※シルデュ付き合ってる恋人設定です
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その日、俺は疲れていた、のだと思う。
朝から何故だか身体がやや重く感じ、居眠りやうたた寝の回数も、いつもより多かった。
錬金術では手が滑り、魔法史の時間は始業のチャイムが鳴ってから終業のチャイムが鳴るまでの間ずっと爆睡していたそうだ。
その上、いつもは気にしないような些細なことにまで苛立ちを感じたため、幼馴染やクラスメイトとも少しだけ距離を取っていた。
……そんな中。偶然、俺の恋人であるデュースに出会った。
「デュース」
「シルバー先輩っ、こんにちは!」
「ああ、こんにちは」
いつも通り目と頭がまんまるで、青色で、素直で元気な挨拶が可愛らしいデュースを見て、少しばかり、無性に湧き続けた苛立ちが和らぐ。どこか和やかな気持ちになり、その頭を撫で、ぎゅっと抱きしめた。
「可愛い、デュース。デュース、可愛い」
すりすりと頭を首元にすり寄せていると、わ、わ、とデュースは頬を染めて慌てた。だが、そのうち。
俺の様子が、いつも通りではないことに気付いたようで。……デュースはそっと、俺の頭に手を伸ばし、撫でてきた。
「えっと。……シルバー先輩、もしかして……疲れて、ます、か?」
よ、よしよーし、と。ぎこちないながらも俺の頭を撫でてくれる優しい手つきに、ほんわりと、ささくれだっていた心が綻んでいく。
「デュース」
俺が名前を呼ぶと、デュースは慌てて手を退けようとする。
「ほぁ……っ!! す、すいません! やっぱり先輩相手に失礼でしたよね、こんな……っ!!」
俺は、そんなデュースに、そのままでいい、と告げる。
「そうじゃ、ない。……もう少しだけ、このまま……」
「は……、い……」
「……撫でて、くれ」
「……はい……」
そうして、年下の恋人であるデュースに甘やかしてもらい、心を存分に癒されて。俺はまた、普段通りの日々に帰っていくことができたのだ。
*
……昨日、シルバー先輩の頭を撫でちまった。なんだか疲れてたみたいだから、とりあえず、頭撫でてよしよしってしたら、なんだかそれで安心してくれたみたいで、もう少し、って。甘えられた。……な、なんか。恋人みたいなこと、しちまったな。
いや、僕、恋人なんだけどさ! もう。でもほらなんか、分かるだろ? 実感とか、そういうの。
あの渋くて格好良くて、いつも頼りになるシルバー先輩に、甘えられるような立場になっちまったんだなあ、僕……!
なんかそれが妙に嬉しくて、でもなんとなく今日顔を合わせるの照れくさいなあ、いや全然、別に会いたくないわけじゃないんだけど、なんて思っていたら。
バッタリ、廊下でシルバー先輩に会った。出会い頭から、シルバー先輩は、言う。
「デュース。おはよう。昨日は、ありがとう。お前は疲れていないか?」
「僕は全然大丈夫です! シルバー先輩こそ、大丈夫でしたか?」
「ああ。お前のお陰で、かなり回復することができた。だから、デュース」
シルバー先輩は僕に何かを渡す。
「これを。今朝、購買部で買ってきた。プリンだ。お腹がすいたら、食べるといい」
「わっ、ありがとうございます! あ、卵たっぷりプリンだ、僕これ好きなんです!」
「そうか、良かった」
そうして、いったん別れる。そこまでは良かった。
次に会った昼休み。中庭の木陰に座るシルバー先輩は、僕を見つけるなり、僕を呼ぶ。
「デュース。こっちに来るか、ここに座れ。座るといい」
とんとんと手で自分の隣を叩いて僕を呼ぶ姿がなんか可愛くて、僕はその誘いに頷く。
「はは、分かりました。失礼します! シルバー先輩。動物たちと遊んでたんですか?」
「そうだ。リスとうさぎが遊んでくれとねだるから、かまってやっていた。そうしたら、小鳥も来た」
「ははっ、みんな可愛いですね」
僕がシルバー先輩の膝にいたうさぎの頭を撫でると、うさぎは嬉しそうに目を細めた。
「そうだ。デュース、喉は乾いていないか? 飲み物、良ければ半分こにしよう」
「いいんですか? 先輩のがなくなっちまうんじゃ」
「いいんだ。元々、お前のために買ったものだから。なんなら全部飲んだっていい」
「はは、そうだったんですね。それじゃ、少しだけいただきます! ……ん、うまい!」
「良かった」
「先輩も飲んでください、最近暑くなってきたから、水分補給はしっかりと、ですよ!」
「ああ、ありがとう」
そうして僕たちは1本のペットボトルを回し飲みしながら、動物たちを可愛がって過ごした。
それから別の日の休み時間、宿題が分からなくて唸りながら歩いていると、シルバー先輩に、どうかしたのかと尋ねられた。
「先輩……。なんか、魔法薬学の宿題が難しくて。ちゃんとやりきれるかって不安なんです」
「そうか、なら」
と言って、シルバー先輩は僕の手のひらにそっと何かを置いた。
「これ、チョコレート? いいんですか?」
「疲れたときには、甘いもの、と聞いたことがある。たくさん頭を使って疲れたのなら、甘いチョコレートを食べて、回復するといい」
「へへっ。ありがとうございます、大事に食べます!」
「ああ。俺だと思って、大事に食べてくれ」
「先輩だと思ったら食べられませんよ!」
なんて感じで、今度はチョコレートを貰った。プリン、飲み物、チョコレート。それ以外にも、僕はシルバー先輩に、小さなお菓子や、ちょっとした飲み物なんかをよく差し入れられるようになった。
それで、この頃、なんだかやたらとそんな些細なプレゼント攻撃が続いたから、僕はシルバー先輩に尋ねた。
