・雪の精霊シルバー×死神デュースの人外パロです。
・年齢逆転要素アリ。
・なんでも許せる人向け
以上大丈夫な方はスクロール↓
……帰る、のか。
デュースの待つ、あの部屋に。
普段なら喜び勇んで歩く帰り道を、重い足取りで帰る。
今、デュースの顔は、あまり見たくない。というか、見られない、気がした。
とはいえ、デュースは何も悪くない。俺も、悪いかと言われれば、そうではないと思う。
ただ一方的に、俺の居心地が悪いだけだ。
それでも、俺の働くスーパーマーケットの立地は、大して家とは離れていない。最初の頃は夏だったのもあって、近所だというのにデュースが送迎してくれていたが、季節が秋から冬へと移ろい、それに伴って冬の神であるデュースの仕事も忙しくなっていくにつれて、次第にひとりで行き帰りすることも多くなった。
今日もその例に漏れず、ひとりで帰路についている。が、それを今日ばかりはありがたく思っていた。
……二人で暮らすアパートに辿りつき、やけに重たい玄関の扉を開ける。おかしいな。扉なんて、重いと思ったことはないはずなのに。
扉を開けると、ふわりといい匂いが漂ってきた。……ああ、食事の準備をしてくれているみたいだ。
ただいま、と小さく呟くようにして部屋に入り、キッチンで料理をしているデュースの背中にぎゅっと抱きつく。
「お帰り、シルバー」
「……ただいま」
「なんかあったか?」
作業の手を止めず、かといって俺を制止するでもなく、デュースは淡々と尋ねる。
「……何も、」
「そっか」
嘘をついた。だが、デュースには追及されなかった。
「まずはメシでも食うか」
そう言ってデュースは、暖かいものが食べられない俺のために、この季節にどこから手に入れたのだろう、冷やし中華と冷たいスープを用意してくれた。
いつもなら喜んでデュースの手料理の相伴に預かるのだが、今日の俺は箸があまり進まなかった。
喉の奥にどろどろとしたものが溜まっていて、とても、飲み込める気がしなかったのだ。
……いっそ、デュースに向けて、正直に白状してしまおうか。だが、それがデュースを少しでも悲しませる可能性があるのなら、俺は嘘をつき続けるべきだ、と思う。もっとうまく隠せるようにならなければ、と半ば焦りを感じながら、甘酸っぱく味付けられた麺を飲み下した。
「シルバー。この後、時間あるか?」
「ああ」
「じゃ……ドライブと洒落込もうぜ」
デュースは車の鍵を指先でクルクルと回し、俺を誘う。分かったと俺は返事をして、以前デュースにもらった雪女製の通気が良いコートを羽織った。
車内へ入ると、デュースはお気に入りのグループの音楽をかけ、エンジンをふかした。暖房は入らない。それは、冬の神であるデュースは寒さに強いこと、雪の精である俺は暖かさに弱いことに起因していた。
窓がわずかに開かれ、外の冷たく新鮮な空気が車内を包む。助手席に座る俺は、デュースに尋ねた。
「どこへ行くんだ?」
「着いてからのお楽しみ。……知りたいか?」
「大丈夫だ。君が行く場所なら、どこへでも」
そう口では言いながらも、窓に映る俺の顔は憂いを帯びている。
デュースもそれに気づいているのだろう、ハンドルを握り車を走らせながら、今度は向こうが俺へと尋ねた。
「シルバー。言いたいことがあるのなら、言っていいからな。なんでも、遠慮せずにさ」
「……」
「不思議だよな。車の中って、ちょっとした密室だからかな。それとも、エンジンの音とかあるからなのか、部屋の中じゃ言いにくいこととかも、言えちまったりするんだよな」
「そういうもの、なのか」
「ああ」
それから、しばらくの沈黙が訪れる。キッと車が止まったかと思うと、デュースはコンビニエンスストアの駐車場に車を止めたようだった。
「長丁場になりそうだからな。飲み物とか買ってこうぜ」
「分かった」
それぞれ、自分に必要な飲み物や軽食などを買って、再び車に乗り込む。俺はのどを潤すため、冷たい天然水を1本だけ買った。緊張してしまい、やけに喉が渇いていたから。
車内に乗り込み、再びデュースはエンジンをふかせる。それから、また俺にぽつりと言った。
「話したくないことならさ、話さなくてもいいんだ。でも、落ち着く時間は必要だろ」
「……すまない」
「なんで謝るんだよ」
