ニアリーシック

*ヤンデレのシルバー先輩を目指しましたが、ヤンデレ要素は薄いです。

 

 
 
 ――夏の夜。とある祭を終えたばかりの喧騒に、俺たちはいた。
「や~、食べた食べた! 楽しかったですね、お祭り。出店もいっぱいあって、賑やかでした!」
「ああ。お前が楽しめたのなら、良かった」
 夜空のような群青色の髪を夜風に揺らして、ひとつ年下の後輩、デュース・スペードが俺を振り返って笑った。月の灯かりに照らされたその髪と瞳が爛々と煌めていて、星を散りばめた朝焼けの夜空のように見えて、とても綺麗だ。
 なんて、そんな風にコイツが特別に見えているのは、俺がデュースに、特別な想いを寄せているせいなのかもしれないな。
 だが、今の俺は、向こうからも悪く思われていないのではないか、と考えている。
 ……そうでなければ。「二人きりで祭りに行きたい」などと誘って、応えてくれるもの、だろうか?
 射的の景品が取れたとはしゃぐ頭を撫でてやったとき、頬を染めてくれるもの、だろうか?
 頬に青のりがついているぞと拭ってやったとき、俺を見つめてくれたのはどうしてだ?
 それらの疑問に答えを出すため、言おうと決めた言葉がある。
 それは、告白。デュースに向けて、この祭りの夜の帰り道に、想いを告げようと決めた。
 俺は、お前が好きだと。俺にとって特別な、たった一人の子になってほしいと。
 そう、告げようと決めて、楽しそうにはしゃぐ笑い声の方へ目線を向けた、その時。
 目の前に広がったのは、眩しい光と、けたたましい音。
 眩む視界を咄嗟に庇ったその瞬間、俺の隣から大きなものが飛び出した。
 道路を走るトラックの前に、足がすくんで動けなくなった、子どもがいた。
 それを庇って飛び出したのは、デュースだった。
 道路の反対側に、二人は転げていった。塀にぶつかり、二人は止まった。子どもは無事だ。
 デュースに駆け寄り、無事かと声をかける。
「デュース、大丈夫か? ……デュース? ……デュース!!」
 返事がない。抱き起こそうと触れた手に、ぬるりとした赤く生ぬるいものがついた。『お兄ちゃん大丈夫』と震える子どもに大丈夫だと笑顔を作り、急いで救急車を呼んだ。

