冠菊

※ドルパロ(ギャラリーもしくは小説本棚に設定が置いてあるアイドルパロディの世界線のシルデュです。そちらを読まないと意味が分からないことがあるかもしれません)
※時系列:ドーム後、交際宣言後
※パロディにつき一部呼び名変更あり:リドル寮長→事務所長、トレイ先輩→トレイさん、など)
※サブカプ匂わせ要素あり(リドエー、リリマレなど)

 以上大丈夫な方はスクロール↓

 

 

 

「デュース……少し、奥に入れるぞ」
「んっ……」
「すまない、痛かったか?」
「大丈夫、です……」

「所長~! 事務所で堂々とイチャついてるカップルがいまーす!!」
「放っておおき」

 ここはハーツラビュル芸能事務所。の、事務室兼オフィス兼休憩部屋みたいな、まあなんか皆が集まっていろいろする部屋だ。
 そこに置いてあるソファで、今、僕は同じユニットの相方でもあり、同時に恋人でもあるシルバー先輩から――耳掃除をされていた。
 そんな僕たちを羨んでか、エースがローズハート事務所長にクレームを訴えている。

「はー、ただでさえ毎日暑いってのにさ。アイツらのせいで余計に暑いよ。事務所長~、なんか涼しいお仕事ないの~?」
「ないね」
「そう言わずに!! ねっ!! おねがーい!!」
 エースが頼みこむと、はあ、とローズハート事務所長は溜息をついた。
「涼しくはないどころか、暑いくらいだと思うけれど……キミに向いてる仕事なら、今、ひとつ依頼が来ているよ。半分くらいはこの辺りの自治体に対するボランティアみたいなものでね、報酬には旨みがあまりないのだけれど、もうすぐ行われる花火大会がある。そのステージでのライブを……」
「花火!? お祭りってコト!? 行きたい行きたい、やりたーい!」
 机越しにグイグイと挙手しつつ前に出るエースをクリップボードで押し返しながらローズハート事務所長は言う。
「はいはい。キミならそう言うと思ったよ。でも、これにはひとつ条件があってね」
「何? 条件って?」
「事務所から出すなら、出し物の枠は2つ潰さなきゃならないんだ。だからエース、キミのステージの前にもう1組、うちの事務所から出てもらう必要があるのだけれど……」
「なんだ、そんなのカンタンじゃん」
 エースはにっこりと笑って、僕たちの方を向いた。
「出てくれるでしょ、二人とも!」
 僕はシルバー先輩と顔を見合わせて、ぱちくりと目を瞬かせた。

