*雪の精霊シルバー×死神デュースの人外パロです。
*設定から何からやりたい放題です。なんでも許せる人向け。
*呼び名とかちょっと変わってます
大丈夫な方はスクロール↓
空に向けた手のひらの上で、ふう、と息を吐く。六花の姿をした氷の結晶が、風と共に宙を舞った。ここには、雪がない。とはいえ、暑いというよりはどこかひんやりとした心地を感じる。悪くない居心地だ。
手元に雪で作った兎を召喚して、先を行かせた。尋ね人が来たことを、屋敷の主に知らせられるように、と。
一歩歩く度に、足跡が地面に霜をつける。パキパキと凍っていく枝や地面を見て、あまり勝手にこれらを凍らせてはいけないだろうかと思案した。
橋を渡る際、池の水鏡をのぞき込む。そこに立っているのは、白とグレーで彩られた、霜の降りたコートを着る、銀髪の青年。一度は命を落としたものの、雪の精霊として生まれ変わることになった俺の姿だ。水鏡はやがて、表面がパキパキと固まっていき、薄い氷の幕を張る。
雪兎の使い魔も先触れとして渡らせたことだし、早く玄関を訪ねよう。
冷たく舗装された石畳の道を歩き進めていくと、やがて、この鬱蒼として静謐な雰囲気に似つかわしくない、やけに明るい声がした。
「なんだお前? 僕に何か用事か? はは、なんだよ懐っこいな、こいつ!」
声のする方へと足を進める。どうやら、屋敷の前に広がる庭園の方に誰かがいるらしい。近づいてみると、黒と青の薔薇が咲き乱れる庭園の中、俺が先触れとして走らせた雪兎と楽しそうに遊んでいる一人の少年がいた。少年は、真っ黒なローブを纏っている。
「それでお前、どこから来たんだ? ひょっとして迷子か? 良くないぞ、こんなところに来たら……」
せっかく可愛いのに、お前も死んじゃうぞ、と少年は言った。俺は、彼に後ろから声をかけた。
「その心配はない」
「うわっ!?」
少年は驚いて、俺を振り向く。どこまでも広がる群青の夜空のような短髪が揺れた。少年と遊んでいたらしい雪兎が、俺の足元へ戻ってきてふんふんと匂いを嗅ぐような動作をする。
「これは、俺の使い魔だ。雪兎のユキだ」
「そ、そうだったのか……、いや、そうだったんですか」
「君は、この屋敷の人か?」
「はい。ええと、でも、こんなところに何か、用事で……?」
怪訝な顔をする少年に、俺は胸に手を当て、敬礼と軽いお辞儀をして自己紹介をする。
「俺の名はシルバー。月の世界の神々の二柱により、この命を貰い受けた、雪の精霊だ。先んじてここを訪ねる旨、手紙を出していたと思うのだが……」
そう言うと少年は慌ててポストを確認しに行った。
「ほ、本当だ! 手紙が来てる!」
「……郵便を確認していなかったのか?」
「仕事の連絡は管理部長からの使い魔が来るし、こんなところにわざわざ手紙を出す物好きなんて、変なのしかいなかったから……」
そうして手紙の内容を確認すると、少年は俺に向き直った。
「えっと、何もないところですが、歓迎します。とりあえず、中にどうぞ」
「ああ。お邪魔する」
そうしてようやく、俺は招いてもらうことができた。――妖の世界の中でも忌み嫌われている、死神の屋敷へと。
応接間のような場所へと通され、千年氷を使った冷たいカフェオレを出される。暖かいものは得意としていないから、ありがたいな。
「それで、シルバーさんがここに来たのは……」
「ああ。他でもない、君たちへの頼みがあってのことだ」
頼みってなんでしょう、と少年は言う。だが、その前に俺は聞きたいことがあった。
「その前に、ひとつだけ。……君のことを聞かせてもらってもいいか? 例えば、名前とか」
「あっ、すいません、僕、名乗りもせずに。僕はデュース・スペード。今代の『死神』の頭です」
「……カシラ? すまない。他のところのシステムには、詳しくなくて」
