君が誰かを殺した

※NRC生の死亡表現があります。
※NRC生の殺人表現があります。
※少しですが、流血表現が存在します。苦手な方はお気を付けください。
※ホラー作品のため、ひどい目に遭う描写もあります。
※もしかしたら、一部仏教用語などツイステの世界観を壊す単語が利用されているかもしれません。
※呪いとか、なんかいろいろ便利な単語をちょっと捏造してます。
※ネタバレあるかも。
※BLCP要素あります。シルバー×デュースのみ。
※いつかリメイクする可能性があります。

 

以上すべて大丈夫な方はスクロール↓

 

 

【Chapter0:君が誰かを殺した】

 己の手が、真っ赤な血に染まる夢を見た。いや、夢じゃない。あれは本物だった。本物の、生ぬるくて、鉄の匂いがした、真っ赤な鮮血だった。紛れもなく自らの腕と繋がった、血まみれの両手を見て狼狽える俺の耳元で、何か……いや、誰かの声がしたんだ。
『君が誰かを殺した』

「……ぱい、先輩! 起きてくださいっ!」
「はっ……」
 聞き慣れた声に、目が覚める。ここは……学園裏の森の、小さな池のほとりか。俺のことを不思議そうな顔で見つめているのは、学園の後輩であり、恋人として交際を申し込んだ関係でもある――一年生のデュース・スペードだ。大方、俺はデート中にでも眠ってしまったのだろう。
「どうしたんですか? すごく、しかめっ面でうなされてましたけど……。悪い夢でも見たんですか?」
「悪い、夢……」
 夢の中で聞こえた、ハッキリと通った不気味で嫌な感じのする声を、俺はまだしっかりと覚えている。
『君が誰かを殺した』
「ああ……。少し、おかしな夢を見た。だが、大丈夫だ。気にするな」
「おかしな夢? それって……いったい、どんな?」
 デュースは、心配そうな表情で俺のことを見つめる。
「ああ。なんと言ったらいいのか――。……やけに不気味な声が響いて、俺にこう言った」
『君が誰かを殺した』、と。そうデュースに告げると、デュースが一瞬、とても冷たい目で俺のことを見た、ような気がした。
「デュース?」
「あ、ああ、すいません。少し、ボーッとしてました。……えっと、怖い夢ですよね」
「ああ。……お前は、俺が本当に、誰かを殺していたら、どうする?」
「それは……」
 デュースは俯き、口をつぐむ。……おかしなことを聞いてしまったな。
「すまない、おかしなことを聞いたな。忘れてくれていい」
 そう告げて、立ち去ろうとすると、そんな俺を引き留めて、ぎゅっと拳を握りしめながらデュースは俺をまっすぐに見据えて言った。
「待ってください。最後にひとつだけ……。僕だって、間違わずに生きてきたわけじゃない。だから、もしも先輩が、そんな過ちをしてしまったとしても、一緒に支えていきたいと思ってるし……、逆に、先輩自身や、その大切な人に、そういう危害を加えるようなやつがいるなら……。俺は絶対、ソイツを許せねえ! ……それだけは、覚えておいてください!」
「……ありがとう、デュース」
 後輩であり、恋人であるデュースからの暖かな言葉を胸に、俺はその場を立ち去った。

【Chapter1:冷ややかな赤い瞳】

「……と、いうことがあったんです、親父殿。これは何か、良くないことの予兆でしょうか……」
 デュースといたときにあった出来事を、寮で食事を取りながら親父殿に相談する。すると、親父殿は冷たい声で、俺と目線すら合わせずに言った。
「お前に父と言われる筋合いなどないわ」
「え……?」
 思わず、驚きの声を漏らす。しかし、マレウス様も、セベクも、このことにさして驚いた様子はなく、ただ黙々と、淡々と食事を取り、そして食卓の最後に一言だけ、マレウス様が言った。
「お前も、今日はもう部屋に戻って眠るといい」
 俺は様子のおかしい皆のことが気になったが、マレウス様の言うことに従い、その通りにすることにした。だけど、やはり親父殿の様子は気にかかる。食事のあと、人気のない廊下で少しだけ親父殿に食い下がった。
「おや……リリア先輩。なぜ、そのように冷たい態度を取るのですか? もしや俺は、本当に、人を……殺してしまったのですか」
「……そうじゃ! 自分の胸に手を当てて、よく考えてみよ。わしから言えることはそれだけじゃ。お前が誰を殺したか、それをもう一度、お前のその目が知るまで、二度とは話しかけてくれるなよ」
「そんな……」
 親父殿は、やはり冷たい目で俺を一瞥すると、自身の部屋へと帰り、鍵を閉めてしまった。これは、明確な拒絶。いつもはこのディアソムニア寮の中ならば鍵なんて適当でいい、むしろマレウスに何かあった際に駆けつけるのが遅くなっては困ると言って、部屋の鍵をかけないことも多々あるというのに。
 ……しかし、会話さえああも拒絶されてしまっては……。それほど親父殿を怒らせるような、失望されるような人物を、俺は殺したということ、なのか? ……親父殿が、俺でさえ冷たい目で見離すような、大切な人物。それは……もしかして、マレウス様、なのだろうか?

