結露

*カメラマンシルバー×アシ大学生デュースです。どちらも20以上。シルデュに結構年齢差があります。
*別シリーズと同じ名前の写真館が出てきますが、今回はそちらの作品およびシリーズとは関係ありません。
*退廃的でメロい男を書きたかったので、喫煙描写や精神の擦り切れ、紛争などの描写がありますが、特定の思想などは入れておりません。あくまでもフィクションであり、実在の出来事・団体・国家等とは無関係です。
*前作「ホリゾントライト」の続編です。前作読んでないとわりと意味がわかりません。
 
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 ここは、『銀紅写真館(ぎんこうしゃしんかん)』。僕のバイト先だ。
 来たければヒマな日でも好きなだけ来ていいと言われているので、僕は大学のレポートを持ち込んだりして、この写真館に入り浸っていた。机にノートパソコンや資料を広げて、堂々とレポートやってても、何か言われたことはないし、シルバーさんは、そんな僕の作業をじっと見つめていることが多い。まあ、何か用事があれば言いつけるはずだし、特に今することはないんだろう、と。怒られたらやめるけど、特に怒られも止められもしない(それどころか、前に大学の課題が忙しくて何日か空けたら、『忙しいなら、うちで作業してもいい』と言われた。……淋しかったのかな?)ので、今日も今日とて写真館で大学のレポートを進めていると。
 不意に、カシャリとシャッターを切る音が鳴った。どうやらシルバーさんが、僕にスマートフォンを向けて、撮影していたようだ。
「宣材にもならない写真撮ってどうするんですか、シルバーさん」
「……見る」
「見るんですか、そうですか」
 僕は、普段なら用事もなく写真を撮られたりはしたくないけど。シルバーさんにならいっか、と流していた。まあ、ここ写真館だしな。それにシルバーさんにはなんか、撮り癖があるみたいで。職業病みたいなものなのかな? 逃したくない瞬間を見ると、シャッターを切らずにいられないんだろうな、きっと。人前では我慢しているようだから、写真館の中でくらいは好きにさせている。プロなだけあって、写真の取り扱いには細心の注意を払ってくれるしな。だから、撮られ放題でもあまり問題はない。
「今日は雨が酷いですね」
 窓の外を叩く激しい雨模様をちらりと見て、僕がそんな世間話をすると。シルバーさんは、「そうだな」って頷いて、ソファに寝転がった。なんだか気怠そうに額に腕を置くシルバーさんに、僕は尋ねる。
「頭とか痛いんですか?」
「……」
 シルバーさんは、何も返さない。
「薬飲みますか」
「……」
 やっぱり、何も言わない。
 これはかなり重症の奴だな、と思い。僕は勝手に薬と水を用意して、シルバーさんの寝るソファの隣のコーヒーテーブルに置いた。
「薬と水ここ置いときますから、飲めたら飲んでください」
 シルバーさんは、何も言わず。そのまま、腕の下からちらりと、僕の様子を眺めていた。
 それからしばらく、僕がレポートに苦戦しつつ、勤しんでいると。ふらりと、シルバーさんがソファから立ち上がった。
 トイレかな、と思って最初は放置してたんだけど。なんだか、なかなか戻って来ない。
 あの人廊下とかで行き倒れてないだろうな、と心配してバックヤードの方を見に行くと。
 シルバーさんは虚ろな目で、タバコを吸っていた。禁煙してくれたと思ってたんだけどな、と思いつつ眺めていると。
 なんだか、その様子がまともじゃないことに僕は気づいた。
 目線はぼうっとして、どこか遠く、ここではないどこかを見つめていて。心ここに在らず、という様子だ。
「――……」
 僕が声をかけようとして息を吸い込むと、タバコの煙が喉に入って、咽せてしまった。
「ケホッ」
「っ!」
 シルバーさんはその咳ひとつで、僕の存在に気づいたようで。
「すまない」
 と言って、タバコを灰皿に押し付け、火を消した。
 僕は、いつものシルバーさんだ、あの、不器用で、でも優しい人だ、と。その様子に少しホッと安心して。
 シルバーさんの頬に両手を当て、それで。ちゅ、とキスをした。
 丸く見開かれたシルバーさんの目を見ながら、まだ口に残っていた煙を吸って、ケホ、と咽せつつも。
「口が淋しいなら、僕が代わりになりますから。……タバコはやめましょう、ね?」
 そう言ったら。シルバーさんは、胸ポケットから、タバコの箱を取り出して、それをゴミ箱へとポイッと放った。
「お前に、煙を吸わせたくない。やめる」
 そうして。シルバーさんは、僕を連れて、ソファに戻り。その途中で、飴をひとつ取って、ガリガリと噛み。
 それで。今度は、僕をまるで抱き枕のように抱きしめたまま、再びソファに倒れ込んだ。
 僕はその胸板に抱かれながら、そっと尋ねる。
「シルバーさん。どうしていつも、タバコを吸っていたんですか」
 ただの趣味には思えなかった。きっと何か事情があるんだろうと、シルバーさんにそれを尋ねると。
「……嫌なことを、思い出すから。頭を、あの煙で、かすませていたかった」
 そう、シルバーさんは答えた。そうですか、と僕は頷いて。
「やなこと、やなこと、飛んでいけ」
 おまじないをして、シルバーさんの頭を撫でた。そしたら、シルバーさんは、心地良さそうに僕の手にすり寄っていたけど。
 でも、そのうち何かに気がついたように、眉をしかめた。
「どうかしましたか?」
「……頭が、痛い。かも、しれない」
 僕はそれを聞いて、呆れた。
「そんなんなのにタバコなんか吸うからですよ! はいこれ薬、飲んだらベッドで寝てくださいね!」
 机に置いておいた薬と水を差し出して、飲むまでを見守る。
 シルバーさんは、ちゃんと飲んだぞと報告してきて、僕がよし、とうなずくと。
「お前も……」
 と。シルバーさんは、何かを言いかけて。
「……なんでもない」
 と、やめてしまった。そんなシルバーさんに、僕は。
「僕、20時になったら、今日は家に帰ります。明日もまた来ますから、具合が悪いなら、ちゃんと寝てくださいね」
 ああ、と。分かったのか分かってないのか分からない返事をするシルバーさんを寝かしつけて、僕は写真館の鍵をかけ、家に帰ったのだった。