 ――病院にて。治療室の前には、俺と、デュースの母君だけがいて、互いに沈黙を守っていた。俺も彼女も、デュースの無事だけを祈っていた。
(デュース。……行かないでくれ。頼む、俺だけを置いて……行かないで、くれ……)
 その願いと、俺たちの祈りが通じたのかどうか。デュースは、一命を取り留めた。
 だけど。まだ、デュースの意識は戻らなかった。
「……デュースの意識が戻るまでの間、俺も世話を手伝います。女性ひとりでは、何かと不便でしょうから」
「でも……」
「俺が、そうしたいんです。傍にいたのに、助けられなかった。……伝えたいことが、あったのに……」
「……それじゃあ、お願いしてもいいかな。本当はずっとついていてあげたいけど、お仕事もしなきゃならないし。シルバーくんがいてくれるなら、心強いよ。頼っちゃってごめんね」
「いいえ。俺が言い出して、そう決めたことですから」
 こうして俺は、病室でひとり眠って過ごすデュースの世話を焼くことになった。
 あらゆる面で、出来る限り、デュースの世話を焼いた。
 デュースの身体を拭いて清潔に保ってやったり、排泄の世話をしたり。
 看護師さんの手が足らないとき、いつでも、許可されている限りで手伝いをした。
 点滴がなくなりそうだとか、シーツが汚れてきたから洗濯を、だとか。
 窓を開け閉めして、換気したり。病室に飾る花瓶の水替えも、毎日の体温測定も。
 どんな些細なことですら、世話をした。毎日、毎日。世話を、し続けた。
 目覚めないデュースを想って。
 そうして、半年。
 六か月の時が過ぎた。
「……デュース。今日はブランケットを持ってきたんだ。最近、めっきり冷え込むだろう? 昨日は体温が低かった、寒かったんだな。早く気づいてやれなくて、すまなかった」
 今日も物言わぬデュースに声をかけながら、ブランケットをそっとシーツに差し込んでやる。
 ……今日も、目覚めてはくれない、か。
 親しいものが声をかければ意識が戻る可能性もあると聞いて、俺も母君も、いつもデュースに会うときにはいろいろ声をかけているが……未だデュースは、応えてくれはしないらしい。
「……これが、おとぎ話なら……真実の愛のキスで、お前は目覚めてくれるのだろうな」
 もし、俺の命を、お前に吹き込むことが出来たなら。いくらでもそんなもの、渡してやるのに。そんな魔が差した、と言えばいいのか。俺はその日、デュースの痩せた頬に手を伸ばし。音もなく、柔らかく、息を吹き込むように、くちづけた。そうして、目を開けないままのデュースを見つめて、溜め息をついた。
「……こんなもので目が覚めたら、苦労はしない、か……」
 足りないものはないかと、今やルーティンになった病室の点検を始めようとしたとき。
「……せん、ぱい……?」
「……デュース?」
 耳を疑う。デュースの目覚めを求める、求め続けた、俺の、幻聴ではないかと。
 ベッドに近寄る。デュースの目は、開いていた。半年ぶりに見た、美しい、孔雀色の目だ。
「シルバー、せんぱい……? 僕、どうして……何が……?」
「……目が、覚めたんだな。いいんだ、無理はするな。先生を呼ぼう。身体に悪いところがないか、検査してもらわなければ……」
「はい……」
 デュースはまだ寝起きのように、硬くなった身体が動かないのをもどかしそうにしていた。

 それから、目覚めたデュースは詳しい検査や母君との再会などを経て、経過観察入院も終わり、無事に退院できることとなった。と言っても、まだ弱り切った身体が元に戻っていない。はじめは車椅子での療養から、となったが。医師の話では、元通りの生活ができるようになるまで、リハビリに1~2か月は必要だろう、とのことだった。
 それでもしばらく歩くことさえできず、病室でずっと退屈そうにしていたデュースにとって、外の景色や空気に触れられるのは嬉しいことのようだ。
「シルバー先輩、僕が寝てる間、ずっとお世話してくれてたんですよね! ありがとうございます」
「礼を言うのはまだ早いぞ。リハビリがまだ終わっていない」
「ははっ、確かに。まだ世話になってますよね」
 デュースの車椅子を押しながら、俺は、わずかに。安心感と、優越感と。それから。危機感のようなものを、覚えていた。
 
 まだ、デュースは俺の手がなければ食事さえ満足に取れない。どこにでも自由に歩いていけない。俺を通して、安全なものしか摂取することしかできない。その事実が何より、俺の心に安寧を保たせた。

 しかし、デュースのリハビリは順調に進んだ。見舞いに来てくれた同級生たちとも、楽しそうに話していた。デュースが、日々、元通りになっていく。食事にも、散歩にも、デュースの一挙一動に、俺の手がいらなくなっていく。元気で快活だったあの頃の姿を、取り戻してくれる。その度に俺は、心がざわめくのを自覚していた。
「シルバー先輩、見てください! もう杖なしでも何歩か歩けるようになったんですよ!」
「ああ……」
「これなら走れるのも、もうすぐ……先輩?」
「あ、ああ、すまない。どうした?」
「……どうかしたんですか?」
「どうもしていない。お前こそ、大丈夫か?」
「今ヘンなのはシルバー先輩の方ですよ! ……本当に大丈夫ですか?」
「……すまない。お前にとって、良くないことを、考えてしまっていて……」
「良くないこと?」
「いまいち、このリハビリに、乗り気になれないんだ。お前が早く、元の元気な姿に戻ってくれればいいと思っているのも、本当の気持ち、ではあるのだが。……一方で、お前がずっと、このまま……俺の手がなくては動けないままでいてくれれば。もう二度と、あんな想いを……お前を、失わなくて済むと。そう、考えてしまうことがあって……」
「先輩……」
 デュースのことを、そっと抱きしめる。デュースは俺の頬に触れた。
「たくさん心配かけちまって、すいません。でも、大丈夫ですよ。もう同じようなミスはしませんから!」
「……ああ。そうしてくれ」
 大丈夫だと笑うデュースの顔を見る度に。俺の心は、ざわつきを抑えなかった。

