*注意書き
・「つきり」の続編です。このため、デュースにモブ女性との交際経験がある表現があります。
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『俺はお前が好きだ、デュース』
どきり、と胸の音がして、頬が熱くなるのが分かった。
これは、終わった恋から始まった僕の、新しい恋の話だ。
――ちょっと前まで、僕は、舞い上がっていた。本屋で働いていた、店員の女の人に一目惚れして、連絡先なんか聞いたりして、無事付き合えることになって……。浮かれていた。だけど、その実、彼女のお目当てはそのとき偶然僕と一緒にいたシルバー先輩とお近づきになることで、そのことを知らずに僕はまんまと彼女の手のひらの上で転がされてた、ってワケだ。
彼女の魅力にすっかり騙されていた頃、僕はシルバー先輩に散々恋の相談に乗ってもらった。スマートフォンに送るメッセージの相談から、デートの練習に至るまで、ものすごくお世話になった。
……その頃のことを思うと、今はすごく胸が痛い。理由は、彼女にこっぴどくフラれたから、じゃない。まだそんな彼女に未練があるから、でもない。シルバー先輩が、僕のことを好きだと言ってくれたからだ。シルバー先輩はなんでもなさそうに、まるで冗談みたいに僕に告白してきた。今、改めて思えば、それもきっとシルバー先輩の気遣いなんだろう。それでも、僕は気付いてしまった。シルバー先輩は、今までどんな気持ちで僕の話を聞いてたんだろうかってことに。
シルバー先輩の気持ちを汲むのなら、気付かないふりをするのがいいんだろう。だけど、僕は自分がやらかしてしまったことを見て見ぬフリをするようなズルいことは、どうしてもやりたくなかったし、できる気もしなかった。
先輩は、返事はまだいらない、と言っていた。だけど、僕は、先輩に恋の相談に乗ってもらったお返しに、僕も先輩の恋の相談に乗ります、応援したいですと言ってしまった。でも、先輩の好きな人は僕だったわけで、それってつまり、最終的には僕が先輩のことを好きにならなきゃいけないわけで……。
正直、それってどうなるんだろう、ってちょっと想像してみた。あの先輩と、手を握ったり、抱きしめあったり、キスとか、するのか……? なんて想像してたら、また気付いた。デートの練習のとき、雨の中探しに来てくれたとき、シルバー先輩からはもう2回抱きしめられていた。うう、馬鹿だ。鈍いにも程がある、気付けよ僕……! 今の時点で既に、めちゃくちゃ大切にされてるじゃないか! 彼女には贈り物とかデート以外、さらっとハグもキスも避けられていたのに……って、それもそれで気付けよ、僕!
それに、シルバー先輩が、僕がフラれたときに言ってくれた言葉。『俺の好きな人はお前の好きな彼女じゃないから、それを伝えてよりを戻したっていい』なんて、どんな気持ちで、それを言葉にしていたんだろう。いつから僕のことを好きでいてくれたのか、それはまだ分からないけど、今までずっと、どんなに苦しいまま、僕の話を聞いて、手伝ってくれていたんだろう。
そんなことを考えて、僕が知らないうちにどれほど大切にされていたかを思い出しては気付く度に、僕はシルバー先輩に、罪悪感のような申し訳なさを覚えていた。
それでも、約束は約束だ。一度言ったことを覆すのは男じゃねえ。僕は昼休みの中庭で、シルバー先輩に会いに行っていた。もちろん、先輩の恋愛相談を受けに、だ。
「デュース。来てくれたのか」
「……約束は約束ですから!」
まだ、正直シルバー先輩の顔を見るのは、気恥ずかしいのと気まずいのと半々だ。ちょっと前まで好きだって追っかける側だったのに、いきなり追っかけられる側になって、戸惑っているのもある。……追われてるより追ってる方が性に合ってるのもあるかもしれない。
「何を相談されたらいいのか、正直まだわけわからないですけど……! とりあえず来ました!」
「ふっ、そうか」
シルバー先輩は、とりあえず座るといい、と言って隣をとんとんと叩いた。僕もとりあえず促されるまま、そこに座る。
「相談と言っても、まだ俺も何をしようというわけでもないから、そう身構えなくていい」
