*雪の精霊シルバー×死神デュースの人外パロです。
*設定から何からやりたい放題です。なんでも許せる人向け。
*呼び名とかちょっと変わってます
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【第3話】
さて、どうしようか。
すやすや寝ているシルバーさんの安眠を妨げるのは心苦しいけど、僕にも日中、やらなきゃいけないことがある。申し訳ないけど、と僕の気配と冬の力を込めた大きな涼感枕と自分の場所を、起こさないようにそーっと入れ替えて、おやすみなさいと声をかけた。……うん、起きなさそうだな。大丈夫だ。なんだか赤ちゃんの世話をしてる気分だな、と思いながら、僕は行ってきますと小声で囁き玄関から出た。
*
……ふと、目が覚めた。スマートフォンで時刻を確認すると、時刻の針は夜の21時を差している。昨日、腕に抱いて寝たはずのデュースは、もらった抱き枕に入れ替わっている。家の中に誰かの気配はない。どこかへ出かけたのだろうか、と玄関を開けてみると、大家の女性に声をかけられた。
「あら、寝起き?」
「ええと、まあ、はい。デュースがどこへ行ったのかと、探していて」
「あの子ならたぶんそろそろ帰ってくるわよ。昼間はたまに墓掃除のバイトに行ってるもの。ただでさえ夜勤の仕事してるってのに、よく働くわよね。いつ寝てるのかしら」
「……」
そうだったのか。眠らなくても平気だと言っていたデュースは、夜に死神の仕事をしているのなら、昼間は何をしているのだろうと思っていたが。人間界での仕事をしていたらしい。
「アンタもいつまでも居候してないで、働かないとダメよ。あの子に頼りっきりにならないで」
「居候?」
「あらやだ、お仕事決まってたの? それならごめんなさいね。でも、ほら。最近多いって言うじゃない?」
「そうなのか……」
それからは適当な会話をして、別れたんだと思う。俺は、大家さんから言われた言葉が引っかかっていた。居候、居候か。確かにはざまの世界にいたときは、精霊として時折頼まれることをこなしていれば、ただ、いるだけで良かった。俺たち精霊はそういう存在だ。やることといえば、日々の生活と、自分の担当する能力、たとえば俺なら雪に関わる異変のパトロールくらいだ。俺は身体を動かしていた方が落ち着く質なので、身体や能力を鍛えたりはしていたが……。
スマートフォンを使って、人間界のことを調べてみた。そこで得た情報は、こんなものだった。
『人間は食べ物を食べなければ生きていけない』『食べ物を得るためにはお金が必要』『お金を得るために働く』『ただ、食べるためだけでなく、生きがい、やりがい、人との出会いや交流のためにも人は働く』『そして、生きがい、やりがい、やりたいことはその人個人の大切にするものによって変わる』と。
つまり人間の暮らしの基本とは、労働を通し、通貨を得て、それによって、大切なもののために何かをするということらしい。なるほど、興味深い。元より、デュースにばかりここでの暮らしを頼りきりになるのは心苦しかった。俺も人間界で働くことができれば、彼の助けになることもしてやれるようになるんじゃないだろうか。俺は、人間界の仕事や暮らしのことをもう少し調べながら、デュースの帰りを待った。
*
「ただいまー」
部屋に帰ると、灯かりがついていた。お、起きてるな。なんて思って、部屋の中へと移動する。するとそこには、やっぱり起きてるシルバーさんがいた。なんとなく部屋に置いておいた雑誌を読んでいたみたいだ。
「起きてたんですね、今ごはん作りますから」
「お帰り。なあ、デュース。俺にも手伝えることはあるか?」
「んー……、料理したことあります?」
「……氷を砕いたり、何かを切ったりかけたりすることくらいはしたことがある」
するとデュースはひとつの皿を手渡してきた。
「じゃあ、このお皿に乗るだけ、好きなだけ氷! 作ってください! ひとくちサイズの、四角いやつでお願いします」
「そんなことでいいのか?」
「それが絶対必要なんで!」
