※ドルパロ(ギャラリーもしくは小説本棚に設定が置いてあるアイドルパロディの世界線のシルデュです。そちらを読まないと意味が分からないことがあるかもしれません)
※時系列:ドーム後、交際宣言前
※パロディにつき一部呼び名変更あり:リドル寮長→事務所長、トレイ先輩→トレイさん、など)
※一部、作中で有名VOCALOID曲やアイドルマスターなど別の音楽ジャンルの曲・歌詞を引用しています。また、それらの曲がアイドルとしての彼らが歌っている曲という設定になっています。
以上大丈夫な方はスクロール↓
「シルバー先輩……。別れよう、って、言ってください」
その言葉に、俺は泣きそうなほど悲しくなる。どうして俺たちは、こうなってしまったんだろう。
「……っ、ダメだ、デュース。言えない、俺には、俺からは、どうしても……っ」
「僕から言ったって、意味がないんです、お願いですっ、シルバー先輩……お願いだから、言って……」
「デュース……」
辛そうに俺に縋りつくデュースの手を握って、俺の方こそデュースに縋るようにすり寄る。
「……好きだ。デュース。どうしても、好きなんだ。そのような言葉、口が裂けても言いたくない……!」
「……っ」
デュースは潤んだ目を滲ませ、がばりと俺に抱き着く。そして、ずっと俺たちの様子を見ていたリドル事務所長に向けて叫んだ。
「僕もです、シルバー先輩~~~!! ローズハート事務所長、シルバー先輩が辛そうなの、もう見てられないです!! 他に方法ないんですか!?」
「お黙り! 我儘言っていないでさっさとやってしまえばいいだろう!? 実際に別れるわけではないんだから!!」
俺たちは二人してリドル事務所長に叱られる。……今、俺たちは、次に出す新曲……いわゆる『失恋ソング』への感情移入のため、トレーニングをさせられていた。トレーニングとは言っても、その曲の歌詞をノートに書き、気になった部分に線を引いて考察や深掘りをしたり、どんな歌い方や声の出し方をするべきかを、実際に声を出して歌いながらメモしたりとまとめていく地道な作業が主だ。
その作業をしている際に、俺たちはそういえば片思いと呼べるような期間はあったかもしれないが、失恋のようなことは二人とも経験していないので、そうした感情の奥深くが本当には分からない、想像してもうまく行かない、このまま歌っては曲を聴いた人の心に響かない……ということに気付き、それを通りすがったリドル事務所長に相談したところ、「じゃあ試しに、キミたちの間で別れ話のフリでもしてみればどうだい? そうしたら悲しい気持ちとか、少しは何か掴めるんじゃないか」と言われた、というわけだ。
それで、デュースと向かい合い、順番ずつだと言いながら別れ話を始めてみたはいいのだが……。……どうしても、その言葉を口にできない。こうして、頭の中で言葉を詳細に想像するのすら、俺の心は拒絶している。俺はいつの間にか、デュースと別れることをこんなにも恐れていたのか。
「リドル事務所長……本当に申し訳ないが、この方法は、どうしても出来そうにない。俺からも頼みたい。何か別の方法は取れないだろうか……」
まったく、仲が良くて本当によろしいことだねとリドル事務所長は溜め息をついた。
