酔醒-よいざまし-

*「葡萄色陶酔」の続編です
*前作のダークな余韻消え失せてます
※シルバーのユニーク魔法の仕様が公式設定と矛盾していますが、メインストーリー8章Chapter2を見る前に書いたものなのでお許しください。

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 ――植物園の中。葡萄色(えびいろ)の粒が蔓延る中で、俺は今日も今日とて、罪深い想いを寄せたデュースの目の前で。
 そんなことは素知らぬ、良き先輩の顔をして、話をしていた。
「ぶどういっぱい生ってますね! うまそう!」
「ああ、そうだな。……飲み物やジャムにしても、良さそうだ」
 俺はこの粒の色を見る度、グラグラと、酩酊するような心地になった。だが、それを悟られまいと、毅然とした態度を崩さない。
 はず、だった。だけど、その、たった一言で。俺の世界は、真っ逆さまにひっくり返った。
「シルバー先輩も、ぶどうジュース好きですもんね。いつも飲ませてくれるし」
 その言葉に、俺は驚きを隠せない。何故、どうして。忘れている、はずじゃ、なかった、のか。あの、夢の中の、出来事は。
 俺の愚かな、行いのすべては。
「……覚えて、いる、のか?」
 尋ねると、デュースは、なんでもなさそうに、どころか。どこか嬉しそうに、俺の疑問に答えた。
「はいっ! ちょっと恥ずかしいけど、嬉しいです、いつもぎゅってしたり、好きって言ってくれるの!」
 その瞬間。俺はもう、自分を保ってはいられなかった。デュースに向けて、怒鳴るように叫びつけていた。
「お前は、俺が何をしたか分かっているのか!?」
 そうするとデュースはちょっとムッとして、言った。
「分かってますよ、たくさん可愛がってくれました! 僕それが分からないほど、鈍くも馬鹿でもないですよ!」と。
 俺は、それに衝撃を受けて。どうしていいか、分からなくなって。どうしようもなくなって、自分の顔と、頭を抱えた。
「そうじゃない、そうじゃないんだ、デュース、すまない、デュース……」
「シルバー先輩……?」
 舌ったらずで少し甘えたような、警戒心のまるでない声が俺の名を呼ぶ。それが、どうにも、耐えられなくて。
 少し考える時間をくれ、と、その場を立ち去った。デュースは何も分からない顔をしたまま、先輩どうしたんだろ、なんて首を傾げていた。

 部屋に入り、ベッドに身体を放り捨てる。腕で目を隠し、ただ、漫然と時間を過ごす。
 ……怠惰だな。間違いなく、これは惰眠だ。だけど、今はもう何もする気になれなかった。
 俺は、後悔していたから。デュースのまっすぐで純粋な愛情が俺へと向いてしまっていること、それを見て。
 今までの自分の行いをすべて、省みて。後悔してしまったから。
 どうしたらいいんだ、どうしたら、こんな。誰も知らないと思っていた俺の罪が、デュースには知られていて。
 なのに。……デュースはこんな醜く勝手な俺を、責めやしない、どころか。
 好意的にさえ、捉えていて。
 俺を、まだ囚えていて。
「どうしたら、いいんだ……」
 何もできないまま、ベッドへ横になっていると。いつの間にか、俺は、夢の景色の中に入り込んでいた。

 いつの間にか佇んでいたそこは、教会の前だった。森の中にある、石造りの教会。
 俺は、なんとなくその扉を開けて、奥にある女神像の前で、手を組んだ。
 今はなんにでもかまわない、縋りたい気分だったから。
 そうして、俺は今までの罪を、すべて懺悔した。
「主よ。俺は……俺は、どうしようもない罪を犯しました。好きな人が、いたのです。大切にしたいという気持ちが、あったのです。だけどもそれは嫉妬の罪に、犯されてしまいました。あの子が、俺よりほかの誰かの手に渡ると思うと、誰かがあの子の新雪のような真っ白な心を、純粋で美しい身体を、いつか穢すのだと思うと、耐えられなくなって。夢の中で幾度も、彼の領分を侵しました。くちづけを与え、抱き寄せて、まるで自分が然も恋人になったかのように、振る舞ってしまいました。彼の中では、俺はまだそのようではなかっただろうこと、分かっていたのに。それどころか、俺はさらに、罪に罪を重ねました。この忘却こそが彼のためだと言わんばかりに、己の犯した罪を隠そうと、忘却の薬を彼にいつも飲ませていました。……本当は、ただ、自分が罪に向き合うのを恐れていただけなのに。それを、幾度も、幾度も繰り返し、どうしようもない罪を重ねていました。その報いを受けるときが、今日、ついに来たのです。すべてがあの子に、バレてしまいました。あの子は夢の出来事を忘れておらず、すべて覚えているようでした。だけど、でも。最も残酷なことは、あの子が、アイツが、デュースが。俺の罪に、怒っていないどころか、喜んでいて。もう俺は、裁かれることすら、できないんです。それならば俺はどのようにして、この罪を贖い、禊げば良いのでしょうか。どうしたら、俺は赦しを受け入れられるのでしょうか……」
 こんなことならば初めから手を伸ばすべきではなかったと、本当に悔やんでいます、と告げたとき。
 誰かの手が、俺の額を、ぴし、と弾いた感触がした。そっと髪を撫でられる感触がして、驚き目を見開く。
 顔を上げなさい、と言われ、そちらに顔を向けると。そこには、俺と同じ顔をした、金髪の男が、少し透けた身体で佇んでいた。
 複雑そうな、けれどとても優しいほほ笑みで、彼は俺に告げた。
『顔を上げ、前を向きなさい。裁かれない罪は、抱えていくほかない。責任を持って、幸せにしてあげなさい』
 そうして一言だけを残すと、瞬きの間に、男の姿は消え失せた。それから、やがて目が覚める。
 あの夢は何だったのだろうか、と思いつつも。間違いなく、もう一人の父からの助言だと感じ。
 俺は、もう一度デュースへ向き合うことにした。
 ベッドの片隅に置かれていた、かつて指輪だったものが繋がれていたネックレスのチェーンがきらりと銀色に光る。
 ちゃんともう一度会いに行こうと上着を羽織る俺の背後、そんなドアの外で。親父殿が密かにユニーク魔法を使っていたのは、俺の知らないことだった。

