*付き合っている設定です
*デュースが猫になっています。猫語は読者に向けてのみ()の中で翻訳されますが、登場人物には伝わっていないことがあります。
*監督生(ユウ)もちらほら名前と話題だけ出ます。
*あまり関係はないですが、デュースがリリア・シルバー親子の関係を知ってるっぽいです。
*シルデュですが、最初から最後までずっとマレウスがデュースを可愛がりまくっています。
大丈夫な方はスクロール↓
「シルバー、お前はなぜ呼び出されたか分かっているな?」
「また、俺が授業中に居眠りをしたからです……」
クルーウェル先生に呼び出され、放課後の魔法薬学室でひとり佇む。今日はいったい何の罰を言い渡されるのだろうか。
「普段なら補習でも命じるところだが……。今日は特別だ。コイツの面倒を見るだけで許してやろう」
「コイツ、とは……」
クルーウェル先生が差し出してきたのは、一匹の猫だ。毛並みは黒に近いが、よく見れば灰青色をしている。成猫というほど大きくはないが、子猫というほど小さくもない。見たところ、大人になりかけの子猫といったところだろうか。机の上に置かれたその子猫は、俺を見上げてにゃあと一度声をあげると、大人しく俯いて座っている。どこか元気がないのは、首から下げられている『ぼくはビーカーをたくさん割りました』という札のせいだろうか。
「時にお前には恋人がいたな、シルバー。ウチのクラスで一、二を争って手のかかる子犬だったと記憶している」
「はい。デュースと真剣に交際しています。しかし、なぜ今その質問を?」
なんとなく恋人の親に挨拶しているような心地になりながら、クルーウェル先生の質問に答える。しかし、それがこの子猫と何の関係があるというのだろうか。
「コイツがそのデュースだ」
「デュース!? いったいなんでまたそんなことに……」
机上で大人しく座っている子猫……デュースに尋ねると、にゃんにゃにゃ、と何かを説明しているらしい鳴き声をあげた。……どうやら俺の言葉は理解しているようだ。
「すまない、動物言語にはあまり明るくなくて……。ええと、クルーウェル先生。何があったのですか?」
「変身薬を作る実験に失敗し、己が猫になったんだ。いつもつるんでいる子犬たちに世話をさせようかと思ったが、どうやらグリム一匹で手一杯のようでな。仕方なく俺が預かっていた」
「なら、先生がそのまま預かっていた方がいいのでは……」
「ああ、本来は教師として預かるべきかもしれないが……。これ以上張り切った駄犬にビーカーを壊されても困る。どこかに連れて行っておいてくれ」
「……なるほど。分かりました」
今までに何があったのかなんとなく察せた気がして、すっかり疲れた様子のクルーウェル先生に、俺はそれ以上の言葉を紡がない。
「預かるのはかまいませんが……コイツはいつ、元の姿に戻るのですか?」
「まあ、一日も経てば元には戻るだろう。……この子犬が分量を間違えていなければ、の話だがな!」
子猫の姿をしていてもクルーウェル先生にとっては子犬なのだな、と妙な感心をしながら、猫のデュースと共に魔法薬学室を後にする。首から札を外してやり、ついてこい、と言うとにゃあと返事をして素直についてくるので、猫というよりも生まれ立ての鳥のヒナのようだと思った。
デュースを抱き上げて、どこへ連れていこうかと迷う。
「ひとまず、寮の部屋にでも置いておくか……?」
「にゃ?(お留守番ですか?)にゃ!(僕できますよ!)にゃにゃにゃ!(優等生らしくいい子にしてますよ!)」
「ふっ、猫になっていてもお前は元気だな」
ひとまずディアソムニア寮に赴き、デュースを俺の部屋か談話室にでも置いておこうとする。しかし、これはすぐに叶わないことだと知った。
「世話ならわしに任せておけ! 猫と言えば、古来よりネズミ獲りの名手じゃろ。ほれ、元気なネズミじゃぞ! 己の手で狩って食うが良い!」
「ふにゃあああああ!(ヴァンルージュ先輩、ね、ネズミ獲るのはちょっと……! 食べるのもちょっと……!!)」
「お、親父殿! 猫になっているとはいえ、元は人ですから!」
「これも試練じゃ! これを乗り越えたとき、きっとおぬしは強き猫になれるぞ!!」
「ふにゃああああああ!!(た、助けてください~!!!!)」
「親父殿、猫としては強くしなくてかまいませんので……!!」
……そういうわけでディアソムニア寮に一匹で置いていくのは心配になったので、デュースを連れて厩舎へと向かう。俺は居残りで呼び出されたことを伝えてあるし、もう先に部活動は始まっているはずだ。
「来たねシルバー。……なんだいその猫は?」
「お前のところの寮生だ、リドル……。魔法薬の実験を失敗して、猫になったデュースだ」
「ふむ。……デュース、本当にキミなのかい? 返事は!?」
「にゃご、にゃーにゃー!(はい、寮長!)」
「確かにデュース本人……いや、本猫のようだね」
「なんだ今の?」
「にゃ!(今日はカシラって間違えないで呼べたぞ!)」
デュースはなぜか得意げな顔をしている。猫になっていても、気持ちが顔に出やすいのだな。なぜ今得意げなのかはまったく分からないが。
「どれくらいで戻るんだい?」
「1日ほどだと聞いている」
「なら、次の式典までには間に合うね。……本来はウチの寮生だ、ハーツラビュルで預かるべきなのだろうけど、今日明日は生憎、ボクもトレイもケイトも忙しくてね。そんな中、エースに預けて面倒を起こしてもらうわけにもいかない。悪いけどそのままシルバーが預かっていてくれるかい」
