リグレット ※死ネタ

・含まれるもの
7章ネタバレ、シルバーやデュースなど一部キャラクターの喫煙描写、年齢操作(成人後)、死ネタ(死亡描写)、将来の職業・進路や葬儀などの捏造設定、オバケなどのホラー要素

・その他の注意
*7章途中時点で執筆しているため、シルバー成人後の将来もリリアは健在であり、茨の谷の自宅にて隠居している設定となっています。
*年齢操作ですが、シルバーの居眠り癖はNRC生の頃よりいくらか軽減されたものの、未だ健在のままという設定です。
*デュースは学園生活を送る中で、時間をかけて優等生になれた設定です。
*シルバーを見るセベクの視点で話は進みます。

 以上すべて大丈夫な方はスクロール↓

 

 

 ――シルバーは時々、煙草を吸うようになった。それというのも、アイツが……デュースが命を落としてからのことだ。デュースというのは、かつて同窓で学んだ僕の友人のひとりでもあり、そして、シルバーの恋人だった、ある人物のことだ。
 デュースは成人してからというもの、時折、煙草を吸うようになっていたそうで(職場の上司との付き合いが元で吸い始めたらしい)、アイツが生きていた頃のシルバーが、健康に悪いだろうと渋い顔でデュースの吸う煙草を取り上げてはアイツを諫めていた姿を未だによく覚えている。

