ボルテッカー

 ガタンゴトン、と電車の揺れる音がする。僕は空いてる座席の端に座って、ボーッとしながらある人のことを考えていた。
 それは、ある先輩のこと。僕よりもひとつ年上で、太陽の光にさらさらと透ける、銀色の髪がトレードマーク。表情があまり変わらないから冷たい人に見られがちだけど、実際は、面倒見が良くて優しくて厳しくて、それでいてお父さん思いで渋くて格好いい、僕にとってまさに理想ともいえる先輩だ。
 最初の気持ちは、僕もあんな風になりたい、という憧れだった。先輩にだって欠点やできないことはあるけど、それに向かって負けじといつでも努力している姿に、根性あるんだなって心が惹かれた。そうして、シルバー先輩のことを目で、体で、心で追ってるうちに。いつの間にか、僕に新しい感情が芽生えていた。
 たくさんの人を映しているあの人の目に、一瞬でも僕だけを映すことができたら。僕のことを特別に、抱きしめたり、キスしてくれたら。なんなら、僕からもそんなことができたら。他の子なんて見ないで、僕だけにしてくれたら。……なんて、そう。恋愛感情じみたものが。
 こうして外に出かけてただ電車に乗ってる隙間でさえ、僕の頭は「次はシルバー先輩を誘ってデートできたら」だとか、「デートの最後に告白して、もしかしてうまくいっちゃったりなんかして」だとか、そんな妄想でいっぱいだ。
 そんなやけに僕にとって都合の良い妄想に現を抜かしていると、隣に誰かが座ってきた。
「失礼する」
 いえ、なんて答えて隣を見ると、そこにいたのはまさかの、シルバー先輩本人だ! 僕は今にも気持ちとかいろいろ爆発しそうになったけど、先輩の方は僕が隣にいることは大して気にしてないみたいで、電車が動き出すなりうとうととして居眠りを始めてしまった。
 あ、これ僕全然なんとも思われてないなってちょっとガッカリするけど、でも、今この瞬間は隣に座れたってドキドキの方が上回ってる。まつ毛長いな、ちょっとだけ触れてる肩の温度が温かいな、距離めちゃ近くないか、寝息聞こえる。この電車に乗ってるってことは今からNRCに帰るところかな。それならちょっと、僕が起こしてみちまってもいいかなあ。
 なんてこと考えながら眺めてるうちに、電車はNRCの最寄り駅に近づいていく。じっとシルバー先輩の顔を見つめて、知らないうちに口からつぶやきが出ていた。
「……好かれたいな」
 手を伸ばして、シルバー先輩の前髪をさらりと撫でる。どうしよう、こんなことだけで、すごくドキドキする。こんな、いいのかな、僕がこんな。でも、起こさないと困るよな、先輩だって。
「せ、先輩。シルバー先輩。起きてください……」
 伸ばした手でトントンと肩を叩き、シルバー先輩を揺り起こす。すると、ん、と目を開けて、シルバー先輩は起きた。起きた、のだけど。そうして顔を上げたシルバー先輩の顔が、なんていうか、その、すごく、近い! 近すぎるっ!!
「お、おは、おはようございますっ! 学園着きましたよ、起きたみたいなんで僕もう行きますねっ!!」
 テンパりながら電車を後にする。僕は残されたシルバー先輩が呟いた言葉を知らなかった。
「……まさか、な」

 後日。こないだはテンパっちまったけど、僕だってそれで諦めたワケじゃない。むしろ、あのときのことがあるからこそ、もっと近づいて、いつでもあんなことできる関係になれたら、とか考えてる!
 そりゃ「シルバー先輩にも他に好きな人いるかも」なんて、ちょっとでも考えたことがないワケじゃないし、むしろ考えに考えまくってどうしようもなくなっちまったりするときもある。でも、シルバー先輩を一目見たら、目があったら、そんなこと全部忘れて「好きだ……っ!」って思っちまうし、それに僕だって、まだ決まったワケじゃないなら勝負できるって、そう思うから。
 だから、シルバー先輩に精一杯アピールしてる。僕は先輩のこと悪く思ってないです、むしろ好きです、って、でも、露骨に言葉にしないでアピるのって難しいな……。正直、僕の気持ちバレバレスレスレのアピールしかできてない気もする。
 例えば、だろ。また補習になって落ち込んでても、先輩の前では精一杯明るいフリしてたり。「また補習になっちまったけど、シルバー先輩みたいに、めげずに頑張りたいです!」なんて言っちゃってさ。
 陸上のタイムが良くなくてしょげてたときだって、「全然落ち込んでないですっ! そんなんじゃシルバー先輩に追いつけませんし!」って意地張っちまったりしてさ。
 エペルが、僕の良さはそういうところだって言ってくれたから、なんか自分ではよく分かんねえけどそういうとこが出るようにって先輩に精一杯アピってる!
 その効果があるのかなんなのか分からないが、シルバー先輩は時々「お前は頑張り屋なんだな」とか、「照れ屋なんだな。照れなくてもいい」って褒めてくれるようになった。
 なんかもう、そういうこと言われると、今ひょっとして僕とシルバー先輩はすっごいイイ感じなんじゃないかって勘違いして、今にも好きだって言いたくなっちまうけど、でも、一方で今じゃない、まだ今じゃないよな、先輩はみんなに優しいから、って言ってる僕もいる。
 でも、心なしか……シルバー先輩みたいになりたいなって言ってる僕の言葉を聞いてるときのシルバー先輩の頬も、ちょっとだけ赤いような気がして、それが見間違いかも僕の妄想かもなんて思ったりすることを繰り返してて。って感じなんだこの頃は。

