夏、晴れ

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 どこまでも続く青い空に、白い雲が泳ぐ夏の日。
 僕は、シルバー先輩とキスをした。
「……」
 空き教室の窓際、風になびくカーテンが僕らを隠す中で。
 僕たちは、初めてのキスをした。
「あの、……」
 何も言えなくて、僕が黙っていると、シルバー先輩は優しくほほ笑んで、僕の頬をそっと指先で撫でる。
 ……好きだな、と思った。

 次にシルバー先輩と会ったのは、廊下だった。向こうは二年生の友達と、僕は一年生のダチと歩いていた。
「あ、シルバー先輩、こんにち、は……」
 挨拶しようと思ったのに、あの時のことを思い出すと、目が合わせられなくなって、俯いた。
 そうしたらシルバー先輩は、ああ、こんにちは、と笑って、僕の頭を歩きざまに撫でた。
 その手つきが、とても、とても優しかったから、僕は、まわりにダチがいるのも忘れて、ぼうっとしてしまって、からかい囃し立てられているのにもしばらく気づいていなかった。

 ハーツラビュルの庭で、薔薇にペンキを塗っている時、ふと、唇が気になった。
 ……僕、あの日、唇大丈夫だったかな。カサカサしたりしてなかったろうか。
 次があっても大丈夫なように、リップクリームでも塗ってみた方がいいのかな。
 次ってなんだ。まさか、そんな。次があるだなんて、思ってないぞ。
 ……嘘だ。次があるって、あってほしいって思ってる。
 シルバー先輩と、もう一度……。

 それからしばらく。あの薔薇の庭でこの気持ちに気づいて以来、この頃それしか考えらんねえ。
 僕ってこんなにエロかったのか、いやキスじゃまだエロくはない……よな? なんて、詮のないことばかり浮かんでは消してる。
 目を閉じても、開いても、頭に思い浮かぶのはシルバー先輩のことばかりで、きらきらした月の光のような銀色の髪が、僕に、僕だけに向けて優しくほほ笑む顔が、いつも王子様みたいな振る舞いが、全部、指の先まで映るんだ。
(……好きだ。好きだ好きだ好きだ、大好きだ!)
 青空の下、中庭の草原に倒れ込んで、眩しい太陽から腕を顔で隠す。
 照らされて蒸し暑い中に通る涼しい夏風が、僕の髪を揺らした。
 その心地良さに、いつの間にか、僕は……眠りについてしまったようだった。

 目が覚めたとき、最初に気が付いたのは、前髪に触れる違和感だった。
 何か、こそばゆいような感じが繰り返されてて。目蓋をあげたら、大好きな指が目に入った。
 ぱちぱちと瞬きをしてぼやけた視界をハッキリさせると、やっぱり優しいほほ笑みを浮かべたシルバー先輩が、僕に向かって手を伸ばしてた。
「起きたか。おはよう」
「……はよう、ございます……」
「昼寝をしていたのか?」
「うたた寝、してたみたいです……」
 そうだ。僕はうたた寝してたんだ。夏の暑さに負けて。
「シルバー先輩は、何してたんですか?」
「俺は、たった今来たところだ。お前が眠っているのを見つけたから、つい、撫でてしまった。……起こしてしまったみたいだがな」
「別に、いいですよ……。せっかく先輩がいるのに、眠ってるのも勿体ないんで」
 眠たく目を擦ると、シルバー先輩は少し驚いたように目を丸くした。
「今日はずいぶん素直なんだな」
「そう、ですか? いつもと思ってること、変わらないです」
「……まだ寝ぼけているみたいだな」
 そう言うと、シルバー先輩は僕を腕の中に引き入れ、ぎゅっと抱きしめた。
「シルバー、せんぱい?」
「……困った。お前のその、寝ぼけて舌足らずに甘えた声を聞くと。その声で、好意を伝えられると。可愛くて仕様がなくなってしまう」
 このまま離せなくなりそうだ、とシルバー先輩は言う。
「いいですよ、離さなくても」
「……ありがとう」
 なんとなく、僕はまだ夢心地だ。だから普段なら恥ずかしい台詞だって、シルバー先輩に向けて吐けているのかもしれない。
「あの、先輩。ひとつ、おねだりしていいですか」
「ああ、……なんだ?」
「僕、ずっと……。窓際でキスした、あの日から、ずっと。また、キスしたくて、仕方ないんです。ずっと、シルバー先輩のことばっか、頭に残って、考えてて、それで、今日、今なら……言えるかも、って、思ったから」
 だから、と恥ずかしくなってシルバー先輩の肩に頭を埋める。くすぐったいな、とシルバー先輩は笑った。
「……お安い御用だ。デュース、顔を上げてくれないか?」
「……」
 僕の顔は、きっと真っ赤だ。それはたぶん、夏の太陽に照らされたから、だけじゃない。
「好きだ、デュース」
「ん……」
 シルバー先輩の唇が、僕のものに触れる。そのくちづけは、柔らかくて、優しくて。
 あの日、青い空を見ながら、夏風の中で触れたものと、同じだった。

*おしまい

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