 ナイトレイブンカレッジを卒業してからのこと。僕は他の学友よりも、デュースと会う機会は多かった方だろう。シルバーに会いに来たついでにと、毎度律儀に僕やリリア様、そしてマレウス様へまでも、同窓で学んだ仲だからと、気軽に手土産を持ってきては挨拶をしていた気安い姿を今でもよく覚えている。……あの頃、僕は同級生の問題児たちを、殺しても死なないだろうしぶとさを持つやつらだと思っていた。だが、そんな中デュースはあっさりと命を落とした。
 アイツは、優等生になるんだ、という口癖を叶えるためか、じっくり4年努力を続けた結果、ナイトレイブンカレッジをそれなりに優秀な成績で卒業した。まあ、僕よりも優秀だったとは言わないが、最終的にはたまに僕とも並ぶくらいだったとは言ってやってもいいくらいには、学園の日々を過ごす中で奴も成長していた。それからのことだ。デュースはすぐに警察学校へ入り、無事、望みの警察官となって一線へと配属された。その4年後。人質を連れて立て籠もった、強力な魔法を使える犯人の攻撃から市民を守ろうと、咄嗟に身を呈してそれを庇い、命を落としたそうだ。その死に様はといえば、魔法の当たりどころが悪く、即死。あまりに突然のことで、遺書すらも残っていなかったという。
 あの連絡が来たときのシルバーの様子はといえば、ひどいものだった。アイツは、薔薇の王国で暮らすデュースと遠距離恋愛をすることになっていたから、電気や電波が多く通っていない茨の谷でもできるだけ疎遠にならないようにと、遠くでも通信や会話ができる貴重な魔道具をどうにかこうにか用意して、それでよく連絡を取り合っていたのだが……。ある、星の河が空に輝く夏の日に、その魔道具から連絡が来た。シルバーはその場にいたマレウス様に魔道具からの魔力の動きを指摘され、遠い国にいる恋人からの連絡だろう、行って来いと許しをもらい、では少しだけ、お言葉に甘えてと照れくさそうにしながら席を外した。遠い国にいる恋人から届くシルバーへの連絡に、マレウス様がそれをあえて目敏く見つけ、少しの憩いと許しを与える。デュースが警察学校を卒業してから時折見かけていた、平時にはよくある光景だった。僕ももちろんその場にいて、アイツらは本当に何年経っても遠い国にいようが仲が睦まじいのだなとどこか嬉しそうに告げるマレウス様と談笑をしつつ、さあ今日はどんな風に戻ったシルバーを仲睦まじいことだとからかってやろうかと呑気に相談しながらシルバーの戻りを待っていた。それからだ。十分もしないうちに、シルバーは再び僕たちの前に姿を現した。連絡へ向かう前には顔に乗せていた頬の赤みと表情の明るさをなくし、顔面蒼白になりながら。
 これはただごとではないと思い、思わず「何があった」と尋ねた。すると、シルバーは一言だけ放心したように告げた。
「デュースが、死んだ」
 ――突然告げられた、かつての学友の訃報。どういうことだと思わず詳細をシルバーに問い詰めそうになったが、それを尋ねたいのはシルバーの方だと、様子を見てすぐに気が付いた。
 マレウス様もさすがに驚いた様子でいらっしゃったが、僕たちの方が慌てふためいているのを見るや否や、冷静に指示を出してくださった。
「ひとまず、シルバーにはしばらく喪に服すための休暇を出す。期間は決めないから、お前の心が落ち着いた頃に戻って来るといい。セベクも葬儀に出るのであれば、その間はシルバーについていてやれ。スペードは僕にとっても良き友人であった、本来なら葬儀の席に赴きたいところだが……。僕はお前たちほど自由に茨の谷を出られない。スペードへの弔問は、お前たちに代替を頼むとしよう。その間の僕の護衛は、リリアに頼んでおく」
 僕はマレウス様の指示を聞き、ひとまずシルバーを別室で休ませ、自宅でゆるりと隠居生活を過ごされているはずのリリア様に連絡を取ることにした。リリア様は一報を聞くが早いか文字通り城へと飛んできて、シルバーは大丈夫かと声をあげられていた。
 シルバーが気丈であるのなら、僕はシルバーに、お前がいない間は僕がマレウス様をしかと守ってやるから安心してお前だけで行って来いと言うことも考えたのだが、今のシルバーをひとりで長い旅路へ行かせるには不安が残る様子であり、マレウス様からもシルバーについていてやれと頼まれたため、僕も共にデュースの葬儀へ出席することにした。……デュースの奴は、卒業してからも僕と親交が残る、数少ない友人であったことも理由になくはない。
 それから、しばらくリリア様がシルバーの世話をしてくださり、なんとか旅支度を済ませたところで、マレウス様の護衛を一時的にリリア様へとお願いし、僕はシルバーと共にデュースの葬儀が執り行われる薔薇の王国へと向かった。一晩かけて移動したから、通夜にはさすがに間に合わなかったが、デュースの葬儀には二人ともどうにか出席することができた。
 葬儀に出て最初に僕たちが見たデュースは、既に死に化粧を終えていて、ただ眠っているかのように静かに棺の中へと佇んでいた。……それが余計に、違和感を募らせた。本当にここにアイツの魂はないのだと、その違和感が嫌でも僕にそれを分からせた。僕が知っている範囲のデュースでさえも、そんな風にすました顔で大人しく眠っているようなやつではなかったから。アイツが寝るのならば、もっと大口を開けて、それこそ拍子抜けするくらい間抜けな顔で……。そんな風に思う僕よりも、もっと詳しくアイツの寝顔なんか知っていただろうシルバーにとっては、それがどれほどの光景だったことだろうか。
 デュースの葬儀には、アイツの上司や仕事仲間だと思われる警察官や、デュースが庇ったという事件の被害者などが参列していた。同じ薔薇の王国に住んでいるからと、卒業後もたまに交流していたらしいエースやリドル先輩などの姿もあった。デュースはこれほどの人間と交流があったのかと思うくらい色々な人が参列していたが、皆、それぞれに涙を流したり、いい奴だったと言っては俯いたり、沈痛な面持ちをしていた。
 僕はエースやリドル先輩などの顔見知りとも久々に会ったからという理由で挨拶程度の雑談混じりに少しだけ言葉を交わしたが、シルバーにはさすがにそこまでの余裕はないようだった。彼らはシルバーの様子を心配していたが、彼らもシルバーとデュースとの関係を知っていたようで、無理もないとそっとしておくことを選んだようだ。
 そのうちデュースの母親だという人間が僕たちの前に現れ、シルバーに声をかけた。彼女はシルバーへ挨拶をしようとする間に緊張の糸が解けてしまったのか、「何も、こんなに早く……」と、涙を流しはじめた。シルバーは、お悔やみ申し上げます、俺も、同じ気持ちで、だけど、アイツはきっと後悔していません、と、震える声で応えるのが精一杯だったようなので、僕が代わりにマレウス様からの弔意を伝え、半ばシルバーを引っ張るように、デュースに献花をした。
 デュースへ送られる献花は、白いカーネーションだった。デュースの母親が言うには、本当に母親想いな子だったから、と葬儀屋に生前の話をしたところ、ならば彼を送る花には、母への愛を示すカーネーションが相応しいだろうという経緯でその花になったらしい。シルバーは、花にひとつくちづけてから、そっとデュースの傍らへカーネーションを下ろし、普通よりも少し長い祈りを捧げた。
 粛々と行われる葬儀の間、シルバーは誰かに話しかけられたとき、わずかに口を開く以外はずっと口をきゅっと一文字に結び、いつも少ない言葉の数を、より少なくしていた。
 葬儀が終わったあと、シルバーは居残って、デュースの母親に遺品整理の手伝いを申し出た。力持ちだったひとり息子の荷物の整理を、女性ひとりでするのは大変だろうから、と。僕は葬儀が終わったらすぐに国へ戻る予定だったが、そんなシルバーのやることに、黙って付き合うことにした。お前が調子を戻すまでは僕も手伝ってやると言えば、シルバーはありがとうと小さな声で言った。
 そうして、デュースの生きていた証の物品をひとつひとつ整理しつつ、たまにシルバーがぽつぽつと話す、その物品にまつわるデュースとの思い出話を聞きながら、こう感じていた。
 ――僕はまだ、恋人といえる立場の大切な人を亡くしたことがない。だから、シルバーの持つ哀しみには、本当の意味では寄り添ってやれていないのかもしれない。だが、僕には僕の立場だからできる役目があるはずだ。もうアイツの背中を叩いてやれないデュースの代わりに、しゃんとしろ、と背筋を伸ばさせる役目が。それが、アイツの友人のひとりであった僕として、してやれる役目で、僕なりの追悼だ。
 だが、今はまだもう少しだけならば、シルバーを悲しみに暮れさせてやってもいいだろう。そうした時間も、時として人間には必要なのだ。特に、大切な人をなくしたばかりのシルバーのようなやつには。シルバー単体の話ならば、本当に正直なことを言えば僕もその実力を認めるほど強い奴だとはいえ……。本来ならば人間という種族は、強い僕たちが守ってやらなければならないほど、弱いものなのだから。僕だって、それくらい分かっている。
 デュースの遺品整理には、一晩と少しの時間がかかった。時折眠そうにしているシルバーに仮眠を取らせ、シルバーが起きている間には僕が仮眠を取り、交代で物品を仕分けた。交代で仮眠を取った僕が起きたとき、時々シルバーが目元を擦ったように赤くしていたことは、気付かないふりをしてやることにした。
 遺品整理が終わり、少しだけ休ませてもらうと、シルバーは、墓を建てるときにはまた手伝いに来ます、連絡をお願いしますとデュースの母親へ告げ、茨の谷へ戻ることにしたようだった。

