*この話には、エース→→→デュースに見える感情表現が含まれています。
*エース→デュースは恋愛感情というより、激重感情のつもりで書きました。
とはいえ、見方によってはシルバーとエースによるデュースの取り合いに見えるかもしれません。
*当て馬ポジのキャラがいるのが嫌だ! 地雷だ! という方は、そう見えるキャラがいるかもしれません。ご注意ください。
以上大丈夫な方はスクロール↓
「シルバー先輩には、いつも世話になってるんで! 何かお礼をって思って、寮でクッキー焼いてきたんです!」
ラッピングのリボンを解いて、指先でひとつクッキーを摘まんで口にした先輩は、ふっと笑って、言うんだ。
「ん、うまい。ありがとう」
僕って単純か? 単純なのかもな! その笑顔ひとつだけで、僕は……
「ど、どういたし、まして……っ!」
シルバー先輩に、恋に落ちちまったんだから!
――この頃、僕は退屈だった。なんでもない日々を繰り返すばかりで。
でも、びっくりするだろ、一瞬でそんな灰色の世界が色づいちまった!
あの人が一度、たった一度笑ってくれた、それだけでさ、僕は嬉しくてさ、どうしようって気持ちになっちう。
毎日毎日、あの笑顔を思い出してさ、四六時中、寝ても覚めても授業中も(集中しろよ、僕!)。
とにかくシルバー先輩がいて、そんでもって僕に笑いかけてくれるような世界に生まれてきてさ、生きてるってことが、嬉しくて楽しくて仕方ないんだよ。これが恋の楽しさってやつなのか、全然知らなかった!
だからって別に、高望みしてるわけじゃないんだぜ? 付き合いたいとか、恋人になりたいとか、キ、キスなんかしたいとかさ……。
そんなのは高望みだって分かってる! なんせシルバー先輩といえば、才色兼備で文武両道、僕なんかとは文字通り住む世界が違う憧れの人で高嶺の花だ。僕は確かに馬鹿だけど、それくらい分かってる!
僕なんかじゃシルバー先輩には釣り合わないしお似合いでもないよなってことくらい、さ。
でも、いいだろ別に。シルバー先輩を好きでいさせてもらえるってだけで、こんなに嬉しくて、楽しいんだから!
だから、そんな風にずっと浮かれてばっかりいたからなのか、僕はついついやっちまった。
「で、そんな風に楽しくなったのは、やっぱり僕がシルバー先輩を好きになったからなんだろうなって……」
……本人の前で、つい口を滑らせちまった!! 見ろよシルバー先輩の顔を、珍しく目まん丸になんかしちゃってさ、めちゃくちゃびっくりしてるじゃねえか!!!
「……そう、か。お前が楽しめているのなら、良かった。何よりだ」
「あ、あの……っ、すいません、今のはつい口が滑っちまったっていうか……!!」
「……」
何言ってるんだ僕。せっかく先輩が流そうとしてくれたのに、ますます墓穴を掘ってる。僕は勝手に好きでいさせてもらってたらそれで良くって、先輩に伝える気なんか、これっぽっちもなかったのに!!
「俺の返事は、いらないということか?」
「えっ……いや、その……」
シルバー先輩の疑問に、僕はなんて言っていいか分からなくなる。というか、さっきから僕は自分で何を言っているか、わけがわからない。だって、いやほら、なんていうか……。シルバー先輩の前だから、緊張して嬉しくてぎこちなくなって、もう何言ってるかよく自覚できてないんだよ! 仕方ねえだろ好きなんだから!!
「いい返事もらえるなら聞きたいけど、断られるなら聞きたくないですっ!! まだ勝手に好きでいたいんでっ!!」
「ふっ……、くく、素直だな」
あれ、なんかウケた!? なんか知らないけど、シルバー先輩笑ってるしまあいっか!!
「そう、心配せずとも……悪い答えになる気は、俺はしていないがな」
「えっ、それって……」
「……もう一度聞こう。それでも、俺の答えはいらないか?」
そう言って僕に悪戯っぽくほほ笑みかけたシルバー先輩の笑顔は、おい反則だろ!! なんでそんな嬉しそうにしてんだよ!!
それじゃ、それじゃまるで、シルバー先輩が、シルバー先輩も、僕を……!?
嘘だろ目の前に天使がいるぞ!? ここツイステッドワンダーランドじゃなくて天国だったのかもしれねえ!!
