*雪の精霊シルバー×死神デュースの人外パロです。
*設定から何からやりたい放題です。なんでも許せる人向け。
*呼び名とかちょっと変わってます
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約束の期日が来て、革のトランクひとつに引っ越しの荷物は詰め込んだ。さあ、再度彼を訪ねよう。
足跡に霜を落としながら、黒と青の薔薇が歓迎する、真っ黒な屋敷へと足を進める。使い魔の雪兎を跳ねさせれば、嬉しそうな顔でそれを歓迎する少年の姿があった。
「ユキ! お前が来たってことは……」
「ああ。約束通り、今日から世話になる」
「はいっ! お待ちしてましたっ!」
少年は雪兎だけでなく、俺のこともにこやかに歓迎してくれる。雪兎のユキに、お前は好きなところで遊んでいていいと許しを出すと、この屋敷の庭を探検することにしたようだった。
「ユキは連れていかないんですか?」
「動く雪兎は、人間の世界にはいないと聞いた。であれば、こちらの世界に置いておいた方がいいだろう」
「分かりました。今の季節は、ユキを連れてくるには向いていませんしね」
人間界は、今は夏らしい。夏というものは、俺も知らないわけではないが、出発前、人間界の夏は、こことは違って相当に暑いものだぞ、お前なんて溶けてしまうかもしれないと親父殿に脅かされた。それくらい、こちらの世界とあちらの世界の夏は違うものらしい。
「それじゃあ、引っ越し始めましょうか。荷物それだけですか?」
「ああ。必要なものは、向こうで都度買い足せと言われた」
「分かりました。じゃあ、早速ですけど……」
パン、とデュースが手を叩き、俺たちは夜の力に包まれる。そして目を開けると、いつか見たアパートの部屋の中に移動していた。
「それじゃあ、部屋の案内しますね」
移動のついでに着替えたのか、人間の服装になっているデュースが言う。いや、気が付けばいつの間にか俺も人間の服装になっていた。
「あ、驚きました? この間、シルバーさんが来てから、ちょっと上の人に修行つけてもらったんです。だから、着替えと移動だけは早くできるようになりました。……だけ、ですけど」
便利でしょ、と言ってデュースは笑う。頑張ったんだな、と褒めたら、へへ、と得意げな顔をした。
それから、俺は一通りの場所を案内してもらう。アパートの中はシンプルで、シャワー、トイレ、キッチン、リビングダイニング、ベッドルーム。必要最低限のものだけがある、そんなシンプルな造りをしていた。
「ベッドは一応入れておきましたけど、気に入らなかったら別のにするんで言ってくださいね」
「ああ」
ベッドルームには、シンプルなセミダブルサイズのベッドが2つ並んでいる。
「……あ、ベッドルーム別の方が良かったですか? すいません、部屋足りなくて」
「問題ない。どっちを使えばいいんだ?」
「こっちの、窓とは反対の方使ってください。荷物置いてもいいですよ」
「分かった」
指示を受け、ベッドの上にトランクを開けて置いておく。見られて困るような、大したものは入っていない。簡単な日用品と、写真やアルバムくらいだ。以前用意してもらったスマートフォンはポケットに入っている。
「他に準備するものは……。そうだな。とりあえず、今日はルームシェアの試運転ってことで。服とか、食べ物とか。買いに行きましょうか」
「承知した」
デュースに連れられるまま、アパレルショップやらスーパーマーケットやらに向かう。どんな服が好きですか、と聞かれたから、風通しがよく涼しいものならなんでもいいと答えておいた。この人に似合う涼しい服いくつか見繕ってください、と頼まれた店員がやけに張り切っていて、人間界の洋服屋の店員は情熱的なのだな、と思った。
スーパーマーケットでは、何か好きな食べ物とか興味のある食べ物はありますか、と聞かれたが、俺は人の食べ物にはあまり詳しくない。よく分からない、冷たい食べ物なら大丈夫だと思う、と答えたら、デュースは、それなら冷やし中華、ざるそば、そうめんあたり……と何か考えていた。
最終的にメニューが決まったようで、辛いものは大丈夫ですか、と聞かれたので、大丈夫だと答えた。冷やし担々麺というものを作るとデュースは言った。……冷やしとついているくらいだから冷たいのだろうか。どんな味がするのだろう。