「他の方法としては、キミたちが悲しかった瞬間や、他の誰かと別れた悲しみを思い出して引用する……なんて方法が取れるけど、ボクはキミたちの暮らしをすべて把握しているわけじゃない。だから、キミたちが自分たちで話し合って思い出していくしかないよ。そしてそれは、実際の日々の暮らしの中でどんなことが悲しかったとか、お互いに話し合うことになるわけだから、嘘の別れ話をするよりよほど辛いと思うけど……」
それでもいいのかい? とリドル事務所長は言った。俺たちは顔を見合わせ、溜め息をつきあった。
「……少し、外の風にでも当たりに行くか……」
事務所から少し歩いた場所にある、海の見える公園。手前を歩くデュースは、大きく伸びをしている。
「やっぱ、身体動かさないトレーニングはちょっと苦手ですよね、僕ら」
「そうだな……。しかも今回のお題は、とても難しい」
「そうですね……。こうやって好きな人が一緒にいてくれて、すごく幸せなのに……失恋の歌を歌わなくちゃいけない。聴いてくれた人の気持ちが、慰められるように、いっぱい気持ちを込めて」
デュースは海を眺めながら言う。……いつも俺たちのことを応援してくれる人たちが、悲しい気持ちになる日もきっとあるだろう。そんなときに一緒に落ち込んで、悲しい気持ちを共有して、慰めてやることができたらいい。俺たちの声で、届けたい歌で。そう思う気持ちは十分に有り余っているのに、そのための技術や経験が今の俺たちには足りていない。
「やはりリドル事務所長の言う通り、……別れ話のフリでも、するしかないのだろうか?」
できればそれは、俺はやりたくなかった。ワガママを言っている場合ではないと分かっていても、それでも、目の前にいる大切な人の気持ちを悲しませてまで、口にしたい言葉ではない。それが今の俺たちに必要なことだと、頭では分かっていても。
そういえば、と俺は思い出す。俺たちより三日前に所属したという先輩アイドルのエースは確か、個性を活かした「あざとい系」だったか、そう呼ばれるアイドルソングの他にも、失恋や片思いの歌を得意としていた。彼に詳しいことを聞くことができれば、何かの参考になるのではないか?
「デュース」
俺はそのことをデュースに告げようと、声をかける。するとデュースは海を眺めたまま、堤防の手すりをぎゅっと掴んで、そして呟いたんだ。
「……フリじゃなくて、本当に、別れなくちゃいけない、のかな」
その言葉に、息が詰まる。どうして。どうして急に、そんなことを言うんだ?
「なぜ、そう思う」
俺はそのまま、デュースに問いかける。けれど、振り向いたデュースの答えは、俺が望んだものではなかった。
「僕は、言えます。シルバー先輩」
息を吸って続きの言葉を言おうとしたデュースの口を、思わずぱしりと手のひらで塞ぐ。
「――今、何を言おうとした?」
動悸がする。言いようのない不安が、後から後から湧いてくる。怒りさえ感じるほどの混乱が頭に生じる。デュースはそんな俺の様子を見て、口に添えられた手をゆっくりと外し、それから俺の目を見据えて言ったんだ。
「僕は言える、って言ったんだ。……『別れてください、シルバー先輩』」
その瞬間、頭を殴られたような衝撃を覚えた。取り乱して、デュースに縋る。
「フリ、なんだよな? リドル事務所長の言いつけだから……。嘘なんだろう、デュース!?」
デュースは泣きそうな顔のままに俯いて、黙っている。どうして。どうしてだ、デュース。どうしてなんだ!? 少し前まで、俺もお前も、別れるなんて嘘でも言葉にしたくないと言い合って、困っていたものの……それでも、あんなに幸せだったじゃないか!