デュースは笑う。これは、このドライブは、デュースの優しさなのだろう。俺が、悩んでいることを見抜き、そのことと心で決別するための時間をデュースは今、取ってくれているのだ。
「シルバーは、好きな音楽とかないか?」
「音楽……」
「好きなのかけてもいいんだぞ」
と、言われても、かけ方が分からない。正直にデュースへ伝えると、ああそっか、最近はなんでも無線だもんな、とデュースは言った。
「CDとかも一応使えるんだけど、最近の歌はだいたい配信だもんなあ」
「配信?」
「スマホのアプリに入ってなかったか? 音楽聞けるやつ」
「あんまり、必要な機能以外には興味を持っていなかったから……」
「ははっ、そっか」
じゃあ最近聞いたような曲にしとくか、とデュースは何かを操作して、車内に季節外れのクリスマスソングを響かせた。
……ついこの間まで、いついつまでも街に鳴り響き、聞いていたような曲だ。年を越したばかりの最近では、さっぱり耳にしなくなったが……。
この曲が流れていた頃は、良かった。デュースと俺はとても幸せで、後ろめたいことなんてなかった。
でも、今の俺は違う。デュースに大して、後ろめたいことが出来てしまった。……そのことを、申し訳ないと思っている。
デュースが、ちらりと横目に俺を見たような気がした。
「着いたぞ。適当なところに止めるから」
「ああ、」
物思いに耽っていた顔を、ハッと気が付いて上げさせれば、窓の外には広大な水が広がっていた。
「海、か」
「ん、海。冬の海ってのも乙なもんだろ?」
そう言いながら、デュースは海沿いにある駐車場に車を止めた。
車を降りて浜辺の方へと歩いて行くデュースに、俺はただついていく。
「さすが冬。人いねえなあ」
砂浜へと降りたデュースは、すたすたと歩いて行く。そして、波打ち際へと立ったまま、振り返らず俺へと問いかけた。
「なあ、シルバー。お前、僕に何か隠してないか?」
「……っ」
ぎくりと身体が硬直する。だけど、デュースに俺を責める気はないようだった。
「いいんだ、別に、隠しごとがあっても。でも、さ。辛そうだから、な」
「俺、は……」
デュースは振り向き、俺の頬に手を添えた。
「いいんだよ、シルバー。言いたくないなら、言えないなら、言わなくていい。詮索なんかしねえよ。でも、隠している方が辛いなら、正直にそう言ってくれ。僕はそれ以上、何も聞かないから」
「……俺、は」
俺は俯き、デュースの胸に縋った。こんなことを言えば、デュースが悲しむかもしれないのに。
デュースはあんなに、俺のことを好きでいてくれるのに。
悲しませたくないのに。
それでも俺は、デュースにこれからも嘘をつき続けることに、そのために2人の関係が歪んでいってしまうだろうことに、耐えられなかった。
だから、吐いた。
デュースの胸に縋りつきながら、すべてを吐いた。なんとも脆弱な、か細い声音で。今にも泣き出しそうなほど情けなく。
「……叱って、詰ってくれ、デュース。俺は君を裏切った」
「どんな風に?」
「君以外の人と、くちづけてしまった」
「何があったんだよ」
はは、と笑いながらデュースは尋ねる。俺は、正直に話した。
――スーパーで勤務していた際、勤務終了後に眠気が来てしまって、店の裏手でうたた寝していたこと。
――そうしていると、ふと、唇に柔らかな感触がして、目覚めたこと。
――ついデュースの名前を呼んだものの、目覚めたとき目の前にあったのは、店に来る常連の女の子の顔であったこと。
――何が起きたのかを理解した瞬間、思わず片手で唇を塞ぎ、その指にある指輪を見た瞬間、女の子は走り去ってしまったこと。
――だから、何も言えなかったこと。それが気まずくて、デュースに妙な態度を取ってしまったこと。
俺は、すべてをデュースの前に懺悔した。
「ん、そっかそっか。そりゃ女の子には悪いが、災難だったな」
デュースは俺の背中をぽんぽんと叩く。……責めない、のか。俺を。
「デュース、俺は、不可抗力とはいえ、君のことを……っ」
「裏切りだなんて、思ってない。落ち着けよ、シルバー」
俺にかかるデュースの声は、とても穏やかで落ち着いている。俺のものとは、対照的に。
抱きしめられ、背中をトントンとあやすように叩かれて、俺は、何も言えなくなってしまった。
「新しく恋人でも作ったのかと思ってたよ」
「するわけないだろう、そんなこと!」
俺には君がいるのに、とデュースに言う。デュースは、俺には答えてくれない。