「そうなんですか?」
「ああ。……何よりも、お前の状態が優先だ。まだ、彼女に未練があると言っていただろう?」
シルバー先輩の手が、僕の頭に乗せられ、そのままくしゃりと優しく撫でた。
「お前の気持ちが落ち着くまで、これ以上混乱させるようなことはしない。今はただ、こうして共に時を過ごせるだけでも十分だ」
……どきり、と音がした。ずきり、という音もした。大切にされている。こんな優しい人に、ひどいことをしてしまった僕には、勿体ないくらいに。
「……ごめんなさい」
「どうして謝るんだ?」
「僕、先輩に、ひどいことしてたんだって、思ったんです。先輩は、いつもこうやって大切にしてくれてたのに。自分の、辛い気持ち隠して……。僕は、それに全然気付かないままで、ずっと、先輩のこと傷つけてた」
「……」
シルバー先輩は、黙って手を引っ込めた。ああ、そんな悲しそうな顔、させたかったわけじゃないのに。
「デュース。お前が、もし、俺への申し訳なさから、無理に俺のことを好きになろうとしているのなら、それは……良くないことだ」
「え?」
「好きな人というのは、お前の心が決める、大切なものだから。俺は努力をするが、それをされたところでお前が振り向くかどうかは、お前の、素直な心持ちで決めるべきことだと思う」
「シルバー、先輩……」
「……俺の言ってることが、分かるだろうか」
僕はそう言われたことに、何故か、悲しみを覚えた。シルバー先輩から、ある意味、突き放された、ってことが、辛くて、悲しかった。
「僕が、これから先輩を好きになろうとするのは、良くないことなんですか?」
「お前が、本心からそう思ってくれたり、好きになってもらえたのなら、俺にとってそんなに嬉しいことはないが……。その理由が、俺への罪悪感ならば、それはお前の幸せにはならなくて、俺の本意とするところでもない」
シルバー先輩の言ってることは、難しくて、よく分からない。……辛い恋はしたけれど、こんなに優しい人がずっと傍にいてくれたんだ、って、分かったから、今度はその人に気持ちを返したい、前向きになりたい、って思うのは、良くないことなのか?
……あのときのこと、申し訳なかったなって気持ちを抱えたまま、シルバー先輩を好きになっちゃ、いけないんだろうか。そんなことをぐるぐる考えてると、シルバー先輩が謝った。
「……すまない。混乱させるようなことはしないと言ったのに、もう、悩ませてしまったな」
「先輩……」
「お前の心が辛いのなら、……俺の想いや苦しみなど、忘れてしまってもかまわないんだ」
「嫌です」
反射的に、言葉にしていた。好きなのかどうか、まだ分からない。だけど、僕はこの人に幸せになってほしいと思った。ずっと苦しかっただろうに、辛かっただろうに、僕のことばかりを考えて、自分のことを後回しにしてしまう、そんな人だから。放っておけなくなった。
「シルバー先輩は、僕にばっかり、幸せになってほしい、って言いますけど……。僕だって、シルバー先輩に、幸せになってほしいです。……ずっと、傍にいてくれて、支えてくれて、助けてくれて、慰めてくれて、大切にしてくれて……。そんな風にされてたって分かったのに、何とも思わないほど、僕だって薄情じゃないです」
「デュース、それは……」
もう、決めた。決めたっていうか、身体が、口が、考えるよりも先に、勝手に動いて、思いの丈を喋ってた。
「こんなの、都合のいいことかもしれないですけど……っ、まだ、未練もあるし、正直、申し訳なさだって、消えてない。でも、それでも先輩のこと、前向きに考えたい、って思ってます。思って、るんです。……先輩が、ずっと、僕を大切にしてくれてたって、気付いたから。分かったから。僕は、僕を大切にしてくれた人に……シルバー先輩に、今、その気持ちを返したい、って思ってるんです。それじゃ、ダメなんですか。……なんで、全部、離れていこうとするんですか。忘れさせようとしちゃうんですか。僕だって、先輩のこと、幸せにしたいのに……っ!」
「……あ」
シルバー先輩の綺麗な瞳から、つう、と透明な涙が一筋流れた。シルバー先輩自身も、驚いた顔をしている。