「えっと……。魂って、一晩一つが死んでいくわけじゃないじゃないですか。死神一人で全部だと手が足らないってんで、似たような魂の素質持った奴で、グループ組んでるんです。そして、それを全部まとめるリーダーが、今の世代では僕だってことです。この顔のスートはそのグループの証で……」
「そうか。若く見えるのに、凄いんだな」
「はは……。魂の資質で選ばれただけですよ。なんでも、『スペード』の資質を持った魂は、死神部門に振り分けられるんだとか。それが一番強い資質を持っていたのが僕だってだけで……まあ、あんまり人気の職業じゃないし、ハズレ枠ではあるんですけどね」
「そうなのか? 俺は、幼い頃からずっと会ってみたかったが。死神に」
「えっ!? なんでまた……死にたかったんですか?」
「いや、そうじゃない……。君が今言った通り、『スペード』の魂を持つものが死神になることは知っていた。それと同時に、スペードの神は、騎士の加護を司るのだと、昔、何かの本で読んだ覚えがある。だから、俺は君に会いたかった」
俺は幼い頃から、俺の命を救ってくれたお二方のため、彼らの騎士のように生きていたいと思っていたから、とデュースに告げる。デュースはあんぐりと口を開け、目を丸くして驚いていた。
「そんな理由で会いに来てくれた人、初めてだ」
「そうなのか?」
「はい。ここへ来るのは、死にたがる人ばかりだから……」
俺は、デュースの頬に指先で触れた。……冷たい。生きとし生けるものが持つ温度を持たない、死の温度だ。だが、俺にはその冷たさが心地いい。
「何度でも言おう。俺は、俺のために……死神に、それもスペードの死神に。つまり君に、会いたかった。ずっと、この時まで。そしてそれは、死を望んでのものではない」
デュースはじっとまっすぐ俺を見つめて、大きな目を少し潤ませた気がした。それから、笑った。とても死神とは思えないような、明るい笑顔で。
「改めて用事、聞かせてもらえますか? 僕、なんでもしますよ!」
デュースは力こぶを作るように、ローブをめくって腕をぐっと見せつける。その、死神らしくない動作に、ふっと思わず笑ってしまった。
「では、話そう――」
そうして俺は、俺がこの死神の屋敷へ来ることになった理由を説明した。
*
目の前に座る雪の精霊――シルバーさんから、詳しい話を聞く。それにしても、雪の精霊なんて言うだけあって、全身が氷のように真っ白で、とても綺麗だ。氷の精霊ってより、なんていうか天使みたいで、こんなところにいるの、似合わないなあ。
そんなシルバーさんの願いは、こんなものだった。しばらく人間界で暮らしたい、だから死神の誰かに助けになってほしい、と。
「人間界で暮らしたい?」
「そうだ。君たち死神は、特殊な神であり、こちら、神々や妖の住むはざまの世界よりも、人間界にいることが多いと聞く」
「それはそうですけど……」
「俺は、人間だったとき。赤子の頃に両親と共に命を落とした。それを見かねた親父殿が、俺のことをこのはざまの世界に連れ帰り、そして、今の主君が俺に『雪の精霊』としての役割を与え、新たな命を吹き込んでくださった。そのことに日々感謝しているし、彼らのためにこの身命を賭す所存だ」
「じゃあ、何故人間界に?」
「……いくつか理由がある。一つは、俺の出自、ルーツを知るため。自分のこと、いわゆる『核』が分からないと、精神が安定しにくく、力のコントロールも難しい。だから、自分のことを知りたい。二つ、親父殿から、修行に出てこいと言われた。しばらく人間界のことを知ってみるのも悪くない、と。そう言われたことだ」
「シルバーさん自身は、どう思ってるんですか?」
「……分からない。正直、本来俺が暮らすべきだった、人間界というものに興味はあるが……。ずっと、こちらの世界で不自由なく暮らしていた。本当に俺ひとりで、親元を離れてやっていけるのかという不安は残っている」