そんなことを考えていると、普段は何食べてました、と聞かれた。スーパーには見慣れたものを売っているコーナーもあったから、たくさん並んだアイスやかき氷、かちわりの氷を指して、こういうものを食べていたと告げると、じゃあ食べられなかったときのためにそれも買っていきましょうとデュースは言った。
それから、買い物を終え、アパートに帰ろうと歩いているとき。事件は起こった。アパートの近所にある公園に差し掛かったとき、何故だか急に頭がくらりとして、その場で倒れてしまった。
ぼうっとする頭の中、デュースの慌てる声が聞こえる。それでもぼやける視界を瞬かせていると、身体を持ち上げてどこかに運ばれる心地がした。
*
「シルバーさん、大丈夫ですか!?」
とりあえず公園の木陰のベンチに寝かせたけれど、息が苦しそうだし、目元がぼーっとしている。顔が赤いし……。額も暑い。やっぱりこれ、熱中症だよな。平気な顔していたとはいえ、雪の精霊を真夏の炎天下に連れ出せばこうなることくらい分かっただろ、僕の馬鹿、と後悔するが、今はそんなこと言ってられない。
僕のしでかしたことは僕が責任取らないとな、と覚悟をキメて、シルバーさんの唇にくちづけ、ふうっと息を吹き込んだ。
*
……? 急に、身体が楽になった。目の前にはデュースの顔があって、唇に柔らかな感触がする。唇が離れた合間を縫って、デュースに話しかけた。
「デュー、ス?」
「シルバーさん、良かった。身体、楽になりました?」
「ああ。今のは……」
「とりあえず、ここじゃ危ないんで……。帰ってから説明しますね」
そうして俺たちは、アパートへ戻ることになった。アパートへ戻るなり、デュースはパンと手を叩き、部屋全体に何かの力を使ったようだった。部屋の温度が下がり、涼しくて居心地がいい。というより、居心地が良すぎる。これは、俺の身体によく馴染む季節の空気。冬そのものだ。
「これは一体?」
デュースに声をかけると、今説明しますね、でもその前に、とリビングのソファに座ることを勧められた。
「まずはすいません、シルバーさん雪の精霊だって分かってたのに、真夏の炎天下に連れ出しちゃって……」
「俺の身にはさっき、何が起きていたんだ?」
「えーっと、まず、人間界の太陽はとてもエネルギーが強いんです。それで、空気や地面の温度を高く、暑くします。シルバーさんの身体は熱に弱い分、その太陽のエネルギーをもろに食らっちゃったみたいで……人間で言うと、熱中症っていう、身体の水分が減って熱が籠る病気があるんですけど、それみたいな状態になってしまったんだと思います」
「なるほど。暑さによる病気、か。面倒をかけてすまなかった。だが、すぐに楽になった」
「それは、シルバーさんの身体に、直接僕が冬の力を吹き込んだからです」
「冬の力?」
デュースの方を見ると、実は、とデュースは苦笑いをした。
「死神は、副業なんです。僕の場合、そっちがメインみたいになってるけど……。本来は、季節神リドル・ローズハートの従神として、冬の季節の管理みたいなものを担当しています」
他にも、僕と同じようにローズハート様に従ってる下位の神が春、夏、秋とそれぞれ一人ずついますよ、今は夏担当のダイヤモンドさんが絶賛お仕事中です、とデュースは言う。
「そうか。だから、この部屋の空気を冬のようにしたり、俺に冬の力を吹き込むことができたのか」
「はい。そういうこともあって、ドラコニア様とヴァンルージュ様の二柱は僕にシルバーさんを頼んだんじゃないかと思います」
なるほど、合点がいった。俺が元々会ってみたいと言っていたとはいえ、何故、死神に俺の世話を頼んだのかと。冬の季節を担当している神ならば、最適な人選といえる。
「とはいえ、昼間に出かけるのは気を付けた方がいいかもしれないですね。この頃の夏は本当に暑いですし……」
「……そうか?」
「そうか、って。実際倒れてるじゃないですか」
「確かに、夏の太陽は強い。だが、君から冬の力をあらかじめ貰っておけば、長く活動できるのではないか、と思うが」
「えっ? それってつまり……」
デュースはなぜかぎくりとする。何か不都合なことでもあるのだろうか?
