恋のMAGIC

 僕には、好きな人がいる。
 それは一学年上の、渋くて格好良くて、でも誰にでも優しい、憧れの先輩だ。
 まあ、つまり、なんていうか……。僕は、シルバー先輩のことが、好きでさ。その、ただの後輩としてって意味じゃなくて、……恋愛として、好きだって意味で。
 でも、僕は分かってる。シルバー先輩のことを、ずっとじゃないかもだけど、じっと見てきた。
 先輩には大切な夢と大切な人たちがいて、そのためにずっと努力していて。だから、僕の恋心なんて、挟まる隙がないんだって。
 でも、さ。伝えたいだろ、やっぱり。シルバー先輩の人生の中で、今この瞬間、アンタって存在のことが好きな人はいましたって、伝えておきたいだろ。今じゃなくてもいい。今、僕の抱えているこの気持ちがいつか、シルバー先輩を救うことがあるかもしれないんだから。
 だけど、そんな気持ちだって、好きだってことだって、知らせなきゃ知られない。でも、伝えたら知ってもらえる。そして、きっと受け止めてくれる。受け止めてくれる人だって、僕はシルバー先輩を、信じてる。たとえキッパリとフラれてこの気持ちが玉砕するにしても、いいんだ! 僕が伝えたいだけだから。そう思って、昼休み、学園裏の森へ、シルバー先輩を呼びだした。そして、言った。
「シルバー先輩! 聞いてください、僕、シルバー先輩のことが……、好き、です!!」
 言った。ちゃんと、一番大事なことは言えた! 偉いぞ、僕!! えっと、それで、次は、次はなんて言うんだっけ。返事はいいんですとか、伝えたかっただけなのでとか言わなきゃ!! 照れてないで!!
 と、思ったら。シルバー先輩の様子が、変だ。なんか、驚いたように目を丸くして、手を口元に当てている。な、なんだ? 告白されて驚いてる、だけにしては様子が妙だな。どうしたんだ?
「あ、の。……ええ、と。その、デュース。気持ちは、嬉しくて。いや、その、なんと言えばいいか……」
 あ、混乱してただけかな? それなら良かった。
「あ、大丈夫です! その、先輩に応えてもらおうとかは思ってなくて、ただ、『今、僕は先輩のことが好きでした』ってことを、伝えたかっただけで……。だから、ええと」
 付き合ってほしいとか、これからの未来を期待してるわけじゃないんです、と笑うと、シルバー先輩は、ぎゅっと僕の手首を掴んだ。え、なんだ、どうしたんだ!?
「……あ、その……」
 シルバー先輩は、僕の手を離さないまま、何かを言おうとする。なんだろう。
「……驚かないで、聞いてくれないか。あの、今この瞬間、までは。確かに、恋だとか、そういうものが、分かっていなかった、のだが……。俺も、混乱していて」
「はい?」
 つまりどういうことだ、と思っていると、少し赤くした顔を手で隠しながら、シルバー先輩が言った。
「……俺も、お前のことが好きなのだ、と。思う。……言われて、今、気づいた……」
「……ほぁっ!?」
 だから、諦めようとしないでほしい、とシルバー先輩は言う。僕は突然の告白に、衝撃を受ける。え、なんだ、何!? シルバー先輩が、シルバー先輩も、僕のこと好きだって、なんだ!? ちょっと想像してなかったぞこの展開は!!
「せ、せんぱい、僕のこと、好き、なんですか……?」
「……恐らく。その、お前を、このまま帰したくない、と思うくらいには……」
「い、一回落ち着く時間とか、挟まなくていい、ですか……?」
「……挟んでもらえると、助かる、かも、しれない……」
「じゃ、じゃあ、その。その辺の、もうちょい奥の方で、休憩しましょう……。僕も、その、ちょっと、想定外で。落ち着きたいので……」
「……ああ」
 シルバー先輩と、少し森の奥の方へ進み、湖のほとりに座り込み、それぞれ頭を抱えながら休憩する。
 少し離れた隣に座るシルバー先輩は、ぎゅっと握った手を胸元に当てて、黙って何かを確かめているようだった。
「……」
 僕は、僕も考える。え、マジか? 僕のこと、好きなのか? シルバー先輩も?
 ……ま、マジか。どうしよう、僕、フラれると完全に思い込んでたから、上手くいったときのこと、何も考えてなかったぞ。
 ってかなんだ? 今、今好きだって気づいたって。僕のこと好きだったけど今気づいたってことなら、前から好きではあったってことなんですか? シ、シルバー先輩~。困らせないでください、なんて情けない声が上がりそうになる。
 ぐるぐる考えていると、シルバー先輩が僕に声をかけた。
「……デュース」
「はっ、はい!」
「その。少し、改めて考えてみたが……。正式な返事をするまでに、少しだけ、時間をもらっても、いいだろうか?」
「少し、ですか?」
「ああ。その……。この気持ちが、本物だとは、思いたいし、思える、のだが。……一応、確かめたくて」
 お前に好きだと言われて、一時的に舞い上がっているだけではないのかと。そうだとしたら、お前を振り回してしまうことになるから、とシルバー先輩は言った。
「分かりました。じゃあ、また明日に……」
 僕が立ち去ろうとすると、シルバー先輩はまた、僕の手首をぱしりと掴んだ。
「……あ、いや、その。……もう少し、一緒にいては、いけない、か?」
「へあ……っ」
 い、いやもう、確かめるまでもなくこの人僕のこと好きじゃないか!? なんて浮かれた気持ちが思い浮かびそうになるが、ぐっと堪える。先輩は真剣に僕のこと考えてくれようとしてんだから、応えねえと!!
「わ、かりました……」
 そう言ってシルバー先輩の隣にもう一度腰を下ろすと、シルバー先輩は、ありがとう、と言った。
「……」
「……」
 気まずい沈黙が、僕たちを包む。えっと。僕から話しかけた方がいい、のかな?
 すると、一羽の青い小鳥が飛んできて、僕の頭の上に止まった。シルバー先輩じゃなくて、僕の方に来るなんて、珍しいな……。
「なんだ、お前?」
 小鳥を落とさないように、頭を動かさず目だけで上を見ようとするけど、小鳥はチチチ、と笑うだけだ。
「ふっ。可愛いな。お前の頭の上に止まってしまったのか」
 シルバー先輩が、指先で小鳥を撫でようとする。そうしたら、その瞬間僕の頭から小鳥は飛んで行って。
「わっ!」
「っ!」
 後に残されたのは、距離がすごく近い僕とシルバー先輩だけだった。
「……す、すまない」
「あ、い、いえ……っ」
 ぱっと距離を離し、お互い、顔を見られず、逸らし合う。何してんだ、僕ら。
「……その。お前は、忙しい。こうしている時間は、もしかして、なかったろうか」
「……いえ。その。嫌ではない、ので。シルバー先輩と、こうしてる時間……」
 ちょっと恥ずかしいですけど、と言うと、シルバー先輩は、そうか、と言って。それから、僕の指に、そっと指を触れさせ。
 ……手のひらを、上に重ねた。
「……もう少しだけ、このままで」
「は、はい……」
 ドキドキしてたら、時間が矢のように過ぎて。あっという間に、昼休み終わりのチャイムが鳴って、そのチャイムにびっくりして、僕たちの手はぱっと離れた。……ちょっと残念だった。

