とデュースは自分の唇を人差し指でトントンと叩いた。俺はそれに、少し呆れた気分になる。
「まったく。君と来たら、最初にねだることがそれなのか?」
「……ダメ、か? 無事、帰れたら。したい、って、思って、たんだ」
「ダメなわけはない。……目を閉じてくれ」
 素直に目を閉じるデュースに、そっとくちづける。
「無事……ではないが。ちゃんと帰ってきてくれて、ありがとう――」
 そのように告げると、デュースは、へへ、と笑って、腹、減ったな、と言った。
「リドルの話によると、胃腸にもダメージがあるそうだから、2日くらいはリゾットだな」
「……」
 もっといろいろなものが食べたいのか、淋しそうに腹をさするデュースに我慢してくれ、と言う。
「どうにか作って、運んでくる。電子レンジを使うものならば、俺にも作れなくもないはずだ」
 そう言って、少しの間、そうしたものを買い出しに行ってくるから、君は休んでいてくれ、とデュースの額にキスをして、ベッドへ寝せた。俺が倒れないかと心配するから、最近はだいぶん過ごしやすくなった、まだ涼しい秋の明け方なら勤務先への買い物くらいは大丈夫だと返事をすると、デュースはようやく寝てくれた。

 それから俺は、勤務先でもあるスーパーに向かい、店長と、シフトを代わってくれたというご婦人方に軽く挨拶と礼を告げ、通り魔なんて大丈夫だったのかという言葉に、今は自宅で絶対安静の療養中だと返事をして、買い物をし終えた。その際には、胃腸が元気じゃなくても食べやすい食べ物などをいろいろと教えてくれて、ありがたかった。これならデュースが腹を空かせて淋しがることもないだろう。

 ――そんな道中でも、ふとしたときに、俺は、リドルの言葉を思い返した。元はといえば、デュースが不死になったのは、デュースをこんな苦境に追い込んだのは、俺……。
 ぶんぶんと頭を振って、そんな考えを振り払う。俺からそんな風に思われたくない、それがデュースの持つ何よりの願いだったはずだ。
 ……でも。それでも。俺は……俺は、一人、ひとりぼっちの帰り道に、思うんだ。

「俺は、生まれてきては、いけなかったのだろうか……」

 

 アパートの部屋の、ドアノブを回す。帰るなり、玄関先にはデュースが待っていた。
「ああ、すまない。腹を空かせていたのか? すぐに作るから」
 ビニール袋からレトルトのリゾットを取り出そうとすると、デュースに抱きつかれた。
「デュース? どう、したんだ?」
「……ば、か」
 いきなり罵倒されても、心当たりがない。俺は、デュースを怒らせるようなことをしただろうか。
「デュース? 一体、何に怒っているんだ? いや、悲しんでいる……?」
 強い気持ちが、直接俺の心に伝わってくる。デュースが感じている悔しさというか、悲しみと怒りのようなものが。
「何、が、生まれて、きちゃ、ダメなんだよ……っ」
 デュースが、まだ包帯の巻かれた手をグーにして、俺の胸をドンと叩く。痛いだろうに……。それで、ようやく気づいた。ああ、俺の気持ちも。デュースに伝わってしまっていたのか。
「すまない……。君が、不死の体を持ったのは、リドル神の言う通り……。元を辿れば、俺のせいだったと、思ってしまって――」
 君がそれを望んでいないことを、もう俺は知っていたのに、と、デュースを抱きしめる。
「僕が、決めた、んだ。何も、かも。僕が、囮になるのも、不死になるのも、僕が、決めて、やったケジメ、なんだ! 文句言うな……っ」
 ドン、ドン、と、デュースは涙を流しながら、俺の胸を叩く。俺は、すまない、と言って、デュースに、傷が痛むぞ、と、叩く手をそっと受け止めることしかできなかった。