「それはかまわないが……」
俺の疑問は放置なのだろうか。まあ、いいが。俺がリドルと話し込んでいると、セベクが寄ってきた。
「いつまで立ち話をしているのだ、シルバー! ……ん? なんだ、その猫は」
「ああ。これはデュースだ」
「デュースだと? なんだお前、今回は猫になったのか。さてはまた変身薬の調合に失敗したのだな! ふっ、僕は今回も完璧に作れたぞ! どうだ!」
「フシャー!(なんだセベク! ネコになってなんか悪いか! 次は僕だって成功するから見てろよお前!)」
「なぜ言葉が通じないのに喧嘩できるんだ、お前たち……」
毛と尻尾を逆立てているデュースの額を横からとんとんと指で軽く撫で、落ち着かせる。
「喧嘩するな。喧嘩は良くない」
「ふにゃ……(はい……)」
デュースは耳を垂れさせて俯く。本当に、感情の分かりやすい奴だ。
「シルバーお前、今日は通常通り部活に参加する気か?」
「そのつもりだったが……何か問題があるのか?」
「大ありだ! ただの猫ならまだしも、デュースだぞ。馬術の練習をしているとき、その辺をちょろちょろして馬に踏まれでもしたらどうする!」
「それは……」
確かに、あり得ない事故とは言えないかもしれない。デュースは少し危なっかしい一面を持っていないとはいえないからな。その上に気まぐれな猫の性質までが乗っていたら、何が起こるかわかったものではない。言い方は素直ではないが、セベクなりに同窓の友人を心配しているのだろう。
「分かった、今日の参加は控えておく。リドル、すまないがその旨伝えておいてくれ」
「ああ、分かったよ。デュースをよろしくね、シルバー」
「ああ。責任を持って預かろう」
そうしてデュースを連れ、厩舎を後にする。
「さて、どこへ行ったものか……」
「にゃ?(散歩ですか?)にゃごにゃ!(植物園とかいいですよ!)」
「ふっ、困った。何を言ってるか全然分からない」
「にゃー、ふみ……んにゃっ!(植物園て言ってます…って、伝わらないんだった!)」
とりあえずなんだかひとりで楽しそうなデュースの頭を撫で、あてもなく歩いていると、やがてオンボロ寮の傍に辿り着いた。
「お前も、早く元に戻って友人とまた遊びたいだろうな」
「にゃんにゃ、んにゃー(アイツらあんまり心配してないですよ、僕がなんかなってるのはいつものことだから)」
「俺には伝わらないというのに、律儀に返事をしてくれるのだな、お前は」
「にゃ!(当然ですよ!)にゃにゃ、にゃんにゃ!(だってシルバー先輩だし!)」
デュースは猫になっていても顔に出やすいから、褒められたときに喜んでいるのくらいは伝わってくる。言葉が通じずとも気持ちが伝わることが嬉しくて、ついデュースを口説いてしまう。
「せっかく時間があるのなら、このままデートとでも洒落こんでしまうか? ……なんてな。ふっ、相変わらず俺は冗談が得意じゃないらしい」
「にゃー?(先輩がなんか珍しいこと言ってる)」
そんな風に二人(ひとりと一匹、か?)で戯れていると、かすかに傍で魔力の動く気配がした。
「この気配は……」
「おや、シルバー。こんなところで奇遇なことだ」
目の前に現れたのは敬愛する我が主君である、マレウス様だ。そうだ、デュースが元の姿に戻るには一日ほどかかると言っていた。今日の夜は寮に連れ帰るのならば、寮長であるマレウス様にも事情を説明しておいた方がいいだろう。
「マレウス様、実はこの猫なのですが……」
「猫? ああ、猫を抱えているな。スペードに似た魔力を感じるが……使い魔か?」
「いえ、本人です。魔法薬の調合に失敗して、猫になっています」
「ほう、魔法薬の調合に」
マレウス様はゆっくりとデュースに手を伸ばす。デュースはわずかに緊張しているようだ。
「スペードか?」
「にゃ……にゃにゃっ! にゃにゃんにゃにゃにゃっにゃ!(は、はい! デュース・スペードです、ドラコニア先輩!)」
「ふむ、僕が手を伸ばしても逃げださないどころか返事をしてくるとは……確かにこの猫はスペード本人のようだ」
「はい。元の姿に戻るまで、一日ほど俺が預かることになったので、ディアソムニア寮への宿泊許可を、と思いまして……」
「それはかまわない、が……どれ」
そのままマレウス様は、俺の抱えているデュースの頭へ手を伸ばす。デュースは、はじめこそ少し硬くなっていたものの、その手に軽く前足を乗せ、指先を前足でふにふにと踏んで様子を見、何もされず敵意がないと分かると大人しく頭を撫でられ、その手に頬をすり寄せていた。マレウス様はそんな一連の動作を慈しむようなまなざしで見守っていらっしゃる。
そんなデュースとマレウス様のじゃれ合いに心を和ませていると、マレウス様がこんなことを提案した。
「……時にシルバー、一晩と言わず、ずっとこのままスペードをディアソムニア寮へ置いておくわけにはいかないだろうか」
「さ、さすがにリドルが許してくれないと思います。というか、デュースを猫のままにしておくわけにもいきません。それに、その、差し出がましい願いかもしれませんが……恋人がずっと猫であるのは、俺も少々、困ります」
「分かっている。言ってみただけだ」
「に……?(どういうことだ……?)」
マレウス様、そんなに猫のデュースがお気に召されたのか……。これはデュースが元に戻ったあと、とても淋しがられてしまうかもしれない。何かあとで、代替となる手立てを考えておかねば。