【Chapter2:俺はいったい、誰を殺した?】

 あれから自室に戻って鏡を見つめ、俺は考えていた。俺は、この手で、まさかマレウス様を、殺してしまったのだろうか。……しかし、どうにも腑に落ちないことがある。俺が誰かを殺した、というのならば、その生徒は一体、どこへ行ってしまったのだろう? というか、もし俺がマレウス様を殺したのであれば、今日、俺が食卓のときに出会い、話しかけてきたマレウス様は一体なんなんだ?
 ……分からない。分からないまま悩んでいると、コンコン、と部屋のドアをノックする音がした。
「開いている。入っていいぞ」
「ふん。起きていたか」
 部屋に入ってきたのは、セベクだ。俺の弟弟子であり、兄弟のように育ってきた幼馴染とも呼べる存在でもある。
「何か用事か?」
「ただ、様子を見に来ただけだ。マレウス様のお部屋を巡回するついでにな」
「お前が俺の様子を見に来るなんて、珍しいとは思ったが……」
「そんなことはどうだっていい。貴様、何をしていたんだ?」
 セベクは俺を睨みつける。……夕餉のときは妙に静かだと思ったが、まあ、これはいつものことだな。セベクだけはいつもと変わらない調子なことに、少し安心する。
「鏡を、見ていた」
「鏡? ……何も映っていないではないか」
「ああ。おかしなものは、特に映っていない。だが、少し考えることがあって……」
「考えること?」
 話してしまってもいいものかと、少しだけ逡巡する。だが、あまり普段と様子の変わらないセベクになら、話しても大丈夫だろうか。
「……夕餉のとき話した夢のことだが、親父殿が言うには、俺は本当に誰かをこの手で……殺めてしまったらしい。だが、その記憶が、俺にはない。……一体、俺は、誰を殺めてしまったのだろうか。それに、親父殿のあの態度。まさか、俺は、マレウス様を……?」
「貴様が殺したのは、マレウス様ではない」
「……え?」
「僕が言えるのは、それだけだ。それでは僕はこれで失礼する」
 セベクの口から出たのは、俺の疑いに対する否定の言葉。けれどやはりその目は、冷ややかな温度を持って俺に向けられていた。
「ま、待ってくれ! 知っているのなら教えてくれ、俺はいったい、誰を――!」
「うるさいぞ、僕に甘えるな、気色悪い! 貴様はそれを、自分で思い出さなければならないんだ!」
 なぜ、セベクはそんなことを言うんだ? 事情を知っているのなら、教えてくれてもいいはずだ。
「だが、矛盾している! 俺が誰かを殺めたのならば、どうしてこの学園の生徒は、誰ひとり欠けていないんだ!?」
「……何を言ってる?」
「俺の見る限り、誰ひとり、この学園の生徒は欠けていないんだ! セベク、これはどう説明するんだ!?」
「ええい、次から次へとやかましい! ……これが本当に最後だ、ひとつだけ教えてやる! この学園の生徒は、誰かひとりが欠けている! だが、貴様は、罪悪感に耐えきれなかったのか、なんなのかは知らないが……っ、自分の中で、ソイツの幻を作り……ソイツがまるで未だ生きているかのように感じ、貴様にしか見えていないソイツと会話し、暮らしているんだ!」
「俺が、幻を……?」
「……そしてそれは少なくとも、マレウス様でだけはない。僕から言えるのは、本当にそれだけだ。ではな、僕はマレウス様の部屋を巡回しなくてはならないため、これで失礼する」
 そうしてスタスタと、セベクは去ってしまった。……俺が、幻を見ている? 俺が殺めた、誰かの? そしてそれは、マレウス様ではない? ……セベクの話したことがすべて真実ならば、俺がマレウス様に手をかけていなかったのだけは、不幸中の幸いと言えるだろうか。だが、俺は……自分のこの手で殺めた人間の幻を見ている? ならば、それは一体、誰なんだ? この学園の中に、俺が殺めてしまった人間がひとり、欠けている。そして、俺は、それを思い出さなくてはならない。……誰かに頼らず、自分自身の力で。
 時折、まわりの人たちが俺のことをとても冷たい目で見るのは、俺がそんな状態、だからなのか。……己の犯した罪を正面から認められず、悪あがきのようなことをしているから、なのか。それとも、皆にとってとても大事だったその誰かを、殺してしまったから、なのだろうか……。
 脱力してベッドに寝転ぶと、瞼がだんだんと降りてくる。うとうととした眠気に身を任せると、意識が遠のいていく心地がした。

