デュース・スペードという人間は、単純で分かりやすい、という評判をよく耳にする。彼らの言によれば、デュースというのは、思っていることが顔に出て、考えていることが口に出て、やりたいことが動きに出てしまうのだという。
確かに、そうした性質をデュースが持っているのは否定しがたいことだ。とはいえ、ひとりの人間がそう単純なばかりであるとも俺は思っていない。どんな人物でも、その割合が違うだけで様々な性質を併せ持っているはずだ。その割合が近ければ近いほど、気が合う、相性がいい、という言葉にも代えられるのだろう。
……なぜ、俺がデュースというひとりの後輩について、こんなにも詳しく考えているのか。その理由は、あの日まで遡る。図書館で勉強をしていたら、他に席がなかったようで、先輩ご一緒していいですか、とデュースが声をかけてきた。特に断る理由もない。俺はそれを快諾し、共に勉学へと励んでいた。そのうち、俺が居眠りしてしまったところをデュースに起こされ、礼を言った。デュースは、眠気覚ましに少し話しますか、と答える。デュースは地理の勉強をしていたようで、世界地図を広げていた。
「地図を広げていると、つい、ここはどんなところなんだろう、って頭の中で旅しちゃいますよね」
「そうなのか?」
「はい。たとえば、ほら。この珊瑚の海だとか。確か、流氷がたくさんあって寒いところなんですよね。じゃあ、たくさん暖かい服を着ていかなくちゃな、とか、流氷の上を歩くのは難しそうだ、ひょっとすると足を滑らせて冷たい海に落ちちゃうかも、とか」
でも、そしたら北の海にしかいない綺麗な生き物を見られるかもしれないですよね! とデュースは続ける。
「海に落ちたら、それどころではないのではないか?」
「いいえ! これは僕の想像の旅なので、海の中で息をするのも、冷たい海底を散歩してみるのも、星空の中を箒で飛んで行くのも、なんでも自由なんです! なんなら、このままの僕じゃなくたっていいんですよ。魔力切れを気にせず、どこまでも行けるマジホイに乗ったっていいし、いっそ渡り鳥になって、びゅんって風を切って空を飛んでいくのだって、楽しそうじゃないですか?」
「なるほど。自由な想像を働かせて、思考の中で気ままな旅をするのだな。……良ければ今日は俺も共に、その旅へ同行してみてもかまわないか?」
「あれ、先輩。意外とこういうの好きですか?」
「……どうだろうか。父が旅好きな人で、よく土産話を聞いていたから、興味はあるのかもしれない。だが、今日の理由は……」
「今日の理由は?」
「お前があまりにも楽しそうに話すものだから、共に旅路を歩いてみたいと思った。それだけだ」
「ははっ! じゃあ、今日はよろしくお願いしますっ!」
「ああ。よろしく頼む」
そうして、俺はその日、デュースと共に想像の旅を歩き回った。北の海にいて、夜空に広がるオーロラを見上げたかと思えば、寒くなったから魔法で南の島へ移動してもいいだとか、そこにもおいしそうな屋台があるとか、暖かい海には色とりどりの魚がいるとか、想像と教科書の知識を読み比べながら、まるでその光景が目の前にあるかのように話すデュースにつられ、俺の想像も自然とかき立てられた。チャイムの音が鳴るまで、俺たちは二人、夢中になって、世界中を渡る二人旅を楽しんだ。まるで本当に、デュースと共に世界中を旅してみせたかのように。
そんな戯れを終えたあと、俺はふと、思った。デュースには、幻想的な思考を持つ一面があるのだな、と。いわゆる、ロマンチスト……だと言えばいいのだろうか。普段の彼の態度からすると、その一面は少しギャップがあるような気がして、俺はそんなきっかけから、デュース・スペードという人物に、不思議と興味をかき立てられるようになった。
……彼は、単純で分かりやすい、とばかり言われているが、ならば逆に、みんなが気付いていないような他の顔も、持っているのではないだろうか。彼のことを語る際、大抵は素直で真面目なところが取り沙汰されているようだが、大部分の素直さに隠された、わずかな表情があるのでは、ないだろうか。地図を見ながら、想像の翼を羽ばたかせて、それこそ一番星を探す子どものようにきらきらとした目を俺に向けてくれた。あんな顔が、他にも隠されているのではないだろうか。……だとしたら、それを見てみたい、と思った。
それからだ。俺が、デュースという個人に、少しだけ注目するようになったのは。デュースは、普段の暮らしの中では、基本的にエース、ユウ、グリムと共に行動していることが多い。だが、あえて注目してみれば、案外そのグループと別れ、ひとりで行動していることも少なくはないように見えた。これも俺にとっては、意外なことだった。彼らはいつも見かけたとき、大抵4人(3人と1匹、か?)でつるんでいて、誰がいないということは少ないように思えていたから。
