relations

※シルデュにシルデュ以外の恋愛描写(キスやハグなど)があります。
※モブ女性が最初から最後までかなり出張り、喋ります。

以上大丈夫な方はスクロール↓

 

 

「ねえ、キスしてよ」
「……ああ」
 そうしてシルバー先輩はキスを落とした。僕の知らない、女の人に。
 目の前の光景にずきりと胸が痛んで、その場から逃げ出したくなる。僕は、音を立てないように後ずさって、その場から走って逃げだそうとした。
 一度だけ振り向いたら、シルバー先輩が、その女の人の背中を抱き寄せているのが見えて、もう一度、胸が痛んだ。
 ……僕は走った。学園まで、走った。滲む涙を、道端に放り捨てながら、学園まで、走って帰った。

 僕は、シルバー先輩のことが好きだ。でも、先輩には、もう彼女がいる。
 ……当たり前だ。あんなに格好いい人なんだから、僕だって憧れてるくらいの先輩なんだから、誰だって好きだ、あんな人。
 付き合ったきっかけは事故みたいなものだったらしいけど、でも、先輩は彼女のことを大切にしている。ちゃんと、愛してる。
 だから、僕のこの想いは、叶うことがない。もう、叶うことがないんだ。
 どれだけ隣にいてほしくても、傍にいるのが僕であって欲しくても、彼女のことをその座から蹴落としちまいたくても、ダメなんだ。
 先輩が、きっとそれを望んでいないから。

 僕は寮の四人部屋に帰って、ベッドにうつ伏せになって泣いた。まだ皆出かけてて、誰もいなかったから、良かった。存分に、泣くことができた。
 これならきっと、そのうち僕の気持ちも晴れてくれる、よな。晴れてくれる、そのはずだ。

 風が、びゅうと吹いている。先ほどまで、目の前の女性とくちづけていた。抱き寄せた身体は、やんわりと手で押し返された。それで、腕を離すと、「やっぱり」と彼女は笑った。
 何がやっぱり、なのか俺には分からず、彼女に尋ねた。彼女は答えを教えてはくれない。ただ、俺に向かって、言うんだ。
「シルバーくん、私のこと好きじゃないでしょ」
「そんなことはない。ちゃんと、大切にしたいと願っている」
「……そういうことじゃない。そういうことじゃないんだよ」
「一体、何が君を不安にさせているんだ。この交際も、俺から申し出たものだ。それなのに――」
 彼女は俺の方を向かず、言った。
「……嫁入り前の女性の唇を奪ってしまった責任は取る、だったっけ? 付き合った理由って」
「ああ……そう、だ」
 彼女との出会いは、以前、麓の街へ買い出しに行ったときにまで遡る。それが植木鉢だったのか、ガラス張りの水槽だったのか、落ちてきたものをろくに覚えてはいないが、それが落ちてきたとき、咄嗟に目の前にいた女性を庇って押し倒した。そのときに、誤って唇を奪ってしまい、その責任を取るため、俺から交際を申し込んだのだ。
 彼女は、それを良しとした。だから、俺たちは今こうしている。交際を始めてから、彼女が望むものは、なんでも与えてきた。プレゼントも、くちづけも、愛の言葉でさえも。だというのに。何故、今、俺の目の前にいる彼女は、不安でいるのだろうか。
「シルバーくんが私の我侭を全部聞いてくれるのはさ、どうして?」
「それは……」
「私のことが、好きだから? それとも――」
 ただの責任感? 問い詰めるような口調で、彼女は俺を責める。……いや、責められている、と感じるのは、俺の心に、疚しいところがあるから、なのか。
「……すまない」
「すまない、か。そっか。嘘でも、好きだからとは言えないんだね」
「それでも、今はそうだとしても、いつか必ず、愛せるように――!」
「……無理だよ。シルバーくんには」
 それから、彼女は言うんだ。
「今までありがとう。別れよっか。私、もう君のこと待ってられない」
 俺のことはいらない、と。