 ふと、デュースの家から少し歩いた公園の広場で、ぽつりとシルバーが言った。「寄り道をしてもかまわないか」と。好きにしろ、と答えれば、シルバーはどこかへ迷いなく歩き出した。シルバーが向かった先には、茨の谷のものほど透明に澄んでいるわけではないが、それなりに綺麗な湖があった。
「薔薇の王国へ逢いに来たときは、ここにも、よく来ていたんだ。人気がなくて、逢引にはちょうどいいから、と……」
 それから、ようやくシルバーは僕に背を向け、湖の水面を向くと、ずっと堪えていたらしい嗚咽をあげ、涙を流し始めた。……まったく、デュースの知り合いや家族の前では強がって、自分ひとりにならなければたったひとりの恋人の喪失を悼む涙も流せないとは、本当に不器用な男だ。

 それからひとしきり慟哭をあげ終えると、やがてシルバーは背筋を正した。
「すまない、世話をかけた。……茨の谷へ帰ろう。今後のことも、マレウス様たちに相談と報告をしなくては」
「もういいのか? まだ情けなく泣きわめいていても、僕はかまわんぞ」
「馬鹿を言うな。……いつまでも悲しみにふけり、守るべきものの傍にいなかったとあっては、それこそアイツに怒られてしまうし、最期まで守るべきものを守ったアイツの生き様へ、顔向けもできない」
 軽口に言い返せるようになったのなら大丈夫だなと判断し、マレウス様へ事の仔細を報告するため、僕はシルバーと共に一度茨の谷へ戻った。それからシルバーはデュースの母親と共同してアイツの墓を立て、アイツの命日である7月7日と誕生日の6月3日には必ず休暇を取って、ひとりきりで薔薇の王国までわずかな旅をして、冥福の祈りを捧げるようになった。

 それが、2年前のことだ。すっかりシルバーも喪失の痛みから立ち直り、日々を過ごしていると思っていた。時折、アイツのことを思い出しているのか、ひとりで煙草を吸うようになったこと以外は。一番はじめはどこからか煙草の匂いがすると僕も苦言を呈したが、すまなかった、次は匂いを消すようにする、とシルバーがあっさりと自分が吸ったことを認めたため、むしろそのことの方に驚きが勝ったものだ。シルバーは身体に悪いと言って煙草を嫌っていたから。
 それに、シルバーが灰皿に残す煙草の吸い殻は、いつも途中で湿気っているようだった。それが何を意味しているのか、煙草のことをよく知らずとも、察せるような気がした。
 このことをマレウス様に相談すると、マレウス様はこう仰せになった。シルバーはどんなことも耐えてみせようとするところがある、ひとり感情を溜め込み続けて、どこかで爆発して自棄になられるよりは、煙草の匂いを多少纏っていても淋しがっていることが適宜分かった方がいいだろう、むしろ、何かあったときの良い目印だ、と。マレウス様がそう仰るのならばと、それからはもう、僕たちはシルバーにできた喫煙癖について何も言うことはなかった。そして、デュースという存在の喪失をそれぞれ大小に抱えながらもまたいつも通りの日々を過ごしはじめていた、ある日。