 それで、結局。別に断る理由もないし、エースには今までにも色々と借りがある。僕たちもエースのステージの前座として、ステージを温めるのに一役買うことになった。
 そんなこんなで僕たちは、今、何故か、屋内プールのプールサイドに水着でいる。まだ撮影までは間があるから、一応パーカーの1枚くらいは羽織っているが。
「肌を見せる仕事は、落ち着かないな」
「シルバー先輩でも恥ずかしいとか思うんですね」
「恥ずかしい? 違う。お前の肌を見せるような仕事は、俺が落ち着かないと言っている」
 何言ってるんだよもう、と軽く先輩の肩を押して、僕たちの前に鎮座しているプールを見渡す。広いレジャープールだ。今日は僕たちの撮影のために、1日貸し切りになっている。
「それじゃ~二人とも、今日はよろしくってことで!」
 僕とシルバー先輩の間に、どこから出てきたのかエースが割って入る。今日は、エースとも共同のCMとPVの撮影だ。
 エースと僕とシルバー先輩で、思い思いにプールで遊んでみて、まずはPVとしてそれを編集する。その中でスポンサーが『いい』と思った画をCMに起用する(場合によっては同じシチュエーションで撮り直す)らしい。
 ある意味、全部の瞬間がアドリブみたいなものだ。気抜いてられないな、と拳に気合いを入れていると、スタッフさんから呼び出しを受けた。
「それじゃ三人とも、まずはプールに入って、自由に遊んでみてください!」
「もうカメラ回しはじめてますからね~」
 その言葉に、慌てて僕は分かりました、とパーカーを脱ぐ。ひょいと横からエースが先輩と僕の分のパーカーを回収して、スタッフさんに渡してくれた。
「いっちばーん!」
 そうするや否や、エースは水へと勢いよく飛沫を立てて滑り込む。その水飛沫を楽しそうに避けるエースのことを、カメラマンさんは撮っていた。アイツ、自然体で自分が絵になるの分かってていいよな……。
 それに続けて、シルバー先輩も水に入る。こっちはエースとは対照的に、水音が立ったかも分からないくらい静かなものだ。それを眺めていると、シルバー先輩に手を差し出された。
「ほら、お前も」
「はい」
 先輩の手を取り、水の中へとちゃぷりと足をつけて、ゆっくり水に入っていこうとする。冷たいな、と思ってると、横から水をかけられ、ついでに水の中に引っ張られた。
「ぷは……っ、何すんだ、エース!」
「撮影中にイチャついてんじゃねーよ!」
 そしてそのまま、僕とエースは水の中での追いかけっこというか、水の掛け合いというか、そんなものを始める。
 だけど水の中でも無駄に器用なエースに水をかけられまくる結果に終わっていると、誰かがトントンと僕の肩を叩いた。
「デュース」
「先輩? ……あっ、いいもの持ってますね!」
「ああ。やり返してやれ」
 どうやらシルバー先輩がスタッフさんから渡されたらしいウォーターガンを、僕に受け継ぎにきてくれたみたいだ。僕はそれを受け取るや否や、息継ぎに顔を出したエースの顔を狙う。
「わぷっ!? あっ、ちょっとそれはズルくなーい!? 誰かデュースに肩入れしたでしょ! オレにも、オレにも武器ちょーだい!」
 わざわざカメラマンさんのいるプールサイドの近くに寄って、上目遣いでねだるエースは、自分の売り方を心得すぎていてちょっと恐ろしい。この業界でソロで逞しくやっていけるだけあるな、とああいうところは根性スゲェよな、と思ってしまう。ただ単純に、本気出せば自分が世界一魅力的だと本気で思い込んでるだけなのかもしれないが。
 それからエースとしばらくウォーターガンで撃ち合ってると、プールサイドから二人して狙撃された。
 その先を見ると、シルバー先輩が片手においしそうな冷たいサイダーを持ったトレイを手にしながら僕らを撃っていて、僕らは急いで一直線にそこまで泳いでいった。
 プールサイドに上がると、シルバー先輩が、最後の競争はお前の勝ちだな、と言ってサイダーを僕に渡してくれる。
 ありがとうございます、と言ってぐいっと飲み干すと、冷たいジュースが喉を潤して、思わず、くぅ~っ、と言ってしまった。エースも隣で似たような感じになっている。
「マジでウマいです! 先輩もどうですか?」
「すまない、二人の分しか用意してこなくて……」
「じゃあ、はい!」
 僕が飲んでいたサイダーのグラスを渡すと、先輩は少しだけ照れくさそうに笑って、ありがとう、とひとくち飲んだ。
 へへ、と僕がそれを見て笑って、エースがもう一度自分のサイダーを飲んで、やっぱ暑い日には冷たい飲み物だよねー、と締めくくったところで、カットの合図がかかった。
 ……そういやこれ撮影だった。エースとの対決に夢中になって、普通に遊んじまったけど。大丈夫だったのか?
 そんな僕の心配とは裏腹に、スタッフさんは、フレッシュで良かったよー、とか、爽やかで楽しそうで可愛かった~、とか、いい画が撮れたことを褒めてくれた。
 スポンサーのお兄さんも、パチパチと拍手してくれた。
「本当に爽やかな青春の画が撮れました、ありがとうございます。今日この後のスケジュールは……」
「えーっと、夕方から夏祭りの会場行って、それからライブだよね。だから午後まではフリー!」
 エースが懐っこく答えると、スポンサーのお兄さんは笑って、そうですかと言った。
「では、編集の間、しばらくこのプールで遊んでいってください。1~2時間ほどにはなると思いますが……」
「えっ、いいの!?」
「いいんですか!?」
「はい。それと、撮影が終わり次第、皆さまのサインを頂けると嬉しいです。受付に飾ろうと思いますので」
 僕たちはプールで遊べるなら、とこれを快諾する。こちらも水分補給にどうぞ、とサイダーのサンプルをそれぞれ1本ずつもらって、また好きなようにプールで遊べることになった。
「さっきの決着つけんぞデュース!」
「望むところだエース!!」
 話が終わるなり、僕たちはざぶざぶと喜び勇んでプールに入っていった。

 エースとデュースが、初めて水遊びをする子犬のように喜んで水の中へと入っていくのを見送った。
「君は行かないんですか?」
 今回のCMの商品である、炭酸飲料の販売を担当するプロデューサーだという若い男性が俺に声をかける。
「俺は、遊ぶよりも見守る方が性に合っているんです」
「そうですか。でも、たまには遊んだ方がいいですよ。君は確か、17歳でしたよね? まだ、遊んでいてもいい年頃なのですから」
「しかし……」
「それに今日は、君たちを見守ってくれる大人が来ているみたいですよ」
 プロデューサーの視線の先を追うと、そこには事務方のスタッフであるトレイさんと、それからリドル事務所長が影からこっそりと俺たちの様子を覗いていた。
「彼は、遊びたい盛りになかなか海やプールへ自由に遊びに行けない君たちのために、この仕事を取ったのでしょう。その気持ちに応えてあげては?」
「そう言われてしまったら……。少しは遊ばないと、申し訳が立ちませんね。……親父殿にも、土産話くらいは作っておかなくては」
 俺は失礼します、とプールサイドを歩き、エースとデュースが水遊びしている中に混ぜてもらいに行く。俺は水遊びには詳しくないが、二人ならきっと何かしら教えてくれることだろう。