【Chapter3:真夜中の襲撃】

 眠っていると、暗い部屋の中、不意に誰かの気配がした。薄く目を開けると、何か光るものが目に止まる。あれは、短剣……?
「何者だ!?」
 反射的にがばと身体を起こし、襲撃者を捕まえようとする。しかし、襲撃者はチッと舌打ちをすると、短剣を手早く懐にしまい、走り去っていってしまった。……黒いローブを着て、フードを目深に被っていたから、それが誰なのかは分からない。
 だが、先ほどの襲撃では明らかに……俺への、殺意のようなものを感じた。……きっと、復讐……、仇討ちなのだろう。俺が殺めてしまった、誰かへ向けての。……ああ、早く、思い出さなければならない。俺はいったい、誰を殺めてしまったのかを――。

【Chapter4:下賜】
 翌日。運動場にて、マレウス様と少し話をしていた。昨夜のセベクの言を信じるのならば、マレウス様は、今、唯一俺が殺していない人物だと保証されていることになる。そう思うと、いくらか気が楽だ。……他の者とは、顔を合わせる度に、もし、俺がこの人を殺してしまっていたらという疑いに見舞われて、参ってしまいそうになる。
「……思い込みとは、時として厄介なものです。早く、俺が誰を殺めたのか思い出せれば良いのですが……」
「ふっ。悩めるお前のために、僕からひとつ贈り物を授けよう。……これを」
「これは……、短剣、ですか?」
 短剣。昨日の真夜中の襲撃を、ふと思い出す。……マレウス様は、なぜ短剣をお持ちなのだろうか? まさか、昨日の襲撃者は、マレウス様……? まさか、そんなことはと俺は頭をぶんぶんと振って、悪い考えを振り払う。……マレウス様は、まだ俺のことを、あの冷たい目で見ていないじゃないか。
「この短剣を使え、と?」
「ああ。この先もし、お前が誰を殺めたかを思い出せたのならば、その目に映した幻の心臓を、この短剣で一突きにしてしまうといい。さすれば、お前の視界は正しく晴れることだろう」
「分かり、ました。……記憶がすべて戻った暁には、そのように」
「ああ。……期待して待っている」
 マレウス様はいつもの通り鷹揚とした態度のまま、その場から瞬間的に消えてしまう。いったい、どちらに行かれてしまったのだろうか……。とはいえ、マレウス様にもおひとりになれる時間は必要だろう。俺は俺の用事をこなしてしまおうと、その場から立ち去った。

【Chapter5:憩いのひととき】
 必要なものを買おうと、購買部へ立ち寄る。するとそこには、品出しを手伝っている様子の学友であるラギーがいた。恐らく、またサムさんに頼まれて、小遣い稼ぎのバイトをしているのだろうな。
「ああ、アンタか。いらっしゃい。なんか用スか?」
「ああ。生活に必要なものを、少し買い足しに来た」
「はいはい、生活必需品の棚はあちら~!」
 ラギーはテキパキと生活必需品の棚へと案内してくれる。……なんというか、拍子抜けするくらい、普通の態度だ。今まで、少し様子のおかしいデュースや親父殿……それからセベクと対峙してきただけに、なんとなく安堵を覚える。
「では、この辺りを貰おう」
「はいよ、毎度あり~!」
 コーヒー豆やミントガム、小鳥たちの餌など必要なものを適当に買い込み、他に買うものはないかと辺りを見渡す。
「砥石……は、今はいいか」
「なーんだ、もう買っていかないんスか」
 ラギーはそう言ってレジを打つ。
「はい、どうぞ。お買い上げありがとうございましたー!」
「ああ、助かった」
 商品を受け取り、店を出る。そのあとに呟かれたラギーの言葉を、俺は知る由もなかった。
「……本当に人を殺したとは、とても思えない態度ッスねえ……」