 
 その日、部活中、僕はベストタイムを出した。シルバー先輩が僕のことを意識してくれてるとか、恥ずかしすぎて、嬉しすぎて。夢中でその頬の熱を振り切るように走ってたら、ジャックに「やるなテメェ」と睨まれるようなタイムが出た。
 それでも全然落ち着かなくて、寮のベッドに寝転んで、バタバタ暴れてたら、エースに「うるさいんだけど!? なんなの!?」と文句を言われた。
「うるせぇのなんて分かってんだよ! 僕だって落ち着きたいんだ!!」
「意味不明なんだけど!! 静かにしてくんない!? ったく、オレ談話室行くから! 寝るまでには落ち着いといてよ!」
 ピシャリとドアが閉められ、エースが出ていく。エース相手とはいえ、騒いでしまって、ちょっと悪かったな。これは反省だ。
 ……でも。いや、やっぱ落ち着かないだろ。
 スマートフォンの、シルバー先輩相手のメッセージ欄に『落ち着かないです』って送ろうとして、やめた。
 と思ったのに、間違って送信ボタンを押してしまった。慌てて取り消そうとしたら、もう既読がついて返信が来た。
『俺もだ』
「~~~~っ、なんなんだこれ、もう……」
 僕とシルバー先輩ってこれ、なんて関係なんだ。先輩の答えを待つとは決めたものの、もどかしさと恥ずかしさでワケわかんなくなりそうだった。