 結論。あのあとの水遊びは、大いに盛り上がった! エースと僕でウォーターガンで水撃ち合って、インクでお互いを塗り合うゲームみたいになってるところを、シルバー先輩が途中から俺も混ぜてもらえるか、って参戦してきた。
 それで、三つ巴の戦いになったんだけど、僕やエースがいくら撃っても、全然シルバー先輩に当たらない。シルバー先輩は撃つ度に潜り、顔を出す度に僕らを正確に撃ち抜いてくる。挟み撃ちしようとしても、連射や速射で対応される。歴戦の傭兵かよ! ってエースがツッコミを入れながら、最終的に水を撃ち合っていた僕らの目的はいかにしてシルバー先輩という高難易度の的を追い込むかに変わっていた。まあ、最終的に時間だと気づいたシルバー先輩が僕らの撃つ水の弾を『時間切れだな』って手のひらで受け止めるまでは、結局一回も当たらなかったんだけど……。今、僕の中では負けて悔しいのと先輩すごいだろの自慢と先輩格好いいの三つの感情がまぜこぜになってるな。
 で、なんだかんだ惜しみながらプール上がって、そこからできたCMとか、PVの映像見せてもらって、いい出来じゃん、って言って、あれローズハート事務所長も迎え来てる、ってなって、夏祭り会場まで送ってもらって。
 そして、僕たちの番が来る。
『みんなー! 今日の夏祭り、楽しんでるかー!?』
『水分補給の準備はいいか? 飲み物を高く掲げて……よし、みんなよくできてるな。それでは……』
『さっそく、ミュージックスタート!!』
 そうしてエースの前座としてステージを温める仕事は、しっかりと終えてきた。ライブが終わったら祭りを見ていいよと言われているけど、僕はエースのライブも見ていくことにした。
「見ていくのか?」
「はい。悔しいけど、アイツは自分の魅せ方、ファンの人が喜ぶ盛り上げ方を、よく知ってる。だから、盗んでやるんです」
「そうか」
 なら俺も一緒に見ていこう、とシルバー先輩が言うと、スタッフさんが関係者席の方に案内してくれた。エースは僕たちに気づいたみたいだけど(本当によく客席を見てるよな)、かまわず客席に笑顔を振りまいてる。なんなら僕たちを使って、全力で煽りだした。
『オレのことだーい好きなみんなと、これから好きになるみんな、こんばんはー!! みんな、お祭り楽しんでんじゃんね? じゃ、こっからはオレともっと楽しんでいこ! 今日はスペシャルゲストもいるみたいだし? オレの可愛い後輩たちに、みんなでコールのお手本見せたげて~!』
 ……自分主催のライブじゃないのに、よくあそこまで自信持って観客煽れるよな……。僕にはとてもできない。そして対応するお客さんたちもすごい。エースのこと初めて知った人も、ライブには来なくてコールまでは知らない人もいるだろうに。
 そうやって見ていると、エースはちゃっかりコールはこうだからね、とトークの間に練習させているのに気づいた。僕たちも自分たちが主催でやるライブのときには、この曲ではこうコールしてくれると嬉しい、みたいな案内をすることはあるけど、アイツ、夏祭りの短いライブでもやるのか。盛り上げることに余念がないな。
 やっぱりエースのライブは勉強になる、という気持ちでメモを取りながら見ていると、シルバー先輩が僕を見ているのに気づいた。
「先輩? どうかしました?」
「勉強熱心で、偉いなと思っていた。俺も、お前に助けられるばかりでなく、お前にも学んでもらえるような成果を出さねばな」
「先輩は十分僕の助けになってます」
「そうか、良かった。……さて、ライブ中にあまりお喋りばかりしてもいけない。観客の気持ちも、学ばせてもらおう」
「そうですね」
 そうして僕たちはエースのライブが終わるまで、一通り勉強させてもらった。

 