【Chapter6:追い出される教室】
 翌日。学友たちの待つ教室へ入る。すると、ざわりとまわりが騒いで、様々に好奇の目が集まった。……やはり、俺が人を殺めたことは、もう学園中に知られているのだろうか。
 教室に入ってきたカリムが、元気におはようと挨拶をした。
「おはようみんな! 今日も元気だな! あ、お前も……」
「やめておけ、カリム」
 俺に向けて挨拶をしようとしたカリムの口を、ジャミルが塞いだ。カリムは少し困った顔をしていたが、結局ジャミルの言葉に従うことにしたようだ。
「……うん、そうだよな。さすがに、良くないよな……ごめんな」
 カリムは俺に謝り、自分の席に座る。ジャミルは廊下から俺の方をしばらく見ていたが、ふとどこかへ行ったかと思うと、戻ってきて俺の前に立った。
「君、これを見ていないだろう」
 ジャミルが見せてきたのは、どこかから剥いできたらしい一通の書類。そこに書かれていた文字は、こんなものだった。
『2ーA シルバー 謹慎処分 期間:無期限』
「ああ。……そうだったのか。教えてくれてありがとう、感謝する」
「別に。俺は俺の利益のためにやっているだけなんでね。君に感謝される筋合いはないよ」
 ジャミルに礼を言い、教室の席を立つ。……さて、謹慎となったら、どこへ行こうか。ディアソムニア寮に戻るべきなのだろうが……それも、なんとなく、居心地が悪い。どこにも、俺の行くべき場所はないような気がした。
 これが人を殺めたことの、代償ということなのだろうか。

【Chapter7:進展】
 青空の下、誰もいない中庭で、どこか生暖かい風の吹く中、俺はひとり考えていた。
「俺が殺めてしまったのは、いったい誰なのだろうか……」
 ……問いかけに答える声はない。当然だ。今は皆、授業中なのだから。俺だけがひとり、世界中でひとりぼっちになったような感覚がする。
 なんとなく胸に穴がぽっかり空いたような淋しいような心地がしていると、ふと、そのとき、背後に誰かの気配を感じた。
「誰だ?」
「ヒッ……。は、話しかけられた……っ! い、いや、すぐに退散しますんで!!」
「イデア先輩……?」
 ガサ、と音がして、現れたのは3年生であり、イグニハイド寮の寮長であるイデア・シュラウド先輩だった。
「なぜ、あなたがここに? 今は授業中のはずだ」
「ぼ、ぼぼ僕のことはいいじゃん! てかそっちこそ、サボりなんてキャラじゃなくない!?」
「俺は……謹慎処分を受けているから、教室には戻れない」
「あ、ああ~。ハイハイ、例の件ね……りょ。そういやそうでしたわ……」
「あなたも、俺が人を殺めてしまったことを知っているのか?」
「知ってるも何も……。僕を巻き込んで大騒ぎになったじゃん。お陰で事件の収束に引っ張りだされて散々でしたわ……」
「何か、知っているのか?」
「あー、うん、えーっと。知っているっていうかなんていうか……。いや正直もう関わりたくないんで僕はこれで!」
「ま、待ってくれ! ……あなたが何か知っているのなら、この場を立ち去る前に……何かひとつくらい教えてほしい! 俺は、俺がこの手で殺めてしまった人を知りたいんだ!」
「え、ええ……? そんなこと言われても……てか、誰殺したとか普通、覚えてるもんじゃない……? 頭に焼き付いて離れないみたいな感じでさ……」
 イデア先輩の言うことは最もだ。だが、俺の精神が弱かったせいなのか、恐らく罪悪感なのか自己防衛からなのか、なんらかの理由でその記憶を封じ込めてしまったようなのだから仕方ない。
「あなたの意見は最もだが……、俺は、その記憶を、どうやら自ら封じ込めてしまったらしい。その上、殺めた人間の幻覚さえ見えてしまっているようで、誰が本当に、ここにいないのかも分かっていない。だから、記憶の手がかりを……」
 そう言いかけた瞬間、イデア先輩の目が冷たく、そして鋭く光った。
「はあ~? 人を殺した記憶を、辛くて忘れちゃった? しかも、ソイツが生きてる幻覚を見てる? 都合良い、実に都合の良い性格してますなあ! あり得なくない? いくら罪悪感に包まれてたとしてもさあ、自己嫌悪に耐えきれなくなったとしてもさあ、やらかしたこととか何度も何度も夜寝る間もなくフラッシュバックするもんでしょ、JK。そこをあっさり『殺したこと自体、僕が辛いので忘れちゃいました』って……。辛いのは殺された方でしょ。殺されたことを犯人から思い出されもしてないんだし……。君、メンタル強いんだね。悪い意味で」
「く……っ」
 イデア先輩の言葉に、息が詰まる。……確かに、この人の指摘はその通りだ。本当に、都合が良くて不甲斐ない。唇の奥を噛みしめたい気持ちだ。何も言い返す言葉はなく、拳を握り、俯いていると、イデア先輩が最後にぽそりと言った。
「……ま。ホントに殺したんなら、どっかに遺体があるんじゃないの? この学園にまだあることは、保証しないけどさ」
 僕から言いたいことはそれだけ、じゃと一言残し、イデア先輩はその場を立ち去ってしまった。……指摘は確かに耳が痛かったが、有益な情報も得られた。……遺体、か。そうだな。もし、この学園のどこかに被害者の遺体があるのなら、その顔を見れば、俺が誰を殺めてしまったのかは明白になる。俺は、被害者の遺体を探しに行くことにした。

