願わくば、きみだけの

 それは、ある日の昼下がりのこと。食堂に集まっていた一年生たちの、何気ない会話を耳にした。
「女の子ってさ、王子様みたいな人が好き~って言う子いるじゃん。でもさ、実際居たら嫌じゃね? 態度とかキザすぎ、女ウケ意識しすぎってカンジでさ。実際男の側からしたらやるのも見るのもちょっと恥ずいよね」
「分からなくもないけど、でも、本人が楽しくてしてるならいいんじゃない……かな?」
 エースとエペルの会話に、デュースが口を挟む。
「僕は、エペルに賛成だな。『王子様』ってつまり、その女の子が考える理想の男の姿、ってワケだろ。もし、好きな子が王子様を望んでるのなら、恥ずかしくても、その理想をやってやれる人は格好いいと思う」
「へー、そんなもんかね? もしお前が女の子だったらやっぱり王子様やってほしいカンジ?」
「どうだろうな。まあ、好きな人が自分のために頑張ってくれるなら嬉しいんじゃないか? それより、今度の課題……」
 どうやら一年生たちの話題として、それはただの雑談だったようで、すぐに他のことに逸れてしまった。
 それでも、俺は気になった。デュースは、『王子様のような男』の生き様を肯定している、ということが。
 何故なら俺は、今、デュースに懸想をしていたから。
 そのデュースが『王子様のような男』の生き様を肯定しているのなら、そのようになりたい。
 俺は、すぐに思い立って、主君の下へと向かった。王子様のことを聞くのなら、実際の王子様に尋ねるのが一番だ。
「マレウス様。失礼ながら、お尋ねしたいことがあります」
「許す。言ってみろ」
「ありがとうございます。……『王子様のような男』には、どのようにしてなればいいのでしょうか?」
「……」
 マレウス様は、何故か目を丸くした。

 結論。マレウス様からは、あまり色好い返事はいただけなかった。
 マレウス様曰く、『お前は忘れているのかもしれないが、お前自身、亡国とはいえ王子の身だったろう。お前が思うままに振る舞えば、それが王子の振る舞いになるのではないか?』と。
 俺はマレウス様のように王子教育を受けてきたわけではなく、日々鍛錬に勤しんでいたとはいえ一般庶民の身分として暮らしてきたのだから、そのような振る舞いが身についているとも思えないが。
 図書室から借りてきた文献を読みつつ、『王子様』という振る舞いに悩んでいると、いつの間にか眠りに落ちてしまっていたようで、夢の中で俺の意識は覚醒する。
 眠りに落ちる際、無意識にユニーク魔法を使ってしまったのか、ここは自分ではない誰かの夢の中だと感じた。
 ここは、どこかの教室……だろうか? 一年生の教室に見える。
 中に入ると、一人の男子生徒が机に向かって突っ伏すように勉強していた。群青色の短髪のまわりに、白く光る鳥が見える。……デュースだ。この夢の主は彼だったかと、俺はそこへ歩み寄る。
「デュース、勉強しているのか?」
「シルバー先輩?」
 顔を上げたデュースは、困ったように眉根を寄せている。何か、分からないことでもあるのだろうか。
「困っているのか? なら、力になろう。どこが分からないんだ?」
「えっと、実はここなんですけど……」
 デュースが困っていたのは、一年生の範囲で習う基礎的な問題だった。これなら俺でも問題なく答えられるだろう。
「なるほど。調合のレシピか。選択肢Aが違う理由は分かるか?」
「わかんないです……」
「Aのレシピには、70℃まで熱すると爆発する素材が含まれている。それがどれか分かれば、選択肢から外せる」
「そういえばクルーウェル先生がそんなこと言ってた、ような……」
 そうして、俺はしばらくデュースの宿題に付き合って過ごした。
「ありがとうございます、シルバー先輩! 助かりました」
「俺が力になれたのなら、嬉しい」
 一通り問題を解き終わったあと、デュースは嬉しそうに笑顔を向けてくれる。夢の中とはいえど、力になれたのなら嬉しい。
「なんか、すげー嬉しいです。シルバー先輩が教えてくれたから、かな」
 照れくさそうに頬を掻くデュースに、俺は手を伸ばした。
「デュース」
「へ?」
 そっと頬に手を添え、上向かせる。じっと見つめる孔雀色の瞳に俺が映り、きらきらと光って揺れるのが見えた。
「……今度は、夢の外で会おう」
「先輩……?」
 どこかで、俺を呼ぶ声がする。もう目覚めの時間が近づいていると、その声が教えていた。