「えっ、オレと一緒に夏祭り回りたくて待っててくれたんじゃないの!?」
「なんでそうなるんだよ!」
 ライブを終えたエースに、お疲れ様と一言かけに行くと、出てきた言葉はそんなものだった。そんな約束してないだろ! と僕が突っ込むと、シルバー先輩がいいじゃないかと笑った。
「そう無下に断ることもないだろう。一緒に遊んだらどうだ?」
「まあそうですけど……。ったく、遊びたいなら先に言っとけよな!」
 そしたら僕だって、祭り会場下見しておいたり、そのついでにラムネの一本くらいは先に買っといてやっても良かったのに。
「じゃあ、皆で回りましょうか」
「ああ、そうだな。……そういえば、俺の家族も今日来ているようなのだが」
「親父さんですか?」
「ああ。もし合流できたら、一緒してもいいか? 二人とも」
「もちろんです!」
「シルバー先輩の家族!? 見たいみたーい!」
「分かった。エースのことも、しっかり紹介しよう。頼りになる事務所の先輩だ、とな」
「わはっ、はーい!」
 ……先輩とエース、仲いいよな。別に妬いてるわけじゃない、ないんだけど!
「じゃ、行きましょうかシルバー先輩!」
 シルバー先輩の手を握りながら歩き出すと、エースは、デュースくん妬いてやんの、とからかいながらついてきた。別に、妬いてねえっての!
 そんな僕たちに、声をかける影があった。
「お待ちよ、三人とも」
「ローズハート事務所長!」
「リドル所長じゃん。どったの?」
「夏祭りに行く気かい?」
「何、まさか人混みの混乱を避けるために店に行くなー、とか言う気?」
「まさか。他の出演者も遊んでいるし、スタッフは各所に点在させている。そこまで制限するつもりはないよ。ただ……」
「ただ?」
「せっかくの夏祭りだ。浴衣くらい着たいんじゃないかと思ってね」
 そしてローズハート事務所長は、裏方へ僕たちを連れていき、着替えさせてくれた。
「おおー! いいじゃん!」
「動きやすい! ありがとうございます、ローズハート事務所長!」
 エースには、黒地に赤い袖口でラインを縁取りした甚平を。僕には逆に、青地で黒い縁取りの甚平を。そしてシルバー先輩には……。
「……」
「き、綺麗だ……っ! 先輩が眩しい……っ!!」
 白地に水流模様の波紋がついた、涼し気な白い浴衣の着流しを。いつもばらばらにしている髪を結んでいるので、余計に格好いい。……うなじとか眩しいな。国宝級じゃないか?
「事務所長……」
「なんだい?」
「俺も甚平が良かった。動きにくい」
「ワガママをお言いでないよ。まったく」
 ローズハート事務所長に珍しく不満を言っているシルバー先輩は、たぶん、本気じゃない。先輩に何の心境の変化があったか分からないけど、ちょっとだけ甘えてみているんだろう。……いいなあ。僕も頼りにされて、シルバー先輩に甘えられてみたい。
 ねー、せっかく着替えたんだから花火始まる前にお店見に行こーよと僕の袖を引っ張るエースに、分かったから急ぐなって転ぶ、と答えながら僕たちはエースの後を追った。