「なるほど。それで、僕たち、人間界に慣れている死神に、こうして白羽の矢が当たったと」
「ああ。急な頼みで、悪いとは思うのだが……」
シルバーさんは不安そうな顔をする。でも、僕にはもう断る気はなかった。……そんな権利もないしな。手紙に書かれていたのは、あの『空亡』とも呼ばれる月の世界の神、マレウス・ドラコニアと、『記録の神』リリア・ヴァンルージュのそうそうたる名前。ちょっとした頼みでさえも断れば、どんな報復が待っているか分からない。例えば、記録の神であるリリア・ヴァンルージュなら、僕の黒歴史を引っ張ってくることくらいたやすいかもしれない。
まあ、シルバーさんの望みを叶えたいのは、そんな後ろ向きな理由だけじゃないが……。人間界の案内くらいなら、僕にもできるだろう。管理部長に許可をもらうことにはなるが、シルバーさんの望みは恐らく叶えられるだろうことを伝えた。
「たぶんですけど、そのお話は通ることになると思います。上の人……、ローズハート管理部長に許可をもらうことにはなりますけど、この二柱の名前があるならきっと通るでしょう」
「良かった。ありがとう」
「ところで、シルバーさん。本当にいいんですか?」
「何がだ?」
「この手紙には、ざっと300年くらい頼むぞ、って書いてありますけど……」
「……親父殿……」
すまない、とシルバーさんは言った。
「親父殿は、最古の記録神と言われるだけあり、長年すべての記録をつけ続けているせいか、時間の感覚が人より大雑把になってしまっていて……。とりあえず、期限については決めない方向で頼む。何かあったら、一時的にでも、すぐにこちらの世界に戻れる形にしてもらえると嬉しい」
「分かりました。それについては大丈夫だと思います、死神でも向こうに常駐するやつと毎日行き来する奴に分かれるので、似たようなことが出来るでしょう」
「ありがたい」
それから僕たちは細かい取り決めを話し合う。
「僕が人間のフリして借りてるアパートなんですけど、隣に空き部屋がなくって。たぶん僕と一緒に住むことになりますけど、いいですか?」
「ああ。問題ない。君は大丈夫なのか?」
「大丈夫ですよ。生きてる頃は母さんと二人暮らしだったし、慣れてます」
「そうか」
大体のことや始める日取りを決めてしまって、日暮れを告げる鐘が鳴る。
「おっと、もうこんな時間か」
「長く邪魔してしまい、すまなかったな」
「いえ。あ、そうだ。ついでだから、下見していきますか?」
「下見?」
「はい。今日はひとつ、仕事があるので。さっそくですけど、試しに人間界に降りてみましょう」
ではお言葉に甘えて、とシルバーさんが言うので、僕は彼を連れて人間界へと降りていくことにした。
「じゃあ、まずは着替えます。人間界に降りても問題ない服装になります。黒いローブの奴はなかなかいないですから」
「そうなのか」
「シルバーさんも、今のコートも格好いいですけど、冬じゃなきゃちょっと目立っちゃいそうですね。ええっと……」
本棚から適当なファッション雑誌を引き抜く。今の季節は夏だから、半袖の服を選べばいいな。
「この辺りかな」
魔法をかけて、涼し気なシャツとパンツを組み合わせた、青と白基調の服をシルバーさんに着せる。自分も続けて似たようなネイビーのマリンスタイルの服に変えて、それじゃあ行きましょうかと言った。
「これが人間界の服……」
「はい。お洒落ですよね。僕の好みとはちょっと違うけど、あんまりハデな……てか、目立つ格好すると上に怒られるので、無難で行きましょう」
それじゃ、手を握っててくださいねとシルバーさんに言うと、シルバーさんは素直に握ってくれた。目を閉じて、行き先を念じる。すると、黒い夜の力が僕たちを包んで、僕らは人間界へと移動した。