その他に分かったことといえば、多少そそっかしく、危なっかしい。難しかったらしい授業のあと、教科書を読みながら歩くのに夢中になって、人にぶつかりそうになっていることや、水場に落ちそうになっていることがある。これは良くないと思ったので、気を付けた方がいい、と注意したところ、気を付けますと眉を下げ、しゅんとした態度になってしまった。確かに、気持ちがよく顔に出る方なのも間違いはないようだ。
あとは、絡まれやすい、ということだろうか。何か、デュースはあまり態度の芳しくない生徒たちに目を付けられやすいようだ。だが、以前俺が話した、喧嘩はよくないという言葉を覚えていてくれているのか、はたまた本人の強い意志なのか……いや、きっとアイツ自身の意志だな。俺の言葉など、ささやかな力添えにすぎない。ともかく、デュースは本格的な殴り合いの喧嘩になる前に、威嚇程度で追い払うことに苦心しているようだ。
とはいえデュースと親しいものならば、この辺りはそれなりに知ることができる一面だ。俺が知りたいのは、もっと、アイツの深い一面。内面をもっと知りたい。まだ俺が知らないデュースの顔を、見せてほしい。もっと、もっと――
なぜこんなにも、俺の心はデュースばかりに執着するのか。それはまだ分からない。だけど、もっとアイツのことを知るためには、もっと傍で。もっと近付いて。もっと、隣で。傍にいて、見て、触れた方がいいと思った。その心に。
「デュース」
「シルバー先輩?」
名前を呼ぶと、わずかに嬉しそうな調子の声をあげて、ぴょこぴょこと近付いてくる。……まるで、俺に懐くウサギのようだ。
「次の休日は、共に麓の街まで出かけないか?」
「えっ、僕……ですか?」
「ああ。お前の都合が良ければ、でかまわないのだが、どうだろうか」
デュースは予定は大丈夫です、と答える。
「でも、どうして僕なんですか? あっ、もしかして、荷物持ちとか? なら、任せてください!」
こう見えて力はあるんですよ、とデュースは自慢げに腕を掴んでみせる。確かに、デュースの力が弱くはないことももう俺は知っている。だが、俺はその力をあてにして荷物持ちをさせたいわけではないから、その誤解は解いておかなければならない。
「いや、違う。単に、俺がお前と出かけてみたかっただけだ」
「へあっ!? そ、そうなんですか!?」
「ああ。……良くないことだったか?」
「い、いえ! 良くないことはないです! ……実を言うと僕も、先輩と出かけられるの、嬉しいですし!」
「そうか。なら良かった。では、その日はよろしく頼む」
「は、はいっ! 楽しみにしてますっ!」
そうして俺は、デュースと共に麓の街へと降り立つこととなった。
麓の街へと行く日、案の定俺は寝過ごしかけたが、どうにか約束の時間には間に合うことができた。
「先輩、今日も時間ピッタリですね! じゃ、さっそく行きましょう! えーっと、買い出しがあるんでしたっけ?」
「ああ。元々、必要物資の買い出しのつもりだったのだが、街へ行くのならついでに、とさらに追加で頼まれてな。いろいろな店を回っていこう」
そうしてデュースと共に街を回るのは、俺にとって、とても実のある時間といえた。なぜなら、プライベートともいえる時間をデュースと共に過ごすことで、学校の中、遠くから眺めているだけでは見られない、新鮮な顔をデュースの間近で見ることができた。
例えば、甘いものをおいしそうに食べる顔。特に卵を使ったデザート類は、リスのように頬張って食べる。……ハーツラビュルの連中はいつでもこれを見られていたのかと思うと、何か心がざわつく感じがした。
例えば、目の前にあるものに、次々と興味を惹かれていく様子。こっちの店が気になったかと思えば、あちらの店が気になったと落ち着かず、まるで子犬のようだ。クルーウェル先生は何時間でも補習に付き合ってくれるんです、とデュースは嬉しそうに言っていたが、コイツに付き合いたくなってしまう先生の気持ちも分かる気がする。
例えば、すたすたと先を歩いていってしまったかと思えば、時々俺を振り返って、またすたすたと駆け寄ってくる様子。何か見つけては親元へ戻ってくる幼子のような姿に、ああ、きっとコイツは幼い頃からこうだったのだろうなと、つい、頬が緩んでしまう。
「先輩、荷物重かったらいつでも言ってくださいね! 僕、持ちますよ! 母さんと一緒に買い出しの手伝いをよくしてたから、重い荷物を持つのは慣れてるので!」
「平気だ。俺も、重い荷物を持つのは慣れている。だが、ありがとう」
