ピンボケ

*カメラマンシルバー×アシ大学生デュースです。どちらも20以上。シルデュに結構年齢差があります。
*別シリーズと同じ名前の写真館が出てきますが、今回はそちらの作品およびシリーズとは関係ありません。
*退廃的でメロい男を書きたかったので、喫煙描写や精神の擦り切れ、紛争などの描写がありますが、特定の思想などは入れておりません。あくまでもフィクションであり、実在の出来事・団体・国家等とは無関係です。
*前作「ホリゾントライト」「結露」「ユアセルフタイマー」「ピンホール」の番外編です。前作読んでないとわりと意味がわかりません。
 
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 シルバーさんと暮らし始めてから、けっこうな時間が経った。
 僕はシルバーさんとふたり、この『銀紅写真館(ぎんこうしゃしんかん)』で暮らすのにも慣れてきて。
 そのうち親父さんが帰ってきたらご挨拶とかも改めてしたいですね、なんて話をして。
 それで今日も、ベッドから離れないシルバーさんを半ば無理やり起こして、朝食を作ってさ。
 ぼうっとした顔で朝のテレビを眺めているシルバーさんの背中を見つめながら、目玉焼きを焼くんだ。

 いつもと変わらない朝。いつもになり始めた日常。そんな日々をこなし始めていたら、変化があった。
「デュース」
「どうしたんですか?」
 僕が料理をしていたら、シルバーさんが、後ろからくっついてきた。
「……」
 首筋にすり、と顔を埋めて、甘えてきているけど。でも、今はダメだ。下手すると火傷しちゃうからな。
 プロのカメラマンの手を火傷させるわけにはいかない。……僕、シルバーさんの撮る写真、好きだしな。
 シルバーさんの切り取る写真は、光の加減をどう使っているのか、実際はアゲハ蝶みたいな普通の蝶の模型だったりするのに、写真の中では、虹色の蝶々が閃いていたりしてさ。本物の小鳥が、何故かシルバーさんの言うことだけはよく聞いて、大人しくシャッター切られたりしてさ。そういう演出が、まるでこの世界じゃないみたいに、幻想的で。それがシルバーさんの見ていたい世界なんだ、シルバーさん自身のまっすぐな心で触れている世界なんだって、伝わるような気がするから。
 なので、僕はシルバーさんに、ソファで待っているように促す。
「料理中は危ないので、あっちで座って、いい子で待っててくださいね」
 じゃないと熱いのでヤケドしちゃいますよ、と言ったら。そうだな、と頷いて、シルバーさんはソファの方へ向かった。
 そして、その途中で棒付きの飴をひょいとスタンドからひとつ取って。また、ガジガジと噛んでいた。
 僕は、そのあとすぐ出来上がった朝食のプレートを運びながら、「治りませんね、その飴かじる癖」と笑うと。
 シルバーさんは、ちゃんと食事は食べる、と言って、飴をいったん灰皿に置いた。
 ……あの灰皿も、綺麗になったよな。一時期はタバコの灰でいっぱいだったけど。そこに食べかけの飴をそのまま置こうとするもんだから、僕が洗ったんだよな。
「身体に悪いですよどう考えてもタバコの灰がついた飴は!! あーもう僕洗いますから貸して!!」ってさ。
 本当、手がかかる人だよな~。別に、嫌じゃないけどさ。……シルバーさんの世話焼くのは、なんか、好きだし。
 僕自身も、そんなに完璧とか器用な方じゃないから、時間はかかるけど、シルバーさんは気にしてないっていうか。けっこう大雑把なはずの僕以上にすべてのことを気にしてないから、なんとかしなきゃこの人、って気持ちの方が強いし。
 それで、僕がいただきますの合図をすると。真似するようにして、いただきます、と手を合わせて。
 シルバーさんも、朝食を食べ始める。
「うまいですか」って聞いたら、
「うまい、と、思う。お前の作るものは、いつも、味がする」