「仕方ない。では、代わりと言ってはなんだが、こうしておこう。そら」
マレウス様は朗らかなまなざしでデュースを眺めると、ぱちりと指を鳴らし、魔力で何かを召喚したようだ。何が変わったのかとデュースを見ると、首元にどこかで見たようなストライプのリボンがついている。ああ、思い出した。これは普段グリムのつけているような装飾だ。真ん中が魔法石ではなく、鈴になっているようだが。
「んにゃ?(なんかなったのか?)」
デュースは首元に違和感があるようで、前足で鈴に触れ、ちりちりと鳴る音を確かめている。
「にゃにゃーにゃ、にゃ?(ドラコニア先輩、僕に鈴つけました?)」
「ああ、つけたぞ。グリムと揃いの飾り紐と、ただの鈴だ。よく似合っている」
「にゃ…にゃんにゃ(グリムとお揃いなのか……。なんか、監督生みたいだな)」
「ふふ、確かにそうだな」
……もしかしてマレウス様、猫のデュースと会話できていらっしゃらないか……? 何を話しているか分からない俺をよそに、二人の会話は続いていく。
「にゃんにゃ(ドラコニア先輩もお散歩ですか?)」
「ああ。学園を散策していたところだ」
「にゃー。にゃにゃんにゃ?(僕たちも散歩してたんです。ドラコニア先輩も一緒にきますか?)」
「ふっ、ありがたい申し出だが、今回は遠慮しておこう。馬に蹴られては敵わぬのでな」
「にゃ?(ウマ?)」
「お前たちの逢引を邪魔するわけにはいかない、ということだ。……ではな、シルバー。僕はこれで一度席を外すが、夜にはちゃんとスペードを寮まで連れ帰るのだぞ? 良いな?」
「は、はい。承知いたしました」
絶対にだぞ、とでも言いたげな圧を受け、反射的に承諾する。……普段あまり動物に好かれることは少ないと仰っていたからか、はたまた元々人の姿のデュースとも仲がよろしいからなのか……。ともかくマレウス様は、よく懐く猫の姿のデュースが相当お気に召したようだ。
「ではな。僕も日暮れには寮へと戻ろう」
瞬きの間にマレウス様は目の前から消えてしまう。……恐らく、ガーゴイルなどの物見に行かれたのだろうな。
「お前、マレウス様と何を話していたんだ?」
「にゃーにゃっにゃんにゃにゃーにゃ(デートって言われました)」
「……まあ、良い。お前を泊まらせるなら、とりあえず食料品など、必要なものを購入しなくてはならないな」
しかし、猫になった人用の食事など置いてあるだろうか……。とはいえあの購買部の品揃えならば置いてありそうだ。ひとまず向かってみてもいいだろう。
「購買部へ行こう、デュース」
「にゃ!(僕歩けますよ!)にゃーにゃ!(抱っこじゃなくてもいいですよ!)」
「ん? なんだ、道を歩きたいのか? ……なら、あとで足を拭いてやらなくてはな」
「にゃ!(ちゃんと自分で拭きます!)」
デュースを道に下ろし、購買部へと向かう。道中、デュースが何かを見つけたようだ。
「にゃ! にゃにゃ!! にゃっ!(なんだこれ! なんだ! なんかいい匂いするぞ!)」
「何か見つけたのか?」
デュースが気にしている茂みの近くにしゃがみ込む。デュースが前足でちょいちょいといじり、鼻先でくんくんと匂いを嗅いでいるそれは、どうやら、マタタビのようだ。
「ふにゃ~(なんか、この草の匂い、すごくふにゃふにゃする……)」
「デュース、大丈夫か」
マタタビに酔ってしまったのだろうか? 手を伸ばすと、デュースはその頬と身体をすり寄せて、そのまま気持ち良さげに地面へと転がってしまった。
「よしよし、いい子だ」
そのまま、腹や喉元を撫でてやる。やはり、動物というのは可愛らしいものだな……。と、しばらく撫でてからハッと気付く。和んでいる場合ではなかった。猫になっているとはいえ、元はデュースという人間だ。あとでこのことを思い出したら恥ずかしがってしまうかもしれない。それに、マタタビの与えすぎも猫の身体に良くはない。コホンと咳ばらいをして、マタタビを避けてやる。
「デュース、寄り道は終わりだ。購買部に行くぞ」
「にゃ? にゃ~(はーい)」
ひとまずマタタビから離れるところまでは抱き上げて移動させ、また道に下ろしてやる。すると、デュースは元気にしっぽを揺らして走っている。もう酔いはすっかり醒めたようだな。
そんなこんなで、購買部へ到着する。店内を汚すわけにはいかないので、ひとまずデュースを入口でもう一度抱き上げた。
「猫を連れて入っても大丈夫だろうか」
「にー?(僕外でお留守番ですか?)」
購買部の扉を開けると、そこには見知った顔の同級生がいた。またサムさんに頼まれて、小遣い稼ぎのバイトをしているのだろうか。
「お客さーん、悪いけどペットの類は外で……って、なーんだシルバーくんじゃないッスか」
「ラギー。コイツはペットではなくて、猫になった後輩だ。都合が悪いなら店の外で待たせるが……」
「いや~、監督生くんもグリムくんを連れ込みまくってるし、言うこと聞くなら大丈夫だと思うッスけど。で、君は誰ッスか?」
「にゃーにゃにゃーにゃにゃにゃ、にゃ!(デュース・スペードです! ブッチ先輩!)」
「あー、分かんないけど分かったッス。くっくっく……。こんなことする子は、デュースくんでしょ!」
「そうだ。ラギー、デュースの言ってることが分かったのか?」
確か、ラギーは動物言語学に長けていた。それならばマレウス様のように、デュースの喋っている内容も分かるのかもしれない。しかし、俺の当ては外れたようだ。