「どうして、そんな泣きそうな顔をするのなら、俺に、そんな言葉を言うんだ……っ!!」
何も言いたくなくて、言えなくて、離れたくなくて、離れたら二度と元に戻れなくなりそうで、その場にいるデュースの身体を、ぎゅっと抱きしめる。けれどデュースは、そんな俺の身体をそっと押し返して、そして、言うんだ。
「……僕たち、今は一緒にいない方がいいと思うんです。少し、距離を置きましょう」
頭が、真っ白になった。大切な人の、傍にいられない。あの空虚な日々が戻ってくる。ひとり、無味乾燥の空虚な部屋で、味気のない食事を取りながら淡々と過ごす日々が、また。
「嫌だ……俺は嫌だ、デュース! 他の方法を考えたんだ、エースはそういった歌を得意としていた、エースに話を聞けばいい!」
「ダメですよ……。エースにはきっと、そういう悲しい経験があるんだ。だから、上手に歌える。人の気持ちに、寄り添える。そんな悲しい経験を、僕らにはできないから、自分たちは辛いことはしたくないからって言って、簡単に聞き出すわけにはいかないんだ」
分かってください、とデュースは言った。俺の手を握りしめて。
「これは、今の僕たちには、必要なことなんです。辛いけど、悲しいけど、逃げ出したくなるけど! ……でも、逃げるわけにはいかない、必要なことなんだ!!」
「デュース……」
悲しくて悲しくて、空っぽになってしまいそうだ、と俺の口は勝手にそんな情けない言葉を呟く。すると、デュースは少し迷ったように目を泳がせて、それからまた言った。
「……レコーディングが終わった頃、また、もう一回、ちゃんと話しましょう。それまでは……さよなら、ですね」
僕、先に事務所に戻っていますとデュースは公園を立ち去る。俺は、冷たい潮風を受けながら、ただ、ただ、片目から静かに流れる涙を拭いもせずに俯くばかりだった。
それからの暮らしは、空虚なものだった。事務所内で顔を合わせても、話すのは最低限の事務的な挨拶ばかり。部屋に帰れば、デュースはいなくて、誰もいない静かな部屋で食事と睡眠を取るだけの、詮無く虚しいだけの日々。
『レコーディングが終わった頃、もう一度……』
……レコーディングが終わる日を、カレンダーに×をつけながら数える。その時間の遠さに、あまりにも人恋しくなって、父に連絡を取る。そうすれば、画面越しにでも親父殿はすぐに俺の異変に気付いてくれた。俺は、これまでにあったこと、今落ち込んでいることを親父殿に正直に伝える。そうすると、親父殿は俺にこう告げた。
『シルバーよ、おぬしは……ずいぶん良き伴侶を見つけたようじゃな』
「なぜ、そう思うのですか? 俺は……今、傍にさえ、いることを許されていないのに」
『それは、今はまだ、わしの口からは言ってやれぬ。ただ、わしから言えるのは『けして逃げるな』ということじゃな。……これは、お前に与えられた、避けることはできぬ試練じゃ。お前がこれからも本気でアイドルをやっていくのなら、本気の想いを届けたい相手がいるのなら……けして、逃げるでないぞ。その感情から、今、与えられておるすべての空気、経験から。それはすべて必ず、お前の糧になる』
「親父殿……」
親父殿の目が、一瞬、赤くキラリと光を見せた気がした。……あれが、幼い頃マレウス様が憧れたという、『伝説のアイドル』の『最高の好敵手』の片鱗なのだろうか。
『これ以上は、わしも話しすぎて台無しにしてしまいそうじゃ。……シルバー。レコーディングのその日まで、頑張って耐えるんじゃぞ。すべて事が過ぎれば、きっと、元通りになれるじゃろうて』
そう言い残して、親父殿は通信を切ってしまう。『けして逃げるな』と、俺に、そう厳しく言い残して。今回ばかりは親父殿も、俺の逃げ場になることを許してはくれない。悲しくて、空虚で、暗澹たる気持ちだ。こんなものが本当に、俺に……『Vopal Swordのシルバー』に、必要なことなのか?
アイドルというのは、一生懸命にやって、舞台の上で明るく眩しく輝いていれば、幸せな気持ちを届けられれば、それでいいのではないのか?
親父殿はどうして、すべて事が過ぎれば元通りになれる、なんて簡単に言えるんだ? いったい、あなたには何が分かっているんだ?