「え、あ、僕、泣かせ……っ!?」
「……気にするな。これは、悲しみから出たものではない」
シルバー先輩は、目元をごし、と拭って、それから僕のことを軽く抱きしめた。
「わっ」
「お前が、そんな風に思ってくれているとは、思っていなかった。振り向いてもらえるように努力すると言いながら、後ろ向きなことばかり言ってしまい、すまない」
「先輩……」
「……嬉しくて、夢ではないかと思ってしまいそうだ。お前の目に、こんなにも早く、俺は映らないものと思っていたから」
ああ、やっぱり。……今まで、この人は、どれほど傷ついて、隠して耐えてきていたんだろう。……そのことが分かると、やっぱり申し訳ないと思う。でも、僕がシルバー先輩に幸せになってほしいって思うのは、申し訳なさや罪悪感が一番の理由じゃない。自分にとって何の得もないどころか、苦しい思いまでするってのに、それでも僕を大切にしてくれた人だから、僕も、とびきり大切にしたいんだ。それはきっと、もしこの先、シルバー先輩を好きにならなかったとしても、変わらない気持ちだ。もしも恋心を持てなかったからって、大切にしてくれたことへの恩や感謝まで、全部一気になくなってしまうワケじゃないだろ。でも、やっぱり。僕が先輩のことを、このまま本当に好きになっていけるのが、一番いい形だと思う。だから。
「正直なこと、言います。……好きだ、ってなるのは、まだ早いのかもしれない。散々言った通り、まだ彼女に未練もあって、シルバー先輩に申し訳ないことした、って気持ちもある。だけど、僕は今、このまま先輩を放っておきたくないし、忘れたりしたくないし、幸せになってほしいです。シルバー先輩が幸せになるために、僕ができることなら、全部やりたい。だから、先輩のこと、好きになりたいと思ってて、でもそれは、罪悪感とかじゃなくって、大切にしてくれたから、大切にしたいって思う気持ちであって……」
だから、その、と僕は次に何を言うべきか、わからなくなって――ええいままよ、と、先輩にキスをした。
「……まだいろいろ、心の整理には時間かかるかもしれないんですけど、でも、その間にも先輩のこと、放っておかず、ちゃんと見ていたいので。それでも良かったら、僕と、お付き合いしてくれませんか。今はなりかけかもしれないんだけど、これから絶対、好きになるから」
シルバー先輩は言った。
「お前は本当に、恰好良いな、デュース」
喜んで、とシルバー先輩は僕をぎゅっと抱きしめる。前に抱きしめられたときよりも力が強くって、声が震えてて、本当に喜んでくれたんだなというのが伝わってきて、僕も嬉しくなった。
それから、僕は、昼休みにはシルバー先輩に会いに行くように努めた。たまに、予習復習、宿題が間に合ってなくて図書館へ行かなきゃならないときもあったけど、それでも一回はシルバー先輩の元へ立ち寄るようにした。先輩はいつもクールだと思っていたけれど、僕の顔を見ると、いつも少しだけ嬉しそうに笑ってくれているのが、だんだん分かってきた。先輩の優しい愛情が、好きだって思ってくれてる気持ちが、ちょっとずつ、雪みたいに降り積もって、僕の心もあったかくなっていくのが分かった。
だけど、ふと、たまに先輩が悲しそうにしていることに気付いた。それは必ず、僕が先輩に手を伸ばして触れたときのことだった。
「あの。先輩、気のせいならすいません。なんだか悲しそうな気がしたんですけど、どうしたんですか、嫌でしたか?」
「嫌、というわけではなくて……、むしろ、お前から、触れてくれるのは、嬉しいのだが……」
先輩は、言いづらそうにしていたけど、じっと見つめていたら、観念したように告白した。
「……その。この手で、以前の彼女にも、同じようにしていたのだろうかと、考えてしまうことがある。お前の唇も、俺以外にも触れたことがあるのだな、と……」
僕はちょっと驚いた。先輩でも、そんなヤキモチを妬いたりするんだな、ということが、なんだか意外で。だけど、先輩にもそう思うことがあるのなら、今までにも……何度も、そんな風に思ったことがあったのかもな。先輩がそれで悲しんでるのは……なんか、嫌だな。
