ユアセルフタイマー

*カメラマンシルバー×アシ大学生デュースです。どちらも20以上。シルデュに結構年齢差があります。
*別シリーズと同じ名前の写真館が出てきますが、今回はそちらの作品およびシリーズとは関係ありません。
*退廃的でメロい男を書きたかったので、喫煙描写や精神の擦り切れ、紛争などの描写がありますが、特定の思想などは入れておりません。あくまでもフィクションであり、実在の出来事・団体・国家等とは無関係です。
*前作「ホリゾントライト」「結露」の続編です。前作読んでないとわりと意味がわかりません。
 
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 ここは、『銀紅写真館(ぎんこうしゃしんかん)』。……僕のバイト先だ。
 そして、目の前のソファに座って棒付きの飴をくわえているのは、シルバーさん。僕の雇い主であり、それでいて、半分くらい恋人……のような、曖昧な関係を持つ人だ。なんでそうなのかって? ……シルバーさんは、僕に執着していて。でも、好きだとか愛してるとか、そういうことは言ったことがなくて。だけどやっぱり、大切にされていて、手放したくないって思ってることだけは伝わってきて。
 ……僕の方も、たまにキスしたり、肌にすり寄られたりしてるとはいえ、そういう気持ちを伝えたらいけないのかなあ、どうなのかなあなんて悩んでたりするから、だから今はそんな風なんだ。
 シルバーさんは、ノートパソコンに何かカタカタとメールの返事か何かを打って。そして、僕に言った。
「デュース。……仕事の依頼が入った」
「あ、はい。いつですか? なんの仕事?」
 すっかりのんびりくつろいでいたが、そもそも僕はバイトに来たんだったと、襟を正す。シルバーさんは、言った。
「結婚式の撮影……、ウェディングドレスの、前撮りだ」
 
 それからしばらく、僕らは数日ほど、フォトウェディングの準備や、その他の撮影依頼をこなすバタバタとした日々を過ごして。
 とうとうフォトウェディングの依頼の当日、新郎新婦のふたりを一通り撮影し終えたあと。
 写真データの出来を確かめるシルバーさんごと、幸せそうな夫婦の写真を眺めつつ、僕は呟く。
「……結婚に、ウェディングドレス、か……」
 僕には縁がなさそうだな、なんて呟くと。シルバーさんが尋ねた。
「お前も、着たいのか?」
 その言葉に、僕はちょっと驚いて聞き返す。
「……着せてくれるんですか?」
 そうしたら、シルバーさんさ。なんて言ったと思う? ……これだぜ。
「着たいなら、衣装部屋にたくさんある。好きなものを選べると思うぞ」
 そういう意味じゃなかったんだけどな……。別に僕、女の人用のドレスを着たいとかは思ってないし。てか、着たところで似合わないだろうし。
 なんていうか、なんか、なあ。踏み込みたいけど、踏み込めない。
 僕としては覚悟をキメたくても、向こうがどう思っているか全然分からない。
 焦れったいよなあ、なんて溜め息を吐きながら、僕はその日の仕事を終えたのだった。

「えっ、やめた方が良くないそんな男!!」
 ……ってなことやシルバーさんのことを大学でダチに愚痴ったら、これだ。
「だってお前それ、やってること介護じゃんね!? 一生、生活力のない年上の男の世話焼いて生きてくの!? オレなら無理、御免だわ~!!」
「そっ……、そういう面も、あるのかもしれないけど! そこまで言うことないだろ!!」
「ほんと男見る目ないねお前! やめといたら?」
 そう言われて、僕はコーヒーショップで買ったカフェラテのストローをがじがじと噛みながら、考える。
(介護だとか面倒見るだとか、それはそうなのかもしれない、けど……。だからって、人にやめろって言われてやめるのは、やだな。あの人の傍にいるのをやめるのは、僕が本気でそれがいい、それしかないって思った時だ。そうじゃなきゃ、嫌だ。そうじゃなきゃ、きっと僕は後悔する。ずっと、後悔する。あの淋しそうな大人をひとりにしてしまったことに)
 そこまで考えて、僕は気づいた。逆にやめろと言われて、意固地になってみて、それでやっと悩み続けてたことに答えが出たんだ。
(……なんだ、僕。もう覚悟決めてた、決まってたんじゃないか)
 っていうか、ウェディングドレスみたいなものなんか着せてほしいってアピールしてる時点で、心は決まってたようなもんじゃないか、僕。ただ、あえて考えたりするのを避けていたから、ちゃんと自覚できてなかっただけだな、って。
 僕はそれで、ようやく覚悟を決めた。
 ――シルバーさんの心に、そこに刻まれた、泥だらけで血まみれの、深い傷に。踏み込む覚悟を。