 シルバーから、煙草の香りがしなくなった。

 それだけのことならば、あれから2年も経ったのだ、やっと吹っ切れられたのか、と思うだけで済むのかもしれないが、どうにもそれだけではない。シルバーの調子が、やけに良いのだ。
「何をずいぶんと張り切っているのだ?」
「ああ、少し……、良いこととは言い切れないのかもしれないが、喜ばしい出来事があった」
「なんだそれは」
「……秘密だ」
 秘密。秘密とはなんなのか。シルバーのくせに、今さら僕に隠し立てをするような秘密があるとは。なんだか僕はそれが無性に気になった。だから僕はその秘密を探るため、改めて最近のシルバーのことを調査してみた。シルバーの家(元々はリリア様のいらっしゃる自宅から通おうとしていたが、そんな早起きはお前にできないだろうと城の近くに居を構えることになった)の近所に住む者たちの言によれば、この頃シルバーは家に帰るなりすぐに睡眠を取っていて、夜中に起きてはどこかへ出かけているらしい。誰かの怒鳴り声のような目覚まし時計の音がけたたましいので、すぐに分かるそうだ。……アイツが昔、ナイトレイブンカレッジに通っていた頃、薔薇の王国の祭りに参加すると言って持ち帰ってきた、デュースの声入りの目覚まし時計のことだな……。人は誰かを失ったとき、はじめに声から記憶をなくしていくという。未だにアイツの声が入った時計を愛用する気持ちは、アイツがいなくなってしまった今では分からなくもないが、近所に丸わかりなのは困ったものだ。
 まあ、いい。お陰で今の僕は、そんな分かりやすいシルバーの動向を追うことができているのだ。護衛の勤務時間が終わった後、シルバーを尾行してみれば、確かに近隣住民の言葉通り、家に帰るなり、シャワーを浴びたあと私服に着替えてわずかに食事を摂ると、机の上に件の時計を置いて、席についてその傍で眠り始めた。……ベッドで眠らないのは、わざと寝心地を悪くして、その後に起きやすくしたいという意思の表れだろう。そうまでして仮眠を取り、夜更けにどこで何をしにいっているのかと、僕はシルバーが起きるまで張り込みを続けることにした。通常、住民たちの話では本当に夜中、23時を回る頃までは目覚ましを鳴らさず起きないというので、途中で食事を摂りになども行ったが、本当にシルバーは微動だにしていなかった。……惰眠を嫌っていたアイツが、このようなことをするとは。いったい何がアイツをそうさせるのだろうかと、もはや最初の好奇心のような気持ちは忘れて、何を隠しているのか究明する必要が出てきたような気さえしていた。

 それから、時計が怒鳴った23時。シルバーはすぐに飛び起きてその時計を名残惜しそうに止め、シンプルなシャツの上から簡単な羽織りだけを取って、外へ出かける支度をした。僕はその光景に、目を疑った。あのシルバーがあっさりと飛び起きた、だと? 学園にいた頃よりも居眠り癖は改善されたとはいえ、未だにまだ朝は寝惚けていることの多い、あの寝坊助が。
 ともかく、やはり何かが起きているのだと僕はシルバーを追った。シルバーが向かった先は、近くの森にある湖。いつか薔薇の王国で見た湖と、少し様相が似ている湖だ。もちろん、茨の谷の湖の方が透明度は高いがな!
 そこに辿り着き、もうすぐ時計の針が日付の変わる午前0時を指そうかというとき、シルバーは水面を眺めて何かを待っている様子だった。
 僕は近くの茂みに隠れ、シルバーの様子を観察する。すると、時計の針が0時ちょうどを指したとき、そこに、草葉の陰からあり得ないものが現れた。
「なっ……」
 僕は息を呑む。……あれは、デュース。間違いない。2年前に死んでしまった、あの、デュース・スペードだ。学園時代にいつも目元に書いていたスペードのスートがなくなり、その頃にあった幼さが消えて少しだけ大人びている、2年前のあの日、葬儀で見たそのままのデュースだ。よく、茨の谷に遊びに来ていた、あの……。
 それが動き、喋り、笑みを浮かべ、シルバーと何ごとか言葉を交わしている。シルバーは、愛おしそうにそのデュースを見つめ、慈しみの瞳を向けて、指先で頬を撫でようとしている。……あれは、デュースのゴーストなのだろうか?
 しかし、死者を追う生者の話の結末には、どれもろくなものを聞いたことがない。僕は思わず、馬鹿なことはやめろとシルバーに叫ぶところだった。
 だが、シルバーがデュースの頬を撫でようとするその指先が、するりと抜けて、それについてシルバーが悲しそうな、それでも嬉しそうな切ない笑みを浮かべるのを見ると、言葉が喉に息を詰めて、何も言えなくなった。
 ……よく考えろ、僕。たとえ今、シルバーが死者と逢引をしていようとも、現状シルバーに悪いことが起きているわけではない。むしろ、本人はとても調子が良さそうだし、煙草もやめたのだ。食事も何も放りだしてというのなら問題かもしれないが、帰るなり仮眠や食事などを取って、職務にも影響を出さないよう気を配っている。なら、アイツの好きにさせていてもいいのではないか? それに、時折淋しさが募ってつい煙草を吸ってしまうような、シルバーらしくない行動をさせてしまうほど忘れられない恋人との関係というのは、僕がそこにずかずかと立ち入って、簡単にやめろ、諦めろと言って聞いてもらえる領域の話なのか? 何よりも、2年ぶりに見た、あんな幸せそうなシルバーの顔を、わざわざ割り入って、壊しに行くのか? 今はまだ、何も悪いことは起きていないというのに、これから起きるかもしれないからという、ただの推測、僕だけの憂慮で。
 僕はその問いに答えを出せなかった。答えが出せないうちは、下手を打つべきではない。僕は何も言えず、そこで逢引を終えたシルバーが名残惜しそうに振り返り、もうそこに誰もいないのを認めてから自宅へと戻っていったのを見届けてから、その場を立ち去った。時計の針は、2時を指していた。