へへ、とデュースは笑った。とりあえず、俺は言われたようにする。と言っても、皿に氷をいくつか作る程度の作業など、あっという間に終わってしまうのだが。
「できた。これをどうするんだ?」
デュースが立つ台所へ椀を持っていくと、慌てて止められた。
「わ、こっち来たら危ないですよ! 火使ってますから!」
「火? どこにもないように見えるが」
「えーっと、これ! これ、コンロって言って、本来は火が出るものなんです、こんな風に」
デュースはスマートフォンの画面にコンロの動画を映して見せる。なるほど、火だな。
「それで、これはその火の代わりに高温の電気を通してるものなんです。だから、触ったら熱いので、一瞬で溶けちゃいますよ。気を付けてください」
「……そんなに危ないものなのか。気を付ける」
だが、どうして料理を作るのにそんなものを使っているのだろうか? 不思議に思っていると、デュースがコンロの横にあるボタンを操作した。
「茹で加減これくらいでいいかな……。続きはリビングの机でやりましょっか。その氷、使いますから先に運んでてください」
「ああ」
リビングダイニングの机へ氷を運ぶと、すぐに何かを持ったデュースが現れた。デュースが持っていたのは、網上の器に乗せた、白く細い食べ物だ。
「これも冷麺の仲間か? その器は穴が開いてるが……」
「えーっと、この器はざるっていう特別な料理用の道具で……。で、こっちはそうですね、確かに麺の仲間です。そうめんですよ。これも食べたことないですか?」
「たぶん、ない」
「じゃあ、初そうめんですね! こうやって、茹でたあとに水でしめた麺を氷で冷やしておくんです。これを専用のつゆにさらして食べるんですけど……はは、冷蔵庫に入れっぱなしだ。今取ってきますね」
「……」
白く細い麺の横に、先ほど作った氷が佇んでいる。見た目が気に入って眺めていると、金魚鉢を眺める子どもみたいですね、と笑いながらデュースが現れた。
「俺は子どもじゃない」
「ははっ、すいません。ほら、つゆ取ってきましたよ。いただきますしましょう?」
「つゆ……黒いのに、透明だ。不思議なものだな」
はいお椀、と椀と箸を渡され、デュースから説明を受ける。この黒い液体はめんつゆと言って、そうめんを適量とって、つけて食べるのだと。いただきますと挨拶をして、言われたように食べてみると、冷たくさっぱりとした風味が口の中に広がった。昨日食べた、冷やし担々麺よりも、辛くないな。昨日食べた麺と比べ、どちらかというとこちらの方が見た目も味も好きかもしれないというと、人間界の好きなもの、さっそくひとつ見つかりましたねとデュースは笑った。
……そうだ。作ってもらった食事にのんびりと舌鼓を打っている場合ではない。俺は、デュースに言いたいことがあったんだ。
「なあ、デュース」
「なんですか? 口に合いませんでした?」
「いや、とてもうまいと思う。そうじゃなくて、ええと……その。君には迷惑をかけることかもしれないんだが……」
「……はい」
真面目な話だと感じ取ったのか、デュースは箸を置いて、こちらをまっすぐに見つめる。それだけでも、デュースの誠実な人柄が伝わってくる。
「俺も、こちらの世界で働きたいと思う」
「……えっ!?」
「まだ人間界のこともよく知らないのに、無茶を言っているのは承知だが……。その。俺がこちらに預けられる期間は、数日や数週間と言った短さのものではない。その間、ずっと世話になりっぱなしだというのは、さすがに気が重い。実際、大家さんにも少しばかり不審がられている。その他にもいろいろと細々とした理由はあるのだが……。ともかく、俺でも出来るようなことや、君の監督ができる範囲でかまわない。俺も、二人の暮らしのためにできることがあれば、やりたいと思う」
「シルバーさん……」
「……やはりダメ、だろうか?」
デュースはううん、と少し考えこむ。それから、言った。
「お義父さん……、ヴァンルージュ様に仕送りとか、したいですよね。そうじゃなくても、ちょっとしたプレゼントとか」
「あ、ああ。だが……」
驚いた。……なぜ、もし労働によって人間界の金銭を手にすることができたら、そうしたいと思っていることが分かったのだろう?