「いいんだぜ、別に。恋人なんか、何人作ったって。……キスのひとつやふたつで、そんなに気兼ねしなくたっていい」
「そんな……」
「頑張って隠さなくたって、僕は何も言わないさ」
なぜ。デュースにとって俺は、たった一人の恋人なのではないのか。
「……俺の存在は君にとって、その程度でしかないのか?」
「違うよ。シルバー、僕は……お前のことが、大切なんだ。それには変わりないよ」
「だったら、何故」
そう問えば、デュースは困ったように眉根を寄せた。
「シルバーはさ、まだ、100年しか生きてない。人間界のことも、はざまの世界のことも、知り始めたばっかりだろ。……今は僕といるし、最期は僕と一緒にいさせちまうことになってるけどさ、もっと、お前にはいろんな経験ができたかもな、って、思うんだよ」
「いろんな、経験?」
「そう。例えば、それこそ……どこぞで女の子の恋人作ったり、とかさ。人間と恋に落ちてみたり、だとか。そういう、お前が本来したかもしれない経験を、僕のわがままで、奪いたくないんだよ」
分かるか、とデュースは言った。分からない、と俺は答えた。
「恋人なら、君ひとりで十分だ。他の人とは、恋に落ちたりしない」
「まだ、終わりのときまでこれから1000年も2000年も、たぶんだけどあるんだぜ。きっと僕に飽きる日も来るよ」
「……どうして、信じてくれないんだ」
俺が嘆きの言葉を呟くと、デュースはごめん、と言った。
「悲しませたいわけじゃないんだ。でも、さ。僕はお前が好きだから、お前には自由でいてほしいんだ」
「自由……?」
「僕って存在のせいで、少しもシルバーを縛っていたくないんだ。僕に気兼ねしてシルバーのやりたいことがやれないのは、それが一番辛いから」
だからそのときやりたいことが他の子を見ることなら、別にそれでもいいんだ、とデュースは言った。
「俺は、……君に、嫉妬してほしい。やきもちくらい、妬いて欲しい。恋人だというのなら」
ああ、なんと情けない、駄々をこねているのだろう。デュースは俺のためを想い、愛してくれているのに。
「妬いてないわけじゃないさ」
そう言って、デュースは俺の腕を引き、海の中へとざぶりと身体を沈ませた。
海中で、青く照らされたデュースの姿が、俺の唇へと重なる。
それから、二人して水の中に身体を起こした。
「やっぱり、海の中でも透明になるんだな」
「……ああ、俺の姿か」
俺の姿は、水中に潜ると透明になって見えなくなってしまうらしい。だのによくデュースは先ほど俺にくちづけられたものだ、と俺は思う。
「見えなくても、分かるんだよ」
「え?」
「もう僕は、シルバーの姿が透明で見えなくなってようと、キスできるくらい、お前の輪郭がよく分かる。それくらい、愛してもらった」
デュースは濡れた手で俺の頬に触れる。
「他でもないお前が、恋人と呼んでくれるんだ。他の子を見てるなら、嫉妬だってするさ。でも、それ以上に思うんだよ。……これ以上を望むのは、贅沢だろ、って」
「デュース……」
「僕はさ、シルバー。生前の話はもうしたっけか」
「……警察官だったと、聞いている」
「ああ、そうだ。なんで警察になったのかは、まだ話してなかったよな」
それからデュースは話し出した。濡れた服を絞り、乾かしながら、過去の自分のことを。
「僕は悪いヤツだったんだよ、シルバー。本当に若い頃、人間の年にして14、15の頃かな。人の迷惑も省みず、自分のくだらない力を誇示することだけを考えてた」
「……」
「近所の評判も最悪で、母さんのことも泣かせた。そんなとき、お世話になった警察官がいて。冤罪かけられそうになった事件を、僕がやったんじゃないって証明してくれた」
「その人のように、なりたいと?」
「ああ。憧れて、警察官を目指した」
……俺の中に、嫉妬のような気持ちがわずかに湧きあがった。俺の知らない間のデュースに、憧れられた人がいるなんて。
「おいおい、妬くなよ。あの人はそういうのとは違うからさ」
魂が繋がっているせいか、俺のしょうもない妬心はデュースに伝わってしまったようだ。
「それに、大事なのはそこじゃない。僕が悪いやつだったってことなんだよ、シルバー」
「悪い奴、だった。でも、今の君は、人間界では警察官として勤めを果たし、今も死神として真面目に働いているじゃないか」