 ……。デュースは、帰ってしまった、らしい。身体が、だるい。寝ていろ、と言われた。
 なら……寝ていようか。デュースが来る、明日の朝、まで。食事を摂る気にも、シャワーを浴びる気にも、なれないから。
 俺を寝かしつけていったデュースの残り香だけが香るベッドの中で、ただその存在の残響だけを手繰り寄せるように、シーツの中へと潜り込んだ。

 そうしたら、夢を見た。暖かな温度を持つ誰かが、俺をそのトクトクと鳴る胸元で、抱きしめてくれる夢だった。
 これはきっと、デュースだ。そう思って、顔を上げた。そう、したら。
 デュースの顔が、どろどろになってしまって。骨と溶けた肉だけの、死体のようになってしまった。
 そこで俺の目は覚めて。襲い来る吐き気を我慢できず、手洗いに駆け込んだ。
 セラミック製の便器にえずいていると、写真館のドアが開いて。デュースが、やってきた。……良かった。生きて、いる。
「わっ、どうしたんですか!? 具合悪い!?」
 デュースは、手洗いの前で跪いている俺に駆け寄り、背中をさする。俺は、あの夢をデュースに伝えたくなくて、嘘を吐いた。
「ただの、二日酔いだ」
 だけど、その嘘はすぐにバレた。
「二日酔いの匂いじゃないですよ。酒の匂いも全然しないし、吐いたものも……水と胃液しかないじゃないですか。キツイ吐き方したんですね。……メシとか、ちゃんと食ってないでしょ、昨日」
 今からおかゆかうどんかなんか作りますから、具合まだ悪いなら、それ食べて寝てくださいと言われ。
 一通り吐き終わったあとで、口をゆすいで、ソファで大人しくしていると。
 デュースが、くたくたに煮られた暖かいうどんを持ってきた。俺がそれをじっと眺めていると、デュースは箸を取り、ひとくちぶんの麺を俺の前に差し出した。
「はい、食べて。あーん」
「……あ、む」
 ひとくちぶんを食べさせられて。甘い醤油の味に、「うまい」と呟けば、よし食べられますね、と笑われ。残りは自分で食べてくださいよ、と箸を持たされた。ふたりぶん茹でたから、朝メシに僕もちょっともらいますねとキッチンで作業をするデュースの背中をじっと見つめながら。俺は、優しく暖かな味のするうどんを、口に運んでいた。