「どういう感想ですかそれ」
 そんなことを話しながら、ふたりとも、朝食を食べ終わって。皿を軽く洗って片付けて。
 ひと段落ついたな、さあ今日は休日だ、なんでもできるぞ、何をしようか、と僕がソファに座ると。
 シルバーさんが、隣にやってきて。それで、僕にすり寄ってきて、そのまま口へとキスをした。
 なんだか今日はいちゃつきたい気分なのかな、と思って、それもいいか、と僕はシルバーさんを受け入れる。
「今日は朝から甘えたさんですね、どうしたんですか」
 そう言って、シルバーさんの背中を撫でると。シルバーさんは、やっぱり、僕の予想の範疇にないことを言った。
「……お前は、恋人が欲しいか」
 ん? どういうことだ? 僕の聞き間違いかな? 僕の恋人って、シルバーさんじゃなかったっけ?
「それは……どういう意味ですかね」
 僕が聞き返すと、シルバーさんはぽつりと告げた。
「今朝、昔の恋人と、現在の恋人に取り合われている男を見た」
「ああ、あの朝ドラですか。面白いですよね、けっこう。それで、それを見て、どうしたんですか?」
「……お前にも、昔の恋人や、今の恋人がいたり、取り合われたり、お前自身が選んだ人のところへ、行くのかと思って」
 僕は、シルバーさんの告げるその言葉に。もはや呆れの気持ちを覚えた。この人、本当に何も分かってないな!?
「あの! シルバーさん、まずは一個、最初に誤解解いていいですかね!? ていうか僕割とショックなんですけど! ……シルバーさん、僕のこと恋人じゃないならなんだと思ってたんですか!? 僕はアンタのこと、一応恋人だと思ってキスとかも許してたんですけど!? アンタ恋人でもない人にキスしたりしてたのか!?」
 そうしたらシルバーさんは、まだ実感がなさそうに首を傾げる。
「他のやつには、していない。しようと思ったこともない。だが……恋人とは、ちゃんと好きだと告白できていないと、なれないんじゃないのか?」
「それはそういう面もあるかもしれないけど……、でも僕とあんたは世間的には多分恋人と呼ばれる関係ですよ、どう見ても」
 僕がそう告げると、シルバーさんは、そうなのか、とやっぱりいつもの無表情で答える。
「お前もそう思ってるのか?」
「……まあ、はい。僕はシルバーさんのこと、好きですし。シルバーさんはまだ分からないかもですけど……」
「……お前は俺のことが好きだったのか?」
 そこからかよ。そっから説明しなくちゃならねえのか!!
「アンタ、まだ僕がアンタのこと好きだってこと、自覚して受け止めきれてなかったのかよ!? 僕、今までに結構はっきり言葉にしてましたよね!?」
 僕が半ばツッコミ半分呆れ半分にそう告げると。シルバーさんは、少し困ったように眉をひそめた。
「そう、なのか? ……それなら、俺は、お前を捕まえてもいい、のか? お前に、他のやつがあるのかもしれない、という考えに至ったとき。他のやつに、取られたくないと。離したくないと、思った。お前とくちづけたり、抱き合って触れ合う特権を、他の誰にもやりたくない。……それに、この頃。お前にこうして、触れていると……」
 シルバーさんの手が、僕の頬に触れる。それは、いつも僕に触れるときと同じ、指先でそっと撫でるような、優しい手つきだった。
「触れて、いると? ……どう、なるんですか?」
「もっと深く、どこかへ。触れたくなって。……自分を止められそうに、なくなる」
 この、想いは、とまだ言葉にしきれず、言葉尻が濁ってしまうシルバーさんに。僕は、手を伸ばす。
「……じゃあ。止まらずに、触れてみたらどうですか。そしたら案外、分かることもあるかもですよ」
 そう言って。いつもと同じように、両手を広げて、シルバーさんを受け入れる姿勢を作る。
 そうしたら、シルバーさんは。真面目すぎる視線で、じっと僕のことを見つめて。そして、僕の唇へとくちづけた。

