ステラ・2

※「ステラ」の続きです。
※ちらっと監督生(♂、ユウ)います。あまり話の本筋に関係はありません。

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 シルバー先輩に告白されて、付き合うことになった。
 すごく、すっごく情熱的な告白だった。
 なぜか、僕なんかに、一目惚れしたんだって、他のやつのものにはしたくないんだって、赤い顔で、そう言った。
 まるで睨んでるみたいな顔だったけど、僕はもう知ってる。その顔は、先輩の照れ隠しなんだって。
 そんなことを思い出しながら、夜空の星を見上げて、僕は溜め息をつく。
「……幻滅、されなきゃいいけどな」
 窓際のカーテンを閉め、僕は自分のベッドへと戻った。

 翌日。シルバー先輩と、廊下ですれ違った。
「おはよう、デュース」
「お……はよう、ございます……」
 ふわっと、嬉しそうな表情で、シルバー先輩は笑う。それはどこか不器用だけど、すごく柔らかで、嬉しそうな笑顔で。
「朝からお前に会えて、嬉しい。今日も一日、頑張れそうだ」
「そ、それなら、良かった、です……」
「ふっ。……それでは、また」
 ぽん、と軽く頭を撫でてから、シルバー先輩はその場を後にする。僕は、シルバー先輩が去ってから、自分が情けなくなった。
「いくらなんでも、ぎこちなさすぎるだろ、僕……」
 もっと自然に、話せたらいいのに。好きだって思われてると思うと、めちゃくちゃ意識しちまって、上手く話せない。
 なんでこんなに不器用なんだと自分が嫌になりながら、なんでもないような顔をして、1-Aの教室に入って授業を受けた。

 お昼。エースやユウたちといつも通り食事を摂ってたら、シルバー先輩に、隣いいかって声かけられた。
「どっ、どうぞ!」
「ありがとう」
 ヤバい、変に声裏返っちまったかもしれない。ユウたちにも変な目で見られたかも。別に隠すことでもないんだけど、シルバー先輩と付き合ったことはまだユウやエースたちには言ってない。
 ……だって、いつフラれるかも分からないし。そもそも僕がちゃんと好きになれてるか分からないのに、そういうこと広めちゃっていいのかって気分もある。
 そんな僕の気持ちを知ってか知らずか、エースが声を潜めて僕に話しかけてくる。
「何? デュース、お前シルバー先輩となんかあったの?」
「別に! ……悪いことがあったわけじゃない、気にするな」
「ふーん……?」
 ならまあいいけど、とエースは自分の食事とお喋りに戻る。良かった。なんとか、誤魔化せたみたいだ。
 そんな僕たちの様子を、シルバー先輩はじっと見つめていた。

