いつか来るその日まで

※人外パロ【Fragments of a graffiti】シリーズ読んでないと意味が分かりません。読んでても分からないかもしれない。
※とても暗いです。死についての表現があります。苦手な方注意!

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 死神は、夢を見ると思うか?

 その問いの答えは、YESだ。
 何故って? 僕はこの身体になってから、大して睡眠を必要としなくなったが、眠ろうと思えば眠ることも可能だし、眠れば夢だって見る。
 つまり、実体験からの答えだ。

 で、何が言いたいかっていうと、ああ、とどのつまり、今この景色は、僕の見ている悪夢ってことだな。

 真っ黒だ。光ひとつもない、真っ黒な闇だ。上も下も、右も左も見えない。すべてが闇と虚無に包まれた、死の世界がどこまでもどこまでも広がっている。僕は、そこにいる。
 そこにただ、たったひとりで存在している。前とも後ろともつかない暗闇の中、孤独に。

 声をかけても誰にも届かない。必要がないとはいえ、空気も、光も、何もない。無だ。

 無の世界に、たったひとりぼっちで立っている。いや、座り込んだかもしれない。へたり込んでいると言ったが正しいかもしれないな。分かりにくくて悪いな。なんせ、どこが床でどこが天井かも分からないまま、そこにいるんだ。何月何日、何時何分何秒なのかも分からない。
 時計という物質も、時間という概念も、僕を置いて先に死んでしまったから。

 僕が殺して回ったから。それが役目だったから。だから、今この空間には、もう何もない。

 僕ひとり以外、何も残ってない。

 僕の手にあるのは、大鎌ひとつだけ。振りかざした相手に死をもたらす、大鎌がひとつだけ。

 僕の取れる選択肢は、ただひとつだけ。この鎌を自分の首に振り下ろして、自分の終わりを決めることだけ。

 でも、さ。でもな。僕は、この夢を見る度に、いつも、同じ結末を辿るんだ。
 僕は、この大鎌を、自分の首に振り下ろせない。幾度、何度となく振り下ろしてきて、大切な人にも、どんなものにも容赦なく振り下ろしてきたはずの大鎌を、自分の首にだけは振り下ろせない。
 その感情は、自分可愛さ、なんてちゃちなものなのかもしれない。でも、僕はだめなんだ。皆のところへ行こうと覚悟をしてその鎌をぎゅっと握ると、急に呼吸が苦しくなって、胸がどきどきとして、限りない未知への不安が嫌で嫌でしょうがなくなって、頭を振ってそれを逃がすしかなくなるんだ。

 ん? トラウマだとかなんだとか、何か深い話をしてるのかって? いや、ごく単純な話だよ。

 怖いんだ。死ぬのがさ。

 おかしいだろ。僕、死んでからすぐに死神になったのにさ。もう、一度死んでるのにさ。今度こそ、終わりが来るのが怖いんだ。
 一度目に死んだときは、警察官の仕事中だった。銃で撃たれたんだったかな。自分が死んだとも気づけないくらいの即死だったから、恐怖を感じる間もなくて、ある意味助かったんだ。運が良かった、って言ったら、悲しんでくれた人たちに怒られちまうかな。

 うん、でも。やっぱり、僕は怖いんだ。何人もの魂を回収し、時には、はざまの世界に生きるものたちの消滅を見送っておきながら、自分は死ぬのが怖いんだ。

 何が怖いのか、向き合おうと思って考えてみたこともある。その答えはこうだ。「わからない」。
 何も分からない未知の世界に、たったひとりで放り出されるかもしれないことが、怖くて仕方ないんだ。
 天国や地獄なんて世界が続いているのなら、苦しいだろうけどまだマシなのかもしれない。だって、僕が怖いのはすべてがゼロになることなんだ。
 ひょっとしたら、僕はこの鎌を振り下ろした瞬間、ここと同じ誰もいない孤独な世界に、今度は鎌すらなく永遠に放り出されるかもしれない。
 そのとき右に行けばいいのか左に行けばいいのか、それすら僕は分からないんだろう。
 先に逝った誰それに会いに行く、なんて洒落た言い回しはよく聞くけれど、もし会えなかったら、そもそも誰もいなかったらどうするんだ。