大切な親父殿に苛立ちさえ覚えた事実に自分で呆れて、目を伏せ、ベッドに倒れる。こんなときにも空気を読まずに来てくれる眠気に、俺は身を任せた。今はただ、何も考えず眠っていたい――。
――それではダメだ。それでは良くない。何も得ずに、無為な日々ばかり過ごしていて、何のためになるんだ? ……精神の代わりに、鈍った身体だけでも動かそうと、外へ出て、当てがあるわけでもなく走る。すると、街中はすっかり街灯が灯って、あちらこちらの店からは音楽が流れてくる。今の俺にはうるさいだけだったが、ふと、とある店の中から流れるメロディが気になって足を止めた。
『愛してるのに 離れがたいのに 僕が言わなきゃ』
それはどこかで聞いたメロディ、どこかで聞いた声。どうやらそこはCDなども置いている本屋のようで、店内に置いたラジカセのスピーカーから音楽を流しているようだった。音源を辿ってみると、知り合いの顔が並んでいる。……どうやら、この曲は事務所の仲間である、エースの出しているCDの一曲だったようだ。どうやら失恋ソングだけを集めたアルバムのようで、先ほどの曲はその中のひとつのようだ。モニターに表示されているものと同じ曲名を探し、試聴コーナーで改めてそれを聴いてみる。
『思い出すよ 初めて会った季節を 君の優しく微笑む顔を』
『ふたりを繋いでた絆 綻び 解け 日常に消えてく』
ところどころにある深い歌詞の意味は、よく分からない。それでも、誰か大切な人と別れたと告げてくるその歌詞が、悲しいと感情に乗せた声が、それでも愛しさが残るといった感情が、今の自分が置かれた状況と相まって、俺の心に深く突き刺さった。
俺はそのまま、なんとなくそのCDを購入し、家に持ち帰った。機械に疎い自分ひとりでは、CDのかけ方さえよく分かっていないというのに、滑稽なことだ。それでも、今の今まで掴めなかった何かが掴める気がして、歌詞のカードだけでも読んでいた。すると、何か、パズルが解けていくように、俺の心に何か、漠然とした理解が落ちてくるような気がした。
――それから幾日かして、レコーディングの日がやってきた。俺は、ブースに入る前、デュースと一言だけ会話した。
「今まで、どこに泊まっていたんだ?」
「……エースの部屋に」
「そうか」
それからすぐにレコーディングが始まった。はあ、と深く息を吐いてブースに入った。もう、迷いはない。俺は、この数日間の経験をすべて歌に込めるつもりだ。デュースに、突然別れを告げられた悲しみ。何もかもを見通した風の親父殿にさえ、感じてしまった苛立ち。俺とは距離を置いたくせに、エースの元へは転がり込むデュースへの怒り。そのエースの歌に、共感してしまった情けなさ。本当に、すべてが終われば元に戻れるのかという不安。そして、どうしても消えない未練と、それでも残る愛しさを。
まずは一曲目。俺のソロだ。浮気した女性に振られた、未練の残る男の歌。指示は、力強く、哀愁たっぷりに歌えということだ。俺は、悲しみを思い出して歌う。怒りを思い出して、歌う。どうして、俺じゃない? どうして、急に別れを告げる? 不安と混乱の中、やり場のない怒りと不信を女性にぶつけてしまう男の気持ちが、今、よく分かる。そしてその感情はすべて、経験はすべて、デュースのあの一言が教えてくれたものだ。
『これ以上 心を乱すなら 愛してる僕の負けだ』
最後の1フレーズを歌い終わったとき――、言いようのない、手ごたえを感じた。初めて歌ったときとは比べ物にならない、迫力のある感情が歌声に乗ったことを。
デュースがブースに入ってきて、2曲目だ。……男女の気持ちの、すれ違いからの別れの歌。男性パートを俺が、女性パートをデュースが歌う。デュースは俺と目を合わせず、すう、と息を吐き、1フレーズ目を声に出した。
『あなたと出会えた過ちが 虚ろな世界を満たしてく』
俺はそれに呼応するように、続きのメロディを紡いでいく。今まで最低限しか会話もしてこなかったというのに、重なる声は相変わらずピッタリだ。ただ、俺が驚いたのはそれだけじゃなかった。デュースの歌声も、初めの頃とは比べ物にならないほど、切なさと、本物の悲しみを帯びていた。