【Chapter8:探索】
 その後、俺は学園の中のあちらこちらを探し回った。保健室、植物園、厩舎、果ては図書館、鏡舎、各寮の玄関口まで。しかし、どこをどう見ても見た目はしんと静まっただけの平和な学園の姿そのもので、遺体や人影どころか、ゴーストひとり見当たらない。……いや、待て。それはおかしいんじゃないか? この学園は、いつもとても、休み時間など関係なくいつでもどこかに人がいて、授業中でさえ賑やかな場所だったはずだ。
 それに、小鳥やウサギ、蝶々など、小動物や虫たちの姿すら一向に見えないのも、何かがおかしい。いつもなら、あの小さな生き物たちは、俺に遊んでもらおうとして、俺の傍に寄ってきてくれるはずだ。それだけならばやはり、俺が罪を犯してしまったからなのだろうか? 動物たちは、俺が恐ろしくて近づかなくなったのだろうか? そう思えるのだが……。あまりにも、学園中が静かだ。まるで、俺だけが放り込まれた、作り物の箱庭のように。
 そんな空虚と静謐を感じていると、まだ、調べていない場所のことを思い出した。学園の中、鏡の間には、たくさんの棺桶が並んでいる。棺といえば、本来遺体を安置するものだ。あの中のひとつにくらい、遺体が寝かされていてもおかしくはない。
 それならばと俺の足は取り急ぎ鏡の間へと向かう。
 ――しかし、良いのだろうか? このまま進んでしまって……。何か、俺はまだ、大事なもの、大事なことを見落としている気がする。
 だとしても、誰を殺めたかをまずは知らなければ、俺は前には進めないのだからと、他の考えを振り払った。