 それから、僕たちはざっくりどこに何があるだろうとお店を見て回りつつ、シルバー先輩の家族と合流した。以前会ったことのあるマレウスさんと、セベク。それに加えて、シルバー先輩の義父だという、リリアさん。リリアさんに直接会うのは、これが二回目だ。ファーストライブが終わったときに改めてご挨拶させてもらった以外は、シルバー先輩がたまに通話している画面越しで会うことがほとんどだったから。
「ステージも見せてもらったが……皆、良いライブじゃったぞ。会場の熱が増して、ビールが進んだわ」
「親父殿、車を運転されるのでは……?」
「今日はマレウスのとこの運転手が送ってくれるそうでな。お言葉に甘えて、酒を入れてしもうた!」
「そうでしたか。では、羽目を外されすぎないように嗜まれてください」
 シルバー先輩は、親父さんがお酒を飲みすぎないように、と心配しているみたいだ。
「ところで、デュース。そこの、赤いのは誰だ?」
 セベクに促され、エースを紹介する。
「ああ、これはエースだ。僕たちの……三日だけ早く事務所に入った、自称先輩の、同期のアイドルだ」
「初めまして~! 後輩たちがお世話になってますっ!」
 エースが懐っこく挨拶すると、すぐにシルバー先輩の家の人とも打ち解けてしまった。……セベクとは微妙にそりが合ってないみたいだが。
「ええい貴様、マレウス様に向けて馴れ馴れしいぞっ!」
「そう言われてもオレはこういうスタイルでやらせてもらってるんで~! マレウスさんだってヤじゃないでしょ? ねっ?」
「おやおや……。僕に助けを求めるのか? しかし、そうだな。僕も確かに悪い気はしていないぞ、セベク」
「ほら~!」
「くっ、何故ですかマレウス様……!」
 そんなこんなで、ひとまず皆で合流できたので場所取りでもするか、と提案すると、それなら少し祭り会場を離れはするが、河原の土手の方に車と運転手ごと場所を取ってあると言うので、そっちにいったん集まることにした。会場を離れるのなら、ローズハート事務所長に一度報告してからにしようと事務所長を探す。ステージの近くで事務仕事の後始末や関係各所への挨拶をしていたらしい事務所長は、僕たちの顔を見るなりどうしたんだいと駆け寄ってきた。
 僕らが、シルバー先輩のご家族と一緒に祭り会場外の穴場あたりで花火や祭りを楽しみます、と報告すると、移動の際はくれぐれも用心するように、とお墨付きがもらえた。
 舞台袖から戻ると、待っていてくれたセベクとマレウスさんとリリアさんの三人が、それじゃあ戻りつつ店を見てみることにするか、と言ってくれたので、そこから僕らの祭り散策は始まった。
 まず、お面屋さんに辿り着いて、エースが真っ先に狐の面を取るものだから笑ってしまった。あまりに似合っていて。似合ってるから買ってやるよ、と取り上げて料金を払うと、たまにはいーことしてくれんじゃんと生意気な答えが帰ってきた。ったく、礼くらい素直に言えよな。なんて思ってると、はにかみながらありがと、と言われた。ま、素直に喜んでくれるなら、たまには悪くはないか。
 なんて思ってると、提灯の明かりに照らされたシルバー先輩が腕を組んで僕らのことをじっと見ているのに気づいた。
 どうしたんですか、シルバー先輩もお面欲しかったんですか? どれですか? なんて尋ねると、いや、なんて言って目を逸らされた。その頬が少しだけ赤い気がしたのは、真っ赤な提灯に照らされていたから、なんだろうか。
 それからセベクにも妙に似合っていたのでワニのお面を買ってやろうかと言ったら、シルバー先輩が、セベクには俺が買ってやろうと言ってセベクにワニのお面を買い与えて、なぜか『貴様に物を買われる覚えはないぞ!』『いいからもらっておけ』という口喧嘩になっていた。はは、仲いいんだな。
 そんな僕らを見て、リリアさんとマレウスさんはニコニコと楽しそうな笑みを浮かべていて。
「リリア、お前は面のひとつくらいいらないのか? 顔を隠したいだろう。僕がひとつ買ってやろう」
「ほう? それではこれにするかのう!」
「これは……」
 マレウスさんは、リリアさんから差し出されたお面を見て驚いた顔をする。そりゃそうだ。日曜朝の番組で流行っている子供向けの戦隊ものの、ピンクのお面だったからだ。
「ふっ、お前らしいな、リリア。いいだろう。僕の分はお前が見繕ってくれ」
「ああ、もちろん」
 そしてリリアさんとマレウスさんはお互いのお面を選び合う。シルバー先輩はそんな光景を、ほほ笑ましそうに見守っていた。
「……こんなことを言っては、かつて秘書兼護衛を目指したものとして、そしてまたいずれは、と思うものとして、良くないのかもしれないが。マレウス様は、あまりこうした場所でお遊びになれる機会はなかった。ああして今、親父殿と楽しそうな時間を過ごせているのが、俺の仕事を見に来ることを口実にしたせいだとしたら、それはとても嬉しいことだ」
「ははっ。きっとそうですよ!」
「ああ。そうだといい」
 それから僕たちは、フライドポテトや唐揚げ、たこ焼き、はしまきや焼きそば、焼きトウモロコシなんかの食べ物を売ってる店でドッサリと食糧を買い込んで、両手いっぱいに食べ物のビニール袋を持つ。
「一度、食べに戻ろうか」
「そうですね!」
 一度腹ごしらえをするため、土手の方に取ったというシートまで戻った。そこにはアウトドア用のパラソルやテーブルセットが設置されていて、僕の想像していた簡易的なビニールシートを敷いただけの場所取りよりも、だいぶ豪華だったけど……。
 まあ、これはこれでご厚意に甘えて、楽しませてもらうことにしよう。せっかく来てくれたんだし、一緒にたくさん楽しんで喋れた方がいいもんな。
「このたこ焼きウマいぞ!」
「何っ、本当か?」
「ちょっと~、オレの分も残しといてよ!?」
「安心しろ、もう1パック買ってある」
「おやおや、皆顔がソースだらけになっているぞ? まったくお前たちは……」
「若いモンはみんなして元気じゃの~。わしは暑くて暑くて……、飲まなきゃやっとられんわ」
 そうして皆で騒ぎながら料理の数々にそれぞれ舌鼓を打つ。食べ物の店はかなり回ったが、まだ射的やクジ引き、ヨーヨーすくいなんかのお店は回ってなかったよなってことで、僕たちは祭り会場二週目に入った。ずっと大人数で移動してるのもなんだし、目的別に何人かに別れるかってことになる。