 覚悟を決めて写真館へ行くと、シルバーさんが僕に尋ねた。
「……なあ。この間の、あの質問。ウェディングドレスを着てみたいのか、と思っていたが。意味が、違ったのか」
「……」
 僕は、ちょっと驚いた。気づいたのか。意味に。
「気づいたんですか?」
「あの後、夜、親父殿と通話をしていて……。『お前、それはプロポーズの催促ではないか?』と、言われて」
 もしお前がそういう意味で言っていたのなら、気づかなくて、悪いことをしたかと、と告げるシルバーさんに。僕は尋ねる。
「そうだとしたら、なんて答えるつもりなんですか」
「それは……」
 シルバーさんは、言葉を濁して、押し黙る。僕は、聞くなら今じゃないか、と思った。
「シルバーさん。それに答える前に、その。僕から……ひとつ、聞かせてほしいことが、あるんです」
「……」
 シルバーさんは、答えない。でも、聞いてくれている。だから、僕は、言葉を続ける。
「あのとき隠したカメラに、何が写ってるんですか。……シルバーさんは、いったい、ずっと、なにをひとりで、抱えているんですか。僕、それが知りたい、です」
 そうしたら。シルバーさんは、困ったように眉を下げて。それで、言うんだ。
「……お前に、見せるべくは、ない」
「どうしても、ですか?」
「見るべきでは、ないものだ。お前の瞳は、綺麗だから」
「……っ」
 どこまでも頑なに拒むシルバーさんの態度に、僕は焦れったくなって。それで、シルバーさんに掴みかかるように押し倒し、叫んだ。
「アンタが話したくない、どうしても知られたくないってんなら、それでもいいよ……、でも、どうして知られたくないのかとかさ、そういうのはぶっちゃけてくれたっていいだろ!? 僕は、大切に大切に、籠の中に入れて守らなきゃいけないお人形か!? お気に入りのぬいぐるみか!? ……僕はそんなに、弱そうに見えるかよ!?」
 そう言って。シルバーさんの身体をぎゅっと抱きしめる。
「……僕に、支えさせてくださいよ。アンタの傷を、淋しさを……。逃げたり、どこかへ消えたり、傷ついたり、しないから」
 そうすると。シルバーさんは、そっと僕の身体を、抱き返してきて。
 震える手で、縋るように抱き着いてきて。それで、ようやく、ぽつり、ぽつりと話し出した。
 僕はその一言ずつを、聞き逃さないように、耳を傾けた。ようやく聞ける、シルバーさんの心の声だからだ。
「なんと言えばいいか、分からない、んだ。ずっと。……自分が、こんなに暖かい場所にいるのが、信じられなくて。今でも、時折、こちらの世界が、夢ではないかと思う……」
「それは……どうして、ですか?」
 シルバーさんの背中を優しくさすりながら、少しずつ、少しずつ本音を吐かせる。今じゃなきゃ、二度と聞けない、と思うから。
「小さい頃、争いの場で育った。……喧嘩とか、そういう小さな揉め事ではない。戦争や紛争と呼ばれる、そのさなかで、だ」
 僕は、ああ、だからあのカメラ、あんなに血まみれで泥だらけだったのか、と合点がいく。そうか、そうだったのか。
 辛い場所で、育ってきたんだな。僕には到底、想像もつかないような世界のことだけど。……それが、シルバーさんの『現実』なんだ。
「そこで、戦争の痕跡……死体とか、そういうものを。撮って、売っていた。それで、己の食糧と引替えに、していた」
(それは……)
 生きていくためだ。極限状態なら、仕方のないことでもあったんじゃないか。そう思って、僕はシルバーさんの頭に手を伸ばそうとする。そうしたら。シルバーさんは、両手で顔を覆って、何かに怯えるように身体を小さく縮こめて、それで、まるで懺悔するかのように、頭を伏せた。