【Chapter9:鏡の間】

 鏡の間の前に着く。ドアノブに手をかけると、妙なプレッシャーを感じた。
「おや、その場所に何か用事かい?」
 後ろから声をかけてきたのは……同じ2年生の学友であり、また、部活動も同じとしている、ハーツラビュル寮長のリドル・ローズハートだ。
「リドル……。今は授業中では?」
「授業が終わる鐘の音すら聞こえていなかったのかい? もう放課後だよ。今日はずいぶん学園中を走り回っていたそうだね。ボクの元にも目撃証言が集まっているけれど……。何か、探しものでも?」
 リドルが俺に何を思っているのか、何を考えているのか、よく分からない。ただ、真っ黒なその目は、きっかけすらなく俺のことをはじめから冷たく映している。……待てよ、俺はこれと同じ感覚をどこかで味わったような……? いや、今はそんなことは良い。ともかく、事情を説明しよう。誠実に事情を説明すれば、きっと分かってもらえるはずだ。
「お前がどこまで聞き及んでいるかは分からないが……。俺は、俺の殺めてしまった相手のことを、情けないことに、すっかり忘れて、幻まで見てしまっている。だから、それが誰なのか知ろうと、殺めてしまった人の遺体を探しにここへ来た。ここになら、棺があると思って」
 俺の言葉に、リドルはうなずいた。
「棺、ね。確かにあるよ。なんせ、キミが殺した人物の遺体は、キミの推察通り、棺桶に入れられて、ここで眠っている」
「だったら……、中を見ても、かまわないか?」
「……ボクは止めないよ。ドアを開けた瞬間、キミがそれを後悔しないのなら、だけれど。……ここに来るまでに、十分な情報は集まったかい? 見落とした違和感はない? 誰をその手にかけてしまったのか、その予想と覚悟はついてる?」
「なぜ、そのようなことを俺に尋ねるんだ?」
「さてね。まあ、心の準備ができた頃に、その扉を開くといい。すべての答えは、そこにある」
 そう言ったきり黙ってしまったリドルをよそに、俺はもう一度深呼吸して目を閉じ、考える。
 ……俺が殺した相手は、いったい誰なのだろう? 俺が幻を見ているというのならば、俺と一対一で会話をした人物は、皆怪しくなってくる。まず、ラギー、デュース、イデア先輩はそれに当たる。この三人は、俺と二人のときにしか会話していない。ああ、それと今、ここにいるリドルもか。カリムとジャミルはとりあえず外していいだろう。アイツらは、二人で行動し、二人で会話していたからな。
 それから、他にも……。親父殿も、様子がおかしかった。が、マレウス様とセベクが、その親父殿の様子のおかしさに、何の反応をしていなかった。あれも、もしや、親父殿こそが、俺の作りだした幻だったのではないか……? だとしたら、少し……いやかなり、この扉に手をかけるのはためらわれる。
 ……待てよ、そのセベクも、幻だとしたら? アイツが言っていた『マレウス様を殺していない』という言もひっくり返るのではないか? では、俺は……マレウス様を、殺してしまって、いる、のか? そう考えると、思考は悪い方へと進んでいく。セベクが言っていた、『この学園のひとりが欠けている』ということも、真の言葉ではないとしたら……。もしそうだとしたら、セベクもマレウス様も、俺は手にかけ、た……?
 ようやくそこまで思い至って、俺はもっと恐ろしい可能性が残っていることに気付いた。
 まさか、俺が殺したのは、もしかして、ひょっとすると、まさか、考えたくもないが、『この学園の中の誰かひとりだけ』や『マレウス様とセベクの二人だけ』などではなく、それ以上に――……?
 ……真実を見極めるため、俺は震える手で、鏡の間の扉を開けた。

