Your Affection - 1/2

・バーテンパロシリーズ『懐中散歩』の続編です。これまでのお話を読んでないとたぶん意味が分かりません。
・バーテンダーシルバー×若手警察官デュースのパロディ世界です。続編なのでパロディ本棚に入れています。
・シルバーが時々(バーテン営業時)は敬語なので、誰が喋っているか分かりにくいときがあります

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 ――薄暗い照明。光るグラス。鳴るシェイカー。窓の外を見るとどうやらそれなりの雨模様のようだが、今夜もこの『Bar Briar(バー・ブライア)』は、絶賛営業中だ。
 俺はその中で、ひとりの常連客を待つ。さて今日はあのお巡りさんに何をお出しして愛情を伝えてやろうかと考えていた、そんな俺の浮かれ切った内心は。その後すぐに、打ち消されることとなった。
 何故なら、カランとドアベルの音がして、そちらを見た瞬間。
 彼の顔に、傷を塞いだようなテープがあるのが見えたからだ。長袖の袖口からも、ちらりと包帯のようなものが見えた。
「その怪我……っ、」
 すぐに駆け寄り、言いかけて俺は正気に戻る。……ここはまだバー店内で、しかも(常連客と同僚にはほぼバレているとはいえ)、俺は仕事中の店員だ。すぐに表向きの平静を取り戻す。
「……失礼しました。いらっしゃいませ、お客様。今夜もいらして頂き、ありがとうございます。まずはご案内いたしますね。いつものお席へどうぞ」
 デュースをいつも座らせているカウンターに案内し、俺はすぐにカクテルを作り始めた。

 ……あ、これ、心配されてるな。僕は感じた。シルバーさん、さっき、店に入った瞬間、明らかに動揺してた。さすがはプロって感じで、すぐに落ち着いたけど……。顔の傷以外も、バレてるかな、これは。
 少し暖かくなってきたとはいえ肌寒い時期でもあるから、いけるかな、と思って長袖で隠してみたけど、やっぱりダメだったか。シルバーさん、観察眼鋭いもんなあ……。そんなこと考えてる僕に向けて、シルバーさんは遠慮がちに尋ねる。
「その、お尋ねしても? ……そちら、お怪我を? 本日は、お仕事が大変だったのですか?」
 明らかにってほどじゃないけど、でもさすがに心配そうな声音だ。僕は苦笑いして、応える。
「大丈夫です。大したことないので、あまり気にしないでください」
「……お巡りさんらしい、ですね」
 少し、悲しいのか、それとも別の感情もまた、何かあるのか。複雑そうな顔でシルバーさんはほほ笑んだ。その顔に僕は、どことなく覚えがある気がした。僕が仕事を頑張ったと言って生傷をたくさん作ってきたときの、母さんの顔だ。
 『あんたが頑張ってるのは誇らしいし、嬉しいけど。無茶しすぎないようにね。アンタが怪我をしたら、アタシは悲しいわ』と笑ったあのときの、母さんの瞳と同じ色だ。
 シルバーさんは、作っていたカクテルを僕にそっと差し出す。
「それでも、一応。足元がおぼつかず、転んでもっと怪我をしてしまうといけませんので……俺のお勧めで良ければ。本日はこちら、ゼロプルーフ・カクテルをどうぞ」
 そう言って差し出されたのは、1杯の赤みがかったオレンジ色のカクテルだった。
「ありがとうございます、いただきます」
 ひとくち飲んでみると、酒の味がしなかった。どうやらゼロプルーフっていうのは、ノンアルコールって意味みたいだ。
「これ、なんて名前のカクテルなんですか?」
「ゼロプルーフ・パロマと言います。パロマという、テキーラベースのカクテルからアルコールを抜いたアレンジとなります」
 やっぱりアルコール入ってなかったのか。本当に心配されてるみたいだな、と感じつつちびちび飲んでいると、シルバーさんが僕に言った。
「本日は、雨模様のようですね。雨粒が窓を叩く音が聞こえます。……時にお客様、傘はお持ちでしょうか? 必要であれば、貸し出すこともできますが……」
 傘なら、持っている。そう答えようとしたとき、シルバーさんは僕の唇を一瞬だけ人差し指でそっと押さえ、続けた。
「……あるいは。雨が止むまで、うちにいてくれてもかまいません」
 長居は歓迎ですから、どうぞごゆっくり、と営業トーク風に告げて、シルバーさんは他のお客さんに呼ばれて一礼してからそちらの注文を取りに行く。
 だけど僕は、さすがに察していた。……家に来ていてほしいんだろうな。『雨が止むまで、うちにいてくれてもかまわない』って。あれはきっと、僕の勘違いじゃなければ、「家に来ていてくれてかまわない」って、そういう意味なんだろう。
 それから僕は、スマートフォンを取り出して、『カクテル辞典』のアプリを開く。この間、本の形の辞典も買ったけど、アプリもあるようだったから、それをインストールしてみたんだ。検索もできて、便利だから。シルバーさんが差し出してくれるカクテルに込められた想いを、僕もすぐ調べて、覚えておけるように。知れるように、って。それで、さっき出してもらった「ゼロプルーフ・パロマ」というカクテル言葉の意味を調べてみた。
 すると、「パロマ」のページが表示されて、こう書かれていた。
『パロマのカクテル言葉は、『この想いを届けて』。ゼロプルーフ・パロマも同じとされている』
 僕は、それを見て、やっぱりな、と思った。……すごく、心配かけちまってるみたいだ。
 今日は大人しく、シルバーさんのお家で待つことにしよう。
 そんなことを思ってカクテルを飲み干し、シルバーさんに「傘、お借りしていきますね」とそれとなく伝えて、僕はシルバーさんの家へと向かった。