「心配いらないですよ。……前の人のこととか、あまり話題に出すの良くないかなって思って、言ってませんでしたけど……。付き合ってた頃は、ほとんど何もしてません。向こうがさらっと接触躱してて、手繋いだり、ハグしたりすらできなかったんです。キスなんて、もってのほかだ」
「そう、なのか? ええと……。それで喜んでしまうのは、お前に失礼なのかもしれないが……。……だけど、その。俺が初めてになれることが増えるのは、嬉しい」
「遠慮しないで、喜んでください。今はもう先輩が喜んでくれる方が、僕も嬉しいですから」
そう言うと、先輩はぎゅっと僕を抱きしめてきて、それからだんだん顔を近づけようとして、本当にいいのだろうか、って顔してそこで止まってしまったから、いいですよ、って目を閉じて待った。そしたら、やがて柔らかくて暖かい感触が、遠慮がちに唇に落ちてきた。
そんな日々を繰り返していたある日のこと。なんだかシルバー先輩が、落ち着かない様子でいた。
「どうしたんですか?」
「その……。実は、リリア先輩から、麓の街での買い出しを頼まれて……」
お前も一緒に行かないか、とシルバー先輩が言った。
「いいですね! 僕も行っていいんですか?」
「行っていい、というか、……二人で行ければ、いいかと思って……」
そこまで言われて、ようやく分かる。あ、これ、デートのお誘いか……!? 珍しく照れてるっぽいシルバー先輩の様子につられて、僕も照れが出てくる。……あれから少し経ったけど、シルバー先輩との仲は順調で、日に日に僕の心はシルバー先輩にこうやってどきりと音を立てさせられている。
ただ、そこで気付いた。……デート。そういえば僕は、まだ前の彼女が好きだった頃、先輩をデートの練習に付き合わせてしまっていた。あのときも先輩に抱きしめられたから、きっと、もうあのときには先輩は僕のことを好きだったんだろう。先輩にとって、あの日は……どんな気持ちで、ずっと僕の隣にいてくれたんだろうと、そう思ったから。
「行きたいです。その、デート……ですよね。気合い、入れていくので」
ちょっと強気に答えたら、先輩は少し申し訳なさそうで、それでも照れたように答えた。
「……なら、今度の休日に」
「は、はい……」
デートの約束をして、ぎこちなく別れる。……それから僕は、さらに気付いた。デート服、前にエースに選んでもらったのと同じじゃダメだよな。元カノとデートしてたときと同じ服装とか……、ってかシルバー先輩にデートの練習に付き合ってもらったときも、実際とできるだけ同じようにってその服着てたし、もし先輩がそのときの服覚えてたら、使いまわしなのバレバレだ。そんなの、先輩をまた傷つけてしまう。あの人は、口にも顔にも出さないようにひとりで耐えてしまうけど、きっと、傷ついてないわけない。もし実際は先輩の方はそんなこと気にしてなくて、僕だけの気にしすぎだったとしても、それはそれでいいんだ。あの人がそうしてくれたように、僕も気持ちを返したいだけだから。この際だ、せっかくエースに選んでもらったものではあるが、前の服は古着屋で売ったりしてケジメつけて、新しい服買わなきゃな、と思った。
一応そのことを悪いなってエースに報告すると、別にどーでもいいけど、って返事が返ってきた。なんなら、『ってかお前いつの間に彼女と別れたの?』とか、『もう次の相手いんの? デュースなのに?』だとか、いろいろと詮索が入ってきた。デュースなのにってなんだよ、腹立つな。
でもまあ、そんな僕の事情を聞きつつも、またエースは服選びには付き合ってくれるらしくって、それはありがたいと思った。変な恰好でシルバー先輩の隣歩きたくないしな。
それで、エースと古着屋だったり服屋だったり見に行ったときのことだ。どうしても本屋の前通りがかることになって、彼女の姿を見かけた。
……気まずいな。向こうからはもう連絡しないでくれって言ってきてるし、僕に何か言ってくることはないだろうけど。