 だが、翌日。シルバーの方から、声をかけられた。
「セベク、話がある」
「……ああ」
 シルバーは気配に敏感な奴だ。どこかで尾行に気付かれているだろうとは思っていたが、やはり、呼び出されたか。
「単刀直入に聞こう。昨日、俺を追ってきていたのはお前か?」
「……そうだ」
 誤魔化してもしょうがない。シルバーの瞳は、それが僕だという確信を持っている。これは嘘を吐いたところで、すぐにバレるときの目だ。
「なら、頼みがある。どうか、昨日見たことは、誰にも秘密にしてくれないか」
「それは……」
「……頼む、どうか……」
 縋るように頼むシルバーに、僕は何か――怖くなった。幼い頃からずっと、良くも悪くも兄弟のように育ってきたシルバーが、何かよく分からないものに持って行かれそうになっているような、そんな気がして。だから、半ば怯えるように注意した。
「……シルバー、お前に何があったのかは分からないし、尋ねるつもりもないが……。まだ生きている者が死者を追うのは……良くないことだ」
「ああ、分かっている」
「分かっていない! 分かっていたら、どうしてあんな真似を……っ!!」
「分かっていないのは、お前の方だ!!」
 いつも静かだと言われがちなシルバーの、珍しい大声があたりの空気を震わせる。そのことだけで、シルバーが本当にあの時間を手放したくないと本気で思っていることが、びりびりと僕の肌に伝わってくる。
「アイツが死んでから、せめて夢の中でくらい、ひとときの幻想の中だけでも、一瞬でも逢えないかと、あの頬に触れたい、髪を撫でてやりたい、また声を聴きたいと、俺が何度、幾度の夜を夢想したと思っている……っ!!」
「しかし……っ」
 僕の声は、シルバーには届かない。
「命日が来る度、アイツを想って空を見上げる度、空に輝く星に願いをかけた!! それでも、届かないんだ、どうしても……っ!! アイツが生きているときには、アイツの夢に渡って、どれほど遠い国にいても、傍で触れ合うような夢を見ることが、夢で逢うことができた、だから、現実では遠く離れていても、我慢ができた、耐えられた!! だけど! 今はもう、どこにもアイツがいない!! 眠る度にどれほど夢を渡っても、アイツの夢に渡れないことが、俺にもうアイツはいないのだと、昼夜を問わず突きつけてくる!! 現実にも夢の中にも、どの国のどんな道を歩いても、姿をよぎるアイツが、寝ても覚めても、目蓋の裏で笑うアイツが、もうどこにもいないんだ!! ……こんなことならもっと傍にいてやればよかったと、下手でも言葉をかけてやるべきだったと、どれほど後悔しても、もう遅い、遅かったんだ!! それが、まだ間に合うんだぞ!?」
「そ、それでも、僕はやはり……っ」
 シルバーは息苦しそうに胸を抑え、青ざめた顔で、声を震わせながら叫ぶ。言いたくないのに、言ってしまう。そんなときの態度だ。
「……アイツと同じ年だったお前が、ひとつ年を取っていく度、アイツも生きていれば今頃は、と思ってしまう自分への嫌悪が……っ、それで、お前を見ていることさえふと苦しくなってしまうこの気持ちの辛さが、こんな風にお前にさえ当たってしまうほど募る気持ちが、本当にお前に分かるのか……っ!?」
「……っ!」
 それは初めて見た、シルバーの表情。恋人と呼べる存在への激情を持ったシルバーというのは、こんな顔をするのか。僕たちの知らないところで、シルバーは夜眠っている間にさえも、休む間もなく、恋人の喪失という事実に、こんなにも追い立てられていたのか。僕がデュースと同じ年であったことさえも、シルバーを追い詰めていたのか。……まるで、デュースという形の穴が、心にぽっかり空いた喪失に、魅入られているようじゃないか。どうしたらいい、こんな、どうしたら。これは本当に、僕の手だけに負える問題なのか? 僕が戸惑っていると、ふうと息を吐いてシルバーは冷静な態度を取り戻した。
「……すまない、声を荒げて、怖がらせてしまった。俺だって、ずっとこのままでいいとは思っていない。だから、せめて、アイツが死んでしまう前に、伝えておきたかった、伝えておけば良かったと思う、アイツに伝えられなかった、伝えたかった想いをしたためた文を渡せたら……。そうしたら、終わりにしようと思っている」
「そう、なのか」
「ああ」
「……だけど、まだ、再び別れる決心はつかないでいて……。少しだけでいい。他のみんなには、隠しておいてくれないか。俺がアイツに文を渡せる、その時まででいいから」
「……そう長くは、黙っていてやれないぞ。若様やリリア様に尋ねられたら、僕は黙ることはできない」
「ああ、それでいい。……恩に着る」

 それからまた僕は少しだけシルバーの様子を見に行った。シルバーは家に帰ったあと、僕に言っていた通り、仮眠を取る前に文をしたためようとしているようだった。何か、文字の書かれた便箋のようなものを何度も読み返しては、それに対していろいろと頭をひねって返事を考えているようだ。……きっとあれは、デュースから受け取った、最後の手紙なのだろう。アイツらは遠距離恋愛だったから、魔道具で連絡を取るほかに文通もしていたからな。それで、アイツは最後の手紙を受け取ったきり、返事の手紙を返せなくなってしまったのだ。しかしシルバーは、何度も自分の書いた方の便箋をくしゃくしゃに丸めてはくずかごへ放り込み、そうしてくずかごがいっぱいになった頃、諦めたような溜め息をついて仮眠を取る準備を始める。……なるほど、アイツはあまり思っていることをしっかりと言葉で伝えるのが得意ではない。2年間も溜め込んだ、あふれるほど伝えたいことが、まだまとまりきらないのだろう。……それならば。僕たちの知らぬところで心を痛めていたシルバーの、もう一度突きつけられる別れへ向けた心の整理に必要な期間なのならば、と、僕は黙ってやることを決めた。

