※シルデュ付き合ってる、恋人設定です
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今日は、6月3日。つまり、僕の誕生日だ。
朝から母さんから電話がかかってきて、せめて言葉だけでもとお祝いしてもらって、寮にプレゼントが届いてて。
「これ、母さんからのプレゼントだ……、わざわざ寮まで贈ってくれたのか」
それを持ってきてくれたローズハート寮長にも誕生日おめでとうと言ってもらえて。
「誕生日おめでとう、デュース。これからも精進するようにね」
「あ、ありがとうございます、ローズハート寮長!!」
枕元に置かれたプレゼントはエースが置いたビックリ箱で。ルームメイトは揃ってクラッカーを鳴らしてきて。
「どうよ、ビックリした!? ハッピーバースデー、デュース!!」
エペル、オルト、セベク、ジャック、ユウ、グリム。会うダチそれぞれにおめでとうの言葉をもらって。
「誕生日おめでとう、デュースクン! 今年も仲良くしてくれると、嬉しいな!」
「お誕生日おめでとう、デュースさん! また一緒にゲームして遊ぼうね!」
「ふん、今日貴様は誕生日だったな、特別に容赦してやる! ……それと、おめでとう、とも言ってやろう」
「そういやお前、今日、誕生日だったか? ……まあ、なんつーか。おめでとう」
「誕生日おめでとう、デュース!」
「お祝いにツナ缶寄越すんだぞ!!」
昼メシを食べに行った食堂でも、シェフゴーストが誕生日だから特別だよってデザートをサービスしてくれて。
「デュースくんはいつもおいしそうに食べてくれるし、マスターシェフも頑張ってたからね。内緒だよ」
去年まで祝い合うとかプレゼント贈るとか、恥ずかしくて反発していたのがウソみたいに、幸せな誕生日を過ごしている。
過ごしていた、んだけど。今、夕方空の中庭で、ひとりベンチに座ってる。
「……」
オレンジと青が混ざり合う空に、僕はひとりふう、と溜め息を吐く。
嬉しくないわけじゃない。朝から賑やかなダチが、先輩が、いろんな人たちが、僕のことを祝ってくれる。
こんな僕のことを、祝ってくれる。それはありがたいし、嬉しいことだ。
大好きなダチも、普段は仲の悪い同級生さえ、みんながおめでとうと言ってくれて、本当に喜んでるのに。
なのに、どうして。僕の心は。……今、少し淋しいんだろう?
そんなことを考える僕の頭に浮かぶのは。昔、悪いことをしていた自分の姿で。
人に迷惑かけて、何も思わずに、悪さばかりしていた。悲しむ母さんをよそに、誕生日にすら家に帰らずに。
どれほど悲しい想いをさせていたんだろうって。
そんなことを考えてぼうっとしてたら、目の前に差し出されたのは、缶コーヒー。
当たり前のように差し出されたそれは、静かな空気を保って、僕の目の前にあった。
「飲めるか?」
「……シルバー先輩……」
僕が缶コーヒーを受け取ると、シルバー先輩は僕の座るベンチの隣に座った。
まるでそうするのが当然だとでも言うかのように。僕の隣に、居始めてくれた。
缶コーヒーは、熱くも冷たくもなかった。……ずっと持っていたんだろうか?