「先ほどのように、出かける前に冬の力を多めに吹き込んでもらえば、一日の間くらいは活動できるのではないだろうか」
その方がデュースの行動にも制約がなくていいだろう。俺を常に連れて歩かなければならないとなれば、邪魔なことも出てくる。良い考えだと思うのだが、と告げるが、デュースは何故だか少々渋っていた。
「……シルバーさんはいいんですか?」
「? かまわない。俺がいるせいで、君のすべき行動の邪魔になることはしたくないからな」
「わ、分かりました。でも、本当にそれで大丈夫か、一回試してからにさせてください……」
ということで、もう一度、冬の力を吹き込んでもらってから、本当に長く出かけても大丈夫か、試すことになった。
「じゃ、じゃあ行きますよ」
「ああ」
玄関先で、デュースのくちづけを待つ。ちゅ、と柔らかいものが唇に触れて、ふう、と冬の空気が身体に入ってきて、満たされるのを感じた。
「……よし。これなら大丈夫だろう」
「ほ、本当ですか……?」
「さっそく試してみよう」
俺は再び、デュースと共に外出する。そして、スマートフォンで時間を計りながら過ごしてみたところ、冬の空気をめいっぱいに吸い込んだうえでの炎天下での活動限界は、どうやら最長6時間弱、ということだった。
「スーパーやコンビニなどの、冷房が効いている場所ならもう少し長く過ごせるようだ。アイスや冷たいドリンクなどを適宜摂取することでも回復できる。もちろん、氷水でもかまわない」
「うーん、それくらい過ごせるなら、確かに、夏でもなんとかなる、かも……? 冷却グッズとか氷水入れた水筒とか用意すれば……」
「夜は太陽が沈むはずだ。夜も同じくらい暑いか?」
「昼間よりは涼しいと思いますけど……」
「なら、日が沈む時間から夜にかけてを中心に活動することにしよう。それならいいか?」
「……分かりました! でも、どうしても真っ昼間に出かけなきゃいけないときは、代われる用事なら僕が行きますからね」
「分かった、よろしく頼む」
こうして、出かける前のくちづけが、一番はじめに取り決められた俺とデュースの習慣となった。
それから、また部屋に帰り、夜食として冷やし担々麵というものに舌鼓を打つことになった。味はといえば、冷たくて、辛みがあるのにサッパリしていてうまかった。俺は今までかき氷やアイス、ロックアイスなど、氷のようなものばかり食べてきたが、人間界にいる間くらいはこうしたものを食べてみてもいいかもしれないな、と思った。親父殿にも、お前はもっと食を楽しめ、と言われることもあったしな。これは冷麺という種類の食べ物なのだな、と気に入って食べていると、デュースがぽつりと呟いた。
「僕、本当は、食事を取らなくてもいいんです」
「そうなのか?」
「はい。食事は生きるための行動だから、死を司る死神には必要ないんです。……でも、僕が思うに、食事っていうのは、人間が毎日向き合う生き物の死でもあるから。だから、出来るだけ人と同じように向き合っていたいんです」
「そうか。高い志ゆえの習慣なのだな」
「あはは……。僕は死神の中でも、落ちこぼれっていうか、劣等生な方なんですけどね。魂の素質が強いだけで、実際の能力とか機転みたいなものはからっきしっていうか。だから、まあ、できる努力だけでもしてたいかなって」
そう言って眉を下げて笑うデュースを、励ましたいと思った。
「……俺は、いいと思う。君の努力は、きっといつか実を結ぶ」
「あ……ありがとうございます。そういうわけで、まあ、僕の自己満足みたいなものなんですけど、食事にはお付き合いいただけるとありがたいです。食べられない日とかには、無理はしなくていいので」
「問題ない。俺の方こそ、いろいろなことを体験させてもらえてありがたい」
「なら、良かったです」
そうして二人で初めての食事をゆっくりと取ったあとで、気が付けば、もう時刻は明け方ごろになっていた。
「すまない、眠かっただろう」
「ああ、いえ。僕は眠らなくても平気ですから。ま、たまに休みたいなーって気分のときには寝ることもありますけど」
「そうなのか」
「シルバーさんこそ、眠くなかったですか?」
「今日は、目新しいものがたくさん見られたから、あまり眠くはなかった。それに、魔力があれば長く活動することも可能だ。とはいえ、俺は精霊の中ではよく眠る方みたいだが」
「へえ、どれくらい眠るんですか?」
「……一日一回だな。あとは、気を抜くとたまにうたた寝をすることがある」