「なぜ、分かったんだ? 確かに俺は父を敬愛しているし、贈り物のひとつでもして、俺はちゃんとやれている、と安堵させてやれたら、とも思ったが……」
「あ、いえ。能力とかじゃないですよ。ただ、僕も人間界に初めて降りたとき。同じことを考えたんです。自分で稼いだ金で、母さんに贈り物をしたい、って」
まあ僕の場合、生前の記憶が完全に残ってたのでシルバーさんとはまたワケが違うんですけど、まあとにかくそうなんですとデュースは言った。
「そうか、君も親を……」
「へへっ。すいません、僕、僕の経験からしか考えることできなくって。でも、間違ってないんですよね?」
「ああ。それも、人間界での仕事をしたいと思う理由のひとつだ」
「分かりました! でも、やっぱり仕事終わったら倒れちゃった、とかなったら心配なので、少しだけ制限付きで、どうですか?」
「かまわない」
「それじゃ、食事を終えたらこのあと下見に行ってみましょうか」
シルバーさんのこれからの仕事場になるかもしれない場所を。そう言って、デュースはにこりと笑った。
そうして俺が連れてこられたのは、スーパーマーケットだ。初日に行ったのとは別のスーパーだ。場所はアパートの近くにあって、あの場所よりも、冷房がよく効いていて過ごしやすい。
「このスーパー、春の終わりから秋半ばにかけて、ちょっと寒いくらいに冷房入れるんで、過ごしやすいと思います。ええと……」
きょろ、とデュースは辺りを見渡す。そして、店員の男性を見つけると、すみません、と声をかけた。
「バイト・パート募集中って張り紙見て、紹介したい人がいて来たんですけど……今いいですか?」
そんなデュースの言葉に、もちろんと店員は歓迎の意を示し、俺たちに店の裏までついてくるように言った。
「それで、働きたいのはこの人なんですけど」
「……シルバーです」
とりあえず名前を言い、礼をしておく。
「シルバーくん、ね。ウチはいつでも人手を歓迎してるけど……。一応、どういう理由で働きたいのか教えてくれる?」
「ええと。父に、仕送りをしたくて」
「ふんふん……。お父さん思いなんだね。今時珍しいね~」
じゃあ、さっそくだけど働き方について、シフトの希望とか言っておきたいこととかはあるかな、と店員は言う。だが……どういうことだ?
「シフト、とは?」
「あっ、すいません。店長さん、この人、実はちょっとその、俗世を離れたようなところで育ってて。今回働くのも、社会勉強みたいなところがあるんです。だから、まだ一般常識とかに少し疎くって。それで僕が付き添いに来たんです……。一応、あとで一通り教えておきますけど、お店の方でも都度教えてもらえたらなって」
「はいはい。まあ、そういうのもおじさんたちの仕事だからね。大丈夫だよ、お仕事はゆっくり一つずつ教えていくからね。分からないことがあったらその都度、聞いてくれたらいいから。ええと、それじゃあシルバーくんは、短期の子になるのかな?」
俺の預かり知らぬところで、サクサクと話が決まっていく。デュースは頼りになるやつだ、と思っている場合ではないな……。楽な方に流されてはいけない。早く、人間界の常識を身につけなければ。……とは言っても、今は厚意に甘える他ないようだが。
「三年くらいしたら引っ越すかもしれないけど、何もなければ、しばらく続ける予定です。ただ、入る時間はだいたい夜勤になるかと……」
「夜勤だけ? 昼間じゃなくて、かい?」
「実はこの人、すごく暑さに弱い体質で……。冬に入れる暖房の風ですら熱中症になって倒れてしまうくらいなので、真昼の暑い太陽の下では、とても歩けないんです。だから、夏の間は冷房の効いてる店内で、冬の間は外で作業させてあげてほしいんです。その代わりに寒さにはめっぽう強いので、仕事に慣れるようだったら冷凍庫とかの作業はいくらでも任せて大丈夫です。それでも倒れたら、僕に連絡お願いします。……ってことなんですけど、大丈夫……ですかね?」
「体質か、大変だね。今はいろいろな病気があるものね~。まあ、大丈夫、ではあるけど……。君は? 彼の友達? 緊急連絡先はお父さんじゃなくていいのかな?」
「あ、僕はえっと……こう見えて成人してるので! 今、ちょっと遠いところにいるシルバーさんのお父さんから、くれぐれも息子をよろしくって頼まれてる保護者代理みたいなものです! なんなら免許証もありますよ!」
「はいはい、なるほどね……。じゃあ必要な書類とかはあとで彼と一緒に書いてもらうとして……よし、それじゃ、シルバーくん」