「どうかしたのか?」
「どうか、って?」
「夕焼け空を眺めて、物思いに耽っていた」
「あ、えっと……」
僕がうまく言えなくて、続く言葉を紡げないでいると、シルバー先輩は頷いた。
「言葉にできないのなら、しなくてもかまわない。ただ、夕焼けの空は、時折、心募るほどの淋しさをもたらすことがある。……もしお前が、ひとり、そんな心地になっているのなら、隣にいたいと思っただけだ」
「……ありがとうございます」
「かまわない」
優しい人だ。それにしても、僕は、淋しいのだろうか。
僕は自分が淋しいのかどうかも、だとしたらどうして淋しいのかすらも、分からないのに。
「お前は今日、誕生日だったな。今日は、祝ってもらえたか?」
「はい……、たくさんの人に、祝ってもらいました。『おめでとう』って」
「そうか。それは、良かった」
シルバー先輩は、お祝いしてくれないのかな。ちょっとそんな期待のような何かを持ったけど、口にまでは出さなかった。
夕焼け空の太陽が沈んで、空が濃藍色になりはじめていた。
その空模様を見ていると。ふっと、何か、言葉に出来る気がしてきた。
「……僕。淋しいのかな」
「淋しかったか?」
「……はい。今の僕は、たくさんの人に祝ってもらえて、それはすごく、嬉しいんだけど。僕は、昔、悪いことをしていて。今のダチには、大体みんなに、それを隠してて。だから……」
みんなは、本当の僕を知ったら、もうおめでとうって言ってくれなくなるかもしれないって、それがきっと、怖いんです。
シルバー先輩は、うなずいた。
「誰しも、隠したい自分はあるものだ。……大切な人にだからこそ、隠していたい姿も」
俺も、俺のまわりにいる人もそうだった、とシルバー先輩は言う。
そして、シルバー先輩は、ベンチを立ち上がる。そして、僕の目の前に手を差し伸べて、言った。
「デュース。……お前を感傷的にさせる夕陽も、もう沈んだ。俺の、手を取ってみてくれないか?」
「は、はい……」
ベンチから立ち上がり、シルバー先輩の手を取ると、シルバー先輩は空いた方の手でパチンと指を鳴らした。
すると、テーブルとティーセットの一式が、日の落ちた中庭に現れた。
「日が落ちて、暗くなってきた。明かりを灯そう」
黄緑色に光る、ホタルみたいな光の玉が、その辺りを漂い照らし始める。
シルバー先輩は、こちらにどうぞと白いガーデンチェアを引いて、僕に座るよう促した。
「次は紅茶を用意しよう。お前は……ミルクティーが好きだったか?」
ティーポットを蒸らして、カップに紅茶を注ぐ。テキパキと器用なその手付きは、まるで魔法のように見えた。
「シルバー先輩、これ……」
「……今は何も言わず、俺とのティータイムに付き合ってくれないか?」
そう言われると僕は何も言えず、ただ、大人しくテーブルについたままになるほかなかった。
あっという間に紅茶とお茶菓子の準備が整って、シルバー先輩もテーブルにつく。
「それじゃあ、始めようか。紅茶をどうぞ」
「あ、はい……いただき、ます」
暖かなミルクの甘みと、香り立つ紅茶の味が舌に乗り、喉を通り抜けていく。
皿に乗せて差し出された茶菓子は、ほうれん草とキノコのキッシュだった。
「キッシュだ。僕、これ好きなんです」
「そうだろうな。……トレイ先輩の手作りだ」
「クローバー先輩の……!」
それなら絶対うまいやつだ、と目を輝かせて、僕はひとくちぱくりと食べる。
滑らかで甘みのある卵の風味と、具材のアクセントが良く合っているように思った。
「うまいです!」
「ふっ、そうか。頼んだ甲斐があったな。トレイ先輩も、きっと喜んでいることだろう」
僕は少し、首を傾げる。
「僕のためにここまでしてくれて、ありがとう、ございます。だけど、その……」
「うん?」
シルバー先輩は、紅茶の湯気の向こうでふっと穏やかに笑っている。
「えっと……」
「なんでもいい。なんでも、言ってみてくれていい。言いにくいことも、言えないことも。……すべて、受け止めるから」
シルバー先輩は、紅茶をひとくち含んだ。角砂糖のひとつも入れていない、そのままの紅茶を。
「……シルバー先輩は、どうして、こんなに良くしてくれるんですか?」
僕なんかのために、と、言ってみた。シルバー先輩なら、この優しい人ならその言葉に何て言うのか、気になったから。
シルバー先輩は答えた。
「そうだな。理由は、たくさんある。まず、今日がお前の誕生日だったから」
一緒にお茶をするくらい、付き合ってやるのも悪くないと思った。
「それから、もうひとつの理由は。お前が、落ち込んでいるように見えた。淋しそうに見えたから」
お前をひとりにしたまま、放っておくのは俺の心が許さなかった。
「それから、最後のひとつの理由は……」
シルバー先輩は、紅茶の湯気をくゆらせて、僕へと穏やかに笑いかけた。
「……なんだと思う?」
「えっ……えっと。……うー、ん? シルバー先輩が、優しいから、とか?」