「シルバー先輩、なんか最近よく構ってくれますね。いろいろ、差し入れもしてくれるし。嬉しいですけど、どうしたんですか?」
先輩、また無理してないですか、と尋ねると。シルバー先輩は、していない、と答えた。
「デュース。俺に、何か望むことはないか? お前は、少し前に、俺が疲れていたのを見抜いて、癒してくれたことがあったろう。とても、嬉しかった。だから、お前に気持ちを返したくて、毎日いろいろ試している」
そうだったのか、それで先輩、あんなにいろいろ贈り物したりお世話しようとしてくれてたりしたんだ、と僕は納得する。
「はは、ありがとうございます。けど、いくらお返ししたいからってそんなに頑張ってたら、先輩がまた疲れちまいますよ」
僕はもう今までのでも十分ですから、とまたシルバー先輩の頭を撫で。それが照れくさくて笑うと。
シルバー先輩も、それを受け入れ、僕の手にそっと手を重ねて。柔らかくほほ笑んだ。
「デュース、好きだ。もっとたくさん、お前に好きだと伝えたい。どうしたらいい?」
「もっと、たくさん、ですか? うーん、えっと……? えっと……それなら、その。……キス、とか?」
シルバー先輩は、目を丸くして驚く。
「キス……が、いい、のか?」
僕はそれに、慌てて弁明する。
「や、えっと。思いついたから言ってみただけでほんとに、恋人として好きを伝えるならやっぱりそういうのかなっていや別のこともあるかもなんですけど、」
だけど先輩は、そんな僕の態度をさておき。そうかキスか、と頷いて。そして、僕の手を握り、まっすぐに見つめてこう言った。
「分かった。お前に最上の気持ちを伝えられるよう、キスの勉強をしてくる」
「……へ?」
それから、シルバー先輩は僕との理想のキスの舞台を整えるため、ディアソムニアの人たちに相談したり、恋愛小説を参考にしたりして、理想のキスとはどういうものかを学んだのだそうだ。……なんで僕がそれを知ってるかって?
本人が『今、状況を整えているぞ』とか『親父殿とマレウス様に相談した。セベクも入ってきた』とか、いちいち僕に進捗報告してくるからだ。ちなみにディアソムニアの先輩たちからちょっとニヤニヤされていて、気まずい。
それで、だ。向こうでなんかいろいろと話し合った結果、教会の見える麓の街の丘がいいだの、公園が王道では、だの、自室だろうかやはり、だの、いやいっそ若者らしくカラオケルームなんかどうじゃとかいろいろ案が出たところで。
最終的に、学生らしく背伸びしない、でも少しだけロマンチックな、学園裏の森の湖畔の岸にすることでシチュエーションは決まったらしい。
……なんていうか。こんなガチガチに準備してやるものだっけ、キスって。
いくらファーストキスでも、そういうものだったっけか?
そう思いつつも、シルバー先輩が僕とのキスに前向きというか、全力で精力的になってくれてるのはまあ、嫌ではないので。
僕もいざそのときが来たら、全力で受け止める覚悟でいた。
……のだけど。
ようやく、時間帯もロケーションも、すべての準備が整って。僕も学園裏の森に呼び出されて。さあ本番だ、というとき。
僕とシルバー先輩の唇は、少しずつ、少しずつ近づいて。……もう少しで重なるぞ、というそのとき、その瞬間に。
グリムが、突っ込んできた。なんでも、学食で昼に僕が食べていたメニューがうまそうだったから、あれがなんだったのかを美食研究会の活動の一環として聞きに来ていた、らしい……。
それで、グリムには『若鶏のチキングリル、オランデーズソースのグラタン風だ!』ってさっさと答えてやって、その場を去らせたけど。
そこに取り残されたシルバー先輩は、見るからに落ち込んでしまっていて。
「大丈夫ですか……?」
と、声をかけたら。シルバー先輩は、諦めず言うんだ。
「もう一度、今度はきちんとこなせるように、頑張る。だからデュース。待っていて欲しい」
必ずお前に理想のくちづけを、と。何か方向性の迷子なやる気に燃えるシルバー先輩へ、僕は言う。
「もういいですよ、シルバー先輩」
「だが、しかし……」
「……こっち向いてください」
そうして、僕は顔を上げてくれたシルバー先輩の口に、ちゅ、とキスをする。
「いいんですよ、そんなにこだわらなくても。シルバー先輩となら、いつ、どこでしたものだったって、理想のキス、なんですから」
そうして、へへ、と照れくさくて誤魔化すように笑うと。シルバー先輩は、そうか、と頷いた。
「そうか……、そういう、ものなのか」
「はいっ、そういうものですっ!」
それで、その場は片付いて。ようやく僕らの関係も、また落ち着いたものになるかなと。そう思っていた、明くる日のこと。
「デュース」
「あ、シルバー先輩。おはようございま、んむ……っ!?」
出会い頭に。キスをされた。
「シ、シル、シルバー、せんぱいっ!? な、なんで朝からいきなり……っ!!」
僕が狼狽えながらそう尋ねると、シルバー先輩は、笑顔で頷いて、言った。
「俺となら、いつ、どこだって理想のキスになる、だったな。たくさん気持ちを返したいから、これからはお前に会う度、こうして気持ちを伝えようと思う。だから、デュース。これからも、俺のことをよろしく頼む」
そう言って、満足そうにほほ笑みを浮かべ、僕を幸せそうにぎゅうと抱きしめてくるシルバー先輩に。僕は。
(どうしてこうなった……!?)と。
そんな疑問を浮かべることしか出来やしないのだった。
*おしまい
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