 それからのこと。デュースは補助用の杖がなくともそれなりに歩けるようになったため、精密検査と問診の末、無事退院して再び学園に通える運びとなった。俺としても、学園と病院の往復は大変だったために、傍に居てくれるのはありがたい。
 ありがたい、はずなのに。ずっと傍にいられた病室と違い、ハーツラビュル寮の中にいる間は目を離さなくてはならないと思うと、やはり心がざわつくのを感じた。
 だから。デュースの退院祝いに、小さなキーホルダーを贈ることにした。おまじないをかけた、小さなヒヨコのキーホルダーだ。デュースのカバンやスマートフォンなど、いつも持ち歩くようなものにつけられるものを親父殿に相談して探した。
「いつもこれを傍に持ち歩いていてほしい。お前がもう二度と危ない目に遭わないため、まじないをかけた……お守りのようなものだから」
 デュースはこれを快く受け取ってくれて、その場で普段使いのカバンに取り付けてくれた。
 良かった。これで、デュースがどこで何をしていても、俺はデュースに差し迫った危険がないか、知ることが出来る。
 デュースに贈ったキーホルダーには、いくつかの術式をかけた。
 俺はあまり複雑な術式が得意な方ではないのだが、マレウス様に相談したところ、「お前にもそうまでしたい相手ができたか」と、共感の末、丁寧に教えてくださった。
 そこでかけたのは、まず、簡易的な居場所の察知魔法。ざっくりとどの辺りにいるのかを知ることができる魔法だ。これでデュースがどこにいても特定できる。
 次にかけたのは、治癒魔法。擦り傷などの些細な怪我の治りをわずかに早め、大きな怪我の際には込められた魔力を使用して治療に当たる。
 さらに、防御魔法もかけた。デュースが悪意ある何かに晒されそうになった時、そこから彼を遠ざけるような、嫌な予感などを知らせ、そちらへ向かわせないようにする魔法だ。とはいえ、それでも向かってしまうようなところがデュースにはある。そういう時は軽い静電気程度の雷を発生させ、警告をする。
 ひとつひとつは単純な魔法だが、これらに魔力を与え、持ち主にバレないようにおまじない程度の魔力を込めるのは少々骨が折れた。
 何度か失敗もしたが、すべてはデュースを守るための準備だと思えば、耐えられた。

 そうして、学園に戻ったデュースの傍に、俺はできるだけの時間、控えるように努めた。
 あまりデュースの時間を邪魔してはいけないから、何かあった時に駆け付けられる距離には留めているが。
 それでもたまには話しかけて様子を確かめることもあった。
「デュース、腹は減っていないか? 具合はどうだ? 喉は乾いていないか、悪いところはないか」
 だが、その度にデュースはこう答えた。
「もうすっかり大丈夫ですよ! いつもありがとうございます」
 それでも心配だった俺は、デュースに、週に一度くらいはディアソムニア寮の俺の部屋にも顔を出して、遊びに来てくれと伝えた。最初はデュースもそんなに気軽に遊びに行けませんよと遠慮していたが、俺が念を押すと、そこまで言うのなら一回くらいは、と頷いてくれた。
 一年生たち、特にセベクとエースは俺の態度に怪訝な顔を向けていたが、事故に居合わせてから、ずっと世話を焼いていたらしいから少しくらいは過保護になるか、と彼らなりの納得をしたようだ。それはそれで、かまわない。俺がデュースを守ることを妨げないでいてくれるのなら、なんでもかまわなかった。