「ここは……?」
「成功したみたいですね。僕が住んでるアパートの部屋の中です。外だと移動が目立つので、大抵は部屋の中に移動します」
「そうなのか」
「じゃあ、さっそくターゲットのところに向かいましょう。交通事故で死んだばかりらしいから、たぶんですけど路上にいますね」
玄関から僕が出ていこうとすると、シルバーさんは大人しくついてくる。途中、大家さんに会ってその子は、と聞かれたので、今度からルームシェアすることになるかもしれません、と話を通しておく。大家さんは家を汚さず、騒がず、家賃を払ってくれるならなんでもいいようで、あまり僕たちのことにツッコミはしなかった。
「これからお仕事? アンタいつも夜に出かけていくわね。大変よね、まだ若いのに夜勤のお仕事なんて」
「あはは、まあ、慣れたら楽ですよ。僕夜型ですし。じゃあ、行ってきます」
適当に話を合わせて、夜の街へと歩き出す。シルバーさんも軽く大家さんに会釈して、僕のあとを着いてきた。
「えーっと、今日の指示は……」
スマートフォンのアプリを操作して、回収するべき魂のいる場所を探す。シルバーさんはそんな僕を見て、驚いた顔をした。
「死神は、星の導きと地図を頼りに魂の回収を行っていると聞いたが、その機械がそうなのか?」
「あはは……。だいぶ昔の教えですね、それは。今はスマートフォンっていう、いろいろ便利な機能がついた小型の携帯電話があって、その中にあるアプリってものを使って地図とか指示命令を管理してるんですよ」
「……」
分からないって顔をしているな。仕方ない、仕事が終わったら教えてあげよう。スマホの使い方も分からない若者は今時いないだろうからな。そんな些細なことから、僕らの存在が現世にバレて混乱起こされても困る。そしたらローズハート管理部長に怒られるのは僕だしな、十中八九。
「あとでシルバーさんの分も用意しますから、試しに使ってみてください。そしたらどんなものなのか、なんとなく分かると思います」
「分かった」
シルバーさんにスマホの画面を見せる。
「見てください、これ、地図なんですけど、この辺のことを指してるんですよ。で、僕らが行かなきゃいけないのが、ここ」
「なるほど。大きな紙の地図を広げなくても使える、便利なものなのだな」
「そうなんです」
シルバーさんは呑み込みが早い。由緒正しい歴史ある神様たちに育てられたにしては、考え方も柔軟だ。賢いんだろうな、僕と違って。
「いろいろ教えてくれて、ありがとう。助かる」
「いえ。迷っている人を導くのは、僕らの仕事でもありますから」
それが、どんな道でも。続けた言葉に、シルバーさんは不思議そうに頷いた。
きょろきょろと物珍しそうに街の景色を見回すシルバーさんに、あれはコンビニですよ、便利なお店ですとか、あれは街灯ですよ、ってそれはさすがに分かるか、とか、ひとつひとつ現世のことを教えながら歩き、やがて指示のあった路上と、その付近を漂っている魂を見つける。
「いたいた。アイツだ。じゃあ、ちょっと通行人に見つからないように結界張りますね。シルバーさんはここに立っててください」
「ああ」
両手をパン、と叩いて結界を張る。と言っても人間には見えなくなる程度の簡素なもので、霊力の高い奴には見つかったりもする。(僕がもっとしっかりした死神なら、完全に隠れてやれるんだが……)だから、ここからは手早くやらなきゃならない。
さまよえる魂、とおぼしき不良じみた少年に声をかける。
「そこのお前! 自分が死んだことには、もう気づいてるか?」
「ああ? なんだテメェ? 死んだだのなんだの、何ふざけたこと言ってんだ? テメェが死ねや!」
「……やれやれ、やっぱり気づいてないな。交通事故は即死なことも多いからな……」