「いや、全然わかんねッス! だってデュースくんってば、ちゃんとした猫の言葉でも、当然人の言葉でもない、なんかそれっぽい猫語を適当に喋ってるだけなんで! これは動物言語学じゃなんともならないッスねえ!」
「にゃ……!?(そうだったのか……!? 僕は今まで何をしゃべっていたんだ……!?)」
デュースは目を丸め、明らかにショックを受けた顔をしている。ま、まあ、考えてみれば当たり前か。俺たちは生まれつき猫の言葉を習得していたわけじゃない。猫になったからといって、猫語を自由自在に話せるというわけでもないのだろう。……ん、しかし、動物言語学が関係ないのならば、先ほどのマレウス様はどうやって猫のデュースと意思疎通していたんだ……? ……考えてみたが、答えは出なかった。
「ま、とりあえずデュースくんだってのは分かったんで、アンタがそのまま大人しくさせといてくれるなら店内見て回ってもいいッスよ」
「分かった。気を付けて見ておく」
「はいはい、そんじゃオレ手伝いに戻るんで~。何かあったら呼んでくださいッス」
ラギーと別れ、店内を見る。デュースの食事になるようなものはあるだろうかと辺りを見ると、大量のツナ缶が目に入った。
「監督生が買うから、たくさん仕入れてあるんだな」
「ふにゃー(アレはグリム用ですね)」
「ふっ、グリムの真似か? ……ツナは魚だ、お前の食事にもならなくはなさそうだが……。缶詰はオイルも多い。ひとまず猫に有害なものは避けた方が無難だろう。……鳥のささみや、味付けのない魚でもあればいいが」
そうした食料品を探してカゴに放り込んでいると(生鮮食品さえ、探せば置いてあるものなのだな……)、デュースが何かに興味を示した。
「こら、あまり商品に触れては……ん?」
「にゃー(先輩、あれ!)」
デュースが前足を伸ばした先には、今のデュースにそっくりな、黒みがかった灰青色の猫のぬいぐるみが鳥かごの中に入ったものが売られている。
「これは、インテリアか」
「にゃんにゃ!(僕だ! 僕がいます!)」
相変わらず言葉は通じていないが、デュースが何を言っているのか、さすがに今は分かるような気がした。きっと、このぬいぐるみが自分に似ていると訴えているのだろうな。
「ふっ、確かに、今のお前にそっくりだな。……ちょうどいい、お前が元に戻ったあと、マレウス様の御心を満たすものを探していたんだ。あれも土産に買っていこう。そうしたら、お前が元の姿に戻ったあとも、きっと淋しさを紛らわせることができるだろう」
「にゃ?(ドラコニア先輩、淋しがるんですか?)にゃんにゃ(僕遊びに行った方がいいですか?)」
首を傾げているデュースを横に、会計を済ませる。レジにいたのはラギーでなくサムさんだったが、事情を説明するとにこやかに許してくれた。
「小鬼ちゃん、いや今は子猫ちゃんかな? 元に戻ったらまたたくさんお買い物してくれよ!」
「にゃ!(セール狙いできます!)」
「hey、毎度あり~!」
購買部を後にすると、もう日が暮れ始めていることに気付いた。そろそろマレウス様も寮に戻られているかもしれないな。あまりお待たせしてしまっても良くない。……相当、猫のデュースをお気に召されていたしな。
「デュース、俺たちも寮に帰るぞ。鏡舎へ向かうから、ちゃんとついて来い」
「にゃ!(はい!)」
デュースを連れ、ディアソムニア寮に戻る。玄関前までちょこちょことついてきたデュースを抱き上げて扉を開ければ、目の前にはマレウス様の姿があった。後ろには、呆れた顔の親父殿もいらっしゃる。
「ただいま戻りまし……マレウス様!? 玄関でお待ちになられていたのですか!?」
「ああ、お帰り、シルバー。そしてよく来たな、スペード。きちんと連れ帰ってきたようで安心したぞ」
「にゃー! ……んにゃ? にゃ!(ただいまです、ドラコニア先輩! ……ん、ただいま? まあいいか!)」
「ああ、お帰りスペード」
マレウス様は大変にこやかで上機嫌な笑みを浮かべ、デュースを迎え入れようとしていらっしゃる……。
「すまんのう、シルバー。こやつ、おぬしが猫のデュースを連れ帰ると聞いてから、ずっとこうなんじゃ」
「は、はあ……。事情は分かりました。とはいえ、申し訳ありませんが少々お待ちください、今デュースを拭いてやりますので、かまうのはそれからに……」
まさかマレウス様が玄関でお待ちになられているとは……。心の底からこの姿のデュースが気に入ったのだな。購買部でよく似たぬいぐるみを購入しておいて、本当に良かったかもしれない。
「マレウス様! 布と水をお持ちしました、すぐにデュースの奴めを拭いてやりましょう!」
「セベク……」
「なんだ、シルバー。貴様のためではないぞ! 汚れたままでディアソムニア寮内を歩き回られては困るからだ!」
「ああ、分かっている。すぐに済ませよう」
無駄に準備の良いセベクも、マレウス様と親父殿のすぐ後ろから現れる。とりあえず水の入った洗面器と布をセベクから受け取り、濡らした布でデュースの身体や足を拭いてやる。するとデュースは嫌そうに顔をしかめた。
「に……(なんかヘンな感じ……)」
「少し我慢してくれ。汚れたままでは、自由に歩かせてやることもできない。ほら、次は後ろ足だ」
「な”~……(な”~……)」
なぜかマレウス様と親父殿が急に俺たちの様子を見て肩を震わせているが、何かあったのだろうか?