【Chapter10:俺は〇〇を殺した】

 鏡の間に入る。すると、やはり辺りは静まり返っている。中央にある大きな鏡の前に、ひとつの棺が置かれていた。
 ――息を呑む。この先は、もう後戻りができない。
 意を決して棺の蓋に手をかけ、持ち上げる。すると、棺の中が眩しく光り、何か輝く小さな鳥のような形のものがたくさん群れになってバタバタと俺の方へ飛んできた。
 その勢いに、腕を顔の前に掲げて顔を庇い、思わず目を閉じる。辺りが落ち着いたような気がしたので、目を開けると、ようやく棺の中の人物と対面することになった。
「そうか……ははっ、良かった。本当に……」
「ずっと、俺が誰を殺したのか、気になっていたんだ、学園の仲間や大切な人の中の誰かにそんなことをしたのなら、もうその人に顔を向けて生きてはいられないと……っ」
「俺は、俺を殺したんだな……っ!」
 蓋が開いたままの棺の中に横たわっていたのは、『俺自身』の遺体。眩しく輝く銀色の髪が、ただ眠るように横たわる彼を引き立たせている。黄緑色のクッションが敷かれた棺に、真っ白な花を敷き詰められた真ん中に、その青年は横たわっている。
 その棺の横にしゃがみ込み、じっとその顔を見る。本当に彼は死んでいるのだろうかと思うくらい、息を呑むほど美しい自然な姿をしている。
 手を伸ばし、その頬に触れようとする。すると、勢いよく何かが顔にぶつかってきて、視界を遮られる。足元を見ると、そこに落ちていたのは白い花だけで作られた花束のようだった。投げられたのか? ……どこから? その答えはすぐに与えられた。頭上から、あふれるほどの怒りを込めた重く低い声が、部屋いっぱいに響く。
『軽々しくそやつに触れてくれるなよ』
 思わず手を引っ込めて上を向くと、そこには天井に足をつけた親父殿が立っていた。
「親父殿……っ」
「何度も言わせるな。わしはお前の父などではない。この光景を見ても、まだ分からぬか?」
 ひらりと天井から降りてきた親父殿は、俺を蹴り飛ばして俺と棺との間に立つ。まるで、棺を守るかのように。その衝撃で背中がガンと壁にぶつかり、少し意識が朦朧とする。
「俺、は……?」
「我が愛息子の優しさを仇にしたのは、さぞや面白かったか? 物の怪よ」
 愛息子の優しさ? 物の怪? 親父殿、は、何を言ってるんだ? 俺は、俺、は、オレ、ハ。
「ぐっ……!」
 ……とても、頭が痛い。ああ、そうだ。俺は、違う。俺は――リドルが最初から俺に向けてきた、あの冷たい目と同じ目を、もう知っていた。それは、マレウス様――マレウス、の。はじめから、俺のことなど、取るに足らぬ虫けら程度にしか思っていないような、あの目だ。それと同じで、セベクの冷たい目も、デュースのそれも、けして、この棺の中の、『シルバー』に向けられたものではなかった。
 なら、オレはいったイ? オレ、は、シルバー、じゃない。シルバーじゃない、オレ、は、なんなンだ……? ……とても、頭が痛い――
「己の真の姿を思い出したか?」
「あなタ、いや、オマエ、は……マレ、うス……!」
 身体から、黒い霧がもうもうと出てくる。頭を抱えてうずくまっていると、鏡の間の入口に、いつの間にやらマレウスが立っていた。その前には、セベクが警戒するように警棒を握りしめて、その反対側にはいつかの夜に見た短剣を携えたデュースが、マレウスを庇うように二人で構えている。
「おやおや。どうしたのだ、そんなに頭を抱えて。知りたいことがあるなら、この僕が教えてやるぞ?」
「この、ここにある、俺の、いや、シルバーの、カラダ、は……、オレ、は……いったい、なん、なンだ……?」
 オレの問いに、マレウスは淡々と答える。オレの身体はもう、シルバーとしての形を、ほとんど保てていなかった。
「お前は――近くの山に棲んでいた、さ迷える魂。生前よほどの悪事を働いたのか、誰もお前を弔うものがなく、ひとり未練たらしく墓石に纏わりついていたところを……それをわざわざ哀れみ、悼んでやる物好きがいた。その物好きこそが、シルバーだ。シルバーの捧げた祈りに乗じて、その身を貫いた恩知らず、礼儀知らずこそが貴様の本質、本性だ。……大方、ろくな名も持ってはおらぬのだろう。『無礼者』とでも名付けてやろうか?」
 その声には、氷のように冷たく冷静なように聞こえるが、確かな怒りが含まれていて。マレウスの前に立つセベクもまた、静かな怒りを露わにした。
「貴様は卑怯者だ。どこまでもシルバーのお人好しに付け込んだ、最低の存在だ!」
「テメェは忘れてるみたいだから、教えてやるが……。あの日、こういうことがあったんだ」
 今度は、セベクと同じようにマレウスの前に立っていたデュースが、拳を合わせながら強い語気でこちらへと語り始めた。

 ――学園の近くの、山の中。あの日、シルバー先輩と二人で散策に出かけていたとき、シルバー先輩が、ふと、森の中で墓石を見つけたんだ。
『これは……無縁仏、だろうか?』
『みたい、ですね……。よく気付きましたね、こんなの。ほとんど、ただの石みたいになってる。……どれだけ放っておかれたんだろう』
『……誰も弔ってくれるものがいないというのは、とても淋しく、孤独なことだったろう。せめて今、こうして俺から捧げられる祈りが、何かの救いになればいいが』
 そう言って、シルバー先輩は墓石の前で祈りを捧げた。そうしたら、テメェが墓石の中から出てきて、シルバー先輩の心臓を貫き、奪い取ったんだ。
『か、は……っ!』
『シルバー先輩!!』
『オレのために祈ってくれてありがとうよ、これで、『呪い』は成立した……お前の魂も記憶も、そして人格も、すべてオレのものだ!』
 そうして、お前は血にまみれた両手から、シルバー先輩に似せた姿になって、学園の方へ歩き出した。

 ――デュースの言葉に、オレは驚く。あの夢は、オレが、シルバーの姿を奪い取ったときの記憶、だったのか……? では、あの声は一体? ふと一瞬、シルバーによく似た男の幻覚がもうひとりぶん見えた気がして、多少驚くが、それは厳しい目で俺を睨みつけると、一瞬のうちに消えた。直感する。あの声の主は、アイツだ。デュースはそんなオレの動揺に構わず、話し続ける。