「何ごちゃごちゃ言ってやがる!?」
「言って分からねえなら、その身体に直接教えてやる。……出でよ、大鎌!」
大鎌を召喚して、黒いローブに着替える。この姿を見て、ビビらなかった霊はあまりいない。特に、こういうイキがったワルには。
「なっ……、死神!? いったい何の手品だ!?」
「手品じゃねえよ。本物だ。言っただろ、お前はもう死んだんだって。忘れたか? バイクに乗ってスピード出しすぎたお前は、コーナーを曲がり切れず、正面から壁に激突して死んだんだ」
「うっ……!? そんなことは……」
「思い出したか? なら、そろそろ連れていくぞ。……大丈夫、痛くはしねえさ。歯ァ食い縛れ!」
不良少年に向けて、思い切り大鎌を振り下ろす。スパッと音がして、現世との魂の繋がりが切れた。
「よし。もう目を開けていいぞ」
「うわあああ……ああ? あ、あれ? 身体が軽い?」
「だから痛くないって言っただろ。喚いてないでほら、行くぞ」
「い、行くってどこにだよ!?」
「死んだって言っただろ。物分かりの悪い奴だな。人のゴーストが暮らす街、霊界に行くんだよ」
そして僕は聞いてるのか聞いてないのか分からない不良少年に一通りの説明をする。回収した魂はひとまずいったん霊界に連れていくが、その後の行き先が天国や地獄、それ以外に振り分けられるかはその人次第だということ。僕が案内できるのはそこまでだということ。
シルバーさんも死んだ人間の魂の行き先は初めて聞くらしく、僕らの横で興味深そうにしていた。なんだか赤ちゃんみたいになんでも吸収する人だな。雪の精霊って言ってたし、中身もまっさらなんだったりして。……悪いこと教えるヤツがいないように、僕がしっかり見ておかないと。
「じゃ、行くぞ。しっかり掴まってろよ!」
シルバーさんと霊が僕の手首を掴んだ(というより、霊の方はどっか行かないように僕が掴んでおいた)のを確かめてもう一度手を叩き、夜の力に僕たち三人は包まれる。僕たちを覆う黒い闇が晴れたとき、辿り着いたのは霊界の入り口だった。
「シルバーさんは初めて見ますかね。これが霊界の入り口です」
「……赤子のときに一度通ったとは聞いているが、こうして見るのは初めてだな」
「僕も、通ったのは死んだときの一度だけです。……おい、お前。さっきも言ったが、僕が案内できるのはここまでだ。あの門を通ったら、先に受付の窓口があって、待合を過ぎたら担当の係員がいるから、必要書類を書いて指示に従ってくれ」
「そんな役所みたいになってんのか!?」
「行ってみれば分かる! ハラ決めてさっさと行け! あんまりその状態でモタモタしてるとしょうもなく弱っちい悪霊になって魂ごと消滅するぞ! なりてえってんなら話は別だがな!」
「それを早く言えよ!」
回収した魂がおずおずと霊界の門を通り過ぎていくのを見て、お仕事終了ですね、とシルバーさんに笑いかける。俺は邪魔にはなっていなかっただろうか、というシルバーさんに、僕は事情を説明した。
「大丈夫ですよ。僕のところに回ってくるのは、ああいうワルの霊の回収仕事だけなんです。普通の人の魂は舎弟……っとと、グループの他の奴でも出来ますし。今日は手が出てこないだけ、大人しい方の霊でしたしね」
「そうなのか」
「危ないヤツだと、刃物や霊力を振り回してるようなのもいますからね。そんなのに当たらなくて良かったです。あ、そうだ。スマホ使ってみたいって言ってましたよね。僕らの使ってるのはちょっと特別なヤツなんで、現世では契約できないですから、ちょっと特別なところまで行きましょう。つっても、この近くですけど」
「特別なところ?」
シルバーさんを案内しながら、僕は霊界の門の隣の道をずんずんと歩いて行く。その突き当りには、工房がある。今風に言うと、アトリエか?