「それは……通常の人間と変わらないですね」
でもそれなら、と苦笑いをこぼしたあと、デュースは俺にベッドを勧めた。
「昼間は眠って、夜に外出するサイクルにしましょう。お店とかはあまり見て回れなくなっちゃうけど、それは冬までの楽しみってことで」
「分かった」
「夏特有のお店や文化とかは、テレビとかスマホを使って知っていきましょうね。たまにお土産も買ってきますから」
「ああ」
「それじゃ、おやすみなさい」
「おやすみ」
ひとまず、俺はベッドに横になる。デュースは隣のベッドで鎌の手入れをしたり、くつろいでいるようだった。……そうして、数十分が過ぎた。
「……」
むくり、と俺は上半身を起こす。困った。初日からこんな我侭を言うわけにはいかないのだが……。
「どうしました?」
「……暑い……」
「えっ!?」
……いつも、社の傍にある湖水で寝ていたせいか。シーツが敷かれたベッドが、とても暑くて、寝られそうにない。困ったものだ。
「ええと。風呂場に、水を張ってもいいか?」
「風呂場ですか? いいですけど……、あっ、ちょっと待ってください。軽く綺麗にします」
デュースが何か、洗剤のようなものを風呂場の壁や風呂桶一面にスプレーで振りかけて、シャワーで洗い流す。
「それは?」
「洗剤です。これははざまの世界のやつですね。エペル……、オルトと同じような、友達の神様見習いに、毎日の風呂掃除が面倒でって愚痴ってたら、作ってくれました」
「へえ。薬や洗剤の神様になるのか?」
「……ええと、エペルは……アレ、何の神様になるんだろう……? まだ、何の神を担当するかで上の人と揉めてて、詳しく決まってないみたいなんですけど……。と、とりあえず、薬……も、得意みたいです」
まあともかく、エペル製の洗剤は振りかけるだけでもカビも汚れもとれて効果は抜群ですよ、なのに環境にもいいんです、とデュースは言う。確かに、清潔な環境になったようだ。元々も、毎日掃除していたのだろう、あまり汚れているような雰囲気ではなかったが。
「とりあえず、水は張れると思います。水道からでいいですか?」
「ああ」
蛇口を捻り、風呂桶に半分程度の冷水を張る。こっちのボタンを押したり赤い蛇口をひねると熱いお湯が出てくるから押さないように気を付けてくださいね、とデュースに案内された。なるほど、間違えないように気を付けよう。
「よし、これなら」
「そういえば、風呂場に水張ってどうするんですか? 水風呂でも……って、え!?」
俺が直接湯船に入ると、デュースは驚いた顔をした。服が濡れてしまうと困るから、人間の服装は事前に解除している。スマホもちゃんと外に置いておいた。スマホを持って帰った初日に湖に持ち込んでイデア様に修理依頼をして以来、親父殿から、機械類は水に浸けてはならないと再三口を酸っぱくして言い聞かされてきたからな。
「どうした?」
「コート着たまま水に入ったら、濡れますよ!?」
「問題ない」
水の中から伸ばした手で、デュースの頬に触れる。濡れているか? と尋ねると、あ、濡れてない。いつも通りヒンヤリしてる、とデュースは言った。
「いつも、湖水の中で眠っていた。今日はとりあえず、この水の中で眠ることにする」
「呼吸とか大丈夫なんですか……?」
「問題ない。元々、水で出来ている身体だ」
「見た目のインパクトがすごい……」
でもとりあえずそっちの方が落ち着くなら、とデュースは納得したようだった。
「風呂場を使う用事があったか?」
「基本は一日一回シャワー浴びることにしてますけど、まあ、今日の夜シルバーさんが起きてからでもいいです。汗とかはかかないし、本当に困ったら仕事場……、死神屋敷の方にいったん帰ればいいだけなので」
「分かった」
「それじゃ、何かあったらすぐ呼んでください。僕はベッドルームの方にいると思うので。出かけたらスマホにでも連絡します」
「ああ」
「じゃ、改めて……おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
デュースがバスルームのドアを閉めたのを見送って、水中に身を潜(くぐ)らせる。そうすれば、やがて眠気がやってきた。
*
翌日。ってか、夜。日中の用事や昼間に指示された魂の回収を済ませ、シルバーさんの待つアパートに帰る。
「ただいま」
シルバーさんからの返事はない。まだ風呂場で寝てるのかな、と思ってバスルームを覗くと、そこにはとんでもない光景が広がっていた。
