*未成年の喫煙および喫煙未遂描写があります。肯定的には描いていません。
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俺には、好きな子がいた。一学年下の、デュース・スペードだ。
俺は彼のことを、真面目な優等生だと思っていて。ひたむきで努力家な彼のことを、好きになった。
それで、デュースに対して、愛の告白をした。
俺は、前々からお前のことが好きだった、と。この猛る想いをとうとう隠しておけなくなったから、受け入れてほしい、と。
そうしたら、デュースは言うんだ。
「ごめんなさい。僕は、シルバー先輩と釣り合えるようなやつじゃ、ないんです。僕、本当は真面目な優等生なんかじゃなくて、昔、たくさんの悪さをしてて……」
そうして、デュースは不良だったという己の過去を俺に白状し、だから、俺の想いには答えられないと言って、謝った。
俺は、分かった、と頷いて、その場を一度は立ち去った。だけど。
……それでも、俺は。本心では、ちっとも納得がいっていなくて。
俺のことが好きでないというのなら、それでいい。他に好きな人があるというのなら、それもいい。
だけど。俺と釣り合わないから、釣り合うような人間じゃないから、付き合えない、恋人にはなれない、というのは。
……だったら。俺が、釣り合えるような人間になれれば、いいんじゃないのか。
デュースの苦悩も、過去の過ちも、分かち合えるような人間に、なれたらいいんじゃないのだろうか。
そう、思って。俺は。不良というものは、どういうことをする人間なのかを、調べ始めた。
セベクに聞いたら、くだらないことをする人種だと言っていた。許可のない壁にスプレーなどでラクガキをしたり、未成年の癖にタバコや酒をやったり、何かと人に迷惑をかけては喜ぶような、見下げ果てた奴らのことだ、と。
俺は、そう言われて、少し悲しくなるような気がした。デュース自身も、過去の自分のことをそのように考えているのだろうか、と。
ひとまず俺は、ありがとう、とセベクに礼を言って。それで。
……俺自身も、そうした彼らのことを、理解したい、と。過去のデュースが、どのような気持ちでいたのか、知りたい、と。
そんな想いから。俺は、サムさんに、『お使いだ』と、嘘をついて。タバコの箱をひとつ、売ってもらった。
サムさんは、ふうん? と意味深そうに俺のことを見つめて、それから、『もし不良品や手違いだったなら、返品いつでも受け付けてるよ』と言った。
俺は、分かりました、と言って。購買部を出てすぐに、ポケットの中にタバコの箱を忍ばせた。
それだけで、俺は、何か、とても悪いことをしているような気がした。
親父殿やマレウス様、セベク、同級生、ルームメイト、いつも俺の世話をしてくれている、たくさんの人の顔が浮かんで。
それで、この行為は、そんな人たちを悲しませるだろうこと。信頼を、裏切ってしまうだろうこと。
そういうことが、重くずしりと背中にのしかかってきて。……とても、苦しいことなんだな、と思った。
ドクドク、バクバク、と。高鳴る心臓が、俺にやめろと囃し立てているのが分かる。
それでも。それでも俺は、どうしても。デュースのことが、知りたかった。分かりたかった。だから。
人気のない、校舎裏へと向かい。そこで。タバコの箱を取り出して。……じっと、見つめていた。
そして、ふう、と息を吐き。意を決して、その封を切り。一本、取り出して。
火の魔法で、火を点けてみようとすると。手が、とても震えた。
……勇気が、出ない。あとは火を点けて、吸ってみるだけで、非行ということは出来るの、だろうに。
なのに。どうしても、俺がそれを出来ないままで、じっと見つめていると。
「何っ、してるんですか……!!」
「……デュース」
デュースが、どこからか駆け寄ってきて。俺の手にあるタバコを、奪い取って、くしゃりと。
潰すように、握り締めた。
*
――シルバー先輩に、告白された。
本音では、めちゃくちゃ嬉しかった。あんなに素敵な人が、渋くて格好いい人が、僕のことが好きだって言ってくれるのが。
だけど。僕の中に残る、どろどろとした本音、金髪だった頃の僕が、泥人形みたいに僕の心に絡みついてきて。
それで、言うんだ。
『ウソつき』
って。
だから、僕は。それに、耐えきれなくて。シルバー先輩を、騙したような真似をしたまま、付き合う罪悪感に、耐えきれなくて。
本当の僕はもっとめちゃくちゃ汚くてどうしようもない奴なんだってことをシルバー先輩に伝えて。それで、振った。
……振ってしまった。
これで、良かったんだ。これで良かった、はず、なのに。