「こ、答えいりますっ!! 聞かせてくださいっ!!」
「いいだろう。それじゃあ、目を閉じてくれ」
目? なんで、返事するのに目を閉じるんだ? 何かよく分かんねえけど、とりあえずシルバー先輩の言う通りに目を閉じる。
そしたら、なんか、口元になんか暖かい、誰かの息がかかって、それで、唇にふにって柔らかい感触がした。
「!?」
驚いて目を開けたら、目の前にはオーロラ色の瞳があって、何が起こっているのか僕の頭が理解した瞬間、顔がかあっと熱くなった。オイオイまさかこれって!?
「……俺も、お前が好きだ。デュース」
ぺろ、と唇を舐めながら笑うシルバー先輩の色気に、僕は完全ノックアウトだ。目の前がぐるぐるして、身体からがくんって力が抜けて、くずおれそうになった、ところをシルバー先輩がさって手出して助けてくれて、どこまで格好いいんだアンタは!!
「っと……平気か?」
「だ、大丈夫じゃ、ないかも、です……」
「……一度のキスで、こうなってしまうとは。先は長そうだな……」
「キ、キキキ、キス!?」
キス。その単語を出されて、改めて、僕は今してしまったことを認識する。僕、シルバー先輩と、キ、キキ、キス、しちまった、のか!? マジか!? 夢じゃないか!? 嘘だろ!? 嘘じゃねえってマジか!? ちょっと誰か僕の頭殴ってみてくれないか!?
「なんだ。そんなに照れることはないだろう?」
「や、だって、僕初めて……っ、え、キス、した、したんですかっ!? 僕!? 先輩と!?」
「……そうだ」
ドキドキしすぎて、息が詰まりそうだ!!! ヤバイ!! 僕の心臓めちゃくちゃドクドク言ってる、これなんかの病気じゃないか!? いや分かってる、シルバー先輩のせいなの分かってるけど、マジで病気じゃないかって心配になるくらいドクドクしてるんだって!!
「め、めちゃくちゃ、ドキドキして、心臓がどっか行きそうです!!」
「俺のくちづけひとつで、そんなに喜んでくれるのか……」
シルバー先輩は僕の言葉を聞いてるのか聞いていないのか、僕の手を取り、そこにまたちゅっとくちづける。お、王子様だ!!!! なんで僕に王子様やってるんだこの人!!? あっ僕のこと好きだからか……この人僕のこと好きなのか!!?
「せ、せんぱい、僕、僕もう頭がぐるぐるで限界なんですけどっ!!!」
「そうか、奇遇だな。俺も、もういい加減……お前の、まっすぐに射抜くような視線に、限界を迎えるところだった」
「へ!? げ、限界って……!?」
「気づいて、いなかったのか? ……あれだけ、熱っぽい目で見つめておいて……分からないわけ、ないだろう?」
お前の気持ちが。耳元でささやかれて、僕はまたせっかく引いてきた頬の熱がぼっと赤くなるのを感じる。そ、そんな。僕の気持ちはとっくの昔にシルバー先輩にはバレていたっていうのか!? いつから!? いつからなんだ!?
「い、いつから……っ」
シルバー先輩は僕の指に自分の指を絡める。
「さて、いつからだろうな?」
首筋に顔を埋めてキスされて、何、なんだそれ!? 待って、待ってくれ、いきなり刺激が強すぎる……っ!!!
「ま、待って、待ってください、シルバー先輩っ、僕っ、っもう何がなんだか……っ!!」
「……待たない」
するり、と僕の首筋にシルバー先輩の手が伸びてきて、すり、と指先でなぞる。
「ん……っ」
「……デュース」
上を向かされて、また唇が近づいてきて、ふにって柔らかい感触がして。熱い、やばい、くち熱い。
「は……っ、シルバー、せんぱい……」
「……お前は、本当に可愛らしいな」
気が付いたら、先輩の制服をぎゅって握ってしまっていた。しまった、皺つけちまった!!!
「あ、すいません、制服……っ」
「……いい。気にするな。お前が俺との睦み合いに夢中になってくれた、誇らしい証拠だ」
シルバー先輩は僕のてのひらにキスしながら、そんなことを言う。く、くすぐったい、むずがゆい!!