更生したのだろう、と俺は言った。デュースは、そうだな、傍から見ればそうかもしれない、と答えた。
「でもな、シルバー。一度した悪いことってのは、ずっと心に引っかかり続けるんだ。まわりがどんなに更生したんだな、お前は罪を償ったんだろう、って言ってもさ、きちんとした禊をして、許されたとしても、さ。自分が自分を許せなくなるんだ。自覚があっても、無自覚でも。……罪を犯したような自分のことが、大嫌いになっていくんだ。今さら気づくのなら、なんであのときもっと早く気づけなかったんだろう、って……」
「何が、言いたいんだ?」
「僕は恵まれすぎてる、ってことさ。そんな悪い奴だったくせに、罰を受けてるさなかに、シルバーに出会えちまった。あまつさえ、恋人だなんて呼んで、大切にしてくれる。僕は、本来そんな風に扱われていいような奴じゃない、それが本性なのに、まるで、何も知らないシルバーを騙しているみたいだ、……ってさ」
だから僕は、とデュースは言った。声が、震えているのに気づいた。
「そんな、どうしようもない僕の本性に気づいて、お前が他の子に行っちまったって、それは、仕方ないって、納得するしか出来ないんだよ……っ、嫉妬していい立場だと、思えないんだ……」
お前を、怖い運命に巻き込んでおいて、日頃、いい人ですよみたいな顔をしておいて、とデュースは続ける。
俺は、デュースの身体を抱きしめていた。
「……すまない。君が、そんな不安を抱えているとは、思っていなかった。俺は、君のすべてを受け止めるつもりでいたが、言葉ばかり口にして、態度に出せてはいなかったのかもしれない」
「シルバーは、悪くない。これは、僕の問題だ」
「君の問題は、俺の問題だ。そう、決めた。俺が決めたんだ」
だから、と俺は言った。
「君の心情も知らず、我侭を言ってすまなかった。だが……、俺はそれでも、君に、俺の恋人だという自覚と自信を持ってほしい。俺は、少なくとも今、このとき本気でそう思っていることを、分かってほしい。俺がこんな不貞をしたのなら、頬を引っ叩いて、裏切者と怒って罵るくらいしてほしい」
「なんだよ、それ」
「本気だ」
デュースは泣きそうな顔で、俺に身体を預けた。
「……なあ、シルバー。ひとつ、提案があるんだけどさ」
「なんだ?」
「そろそろ僕、引っ越そうかと思ってたんだ。……店長たちと仲良くなっただろうに、悪いけどさ」
「もう、か。いや……かまわない。君がどこかへ行くというのなら、着いていく」
「そっか。それなら、さ。……うん。やっぱり、許すよ。その女の子のことは。だって、もうシルバーとは会えないんだもんな、その子は」
「そう、か」
これは、デュースなりの嫉妬、なのだろう。分かりにくいが……。目に見える怒りを表出するばかりが妬心とは言えないことは、俺にもわかる。
「それで君の気が済むのなら、俺は何度だって君と共に行こう」
「……ん」
それから俺たちは、服を乾かして再び車に乗り、狭いアパートへと帰る。
「ずっと、考えてたんだ。シルバーと一緒に暮らすってなったときから、もう少し、広い部屋に住みたいって」
「そうだったのか。俺は今でも、満足していたが」
狭いぶん、デュースとはよくくっつけるから。そう告げれば、デュースは甘えん坊だな、と笑った。
「もうちょっと、隣の家とか気にしなくて良くて……。ユキも連れてこれるような、田舎の家に住もうかと思うんだよな」
「仕事はどうするんだ?」
「そこは、墓掃除のままでいいかと思ってる。最悪、神通力使えばどこへでも行けるし、食費だってやろうと思えば削れるしな。でも、シルバーは人間界のこと勉強するためにも働いてるんだったから、やっぱり街の近くの方がいいか?」
「俺にいろいろなことを経験してほしいと言ったのは、君だ。なら、改めて別のことをしてみてもいいとは思う」
「なら……通販で氷でも売るか?」
「通販?」
「はは、こりゃ帰ったらいろいろ詰めてかないとな。……ちゃんと店長たちに、引っ越ししますって挨拶しとくんだぞ」
「ああ」
アパートの駐車場に車を止めて、デュースは一言つぶやいた。
「……本当に、いいんだよな」
「いいに決まっている」
そう告げて、車を降りる。新たな出会いと別れの予感が、待っている気がした。
*おしまい
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