「……俺は、俺は……っ、自分が生き延びるために、人の尊厳や、魂を売ったんだ……っ」
 そう嘆くシルバーさんに。これは……薄っぺらな、上辺の慰めなんか、必要ない場面だ、と。僕は手を一度引っ込める。
 そして、言った。
「まずは深呼吸だけさせてください、逃げませんから」と告げ。目を閉じ。息を吸って吐き、少しだけ考えて。
 思ったよりすごい事情だったな、とありのままに感じたことを受け止めて。
 そして、目の前のシルバーさんを見つめて。思ったことだけを、言葉にした。
 (僕が今、やりたいことは――…)
 そんなの仕方なかったんですよ、まだ子どもだったんだし、なんて陳腐な慰めを言うことなんかじゃない。
 ただ、目の前で小さくなって震える、この男の人を。今持ってる以上の幸せをぜんぶ怖がっている、世界でたったひとり、僕の好きな人を、抱きしめて安心させてあげることがしたいんだ、って。
 だから、シルバーさんの頭に、そっと触れて。よしよしと、優しく撫でて。
「怖かったですね、もう大丈夫ですよ。……シルバーさん」
 自分からぷちぷちと、いつもシルバーさんが縋るようにすり寄る胸元を開けて。そこに頭を抱き込む。そうして頭を撫でたまま、シルバーさんに尋ねる。シルバーさんは、されるがままだ。
「話してくれて、ありがとうございます。僕から、もうひとつだけ、質問していいですか?」
「……なん、だ?」
「今、僕に……傍にいてほしい、ですか?」
「……いて、ほしい。ずっと、傍にいて。もう、どこにも、行かないで、ほしい。俺は、お前のことを……」
「僕のことを?」
「……分からない。この感情は、なんと呼ぶ? ただ、お前のことを、手離したくない。だけど、これだけは分かる。俺はきっと、お前がいなければ、もう、生きていけない……」
「ははっ。すごい殺し文句だな……。でも、そう言ってくれるなら、安心しました。シルバーさん。僕は、アンタのことが、好き、ですよ。……もしこれが、好きだとか、他の人から見たら、そう呼ばないんだとしても。でも、傍にいたい。支えたい、です。それで……だから。今じゃなくても、いい。アンタもいつか、僕と同じ気持ちを、幸せを、感じて、理解して。好きだって、言い返してくださいね。いつか来るその日を、予約させてくれるなら……」
 僕はずっと、あんたの傍にいます。だから。いつかアンタが、僕のこの気持ちを理解して、僕に同じように返せるようになった日には、そのときはとびきり幸せな、笑顔のツーショット撮ってくださいね、と告げて。
 約束ですよ、と小指を絡め、ゆびきりをした。
 そうしたら、シルバーさんは、顔を上げて、僕の顔をじっと見つめてきて。僕もじっと見つめ返していたら。
 ……初めて。自分から、僕にキスしてくれて。
 僕はそのまま、写真館の床に押し倒され。何度も、何度もキスをして。……ああ、このままひとつになるのかな、なんて思ってみたけど。シルバーさんが、『……やり方が分からない。興味も、必要もないと思っていたから』って言うもんだから、じゃあ今日はたくさんキスして、撫でて。思うままにたくさん触れてください、僕も触りますから、と。シルバーさんは、分かった、と言って。それで、そんな風に、たくさん撫であって。
 そうしてようやく。僕たちは、ずっと同じ方を向いていたのに、少しだけずれていた気持ちが通じ合ったんだ。

