抱擁

*シルデュ付き合ってる恋人設定です
 
 最近、シルバー先輩が、なんか、ヘンだ。
 どんな風にヘンなのかっていうと。ええっと。
 ……僕に会う度に、ぎゅってしてくる、ようになった。
 たとえば、だな。朝、廊下で会ったときも。僕がエースやグリムとギャーギャー言ってても、シルバー先輩が、後ろからぎゅって。
 それで、ぎゅってしたまま、「おはよう、デュース」って。
 僕がおはようございます、って言ったらすぐ離してはくれるんだけど。僕たちみんな驚いちまって。
 でも、それだけじゃ終わらなかった。
 休み時間、廊下で会ったときも。わざわざ魔法で教科書とか浮かせて。
 僕をぎゅってする。それで、勉強頑張れって頭を撫でてくれるんだ。
 そのほか、にも。
 食堂では、さすがにご飯持ってるからぎゅって出来ないな、って、淋しそうな顔してたから、じゃあご飯のあとで、って言ったら、嬉しそうにして。それで昼休みは、僕の身体を、長くぎゅーってして。すりすりって頭を寄せてくることまであった。
 あとは、補習で一緒になったときも、放課後の魔法薬学室で、僕をぎゅってしていて。後から来たクルーウェル先生が驚いてた。
 そんな風に、そのくらい、シルバー先輩は最近、僕にやたらとぎゅってしてくる。
 人肌恋しいのかなって思ってたけど、お父さんであるヴァンルージュ先輩とか、幼馴染なはずのセベクにはそういうことはしていないみたいだし、その辺の人たちにはしないんですかって聞いたら、先輩、『俺はもう子どもじゃないぞ』って言ってた。
 じゃあなんで僕にはするんだろう、って思ったけど、そのときは口にまでは出さなかった。

 それで、僕が、ルームメイトの人がいないからってシルバー先輩の部屋に呼ばれた日も。
 ベッドに座るシルバー先輩に、後ろからずっと、ぎゅーってされてて。
 それは別になんていうか、恋人としてのスキンシップっていうか、いちゃつきたいのかなって思うのもあるから、別にいいんだけど。
「……シルバー先輩、ぎゅってするの、好きですね?」
「……ああ。こうして、お前の体温を感じていると、安心する……」
 だから、もう少しだけ。と、そうねだるシルバー先輩に、僕は、もしかしたらシルバー先輩、無自覚に疲れちまったりしてて、なんかぬいぐるみとか抱き枕的なもののセラピーで癒されたいのかな、なんて思ったから(僕がそれに値するかどうかは別として……)。
 とりあえず、いったん好きにさせておくことにした。
「先輩がしたいなら、好きなだけぎゅってしていいです、けど。……ダチの前とか、先生の前とかは、ちょっと恥ずかしい、かもな」
「すまない。……だけど、お前の温度を、いつも、感じていたくて」
 そっか、と僕は腹に回されたシルバー先輩の手を撫でる。
「それで先輩が安心するなら、仕方ないですね。我慢します、恥ずかしいくらいは」
「……ありがとう」
 お前がこの腕の中にいてくれると、本当に安心するんだ、と言うシルバー先輩に。僕は、なんですかそれ、と笑った。