 次にデュースに出会ったのは、学園裏にある森の、池のほとりでのことだった。
 どこからか聞き覚えのある歌声が聞こえてきたから、それにつられて森に足を踏み入れた。
 すると、そこで歌いながら踊っているデュースを目にした。あれは、デュースがいつか練習していた舞だろうか。
 なぜ、こんなところで一人で踊っているのだろうか? そんな疑問も忘れて見惚れていると、デュースの足が縺れたのが分かった。
 急いで庇いに走ったが、間に合わず、俺もデュースも湖水の中に落ちることになってしまった。
「シ、シルバー先輩!? すいません! 巻き込んじまって……!!」
「……いや、大丈夫だ。それより、ケガはないか?」
「僕は大丈夫です! 先輩は……」
「問題ない」
 俺はデュースより先に立ち上がり、池の上へと上がる。
「ほら、お前も上がれ」
 手を差し伸べると、デュースはその手をおずおずと取り、彼もまた池の上へと上がった。
「あ……」
「ん? ああ、靴か。よし、そこに座っていろ」
 どうやら転んだ拍子に、デュースの靴が脱げてしまったらしい。湖水にぷかぷかと浮かんでいるそれを、掴む。
 軽く靴の水を絞って、その辺りの岩に腰かけさせたデュースの足元へと靴を運ぶ。
「じ、自分で履けますって!」
「じっとしていろ」
「……は、はい……」
 靴を履かせてやると、デュースはこちらをじっと見つめてきた。どうしたのだろうか?
「あの、シルバー先輩。その……」
「ん、どうした?」
「最近、僕の夢に入ったり、しましたか?」
 俺はこれに、なんと答えるべきか、と思った。デュースが俺を、どう思っているか知りたい。
 だから、少しはぐらかしてみることにした。
「どう思う?」
「えっ……えっと、分かんない、です……」
「お前の夢に、俺が出てきたのか?」
「ハイ……。勉強を教わった気がします」
「そうか。きっと、その俺も楽しかったろうな」
 風邪を引く前に、着替えに戻ろう。そう言って、デュースに手を差し伸べると、デュースは、少し照れくさそうな顔をして、俺の手を取り立ち上がった。
「シルバー先輩って、時々、キザですよね。……なんか、王子様みたいなカンジ、っていうか」
 俺はその言葉に驚いた。なるほど、これが『王子様』の振る舞い、ということか。
「……そう思われたくてやっているからな、お前には」
「え? 今、なんて――」
「さあ、なんだろうな? 行こうか、デュース」
 そうして俺たちは鏡舎まで戻り、それぞれ着替えを行った。

 その次にデュースに出会ったのは、放課後のことだった。
 陸上部の部活に勤しんでいるデュースの姿を見ていたが、時折寒そうにくしゃみをしているのが気になった。
 部活の合間を見て、デュースに声をかけに行く。
「デュース、風邪でも引いたのか?」
「シルバー先輩。そうかもしれません……。なんか、くしゃみと寒気が止まんなくて」
 そう言っている間にも、デュースはくしゃみをしている。
「無理をするな。ただでさえ、陸上部のクラブウェアは薄着なんだ。体調が悪いのに、身体を冷やすのは良くない。これを着ていろ」
 更衣室から持ってきた自身の制服の上着をデュースの背に被せる。
「そんな、借りられませんよ!」
「俺が、心配なんだ。着ていてほしい。……お願いだ」
 じっとデュースの目を見つめると、デュースは、分かりました、と頷いてくれた。
 デュースが、これ以上のひどい風邪を引かなければいいのだが。
 しかし、目標は達成できなかったな……。だが、体調不良とあっては致し方あるまい。
 まあ、『王子様』としての振る舞いは、また今度、デュースが元気なときでいいだろう。