「はい。霊界の門、の横を通り過ぎたところに、謎の工房を構えている、変わり者の神サマ……シュラウド様の、作業場です」
ピンポン、とチャイムを鳴らすと、はーい、と明るい声がする。
「オルト。お兄さんはいるか? 頼みたい用事があるんだ」
『いるよ! 今開けるね!』
アトリエのシャッターが開けられ、中へ入る。するとその奥には、ゴーグルをつけて何らかの機械を作る作業をしている、やけに工具油に塗れた神様の姿があった。
「何? デュース氏? 拙者今忙しいんだけど……」
「お久しぶりです、シュラウド様。お忙しいところ恐縮ですが、頼みがあって参りました」
お互い堅苦しいのが得意じゃないのは分かっているが、まわりに見つかるとうるさいので一応それっぽい敬語を適当に使っておく。
「はい、なんでござるか……。細かい口上はいいから本題に入ってくれる? またリドル教官からの無茶ぶりじゃないよね?」
「現世とこっちで使えるスマホを1台追加してほしいんです。死神アプリ入れる仕様じゃなくていいので」
「え? それくらいなら予備のがあるから勝手に持っていけばいいけど……あー、でも初期設定と管理くらいはしとかなきゃ怒られるか。誰が使うの?」
「それは、こっちの……」
「俺だ」
シルバーさんが前に出て、自己紹介をする。あ、そういえば服戻してあげてなかったな。
「服戻しますね」
人間界の服装から、元のコートに戻す。うん、やっぱりこっちのが似合ってるな。白とグレーのコートが銀髪にすごく映える。
「ああ。……俺の名はシルバー。見ての通り、月の神マレウス・ドラコニアの眷属たる雪の精霊であり……記録神リリア・ヴァンルージュの義息だ」
「今なんつった? は? マレウス氏とリリア氏?」
「そう言った」
シュラウド様は頭を抱えると、僕をちょいちょいと呼び寄せた。
「あのさあ……。とんでもない大物連れてくるなら事前に言ってくれん!?」
「本人たちじゃないから大丈夫かなって……」
「はあ~絶対断れない依頼じゃん……。まあ、スマホ1台くらいならどうにでもなるけどさ……ちょっと待っててくれる? そういうことなら絶対に僕にとって必要な仕様とアプリ入れて改造するから……」
「結構かかりますか?」
「まあ、20分もかからないよ。その間、オルト、何かソフトドリンクでも出したげて」
「りょうかーい!」
シュラウド様が奥に引っ込んで、オルトが代わりに出てくる。何の飲み物でもあるよ、と告げるオルトに、シルバーさんは、なら氷水はあるかと尋ねた。
「好きなんですか?」
「飲み物は冷たければ冷たくて、透明なほどいい。目が覚める。コーヒーも嫌いではないが、飲むとたまに爪が黒くなってしまう」
「そうなんですね」
僕はアイスカフェラテ、とオルトに頼む。オルトはニコニコしながら僕たちに冷えたドリンクを持ってきてくれた。
「オルト、と言ったか。君も神の一柱なのか?」
「うん、そうだよ。でも、僕は神様としては新米なんだ。機械という文明が生まれ始めた頃、機械の神様として、兄さんにこの身体を作ってもらったから」
だからデュースさんと偉さでは同じくらい! お友達なんだ! とオルトは言う。確かに僕からしてもオルトは僕の後輩でもあり、友達の神様って感じだ。
「正確に言えば、オルトだって死神よりは上位の神様なんですけどね。この世界じゃ死神は、神と呼ばれる中でも一番下位だから。でも、オルトが気さくに接してくれるので、甘えちゃってます。……ついでにいえば、月の神の眷属であるシルバーさんよりも、たぶん僕の方が神格は下ですしね。オルトはどうかな……」
「うーん……。マレウスさんの眷属なら、たぶん僕よりも神格が上かもね」
「そう、なのか。俺としては、少し力が強い以外、その辺りの精霊とあまり意識は変わらないのだが……」
「まあ、近年だとあまり神格を鼻にかけないというか、囚われない神様も多いです。シュラウド様なんかその筆頭だし。むしろ仰々しく扱われると驚いて引くことがありますね、あの方は」
「なるほど。気さくな神様なのだな」
そんなこんなで盛り上がっていると、やがてシュラウド様が姿を現す。