 ……デュース、が。今、俺の腕の中にいる。俺の腕の中にある、デュースの心臓が、トクトクと柔く暖かい音を鳴らしている。
 これを感じる度に、俺は……心の底から、安堵していた。
 俺からデュースに対して、抱き癖がついてしまったことは、俺も、デュースも、友人たちも。先生方も。
 もはや周知の事実となっていたが、それでも俺には、この行為を止められない理由があった。
 それは。……少し、前のこと。
 デュースと共に麓の街に出かけた俺は、心臓の凍るような想いをした。
 森の中を跳ねる子うさぎのように道へと飛び出していったデュースが、もう少しのところで、車に轢かれるところだったのだ。
 俺は、咄嗟にデュースの身体を引き寄せ、危ないだろうと叱った。バクバクと鳴る心臓の音が、今でも耳に残っている。
 そのとき、頭も視界も、降り注ぐ火山灰のように、真っ白になりかけたことも。
 ……今でも時々、あの瞬間を夢に見る。何故か、どこかで見たような、知らない記憶とも混ざりながら。
 それは、何か危険な場所に飛び出していくデュースの背に、俺はせいいっぱい手を伸ばすが。
 アイツはそんなこと知らずに、ちっとも俺の方なんか振り返ってくれずに、危険の方へと飛び出していくんだ。
 ……その、一瞬遅ければ『間に合わなかったかもしれない』というような、得体の知れない恐怖感が、俺にデュースを抱(いだ)かせる。
 学園の中では、ゴーストたちや先生方の監督の下、アイツは平和な日常を送ることが出来るのだ、と分かっていても。
 それでも。俺は、一瞬でも目を離すと、デュースはあのときのように、ひとり、危ない場所へと飛び込んでいってしまうのではないかという根源的な恐怖が、俺にデュースを失う錯覚をさせる。
 ……だから。だから、デュースを、抱いている。毎日、毎日。デュースの鼓動を、生ける体温を、確かめるように。
 朝も、昼も、夕も、夜も。出会う度に、抱きしめている。
 抱くことが叶わないときは、寝る前、少しだけ通話をかけて、機械越しにだけでも声を聞きたいと。
 とにかく、アイツが今この瞬間、俺と同じ時間を生きていてくれる証が欲しいのだと、そんな気持ちから、俺は、とにかくデュースへと繋がろうとする。
 デュースはそんな俺を、『淋しがりやの恋人』だと認識しているようで。
 意外だな、と言って笑うことや、人に見つかって恥ずかしがることなどはあったが、嫌がるような素振りは見せなかった。
 ……俺は。そんな、デュースの笑顔を見る度。胸が、きゅうと締め付けられるような心地がした。
 ――いっそ、何からも守ることができる、安全な檻の中に、デュースを閉じ込めてしまえれば――
 そんな危うい考えさえ、脳裏をよぎることがあった。
 だけど、俺は自分を律した。……俺が落ち着かないからと言って、デュースの自由を奪ってはいけない。
 それでも。それでもやはり、無鉄砲なデュースをどこかで簡単に失ってしまうよりはずっとマシなんじゃないかという迷いが、いくら振り払っても消えていってはくれなかった。
 そのような想いを隠して持ちながら、今日も俺はデュースを抱きしめる。
 トクトクと鳴るデュースの少し早い鼓動の音と、人肌よりも少し高めの体温だけが、いつも俺に安心をくれる。
 そんなことをしていると、デュースが、ふと、口を開いた。
「先輩。やめろって言いたいわけじゃ、ないんです。でも、理由を教えてくれませんか」
「……理由?」
「はい……。あの、なんていうか。最近すごく、こういう……。ハグ、みたいな。たくさん、してるから」
 だから、えっと。もし疲れてるとかが理由なら、僕、マッサージとかしてあげたりもできるし、たくさんイチャイチャしたいってことなら、その、今日ならほら、時間取れるんで、とデュースは言う。
 俺は、そんなデュースの言葉に。……答えに詰まった。
「それは、その……」
「……何か、言いにくい理由でも、あるんですか?」
 僕、もしかして先輩を淋しがらせてましたか、とデュースが心配そうに俺の顔を覗き込む。
 俺は、そうじゃない、と。デュースに向けて首を振った。
「俺、は。……なんと、言えばいいか……」
 うまく言葉を選べないでいると、デュースが俺の手を取り、頬にすり寄せた。
「はい。ちゃんと、最後まで聞いてますよ。先輩が喋るの得意じゃないって、僕、ちゃんと分かってますから」
「……ありがとう……」
 それで、俺は。ぽつり、ぽつりと話した。己の持つ、デュースへの想い。懸念、不安を。
「……その。俺は、不安――なのだと、思う。お前が、俺の傍から、いなくなってしまわないか……」
「えっ? 僕、何かそんな先輩を不安にさせることしてましたっけ……?」
 まるで心当たりがないかのように振る舞うデュースに、俺は告げる。
「……以前。共に出かけたとき、お前は……自動車に、轢かれかけていた、だろう。あのとき、もし、俺の手が一瞬でも遅ければ、今頃は、……と、思う、と……」
 どうにも焦った気持ちになって、苦しくて、落ち着かなくて。それで、お前を抱きしめると、その不安や焦燥が和らぐことに気づいたんだ、と俺が口にすると。デュースは、そうだったんですね、と神妙な顔をした。
「すいません、僕。シルバー先輩が単に甘えたいのかな、とか思ってました」
「……いや。俺の方こそ……。妙な不安を持ったせいで、お前に迷惑をかけてしまい、すまない……」
「迷惑だなんて! ……えっと。それだけ、シルバー先輩が、僕のこと大切だと思ってくれてるってことだと思うし、その、不謹慎かもしれないけど、少し嬉しいです、から」
「……そうか。それなら、良かった……」
 俺が、ほっと息を吐き。向き合って抱くデュースの肩に顔を埋めると。
 デュースは、そんな俺のことを腕に抱き入れ、ぽんぽん、と背中と頭を撫で下ろして、言った。
「……シルバー先輩。僕は、そう簡単にいなくなったりしません。確かに、僕。そそっかしいとこはあるし、怪我とかも、たくさんしちまうかもしれないんだけど。……でも」
 こうして、僕をここにいてって掴んでくれる人がいるから、と。デュースは俺の身体をぎゅっと抱きしめる。
「だから、大丈夫なんです。先輩のこと、ひとりにしたりしません」
 安心してください、これでも意地と根性だけはあるんで!! たとえ危ない目に遭ったとしても、絶対気合いで先輩のとこに帰ってきます!! とデュースは力こぶを作る。俺は、そんなデュースの笑顔に、呆れ笑いをして。
「……危ない目に遭わない、とは言えないんだな、まったく」
「うっ、それはその……。まだ、難しいかな、って……」
「……なら。お前が、危ない目に遭わないよう、俺が守ることにしよう」
 だから、いつまでもこうして、俺の腕の中にいてくれ。
 ……俺にその鼓動を、いつまでも聞かせていてくれ、と。
 デュースの身体を、改めてぎゅっと抱きしめると。デュースは、はい、と頷いて、俺の腕の中に身体を預けた。