隣にいたエースが、アレが件の元カノ? と聞いてきた。そうだ、余計なアレコレするなよ、とだけ釘を刺せば、分かってるって、と返事が返った。彼女は、チラ、と一瞬だけこっちを見たけど、僕の傍にいるのがシルバー先輩じゃないと分かると興味をなくしたみたいだった。……分かりやすすぎるだろ、と呆れた気持ちになって、改めて、僕にも彼女への未練がなくなってきたんだな、と思えるようになった。
これはこれでいい。街ですれ違っても、また他人同士に戻るだけだ。彼女のしたたかさなら、僕が何もしなくてもどっかで勝手に幸せになれるだろうし、僕は僕の、大切にしてくれる人を大切にしよう。自分でも意外にさっぱりしたもんだな、と思うが、これからも特別にあの本屋を気にすることはもうないんだと、なんとなく、憑き物が落ちたような気分になった。
それから、シルバー先輩とのデート当日。学園の校門で待ち合わせをして、一緒に出かけることになってる。
僕は時間の5分ちょっと前くらいには着いたけど、先輩の姿はまだない。もしやまた寝坊しちゃったんだな、なんて思って待っていると、やっぱり急いで走ってきた様子のシルバー先輩が姿を現した。
「すまない、必ず起きようと思っていつもよりたくさん目覚まし時計を仕掛けたのに、それでもさっき起きた」
「ははっ、大丈夫ですよ。それより、ほら」
シルバー先輩の髪に手を伸ばす。ちょっとだけ寝ぐせがついたままだったから。
「ここ、跳ねちゃってます。……よし、直った」
「あ……、ありがとう」
先輩が、ほんのり顔を赤くする。……本当に、僕がするちょっとしたことだけでも、照れちゃうんだな。なんだか可愛いな、と思って、ああ、こういうところ、好きだなあ、という気持ちが自然に湧き上がってくるのを感じて、驚いた。……そうか、僕。もう、そんな風に思えるように、なってきたんだな。なら、今日のデートの最後には……いや、一緒に過ごしてる間中、ずっとこんな気持ちを、伝えてあげたいな。きっとシルバー先輩は、喜んでくれるだろうから。
それじゃあ、勇気を出そう。勇気を出して、言うんだ。
「じゃあ、その……行きましょうか、シルバー先輩」
シルバー先輩に、手を差し出す。
「……手?」
「デートなら、手を繋いでてもいいでしょう? ……あ、人に見つかりたくなかったら、別にいいんですけど……」
確かに僕ら男同士だもんな、とはは、と笑って引っ込めようとすると、シルバー先輩からぎゅっと手を握り返された。
「俺は、誰になんと言われてもかまわない。お前が、いいのなら」
「僕も、同じ気持ちです。……じゃ、じゃあ、行きましょうか」
「……ああ」
僕らは人目も気にせず、手を繋いだまま、麓の街中へ歩き出す。街を歩く人に、たまにチラチラと見られることはあったけど、案外、通りすがりに『仲良しでいいな~』とか『ひょっとして恋人なのかな、羨ましい!』なんてポジティブな言葉が聞こえてきたりして、僕らも今時気にしすぎだったのかな、なんて思えてきたから、僕の方はそのうち堂々とっていうか、当たり前みたいにそれで歩くようになった。
「とりあえず、適当な店回ってみましょうか。何か、見たいものとかあります? 確か、ヴァンルージュ先輩に買い出し頼まれたんでしたよね」
「ああ、買い出しはする、が、他に見たいもの、か? ……ええと……」
「ありませんか?」
「すまない、俺はいつも、買い物をするときも武器や砥石ばかり見ているから……。こういうとき、何を見たらいいのか、分からない」
「ははっ、そうだったんですね。気にしなくて大丈夫ですよ、僕もいつもマジホイのパーツとかばっかり見てるから……。僕一人ならそれでいいけど、今日は先輩と二人ですからね。……そうだ、なら、今日は街中歩き回って、買い物しつつ、二人で楽しめそうなデートスポット探してみましょう! それで、次はこういうとこに行ってみたいな、とか決めるんです。どうですか?」
「分かった、やってみよう」
そして僕らは、街中をいろいろ回ってみた。服屋は二人ともよくわかんなくて、お菓子屋ではヴァンルージュ先輩のおつかいをこなして、雑貨屋やスーパーマーケットでは案外盛り上がって、ペットショップではそれぞれ動物たちを可愛がり過ぎて長居してしまったりして。