 シルバー先輩が彼女にフラれたと、風の噂で聞いた。僕はそれを聞いて、ホッとした、なんてことはなくて。何故か、なんでだか、少し淋しかった。
 もう先輩が彼女のものになることはないけれど、でも、他の誰かのものになるような可能性なんて変わってないワケで。そして、それが僕になる確率なんてあり得ないわけで。だったら、先輩がこの人と決めて愛した最初の人と幸せになってほしかったな、なんて思ってたりする。
 何よりも、先輩悲しんでないかな、とか。そう思ってる。だって、付き合ってほしいって言ったのは先輩からだって聞いた。……先輩自身の口から、直接。
 顔に出にくい人だから分からないけど、彼女さんの話をするときは、きっと喜んでいた、んだと思う。……たぶん、さ。
 ていうか、絶対そうだろ。先輩、彼女の……自分で大切にするって決めた人の話するときに、暖かい気持ちで話さないような人じゃないからな。
 そうだろ? なあ、僕。だから、もう、一縷の望みなんか、持つのはやめてくれ。
 『次は僕を選んでくれるかも』なんて、万に一つもあり得ない可能性だ。それに何より、今悲しんでいる先輩と彼女さんに、失礼だ。だから、そんなことを考えるのはやめろ。そう、思っていたのに。
「なんで、ですか?」
「……今、言った通りだ」
「どうして、そうなっちゃったんですか」
「お前に、話すことではない」
 シルバー先輩からの、ハッキリした拒絶の言葉。先輩は、こう言ったんだ。
『俺はもう、二度と恋はしないと決めたんだ』
 僕は先輩に向けて、食い下がる。
「そんなこと、良くないですよ! 先輩、前に言ってたじゃないですか。いつか、可愛いお嫁さんもらって、子どもを授かって、自分だけの家族を作るのが夢なんだ、って! それで、可愛い初孫の顔を親父さんに見せてあげるんだって、言ってたじゃないですか……!!」
 それは、僕がシルバー先輩のことを諦めた、一番の理由。先輩に好きな人がいること、それ以上に。先輩の夢は、男の僕では叶えられないから。だから、諦めた。なのに、どうして。先輩自身が、その夢を簡単に諦めてるんだ。
「こんな風に言っちゃアレですけど、たった一回フラれたくらいで、全部諦めるなんて、早すぎますよ! 先輩なら、他にもいくらだっていい人見つかるし……!」
「……」
 先輩は、沈黙のあと、こう言った。
「それは、お前が俺を好きだから言っているのか?」
「……え?」
「彼女の後釜でも、狙っているのか?」
「何、言ってるんですか」
 先輩の言葉は、図星だ。僕は、先輩のことが好きだ。でも、違う。けして、後釜を狙ってるワケじゃない。ただ、幸せになって夢をつかんでほしい、それだけなのに。
「だとしても、俺はかまわない。もう、誰とも恋をしないと決めたんだ。お前と恋人だと言っておけば、煩わしいやり取りも減るかもしれないな」
 どうして先輩がそんなことを言うのか、分からなかった。だから、僕は……先輩を、殴った。思い切り。
「……馬鹿にすんなよ、誰がそんなお情けで……!!」
 先輩は、何もしてこない。防御も何もせず、殴られたままだ。
「そうだよ、俺は確かにアンタのことが好きだよ! ……でもな、それはこんな情けないアンタじゃない、夢のためなら、なんだってする、渋くて格好いいアンタのことだ!! 俺を見ろよ、シルバー!! 俺は、俺じゃなくてもいい、アンタに、ただ、幸せになってもらいたい、だけ、だったのに……」
 こぶしを降ろして、涙がポロポロと落ちる。悔しくて、情けなくて、たまらない。
「言いたいことは、それだけだな」
 シルバー先輩は、殴られた頬をぐいと腕で拭うと、その場を立ち去ってしまった。

 ……
 ………
 …………
 デュースを、泣かせてしまった。
 だけど。俺は、アイツの気持ちに報いることが、できない。それにはいくつかの理由がある。
 まず、俺は、アイツのことが好きだ。同じ気持ちを、持っている。だからと言って、次から次へとホイホイ乗り換えたりできるものか。
 俺は、付き合っていた彼女に言われた。「他に好きな子がいるんでしょう」と。そのとき、すぐにアイツの顔が浮かんだ。
 ……いつか忘れられると思ったんだ。大切にしていれば、心も引っ張られると。その通り、彼女だっていくらかは大切にできた。
 だけど、彼女はその俺の嘘を良しとしなかった。偽りの愛で接されるのは辛いことだから強いてくれるなと、俺にハッキリと言った。
 俺を、ひどい男だと言った。
 俺は、彼女を長らく、愛していないまま愛して、傷つけておきながら、俺だけのうのうと幸せになることが許せなかった。