 それから、翌日。中庭で、シルバー先輩が寝落ちしそうになっていた。
「シルバー先輩、何してるんですか」
 内心ドキドキしてるのを落ち着かせながら、先輩に声をかける。昨日よりは安定してるはず、だ。たぶん。
「ん、デュース……」
 先輩は、ぽんぽん、と自分の座るベンチの隣を叩く。座れってことか?
「失礼します」
「……ああ」
 シルバー先輩の隣に座ると、眠たげにぼうっとした先輩は、そのまま、僕の肩に頭を乗せてきた。
「……んん……」
「せ、先輩?」
 ドキッとして、そっちを見ると、先輩は眠たそうに目を閉じていて。僕はその顔に、少し気が抜けた。
「疲れてるんですか? ……眠ってもいいですよ」
 そうしてシルバー先輩の頭を撫でようと手を伸ばす。少し撫でつけて手を退かすと、シルバー先輩が赤くなった上目遣いに、僕を見ていた。
「……お前は、距離が近いな……」
 ア、アンタが言うのか。ちょっとだけそう思ったけど、僕はその言葉をグッと飲み込んだ。
「す、すいません……」
「いや、いい。……その。嫌では、ない」
 そうしてシルバー先輩は、頭を僕の肩から上げる。そして、僕の膝の上に乗せ直した。
「え!?」
「……」
 先輩は、少し頬に赤みを乗せたまま、目を閉じてる。僕は、どうしよう、とちょっと戸惑って。それから。
 ……何も言わず、シルバー先輩の前髪を、撫でることにした。
 指先でさらりと撫でると、シルバー先輩は、一瞬だけ目を伏せがちに開けて、すぐに閉じた。

 その、翌日。朝から、教室に行こうと廊下をエースやグリムたちと歩いていると、後ろから、ぎゅっと抱きしめられた。
 その吐息に混じる声に、覚えがあった。鼻腔をくすぐる香りで、すぐに分かった。それがシルバー先輩だと。
「うぇ!? シ、シルバー先輩っ!?」
「……」
 まわりのダチも驚いてる。どうしたんですか急に、とシルバー先輩を振り向こうとすると、シルバー先輩から言われた。
「……好きだ、デュース。昨夜から、ずっと言おうと決めていて、言いたかった。俺と、正式に付き合ってほしい」
「えっ、あ、あの……っ」
 ここまわりに人もいて、ダチとかも見てるんで、と言いたくなったけど。まわりを見渡すと、あーなるほどそういうことね? とニヤついてるヤツしかいなくて。
「いーじゃん。返事してやれば? なんて言うの、デュースくん!」
「……」
 エースに至っては、からかってくる始末だ。返事するにしても、ここじゃダメだな、確実に。
 僕は、シルバー先輩の手を取って、走り出した。ヒューヒュー、と囃し立てられながら、僕は走る。
「行きますよ、シルバー先輩!! ついてきてください!!」
「……っ! ああ」
 シルバー先輩は、走る僕についてくる。校舎裏まで走ったところで、僕は振り向いて言った。
「返事、めちゃくちゃ嬉しい、ですけど!! ……もうちょい人目のないところでお願いしますっ!!」
「すまない、その。……早く言いたくて、お前の姿を見た瞬間、逸ってしまって」
 シルバー先輩は申し訳なさそうに言う。うっ、そんな顔されると許したくなっちまう。
「ま、まあいいです。やっちまったものはしょうがねえし。……で、えと、返事、なんですけど……」
「! ……ああ」
「その。……そもそも僕から告ってるし、えっと、断る理由とかねえっていうか、その、だから、つまり……」
 よろしくお願いしゃす!! そう叫ぶと、シルバー先輩は、もう一度僕のことをぎゅっと抱きしめた。
「ありがとう。嬉しい、デュース!」
「い、いえ、こちらこそ……!!」
 慌てて、恥ずかしくて、嬉しくて、ぐるぐる目が回りそうになる。それでもシルバー先輩は、始業ギリギリのチャイムが鳴るまで、僕のことを抱きしめて、離してはくれなかった。
「改めて……これからよろしく、デュース。またお前を振り回してしまうこともあるかもしれないが、よろしく頼む」
「こちらこそ。……ほどほどにしてくださいね、って言いたいけど。僕も、シルバー先輩を振り回しちゃうこともあるかもしれないので、」
 と、中庭のベンチで照れてしまったシルバー先輩の姿を思い出しながら、告げる。
 するとシルバー先輩はまた少し顔を赤くした。
 僕はそれがなんだか嬉しくなって、先輩の身体をぎゅっと抱きしめ返した。
 僕らの恋を象徴するような熱い体温が、ずっとずっと僕の身体を暖めてくれていて。
 きっとこれからずっと、何があっても解けない熱い恋の魔法に、あの日『先輩が好きです』と告げて良かったと、心から思うのだった。

*おしまい

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