 次の機会には、デュースの方から声をかけてくれた。昼休みの廊下でのことだった。
「シルバー先輩、この間はジャケットありがとうございました! 綺麗に洗ったので、お返しします!!」
「そこまで気にすることはなかったが……ありがとう」
「ダメですよ! 先輩から借りたものなんだから、ちゃんとクリーニングして返さないと!」
「律儀だな。……そういえば、もう体調はいいのか?」
「はい、もうバッチリです!」
「なら、礼代わりに少し付き合ってもらおう。いいだろうか?」
「もちろん!」
 そうして俺は、自分の箒を持ち出し、デュースを連れて空を飛ぼうとしていた。
 少しだけ、デュースを空の旅に連れていきたくなったのだ。
「そ、空を飛ぶんですか? 僕、あまり飛行術得意じゃなくて……」
「大丈夫だ。何かあっても、俺がついている」
「でも……」
 不安そうなデュースの姿に、俺は少し考える。デュースとこのよく晴れた青空を散歩したい、と思ったのだが。
 ……ああ、そうだ。ここは、友人の言葉を借りてみることにしようか。
「大丈夫だ、デュース。俺を信じろ」
「……は、はい! 分かりました!!」
 そうして二人、空を飛ぶ。デュースは始め、危なっかしくついてきたが、姿勢を保つコツを教えると、そのうち少しは安定するようになった。
「見てみろ、デュース」
「え? ……わあ!」
 校舎にかかるように、うっすらと虹がかかっている。これは昼下がりのこの時間、たまにしか見られない景色だ。
 これは以前、カリムと魔法の絨毯で散歩をしていて見つけたものだ。
「お前にこの景色を見せたくて。空の旅にしたんだ」
「そ、そうだったんですか?」
「ああ。それでは、冷えないうちに戻ろうか」
 デュースを連れて、また校舎へと戻る。着地が不安だというから、手を貸した。
「飛行術は苦手だと言っていたが、なかなか上手いじゃないか」
「今日は調子が良かっただけです! 先輩に迷惑かけちまうわけにもいかないから、集中して飛ぼうって思ってたし……」
「ふっ、そうか。良い練習になったようで、良かった」
 俺が踵を返そうとすると、デュースが意を決したように何か、口を開いた。
「あのっ、先輩!」
「ん、どうした?」
「……先輩って、その……や、ええと、なんでもない、です……」
「……なんでもない、のか?」
「は、はい。また今度聞きます!!」
「そうか、分かった」
 別れ際、デュースの様子が妙だったのは気になったが、それ以上深くは追及しないことにした。

 そんな日々を過ごしていた、ある日。麓の街で祝祭が開かれるのだという。
 俺はこれを好機と思い、その日は休日を頂いて、祝祭に参加してきてもいいですかと主君と親父殿に尋ねた。
 俺の想いを知る二人はこれを快諾してくれ、暇を貰うのはいいが、肝心のお相手に振られるなよとお笑いになった。
 それもそうだと納得した俺は、早速、デュースに会いに行き、約束を取り付けた。
「デュース。俺と、祝祭に参加してくれないか?」
「いいですよ! 他の人もいるんですか?」
「いや……俺と、二人で、だ。かまわない、だろうか?」
 そう尋ねると、デュースは少しだけ緊張した面持ちになって、いいですよ、と答えた。
「ありがとう。では、また祝祭の日、迎えに行く。待っていてくれ」
「は、はい!」
 そうして、とうとう祝祭の当日が訪れた。
 朝から身支度をして、デュースの元へ訪れる。祝祭に参加する相応しい服装がよく分からなかったから、以前、花の街で頂いた服装を選んだ。あの街で起こったことをこそ思えば、少し縁起の悪い服ではあるが、衣服にも、それを用意してくれたノーブルベルカレッジの生徒たちにも罪はないからだ。
 デュースを迎えに行くと、先輩気合入ってますね、とデュースは笑い、それなら僕も合わせます、と同じ花の街で得た服を引っ張りだしてきてくれた。
「では、行こうか」
「はいっ!」
 そうして俺たちは、祝祭を一通り楽しむ。屋台の食べ物や、出店の娯楽をいろいろとこなしてみる。
「綺麗ですね、この飴」
「そうだな」
「きらきら光って、シルバー先輩の目みたいです」
「……俺には、お前の目のように見えるが」
「僕の目には似てませんよっ」
 そうして、楽しい時間を過ごしているうちに、夕方になった。
 夜、祭りの最後には、皆で踊って解散、となるらしい。しかし、ふと目を離した隙に、
「デュース?」
 デュースの姿は、どこにもいなくなっていた。そして、デュースのいた場所に残されていたのは、食べかけの飴。
 これはただ事ではないと、俺は捜索を始めた。