「せ、先輩……」
「……ふっ。いっぱいいっぱいだな……今日はこの辺にしておいてやるか」
満足したのか、シルバー先輩はようやく僕から手を離し、解放してくれる。た、助かった……ような、残念な、ような。
「いつ、告げてくれるのかと待っていたが、まさか告げる気がなかったとはな……お前が口を滑らせてくれて、俺は幸運だった」
「ふあ……?」
だ、ダメだ、一気にいろんなことが起こりすぎて、まだ頭ぼーっとしてる。先輩の話聞かなきゃいけねえのに。
「……これから、もっとお前にはこのような触れ合いに慣れてもらう。覚悟するように」
いつまでも初心なのも可愛らしいが、手を出せないのは俺としても困るからな、と告げ、シルバー先輩は僕の頭をぽんぽんと撫で、それじゃあな、と立ち去る。それからしばらくぽかんと僕は呆けてて、それで、シルバー先輩に言われたことをようやく理解して、またぶっ倒れそうになるのだった。
(せ、先輩と付き合うことになった!? 恋人同士!? ……手を出すってなんだ!? 出す気なのか先輩!? ……僕に!?)
午後の授業は散々だった。前よりもずっと、シルバー先輩のことしか考えてられなくなった。こ、こんなんで僕、大丈夫なのか!? シルバー先輩と付き合うってことに慣れられるのか!? ってか恋人みたいに……なれる、のか!?
追加で出された課題と机で向き合いながらぷしゅうと顔真っ赤にして潰れていると、グリムに頭を踏まれた。
「グリム、人の頭の上を通るな!!」
「へへん、そんなところで寝てるヤツが悪いんだゾ!!」
「なんか今日デュース、いつにもまして様子ヘンじゃない? どしたの? なんかあった?」
珍しくグリムとケンカしてないエースが喧嘩も売らず僕に話しかけてくる。いつもこうならいいんだけどな。
「実は……」
心配そうなユウにも悪いし、僕はグリムとエース、ユウにシルバー先輩と付き合うことになったことを報告した。
「あっそ。ふーん、へえ、良かったじゃん!」
何故か機嫌の悪そうなエースは置いといて、ユウとグリムは素直に祝ってくれる。
「なんか知らねえけど、めでてえことならお祝いにツナ缶寄越すんだゾ!」
「グリムのお祝いじゃないけどね」
……たぶん、祝ってくれてる。ってかコイツらは悲しいほどいつも通りだな。僕か。僕だけが意識しすぎてるのか。
「ともかく、デュースはおめでとう。先輩にもよろしくね」
「あ、ああ、言っておく!! ……けど……」
「けど?」
「……次会ったとき、うまく話せる気がしない。ドキドキしすぎて……」
うわ早速ノロケかよ、とエースが僕を嘲笑った。ったく、コイツと来たら……。いつにも増してムカつくな。
「安心しろよ、エース。僕だってお前にノロケてやる気はない!」
「どうだかね~。結局すぐにどうにもならなくって、『話聞いてくれ!』って泣きついてくるのが目に見えてるわ」
「そ、そんなことはない! ……はずだ……っ!!」
そんなことをワイワイ話していたら、授業開始の鐘が鳴り、僕たちは授業を受けようと席に着くことになった。
それから。放課後、シルバー先輩が僕を迎えに教室まで来た。
「デュース」
「シ、シルバー先輩! 用事だったら呼んでくれたら僕が行ったのに!!」
「いや、これといって用事があるというわけではない。ただ、部活に行くのなら、途中まで一緒に行こうかと思ってな」
厩舎と運動場は方向が同じだろう、とシルバー先輩は言う。そ、そんな些細な時間も一緒に過ごそうとしてくれるのか。
てかそのために僕を迎えに来てくれたのか、わざわざ……? もしかして僕、すごく愛されてるのか、なんて思いかけた途端、邪魔が入る。
「ひゅー、ラブラブじゃ~ん、お二人さん!」
「エース! 何しに来たんだお前!」
「別にぃ? ……敢えて言うなら、冷やかし?」
「冷やかすな!!」
「エースか。俺とデュースのことはもう聞いたか?」
「はい、聞きましたぁ! コイツがどうにも授業中、めーーっちゃ色ボケしてたんで! オレが真っ先に気づいて話聞いたら、そういうことだって聞いて、もうビックリ!! コイツの何が良かったんすか?」
「何が、と聞かれたら。そうだな……長くなるが、構わないか?」
「ハイ! マジでコイツの何がシルバー先輩のお気に召したのか、聞いときたいんで!」
「おいエース、勝手なことばかり……」
僕が止めるのも聞かず、シルバー先輩とエースの話は進んでいく。
「そう、だな。まず、笑顔が可愛らしいと思った。母君を大切にしているところも、好感が持てる。いつも、俺を見つけたら、駆け寄ってきてハキハキとした元気な挨拶をしてくれるところが、好ましいと思っていた。校舎で見かける度にあちこちを元気に駆け回っていて、いつしか、その姿を見つけることが俺の心に喜びを与える、小さな楽しみになっていた」
それで、と続けようとするシルバー先輩の口を、両手で塞ぐ。
「シルバー先輩、それ以上は僕が持ちません……っ!!」
「……そうか」
そんな僕たちを見ていたエースは、明らかに面白くなさそうな顔をする。なんだよお前には関係ないだろ僕らがどうなってようと!