 まだなんだか調子の悪そうなシルバーさんを、昨日と同じようにベッドへ寝かしつけて。それで。キッチンで洗い物とかしながら、僕は呆れ気味の溜め息を吐く。
(昨日僕、一応、好きってか、気になってる人とキスしちまった、はずなんだけどな。……その人の世話の方が大変で、そんなのいちいち照れてらんないや)
 シルバーさんが苦しいのは嫌だけど、僕も世話焼くのは嫌だと思ってないあたり、ある意味これもノロケみたいなものなのかなあ、なんて思いつつ。そういえば昨日、タバコを吸うのは嫌なことを忘れたいからだって言ってたな。シルバーさんの思い出す嫌なことってなんだろう、もしかして過去に恋人がいたりして、とか考えて、写真館の中をうろついていた。
 そうしたら、シルバーさんの私物を置く机(いつも募金レシートだらけのところだ)の上に。なんだかずいぶん、古いカメラがあるのを見つけて。ここに何が写っているんだろう、もしかして。昔の恋人、とか。
 そう思って、気になってしまい、僕がそのカメラに手を伸ばすと。その手は、隣から伸びてきた手に、やんわりと止められた。
「見るな。……見ては、いけない。見ない方が、いい」
 それでも、中身が気になって。突然、隣に現れたシルバーさんへ、これ、何が写ってるんですか、と食い下がると。シルバーさんは、いつもと変わらない、無表情のままで答えた。
「お前の目に触れるべきではない、醜いものだ」
 いったい何がそのカメラに収められているんだろう、と。僕はまだ気になっていたけど。でも、よくよくそのカメラを注視してみたら、そのカメラは、ボロボロの傷だらけで。あちこちに泥と血がしみ込んだような跡があって。
 どうにも、僕の考えていたような、昔の恋人がどうのとかそんなレベルの事情じゃなさそうだと、さすがの僕でも悟ることになったのだ。
 シルバーさんは、そんな僕をちらりと見て。こっちへ来てくれ、と僕をベッドに呼んだ。
 それで、ベッドの中で、僕を抱きしめて。それで、僕に縋りながら、呟くんだ。まるで何かを、懺悔するように。
「……お前を、手放したくない、のに。醜い過去を、知られたくは、ない。知ってしまえば、きっと、お前は……俺から、離れて、いく……」
 そうして、シルバーさんはうとうとと、寝落ちしてしまって。具合悪かったみたいだし、それは別にいいんだけど、さ。
 僕は、少しだけ知ることのできたシルバーさんの本音に、どうしたらいいんだろう、と、戸惑っていた。
 ――シルバーさんは、僕のことを、少なくとも、好意的に見てくれてる。失いたくないとか、手放したくないとか、そういう気持ちは、ある、みたいだ。でも、昔のこととかは、なんか……僕には知られたくない、事情があるみたい、で。
 僕は、いつかシルバーさんの傷や淋しさを受け止めてあげられたら、なんて呑気に考えていたけど。
 あの、血まみれで傷だらけのカメラを見て。分からなくなった。シルバーさんの抱えるそれは、本当に、僕が受け止め切れる事情なのか。……僕が、シルバーさんを、本当に癒したり、してあげられるのか。僕は、シルバーさんを支えていくのに、相応しい存在、なのか。
「……僕に、傍にいてほしいですか? シルバーさん……」
 傍にいてほしい、ずっと一緒にいてくれ、って。好きだから、って。どんなに我侭でも、自分勝手でもなんでもいいから、そう、ひとことでも言ってくれたら。僕も覚悟キメられるのにな、なんて思って。
 甘えてるのも我侭なのも、自分勝手なのも、僕の方も同じなのかもな、なんて今は思いながら。
 今日もざあざあ降りの雨が降るコンクリートの街の、生ぬるい風の吹く気怠い朝の空気の中で。
 シルバーさんの寝息を聞きながら、ひとり、この先どうしていくべきなのかを、ずっと考えているのだった。

*おしまい

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