……それはきっと、俺と同じように、悩んで、傷ついて、迷ったことの証左に他ならないのだろう。
歌い終え、音響を担当するスタッフの方からOKのサインが出るとはあ、と息を吐いてブースを出ていく。最後はデュースのソロを収録して、今日のレコーディングは終わりだ。……俺と離れている間、デュースは何を考えていたのだろう。そう想いながら、デュースの声に耳を傾けた。
先ほどの曲とは一転し、激しいリズムの曲が流れる。そんな中、デュースの歌声が響き始めた。デュースは、柔らかく、それでいて力強く芯のある声で歌い始める。失恋をした女性の曲のようだが、前半の歌詞に共感しながら聞いていると、やがて二番が始まった。そのうちに、俺の心にあった疑惑が少しずつ確信になっていく。
『どうして泣くの 泣きたいのは僕 いつまでも大切に想っていたいのに』
本当に泣きそうな声を張り上げて、デュースは歌う。……デュースも、俺と同じことをしている。今まで離れていた、辛かった日々の記憶を、歌声に込めているんだ。思わず顔をあげて見つめていると、最後のフレーズが響く。
『貰っていた声 与えた愛も 覚えてる…こんなに覚えているのに 落ちる砂 戻したいのは いつだって 僕の方だったみたいだ』
一通り歌い終えたデュースが、はあ、と大きく息を吐いてブースを出ていく。お疲れ様、上がっていいよとスタッフの方々に言われて、俺はデュースに行こうと声をかけてスタジオを後にした。
俺の足は、止まらないままあの日の海辺の公園へ向かう。デュースは黙って後ろから着いてきているようだった。やがて、あの日デュースが立っていた堤防の前に着くと、俺はデュースがあの日していたように、手すりに手を置いてみせた。
「……この前は、俺がそこに立っていて、お前がここに立っていたのだったな。今日は逆だ」
「シルバー、先輩」
何日かぶりに、名前を呼ばれる。……ああ、やはり、愛しい。俺の中に灯った愛しさは、暗い日々を過ごした中でも、消えることはなかった。デュースの真意に気付いてからには、さらなることに。
「デュース……すまなかった」
手すりを掴む手に、ぎゅっと力を込める。俺は、あの日、アイドルとして、未熟だった。あの日の俺たちは、俺は――ファンに、応援してくれる人に、声を届けたいと言いながら――甘えていた。そのようなことでは、親父殿のようなアイドルになれる日など、ほど遠いというのに……。
だから、デュースは、デュースから、別れを告げてくれたんだ。……俺のために。俺が、恋を失くした痛みを、その身で感じられるように。本物の想いが、聴いてくれた人に届くように。本音はきっと、最初に事務所で言っていた、「僕も言いたくない」と、そうだったろうに。それでも口にしなければいけないのは、きっと、身を切るような痛みだったろうに。……けれど、これは俺の推測でしかない。元通りになるためには、確かめなければならない。それが、真実なのかどうか。
「お前はあの日、俺のために、別れを切り出したのだろう? 本物の想いを、聴いてくれる人に届けたいと口では言っておきながら、いつまでも、冷たく淋しい感情から……、必要な痛みを受け止めようとしない俺を、正すために」
俺が振り向いてそう言うと、デュースは俺に抱き着き、泣きじゃくりながら言った。
「シルバー先輩……っ、そんな、そんないいもんじゃないんですっ、僕、僕……っ、あの日、お父さんみたいな、お父さんを超えるアイドルになりたいって言ってるシルバー先輩の邪魔に、今、僕がなってるんだって思って……っ! 先輩の言えないことは、僕が、僕が言わなきゃ、って……!!」
――俺の言えないことは、自分が言わなくてはと告げるデュースに、ドーム公演の前に言われた言葉を思い出す。
『アンタが言えないのなら、僕が言ってやる。好きだ、シルバー先輩』
……ああ、お前は。あの日から、何も変わっていないのだな。俺の言えないことはすべて、口が下手な俺に代わり、何もかも口にしようとしてくれる。しかし、今回はそれで随分、無理をさせてしまった……。悔やまれることだ。