それでお昼時を少し過ぎてしまったから、ちょっと空いたレストランに入って食事を取る。僕はキッシュとスコッチエッグのセットを、先輩はきのことクリームチーズのリゾットを頼んだ。
「僕らペットショップいすぎましたね……。ははっ、次は牧場や動物園なんかでデートするのもいいかもしれないです」
「牧場……。そうだな、行ってみたい」
「学園の植物園とか散歩するのも、僕けっこう好きですよ。先輩はどうですか?」
「温室では眠ってしまいそうだから、屋外……ガーデン式なら、いいかもしれない。お前と共に街を歩くのは、楽しい。植物を見ながら共に歩くのも、きっと楽しいだろう」
良かった。先輩、今日のことを楽しんでくれているみたいだ。……あれ、そういえば僕、今回は練習とかしなくっても、自然と一緒に歩けてるな? ひょっとして相性がいいのかもなあ、あ、いや、待てよ。実は先輩がさらっと歩調合わせてくれてたりして? なんて思ってたら、いつの間にか食事の時間は終わってた。楽しい時間って、過ぎるのが早いな。
「よし、じゃあ後半戦ですね!」
「ああ」
また僕たちは街を適当に歩く。スポーツ用品店や、靴屋、ボウリング場やテニスコート、バスケコートなんかを見て、今度は時間をゆっくり取って、こういうところで身体を動かして遊ぶのも楽しそうだなんて日付を決めない未来の予定でまた盛り上がった。
「いつか、海にも連れていきたいですね。先輩と一緒に海が見たいです」
「海?」
「はい。マジホイ飛ばして海まで、なんて、よくやってました。夕日とか、朝日とかと一緒に見る海は綺麗だから、いつか先輩にも見せたいです」
「俺はすぐに眠ってしまうから、マジカルホイール、に乗れるかは分からないが……」
「なら僕が18才になったら車の免許取るんで! そしたら眠ってても大丈夫です、一緒に行きましょう!」
「……ああ」
先輩はそっぽを向いてしまう。どうしたんだろう、僕何か変なことを言ったかな。
「先輩? どうかしました?」
「……いや、その。……18になっても、隣にいてくれるつもりなのだな、と……。嬉しくなって、……照れて、しまった」
「なんだ、そうだったんですか」
その言葉と先輩の様子に、僕は笑ってしまう。ちゃんと相手から好きだと思われてて、それを伝えられるのって、こんなに嬉しくて、幸せな気持ちになるんだな。
それから、街の端っこにある公園について、置いてあったガゼボでちょっと休憩する。途中にあったドリンクパーラーで、それぞれ喉を潤すためのドリンクも買った。僕が選んだのはリンゴとオレンジとピーチのミックスで、甘くて爽やかな味わいだ。冷たいミックスジュースが、たくさん喋ってカラカラに乾いた喉に染み渡る。
「ふー、今日は歩いたなあ!」
「そうだな。……疲れてしまったか?」
「まだまだ大丈夫ですよ! 先輩こそ、疲れてませんか?」
「平気だ。……ただ、確かに喉は乾いたな。いつもより、とてもたくさん喋った。お前といたからかもしれない」
そう言ってアイスコーヒーを飲み進める先輩に、僕は、今なら言えるかも、と思った。
「あの、先輩」
「なんだ?」
「僕、先輩に言いたいことがあって……」
「……ああ」
シルバー先輩が、口をきゅっと結んで身構えた。……緊張してるのかな。そんなに、硬くならないでいいのにな。僕がずっとハッキリしてなかったから、まだ不安なんだろう。それならもう、僕の気持ちは彼女への未練がなくなって、すっかりシルバー先輩に向き始めてて、そういう怖さは持たなくなってもいいんだって、早く伝えて、怖い気持ちを取り除いてあげたい。
テーブルの上でぎゅっと結ばれてる、シルバー先輩の手に手を重ねた。
「今日、朝、先輩に会って、髪を直してあげたとき……。先輩、照れちゃってましたよね」
「……ああ」
シルバー先輩は、今も少し、照れくさそうだ。
「それが、なんだか可愛いと思って……好きだなあ、って、自然に思えたんです、僕」
「え?」
「だから、好きだなあ、って思ったんです。……シルバー先輩のこと、ですよ」
シルバー先輩の目を、じっと見つめる。照れくさいけど、でも、今は逸らすわけにもいかないよな。だって今が勝負時、だろ?