 そうして、約束通りデュースがディアソムニア寮へと遊びに来た日には、俺は心からの喜びを感じた。ここなら、他の場所よりも安全だ。頼りになる親父殿や、マレウス様だっていらっしゃる。デュースのことを、何からでも……どんな危険からでも、守ってやれる。
 もう二度とあの日のような思いを、しなくて済むと。
「よく来てくれたな。今日は一日、ゆるりと過ごしてくれ」
「はいっ、お邪魔します!」
 と言いつつもデュースはどう過ごしていいかよく分からないようだったから、何をしてもいいぞ、勉強がしたいか、遊びたいかと尋ねた。
「それとも、食事や風呂か? なんだってあるぞ。お前が来るならと、甘いものも用意しておいた。ひとりで食べられないなら食べさせてやるし、風呂だって介助してやる。お前の好きなヒヨコのおもちゃだってあるぞ?」
「ははっ、至れり尽くせりですね。でも、その……そこまで甘えちゃうのは良くないかなって」
「今更何を。お前が入院している間、身体の世話をしていたのは俺だ。もう恥ずかしいところはないと思うぞ?」
「うっ、それはそうなんですけど! ……前に先輩が心配してましたけど、このままじゃ僕、先輩がいないとダメになっちまいそう、っていうか」
 だからちゃんと、先輩に甘やかしすぎないでくださいって約束しに来たのもあるんです今日は、とデュースは言う。
「どうして、お前の世話を焼いてはいけないんだ?」
「このままだと僕がダメな人になっちまうからです! 僕、子どもじゃないんですよ」
 自分のことくらい自分で決められます、と告げるデュースに、カチリと何かのスイッチが入るような音がした。
「……子どもだろう? 子どもだったぞ。お前は、この半年。俺がいなければ、何もできない子どもだったんだ」
「確かに、母さんの代わりに看病してくれて、それは、ありがたいと思ってますけど……!」
「……」
 俺は、揺れる心を抑えて、溜め息を吐いた。
「……いや、そうだな。お前の言うことも、最もだ。俺の我侭で、お前を縛りつけてはいけないんだ」
「先輩……、心配してくれてるってのは、分かりますから。それが嬉しいのは、嘘じゃないんで」
「ああ。だが、どうしても、お前を放っておくと、また危ない目に遭うんじゃないかと、俺の心配も消えないんだ。だから、デュース」
 俺は引き出しに入れておいた、とあるアクセサリーを取り出した。
「俺が傍にいない間は、このアンクレットをつけておくと約束してはくれないか? お前が危ない目に遭った時、お前を守ってくれる」
「綺麗ですけど、いつでもはつけられるかは……」
「……風呂や部活の時には、傍に置いておいてくれるだけでもいいんだ。俺の代わりにこいつが傍にいてお前を見守ってくれていれば、俺はお前が無事でいると、安心できる」
「そういうことなら……分かりました! じゃあ、先輩。約束ですよ。先輩は僕を甘やかしすぎない、僕はこのアンクレットを大事にする! 交換条件、約束です!」
「ああ。分かった、気を付ける」
「へへっ、交渉成立、ですね!」
 こうして、デュースの足元には銀細工のアンクレットが光るようになった。