「ああ。気付くのに、随分かかった。お前も、親父殿も言っていた通り……すべて、俺に必要なことだったんだ。これからも、アイドルをやっていくのに……本物の想いを、伝えるために、必要な痛み、経験だったんだ。だというのに、俺が馬鹿なせいで、辛い役回りをさせて、すまなかった。本当にすまなかった、デュース……っ」
レコーディング近付く度、やっと本当のことが言える、って、でも、その日までにシルバー先輩がすっかり僕のことなんか忘れちゃってたら、嫌いになってたら、どうしようって、ずっと、ずっと不安で、と泣きじゃくりながら続けるデュースを、俺はただ、ぎゅっと強く強く抱きしめる。
「……忘れるものか。最初こそ戸惑ったが、むしろ、今はお前の……、お前からの、本物の愛情を受け取ったと、今は思っている。本当だ。デュース、俺たちはまた、やっていけるだろう? そう、なんだろう?」
半ば願うように、祈るように、デュースに問う。その言葉は、唇へのキスで返された。
「やっていきたい、です。好き、好きです、シルバー先輩……っ。本当はずっと、離れてる間も、ずっと、ずっと好きだった、ずっと言いたかった……っ!」
「……俺もだ。デュース、好きだ。また、共に歩こう。今度はもう、こんな悲しいことがないように……!」
それから、手を繋いで事務所へ帰ると、俺たちに真っ先に気付いたエースが良かったねと一言告げた。そういえば、デュースはずっとエースの部屋に世話になっていたのだったか。俺もずいぶん、エースの曲には励まされたし、距離を置いていた俺たちと同じ空間にいるのはやりづらいこともあっただろう。
「エース、今回は悪かったな」
デュースがエースに声をかける。俺もエースに、世話になったなと告げるとエースはなんでもなさそうに手を振った。
「別に? オレ、アンタらの先輩だし。たまにはいいんじゃない。いつもは困るけどね」
ま、でもとエースは続ける。
「二人はやっぱりそうやって仲良くしてんのが落ち着くよね。すっかり慣れちゃったし。もうケンカしないでよ?」
「気を付ける」
厳密には喧嘩というわけではないが、いちいち訂正することでもないだろう。二人で素直にうなずくと、エースは満足そうに笑った。
「そういえばシルバー先輩がオレのCD買ってたとかいう投稿がバズってたんだけど、マジ?」
「え、なんだそれ?」
「ああ、買ったぞ。街で聞いて、良い曲だと思ったからレコーディングの参考に購入した」
「言ってよ! 何枚か持ってたからサイン入りであげたのに!!」
そんなことを言いながら笑い合っていると、リドル事務所長が事務所へと入ってくる。
「キミたち、帰ってきていたのかい」
「お帰り~」
「はいはい、ただいま。デュース、シルバー。……レコーディングの音源、聞かせてもらったよ」
どうでしたか、とデュースが緊張の面持ちで尋ねる。するとリドル事務所長はふっと笑って俺たちの頭を撫でた。
「二人とも、頑張ったね。辛いこともあったろうに……その分、良い出来になっている。これはきっと、たくさんの人の心に届く歌になるよ」
俺たちは顔を見合わせて喜ぶ。デュースが拳を突き出してきたので、それに応えて拳を合わせてやると、すっかり元通り仲良しなようだね、とまた笑われる。
「ああ、すっかり元通りだ。だが、ひとつだけ変わったこともある」
なんだい? と首をかしげるリドル事務所長に告げる。
「前よりもデュースを好きになった」
そう答えれば、なんだ惚気かと一蹴され、皆に笑われる。……愛し合っていても、ほんの少しの掛け違いですべてが失われるような、そんな痛みや悲しみを知った今、そんな元通りの日常を、より一層尊く、愛おしく思うばかりだった。
*おしまい
【作中引用曲(敬称略)】
VOCALOID楽曲より
『Just Be Friends./Dixie Flatline』
『ライム色の幻/Re:nG』
『ステイルメイト/Re:nG』
アイドルマスター楽曲より
『追憶のサンドグラス/星井美希』
これらの楽曲の歌詞をお借りしました。
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