「いかがいたしましたか、マレウス様、親父殿」
「いや、何……スペードは面白いな」
「くふふ、ほんに飽きん子じゃのう……っ」
「は、はあ……?」
マレウス様と親父殿の様子が妙なのは気になるが、まあ悪いことではなさそうなのでひとまずは放っておこう。とりあえずデュースの足や身体を一通り綺麗にしてやり、玄関の床へと下ろす。
「ほら、これで寮内なら自由に歩いていいぞ」
「にゃ!(お邪魔します!)」
「ほう、ローズハートの躾が行き届いているようだな。良い良い。さ、スペード。準備ができたのなら僕についてくるといい。談話室で共に過ごそう」
「にゃんにゃ(ドラコニア先輩についてったらいいんですか?)にゃ!(行きます!)」
仲睦まじそうに歩いていくマレウス様とデュースを見つめるセベクが、「くっ、僕も猫になっていれば若様の寵愛を……!?」などと呟いていることは聞かないふりをしておくことにした。……というかこの勢いでは、後日本当にセベクも猫にされかねないな。
親父殿とセベクの二人も、そのまま談話室へと赴くようだ。ひとまず俺も一度部屋で着替えや支度を済ませてから、マレウス様とデュースを追い、談話室へ向かう。デュースはマレウス様の座るソファの隣でちょこんと座っていた。……いつも一人がけのソファにお座りになられていたはずだが、今日は二人がけのものにお座りになられているのは、やはりデュースの隣にいたいからだろうか……? デュースの恋人って俺だったよな、とどことなくマレウス様の溺愛に敗北感を覚えつつ、マレウス様が猫になったデュースを眺めているその空間に近付いた。
「デュースの面倒を見てくださっていたのですね、ありがとうございます」
「うん? 礼を言われるようなことではない。僕がやりたくてやっているだけだからな。なんならこのまま僕の部屋で預かってもいい」
「さ、さすがにそこまでは……。元は俺の罰則ですから。きちんと世話いたします」
「そうか……では、別れの時間が来るまではこうしているとしよう」
マレウス様は、デュースが元の姿に戻ることを本当に名残惜しんでいるようだ。……そうだ、今ならあれも出せるのではないだろうか。
「マレウス様。デュース自体は明日、元に戻る予定ですが、せめて御心を慰められないかとこういうものを用意しました」
「うん、なんだ?」
「はっ、こちらになります」
先ほど購買部で見つけたデュースにそっくりなぬいぐるみをコーヒーテーブルに出す。すると、デュースはその傍に近寄って、たしたしと前足でテーブルを叩き、マレウス様に何かを訴えた。
「んにゃ!(ドラコニア先輩、これです、これ!)にゃ!(さっき言ってたの!)にゃにゃ、にゃーにゃ!(購買部に僕いたやつです!)うにゃんな!(先輩買ってたんです! シルバー先輩!)」
「ふふ、そうはしゃがずとも良い。しかし、この人形は確かにお前に似ているな、スペード」
「うにゃー(ぼくです)」
「そうか、そうか。スペードか。でかしたぞ、シルバー。その人形は談話室に飾っておいてくれ。よく見えるところがいい」
「はっ。そのように」
その後、マレウス様が猫のデュースを可愛がり続ける姿を、寮生たちが遠巻きに眺めているのを、食卓の時間まで俺とセベクと親父殿で見守ることになるのだった。
そして、食卓のとき。デュースには悪いが床に小さな台を置いて鳥のささみを茹でたものや、暖めたミルクなどを食べてもらおうと思ったのだが……。
「元は人の子だ。食卓につけないのは哀れではないか? 特別に、僕の膝に乗ることを許すぞ」
「にゃ……?(ドラコニア先輩の膝……?)」
「その、マレウス様。それではデュースも落ち着いて食べられないでしょうから……」
「ふむ、そうか。では仕方あるまい……」
明らかに淋しがっておられる……。マレウス様は、本当に猫のデュースを可愛がっていらっしゃる。うっかりすれば元の、人間のままのデュースも持って行かれてしまうのではないか、と思うくらい。「猫にさえなっていれば僕もマレウス様の膝元に……!」とか、隣から聞こえてきているのはもうこの際放っておくが、とりあえずデュースにも食事を与えなければならない。
「鳥のささみを茹でたものと、ミルクだ。人の味覚だと薄味かもしれないが、今は猫だからな。これで今日の食事は摂ってくれ」
「に(ありがとうございます)」
平皿に盛ってやった食事を、デュースの前の小さな台に置く。するとデュースは前足でちょいちょいとつついてから、それを口にした。なんとか食べられているようだな、良かった。慣れない姿になって、食事もとれないようでは心配だったからな。
俺たちも食事を取ろうと食卓を囲み始めたのも束の間、マレウス様が再び笑みを浮かべていらっしゃる。どうされたのだろうか?