 なんか、ヘンだ。
 僕が目覚めてから、シルバー先輩はプレゼントをくれることが多くなった。
 ヒヨコのキーホルダーに、銀細工のアンクレット。それ以外には、ちょこちょこお菓子もくれる。
 あんまり食べさせると健康に悪いし、太っちまいますよって言ったら、お前が病室にいる間、あんまりやせ細っていくものだから、つい、って言ってた。そう言われると、僕も強くは出られない。
 僕が学校に復学してからも、食事で相席すれば病室でリハビリしてた頃の癖なのか、僕にご飯を食べさせようとしてきたりもするし、部活終わりにシャワーを浴びようと話していたら、手伝おうって出てきたこともあった。断ったけど……。
 それだけ僕が長い間、シルバー先輩に心配と面倒をかけちまったってことでもあるんだよな。
 ……事故に遭ったあの日、シルバー先輩が僕に何かを言おうとしてたのが気になる。
 今は僕の面倒を見るのに一生懸命で、言う気はないみたいだけど……今度、聞いてみようか。
 そんなことを考えていた矢先。魔法解析学の授業で、セベクとエースと一緒になった。
 そうしたらエースが悪ノリして、「そういやお前、シルバー先輩になんかいろいろもらってなかった? アンクレットとか、キーホルダーとか! おまじないかけたって言ってたし、せっかくならどんなのがかかってるか試しに解析してみようぜ!」って言いだした。
 僕はそんな人の善意を覗き込むような悪趣味なことはやめろって言ったんだけど、なんでか普段ならその通りだって止めるだろうセベクまでやってみようって言いだして。
 それで結局、僕がシルバー先輩からもらったものを解析することになった。
 結果は。
 ヒヨコのキーホルダーからは、持ち主の位置を把握する魔法、怪我を治す魔法、悪意を感知し、拒絶する魔法。そして、人間ひとりくらいの大きなものを運ぶ転移魔法と、それらに込められたたくさんの魔力を隠すための魔法術式。
 アンクレットからは、持ち主の行動を遠視する魔法、怪我を治す魔法、危険を察知し、それとなく避ける魔法が、こっちも隠すための術式付きで解析された。
「いくら付き合ってるとはいえ、束縛キツいね~、シルバー先輩。お前もよく息詰まんないね?」
 エースの言葉に、僕は答えに困った。セベクは神妙な顔で、解析結果をメモしてる。
「……付き合ってない」
「は?」
「何?」
 僕の言葉を聞いた二人が、驚きの声をあげた。
「シルバー先輩とは、付き合ってない」
 セベクとエースは顔を見合わせて、冷や汗を流した。僕は、なんていうか。その場ではすぐに、何を言ったらいいか、分からなかった。
 でも、不思議と、気持ち悪さとか怖さとか、そういうのは感じていなかった。
 ただ無性に、腹が立った。