 それから。俺たちは、しばらくベッドの上で、互いの心音だけを聞いて、抱き合っていた。
 少しだけ途中で雨が降ってきて、そのときだけぽつりと会話をした。
「……雨の音、しますね」
「……ああ」
 なんて、そんな、なんでもない会話を。
 それから、デュースの腹の虫が鳴ったので、一度離れ、簡単な食事を作って、食べさせた。
 デュースは外泊届を出してくると一度ハーツラビュルに戻り、それぞれシャワーを浴びて、またふたりで俺の部屋に戻り。
 それから、また。俺は、デュースを抱きしめた。
「そんなにずっと、不安ですか?」
 デュースの優しい声が、耳元で響く。
「……不安、なのも、なくはない、が。こうしていると、とても、落ち着く」
「そっか。……不安もあるし、いちゃつきたいのもあるんですね、先輩」
「……そう、なのかもしれない」
 分かりました、とデュースは俺の背中をぽんぽんと叩き。そうして、俺をベッドに座らせて、自らその膝の上に座った。
「デュース?」
「へへっ。……先輩に、たくさん心配かけちまってたみたいなので。今日はサービス、ですよ!」
 そう言って、デュースは自ら俺へとぎゅっと抱き着くと、頭を撫で、背中を撫で。
 そして、ちゅ、とキスをしてくれた。
「……先輩は、してくれないんですか?」
「……ああ……」
 俺は、うなずき。シャワーを浴びた後だから、スートのないデュースの目元へ、ちゅ、とキスをする。
 そうして、頬に、唇にとキスを返すと、くすぐったい、とデュースは笑った。
 デュースは俺の手を取り、指をぎゅっと絡めて、照れくさそうに笑う。
「先輩。……今夜は、先輩の気持ちが落ち着くまで、たくさん僕に触ってていいですからね」
「……ありがとう」
 そうして。俺は、デュースに、たくさんのキスを落とし、その身体を縋るように何度も抱きしめ。
 ちゃんと俺の腕の中に、今、こうしてデュースはいてくれる、ということを、どこまでも実感させてもらったのだった。
 そして、翌日。デュースに会ったとき、俺は。抱きしめようと手を伸ばして、迷うと。
 デュースの方から、とんと身体を寄せてきた。
「……へへっ。やっぱり、ちょっと人目のあるとこだと、恥ずかしいですね。でも一瞬だけなんで……、おはようございます、シルバー先輩っ!」
「あ、ああ。おはよう……」
 そうして、ぎゅっと一瞬抱きしめると、おしまい! と言って、デュースは離れてしまう。
 それでも、俺の心は、少しだけ落ち着いていて。これは……いや、昨晩のことも含めて。これは、恋人に甘やかされた、ということになるのだろうか。
 ……だとしたら、それも悪くはない、と。俺の口元が、笑みを浮かべているような気がした。
「頼りになる恋人がいて、助かるな」
 そんな俺の呟きは、学友の日常を描く喧騒の中へと薄らぎ、消えていくのだった。

*おしまい

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