今度は何を仕掛けてくる気だと僕は警戒したが、案外拍子抜けなことにエースはつまらなさそうな顔をしてその場を立ち去った。
「……勝手に幸せになってんなよな」
なんだアイツ……? 様子がヘンだ。先輩も驚いてるじゃないか。僕は慌てて、先輩にフォローする。
「すいません、なんかアイツ、さっきから機嫌悪くって……。先輩に失礼なことすんなって、僕からちゃんと言っとくんで!」
「……いつから、エースは機嫌が悪いんだ?」
「え? えーっと……確か、午後の授業の休み時間、僕とシルバー先輩の話をした辺りから、だったかな……?」
でも多分くだらないことで拗ねてるだけなんで気にしなくていいですよ、とシルバー先輩に言うと、シルバー先輩は、そうか、と頷いた。
「ひとまず、今は部活に行くとしよう。……おいで、デュース。送っていく」
「はっ、はい……!!」
シルバー先輩に差し出された手を取って、僕は、誘われるまま運動場へと足を運ぶことになった。
それで、部活中。
「おいデュース、もうゴール越えてんだろ!! 止まれ!!!」
「えっ!? あ、ああっ!! わ、悪いジャック!!」
シルバー先輩のことばっかりぐるぐる思い出しながら走っていたら、いつの間にか、ゴールテープを切ってて、そして、そのまま僕は走り続けていたらしい。
「ったく、久々に新記録出したと思ったら、ボーッと走ってたのかよ」
「新記録だったのか! それは嬉しいな!」
「喜んでる場合か! 今日はどうやって走ってたか吐いてもらうぜ!!」
ジャックの言葉に、僕は素直に答える。
「……シ、シルバー先輩のことだけ考えて走ってたら、なんか、……新記録が出てた」
「はあ!?」
「いや、その!! 嘘じゃなくて本当なんだ、なんていうか、その……っ!!」
「別に疑っちゃいねえけどよ……。なんでシルバー先輩のこと考えると、お前の足が速くなるんだよ?」
「……その。先輩のこと考えてるとドキドキしちまうから、それを振り切ろうとして、とにかく足を動かしてたら、速くなってた……のかも、しれない……」
「再現性ねえやつじゃねえか!! つかシルバー先輩と何があったんだよ!?」
ジャックか。ジャックはまだ僕とシルバー先輩のこと、知らないんだっけ。まあジャックならいいか、悪い奴じゃないし! ってことで、ジャックにも僕とシルバー先輩のことを改めて説明する。
「……つまりお前、色ボケしてて足が速くなったってことか?」
「そっ……そう、なのかもしれない」
「ったく、色ボケ野郎に負けたとはな……。いや、でも試しに俺も誰かのことだけ考えて走ってみるか?」
ジャックは僕の話を聞いても、速く走ることしか考えてないな。分かりやすくていい奴だ! それに比べてエースと来たら……。
「そういやなんか、エースの奴が不機嫌なんだよ。僕らの話聞いてから……。ジャック、なんか心当たりあるか?」
「知らねえ。ってか、お前の方がよっぽどアイツには詳しいだろ」
「だよな。僕も別にエースには詳しくない」
次は負けねえからな、望むところだ、と僕らはもう一度、ストレッチをして、ピストルの音を合図に並んで走り出す。
……ただ、途中で厩舎の方にシルバー先輩の姿を見つけて、そっちに気を取られてたらコースアウトして思いっきりすっ転んでジャックから『真剣勝負に気抜いてんじゃねえぞ!!』と怒られて走力勝負のやり直しを要求されたのは、今日の僕の失敗談だ……。
そして、ハーツラビュル寮の部屋に帰る。
「ただいま」
「……お帰りぃ」
明らかにむすっとした顔のエースが、僕のベッドに寝転がってスマホをいじりながら出迎える。おいコラ。それ僕のベッドだろうが。占領すんじゃねえ!