 死んだら、どうしたらいい。どうすればいいんだ。誰にも聞けない。ずっと、分からない。……怖い。

 世界でたった一人になる日が、怖くて仕方ない。

 そして、僕はそれをもう絶対に避けられないのが、もっと怖い。

 僕は、『最後の死神』だから。

 本当の死の恐怖にひとりぼっちで怯える日は、いつか絶対に来るから。

 鎌を振り下ろす間際に、恐ろしいからと手を握ってもらっていた人を見たことがある。
 ……僕はその日、誰にも手は握ってもらえない。
 魂を送る瞬間に、祈りの言葉を唱える人を見たことがある。
 ……僕が死ぬ日は、祈るべき神様もみんなもう死んでる。

 怖い。逃げられないのに、その日はいつなのかもわからず、覚悟もさせずに、刻一刻と確かに迫ってくる。
 ずっと、ずっと僕はひとりぼっちで、この孤独と恐怖に耐えなきゃいけないんだと、そう、ずっと思ってた。

 ベッドで横になる度に見るこの悪夢からは、もう、いつか来るその日まで逃れられないんだと思っていた。

 そうして、永遠の孤独の中、死ぬことも選択できず、気が狂いそうになったところで、目が覚めるんだ。脂汗も、動悸もたっぷりに……。で、目が覚めて、まわりにあるものをなんでもぺたぺた触って、まだ僕の生きている世界が続いていることに、心底安堵をするんだ。

 ちゃんちゃらおかしいよな。死神なんて、もう生きてるとは呼べない存在なのにさ。
 食事も、睡眠も、必要ない。身体は死んでも治せば息を吹き返す、既に動く死体みたいなものなのに。
 それでも、死ぬのが怖いんだ。

 

 ……でも。ある日、この悪夢に光が射した。

 ある日。いつもと同じ虚無の空間で、たったひとりだったはずの僕の手を、ぎゅっと握りしめて離さない温度が現れた。
 なんだろうと思って、僕がそれに抱きつくと、それは僕を優しく抱き返してくれた。

 見上げれば、そこには銀色の髪をなびかせて、真っ白に輝く青年が立っていた。彼は僕に、やさしくほほ笑みかけている。
 彼はとても優しくて、僕が一言「怖い」と言えば、「何が怖い」と問い返す。「この、どこまでも続く真っ暗闇が怖い」と言えば、「これしかできることはないが」と、暗闇の中に点々と灯る粉雪を降らせてくれた。まるで星空、天の川が光る星雲みたいだった。

 僕は、それに心底安堵して、「死にたくない。ほんとうはずっと、死ぬのが怖いんだ」と、ついこぼした。
 シルバーは、そうか、と言って、「ひとりでは怖くても、一緒ならどうだろう」と答えた。
 そして、自分の持つ銀色の鎌を僕の首にかけて、僕にも同じようにするように言った。

「最期まで、手を繋いでいよう。君をけしてひとりにはするものか」

 僕とシルバーは、互いの首に鎌をかけて、そして、せーのの合図でお互いの首を刎ねる。
 最期に見るのは、優しくほほ笑むシルバーの顔だ。
 ……それで僕は、目が覚める。

 今はそれで、目が覚める。目が、覚めたんだ。

 恐怖なのか、安堵なのか、何の感情なのか、それさえ分からない涙をぽたぽたと大粒で流しながら、目を覚ました。
 狭いアパートの見慣れた天井のシミにふっと脱力感を覚え、そして、隣に眠るシルバーのすうすうという寝息を聞いて、ぺたぺたと頬を触って、その少し冷たい雪の温度に、ようやくほっと息をつく。

 ほっと息をついて、それで、シルバーの手に縋る。

「ごめんな。僕、弱くてごめん……」

 ぽんぽん、と頭を叩かれる感触がする。薄目を開けたシルバーが、僕のことを抱き寄せる。

「怖い夢を、見たのか。大丈夫だ。デュース。俺が、傍にいる。大丈夫だ……」

 大丈夫だ、と言いながら、シルバーは再び眠りに落ちてしまう。僕はその腕の感触に安心を覚えて、それで、ようやく人並に眠るふりができるようになるんだ。

 いつか来るその日まで、僕は何度でも繰り返しこの悪夢を見るんだろう。
 ああ、こんな運命、こんな恐怖に、誰一人も巻き込みたくはなかったのに。
 ……それでも。たったひとりだったときよりも、ずっといいと思ってしまう。
 ただひとり大切な人を、シルバーを巻き込んでおきながら。それでも、自分がひとりじゃなくて良かったと思ってしまう、ずるい僕を許してくれ。

 許してくれ。

 どうか。

 許さなくてもいい。

 傍に、いてくれ。

*終

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