 そんなある日。僕はある陰口を聞いた。それを言っていたのは、ディアソムニア寮の一年生だ。
「シルバー先輩、なんか最近あのハーツの問題児コンビの片方に付きまとわれてるみたいで……。なんか懐かれてるみたいだけど、先輩もあんなのにまわりにいられちゃ、鬱陶しいだろうな」
 陰口自体は、どうでもいい。そんなつまらないことで時間消費してる奴らにいちいち構ってやるほど、僕だってヒマじゃない。だけど、でも。……先輩は、僕のことを鬱陶しいと思ってるんだろうか? 同じ寮の後輩がそんな風に言うほど、実は寮では嫌なんだって言ったりしてたのか? なんて、どうしても気になってしまって。
「どうした、デュース。浮かない顔だが……」
「すいません、ちょっと……ひとりにしてください」
 僕はせっかくシルバー先輩に会えたのにもかまわず、ひとり、マジホイに乗って走りだした。

 辿り着いたのは、海。モヤモヤすることがあると、僕は必ず海に行く。それで、広い海を見て、考えるんだ。
「シルバー先輩が鬱陶しがってる、か」
 考える。考えて、考えて。だんだんイライラしてくる。
「よく考えたら、なんでよく知りもしない奴らにそんなこと言われなくちゃならないんだ? 落ち着いて考えろ、僕。こんなとき、監督生やエースならなんて言う……?」
 想像した監督生の言葉。
『気にすることないよ、デュース。デュースはデュースらしくいるのが一番だよ』
 そうだよな、ユウ。
『何しょげて考えこんでんだ? デュース。お前が頭使ってもろくなことにはならないからやめるんだゾ!』
 ……そう、だな。ムカつくが、グリムの言葉にも一理ある。
『てかお前が鬱陶しいのはいつものことじゃん! 何今更ウジウジ気にしてんの? ダサくね?』
 あーーーーーそうだよな。そう、よーーーーーく分かった。
 ……アイツらもお前らもそこまで言うなら、誰も文句を言えないように、僕なりのケリをつけてやる!!

 僕はNRCに踵を返し、そして、その足でシルバー先輩に挑戦状を叩きつける。
「突然すいません、シルバー先輩!! 僕と勝負してください!!」
「……受けて立とう」
 突然の挑戦状を受け入れてくれるシルバー先輩に、僕は勢いのままに言葉を口にする。マジホイ降りてから走ってきたし、きっと僕の顔は真っ赤だ、でももうこの際だ、気にしない!!
「もし、この勝負に僕が勝ったら、僕と付き合ってください!! ……負けたら、潔く諦めます!!」
 シルバー先輩は答えた。
「なら、俺が勝ったときにはお前に言うことをひとつ聞いてもらおう」
 そうして、僕とシルバー先輩の真剣勝負は始まった。

 結論。……シルバー先輩は強かった。僕だって、ルール無用の勝負得物自由の勝負ってことで、砂を目隠しに使ったり、足の速さを生かしてシルバー先輩の後ろに回り込んだり、本気で付き合いたくていろいろやったけど、シルバー先輩はその全部に対応してきた。
 初手でやった砂での目くらましは、即座に目を覆うことによって対策されたし、風の中のわずかな足音から気配を辿られた。いろいろなものを鳴らしたり大釜を召喚したりして気を逸らし、シルバー先輩の後ろに回り込んで攻勢に転じたときも、シルバー先輩は大釜に一瞬反射した僕の姿を即座に見つけて警棒で打ち払ってみせた。
 そして、僕が体勢を立て直す暇もないうちに、向こうがまっすぐ駆け寄ってきて、警棒を突き立てられ、ジ・エンド……「参りました」というわけだ。
 つまり、なんていうか。完全にシルバー先輩の勝ち、完勝だ。これで僕は、シルバー先輩への気持ちを諦めなきゃならない。っていうか、シルバー先輩も全力で勝負してくるあたり、本当に僕のことが鬱陶しかったのかもしれない。そう思うと、これで良かったと思う。自分の気持ちにもしっかりケジメをつけられて、僕は満足だ。
 と、思っていたのに。勝負が終わったあと、シルバー先輩は僕に手を差し出して言うんだ。
「立てるか?」
「あ、はい……」
「では、早速だが言うことをひとつ聞いてもらおうか」
「……はい」
 二度と俺の前に姿を現すな、とか言われるのかな、なんて僕は覚悟した。けど、シルバー先輩の口から出た言葉は僕の予想とはまるで違って。
「俺のことを諦めるのを、諦めてもらおう。俺と付き合ってくれるか、デュース」
「……え?」
「今、勝負して、改めてお前の本気を感じた。お前の、自分の持てる全力をもって、真正面からまっすぐに俺にぶつかってきてくれるところがたまらなく好きだ。だから、」
 これから俺と恋人として付き合ってほしい、とシルバー先輩は言う。僕は驚きすぎて、えええ、と声をあげることしかできなかった。