 たった今消えたばかりなのだから、そう遠くへは行っていないだろうと当たりを付け、祭の運営にこの辺りであまり使われない倉庫や人気のない空き家の場所などを尋ねる。一件一件尋ねて回り、そして、8番目の空き家にデュースはいた。
 援軍を呼んでから突入しようかと思ったが、その矢先。
「生意気なガキだな! ちょっと痛い目見ないと分からないらしいぜ!!」
 デュースが傷つけられようとしているのを見て、咄嗟に飛び出してしまった。
「俺の大切な人に、何をしている!!」
 四対一。状況は悪いが、切り抜けられない程ではない。男たちの攻撃をいなし、縛られていたデュースの縄を切った。
「デュース、大丈夫か?」
「僕は大丈夫です! 先輩こそ……」
 そのとき、大声が聞こえた。どうやら俺と一緒に人探しをしてくれていた集団が、ここを見つけたようだ。
「お前ら何してんだ!!」
「めでたい祭の日に、野暮なことしてんなよ!!」
 ここは彼らに任せて良さそうだと、俺はデュースに手を差し伸べる。
「立てるか?」
「はい」
 デュースは俺の手をしっかりと握り、立ち上がってみせた。

 それから俺たちは、街角で少し休憩をする。
「大変な目に遭ったな」
「そうですね」
「どうする? 今日はもう、学園に帰ってもかまわないが……」
「まさか! せっかくだから、最後まで参加していきたいです。それに……」
「それに?」
「……お祭りの最後に、言いたいこともあるんで。言おうって決めてたことが」
「それは……」
「あとでのお楽しみ、です! ね、いいでしょ?」
「分かった。まったく、仕方ないな」
「やった! ありがとうございますっ!!」
 もう、日が沈みかけている。祭の終わりは、もうすぐだ。

 祭の最後に、広場へ集まる。各所で、チリン、チリンと鐘が鳴る。今日この日までの繁栄を、先祖たちに感謝を込めて鳴らす鐘なのだそうだ。
「僕らも鳴らしましょう」
「ああ」
 祭の運営者たちが配っている小さな鈴を受け取り、それぞれ鳴らす。
 リン、リンと鳴る小さな鈴の音とあちこちで焚かれた火の灯かりが、心を穏やかにさせた。
「最後、踊るみたいです! 行きましょう、先輩」
「ああ。だが、その前に――」
 パチンと指を鳴らし、あの祭りに参加するのなら、と、マレウス様に利用許可を貰っていた衣装に着替える。
「その服って……」
「ああ。俺が人生で最も幸せだったとき、主君より賜った大切な衣服だ。普段、服にこだわりはないが、これだけは大切にしている」
「じゃ、じゃあなんで今それを――」
「……その答え合わせも、最後にしよう。今は踊ろうじゃないか。デュース、俺と、踊ってくれるのか?」
「……ハイッ!!」
 デュースは、俺と合わせてステップを踏み始めてくれる。
 月夜の灯かりと、あちこちに焚かれた篝火のオレンジが交わり、金と橙の淡い光が群青の闇夜を染めた。
「デュース」
「はい」
 デュースの手を取り、踊っている最中に、デュースの耳にささやく。
「お前のことが、好きだ。誰よりも。お前のためなら、俺は、どんなことでもしたい」
「……」
「返事は、この後か?」
 デュースはニッと悪戯っ子のように笑う。
「いえ。そうじゃないかと思ってました!」
「ふっ、そうか」
 俺たちは、もう互いの答えが分かっているような気がした。
 音楽が止まり、楽しいダンスの時間も終わりになる。
「お相手いただき、光栄だ」
「こちらこそ!」
 終わりの挨拶をして、それから俺は、尋ねる。
「答え合わせをしようか、デュース。お前の言いたかったこととは、なんだ?」
「シルバー先輩こそ、どうして今日はその服を選んでくれたんですか?」
「……そうだな。せーので言おうか」
「はい、それじゃ、せーの……」
「「お前(アンタ)のことが、好きだからだ」」
 重なったセリフに、俺たちの口からはつい笑いがこぼれる。こそばゆく嬉しい感情を、互いに持ち合わせていた。
 帰り道、手を繋ぎながら、夜道を帰る。もう、夢にまで見た恋人同士だ。その道中で、俺はデュースに今までのことを白状した。
「以前、お前が『王子様のような男』は格好いいと言っていたから、そのような男を目指して振る舞うこともあった」
 するとデュースは言う。
「……シルバー先輩は覚えてないかもしれないけど、前、シルバー先輩、僕が同級生に悪口言われたとき、怒ってくれたじゃないですか。『アイツはそんな奴じゃないだろう、お前たちはアイツの傍にいるのにそんなことも分からないのか』って。あのときからずっと、特別なことなんかしなくても、シルバー先輩は僕の王子様、ですよ」
「……そうか。そう、だったのか」
 なんだかとても遠回りをしたようでいて、それは俺たちにとって必要な時間だった気もする。
 いつかの流星を見た空のように、星が瞬く夜空と銀色に輝く月が、今はただ俺たちのことを見守ってくれているのを感じた。

*おしまい

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