「はい」
「今からちょっとだけ、おじさんと一緒にお仕事の練習してみようか」
そうして、俺はデュースが傍で見守る中、大きな段ボールを運んだり、商品として並べられた品物を綺麗に揃えたり、数を数えたり、レジという機械で会計処理をすることを店長の指導の元、練習した。
「うん、シルバーくんとても筋がいいね! 教えたことはすぐ覚えられるし、分からないことは素直に聞いてくれるし。ぜひウチで働いてほしいな!」
「ありがとう、そう言ってもらえると助かります」
褒められたので、とりあえず礼を言っておく。その後は、これから一緒に働く人たちだよ、と言って数人の女性を紹介された。
「みんな集まってー。新しく入るバイトの子なんだけどね、バイトが初めてで、ちょっと世間知らずな子らしいから、いろいろ教えてあげて。名前はシルバーくん。シルバーくん、こっちは先に働いてくれてる夜勤のみんな、君の先輩だよ。えーっとね、左から……」
佐藤アケミさん、横尾キノさん、矢口カコさん。名前を呼ばれる度に口々によろしくね、と彼女たちは友好的な挨拶をしてくれた。
「シルバーくんも、ご挨拶しようか」
「ええと……」
こういうときはなんと言うべきだろうか。思うままでいいですよ、とデュースが口をぱくぱくとして伝えてきたので、頷いて口を開いた。
「改めて、俺はシルバーです。こちらの店で、しばらく厄介になることになりました。先に紹介に預かったご令嬢方ともども、頑張っていきたいと思いますので、ご指導ご鞭撻のほどをお願いします」
そうして胸の前に手を当て、頭を下げて敬礼をする。すると、なぜか店員の人々は、一同ぽかんとした顔をしていた。……何か、俺は人間界の礼儀として間違った挨拶をしたのだろうか。
「あっはっは、やだよぉご令嬢なんて! こんなカッコイイ男の子にそんなこと言われちゃみんなビックリしちゃうよ、シルバーくん!」
「そうなのか?」
「そうよそうそう~! ねえ店長!」
「あはは……。まあ、そういうことで、今日は紹介だけなので。出勤日決まったらまた教えます、はい、皆さん仕事場に戻って」
店員の女性たちは散り散りになって、店長と俺とデュースだけが残される。店長はいい挨拶だったよ、と苦笑いして俺の背中を叩いた。そうしてまたバックヤード(店の裏はそういう風に呼ぶらしい。デュースに道中教えてもらった。……そうした単語を知らないだけで、店の裏方とか、そういう場所があるのは知っていた)に戻り、電話番号だのシフト用のアプリ登録だの、煩雑な手続きをデュースに解説されながら済ませ、それじゃあ決まったらアプリから連絡するね、と言って送り出された。
「はは、スピード採用でしたね……。顔合わせ、どうでしたか?」
「……分からない。だが、悪い人たちではないような気がした」
「そうですね。僕もそう思います。そうそう、バイトのシフト決まったら、僕にも教えてくださいね。帰り道は疲れてるかもしれないから、迎えに来ます」
「いいのか?」
「ってか、僕がそうしないと心配なんです。またどこかで倒れてるんじゃないか、って」
月に照らされて困ったように笑うデュースの笑顔に、むずがゆい気持ちになりながら、分かった、と了承の返事をして、二人でまたアパートに戻る。これが、俺のする人間界での暮らしの、本格的な始まりだった。
*
そして、さっそく次の夜から来れるか、と店長に尋ねられたようで、夜、たっぷりと冬の力をもらい、張り切った様子で行ってくる、と握りこぶしに力を入れて、初めての出勤をしていったシルバーさんを見送った僕は今、バイト初日を終えたシルバーさんを迎えに行っている。徒歩で来れる範囲内だから、バイクとかは使わなくてもいいんだが、いろいろな体験をさせてあげたいので、あえて乗ってきてみた。
「で、シルバーさんの様子は……」
せっかくだから少しは働いている様子を見ておくか、と少し早めに迎えに来た。一般の買い物客のフリをして、レジ打ちを任されているらしいシルバーさんの様子を覗き見る。するとそこは……
「シルバーくんこれは分かる!?」
「こっちは!?」
「あっ、何よアタシが教えようと思ったのよ!」
「皆、教育熱心なのだな。ありがたい。だが、一気にだと覚えられない。ひとりずつ順番に教えてもらえるだろうか」
……夜勤のオバちゃんたちのアイドルになってる!! ってか、レジに並んでるお客さんもなんか女の子、多くないか?