「エース、ベッド間違ってるぞ」
「間違ってませんー」
「間違ってる。それは僕のベッドだ。さっさと退いてくれ」
溜め息をつきながらエースを追い出そうとすると、エースはスマホをやめて起き上がったが、ムスッとした顔のまま、僕に何か言ってきた。
「お前さぁ、シルバー先輩と付き合うってマジで言ってんの?」
「なっ……、そ、それとこれとが、何の関係があるんだ! 別にいいだろ、お前に関係あることでもあるまいし……」
いいからさっさと退け、って言ってるのにエースは一向に退こうとしない。
「関係あるって言ったらどうすんの」
「はあ? お前が僕らのことに何の関係があるんだ」
いい加減にしろよと力ずくでエースを退かそうとしたら、エースにぐいと腕を引かれて、ベッドに押し倒された。
え、なんでだ?
「腹立つんだけど」
今日何度目か分からない、エースへの溜め息をつく。
「……何にだよ」
「お前が無駄に幸せそうなのが!」
「お前、なあ……」
「何、浮かれてんの? ちょっと先輩に振り向いてもらえたくらいで、舞い上がっちゃってさあ! どうせお前なんか、すぐに飽きてポイだっての!」
エースの腕を握って力を込める。……今のは聞き捨てならねえな。
「シルバー先輩が、そんなことする人だって言いたいのかよ?」
「……先輩は関係ないじゃん」
「関係ないことねえだろ! お前が言ってるのはそういうことだ!!」
いい加減にしろよエース、と僕はエースを睨みつける。エースも負けじと睨み返してくる。
膠着状態が続いて、ギリ、とエースの手首から音がし始めたところで、エースが言った。
「……痛いんだけど」
「……」
はあ、と溜め息をついて、エースの手首を離してやる。そして、そのままエースを抱えてエースのベッドに放り投げた。
「いい加減テメェのシマに帰れ!!」
「出たよワル語録。それも先輩には言ってないんでしょ? 先輩に呆れて愛想尽かされないといいねー!」
「そっ……んなの、わかんねえ、だろ……」
「あームカつく! もうオレ寝るから、おやすみ!!」
「テメッ…… ……はあ。これ以上相手しても、無駄か。おやすみ!」
天蓋を閉めて引きこもってしまったエースのことはさておき、僕の心には不安が残った。
『先輩に呆れて愛想尽かされないといいね!』
……それは、その通りだって、思ったから。
でも、……だからって、なあ。付き合った初日にそんなこと、自覚させなくてもいいだろ!!
エースへのムカつきを抑えながら、どうにかして僕は山積みの課題に向き合い、シャワーを浴びて、ベッドで眠る日常生活を送る羽目になった。
*
――深夜、ハーツラビュル寮談話室。
「おや? おかしいな。どうしてこんな時間に、談話室に人影があるのだろう」
「……リドル寮長」
一人、眠れなくって部屋を出たオレは、案の定巡回中の寮長に見つかった。今日、寮長が巡回の日かよ。サイアク。
トレイ先輩とかだったらそれとなくちょっとくらいは見逃してくれたのに。
コツ、コツとハイヒールの音を響かせながら、寮長はソファに体育座りするオレに近づいてくる。
「今日もデュースとやり合っていたようだね。今度は何が気に入らなかったの?」
「……別に! 寮長には関係ないでしょ」
「なら、キミのその怒りはデュースにとって関係のあることなのかい?」
……こういう聞き方するとこ、寮長ってホント意地悪!!