 それから。俺は、デュースをどうにか宥めて、まずは食事を取って、喉を治して、ちゃんと話ができるようになろう、と言った。デュースはこれには賛同してくれたようで、まずは食事を取ってくれた。元々のベースが人間であるデュースは電子レンジで温めたリゾットを食べるが、元々の魂のベースが雪の精である俺は暖かいものが食べられないので、冷凍食品を凍ったまま頂く。
 それから、デュースはシャワーを浴びたいと言って、包帯を解いて巻き直さなきゃならないから自分でやる、と書きつけて、俺をバスルームから追い出した。
 俺はその間も、ベッドに座り、後悔と自責の念に苛まれそうになるのを、耐えることに必死だった。あの日、あのとき、デュースを一人で行かせなければ。デュースを不死の呪いにかけなければ。俺が、俺さえ、あの日あの場所で命を落とす運命に、抗っていなければ。
 今頃デュースは普通の死神の一人として、安全な場所で……。そんなことを考えていると、いつの間にか、むすっとした顔のデュースが目の前にいた。
「す、すまない。シャワー終わっていたんだな。気が付かなかった」
「……」
 デュースは、傍にあったノートを引っ張り出して、それから、書きつけた。
『もし、僕が呪いのかかってない普通の死神だったら、今頃ここにはいない』
「は……」
 一体、何を言うのかと、俺はデュースに問いかけそうになった。だけど、デュースは俺に伝えたい言葉をもう書きつけ始めている。
『僕は、もう何度も死ぬような目に遭ってる。それは、普通の死神だったとしても、いつかは誰かが行かなきゃいけない場所、会わなきゃいけない奴だった』
『この呪いは、そういう、本来なら死ぬはずだった僕や、他の仲間を、助けてくれた、祝福だ。そう考えることはできないか?』
「しゅく、ふく?」
『そうだ。ローズハート様も言ってただろ。他の誰かなら、もう2、3人は死んでたんだ、って。この不死の身体は、すぐ無茶ばかりする僕が死なないように、シルバーがくれた、祝福なんだ。僕は、悩むこともあったけど、でも、今はそう思ってる』
『シルバーと会えたから、会ってからは』
「あ……」
 涙を流す俺の頭を、デュースは撫ぜる。優しく、指先で撫でる。
「道具は、使い方だ。呪いだって、使いようによれば、救い、だ。僕は、そう思う……」
「……デュース、君は優しい。だが、それでも、君が傷つき、酷い目に遭いやすくなってしまったのは事実で、俺の罪だ……」
「それ、は……。でもさ、代わりに、ずっと、一緒に、いてくれんだろ?」
 最期までさ、とデュースは冗談めかして言う。それで、僕は十分だよ、とも。切れ切れの言葉で、俺に言うんだ。口の端も切られた跡が残っていて、痛いだろうに、美しく笑って言うんだ。だから、俺は。デュースの言葉に、納得するしかないんだ。
「……君の言う、祝福なんだと。今後、そう思えるように、努力はする。だけど、今回のようなことが頻繁に起こるのなら、俺はっ、いくら俺が未熟だとしても、どんな手を使っても、君の仕事を代わってもらうからな……っ!」
「それは、怖いな……。肝に銘じる」

 それから、俺は、デュースと眠った。一人で眠った方が回復が早いだろう、と言ったのだが、俺が何よりの癒しだからと言って聞かなかったので、俺が折れた。デュースの身体を痛めないように、細心の注意を払って、その身体を抱き寄せて眠った。
 まだ身体中に痛々しい傷跡が残っている。……そして、きっと、それは俺の心にも、同じように傷跡として残っている。
 それでも、俺はデュースの傍で、デュースに降りかかる痛みも、運命も、すべて目を逸らさずに見つめていくことも、俺が、それでも最期の瞬間までデュースの隣に居続けることも、そのどちらもが自分の心で選んだ宿命であり、そして同時に、俺が受けるべき罰なのだろうと。そう思い、これからもやっていくしかないのだと、痛む心を受け入れた。

*おしまい

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