 そうして。シルバーさんに、初めて最後まで抱かれている中で。ようやく僕は、シルバーさんから、その言葉を返してもらえた。
 シーツの海で互いへの熱に溺れる中、シルバーさんは、こう言ったんだ。
「デュース。胸の辺りが、心が、熱い。これがお前のことを、好きだという感情なのか? ……分からない、でも。言葉に、したくなる。好きだ、デュース。好きだ……」
 好きだ、好きだ、お前を手放したくない、ここにいてほしい、俺のものであってくれ、と。キスの合間に、何度も、初めて自覚したような愛の言葉を繰り返しながら。まだ知らない情熱と知りきれない恋情の狭間で溺れるように、シルバーさんは僕を抱いた。
 僕はその度に、途切れ途切れになる息の合間に。できるだけ、シルバーさんに返事をした。
 頭を撫でて。抱きしめて。背中を撫でて。ぎゅっと身体に組み付いて。
「僕も、好きです。不器用で、真面目すぎるアンタが、好きです、どうしようもなく……」
 噎せ返るような湿度の高い部屋の中で。僕は、シルバーさんと。とうとう、ひとつになることが出来たのだった。

 ……それで。ふたり、まだ離れたくないと抱き合っている間に、眠ってしまったらしくて。
 ひと眠りしたあとにふと目が覚めて、目を開けると。
「……」
 先に起きていたのか、じっと、僕の顔を見つめているシルバーさんと、目が合った。
「おはようございます……って、まだ、お昼すぎたくらい、ですかね?」
 ちょっと腹減りましたね、なんて、少し照れくさく笑うと。シルバーさんは、何か感極まったのか、僕の身体をぎゅっと抱きしめた。
「……デュース。俺の恋人で、いてくれ。これからも」
 そんなシルバーさんの言葉に、僕は笑って答える。
「はは、はい。もちろんですよ。……こんな生真面目でどうしようもないアンタの世話を焼くのは、僕の特権ですしねっ」
 そうしたら、シルバーさんはまた僕のことをぎゅっと抱きしめてきて。
 ほんとに、言葉より態度や行動が先に出てくる人だし、言葉があまり上手くない、口下手なんだよなって思って。
 仕方ないなあ、って思いながら。僕は、シルバーさんに教えてあげた。
「……僕、昔の恋人とか、いないですよ、シルバーさん。アンタが心配するほど、モテたりはしてなかったんで。だから、取られる心配、いらないです」
 そうしたら。シルバーさんは、それなら、いい、と言って。また、僕の身体にすり寄った。
 これもシルバーさんのクセみたいだけど。もしかしてこうしてるとシルバーさんは安心するのかな、って思って。
 僕は、幼い子どものように僕の体温を求めるシルバーさんの頭を、そっと抱きしめていた。

 ……デュースと、結ばれた。ひとつになった。
 「好きだ」と言葉にして、それを、受け入れてもらえた。それは、とても嬉しくて、感じたことのないくらい、暖かな気持ちになる体験だった。これが、デュースのことを、恋として好きだということ。彼のことを、愛しているという気持ち、なのだろうか。
 なら、返さなくては。俺はデュースと、約束をした。デュースが俺に言ってくれるように、「好きだ」という気持ちになれたなら、それを理解することが出来たなら、そのときは、俺からも言い返してくれ、と言われていた。
 ああ、覚えている。デュースとの約束を、忘れるはずがない。
 
 それにしても、ああ。なんと、暖かくて、苦しくて、切なくて。どうしようもなく、心を掴み、降り積もり、振り絞る。
 これが、好きだという気持ちなのか。デュースは、俺よりも早く、こんな気持ちを持って、伝えてくれていたのか。
 なら、そのことに感謝して、伝え返さなくてはいけない。
 だけど、なんと言って伝えたらいい? デュースは、俺なりの言葉で感情を伝えられるのも、好きだと言っていた。
 しかし、俺はあまり、口が上手くない。下手だ。
 でも、デュースは受け止めてくれる。俺の言いたいことを分かって、聞いてくれる。
 ……だから、俺は、言葉にしてみた。俺の腕の中で、アンタのものですよ、と笑ってくれるデュースに。
「デュース。お前は、俺の今、生きている意味だ。生きる理由で、生き甲斐だ。お前のことを、たくさん撮りたい。お前が言っていた、ツーショットというのも、撮ってやりたい。お前の言葉を、ひとつも聞き漏らさず生きていたい。お前が笑う度、その笑顔が、常に心に刻まれている。お前が泣くことを考える度、どうしたらいいか分からなくなって、どうしようもなくなる。俺は、慰めるのも、たぶん、下手だから。でも、そのとき、そうじゃなくても、お前をひとりにしたら良くないと思って、違う、ひとりにしたくないんだ、俺が……。お前は、暗くて冷たい場所に、ひとりでいてはいけない、から。だから……一緒に、いる。だからお前にも、一緒に、いてほしい」
 今だけでもいい、などと、ドラマの男は言っていたが、俺はそれだけでは嫌で、今、切り取れるこのときだけではなく、ドラマを映すカメラのようなフレームの外でも、ずっとずっと、傍にいてほしい、できる限りの時間、瞬間を一緒にいたい、デュース、お前のことがきっと、恋情として好きなのだと思う、だけど、いつもそこに用意されている、好きだという言葉だけでは伝えきれなくて、こうなってしまう、と。
 ようやっと胸の内の一部を打ち明けられると。するとデュースは、やっぱり俺を受け止めて、笑うんだ。
「ははっ。ほんとにアンタ、なんで僕のことそんなに好きなんだよ」と言って。
「アンタはホント、口下手ですね。でも、それが僕は好きです。精一杯の、嘘のない言葉って感じがして」
 そう言って、俺を優しく抱きしめてくれるから。
 だから、俺は。デュースをぎゅっと抱きしめ返して。触れ合う肌の体温からも、重ねる唇の温度からも、俺の心がすべてデュースに伝わればいいと思いながら。また、デュースへと触れ、愛と呼ぶにはまだ拙い何かを伝えゆくのだった。
 
*おしまい

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