 それから、後日。僕は、写真館への引っ越しの準備を進めていた。
 部屋は余っているから好きなところを使っていいと言われ、じゃあここに、とか。せっかくならベッドを買い替えるか、とか。どうせお風呂に入るなら入浴剤入れていいですか、新しいの買いに行っていいですか、とか。
 新しい暮らしが始まるバタバタにシルバーさんを巻き込んでいるうちに、シルバーさんは、ちょっとした未来のことを考えるのに少し慣れたみたいで。というか、昔のことを思い出せないくらいバタバタした暮らしが、性に合ったみたいで、僕に「今日は何か、やりたいことはないか?」とか、少し口数が増えて、よく聞いてくるようになった。
 それと……ちょっと、キスが増えたな。ふとしたとき、僕が顔あげると、ちゅってされることが増えた。
 まだ愛情表現を、すり寄りとハグとキスしか知らないみたいで。そしてなんか、愛情表現してるってことには無自覚みたいで。
「……今、触れたいと思ったから、触れた」とか「くちづけたら、ダメだったのか?」みたいに言うから。僕は、いいですよ、でも人前ではちょっと気をつけてくださいね、って受け入れて。前よりもちょっと恋人らしいっていうか、恋人って言っても文句は言われないだろう日々を過ごし始めている。
 そうだ! しかもそのうち、シルバーさん。自分から「料理を、もう少し覚えたい」とか言い出したんだよ。僕もあんまり上手な方ではないけど、生活力が低かったというか、自暴自棄みたいな暮らしをしていたシルバーさんが、ひとりでも活動できるようになってくれるのは嬉しい。それに、食べるのは生きることだ。罪悪感を持たず、ご飯を食べ出してくれてすごく嬉しい。だから最初は電子レンジとかでのアレンジを基本にした簡単なレシピ本を買って、まずは三食料理して食べるのを習慣づけるところから始めることにした。
 不定期に食べてたみたいだったからな……。ったくタバコと言い不摂生といい、とにかく身体に悪い暮らししてたぜ。本当に、僕がいないとダメなんだからな、この人!
 で、僕がメインのオムライスを調理したとき、隣でミモザサラダを作ってくれたときがあって、ちゃんとゆで卵ゆでて潰して、マヨネーズやドレッシングと混ぜ合わせたりしてくれたから、それだけでもなんか、前の暮らしを見ていると、ちゃんと生きようとして暮らしてる! シルバーさんが! って感動して、すごいすごいってはしゃいでたら、「……そんなにはしゃぐことでもない」って少し照れてた。
 僕は、シルバーさんが前向きになってくれたのが嬉しいんですよ、って言ったら、お前がいてくれるからだ、って返されて。
 僕のこと大好きなんですね、って言ったら、……そうなのかもしれない、ってまだ実感なさそうに言っていて。
 料理出来るようになったらうまいものいつでも食べられますよ、って言ったら、お前にうまいものを食べさせたくて、練習したいと思っている、と返されて。なんだそうだったのか、自分のためじゃなかったのか、でもまあいっか、って。
 最初はどんなきっかけが理由だったとしても、そのうちシルバーさん自身の、自分のためにもなってくだろう。
 これはツーショットを撮れる日もそんなに遠くなさそうだ、って思いながら、僕は今日も、シルバーさんの世話を焼いて。
 ひとりにすると余計なことを考えて沈んじゃうシルバーさんを、僕の慌ただしくてバタバタした、ちょっと騒がしい日常の中に巻き込んで。
 それで、今日も生きていくんだ。もうひとりぼっちじゃなく、ふたりで、な!
 そんな風に思って、満足してシルバーさんの寝顔を見ていると。シルバーさんはじっと、寝ぼけ眼に僕の目を見て。
 それで、また安心したように目を閉じた。……悪い夢を、見ていないといいな。
 僕らの関係が、どんな名前だってかまわない。
 今、僕が傍にこうやっていることで、シルバーさんが、悪い夢を見ずに眠れたらいい。
 そう思う僕の気持ちは、きっと、本物だから。
 
*おしまい

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