「なあ、デュース」
「は、はいっ!?」
 ハートの女王の法律により、昼食が終わった後15分以内に席を立たなきゃいけない僕らは、厳格を形にしたようなウチの寮長に見つからないうちにとそれに倣っていた。
 それで、席を立った後。食堂を出た少し先の廊下で、シルバー先輩に声をかけられた。
「先ほど、エースと何か話していたようだったが……。何を話していたんだ?」
「それは、その、えっと。……シルバー先輩と、なんかあったのかって聞かれて」
「なんと答えたんだ?」
「特に、何も。悪いことがあったわけじゃないから、気にするなって言いました」
 僕の答えを聞いて、シルバー先輩は、そうか、と目を伏せる。あ、どうしよう。僕、間違えた、か?
「……俺とのことが、お前にとって悪いことではないのなら、良かった」
 シルバー先輩は、そう言ってふっと笑う。その笑顔を見た瞬間、僕は、あ、ダメだ、って思った。
 だって、なあ。だって。僕、ダチにもまだシルバー先輩とのこと、秘密にしてるのに。
 そのことを知って、悲しくないわけじゃないだろうに。
 それでも、僕の気持ちの方を優先してくれるんだ。
 この人は。
 いつも、いつもそうだ。
 この人は、シルバー先輩は。
 僕の、いいとこばっかりを見てくれるんだ。
 そう思うと、気まずくって。申し訳なくって。……嫌われたくなくて。
「……すいません、シルバー先輩……」
「どうした? なぜ、何を謝る必要がある?」
「ごめん、なさい……。僕、マジで馬鹿で、ごめんなさい……っ」
 爪が食い込むほど手を握りしめながら、口では、ぎり、と歯を食いしばる。
 悔しくて悔しくて、仕方ない。悔し涙さえ浮かびそうだ。
 だって、シルバー先輩の目に映っていて、好きになってもらえたのは、優等生を目指す綺麗な自分で。
 昔、愚行の限りを尽くしていた、バカな『俺』じゃない。
 変わりたい変わりたいって言いながら、まだ全然変われてない、馬鹿で不器用な俺じゃないんだ。
「デュース……」
 シルバー先輩は、心配そうな顔で、俯く僕を覗き込んでいる。
「シルバー先輩、僕……。シルバー先輩に、嫌われたくない、です……」
「何を……。お前を嫌ったりするものか。どうした? ……何か、俺の言動が、お前を不安にさせたか?」
 優しい声で、宥めるように、シルバー先輩は僕を慰めようとしてくれる。
 でも、そのひとつひとつが、痛くて。僕は、シルバー先輩の傍に居たいのに。
 その月のように優しく照らす光が、眩しすぎて、辛いんだ。
「……少し、落ち着ける場所に行こう、デュース」
 シルバー先輩に手を引かれ、僕はそれに逆らう気もないまま、気が付けば、学園裏の森にある湖のほとりに連れてこられていた。
「水面に太陽の光が反射して、綺麗だろう? ……少しは、気が晴れればいいのだが」
「……」
 シルバー先輩の言葉に、なんと返していいか分からない。僕は。僕の過去が、呪いのように追いかけてくるのを感じる。
 なんで。どうして。あの頃の僕は。本当に馬鹿をやった。あの頃とは変わったって、変わりたいって思ってたのに。
 一度やったことは、変わらない。あの頃に大切だった人だけじゃない。これから大切にしたい人も、傷つけてしまうのか。
 そう思うと、苦しくて。これからも隠し続けるのかって思うと、申し訳なくて。
 シルバー先輩に、嘘をついていたくなくて。それでも、嫌われるかもしれないと思うと、怖くて言葉にできなくて。
「僕、どうしたらいいんだろう……」
「……、」
 シルバー先輩は、心配そうに僕の前にひざまずいてる。心配、かけちゃってるな。申し訳ないな。僕の勝手な事情に、巻き込んでさ。
 でも、ずっとこの人を付き合わせてるわけにもいかないよな。シルバー先輩は優しいから、きっとどこまでも、こんな僕を放っとかない。だから、僕から……突き放さなきゃ。離れてくださいって、言わなきゃな。
「……シルバー先輩」
「ああ、なんだ?」
 優しい声が響く。泣きそうになる。でも、泣かない。僕が涙を流すのは、嬉し涙だけにするって決めてるんだ。
「僕、悪い奴なんです。シルバー先輩に、大事にしてもらえるような奴じゃ、ないんです」
「何を……」
「星送りのとき、ちょっとだけ話しましたよね。……僕は昔、悪いことをしてました。喧嘩も、たくさんしてました」
 ぽつり、ぽつりと話し出す。ミドルスクールの頃、授業をサボりまくって、公園で良くない奴らとツルんで、夜中まで家に帰らないで、母さんに心配をかけてたこと。ハロウィンにカボチャを割りまわったり、峠を攻めたり、髪を染めたりしていて、近所でも評判のワルになって、何度も警察の世話になって、とうとう最後には母さんを泣かせてしまったこと。
「僕は、シルバー先輩の思い描くような、綺麗なやつじゃないんです」
 僕は汚いんです、と言葉を結ぶと、シルバー先輩は気まずそうに次の言葉を口にした。そりゃ、そうだよな。いきなりこんな話聞かされて、どうしたらいいか、僕が先輩なら、僕だって分からない。