「マレウス様、いかがいたしましたか?」
「くくっ……。シルバー。お前の恋人は、ずいぶんミルクを飲むのが上手だな」
「え?」
そう言われてデュースの方を見ると、顔一面の毛をミルクで真っ白にしてしまって、ぱちくりと目を瞬かせた様子のデュースがいた。
「あとで洗ってやります……」
そして食後。シャワールームにミルクだらけのデュースを連れて行き、洗ってしまう。
「ほら大人しくしていろ」
「な”~(なんかお湯嫌です~!)」
猫の身体では感覚が違うのか、水や湯から逃げるようにデュースは身体を逸らせる。しかし、ミルクでびしょびしょのままマレウス様と戯れさせるわけにもいかない。少しずつ時間をかけて水に慣れさせ、ゆっくりと洗ってやると、デュースは不満げな顔をしつつも大人しくなった。洗われた猫というやつだな。
「な”……(なんか嫌だったのでなんとなく鳴いた)」
「ほら、もう終わりだ。乾かすぞ」
「乾かすなら、僕がしてやろう」
「マレウス様!? いらしたのですか!?」
どうやらデュースを洗っている様子を見ていたらしいマレウス様が、俺が止める間もなく風と火の魔法を同時に展開する。しかし、いつもより威力は相当弱めだ。
「そーっと、だろう? 覚えているぞ、スペード」
「にゃ~(気持ちいー)」
何やらマレウス様の魔法が心地いいようで、デュースは気持ち良さそうに目を細めている。マレウス様が乾かしてくださってはいるが、とりあえず布でも身体を拭いてやった方がいいだろうとタオルを当てると、デュースはうとうととしてそのまま眠ってしまった。マレウス様が、魔法の展開を取りやめる。
「おやおや、スペードは眠ってしまったのか。ふふ、愛いことだ。さ、シルバー。名残惜しいが、あとは部屋に戻って休めてやると良い。先ほどの人形の礼に、これを授けてやろう」
「これは……」
マレウス様から渡されたのは、小さな揺りかごだ。ちょうど、猫の子が眠れそうな。
「眠ったスペードを連れていくのにちょうどいいだろう。お前が好きに使うといい」
「はっ、ありがとうございます」
その後、俺もシャワーを浴びて寝間着に着替え、マレウス様から賜った揺りかごにデュースを入れたまま部屋へと連れていく。寝心地がいいのか、デュースはすやすやと眠ったままだ。こんな姿を見ていると、俺まで眠くなってしまう。どうにか眠気を我慢して部屋まで辿り着き、ようやく揺りかごを床に下ろしたところで、俺の意識は途切れた。
……何かが、頬に触れている。少し湿ったような、柔らかい何かが……。
「にー」
「ん……?」
「にっ」
目の前いっぱいに広がるのは、黒みがかった灰青色の猫の顔。ああ、デュースか。どうやらデュースが俺の頬を前足で押していたらしい。
「すまない、眠ってしまっていたようだな。今は……夜中か」
あのあとしばらく俺たちは部屋の床に眠っていたようだ。揺りかごから抜け出したらしいデュースが俺を起こそうとしてくれたみたいだな。
「ベッドに寝直すか。デュース、お前は揺りかごで寝るか?」
「にゃ?(なんですか?)」
既に俺のベッドの枕元で丸まっているデュースには、愚問だったのかもしれないな。
「そこで寝るんだな」
「にー(ここで寝ます)」
枕元で大人しくしているデュースの頭を撫で、ベッドに身体を滑り込ませる。
「おやすみ、デュース」
「にゃ(おやすみなさい)」
デュースの喉元を撫でて挨拶すると、デュースから頬へキスをするように鼻先をすり寄せられた。……ふっ。これだけ懐っこくては、確かに、マレウス様があれほど可愛がりたくなるというのも分かるような気がするな。
身体を横にすれば自然とやってくる眠気に身を任せ、いつの間にかぷうぷうと寝息を立てているデュースと共に眠りに落ちていった。
――翌朝。よく知った目覚まし時計の音の中に、うにゃー! というけたたましい鳴き声が混ざっている。
「にゃごにゃ~!!」
「うん……、あと、少し……」
「にゃ!」
「わ、分かった、起きる、起きるから……」
何やら顔をてしてしと叩かれ、起きて目覚まし時計を止める。……なんで俺の部屋に猫がいるんだ? ああ、そうだ。デュースだ。預かっていたんだったな。まだ、元の姿には戻っていないようだ。
どうやら目覚まし時計の音が猫の耳にはうるさく感じたようで、デュースは不満気に顔をしかめている。が、その顔をふるふると振ると、デュースは俺に寄ってきた。
「にゃー!(おはようございます、シルバー先輩!)」
「おはよう、デュース。……今日はどうやら、お前のお陰で早く起きられたみたいだな」
「にゃんにゃ(朝の支度お手伝いします!)」
デュースは扉を開けようとしているのか、クローゼットの前で伸びをしている。
「こら。クローゼットに傷をつけてはいけない。身支度をするから、ここで待っていてくれ」
「に……(持たれたのでなんとなく鳴いた)」