「デュースが、シルバー先輩と恋人になったって、浮かれてんだよ」
「そう。彼らがね……。いいことじゃないか」
「別に。全然良くない」
「おや、デュースのことが好きだったのかい?」
「別に!! 全然好きじゃない。あんな奴、馬鹿だし要領悪いし、一緒にいるとイライラするし、こっちから願い下げ!!」
「それなら、キミが怒ることはないじゃないか。彼らの何が気に入らないんだい?」
「……」
「話してごらんよ。どうせここには、ボクとキミしかいないんだ」
オレは別に、デュースが好きで、ヤキモチで当たり散らかしてるとかじゃない。
そんな可愛い気持ちなら、どんなに良かったか。……オレのこの気持ちを、本音を聞いたら、寮長は、なんて言うんだろう。
「……ムカつく」
「何が?」
「アイツが、オレの知らないとこで、オレに関係なく、勝手に幸せになってるのが、マジでムカつく!!」
「まるで子供の癇癪だね。デュースにはデュースで、キミに関わりなく自由に幸せになる権利はあるんだ」
それでもキミは彼の幸せに関わっていたいと言うの? 寮長は淡々と言う。
「分かんない……。別にオレがデュースを幸せにしたいとか、そんなことちっとも思ってないけど。でも、普通、好きだったら幸せにしようとか思うじゃん。だから、デュースのこと好きなわけじゃねえじゃん、って思うんだけど。でも、オレの知らないとこで、アイツが勝手に幸せになってて、そんで、オレなんかどうでもいいって感じになってるのは、すげえムカつく……」
「キミは……デュースのことを嫌うわりに、彼の視界には入っていたいんだね」
「はあ!? なんなのソレ!」
「何もなにも、キミがデュースに抱えている、矛盾した感情を単純化しただけだろう」
「……オレ、デュースのこと好きなの? だからこんな気持ちになんの?」
「さあ。ボクには分からないけれど……。少なくとも、キミのその気持ちが、好きや嫌いだけの単純なモノじゃないのは確かだろうね。人によっては、それを愛と定義するかもしれないし、憎悪や嫉妬だと思う人もいるかもしれない」
「嫉妬? オレが!?」
「物の例えだよ。……ああ、でも。ボクからひとつ言えることがあるとするなら、そうだな」
「何……」
「エース。キミだって、デュースに囚われず、自由に幸せになる権利はあるんだよ。手に入らなかったものよりも、手に入れられるかもしれないものに目を向けてみるのはどうかな」
「何、それ。まるでオレが、デュースが欲しかったみたいじゃん」
「そうなのかどうかは、キミにしか分からない。……ボクがハッキリと分かるのは、そろそろキミも眠った方が良い時間だと言うことだね。時間は嘘を吐かない」
「ハイハイ、部屋戻りますよ!! ……寮長」
「うん?」
「……聞いてくれて、ありがと」
「どういたしまして。早くベッドに入るようにね」
*
翌朝。
「んー、よく寝た! 今日もいい朝だな!!」
昨日の悩みなんかすっかり忘れて、僕は伸びをする。そうしたら、やっぱりまだぶすくれてるエースが、後ろから声をかけてきた。
「デュース」
「ん? ……うわっ! 何すんだ!!」
ボスッ、とクッションが顔面に投げられる。つい投げ返してやろうとクッションを見ると、そこに貼り付けられた紙を見つけた。
『先輩のことに関しては、言いすぎた。ごめん』
「お前なあ……」
僕に向けて謝る気はないらしい、と呆れもあるが、まあエースにしては頑張った方かと、そっぽを向いているエースに、僕はクッションを返す。
「さっさと支度しろよ、遅刻するぞ!」
「……言われなくても、今やろうと思ってたし!」
それでまあ、エースとはいつも通りって感じだ。何があったのか分からないけど、エースも一晩立って頭冷えたんだろ、多分。
それで、朝。廊下を歩いていると、シルバー先輩とバッタリ会った。
「ああ。おはよう、デュース」
「お、おは、おはようございますっ!!」
「ふっ。……今日も元気だな」
シルバー先輩は向こうから僕に気付いてくれて、先に挨拶をしてくれる。
「この道を通れば、お前に会えるのではないかと考えていたのだが……目論見が当たったようで、良かった」
「そっ、そう、だったんですか……」
僕は、耳まで赤くなるのが分かる。それを、ジトリとした目で見る視線があるのに気づいた。エースだ。しまった、こんなところを見られたら、今度は何を言われるか分かったもんじゃない! 慌てて振り向くと、エースはスタスタと先を行っていた。
「いやー、お熱いね。見てらんね。お邪魔虫は退散しまーす、ってことで! じゃあね、シルバー先輩!」
「……ああ、また」
「なんだ、アイツ……?」
僕が怪訝な顔をしてエースの方を見つめていると、シルバー先輩は、僕の頭にぽんと手を置いた。
「……教室まで、送って行ってもいいか?」
「へあっ、は、はい、それじゃあ……えっと、その、お願い……します……」