「……お前が汚い、なんて。そんなことは、ない」
「どうして、そう言えるんですか?」
「お前は、過去の自分を、間違っていたと認めているのだろう。自分の過ちを、正面から認められる人は、そういない。それはとても、難しいことだからだ。それで、過ちを認めて、反省して、正しい道へ戻ろうとするのは、……そう在れるよう努力し続けるのは、尊いことだと、俺は思う」
「先輩、いいように取りすぎですよ……」
 シルバー先輩だって、こんなやつ嫌いなんじゃないですか。
「そんなことはない!」
 僕が呟いた言葉を、シルバー先輩は泣きそうな表情で否定した。どうして。なんで、アンタがそんな顔、するんだ。
「過去のお前は、確かに、間違っていたのかもしれない。だけど、俺は……。その道を正そうとしている、今のお前が好きで、好きになったんだ! なのに……っ、お前自身が、今の自分さえ、否定してどうする!」
「先輩……」
「変わろうと、したんだろう! 母君に見せられる自分に、なりたかったのだろう! 今、そう在ろうとしているのだろう!? なら、何故その自分を否定する!? ……なぜ、俺の好きになったお前さえ、否定するんだ……!!」
 先輩は、とても、とても辛そうな顔で僕に言う。なんで。だからなんで、アンタが、そんな顔するんだ。しなきゃならないんだ。
「だ、だから、それは、……悪いことをしてた過去があるからで……、いくら優等生ぶって取り繕っても、結局、過去は消えなくて……」
 もはや泣きそうな、っていうか、涙が滲んでいる先輩に、あたふたしながら僕は答える。
「……その通りだ。やってしまったこと、行い、過ち、過去は消えない。……だが!」
 先輩は、僕の手を握って、言う。痛いくらいに握りしめて、言うんだ。
「今お前のしている努力まで、消えてなくなってしまうわけじゃないだろう……!!」
 僕は。そんな先輩の姿を見て。言葉を聞いて。痛いくらいに握りしめられた手首に、ぽろりと、涙がこぼれた。
「え、あ。なんで、くそっ、情けねえ……」
 先輩に嫌われなかったって、拒まれなかったって安心からなのか。なんなのか。
 ぽろぽろと涙を流す僕を、シルバー先輩は、ぎゅっと抱きしめた。
「……お前のことを、ずっと見てきた。お前の積み重ねた努力を、ずっと、見てきた。苦手な勉強を、頑張ろうとしているのを、見てきた。補習に呼び出されて、魔法薬の調合を間違えて、他にも、何度も、何度も失敗して、……それでも、今日この日まで挫けないで挑むのを、何度も、何度も見てきた。それは全部、母君のため、そして、償いのため、だったのだろう。……お前は片時も、自分の罪を忘れていなかった」
 そんなお前の、支えになりたい。お前が間違った道を歩んでしまうというのなら、今度は傍にいて、正したい。
 シルバー先輩は、僕を離すもんかとでも言うように、抱きしめている。僕は、贅沢者だなと思った。
 ……この人に、見合う人にならなくちゃ。今はまだ、お前なんかがどうしてこの人をって言われても、何も言い返せない。
 だから。言い返せる人に、ならなくちゃ。めちゃくちゃ頑張ったから、傍にいられるんだって。この人と一緒にいるために、立派な人になろうとしたから、この人の隣に立ってられるんだって、言える人に、ならなくちゃ。
「ありがとうございます、シルバー先輩……。落ち着きました」
「そうか……良かった」
「ヘコたれちまって、すいません。……僕、決めました。シルバー先輩が、本当の僕のこと、知っても受け入れてくれるって言うなら……これからもっと、頑張ろうって。先輩の傍にいることに、誰にも文句つけられないくらい、頑張るんだって」
「……デュース」
「へへ。僕、先輩に嫌われるんじゃないかって思って、すごく怖かったんです。……たぶんそれくらい、シルバー先輩のこと、好きだったみたいで」
 そう言って誤魔化し笑いをすると、シルバー先輩はもう一度僕をぎゅっと抱きしめてきた。今度は、優しかった。
「せ、先輩?」
「……好きな子に、好きになっていたと言われたら、どうしようもなくなるだろう」
「あ……」
 そういえば僕、先輩に、好きですってちゃんと言ってなかったっけ。嫌われたくないって気持ちばかりが逸って……。
 それじゃあいけない、よな。恋人としても、優等生にならなきゃな。
「すいません、言うのが遅くなって。僕……シルバー先輩のことが、好き、です。他の誰にも文句つけられないくらい、アンタの隣に立てるような人になりたいって、今は……そう、思ってます」
「……ありがとう、デュース」
「こっちこそ、ありがとうございます……。すいません、なんか、その。付き合ったばかりなのに、変な話しちまって……」
「……いや。言ってくれて、良かった。お前が、心の弱い部分や、素の自分……隠したい自分を、曝け出してもいいと思ってくれたこと、それ自体は、とても嬉しいことだ」
 そうして、シルバー先輩は、また、ぽんと僕の頭を撫でる。僕は、この硬い手のひらが、好きだなと思った。