僕は、ずっと。どこか、心の中に、胸の内に、引っかかるものがあるような気がして。
……本当に、これで良かったのか、って。ずっとずっと、悩んで、考えて、落ちこんでいた。
それで、シルバー先輩のことが、つい気になって。僕は、シルバー先輩のことをつい目で追ってしまっていたのだけれど。
なんだか、シルバー先輩の様子がおかしいようなことに気付いた。
いつも肩で風を切って歩くように、堂々としている先輩なはずなのに、どうして今日はあんなにこそこそしているんだろう、って。
なんだか落ち込んだ顔をしている気がしたのは、僕が振っちまったせいなのか、って思っていたけど。
でもどこか、なんだか、悪いことを隠すようにコソコソしているな、って思って。
それで。僕は、シルバー先輩のことが、心配でたまらなくなって。こっそり、先輩のことを追いかけた。
そしたら。校舎裏なんかで、タバコの箱を取り出して、それに火を点けてるもんだから。
僕はつい飛び出して行って。シルバー先輩の手から、タバコの箱を取り上げて、潰して。叫んじまったんだ。
「何っ、してるんですか……!!」って。
シルバー先輩は。何か、どこか安心したようにほっとした顔で。
「デュース」って、僕の名前を呼んだ。
*
「何故、ここに」
俺がデュースに尋ねると、デュースは、そんなことどうだっていい、と言った。
「それより今、何、しようとしてたんですかっ!! これって、僕がアンタのこと、振ったからなんですか!? だからヤケになって、こんなこと……!?」
俺は、タバコの箱を握りつぶしながら、涙ながらに訴えかけるデュースに、俺なりの考えを答える。
「それは……ええと。その。悪いことだとは、分かっていた。だが、」
「なんですかっ!?」
「……お前のことが、理解、したかったんだ。過去のお前の、傷や痛みを、ちゃんと、向き合って、知ることで。お前と、釣り合えるような人間に、なりたかった……」
それでも、最後の一歩の勇気が出なくて。タバコに火を点けられず見つめていたら、お前が来た、と言うと。
デュースは、出なくていいですそんな勇気、と言った。
そうして。俺の身体を、ぎゅっと抱きしめた。
「シルバー先輩っ、先輩が僕のせいで、悪さしちまうくらいなら、僕、素直に先輩のこと、好きだって言いますから……!! だから、もう、昔の僕みたいなこと、しようとしないでください……っ!!」
憧れの先輩が、昔の僕みたいになっちまうの、絶対に嫌です、と俺の身体をぎゅうと抱きしめるデュースに。
俺は。
「……わ、かった。もう、しない。というか、できない、と思う。……俺には、向いていないのが、分かった……」
と、頷くと。それでいいんです、と言った。
それから。俺は、デュースと共に購買部へ向かい、サムさんに、嘘をついてしまいすまない、と事情を説明する。タバコは潰れてしまったから、返品はできないが、虚偽の報告をしてしまったから、と言えば。分かっているよ小鬼ちゃん、とサムさんは笑った。
「キミが悪いことできるワケないって分かってたからね! あの箱は、ぜひともそうして潰れてもらうために渡したのさ!」
気にしなくていいよ、それよりタバコのゴミ処理にも困ってるんじゃない? 捨てといてあげるよ、出してごらん、と、言われて。俺は、さすがは、ナイトレイブンカレッジの購買スタッフだ、と思ったものだ。
それで。改めて、落ち着ける場所でデュースと話し合おうと、俺の部屋にデュースを連れていき。
そこで改めて、俺とデュースは話し合った。
「デュース。今回、悪いことをしてみようとして、分かった。嘘をついて、タバコを買って、持ち歩くだけでも、まるで時限爆弾を懐に入れているかのような、背徳感と、良くないという気持ちと、俺を守り、育ててくれたみんなの顔や、信頼してくれる先生方、友人たちが浮かんだ。それで、どうしても、タバコに火が点けられなくて。悪いことをするというのは、ある種、とても勇気がいることなんだということが、分かった」
それでも、そんなプレッシャーを乗り越えてしまうくらい辛いことや忸怩たる思いが、お前にはあったんだな、と俺が言うと。
デュースは、ええっと、と困った顔をした。
「……確かに、最初の最初、完全な始まりは、そういう気持ちもあったかもしれないんですけど! ……一回やっちまうと、一回も二回も同じだ、って気持ちになって。どんどん悪い方に転がり落ちちまうんですよ……」
だから、一回もやらない方がいいし、偉いんです、とデュースは言う。そういうものなのか、と俺が言うと。