途中、手を握りたいな、と言われたけど、さすがに朝の校舎内からは目立つので、と断ってしまった。……先輩、ガッカリしてないといいけど、って思ったけど……。
「そうか、残念だ。……では、次の楽しみとしておこう」
……あんまり気にしてないみたいだから、いい、かな……。
*
エースの様子が、気にかかる。
デュースは、いつも可愛らしく俺のことを気にしてくれるが、その横で、いつもデュースのことを昏い目で見ている彼のことが。
……最初は、恋敵……のようなものなのかもしれない、と警戒もしたが。どうにも、それとは様子が違うような気もした。
だから、俺はデュースの目を盗んで、彼と接触することにした。
「エース。少し、いいだろうか」
「……シルバー先輩?」
人気のない場所へと呼び出したエースは、ごく普通だ。いつもの明るい彼の様子を崩さない。
「なんですか、シルバー先輩! オレに話って! もしかしてなんか秘密のコトだったり?」
「デュースのことだ。お前が、時折、デュースのことを昏い目で見ているのが気になった」
デュース、という単語を出した瞬間、エースの表情が険しくなり、目が曇る。
「……あー、それね。別に、オレ、アンタらの邪魔する気ないんで、放っといてほしいんですけど」
「だが……何か、思うところがあるのではないのか? 俺たちの関係に……」
「だったら、何? オレがデュースのこと実は好きなんですぅ、って言ったら、優しいシルバーセンパイは身を引いたりしてくれちゃうワケ?」
エースは挑発するような目で、俺のことを見据える。だが、そんな安い挑発には、俺は乗りはしない。
「そうはしない。だが、エース。お前が俺の恋敵を名乗るなら、正々堂々と戦いたいと思う。……そして、そうでないのなら……」
「そうでないのなら?」
「……何か、思うところがあるのなら、聞いておきたい。お前も、デュースにとっては大切な友人の一人なのだから」
「ハイハイ、そーですか……。別にオレ、ライバル宣言! とかする気はないですけど、デュースとダチになったつもりもねえし!」
「違うのか? いつも一緒にいる、仲の良い友人だと思っていたのだが……」
「……アンタには分かんないよ」
エースは、立ち去ろうとする。俺はその背中に、それでもと追い縋った。
「そう、だとしても。俺は君もデュースの友人のひとりだと思っているし、その上で……笑って、祝福してほしいと、願っている。もし、今すぐには難しい気持ちがあるのだとしても、いずれの日には」
俺が伝えたいことだけは、それだけだ。告げた後、エースは何も言わずに去っていった。
……正直、彼がデュースに対してどんな気持ちを抱えているのかは、俺には分からない。
それでも。
「……いつかは、ね」
真剣に願えば、届かない想いはないと思うんだ。
*
それから。何事もなく、時は過ぎた。エースは、僕とシルバー先輩が居合わせるときには席を外すことが多くなったけど、あの日みたいに八つ当たりしてきたり、茶化して邪魔してきたりはしなくなった。
なんなんだろうってシルバー先輩に相談すると、アイツにもアイツなりの心の整理が必要なのだろう、ってちょっと複雑そうな顔をして、シルバー先輩も言った。
「あ、すいません。僕、シルバー先輩といるのに、他の奴のことばっか……」
「……気にすることはない。大切な友人のために一生懸命になれるのは、お前の好きなところのひとつだ」
「へへっ」
最初のうちは何を言われても何をされてもドギマギしてたけど、シルバー先輩があまりにも毎日のように、当たり前に僕に好きだって伝えて、愛を囁いて大事にしてくれるから、僕にも慣れみたいなものが出てきたっていうか……。自信、みたいなのがついてきた。
「シルバー先輩、耳貸して」
例えば、こんな風に。
「ん、なんだ?」
「あのさ……好き、です!」
「……全く、お前という奴は」
シルバー先輩は、お返しだ、と僕の耳に、好きだ、とささやき返す。くすぐったい。くすぐったくじゃれ合うような触れ合いも、嬉しい。嬉しくて、仕方なくて。それを失う日のことを思うと、怖くて仕方なくなるんだ。
「……先輩」
「なんだ?」
「僕……、前に言われたことがあるんです。シルバー先輩が、僕に呆れて、愛想を尽かさないといいな、って」
「……そうか。誰が、そんなことを……」
「誰とかは、どうでもいい。でも、僕は……心当たりがあるんです。その言葉に」
「……デュース?」
「もう、先輩から、今更愛想尽かされたらって思うの、苦しくて、……悲しくて。だから、聞いてもらって、いいですか。マジで、嫌われるんじゃないかって、怖いんですけど、それでも……っ」
もう、苦しいのは嫌だ、って言うと、シルバー先輩は僕の背を優しく撫でた。
「……何があっても、嫌いになったりしない。話してみて、くれないか。お前のことを」
「はい……」
それで、僕は話した。過去の、最低最悪だった頃の自分のことを。洗いざらい、懺悔するように話した。