「お兄さん研修中なんですか~? 頑張ってくださ~い!」
「ああ、ありがとう」
「この商品はバーコード後ろですよ! 分かりにくいですよね~!」
「詳しいんだな。助かる」
うん、多いよな!? ……思ったよりもなんかうまくやれてるようで良かったけど、思ってるのとは違う方向にうまくやってる。ま、まあいいか。あの外見も、堂々とした態度も、シルバーさんの魅力だ。魅力を武器にするのは自由だもんな。うん。それが自覚的か無自覚かはまあいいとして。
そんなことをしてたら、不審だったのか、店長さんに声をかけられたが、僕だと気づくと、ああ、と合点がいったようだった。
「あ、お兄さん、シルバーくんのお迎えですか?」
「あっ、ハイ。や、まだ時間よりは早いんですけど、様子見ついでに。……ちゃんとやれてますかね?」
「ええ、心配ないですよ。ちょっとモテすぎちゃってて心配ですけど、真面目な子だし、覚えも早いので、安心してます」
「なら良かったです」
「今日はまだ初日ですし、お迎えも来たならもう上がってもらいましょうかね。彼女たちは淋しがるでしょうけど……」
「あはは……」
そして、迎えが来ているよ、と言われたシルバーさんが僕の方を見る。ひら、と手を振ると、嬉しそうに笑った。……その顔でまた、まわりの女性陣が黄色い悲鳴をあげた。うん……。大丈夫かなこのスーパー。僕、何年かごとに拠点を引っ越してるんだけど、そのときにシルバーさんを連れてったら、めちゃくちゃ惜しまれそうだ……。
「デュース。すまない、店長からは上がっていいと言われたが、バックヤードに一度行かなければならない」
「ああ、はい。大丈夫ですよ。バイクの駐車場分かりますか? そこで待ってます」
「分かった」
バックヤードに引っ込むとき、シルバーさんはペコリと敬礼とお辞儀をしていった。……あの動作のせいで、明らかにイイトコの育ちだっていうのバレてるよな。まあ、やけに似合ってるからか、皆ツッコミもしないけど。それでいいのかな、この地域。……まあいっか。案外人間は大雑把なものだしな。
とりあえずシルバーさんを連れ帰らないといけないなと、駐輪場へ向かってメットの用意をした。
……結論。バイクはあまりお気に召さなかったようだ。フルフェイスのヘルメットが、暑苦しかったらしい。口には出さないけど、不満そうな顔をしていた。僕は生前から気に入っているだけに、ちょっと残念だ。しょうがない、今度どこかへ行くときは冷房の効く車に乗せてあげよう……。
それからしばらくして、夜勤のシフトやスーパーへの出勤というシルバーさんにはちょっと似合わない言葉にも馴染みが出てきた頃。夜食(時間帯的には朝食かな? シルバーさんが夜勤から帰ってきたときに、僕も朝食を兼ねて明け方に食べている)のときにされる『今日はスーパーでこんなことがあった報告』で、ちょっと驚くことがあった。
……少し前。シルバーさんを迎えに行ったとき、集合した駐輪場で、向こうからキスをされた。それは、今日は少しだけ外での作業が多かったから、つい、冬の力の緊急補給のようなことをしてしまったのだとシルバーさんは言っていた。それは大変だったなと思って、帰り道に倒れるよりはマシだと思った僕は気にしていなかったのだけれど、それが常連の女の子に見つかってしまっていたらしい。それで、女の子のお客さんたちから質問攻めになったとのことだ。
「それ、なんて答えたんですか……?」
「そのままを答えた。いつもキスとかしてるんですか、と聞かれたから、そうだ、と。あとは何か、盛り上がっていて……よくわからなかった」
「そっかぁ……」
僕あのスーパー行きづらくなったなあ!! タイムセールが安かったんだけど!!
「あとは店長が、『もしも何か嫌なことを無理にされていたらいつでも相談においで』と言っていた」
疑われてるな、僕。そうだよな、保護者的なものですって言っといてそんなことしてたらそう思われるよな~。どう誤解を解こうかな、と頭を悩ませていると、シルバーさんが僕の手を握って言った。
「……大丈夫だ。悩まなくても、俺からちゃんと言っておいた」
「シルバーさん……」
それが一番不安なんだが……。
「ちゃんと、デュースは俺のために色々してくれている人なのだと。あれは俺がやりたくてやったことであって、デュースはそれに付き合ってくれただけだと皆に説明した」
「………………」
僕、なんて思われたんだろうな。うん。まあ、それぞれ勝手に納得してくれてることを祈っとくか。まあ、でも。
「なんか今、すげえ酒飲みたい気分……」
「……缶、冷やすか?」
「なんでそんなとこだけ無駄な気が利くんすか……」
親父殿が酒好きでよく飲んでいたから、と真面目に返すシルバーさんの困り顔に、この人の場合、変に誤魔化すよりも良かったのかもな、と僕はため息をつく。
だんだんマイペースなシルバーさんに振り回されるようになってきたけれど、それも悪くないか、なんて思い始めてしまった気持ちを、僕はそっとまだ見ないフリをした。
*第3話 おしまい
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