 それで、また次の日。また食堂で、僕たちは一緒になる。今度は僕から、声をかけた。
「シルバー先輩。席探してるなら、ここ空いてますよ。座りますか?」
「いいのか? ありがとう」
 それで、ここどうぞ、と隣にシルバー先輩を招く。招いた後、僕はエースとユウ、グリムに向き合って言うんだ。
「ちょうどいい機会だから、お前らには言っておくが……。シルバー先輩と、付き合うことになった」
「!」
 エースもユウも、グリムも。なんならシルバー先輩も、驚いた顔をする。そして、皆は口々に冷やかし混じりなお祝いの言葉を口にしてくれて。
「へー、良かったじゃん」
「おめでとう、デュース」
「お祝いのパーティーするんだゾ!」
「グリムはご馳走目当てだろ! ったく……」
 隣に座るシルバー先輩に、ちら、と目線をやる。すると、案外先輩は、素直に嬉しそうな表情でほほ笑んでいた。
「……そういうことだ。これから改めてよろしく、お前たち」
「うわ、ホントにガチのやつなんだ! どうするパーティする!?」
「パーティーはいらねえっての!」
 そうして、賑やかな食卓を終える。例によって、シルバー先輩は食事のあとに声をかけてきた。
「……デュース」
「はい、なんですか、シルバー先輩」
「友人たちに、俺のことを紹介してくれたのだな。ありがとう」
「いえ、僕がしたくてやっただけですから」
「……その。俺も、俺の家族に、お前のことを改めて告げたい。この後少し、付き合ってくれるか?」
 ちょっと気恥ずかしそうに意気込んだ顔でそう告げるシルバー先輩に、僕は笑った。
「喜んで!」
 それからシルバー先輩に連れられて、ディアソムニア寮の人たちに改めて挨拶をする。
 今はまだ未熟だけど、精一杯シルバー先輩の隣に立てるように頑張りますって気持ちを伝えると、その意気や良し、と皆笑ってくれた。
 ……頑張ろう。僕はまだ、劣等生なのかもしれない。
 でも、だけど。いつかは一番星みたいに輝く優等生になれますようにって、星に願いを。
 ……いつか夢が叶うって、信じよう。
 信じていよう。信じ続けて、がむしゃらに頑張っていよう。今、この時は。
 隣で、僕を信じて笑ってくれる人がいてくれる限り。夢や目標に向かって走り続けていたいと、今はそう思うんだ。

*おしまい

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