 しかし、平穏の時間はそう長くは続かなかった。元より聡い方々だ、さすがにマレウス様やリリア様も程なくして気付き始めたのだ。シルバーの様子が変だということに。リリア様が、この頃妙にシルバーが元気なのじゃがおぬしら何か知らんかと、城にまで相談をしに来たのだ。リリア様はマレウス様が城へおわすようになってから昔よりも城へ顔を出しにくることが多くなったとはいえ、今でも頻繁に寄り付く方ではないのに、だ。
「セベク、お前は何か知らないか?」
「い、いいえっ! 僕は何も……!」
「……ふむ、そうか。この僕が尋ねているのだが、本当に知らないのだな?」
「……いえ、その……っ! ……分かりました、お話します……」
 マレウス様に圧をかけながらそう言われてしまっては、僕に断る術はない。僕は、知っている限りのことと、どうして今まで黙っていたのかの経緯を、洗いざらい二人へと話すことになった。……シルバーがその時間を奪われることを、半ば恐れると言ってもいいほどに嫌がっていることも、どうにか併せて言葉にした。くっ、僕にこんな苦労をさせて……。この貸しは大きいからな、シルバー!!
 しかし、そんなことを思っている僕とは裏腹に、僕の話を聞いたお二人の顔は神妙な面持ちだ。
「ふむ……。少しまずいことになったな、リリア」
「ああ。そうじゃな……。死後の世界へと誘う甘言は、ゴーストなら誰でも知っておることじゃが……。死んだ恋人の手招きほど、古今東西の世界において魅力的なものはないわ」
 リリア様はどこか淋しそうに、思い当たる節がどこかにあるかのような表情を見せた。
「しかし、セベクの話だと、無理やり引きはがそうとすると強く反発するようだ。……シルバーに、その文とやらを完成させて、もう逢わないと自分から納得させるというのが最も良い方法だろうが……」
「昼夜問わず2年間、お前の恋人はもうおらんぞって言われ続けとったようなもんじゃ。それにセベクでさえ、心の枷になっておったとは……。そんな状態のあやつが、ようやっと逢えた恋人に向かって、これで終わりじゃと言うて素直に手紙を完成させて渡しはできんじゃろうなあ。あれは、情に厚い子じゃ。良くも悪くも……」
「……本当にスペードのゴーストであるのなら、悪いようにはしないと思うが……」
「それも、どうかというとこじゃのう。シルバーの強い哀しみが引き寄せた、悪しき幻影やもしれぬ」
 三人で顔を突き合わせ、頭を悩ませる。とりあえず対策を考えてみるから、その間は何かあったとき対処できるようにシルバーの様子見は続けろとの命が下ったので、僕は再びシルバーの様子を探ることになった。そして、どうせ僕がシルバーを追えばいずれはバレることなので、シルバー本人にもそのことを報告しておいた。
「……というわけで、マレウス様とリリア様には知られてしまった。が、今のところは悪いことが起きていないので、様子見でいいそうだ。何かあれば対処できるように僕が傍に控えることにはなるが、影には隠れておいてやるから安心しろ」
「そうか……」
 シルバーはコーヒーをひとくち飲み、うなずいた。
「……まあ、望まない結末を迎えるよりは相当マシだ。お前も力になってくれたのだろう、ありがとう、セベク」
「ふん、お前のためではない。成り行きとはいえ片棒を担いだ以上、妙な結末になられては後味が悪いからな」
「それでも、ありがとう。……この間は辛く当たってしまって、悪かった」
「……二度はないからな」
「ああ、分かった」
 ――僕と言い争っていたときとは打って変わって穏やかなシルバーの態度に、ふと、今なら聞けるような気がした。
「なあ。どうして、お前はデュースがいなくなってから、煙草を吸い始めたんだ」
「改めて聞かなくとも、だいたい察されていると思っていたが」
「……実際に話を聞くのとは、またわけが違うこともあるだろう。別に、話したくないなら話さなくてもいい」
「いや……別に、隠し立てしていることでもない。いちばん初めは、口淋しくて吸い始めたんだ。アイツとキスをしたときは、しょっちゅうこの煙草の味がしていたから」
「キッ……!?」
「なんだ、26にもなってまだ初心な奴だな」
「う、うるさい! そんなことは別にいいだろう!!」
「ああ、そうだな。だが、吸ってすぐに後悔することにはなった。時折デュースの身体から漂っていた煙草の香りがして……煙草の煙がくゆる間、まるで、その中にデュースが佇んでいるかのような心地になって、……また少しの間だけでも、傍に存在を感じていたいと、やめられなくなっていったから」