 それから、俺はデュースの元へ赴いた。デュースの元へ赴き、ようやく、初めから言うべきだった言葉を、言葉にした。
「デュース!」
「シルバー先輩。もう具合は良くなったんですか?」
「ああ、その……。聞いて、ほしい。お前のことが、好きなんだ。俺と、付き合って……、俺のものに、なってほしい!」
 ああ、この期に及んで、俺の口から出てくるのは。我侭で、不格好な、独占欲ばかりの告白だ。なのにデュースは、破顔一笑、喜んで答えた。
「はい! ずっと、そう言ってくれるのを待ってました!」
 その言葉を聞いて、俺はやっと、地に足の着くような心地がした。
 頭も足の裏も、宙に浮くような気がして、グラグラと揺らいでいた酩酊感が、消え失せた。
 そうしてデュースにも、今までのことを改めて懺悔すべきかと。俺の罪のすべてを告げようかとも思った。だけど。
「どうしたんですか、シルバー先輩?」
「……いや、なんでも、ない。これから、よろしく頼む。……現実でも」
「はいっ! よろしくお願いしますっ!」
 今はそんなことでこの笑顔を崩すべきではないのだろうなと、そうしてデュースにはこんな醜いものを見せず、ひとりで抱えていくのが俺の罰なのだろうと。頷いて、今はただ。普通の恋人同士のフリを、デュースの前でしてやることに決めた。

「それじゃあ、俺はこれで――」
 一度、落ち着くためにも、その場から立ち去ろうとすると、デュースがくい、と控えめに俺の袖を引いた。
「シルバー先輩。もう、夢の中じゃないんですよ?」
「あ、ああ。そう、だな?」
「……もうちょっと一緒にいたいとか、ぎゅってしてたいとか、その。……ばいばいのキス、とか。ない、んですか、こっちでは」
 そう言われて、俺は、困る。そ、そうか。夢の中では、いつも別れ際に忘却の薬を飲ませようと、キスをしていたから。
 ……すっかりそれが、慣れて。クセになってしまっていたのか。デュースの中では。
 これも、俺の罪だな。そう思って、ひとつ咳ばらいをし、デュースの顎を指先で引いた。
「……分かった。ばいばいのキス、だな」
「は、はい……っ!」
 そうして、デュースにそっとくちづける。するとデュースは、赤く染まった頬を両手で押さえて擦りつつ、俺に言った。
「へ、へへ……。夢の中でするのと、本当にするのって、何が違うんだろって思ってましたけど。やっぱり、なんかちょっと、こっちの方が熱くてやらかい感じ、しますね! 僕、ほんとにしたことなかったから、夢のキス、まだよく分かってなかったから、えっと」
 ちゃんとシルバー先輩の気持ち、たくさん受け取りきれてなかったかもって思ってたから、だから、またしてほしいです、ぎゅってするのも、キス、するのも、とデュースは言う。そうか。この現実では、キスもまだだったデュースには、そのイマジネーションが、追いついていなかったんだな。
 ……デュースの柔らかそうな唇の感触ばかり考え、想像していた俺とは違って。
「……わ、分かった。また、与えてやる。だが、その、今は。……少し、落ち着かせてくれ……」
「は、はいっ! 今日は、ありがとうございましたっ!」
「ああ、ええと。……俺からも、ありがとう。……本当に」
 俺が好きになったのが、お前で良かった。と、そう告げると。デュースはへへっと笑って、それじゃあまた、とどこかへ行こうとして。すぐに戻ってきた。
「ん、どうした?」
「そういえば僕、ちゃんと先輩に言ってないって思って!! ……僕も好きです、シルバー先輩! だから、改めて……これからよろしく、お願いします!」
 そうしてデュースは、俺の頬にキスをすると、照れくさそうにパタパタと走って逃げていく。
 その、あまりの可愛らしさと初々しさに、俺は。
「勘弁、してくれ。……やはり、他の奴のものにならなくて良かったと、己の罪を肯定してしまいそうになる……」
 と、ひとり呟くほか、出来ることがなくなっていた。
 
 振り返れば、今でも正直、この罪はやはりデュースに告げるべきだったのでは、と迷う夜もある。
 だが、その葛藤や、言えない罪を抱えて、何も知らない顔で、何も知らないデュースと接することも含めて、苦しさも時折翳る幸せも何もかもが、手順を間違えた俺への罰なのだろう。
 それでも。デュースの、冬の野兎のようにふわふわとして真っ白な心に触れていく度。俺の心を吞み込んでいた、葡萄色(えびいろ)の悪酔いは、少しずつ醒めてゆくのだった。

*おしまい

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