「なんでよりによって僕の話で盛り上がってるのさ……。はい、出来たよ。シルバー氏用のスマホ。操作説明のついでに初期設定だけここでしていきなよ」
「分かった」
シルバーさんは言われた通り、名前や現住所、霊界における生年月日や種族名などを入力していく。最初はたどたどしくタップしていたが、コツを掴んでからはスイスイと文字を入力して、その便利さに驚いていた。だけど、種族名でつまずいてしまったようだ。
「父とマレウス様には雪の精霊としか言われていないが、ジャックフロストだの、スノーマンだの、時に好き勝手な呼び名で呼ばれることがある。どれにすればいいんだ?」
「あー、それは雪の精霊みたいな大雑把な分類の名前でいいよ。なんかあったとき、たとえば救急車とか呼んだときの治療用のざっくりした方針決めるものだし。僕らにとって名前がいくつもある、なんてのは普通だしね。僕やオルトも区別せず暗号神だのエニグマだの呼ばれることありますな~! ……分かりやすいところでは、君のお義父さんも記録の神の他にいろいろ呼ばれてるでしょ。倶生神とか、アカシックレコードとか」
「なるほど、ああいったものなのか。確かに、父の呼び名はいろいろあるな。今言われた他にも、ヴァンパイアなどとも。俺にも同じように、人間の視点からいくつもの名前がつけられているということか。……理屈と情報の用途は分かった。確かに、緊急時に身体が冷えていると言って熱湯などをかけられては困るからな」
シュラウド様の説明で納得するシルバーさんとは裏腹に、オルトは不思議な顔だ。
「倶生神とアカシックレコードは記録の神様として分かるけど、なんでヴァンパイアもリリアさんの呼び名になっているのかな? ひとつだけ毛色が違いすぎるよ……」
「それは、父に聞いたことがある。昔、人々の記録をつけるため人間界に度々降りていたら、長生きしたものに姿や特徴を覚えられて、変わらない姿を怪しまれ、吸血鬼だと呼ばれてしまうようになったらしい。本人が言うには、ただ好物のトマトジュースをワイングラスで格好つけて飲んでいただけだそうだが、若き生娘の生き血を啜って若さを保っているものと勘違いされたとか」
「は~、そうだったんだ。リリア氏じゃないならいないじゃんと思ってたんだよね、吸血鬼。じゃ、人間界に広がる吸血鬼伝説はリリア氏の仕業ってこと? 人間たちの妄想力逞しいエピソードですな~。お陰でフィクションは潤ってるから助かるけどね。でも元ネタが知り合いかあ……」
シルバーさんはやっぱり呑み込みが早く、そんな雑談をしてるうち、あっという間にスマホの操作を覚えてしまった。
「そういえば、父もこのようなものを持っていた気がする」
「ああ、うん。リリア氏もスマホ持ってますな。あらかじめ連絡先は登録しておいたよ。もしこの先、君関連の人……たとえばマレウス氏とかがスマホ持つようになったら、自動で番号とかいろいろ登録できるようにしといてあげるよ。……それくらいサービスしとかないとなんかあったとき僕がどんな目に遭うか分からんし(小声)」
「そうか。それがあれば、親父殿たちといつでも話せるのだな。助かる」
それから、これから一緒に暮らすなら、と僕(と、ついでにオルト)の電話番号や連絡先も登録して、チャットアプリの練習をして、シュラウド様のアトリエを後にした。
「シュラウド様、親切な神様だったな」
「でしょう? なんだかんだ面倒見いいんですよ、シュラウド様は」
一緒に暮らし始めたら、こんな風にたまに人間界だけじゃなく霊界も案内して歩いてみるのも悪くないかもな、と僕が言うと、そうだな、時間はこれからたっぷりある、とシルバーさんはうなずいた。
「それじゃあ、シルバーさん。今日は準備と下見だけですけど、僕、楽しみに待ってますから。荷物まとまって、引っ越しの日が決まったら、教えてくださいね」
「ああ。俺も、楽しみにしている。これからのことを」
これが死神である僕と、雪の精霊であるシルバーさんの、これから長く永く続いていく日々の始まりだった。
*第1話 おしまい
※コメントは最大1500文字、10回まで送信できます