「あれ、いない……!?」
バスタブに張られた氷水はそのままに、シルバーさんの姿形だけがなくなっている。慌てて水を手でさらってみると、氷のような青い縁取りで、シルバーさんの形が作られていった。
「え!?」
「ん……? デュース。帰ったのか。お帰り」
「だ、大丈夫、なんですか?」
「……何の話だ?」
シルバーさんはなんでもなさそうに起き上がり、水から出る。とりあえず今起こったことを話そうと、リビングに集まった。
「シルバーさん、水の中にいるとき、姿が見えませんでしたけど……本当に大丈夫なんですか?」
「……分からない。親父殿に確認してみる」
シルバーさんはスマートフォンを使い、親父さん……つまり、記録の神ヴァンルージュ様だ。あの方に連絡を取ってみている。幸い、返事はすぐに返ってきたようだ。
「問題ない、らしい。元々、俺は水の中に入ると透明になり、姿が見えなくなる特性があるそうだ。親父殿やマレウス様は俺の力を感じ取ってそこにいるのが分かるから、問題にしていなかった、説明を忘れていてすまない……と仰っている」
俺も、自分の身体が水の中で透明になるのを知らなかった、驚かせてすまないとシルバーさんは頭を下げる。
「あ、いえ。大丈夫ならいいんです、はは……。でも、突然消えたのかと思ってビックリしましたよ。水が熱くて溶けちゃったんじゃないかって……」
「そんなことはない。冷たくて気持ち良かった」
「ははっ、なら良かったです」
「デュースの方は、今日何をしていたんだ?」
「ああ、僕の方はちょっとした昼間にしかできない用事と、いくつか仕事を済ませてきただけですね」
このアパートの家賃や水道代、電気代とか払ったりしてきました、人間界の銀行は昼間にしか開いてないので、とか、今日の魂の回収もせいぜい一、二件くらいで、それほど難しいものではなかったです、とか、シルバーさんに今日やってきたことを簡単に説明する。僕からすれば日常を説明してるだけの話ではあるけど、それでもシルバーさんは興味深そうにふんふんと聞いていた。
「僕の昼間はそんなもんですね。それじゃあ、今夜はどこか行ってみます? 行ってみたい場所とかありますか?」
「……行ってみたい場所……」
シルバーさんは首をかしげてしまう。まあ、人間界に来たばっかりだし、どこにどんなものがある、なんてまだ分からないよな。
「なら、君の好きな場所に行ってみたい」
「え、僕の、ですか?」
「ああ。これから暮らしていくにあたって、君のことも知りたいし、人間界のことも知りたい。君の好きな人間界の場所を案内してもらえば、二つのことを同時に知ることができて、一石二鳥だと思う」
僕のことが知りたい、か。なんだかちょっと照れくさくなることを言う人だな。
「分かりました。そういうことなら……」
僕は、シルバーさんを、近所の公園まで連れ出すことにした。
「ここは、公園か?」
「はい。それも、海の近くの公園です。公園の端からは、潮風が匂って、波音を聞くことができます」
「君は、海が好きなのか?」
「まあ、はい。好きっていうよりは、頼りにしてる、って感じですけど。嫌なことがあったとき、むしゃくしゃしたとき。めちゃくちゃ大きな海を見て、嫌な気持ちはそっちに叫んじゃえば、スッキリするじゃないですか」
「なるほど。沈んだ気分を切り替えるためのルーティンなのだな」
「あまり良い話じゃなくて、すいませんけど」
「かまわない。きちんと覚えておく。そうしたら、君の気分が沈んだとき、ここまで迎えにも来れるだろう」
「ははっ、ありがとうございます。優しいですね」
「そうか? 俺は君の方が優しいと思うが」
「えっ? どこら辺がですか……?」
夜の公園で、潮風と波音を聞きながら語り合う。それでも居心地は悪くない。この人とは、なんだか穏やかな時間を過ごせるな、と思った。
「突然転がりこんできた俺を、躊躇なく受け入れて、あれこれ世話を焼いてくれる。嫌な顔ひとつせずに。身体を崩せば、必死になって心配してくれる。俺のために自分の能力を使うことを、ためらわない」
「それは、いろんな人から頼まれたからもあるし……。僕は当たり前のことしかしてないですよ」
「ふっ。当たり前、か」
シルバーさんの手が僕の頬に触れる。
「君のことを知りはじめてから、まだ日は浅いが。君が思うよりも、俺は君にずっと良い印象を抱いている」