「違うな。俺はそこまで、誰にでも甘く優しいわけではない」
じゃあなんで、と僕が首を傾げると、シルバー先輩は僕の頬に手を伸ばし、そっと撫でた。
「……分からないか? 誰にでも優しいわけじゃないということは、お前にそうするのは……お前のことが、特別だからだ」
「えっ……」
シルバー先輩は、くすりと笑う。僕の頬を、優しく撫でながら。
「お前のことが、好きで。受け止めたいと思ったからだ。お前の淋しさも、過去の自分が置いて行かれたような気持ちも。その過去の傷をひっくるめて、今の姿になったお前のことが、俺は好きだから」
「……シルバー、せんぱい……」
「誕生日おめでとう、デュース。時に傷つき、傷つけ。何度も道に迷い、失敗を繰り返しながら、それでも、今。……ここに辿りついたお前と出会えて……本当に嬉しい。過去の傷を抱え、それでも優等生としてやり直すために、ひたむきに頑張る、お前のことが、好きだ」
僕は、シルバー先輩の言葉に、何もかもを包み込む月の光のような優しい言葉に、思わず、涙が滲みそうになった。
だから、瞬きをして、涙がこぼれないようにして誤魔化した。
「ありがとう、ございます……。昔の僕のことさえ、祝ってくれる人がいるなんて、思いもしなかった」
「……確かに、お前は間違っていたことをしていたのかもしれない。でも、デュース。そのとき間違ったことをしている人だったとしても、その人を愛している人はいるし、かつての想いを抱えている人だって、必ずいるんだ」
そのときは、目に見えなくなって、わからなくなってしまうだけで。シルバー先輩の言葉は、僕の心にすとんと落ちる気がした。
どうしてこの人は、いつも、僕の欲しい言葉をくれるんだろう。
まるで魔法みたいだ。
「さあ、デュース。茶会を続けよう。お前の心が晴れたのなら、あとはこの日を楽しむだけだ」
日付が変わる、最後まで。
そう言って笑うシルバー先輩に、僕はほほ笑んで答えた。
「はい……、ありがとうございます、シルバー先輩!」
それから僕は、シルバー先輩とのお茶会を続けた。一番星が空に煌めいて、夏の虫たちの音色や、静かになっていく校舎の中で、ふたりきりのお茶会が続いた。
なんでもない話に花を咲かせて、お茶も茶菓子もそろそろなくなりそうかな、というとき。シルバー先輩が尋ねた。
「ところで、デュース。この後は、寮に帰ってしまいたいか?」
「えっと……」
「……もし、お前さえ良ければ。今日はうちの寮に、というか。俺の部屋に、泊まっていかないか」
ルームメイトは席を外しているから、とシルバー先輩は少し照れくさそうに言った。
僕は、まだもう少し、この素敵な夜の余韻を楽しんでいたかった。だから、答えた。
「シルバー先輩さえいいなら、喜んで……」
「……ああ。断るわけがない」
それでは、茶会もそろそろ開いてしまおうか、とシルバー先輩は僕がキッシュの最後のひとくちを食べ終わるのを待って、テーブルセットを片付けた。
それから、中庭に散らばしていた黄緑色に光る魔法の光を集めて、ぎゅっとひとつにまとめてランタンにしてしまうと、それを手に持って、僕の手を引いた。
「鏡舎へ向かおう。寮へ、帰らなくては」
「……あ、でも。その前に僕、ローズハート寮長から、外泊の許可もらわなくちゃ……」
僕の言葉に、シルバー先輩は笑う。
「心配しなくて、大丈夫だ。リドルにはもう話を通してある。一晩ほどデュースを借りるかもしれない、と」
「えっ、」
いつの間に、と僕が驚いていると、シルバー先輩は内緒だ、と笑った。
「さあ、デュース。夜はまだこれから、だ。……行こう。お前が生まれた今日という日の終わりを、美しく彩りたい」
それから僕は、シルバー先輩に手を引かれるまま、ディアソムニア寮にお邪魔して。
あれよと言う間に、先輩の部屋に泊まることになった。
シャワーとか借りて済ませて、部屋に戻ると、シルバー先輩は少し眠そうにベッドに腰かけていて。
「シルバー先輩、眠たいんですか?」
「ん……、大丈夫だ。今はそれほど、眠くはない、はずだ。少なくとも、すぐに眠ってしまうようではない、と思う」
それよりも、とシルバー先輩は僕を腕の中に引き入れる。
「……ふっ、デュース。好きだ。お前が……大切だ。普段から、きちんと伝えられているか、分からないが……。それでも、こうした節目の折には、ちゃんと伝えてやりたいと、そう思っている」
「シルバー先輩……」
「改めて、誕生日おめでとう、デュース。俺は、お前のことが……」
シルバー先輩の唇を、自らキスして塞ぐ。
「……ったく。こんなに僕を喜ばせてどうするんですか」
先輩の優しさが、甘さが、暖かさが、痛くて切なくなるほど嬉しくて。
僕はそんな気持ちを誤魔化すように、もう一度シルバー先輩にキスをした。
6月3日、今年の僕の誕生日は。まるで、魔法にかかったような夜だった。
*おしまい
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