「若様! かき氷を買いに行かれるのですよね!? 僕がお供いたします!!」
「ああ」
 セベクは、マレウスさんと回るみたいだ。じゃあシルバー先輩はリリアさんと一緒かな、と思うと、
「わしは留守番しとるよ。新しく開けたビールの缶もまだ残っとるし、老体にこの暑さと祭りの喧騒はちとキツいわ!」
 と、留守番を提示され。一方エースは、
「マレウスさんもそうだろうけどさ~。もう一人、こういうときに遊ぶ機会なかった奴がいるよね? デートに誘ってくる!」
 と、息巻いて……恐らくローズハート事務所長のところへ、果敢に挑みに行ってしまった。
 そんなあわただしい周囲と、それからシルバー先輩を見比べて、それじゃ二人で回りましょっか、とやれやれって苦笑いで笑うと、そうだな、とシルバー先輩も同じように、仕方なさげな苦笑いで返した。
 それから僕は、いちばん小さなサイズのりんご飴を買って、舐めながら歩いた。僕たちもあとでかき氷くらい買いたいですね、なんて言うと、食いしん坊だな、と笑われた。射的のお店を見つけて、先輩にやってやってとせがむと、仕方ないな、一度だけだぞと言われ、どれがいいと狙う景品を尋ねられた。
 パッケージに入れられた小さなヒヨコのキーホルダーを見つけたので、じゃああれ、と言うと、シルバー先輩は任せろ、と言って着物の袖をまくった。
 僕は、甚平のポケットに入れていたスマホを構えて、動画を撮る。あとでファンの子たちにもこの格好いいシルバー先輩を見せてあげるんだ。
 パシュ、と音を立てて、何発か弾が出ていく。そして、ヒヨコのキーホルダーは音を立てて落ちた。
「やったっ! 先輩格好いい!」
「ほら、ご所望の景品だぞ」
 お店のおじさんが拾ってくれたキーホルダーを、シルバー先輩が僕にそのまま受け渡してくれる。喜んで受け取ると、シルバー先輩も嬉しそうに微笑んでくれた。
 それから、輪投げやヨーヨー釣りなんかを楽しんで、祭り会場を回っていると、他の面子の様子を見かけた。
 かき氷のお店には、セベクとマレウスさんが並んでいる。
「……なあ、セベク」
「はっ、なんでしょう、マレウス様!」
「シルバーとお前とは、こうした夏を何度でも過ごせるものと思っていた。お前たちが、僕の傍を目指さないのはあり得ないと」
「それはその通りですが……」
「だが、シルバーは新たな道を志した。いずれ護衛の道に戻るつもりだと言ってはいたが……」
「何か、シルバーのやることが気に障りますか? でしたら……」
「……いいや。彼奴のやっていることは、僕のためでもある。それに感謝はしている。だが、な。いつまでも、当たり前であるというものはないと言うのだろうな、と、ふと思った。だから、つまり……」
「え、ええと……つまり?」
「つまりだな。……リリアとこうして夏を過ごせる日は、あとどれくらい、残されているのだろうか、と。そう、思っただけだ。彼奴とも、こうしてお前のように、この列に並べたら良かったのだが」
「……でしたら! 僕がリリア様を説得いたします! この店のかき氷を買って、リリア様にもお分けして、召し上がりたいと仰るなら、もう一度お並びになれましょう!!」
「ふっ。そうだな。そうするとしよう」
 そうして、マレウスさんとセベクは列に戻っていく。シルバー先輩は少し俯いたまま、ぎゅっと僕の手を握って、行こうか、と言った。
 シルバー先輩は、入口の方にある、人のいない神社の方へと、すたすたと歩いて行く。
「先輩、どうかしたんですか?」
「……」
 石段を登り終えると、先輩はふわりと僕の体を持ち上げて、神社の縁側に僕を座らせた。
「せ、先輩?」
「……足を」
「足?」
 先輩が、僕の履いていた足袋と草履を脱がせる。すると、僕の足は鼻緒で擦れて赤くなっていた。
「わ、擦れてたんだ。全然痛くなかったから、気づきませんでした」
「少し、歩き方がいつもと違ったからな。……一応、絆創膏を貼っておこう」
 そうしてシルバー先輩は僕の足に絆創膏を貼ってくれる。ありがとうございます、と足袋と草履を元に戻すと、シルバー先輩は、ぎゅっと僕の身体を抱きしめた。
「……俺は、いつか、マレウス様の護衛に戻る」
 お前の元を離れて、とシルバー先輩は続けた。
「その日まで……、俺が、お前の傍にいられるのは、あと、どれくらいなのだろう、と。先ほどのマレウス様の言葉を聞いて、そう、思った」
 それだけではない、親父殿とも、マレウス様やセベクとも、今のようにしていられるのは、あと幾度のことなのだろうか、と。シルバー先輩は震える声でそう言った。
「……大丈夫ですよ。みんなが願っているなら、何度でも見られます。同じものを」
「そう、だろうか」
 不安げなシルバー先輩に、ほほ笑みかける。
「お祭りの最中って、終わったときの淋しさを想像して、物悲しくなっちゃう人がいるって言いますよね」
 シルバー先輩とマレウスさんは、きっとそういう人なんでしょうね、と僕は言う。
「大丈夫。淋しい気持ちになる夜があっても、また、必ず会えますよ」
「……そう、か。そうだな」
 大丈夫ですよ、と何度か背中を撫でてあげると、ありがとう、とシルバー先輩は僕から身体を離す。大丈夫です、むしろ、弱っちゃったときに僕にようやく甘えてくれて嬉しかったです、と言うと、シルバー先輩は、これからも頼りにしている、と返した。……前は『甘えてない』って、意地張ってたのに。認めてくれた。嬉しいな。
 そうしているうちに、いつの間にか花火が始まっていたみたいで、神社に座る僕たちを、花火の灯かりとドンドンという轟音が彩った。
「そろそろ戻らなくてはな」
「はい」
 シルバー先輩に手を差しだされ、その手を取って立ち上がろうとする。その瞬間、シルバー先輩から、ちゅ、とくちづけられた。
「……林檎飴を舐めていたから、唇がずっと真っ赤だったぞ」
 赤く艶めく唇を見る度、ずっとくちづけたくて堪らなかった、と、シルバー先輩は親指で自分の口元を拭う。僕は口元に手を当てて、もう付き合ってから散々キスもえっちなこともしてるのに、なんで今でも、こんな軽くちゅっとするだけでドキドキして仕方がないんだろうと、逸る自分の鼓動に問いかけた。