「今まで、まだ元カノに未練残してるとか、先輩を好きになりたいとか、ちょっと曖昧でズルい感じになってましたけど……。僕、先輩と過ごしてるうちに、だんだん未練なくなってきて。それに、今日、一緒に過ごしてて、すごく、自然体でいられて楽しかったし、ちゃんと先輩のこと、好きだって思えて……そんな気持ちが自然と湧き上がってくるような風に思えるようになったってこと、伝えておきたくて」
照れますね、と笑うと、シルバー先輩は手で顔を覆ってしまった。
「……好きだ」
「はい。ずっと、好きでいてくれたんですよね」
「ああ。……今、どうやってお前に返事をしたらいいか、分からない。嬉しすぎて……、おかしな顔になってしまいそうだ」
大丈夫ですよ、とシルバー先輩に重ねた手をぎゅっと握った。
それから、日も落ちてきたしそろそろ学園に戻ることになった。街の端まで歩いてきてしまったから、また真っ直ぐ街の端まで戻らなくちゃならない。
「ただ戻るだけなら、また手繋いでてもいいかもな」
「……」
そんなことを呟くと、今度はシルバー先輩の方から手を握られた。しっかりと僕の意思で握り返して、街を歩く。ふと、あの本屋の前を通りがかることにはなったけれど、僕はもうそこに未練はないから、シルバー先輩との会話の方に集中してて、彼女がいるかなんて見向きすることもなくそこを通り過ぎようとした。
そうしたら、いきなり僕たちの目の前に、ブラウンの髪を揺らす元カノが現れた。彼女は目を吊り上げて、怒った様子でいる。
「どういうつもり?」
「どういうつもりって、何がだよ? そっちこそ、何の用だ、いきなり。もう僕には関わらないんじゃなかったのか?」
シルバー先輩を庇うように、僕は前に出る。今さら、シルバー先輩を彼女に渡すつもりもないからな。
「しらばっくれないで。今、手繋いでたでしょ? 仕返しのつもり?」
「仕返し?」
なんのことだよと怪訝に思えば、彼女はシルバー先輩に言う。
「ねえ。あなた、騙されてますよ。この男はあなたのこと、仕返しに使おうとしてるの。私の友達なんだけど、あなたに近付こうとしてこの男を使ったから、それで悔しくなってあなたを奪ったことを見せつけようとしてるんだわ」
「それ――」
ダチじゃなくて自分のことだろ、と言いかけた言葉は黙らされた。
「アンタは黙ってて。……少なくともコイツにするの、やめた方がいいですよ。それに、男同士だなんて何を言われるか分かったもんじゃないし……。やっぱり表向きだけでも、女性と付き合うべきじゃないですか?」
なんなら私、カモフラージュに付き合ってもいいですよ、と彼女は言う。あまりの言い草に、何言ってるんだよともうさっさと追い返してしまおうと口を開こうとした、そのとき。先に、シルバー先輩が言った。
「必要ない。俺は俺の意思で、コイツと付き合っている。だから、誰に何を言われても、かまわない。そう思っていたが……。あなたには言いたいことがある」
え、と彼女は言う。僕は驚いて、何も言えなかった。シルバー先輩が怒っている姿が、本当に珍しかったから。
「俺は、コイツがあなたと付き合っていた頃からずっと、デュースのことが好きだった。だから、仕返しに俺を振り向かせたというあなたの言葉は間違いだ。俺が、あなたの捨てたデュースに、振り向いてもらったんだ。……先ほど、友人のことだと言っていたことも、あなたのしたことだと俺は知っている。大切な友人に罪を着せたり、好きな人をひどく傷つけるような人を、俺は好きにならない」
先輩の言葉は、止まらない。
「あなたには、もう金輪際デュースに関わらないでもらいたい」
シルバー先輩は僕の手を引き、彼女を振り返らず、すたすたと足早に歩いていく。僕は一瞬だけ、このまま彼女を放っといて大丈夫かと心配してしまったけれど(彼女自身の心配というよりは、報復とかそういう心配の方が大きいが……)、今、この状況で僕から声をかけられるほど惨めなものもないかと、呆然自失の彼女を振り返らずシルバー先輩の方へ歩いていった。
しばらく歩いて彼女から離れると、シルバー先輩は立ち止まって言った。
「すまない。……お前の交友関係に、勝手に口出しをしてしまった」
お前はただの友達に戻りたかったかもしれないのに、とシルバー先輩は言った。
「いえ、元々もう連絡しないでって言われてたし、切れるだけの関係だったんで……」
今回のことが予定外だったんですよ、と答える。