 ――営業終了後。後片づけをしようとする俺の元に、親父殿が来て言った。
「シルバー、お前は良い。もう上がれ」
「ですが、親父殿。まだ後片付けが……」
「そんな顔で何を言っとる。営業中もずっと、落ち着かんかったんじゃろ。あの子、血の匂いがしたぞ。……はよう行ってやれ」
 あとはわしとセベクでやっておくから、と親父殿は告げてくれる。俺は、恩に来ます、と言って、制服から着替えもせず店内を飛び出し、マンションの上階にある自宅へと向かった。本当はずっと、すぐにでも、そうしたかったから。

 自宅の玄関前で、一度深呼吸をして呼吸を落ち着ける。……落ち着け。俺の、ここからの動きは、デュースに伝えるべき言葉は、とても大事なんだ。いつものように冷静に、策を講じるように、伝え方を、頭を回して考えろ。
 そう自分に言い聞かせてからカードキーを通して玄関を開け、家の中へ入る。
 するといつもと同じように、リビングのソファにちょんと座る人影があった。
「デュース。待っていてくれたんだな、良かった」
「さすがに分かりますよ。僕、返事もちゃんとしていきました!」
「ああ、そうだったな。ありがとう」
 ひとまず、デュースの座るソファの隣に座る。するとデュースは少し戸惑ったような顔をした。
「制服のまま来たんですね」
「ああ。……着替え損ねていたな。まあ、同じ建物だし、どうにでもなる。後でどうにかする」
 それよりも、と俺は一番気になる本題へと入った。
「……怪我、しているのか? その。もし、お前が良ければ、でいいんだが。……どれくらいの怪我なのか、正直に教えてくれないか」
 するとデュースは、少し困ったように眉を寄せた。ああ、やはり、な。
 ……このお巡りさんは、傷を隠すタイプだ。心配かけないように、困らせないように、と。でも、それではいけない。だから。
 俺はデュースの傷を押さないようにと手首を優しく取り、その手のひらに頬をすり寄せた。
「どうか……隠さないで、ほしい。俺は、止めたりしないから」
 デュースはそれでも、どうしようかと迷った顔をする。だが、今日はひとまず傷をこれ以上隠さないことに決めてくれたようで、長袖のシャツをそっと捲り、腕を見せた。そこには、包帯がぐるぐると巻かれていた。
「今日、ナイフを持った犯人を取り押さえることになって……。で、その。揉み合っているうちに、ざくっとやられて」
 犯人は無事捕まったし、致命傷ってわけじゃないし、僕としては大した怪我じゃないんですけど、とデュースは言う。俺は、少しだけ、涙が出そうになった。一筋ほどの涙が。
 だが、そんなものを流せば、デュースはきっとまた「俺が心配するから」と、傷を隠すようになってしまうだろう。だから、堪えた。何故なら、このお巡りさんは、俺の誇りだから。そもそもまず最初、お巡りさんの仕事を一生懸命に頑張る彼の姿に、俺は、惚れたのだから。だから、俺には、彼を止めることはできない。したくても、出来ないんだ。そんな彼を、尊敬し、誇りに思っているから。
「……触れても、いいか? 痛くはしない」
「どうぞ」
 デュースの腕に巻かれた包帯を、じっと見る。そして、俺はその包帯から少し先の手の甲に、そっとくちづけた。
「……止めないから、デュース」
「え?」
「俺は、お前の誇りを、止めたりしないから。だから、どうか……隠さずに、見せてくれ。そして、ただ早く治れと祈るくらいは……させてくれ。恋人、なのだから。……それくらいは、許してくれると嬉しい」
 そう告げると、デュースは安堵したように息を吐いて、少しだけ目を潤ませた。
「……へへ。ちょっと、安心しました。すごく怒られるかなとか、心配させちまうかなって。もしかしたら、泣かせちまったりするかもなって、ちょっとだけ思って、心配だったんです。でも、シルバーさんはこういう僕を受け入れてくれるんですね」
 こういうやり方しかできないんです、僕は。でも、そんな僕を受け入れてくれて、嬉しいですとデュースは笑った。
 ……ああ、良かった。この想いは、無事デュースに届いたようだな。
「まったく。……心配はしているからな?」
 冗談交じりに、人差し指でデュースの額を小突く。はい、すいませんとデュースは嬉しそうに笑った。
 ……良かった。これでデュースは、もう俺の前で、傷を隠さないようにしてくれるだろう。
「ひとまず、着替えてくる。お前も、自由に過ごしていてくれ」
「はい」
 慌てて飛び出してきたバーテンダーの制服から、私服の姿に切り替える。……勢いで飛び出してきたものの、制服のままで良かったのかもしれないな。この服を着ていると、背筋が伸びる。だから、……デュースの前でも精一杯の恰好をつけられた、のかもしれない。