 僕たちが土手の方に戻ると、エース以外はみんな揃っていた。どうやらマレウスさんはもうリリアさんと二回目のかき氷屋さんにも行ってきたみたいで、どうせならと僕たちの分も買ってきてくれたらしい。
「味は早いもの勝ちじゃぞ。今はブルーハワイといちご、それからレモンが残っておる」
「余ったら僕が食べるから、遠慮せずに選ぶといい」
 じゃあせっかくだからと僕がいちごのかき氷を選ぶと、シルバー先輩はブルーハワイを選んだ。好きなんですかと聞くと、最近青色が好きになったと返されて、僕はストローをがじがじと噛む羽目になった。

 花火を見上げながら、かき氷を楽しむ。
「見て、先輩。僕の舌真っ赤になってます?」
「ああ。先ほどの林檎飴で真っ赤になっていた口と、負けるとも劣らないな」
 先輩をからかってやろうとしたら、僕の方が恥ずかしい風に言い返された。……悔しい。
 そんなことをしていると、エースが帰ってきた。
「あっ、かき氷食べてる~。オレのは?」
「もうレモンしか残っていないぞ、早い者勝ちだからな!」
「いーよ、オレレモンも好きだし! ゴチでーす!」
 エースに首尾はどうだったと聞くと、フラれたから会場のファン回ってひたすらファンサして帰ってきた、と答えられた。どうやらまだ事務仕事が残っているからと祭りを回るのは断られたらしい。ローズハート事務所長らしいな、と苦笑いして僕らはそれを聞いた。

 それから、ようやく僕らはじっくりと花火を見上げる。
 いくつものスターマインと大きな冠菊(かむろぎく)が夜空を彩って、本当に綺麗だ。ステージ上で、ファンの皆が過ごすたくさんの時間の中、一瞬の煌めきを飾る僕たちもあの花火と似たようなものなのかな、なんて思って、ちょっと気障だったかな、なんて思う。
 そんなことを考えていると、ふと、視線に気づいた。誰だ僕を見てるの、と思って見ると、そこにはテーブルに肘をついて、僕を見つめていたらしいシルバー先輩の顔があって、何見てるんですか、って言うと、悪びれもせず、ふっと穏やかにほほ笑んだ。
 その顔があまりに綺麗だったから、僕は思わず視線を逸らした。そしたら、机の上に置いていた手が熱くなった。誰かの大きな手が、僕の手に重ねられていた。……誰かっていうか、誰が、なんて、分かってるけど。僕は、花火を見てるフリしかできなかった。花火に点けられた火薬よりも、耳まで真っ赤に染まってるのが、たとえこの悪戯の主にバレていたとしても、だ。