 それから僕はその後の昼休み、シルバー先輩に会いに行った。
「シルバー先輩、話があるんですけど」
「分かった。すぐに行こう」
 シルバー先輩は、すぐに応じてくれた。僕は、人気のない場所へ行こうと、学園裏の森の方へ歩いた。
「デュース、この辺りは地面がでこぼこしていて歩きにくい。まだお前も本調子ではないんだ、もっと平らな場所の方が……」
「平気ですよ! もう森くらいで転んだりしません」
「そうか」
 そろそろいいかと、僕は本題を切り出す。
「シルバー先輩、実は今日、魔法解析学の授業があったんですけど。セベクとエースに言われて、先輩にもらったアクセサリーの魔法を解析することになったんです」
「……そうか。それで、どうしたんだ?」
「いろんな魔法が出てきました。僕の居場所を特定したり、遠視したりする魔法が。……シルバー先輩が、かけたんですか?」
「……ああ」
 悪いと思っていたのか、少し目を伏せてシルバー先輩は答えた。
「さすがに、やりすぎですよ。僕のこと心配してくれてるからなんだって思ってたけど……でも、黙ってこういうことされるのは、僕だって腹が立ちます」
「……」
「結局、僕は信頼されてなかったんだなって……」
 そのとき、手首を掴まれた。ぎゅっと、強い力で。
「……お前を、信頼していないわけではない。だが……なら、何故、お前は死にかけたんだ?」
「え?」
「俺の、目の前で」
 シルバー先輩の目が、目の前にある。息がかかる。瞬きの音が、聞こえるくらいの距離だ。
「黙っていたのは、悪かった。だが……俺は、間違ったことをしているのか? 教えてくれ、デュース」
 応戦しようとした僕は、先輩の目を見て、表情を見て、何も言えなくなった。
「これが間違いなら、どうやって、俺はお前を守ればいい……っ!!」
 だってシルバー先輩が、あまりにも……辛そうな顔をしていたから。
「……この、半年。目覚めないお前に、返事の来ない問いかけをする度に、心が潰れそうになった。もう二度と目を開けてくれはしないのではないかと、何度も悪夢を見た……っ」
「先輩……」
「そんな風に、また、お前を、失ってしまうのではないかと思うと、辛いんだ……! 辛くて仕方なくなって、どうしようもなくて、間違っていると頭では分かっていても、どうしても、お前の身に危険が及んでいないか、知ろうとしてしまう……!!」
 これは、先輩なりの、SOSだと思った。助けてくれという叫びだと、感じた。
「シルバー先輩、は。なんで、そこまで」
 ただの後輩でしかない、僕のために。そう尋ねると、シルバー先輩は答えた。
 これがあの日言いかけた言葉の続きだと、直感した。
「お前のことが、好きなんだ。大事で、どうしようもないんだ。デュース。初めは、そんな淡い想いだった……。どこにでもある、小さな恋心だった! なのに……自分でも、どうしようもないんだ……!」
「そう、だったんですね」
 先輩の悲痛な叫びに、僕は、ああ、とすとんと胸の中にあった憑き物が落ちたような気がした。僕だって、あの日、事故に遭うまで、シルバー先輩のことが好きだった。
 ……今だって、嫌いになったわけじゃない。
 ただ、僕が腹が立ったのは。僕に黙って、勝手なことをされてたから、それだけが理由だ。
「シルバー先輩。僕は別に、魔法がかかってたこと自体に怒ってるわけじゃないんです。全部、僕を守るためなんだなって分かる魔法ばっかりだったから」
「デュース……」
「ただ、僕に黙って、騙すような真似してるのは筋が通ってねえだろ、って……。それが気に入らねえんです」
「……ああ。嘘を吐いて、悪かった」
「分かってくれたなら、いいんです。それで、その、えっと……。告白の返事、なんですけど。僕も、シルバー先輩のこと、事故に遭う前から、好きだったんです。でも、今のめちゃくちゃな状態でちゃんと付き合ってくのは、まだ難しいかなって思うから、だから……その、つまり……」
「……?」
 シルバー先輩は、首を傾げている。
「交換日記! 交換日記から始めましょう!!」
「交換、日記?」
「はい! 僕、その日あった出来事とか、ケガとかしたりしたら、素直に書くんで! シルバー先輩を心配させないように!」
「いいのか? 俺はお前を……」
「……別に僕、変な魔法がかかってたからって、キーホルダーもアンクレットも、返す気ないですよ。結構デザインとかも気に入ってるし。覗くのはやめてほしいですけど……」
「……すまない。だが、色欲目的で覗いたりはしていない。あくまでもお前に危険が迫っていないかと確かめるため、一瞬感知していたくらいだ」
「ははっ、もう。変なとこで律儀なんだからな……。でも、やっぱり一方的にってのはいい気しないです!」
「俺はお前が望むなら私生活を見せてもかまわないが」
「双方向にすればいいってことじゃなくて! ……ずーっと見てるのは、気張り詰めてシルバー先輩も疲れちまうって思うんですよ。だから、この道具たちは、本当におまじない程度のものにしちまいましょう。交換日記して、一日に一回、お互いのことを報告するだけでもまずは満足できるようになっていきませんか?」
 ダメなら他の方法考えてみますから、とシルバー先輩に言うと、シルバー先輩は首を振った。
「……お前のことを知る手段が増えるのは、嬉しい。提案、ありがとう。慎んで受けさせてもらう」
「よしっ! じゃあ今日から、特訓ですからね!」
「ああ。分かった」
「さっそく購買部にノート買いに行きましょう!」
 こうして僕たちの交際は、交換日記から始まることになった。