 それから、また僕はしばらくシルバーの動向を見守ることになった。夜中の逢引になるので、僕もシルバーと同じように仮眠を取らなければ時々眠くなることに気付いてからは、もうシルバーの家で堂々と共に仮眠や食事を取ることにした。
 僕はそれまで気づいていなかった。どうせ会うのに、わざわざシルバーの家に立ち入ることはしていなかったから。改めて家に入って、初めて知った。チェストの上に、デュースの写真と、火葬の際に分けてもらったのだろう、人差し指より小さな小瓶の形にしたネックレスに入れられたデュースの遺灰、それから、渡せなかったのであろうベルベット生地の小箱が飾ってあったのを。ああ、あのシルバーのやつがひとり、こんなものを毎朝毎晩目に入れていては、悔恨の炎に身を焼かれるのも当然ではないか。
 今思えば、煙草も涙も何もかも、シルバーなりの救難信号だったのだろう。僕は今まで、どれほど細かなシルバーの痛みを見落とし、目を逸らしてしまっていたのだろうか。……アイツのことを、そんなにも追いかけてしまうほど愛していると、全然知らないでいた。僕が身を焦がすような恋情を知らないからなど、言い訳にならない。ナイトレイブンカレッジの卒業後は、僕がいちばんアイツらの傍にいて、アイツらのことを知ることができたのに。僕がもっとちゃんとよく見てやっていれば、もっと早くふたりの持つ弱さに気付いていて、この僕が、そんな弱い人間たちの心くらい、もっとずっと早く、守ってやることもできたかもしれないのに。シルバーのことを、強いと思い過ぎていたんだ。僕が見ていなかった、あるいはわざと見せられていなかったのだろうシルバーの弱い部分を、こちらも僕の知らないところで恋人として支えてやっていたのだろうデュースがいなくなった今、僕がそこをフォローしてやらなければいけなかったのに。
 そんな考えや後悔を振り払いながら仮眠を取っていると、やがてやたらにやかましいデュースの時計が鳴って、シルバーが起き、家を出る。僕は少し遅れて、その後についていく。
 そんなことを繰り返していたある日、シルバーが言った。僕がシルバーの逢引を初めて見かけた頃から、2か月ほどが経った頃のことだった。
「文ができた、かもしれない」
「できた、のか?」
「……ああ。いつまでもアイツを、俺の未練のために、この世に縛り付けていてはいけないと、頭ではずっと分かっていたんだ。それでも、まだ、あと少し、もうひとときだけと、今日この日まで……耐えることができなかった。俺は、弱い男だな」
 だが、そんな弱い男のままでいては、やはりアイツに申し訳が立たないし、怒られてしまうから、とシルバーはしたためた手紙を握りしめた。
 ――良かった。シルバーはやはり、僕の知っているままの、強い男だ。失ってしまった恋人への限りない未練さえも、時間がかかろうと己の力で断ち切れる。
「分かった。乗りかかった船だ、僕も最後まで見届けてやろう」
「ああ」
 出かける前、ふと振り向いてシルバーに尋ねた。
「あれは持っていかないのか? あれこそ、お前の、何より伝え損ねたことなのではないのか」
 チェストの上に置かれた小箱のことを尋ねる。するとシルバーは言った。
「あれはいいんだ。あれは、共に生きて欲しいという願いの証だから……。アイツをちゃんと見送りたいと思っている、今このときには、相応しくない。俺が次にデュースへ逢えるその日までは、大事に持っておく」
「そうか」