 喉が渇いただろう、とシルバー先輩は先輩の部屋へと場所を移す。
 僕が混乱して、一体いつから、なんて尋ねると、シルバー先輩は言った。
「以前、お前と電車で一緒になったときがあっただろう。あのとき、お前が俺の前で真っ赤になったのを見て、俺のことが好きなのではないかと思った」
 バレてた!! わりと最初からバレてた!! 恥ずかしすぎる!!
「……が。その後、お前と共に時間を過ごしていくうちに。お前が俺を好きなのではなくて、俺の方がお前のことを好きなんじゃないかと思うようになることが増えていった」
 そ、そうだったのか。じゃあ、やっぱりシルバー先輩の頬が赤くなってるように見えたのも、見間違いとかじゃ、なかった……?
「今日はお前が勝負を挑みに来て、驚いた。そして、少し困った。勝負に手を抜きたくはないが、お前が負けると俺のことを諦められてしまうらしかったから」
 だから俺からの条件を出した、とシルバー先輩は言う。……僕が勝つと微塵も思ってないの、ちょっと腹立つけど。でも、そんな自信満々なとこもそれだけ努力してることの裏返しなんだろうなって思って、格好いいと思っちまう。
「それで、だ」
 シルバー先輩はずい、と僕に迫る。
「答えを聞かせてもらえるだろうか?」
「……ぼ、僕は、その……っ」
「ああ」
「……シルバー先輩が、大好きです……」

 こうして、僕はシルバー先輩をゲットしたのだった。
 僕の言葉に機嫌を良くした先輩が、ベッドに座って僕をその前に座らせる。……いや早いだろ! 早い早い、こんな、付き合ったばっかで恋人のやるやつみたいな座り方するの早すぎませんか!!
 んな僕の動揺なんて意にも介さないで、シルバー先輩は髪にキスとかしてる。マジでドキドキするからやめてくれねえか……!!
「そういえば、何故急に勝負を挑んできたんだ?」
「そっ、それは、その、えっと! ……き、気分で……」
「お前は気分でそういうことをする奴じゃない。意地を張らないで教えてくれ」
 僕はシルバー先輩が悲しむかもと思って言えなかったが、結局最後にはディアソムニアの一年生の陰口を聞いたのがきっかけってことまで聞き出されてしまった。
「そうか、うちの後輩がそんなことを……すまない。お前を気に病ませてしまったようだな。今度、注意しておく。俺は見ての通り、お前のことを鬱陶しいだなんて思っていないから安心しろ。むしろ……」
 シルバー先輩は、膝の間に座っている僕のことをぎゅっと抱きしめる。
「お前が俺の言葉に真っ赤になって照れる度、いつもこうしたくて仕方なかった」
「そっ、うだったんですか……っ」
「お前はどうだ?」
「な、なにがっ」
 シルバー先輩は、髪に、ちゅ、ちゅとキスをするのをやめてくれない。嬉しい。どうしよう嬉しい。だけど、これは恥ずかしすぎる……っ!!
「俺と、どんな未来を思い描いていた?」
「それはそのっ、……い、言えませんっ! 恥ずかしすぎるっ!!」
「ふっ。……相変わらず、照れ屋なんだな」
 なら慣らすしかないか、とシルバー先輩は僕のことをベッドに押し倒す。え、そんな、いきなりそこまで、シルバー先輩って案外強引なんだな、とか思ってる場合じゃなくてだなその僕まだ何の準備もできてないっていうか主に心が、なんて思っていると、シルバー先輩からおでこにキスをされた。
「まずはキスから慣れてもらおう。覚悟はいいな? デュース」
「ふぁっ、ひゃ、は、はい……っ」
 それから、シルバー先輩の与えるキスの土砂降りに僕は打ち付けられることになる。……いつもシルバー先輩とこんな関係になれたらって妄想してたけど、ほ、本物の刺激が強すぎる……っ!!
「た、頼むから手加減してください~っ!!」
「手加減してこれだ」
「んな、嘘っ……」
「本気だ」
 ……こうして僕は、思い描いていたのとはちょっと違うものの、無事シルバー先輩と恋人になることができたのだった。
 こんなことが待っているのなら、ちょっと……いやかなり覚悟しておいた方が良かったと、ちょっとだけ後悔したけどな!

*おしまい

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