 
 シルバー先輩との交換日記は、案外順調に続いた。
『セベクとエースにその後どうだったって聞かれたんですけど、恋人になって、交換日記始めることになったって伝えたら、なんだそりゃって顔されました』
『恋人……。そうか。まだ実感がないが、そういう関係になったと認識しても良いものだったのか。恋人は、交換日記から始めるものもいると親父殿から聞いたことがある。俺たちは、これに関しては正しく段階を踏めているようだ』
『今日は危ないことは……ちょっとありました。体力育成の時間、得意のハードル走だったのに、調子乗って走ったせいで、最後の最後で盛大に転んじまって。エースに笑われて悔しかったです!』
『きちんと消毒して、絆創膏を貼っておいたか? 擦り傷でも、大きな怪我や感染症に繋がることもある。気を付けてくれ。俺の方は、魔法薬学の実験中、ついお前のことを考えていたら、薬が熱されすぎて爆発し、カリムと共に補習を受けることになってしまった。不甲斐ない』
『シルバー先輩の邪魔してるなんて、悪い僕ですね。そういえば、入院中、ずっと眠ってる僕に話しかけるのは辛かったって言ってましたけど、他にはどんな気持ちでいましたか? ちゃんと聞いておきたいです』
『……もちろん、辛かったのもあるが。このまま眠ってくれていれば、もう二度と危ない目に遭わずに済むと思ったこともあった。それでも、また目覚めて、笑ってほしいと考えていた。母君が心配しているぞ、と声をかけたことも、何度もあった。お前が目覚めてからしばらく、俺の手がなければ食事も風呂も出来なかった頃、その頃の安堵感が、正直今も、忘れられない。もう少しで、この世界でたった一人の恋人になれるはずだった存在を、失うところだったと思うと……。ずっと、そのままでいてほしい気持ちも、あった。それでも、自由に世界に羽ばたいていくお前も、かつて俺の好きになったお前で、自由にさせてやりたいとも、思っていた。それで考え出した末に編み出したことが、お前の行動を監視することだった。……すまない』
 
 シルバー先輩とやり取りをする度に、僕は、少しずついろいろなことを知っていった。
『ああ、そんな風に心配をかけていたんだな』
『ずっとひとりで、辛かったんだな』
『僕のことを何より大事に思っていてくれたからこそ、苦しかったんだな』
 少しずつ、少しずつ、辛さが、淋しさが、孤独さが、積み重なって。それでちょっと、おかしな行動に出てしまったんだなって。
 絆されてると言えばいいのか、だんだん、僕の心は、初めはわけが分からなかったはずのシルバー先輩の心に寄り添うようになってった。
 
 僕はある日、シルバー先輩に会って、こう言った。
「先輩、指切りしましょう」
「お前を守るために指を失うわけにはいかないのだが、どうしてもというのであれば」
「違います! ただの約束のしるしの方ですよ。指切りげんまん、知りません?」
「……知っている」
「じゃあ話が早いです! 僕、危ないことしないように気をつけます。それで、シルバー先輩の近くに、出来るだけいられるように頑張ります! だから、シルバー先輩も心配しすぎないでくださいね! 僕との約束です、守ってくださいよ?」
「……ああ。分かった。きっと守ってみせよう」
「じゃあ、指切りげんまん、嘘ついたら……嫌いになっちゃいますからね!」
「……それは恐ろしいな。気を付けるとしよう」

 シルバー先輩は、確かにちょっと愛が重いのかもしれない。でも、話せば分かってくれる。
 そうエースとセベクに事の顛末を告げると、結局ノロケかよと呆れられた。

 デュースと、約束をした。心配をしすぎるな、と、何度も言われた。
 俺がこのままでいる限り、似たような約束が、これからも積み重なっていくだろう。
 それにしても、気付かれないように守れとは、無茶を言ってくれる。
 お前は無邪気に笑うが、俺がその裏でどれだけ悩み苦しんでいるか、きっと星に還るまで知ることはないだろう。
 だが、それでいい。今日もデュースが笑ってくれていれば、俺はそれだけで生きていけるんだ。

*おしまい

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