 そうして湖に向かい、シルバーはそのときを待つ。いつもと違い、瞑想をするように集中して目を閉じ、デュースを待っているようだ。そうしていつも通りデュースが現れると、ついにシルバーはその言葉を告げた。
「デュース。今日まで、俺に逢いに来てくれてありがとう。今このときまで、美しい夢が見られて、本当に嬉しかった。……けれどもう、終わりにしよう。俺の我儘で、これ以上お前をこの世に縛り付けていてはいけない。時間をかけさせてすまなかった、今度はちゃんと見送る」
 そうしてシルバーが手紙を取り出そうとすると、デュースの様子が、急におかしくなった。
「なんで、ですか? シルバー先輩。僕とずっと、一緒にいてくれるって言ったじゃないですか」
「デュース……」
「なんで、どうして。僕と一緒に、来てくれるんでしょう? あっちへ……」
「なっ……!?」
 デュースはシルバーの手を引き、湖の中へと連れていこうとする。どういうことだ、触れられないのではなかったのか? ……ええい、今はそんなことはどうでもいい! 今この光景こそ、『シルバーに何かあったとき』ではないか!
「シルバー!」
 僕が飛び出してシルバーを助けようとすると、その前にシルバーがデュースの腕を振りほどき、一瞬の間の内に剣を召喚して、そのデュースを斬り伏せた。
「……なん……どうし……て……」
「俺のデュースが、こんなに弱い力で手を振りほどけるわけないだろう。ひととき、甘い夢を見せてくれたことには感謝するが――もう、お前も眠れ」
 シルバーの声に込められた、確かな怒りと――そして、失意の声。それだけで分かった。僕たちの見ていたあれは、デュースではなかったのだ。シルバーは、薄々分かっていたのだろう。自分がそう扱っていたそれが、デュース本人ではないことを。あるいは、はじめの頃は失った影を求める気持ちが強すぎて、分からなくなっていったのかもしれない。だが、触れ合っていくうちに、気付いたのだろう。奴の持っていたであろう、些細な違和感に。シルバーはきっと、今でも目蓋の裏に、本物のデュースの姿を、髪の一本からつま先まで、事細かに思い描けるのだろうから。
 目の前でシルバーの斬ったゴーストの影が消滅したのを見て、シルバーに声をかける。
「シルバー……」
「……分かっていた。あれが、デュースではないことくらい。それでも……、ひとかけらしかない可能性に、縋ってみたかったんだ」
「だが、お前は斬った。……デュースを模した悪しきものを、斬ることができたじゃないか」
 あれはデュースではなかったのだから、気に病むことはないのだと、そんな励ましにもならないような言葉をシルバーにかける。すると、シルバーは言った。
「あれがもし本物のデュースだったとしても、同じ行動を取ったのなら、俺は同じことをしただろう。デュース、アイツは、もし、自分が死後、俺に害を成すような存在になったのならば、そのときは『迷わず斬ってください』と、そう言うような奴だった。……そうだったんだ。今でも、鮮明に思い出せる……」
「……ああ。確かに、アイツはそういう奴だった」
 シルバーはふうとひとつ深いため息をつく。
「……見届けてくれて、ありがとう、セベク。あのとき、一瞬だけこのまま連れていかれてしまおうかと血迷ってしまったが、お前の声があったから、振り払うことが出来た。デュースとお前は、たまに言い争ってはいたが、なんだかんだ仲が良かった。歳も近く、素直で、妙なところで頑固で……、どこか、似ているところもあったのだろうな。そんなお前が傍にいてくれたことで、より詳細に、アイツのことを思い出すことができたのだと思う。お前と同じように、俺が間違ったことをしていれば、強気に俺の背中を叩いてくれるような、そんなところを……だから、振り払うことが出来たんだ」
 シルバーは胸元から煙草を取り出す。……ああ、まだ持ち歩いていたのか。デュースが好きだった、甘めのフレーバーとやらを。僕は煙草を吸わないので、その味を知らないが……。本当に、理性の中では、アイツがデュースではないと勘付いていたのだな。
「火をやろう。一服したら、帰るぞ」
「……ああ。ついでに、これにも頼む。もう、必要ない」
 魔法で煙草とシルバーの持つ手紙に火をつけてやり、それらが燃え尽きる時を待つ。恋人の影を斬ったシルバーが今、何を考え、思っているのか、それはきっと、シルバーにしか分からないことだ。ただ、煙草はもう湿気ってはいないようだった。

 後日。シルバーは元の調子に戻ったが、相変わらず煙草の香りはしない。休憩時間、外にいるシルバーに声をかけた。
「もう煙草はやめたのか?」
「いいや、まだ吸っている」
「何? どういうことだ?」
 シルバーは胸元から、煙草のようなものを取り出して噛んで火をつけ、僕に見せた。それからは本物の煙草のように煙が上がっていて、シルバーの吐いた息も煙草の煙の形をしてはいるが、不思議とそのどれからすらも匂いがしない。
「禁煙用の支援グッズとして、新たに魔法を使った技術で、煙草の味と見た目だけを再現したものが発売されたんだ。これを吸っている。本物ではいい加減、身体にも悪いからな」
 元より煙草は好きではない、思い返すためだけなのならこのオモチャでも十分だろう、とシルバーは言った。シルバーは、あれから随分と明け透けにデュースのことを懐かしがって話すようになった。まあ、マレウス様の仰る通り、ひとりでどうにもならない淋しさを抱え込んでいた頃よりはずっと良い傾向なのだろう。
「吸うこと自体はやめないのだな」
「ああ。……あれ以来、この味を感じると、思い出すようになったんだ。いつまでもアイツのことに囚われて落ち込んでばかりいては、いつかまた逢えたとき、アイツに怒られてしまうということを。だから、アイツのそういう姿や考えを思い出せるように、吸い続けることにした」
 俺がいつか星に還るとき、そこで待つ本当のデュースに胸を張って逢いに行けるように、とシルバーは言った。なるほど、今度は前向きな理由なのだな。健康上の問題もなく、匂いもしない。ならば、僕が止め立てする理由もない。
「そういった理由なら、止めはせん。だが、業務に支障が出ない程度に嗜めよ」
「ああ、もちろん。分かっている」
 僕は踵を返した。もう、あの様子であればシルバーは大丈夫だろう。まったく手間のかかる奴だと文句をこぼしながら城の中へ戻ろうとすると、ふと、びゅうと風が吹いて、その中に懐かしい声が聞こえた気がした。
『ありがとな』
 思わず涙ぐみそうになったが、堪える。どうせ声をかけるのなら、あれほど淋しがっていたシルバーにかけてやればいいものを。……だが、それをすることで、よりそこにいない自分をシルバーが求めてしまうと、アイツも分かっていたのだろう。
「ふん。……礼には及ばん」
 次の墓参りには、僕もついていこうか。今のシルバーならば、きっと承諾してくれるだろう。そんなことを考えながら、僕はまた、いつも通りの日々へと戻っていった。

*おしまい

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