シルバー先輩、ほんとうに悪いこと向いてないんで、もうしないでくださいね、とデュースは苦笑いをした。
「もう、しない。悪事というのが、いざやろうとしてみると、あんなに恐ろしい気持ちになることだとは、思わなかった。俺には向いていないことなのだと思って、縁なく生きていくことにする」
「是非そうしてください」
そうして、一応の話には決着をつけ。改めて、俺は、デュースに尋ねる。
「ところで。……さっき、『素直に俺のことを好きだと言う』などと、聞こえた気がしたのだが」
「うっ、あっ、それは……!!」
「お前も、本当は。俺のことを好きでいてくれた、という認識でかまわない、ということだろうか」
「そ、それは、そう、なんですけど……っ!!」
「……けど? 何が不安で、不満なんだ? 教えてほしい、デュース」
そうすると。デュースは、ちょこんと背をちぢこめ、小さくなって、言った。
「……僕、は。悪いことを、してた。さっきのシルバー先輩よりも、もっと悪くて酷くて、たくさんの人に迷惑をかけちまって。母さんすら泣かせちまうようなことを、たくさん。だから……」
そんな馬鹿だった僕が、本当に、シルバー先輩に釣り合うような人間になれると思えなくって、今は心入れ替えて、優等生になろうって頑張ってもいるけど、でも、全然ちっともそれもうまく行ってないし、と。
落ちこんで顔を下げてしまうデュースのことを。俺は、そっと肩を抱き、抱きしめた。
「先輩……?」
「……その。うまく、言えないが。俺は、あのとき。もし、あのタバコに火を点けることができて、それをひとくちでも、口に入れてしまったなら、とても、後悔をするのだろうな、と思った。お前は、それをしてしまった、ということなのだろう」
だから、ええと、と俺は下手な口を、下手なりに紡いでいく。
「それはとても、怖いことで。大切な人たちを悲しませてしまったというのも、……深い、心の傷になったろう。だから……」
そこから立ち直り、己の間違いや悪事に向き合い。今、ちゃんとやり直そうとしているお前は、正しいし、応援したい。
だけど、それはとても辛い道だと、思う。だから、ひとりでは、悲しくなって、落ちこんでしまうこともあるだろう。
そういうときに、お前のことを、支えたい。また、間違いそうになったとき、正しい道に、引っ張り直してやりたい。
今日、お前が俺にそうしてくれたように、と。
そこまで言葉にすると。デュースは、いいんですか、と。泣きそうに潤んだ目で、俺のことを見つめてきて。
「……かまわない、と、いうか。むしろ、俺の我侭だ。お前が、ちゃんと、やり直して。優等生になれると、信じているから、こそ。それを、一番近くで……最も近い、隣で。見ていたい、支えたい、応援したい、という、俺の……我侭、なのだと思う」
改めて告げる。どうか、この俺の想いを、受けてくれないか、とデュースに言えば。
デュースは、涙の滲んだ目元を手の甲でぐいと拭って。そして、俺の身体に抱き着いた。
「仕方ないですね……っ、先輩、僕がいないと、悪さとかしようとしちまうみたいだし!」
「ああ。そうだな……、俺も、お前がいないと、駄目みたいだな」
「……分かりました。じゃあ、約束です。僕は、先輩のこと、これからちゃんと、素直に好きだって、言うから。恋人として、ちゃんと、先輩と釣り合えるように、毎日頑張るから。だから……」
先輩も悪いことしようとしたり、しないで。僕のこと、応援しててくださいね。
そう言って小指を出すデュースに、俺は小指を絡め返して。約束だ、とゆびきりげんまんをする。
こうして俺は、多少、紆余曲折はあったものの。
今日もひたむきに優等生を目指して頑張る、真面目で一途な恋人を手に入れたのだった。
「そういえば。タバコのことを調べているときに、口淋しくて吸う人もいる、と聞いた。お前は、吸ったことがあるか? そのときは、口淋しかったのか?」
「えっ!? えーっと、先輩とかに渡されて、吸わされたことはあったけど……、咽せちまって、全然吸えませんでした。今思えば、それで良かったとは思うんですけど」
「そうか。それは何よりだ。だが、少し残念な気もする。……もし、お前が口淋しかったのなら、俺がくちづけてやれば、それが代わりになるかと思ったから」
「どういう発想ですか……」
デュースは何故か、ほんと目を離すと、離さなくても何言いだして何するか分からない人だな、と俺のことを呆れた目で見ていて。
俺はそんな伏しがちの目さえ、愛おしいな、と思っているのだった。
*おしまい
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