 それから花火が終わり、撤収だ。僕たちは事務所の車で送ってもらえることになってるから、マレウスさんたちとはここでお別れだ。今日は一緒に遊べて楽しかったです、ありがとうございましたと告げると、僕たちも楽しかったとセベクとマレウスさんはそれぞれの言葉で言ってくれた。
 リリアさんも、久方ぶりに年甲斐もなくはしゃいでしまったわいと伸びをしていて、また来年も来てくださいとシルバー先輩に言われていた。
 エースも、またどこかで会ったらよろしくとしっかりと自分を売り込んでいて、最後まで逞しいなと笑ってしまった。

 それから僕たちはステージの方に来るようにと言われていたから、出し物が終わって暗くなったステージの袖へと戻る。するとそこにはクローバーさんがいて、まずデュースとシルバーは俺が寮まで送っていくよと言われた。
「エースはいいんですか?」
「エースはこの後、デートがあるらしい」
 そう言って、クローバーさんはローズハート事務所長を顎で指した。
「さっき、花火が始まる前くらいにやってきてな。リドルに『一緒に祭りを回ろう』って言って、断られてたんだよ。それでもエースが引き下がらないから、祭りが終わった後にまだ空いてる店を回るくらいならしてもいいって、リドルが折れたんだ」
「そうだったんですね。良かった。アイツ、気にしてたから」
「うん? 何をだ?」
「ローズハート事務所長も、祭りとかあんまり楽しんだことがないだろうから、って。オレが祭りの思い出全部作ってやる、って息巻いてましたよ」
「うん……そうか。そうだったのか。ははっ、頼もしいな。それじゃ、リドルのことはエースに任せるとして……」
「はい」
「祭りの終わり、だな」

 そうして、僕たちはクローバーさんに送ってもらって、慣れ親しんだマンションの一室へと一緒に帰る。今日着せてもらった甚平と浴衣は事務所で買い取ったものだから、僕たちがそのまま持っていていいそうだ。
「ただいま~!」
 いくらか食べきれずに持ち帰ってきたお土産や、持ち帰ってきたゴミの袋を分別したりして、ようやくいつもの服に着替えて、ソファに寝転がる。祭りが終わって日常に帰る、って感じだ。僕が寝転ぶソファの隣に、シルバー先輩が静かに座る。
「シルバー先輩」
 顔を上げて、体を起こして、シルバー先輩に手を伸ばす。
「なんだ?」
「まだ淋しい?」
「……いや、大丈夫だ。心配してくれて、ありがとう」
 シルバー先輩は、そう言って僕の頬にキスをする。シャワー浴びて寝ましょっか、と言うと、手を繋いで寝てもいいか、なんて珍しくシルバー先輩の方から言うものだから驚いてしまった。
「どうしたんですか?」
「……いや。今日一日、お前のことを見ていたが……。エースと、とても仲が良いから、その……」
 どうやら先輩は妬いてたらしいな。それなら仕方ない、と僕は先輩の申し出を快諾した。ま、断ることなんていつだってないんだけどな!
「いいですよ。僕の手で良ければ、いくらでも繋いで寝てください!」
 なんならぎゅってしてくれてもいいんですよ、と言うと、シルバー先輩は寝室の冷房を着けに行った。そうだな、くっつくと暑くなるもんな。正直な行動が可愛くて笑っていると、戻ってきた先輩にちょっとむっとした顔をされたので、機嫌治してくださいと頬にキスをした。

 そして、シャワー軽く浴びてから、改めてベッド際に座って。夜景が光る寝室の窓辺を眺めて、シルバー先輩に言うんだ。
「ね、先輩。僕の目には、まだあの辺の夜空を見たら、綺麗な花火が映ってますよ」
「そうか」
「先輩の隣で見たから、今まででいちばん綺麗に見えたんだって思うから。また、来年も。その次も、何度も一緒に見ましょうね」
「……ああ」
 シルバー先輩に肩を抱き寄せられ、そして二人で涼しい部屋のシーツに潜る。花火と祭りがもたらす高揚のままに、僕は眠りについた。

 

 ……ちなみに、次の日。『一番綺麗な花火』と称した写真が、シルバー先輩のブログにアップされてて。そこには、花火を見上げる僕の瞳に反射した花火が映っていて、僕がシルバー先輩に何を投稿してるんですかって真っ赤になりながら怒る羽目になったのは、また別の話だ。

*おしまい

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