「むしろ、僕のいざこざに巻き込んじゃってすいません。せっかく楽しいデートだったのに、台無しでしたよね……」
「……」
僕もシルバー先輩も、沈黙する。ああ、落ち込んでるんだろうな……。こんなの、先輩のせいじゃないのに。このままで終わりじゃ、後味が悪すぎるよな。
「……あの。いったん学園に戻って、ヴァンルージュ先輩に頼まれた荷物渡したら、もう少しだけ、一緒にいられませんか?」
「それは、かまわないが……」
「このまま終わり、じゃ申し訳ないんで。少しだけ、デート延長しましょう」
そして一度、それぞれ寮に戻り荷物を置いて、箒を持って来た。そして、学園裏の森の方へと飛んでいき、少し高い木のしっかりした枝に止まる。それなりにがっしりした木じゃないと、二人も座ったら枝が折れるからな。
「っとと……なんとか止まれたな」
「大丈夫か?」
「はい、大丈夫です。……あ、ほら。見てください、もう星が出てますよ!」
「本当だ」
空を指差すと、その先には一番星が輝いている。いくつも輝きだした星を二人で見上げて、なんだかロマンチックですねと笑った。
「先輩」
「……なんだ?」
「今日はまあ、トラブルもありましたけど……。それでも一日中、先輩と過ごせて楽しかったです。先輩はどうでしたか?」
「……俺も。お前と過ごすひとときは、楽しく……、それで、幸せだった。お前から、想いを告げてもらえて……未だ、俺の考え出した夢ではないかと思っているくらいには」
「夢じゃないですよ」
シルバー先輩の頬に手を伸ばし、顔を近づけ、口に向けてキスをする。柔らかな唇の感触がして、それが嘘じゃないってことが伝わればいいと思った。
「……熱い、ですね」
「……ああ」
「次は、先輩からしてくれますか?」
「いい、のか?」
「……はい」
今度はシルバー先輩の手が僕の頬に伸びてきて、そっと、優しくくちづけ返される。思わず抱き着きたくなったけど、木の上でそれはできないから、そっと先輩に肩を寄せたら、先輩がその肩を抱き寄せてくれた。
そうしてしばらく、僕たちは二人きりで黙って星を眺めていた。
それから、これ以上暗くなると危ないから、と箒に乗って鏡舎へと帰る。
「今日はありがとうございました! それじゃあ、また……デート、しましょうね」
へへ、と笑うと、シルバー先輩も、ああ、とぶっきらぼうに返した。……ははっ、きっと照れているんだな。バイバイと手を振って、僕の足はハーツラビュル寮へと足を向けて帰っていく。
……さ、今日のデートはめちゃくちゃ楽しかったんだって、服選びのお礼の土産渡すついでに、エースに自慢してやろう!
*
戻ってきたばかりのディアソムニア寮の自室で、俺はうずくまる。……デュースから、好きだと言ってくれて、自らキスまでしてもらえた。その上、俺からもとくちづけをねだってくれて……。こんな現実は、未だに俺の考えた夢の中じゃないのかと頬をつねっては鏡を見るが、そこに映るのは間違いなく同じことをした俺の姿だった。……夢じゃない。今日のことは、本当のことなんだ。良いことも、悪いことも、全部。
「遅かったのう、シルバーよ! 今日のデートはどうじゃった?」
「お、親父殿……っ」
鏡の中の自分と手を合わせていると、俺の帰りを待っていたらしい親父殿が突然天井から逆さになって現れる。
「……ははん。返事はせずとも良い、その顔を見ればもう十分じゃ! 落ち着いたらお前も食事を取りに来ると良いぞ!」
親父殿は、それだけ告げて去ってしまう。親父殿だけではなく、マレウス様にも、セベクにも、俺が片思いをしていた頃には、時折目が赤いぞと言ってずいぶん心配をかけてしまっていたから……。今日のことは、皆に良い報告をしなければならない、のだが。
……どうしても嬉しくて妙に崩れてしまう表情を、どうしたものかと鏡の前で悩む羽目になった。
ふと、スマートフォンが目に映り、デュースが、あの女性になんというメッセージを送ろうか悩んでいたあの頃のことと、今の状態を思い返す。俺は、今、とても幸せだが……。その過程で、デュースは一度、恋に破れてしまったんだ。だから、これからは俺が必ず、デュースが傷ついてきた以上に幸せにしようと、改めて思った。手に入れた幸せを、そっと壊さないように噛み締めながら。
*おしまい
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