俺が何よりもまずよく知っている、母親想いな姿も見せてくれる。……そういえば、以前に昔は喧嘩に巻き込まれてばかりで悪いこともしていた、と言っていたが。その顔は……見なくて済むのならば、見ない方がいいだろうな。デュースはそれを悔いて、今のデュースであろうと、そして優等生であるデュースに成ろうとしているのだから。実際どんなものだったのか、知りたい気持ちがないとは言えないのが正直なところだが、俺がデュースのすべてを知ってみたいという、いわば好奇心のようなもので軽々しく覗いて良いような事情ではないだろうことくらいは分かっている。そして、デュースがそれを、俺やまわりの人に隠したがっているということも。……本人が隠したがっている事情ならば、何かを察していたとしても、実際何を知っていたとしても、それを自分勝手に表へ出すべきではない。俺のこのデュースを知りたいという気持ちに関しては、いつか本人が話したいと思えるようになってくれる立場になれるまで、待てばいいだけのことだ。俺の心は確かにデュースへ特別な執着を覚えているとはいえ、今すぐに彼のすべて何もかもが知りたいというわけではないのだから。じっくり、進めていけばいい。
そんなことを思いながらデュースと共に麓の街を歩いていると、ふと、占い小屋の女性に捕まった。占いなんて珍しいし、せっかくなのでやっていきますか? とデュースが言うので、俺もこれを承諾した。占い小屋の老婆は言う。
「うちは相性占いだけど、学生さん二人でかまわないかねぇ?」
「俺はかまわない」
「先輩がいいなら、僕も大丈夫です!」
「じゃ、視るよ。占いの材料にするから、アンタらにとって、相手はどんな存在なのか、ちょっと話してくれるかい?」
老婆の問いかけに、俺の口は考えるよりも先に自然と答える。
「デュースは……、俺にとって、星のような存在だ。幼い頃、父の膝で夜空を見ては、存在しない星座を作って遊んだ。今でも、その星座のことを覚えている。そのときいつもはじまりの目印にしていた、お気に入りの星のような存在だ。皆によく知られた名前がなくとも、誰より大きく輝いているわけでなくとも、一度見つけたら、何度だって夜空に見つけられる、ような……」
そこまで言ったとき、デュースが隣でぽかんとして口を開けていることに気付いた。……しまった。つい、心の勢いに任せて、よく分からないことを口走ってしまっただろうか。
「……」
「その……少し、分かりにくかったろうか」
「いえ! 驚きました。僕も、シルバー先輩のこと、星みたいだな、って思ってたから、同じだな、って。まあ、僕のは単純なんですけどね。目がオーロラ色なのもそうだし、それに、シルバー先輩はいつも、上を見上げたら、必ず同じ場所にいてくれて、僕が目指したい道、そこまでの道を明かりで照らして、こっちに来いって正しい道を教えてくれる。だから、ポーラスターみたいだなって思っていたんです」
「デュース……」
そんな風に思ってくれていたとは、知らなかった。老婆は俺たちの言葉を聞いて、あんたたち仲がいいんだねえ、と笑った。
「それじゃ、占いの結果だけどね……」
――それから俺とデュースは、日が暮れていき、夕闇が空を覆っていく中、帰路についた。とても悔しい気持ちになりながら。
「あ~、もー、悔し~! 絶対エセですよ、あの占い師! 僕とシルバー先輩の相性が、32%なんて低いワケないじゃないですか!」
「そうだな……。占いの結果は、あまり芳しくなかった。だが、それは今の時点での俺とお前の相性、という話なのかもしれない」
「えっ? どういうことですか?」
デュースは丸い目をさらに丸くして、首をかしげる。
「逆に言えば、俺たちの関係には伸びしろがある、ということにも取れる。これからもっと、深い仲にもなれるのだろう、と」
「な、なるほど……! そっか、そうとも考えられますね! 良かった!」
頬を膨らまして拗ねていたかと思えば、急に機嫌を直すデュースに、俺はつい笑ってしまう。
「ふっ。そんなに俺と相性が良い方が嬉しかったのか?」
「え、や、それはその……っ!」
夕日に照らされたデュースの頬が、それだけではない赤みを帯びた気がする。……ひょっとすると、もしかして。俺はもっと、他の人間が知らないデュースの顔を知るための権利に、手を伸ばす資格があるのではないだろうか?
今日、デュースと歩みを進めだしてから、薄々気付きはじめていた。なぜ、デュースの知らない顔にばかり、俺の心は執着しているのかと。占い小屋の老婆に、デュースは俺にとってどんな存在かと問われ、口をついて出た言葉で、気付きはじめていた。俺の心が欲しているもの、形にしたいその言葉。その答えは――きっとひとつだ。
「慌てなくていい。俺も、お前との相性が良い方が嬉しい。それはきっと、何故なら――」
俺の口が紡いだ続きの言葉は、空に輝く一番星とデュースだけが知っていた。
*おしまい
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