 リビングに戻ると、デュースは相変わらずちょんと座っていた。だが、今度は緊張した心地ではなく、リラックスした心地で背もたれに背中を預けているようだった。
「デュース」
「あ、シルバーさん。着替え終わったんですね」
「ああ」
 再びデュースの隣に座ると、デュースは、肩に頭を乗せてきた。珍しいな、自分からこんな風に甘えてくるなんて。
「どうしたんだ? 今日は、甘えたみたいだな」
「……へへ。今日帰れたら、シルバーさんとこうしたいなって思ってたんです」
 犯人捕まえてたり、危ないことがあるときもあるんですけど。そういうときに、思うんです、とデュースは言った。
「僕には、待ってる人がいる。帰る場所がある。だから、負けてらんねえんだよ、って」
 そう思うと歯がいい感じに食い縛れて、なんかいい感じに勝てる感じがするんです、とデュースは笑う。
 ……そうか。そうだったのか。俺は、お前の帰る場所に。意地でも戻りたい場所に、なれていたのか。
「そうか、嬉しい」
 デュースの肩をぐいと引き寄せて、頭を撫でる。すると今日は、デュースの方からキスをしてくれた。
「おや、今夜はずいぶんと積極的だな?」
「へへ……今夜は寝かしませんよ、なんて! ……ちょ、ちょっと言ってみたかっただけなので、あまり本気にしないでください……」
「駄目だ。もう言ったからな、取り返しはつかないぞ」
「えっ、そんな!?」
「せいぜい俺を寝かさないよう、頑張ってもらおうか」
「う、うう……!! が、頑張ります!!」
 そんな茶化し合いをしつつ、俺たちの夜は更けていく。今日飲み込んだ痛みは、苦いものだった。
 それこそ、初めて酒の雫を口にした日のように。それでも、飲み込むべき苦みだった。
 その苦みを、コクだと思える日まで。味わいを、深みを、酸いも甘いも嚙み分けて分かることができる、その日が来るまで。
 俺はいくらでも、そんな苦みを飲み込み続けよう。
 それがこのお巡りさんを、誇りを持って笑顔にし続けていられる、唯一の方法、手段なのだから。
「シルバーさん、大好きですっ」
「……俺も。大好き、なんて言葉じゃ言い足りないくらい、お前のことが、好きだ。愛している」
 そうしてデュースから頬にひとつキスをもらい、俺は頬と唇に、ふたつのキスを返すのだった。
 
*おしまい

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