デュースを持ち上げ、いったん揺りかごへ置く。着替えをしていると、背後からバタンと音がした。
「どうした!?」
「にゃ……?(何があった……?)」
見れば、揺りかごと共にデュースがひっくり返っている。……どうやら、かごの中で動いていてバランスを崩したようだな。起きているときは、かごの中には入れてやれなさそうだ。
「まったく、お前というやつは」
手早く着替えを済ませ、デュースを抱き上げる。なぜかデュースはご機嫌で、にゃあと一声鳴いた。
まずは朝食を摂ろうとキッチンへ向かう。大抵、俺は朝寝ぼけていることが多く時間がないから、次の日の朝食は事前の夜のうちに準備している。それで、デュースの食事も一緒に昨日は準備しておいたはずだ。冷蔵庫からそれらのものを取り出し、ダイニングルームへと向かう。
「とりあえず、先に食事だけ摂れ。ミルクはあとで飲ませる」
「にゃ?(今日はミルクないんですか?)にゃ(分かりました)」
デュースの前に、昨日と同じ鶏肉のささみを下ゆでしたものを平皿に置いてやり、それを食べだしたのを認めたところで俺も食事を摂る。俺が早い時間にダイニングへ現れたことで周囲が少しざわついたが、後ろに猫がいるのを見て何か納得されたようだった。
「シルバー。起きていたか」
「マレウス様。おはようございます」
食事を摂っていると、マレウス様がいらっしゃる。挨拶をするが、お目当てはやはりデュースのようだ。
「うむ、スペードも息災なようだな。良い良い」
「共にお食事を摂られるのであれば、ご用意いたしますが」
「ああ、大丈夫だ。僕はもう済ませてある。お前の目覚ましの音が聞こえてきたから、そろそろ降りてくるかと思って様子を見に来たのだ」
「そ、そうでしたか。騒がしくしてしまい申し訳ありません」
「かまわない」
マレウス様はデュースの傍の席に座り、一生懸命にささみを食べているデュースを眺めている。……デュースは気付いていなさそうだな。俺も世話がまだ残っていると、さっさと朝食を片付けてしまい、デュースに飲ませるミルクを哺乳瓶に入れる。……身体がもうわりと大きいとはいえ、子猫と言えなくもない姿をしているし、何よりまた朝からミルクで顔をびしょびしょにされても困る。デュースは嫌がるかもしれないが、とりあえずこれで飲んでもらおう。
「デュース」
「にゃ!(ごちそうさまでした!)」
おいしかったらしい。なんだかにこにことしているデュースの顔についているささみの細かい欠片などを軽く布で拭いてやり、ミルクを与えようとする。
「とりあえずこれで飲んでくれ」
「にゃ……(哺乳瓶……?)うにゃにゃ……(僕赤ちゃんじゃないです……)」
「……」
困った。やはり嫌がっているな。前足で哺乳瓶を押し返し、なんだか渋っている様子のデュースと困り果てた俺を見兼ねて、マレウス様が貸してみろ、と言った。言われるまま、とりあえずデュースと哺乳瓶をマレウス様に渡す。
「ほら、スペード。飲むといい」
「んにゃ……にゃむ(ドラコニア先輩にまで面倒をかけるわけには……)」
マレウス様がデュースを腕に抱き、そのまま口に哺乳瓶を含ませてミルクを飲ませる。するとデュースはどこか観念したようにいくらかミルクを飲み、けぷ、と満足そうな息を吐いた。
「お上手ですね、マレウス様」
「ミルクを渋る赤子には、さっさと哺乳瓶をくわえさせてしまえばいいのだ。お前もそうだったぞ」
「俺からの経験でしたか……」
「ついでに毛並みも整えてやろう。さ、行くぞスペード」
「にゃ?(どこに?)」
マレウス様が、どこかへ(恐らく、談話室だろうが……)デュースを連れて行ってしまう。とりあえず俺は残された哺乳瓶やミルク、平皿などを片し、また二人を追うことにした。
談話室へ赴けば、マレウス様の膝に乗せられたデュースが、ブラシで毛並みを整えられている。デュースは少し身体を硬くして緊張した様子で、大人しくしてはいるようだ。
「ふむ、なかなか良いのではないか?」
ひととおりデュースの毛並みを整えて、マレウス様は満足したらしい。デュースはにゃあと一声マレウス様へ向けて鳴き声をあげたかと思うと、俺が昨日談話室に飾っておいたぬいぐるみの横にちょこんと同じポーズで座った。……鳥かごがなければ、どちらがぬいぐるみか分からないな。
「……シルバー。写真を撮っておいてくれないか?」
「は、はい。今はスマートフォンのカメラしか持っていませんが……」
「ふむ……。ならば、あとで紙へと刷ってくれれば、それでかまわない。保存の効く魔法紙に刷るのだぞ」
「はっ、仰せのままに」
とりあえずマレウス様に言われるまま、デュースとぬいぐるみの姿を写真に収める。あとで誰かに、スマートフォンから魔法紙へ写真を写す印刷の方法を聞いておかなくてはな。
「デュース、満足したか?」
「にゃ(僕似てましたか?)」
「そろそろ学校へ向かうぞ。お前も来い」
「にゃ!(授業!)」