「へ……」
「覚えていてほしい」
「ぼ……僕も。悪く思ってないです、シルバーさんのこと」
「そうか、ありがとう」
なんだか照れくさい会話をしているな、と思った。他のやつとだったら、照れくさくてしょうがなくて、絶対こんな風には喋れない。でも、なぜかシルバーさんとだったら、どんなこっ恥ずかしいお喋りでも出来る気がした。
それから夜の街を適当に歩いて、あれはなんだ、と小さな子のように指をさすシルバーさんに、いろいろなことを教えて回った。……さすがにラブホテルのことを聞かれたときは説明に困ったけど。とりあえず、人間の恋人同士が生殖行為をするための場所です、恥ずかしい行為なので隠れてします、そのための施設です、とざっくり説明しておいて、最終的には詳しいことはお義父さんに聞いてくださいとヴァンルージュ様に説明を投げた。こういうことはさすがにご家庭で教育してもらいたい。
ちなみに、食事と同じく僕に生殖行為は必要ない。なんなら、本来は新しい命を誕生させるための行為だから、死神とは無縁というか、真逆の概念でもあるからだ。……まあ、食事と同じで、してもいいけど別にする必要がないって言った方が正しいな。命に向き合う行為ではあるから、僕の考え的には体験してもいいんだろうけど、何より死神を恋人にするような物好きの相手がいないのと、死神になってからはあまりそういう欲が発生してないのも含めて、まあ今は必要ないかな、という判断になっている。え? 生前? ……聞かないでくれ!
そんな風に夜の街探検をしていたら、いつの間にか太陽が昇り始めてしまったから、いったんお家に帰りましょうか、プレゼントもありますし、と言うと、プレゼント、と目をきらきらさせるから、やっぱりなんだか小さな子みたいだな、と可愛く思えてきてしまった。
アパートに帰り、これです、とシルバーさんに大きな抱き枕を渡す。シルバーさんは、これはとてもヒンヤリしている、と喜んだ声をあげた。……まあ、表情はクールだけど。でも結構分かりやすい人だな、となんとなく思った。
「これ、人間界にある涼感クッションっていうやつなんですけど。ちょっと特別に力込めておきました。ずっと狭いお風呂に水張って寝るのもなんなので、この抱き枕があればベッドでも眠れるかなって」
あとベッドのシーツとかも同じように涼感グッズで固めておいたから、昨日より寝心地良くなってるはずですよ、と告げると、本当だ、とシルバーさんはベッドまわりを触って言った。
「ありがとう。……ただ、デュース」
「は、はいっ! なんですか!?」
何か気に障ったことがあったかな、と身構えると、そうじゃない、とシルバーさんは苦笑いをした。
「俺のためにしてくれることは、これからは俺にも相談して、一緒に準備していってくれないか。何もかもあれこれ準備してもらってばかりだと、申し訳がない」
「そ、そっか。そうですよね。すいません。……家具とかの好みもあるだろうし、次からは相談します……」
「問題ない。むしろ、俺のためにいろいろなことをしてくれて、ありがとう」
す、と軽く僕の体をシルバーさんが抱き寄せた。……え!? す、スキンシップの多い人だと思ってたけど、ここまでか!?
「し、シルバーさん?」
「……冷たい」
「へ?」
「やはり、思った通りだ。デュース、君自身も、この抱き枕と同じように冷たい」
「あ、だ、抱き枕……?」
「試しに、ここに寝転がってみてほしい」
「へ、あ、はい……」
言われるがままにシルバーさんのベッドへ寝転がると、シルバーさんは隣に添い寝するように寝転がってくっついてきた。
「……君の隣は、心地がいい」
そうして、とろんとした目蓋を落としてシルバーさんは眠ってしまう。いろんなものに興味を持って、素直だけど、突拍子もない言動がたまにあって。なんていうか……。子猫みたいな人だな、と思った。
思えばシルバーさんが来てから、僕は混乱ばかりだ。出かける前には必ずキスすることになったり(まあ、生命維持活動なら仕方ない……よな?)、気軽に触れられたり、添い寝することになったり。僕のことをなんだと思っているんだか……。
「……誰にでもそうなんですか?」
シルバーさんの寝顔にそんな悪態をつきながらも、僕は不思議とそのどれにも、嫌な心地はしていなかった。
*第2話 おしまい
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