シルバー先輩は、真剣な顔で、最後まで聞いてくれた。
「デュース」
「……はい」
「まずは、こう言おう。……よく、話してくれた。自分の罪を正面から認めて、そして、それを大切だと思う人に話すのは、勇気のいることだ。よく、頑張ったな」
「あ……ありがとう、ございます……」
「お前のしたことは、確かに、良くないことだ。だが、お前はその過ちを省みて、正しい道を歩もうと足掻いている。それは、間違いなく尊い努力だ」
俺はそんなお前を認め、応援していたいと思う。そう言って、シルバー先輩は僕のことを優しく抱きしめてくれた。
僕は、本当に、本当に嫌われなかったんだって安心して、シルバー先輩に身体を預けた。
「……先輩に、幻滅されるって、思ってた……」
「確かに、驚くようなこともあったが……それは間違っていたと、もう、認めているのだろう? なら、俺から何を言うこともない」
「先輩、僕のこと、嫌いになりませんでしたか?」
「なっていない。……心配症だな」
それからシルバー先輩は、僕が落ち着くまで、しばらくあやすようにキスを落としたり、背中や頭を撫でたりしてくれていた。
……本当に、優しい人だ。
「僕、先輩が同じように、言いたくないけど言わなきゃいけないってことが出来ちまったときとかは、絶対受け止めるって決めましたから……! 先輩も、そういうので苦しくなることがあったら、すぐ言ってくださいね!」
先輩はそんな失敗しないと思うけど、それでも、と僕が言うと。シルバー先輩は、少しだけ目を逸らした。
「……先輩?」
「……いや、その。お前に言っていないが、言うべきか迷っていることは、ひとつだけ……その。ないことも、なくて」
「なんですか?」
僕が尋ねると、シルバー先輩は迷ったように口を開け閉めして、それからようやく口にした。
「……お前と、エースの、ことが。気にかかって」
「エース? エースが先輩に何かしたんですか!?」
「いや、俺に何か、ということは、ないのだが……その。お前たちの間には、俺では分からない、俺では立ち入れない、そういう……友情とはまた、少し違った絆、と言ったらいいか。そういうものが、ある気がして……」
それが気にかかってしまうことがあり、お前の大事な友人のひとりにそんな気持ちを持ち合わせていることが申し訳なく、心苦しくて、とシルバー先輩は言う。
「つまりそれって……ヤキモチってことですか!?」
「……まあ、ありていに言えば、そう……なのかもしれない」
せ、先輩って、僕に妬いてくれるんだ……!! ……どこまで僕を好きにさせれば気が済むんだこの人は!!
「す、すいません。先輩は本気で悩んでるんだろうに、僕、ちょっと嬉しくって……」
「……お前が、喜んでくれるのなら、この妬心も少しは報われるだろう」
「でも、エースと僕には別に特別なことなんてないですから! 気にしなくていいですからね!」
「ああ。……ありがとう」
シルバー先輩は、やっぱり少し複雑そうな笑顔を見せた。
寮に帰って、エースを改めてまじまじと見る。
「うーん……」
「何? 人のこと帰るなりジロジロ見ないでよ」
「いや、僕とお前になんか特別なことって何も別にないよなあ、と思って」
「はあ? 急に何探してんの?」
「……いったい何が気になってるんだろう……」
僕のひとり言でぴんと来たのか、エースはにやりと笑う。
「何々? あっ、もしかしてシルバー先輩、オレに妬いてるとか!?」
「あのなあ……」
「へー、あの人そういう感情抱くことあるんだ? ふーん?」
「お前、シルバー先輩になんかすんなよ!」
僕は、確かに言った。シルバー先輩に何かするなって。ああ、確かに言ったさ。
「何もしないよー。シルバー先輩には!」
その翌日から。エースは、やたら僕にベタベタしてくるようになった。特に、シルバー先輩の前では!!
「おいエース、くっつくな。僕はベタベタ触られるのが嫌いなんだ」
「えー、シルバー先輩とはやたらとイチャイチャしてるくせに。ちょっとくらいいーじゃん」
「シ、シルバー先輩は別だろっ!!」
僕は、誤解されたらどうする、ただでさえエースにヤキモチ妬いてたっぽいのにって思って。焦って。
で、それを見たシルバー先輩が、どう思ったのかって言うと。
「なんだか最近、仲がいいんだな」
って。何故か、ホッとしたような顔で僕らを見ているのだった。……いや、なんでだよ?
シルバー先輩とエースは、何故かニッて目線合わせて笑い合ってるし。
……ん、いや、睨み合ってる、か? それも、僕の気のせい、か?
ともかく、僕だけが訳の分からないまま、二人に振り回される日々は続いていきそうだ。
*おしまい
(長くなったけど続き思いつかないのでここでこの話はおしまいです)
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