デュースは嬉しそうに俺たちの足元をぐるぐると歩き回っている。そんなに授業が嬉しいのだろうか。
「次に会ったときには、お前はもう元の姿に戻っているのだろうな」
マレウス様が淋し気にデュースの頭を撫でる。デュースは何か応えたいのか、マレウス様の手へと名残惜しそうに頬ずりしていた。
「にゃ(戻っても遊びきます)」
「ああ。また、いつでも尋ねてくるといい」
「にゃんにゃ(お邪魔しました)」
そうしてマレウス様と別れを告げたらしいデュースを連れ、授業へと向かう。
「しかし、夜の間にでも戻ると思っていたが……なかなか元の姿に戻らないな。授業中に戻ったらどうしようか……」
「に……(たしかに……)」
移動する度にいちいち足を拭いてやってはいられないので、デュースを抱き上げたまま移動する。一時間目はたしか、魔法史だ。猫を連れ込んでいることについてトレイン先生に何か言われるかと思ったが、特に何も言われず授業は進んだ。
「にゃ……む(ルチウスがなんか言ってきてる、気がする……分かんないけど…)」
俺のノートの隣で大人しく座り、授業を聞いている風だったデュースは、なぜか授業中少し不満げにしていた。
それから午前中の授業も終わり、昼休み。休み時間の度カリムや同級生にかまわれていたデュースは、疲れたからなのか授業中は大人しくしていたし、今も少しグッタリとしている。
「食事の前に少し、中庭で休んでいくか」
「にゃ……(賛成です)」
中庭に生えている大きな林檎の木の根元に座り、目を閉じる。……風のせせらぎが心地良く、鳥の鳴き声がする。デュースを休ませるついでに、瞑想するにはちょうどいいな。そんなことを考えて集中しようとしていたら、デュースがぽふぽふと俺の鼻や頬を叩く感触がした。
「ふっ、起きているぞ」
「にゃー(先輩寝ちゃったかと思いました)」
「瞑想していただけだ。お前はもう元気になったのか?」
「にゃんにゃ(回復してきました)」
「……言葉が通じないのは、困ったものだな」
片手でデュースの身体を支えながら、もう一方の手ではデュースの頭を撫でてやる。
「どんな姿のお前でも、俺の気持ちは変わらないが……。それでも、またお前と言葉を交わしたい、同じ姿で触れ合いたいと、やはり思ってしまう」
「にゃ……(シルバー先輩)」
デュースが俺の頬に顔をすり寄せ、唇へとキスをする。すると、あたりが眩く光り、わずかに煙が出る。思わず目を眩ませたあと、瞬きをして視界を開くと、そこにはいつも通りの制服を身に着けた、人間の姿のデュースがいた。
デュースは目をまんまるにして、何が起こったんだ? という顔をしている。……猫のときと同じ表情だな。
「……にゃ?」
「デュース……。戻っているぞ」
「は、にゃ、あ、ほんとだ! 喋れる! 先輩、僕戻ったみたいです!」
「ああ。無事戻れたようで、何よりだ」
「お世話してくれてありがとうございました!」
デュースはまだ猫の感覚が戻っていないのか、飛びつくように俺に抱き着いてくる。それを抱きとめてやると、デュースは嬉しそうに笑った。
「なんかいろいろ大変だったけど……。猫になってる間、先輩とたくさん一緒にいられて、嬉しかったです!」
「ああ。俺も、同じ気持ちだ」
「へへっ。シルバー先輩、動物にはいつもこんな感じなんだなあって言うのが見られて、ちょっと楽しかったかも」
「そうか。お前にとって悪い時間でなかったのなら、良かった。……ああ、そうだ」
デュースの首でちりちりと鳴っている鈴とリボンをしゅるりと解き、いい加減外してやる。人の身体に戻ったのに、首輪をつけてやっていては息苦しいだろうからな。
「これは俺から、マレウス様に返しておく」
「ありがとうございます」
背中をぽんぽん、と叩いてやると、ぐう、とデュースの腹から元気な音がした。そういえば、昨日から猫の食事程度しか食べさせていないんだったな。
「人の姿に戻ったのでは、腹がすいただろう。食堂へ行って、みんなにお前が元に戻ったことを知らせて、それから先生方にも報告するとしよう」
「はいっ!」
立ち上がって歩き出すと、デュースはまた後ろをついてくる。猫でも人でも、デュースの本質的なところはやはり変わらないな、と内心それを可愛らしく思うのだった。
それからデュースが無事元の姿に戻ったことを報告し、後日。
「む、スペードに少し埃が被ってしまっているな。手入れしてやらねば……」
「手入れ道具、ただいまここにお持ちいたしました!! これでデュースの奴めを整えてやりましょう!!」
「ああ。鈴の手入れも、ちゃんとしてやらねばな」
ディアソムニア寮の談話室に置かれた猫のぬいぐるみが、マレウス様によって『デュース・スペード』と名付けられ、デュースから回収したリボンと揺りかごを継承し、今も大層可愛がられていることを、本人にどう説明したものかと俺は頭を悩ませている。
*おしまい
※コメントは最大1500文字、10回まで送信できます