 ――それで、僕は倒れた本物のシルバー先輩の身体を背負って、急いで学園に戻って、それからディアソムニアの人たちに、そのときあった出来事を報告したんだ。
『すいません! 俺がついていながら……!』
『良い。元々は、シルバーの行動が招いた事態のようだからな。僕たちが処理するのは吝かではない、が……少々まずいな』
『まずい?』
『うむ。入れ替わりの呪いというのは、昔から、そやつのことを本物と間違えて名を呼ぶと、真に成立してしまうという決まりがあるのじゃよ。そやつが来るよりも前に、急いで学園中に、シルバーの名を呼ばぬように通達せねばならぬのう……。マジカメで拡散しておくか! ケイトたちにも手伝ってもらおうぞ』
『それで、シルバー先輩の身体は……』
『問題ない。幸か不幸か不完全な入れ替わりの呪いがかかっているのが幸いし、心臓はとられたものの、アイツもまだ生きてはいるようだ』
『良かった……』
『あとは、この呪いの解除方法だが――』

「そこからは僕が説明しよう、スペード」
 マレウスが、デュースに代わって、続きの説明を始める。その表情は、もはや勝者の余裕に満ちていた。
「入れ替わりの呪いを解く方法はいろいろとあるが、今回のこの呪いの解除方法をシュラウドやシェーンハイトに分析させた結果――『別に何をせずとも良い』という結果が出たのだ」
「……は……?」
「お前に『自分はシルバーとは別個の存在である』と強く認識させる、という手法もあるにはあったのだが……。シルバーに関しては、そのような手を使わなくてもいい、ということだった」
 リリアが追い打ちをかけるように言う。
「うちの息子の魂は、お前なんぞに乗っ取られるほど弱くはないっちゅう話じゃよ。けしてお前のことをシルバーと認めず、放っておきさえすれば、いずれお前のような邪な魂の方があれの光に飲み込まれるわ。それに、ほんに正確にシルバーの魂をコピーしたのであれば、のう? 今からお前がどうすべきか、もう分かっておろうて」
 カラン、と音がして、胸元から、短剣が落ちる。これは、シルバーの姿を借りていたとき、マレウスから与えられたものだ。……ああ、そうか。なるほど。オレが、シルバーと『同じ』になりたいのなら。もしオレが本物のシルバーならそれをどうするか考えろと、そう、言いたいのか。
「さて、どうする? お前がまだ、自分を『本物のシルバー』だと言い張りたいのなら……その短剣を、どう使うべきだ?」
 オレは、考えた。もし、この短剣を捨て、己はシルバーではないと認めれば、自分は『シルバー』とは別個の存在であると認めたことになり、呪いは剥がれる。
 だが、もし、自分が『シルバー』ならば、この短剣をどう使うか――。答えはもう、決まっている。オレの中にある、乗っ取ったはずの人格が、魂が、記憶が、全力で訴えてくる。『これ以上、生き恥を晒すべきではない』と。『自分ではない人の命、人生、記憶、人格を奪ってまで生にしがみつくこと、それは俺のやるべきことではない』と。

 オレは震える手で自分の胸に剣を突き立て、奪った心臓を胸の中からえぐり出した。
「……奪った心臓は、返す。本物のシルバーなら、きっとこうするんだろう」
 心臓を差し出すと、それを瞬時にリリアが奪い取る。
「阿呆。そもそもシルバーは、他人の人生や心臓を奪おうとなどせぬわ」
 リリアは、大切そうにシルバーの心臓を棺で眠る本人の元へと返した。……きっと、もうじき呪いは解ける。オレは、シルバーと同じになることで、なおさら分かってしまった、分からされてしまったから、だ。オレごときでは、アレにはとても成れない、と。成れなかったのだ、と。これが、別個の存在であると、強く認識する、ということなのだろうか。
 今度こそ黒い霧のように、身体がさらさらと崩れていくのを感じる。……それでも、俺のことなんかもう、誰も気にしていなかった。皆、本物のシルバーを心配そうに囲んでいる。オレのことなんて、誰ひとり、目にも入れていない。俺はまた、あの無縁の墓石へと戻されるのだろう。
 最期にオレの目に映ったのは、皆に囲まれて目を開け、まるで長い眠りについていただけのような、呑気なあくびをして目覚める、俺とはすべてが正反対の……本物のシルバーの姿だった。

*おしまい

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