 次に、デュースが俺のことを好きなことには、気づいていた。だけど、俺もデュースも、男同士だ。そのことに、ショックを受けなかったわけではない。デュースが言った通り、俺は、この気持ちを自覚するまでは、どうにか嫁でも取って、子を成して、家族を作りたいと夢見ていたから。
 ……なのに、それを叶えられない身体であるデュースのことを、好きになってしまった。それは俺に、街で偶然にも出会った女性に交際を申し込ませるほどのショックを与えていた。
 俺は、デュースのことを、……家族の夢を諦めることを、きっと受け入れられない。だから。だから、忘れたかった。遠ざけた。傷つけた。
 デュースのことを、傷つけた。彼女のことを、傷つけた。これでよく分かった。俺は、他人を不幸にする人間なのだ。
 俺は金輪際、色恋沙汰に関わってはいけないのだ。だから、これでいいんだ。デュースを、彼女を。これ以上、傷つける前に、俺が悪役になれば。

 それでいいんだ。

 

 と、思っていた矢先のこと。彼女に、再び呼び出された。
「何か、あったのか?」
 俺が尋ねると、彼女は言った。
「私、あの子……デュースくんと、付き合うことになったから」
 俺は、動揺した。何故、彼女がデュースと? ……だが、これは俺には願ってもないことだ。俺が傷つけてしまった二人が、今度こそやり直して幸せになってくれるなら、これ以上のことはない。
「そうか。おめでとう」
「本当にそう思ってる?」
「思わないはずがない。俺は、君を傷つけた。だが、君がその傷を癒し、他の誰かと道を歩んでくれるなら、言うことはない。それがデュース相手だというのなら、尚更だ。アイツは、信頼できる男だ」
「……そう」
 彼女は溜息をついて、それから言った。
「私、あの子のことを愛してない。あの子も、私のことを好きじゃない。それでも?」
「……何?」
「知ってるでしょ。あの子も私も、君に振られたの。その傷を舐め合って生きてくの。お互い、愛することはなく、わずかに嫌い合って、それでも一緒にいるの」
「それは良くない。誰も、幸せにならない行いだ」
「私と君みたいに?」
 俺は言葉に詰まった。確かに、愛のない交際は、良い結果を招かなかった。それが俺のやらかしたことである以上、何も言えない。
「でも、別にいいでしょ。君にはもう、関係のないことだもん。あの子のことも、私のことも」
 自分でそうしたんでしょう、と彼女は責めるように俺を睨む。
「待ってくれ。それは、どっちから言い出したんだ?」
「私」
「……何が、目的だ? 俺に、仕返しをしたいのか? だったら、頼む。謝罪が足りなかったのなら、何度でもする。だから……どうか、そうした、破滅的な行いは、やめてくれないか」
「俺のデュースをそんなことに巻き込まないでくれ、ってハッキリと言ったら?」
「なっ……」
「そしたら、やめてあげる」
 彼女は俺の目をまっすぐ見ている。だけど、俺は。傷つけてしまった彼女の前で、そんなことを。
「……だが。俺は、俺には、そんなことを、言う資格など……」
「私に、遠慮してるの?」
「……」
 頬を張り飛ばされた。……以前、デュースに張り飛ばされたのと、同じ方の頬だ。
「馬鹿にしないでよ! 私が、何のためにここに立ってると思ってるの!!」
「仕返しのため、じゃない、のか? 殴って気が済むのなら、そのように……」
「本当に、私に興味がなかったんだね。……私だって、命を救われたら、恩返しくらいしたいよ。だから、振ったの。本当に好きな子と付き合った方がいいって思ったから。でも、君、本当に好きだった子……、デュースくんを振ったんでしょう。付き合うことになったなんて、ウソだよ。あの子はまだ誰のものでもない。今なら、まだ取り返しがつく。行きなさい。私に悪いと思う気持ちがあるのなら、今すぐ行って、謝って、やり直してきて」
「……」
「何よ」
「いや、すまない。……俺はきっと、大きな魚を逃がしたんだろうな」
「馬鹿言わないで。私、君みたいな男は二度とゴメン。次は君の百倍いい男捕まえて自慢してやるから……さっさと行きな!」
「恩に着る!」
 それから、俺は走りだした。学園へ向かって、デュースの元へ行こう。傷つけてしまったことを、謝ろう。叶わない夢のことは……あとで、考えよう。
 今はただ、素直に気持ちを伝えたい。彼女の誠実に、報いるためにも。そう思ったから。

 

「デュース!」
「シルバー先輩!?」
 ハーツラビュルの薔薇の迷路でデュースを見つけて、まわりに別の生徒がいるのもかまわず、抱きしめた。
「以前、酷いことを言ってしまって、すまなかった。お前をきっと、混乱させてしまうと思うが……改めて言いたい」
「え、な、何、何が!?」
「お前のことが、好きだ。……本当に好きだ。今まで言えなかった事情は、誠心誠意説明する。どうか、この想いを受け入れてくれないだろうか」
「か、彼女さんは……?」
「もう、二回もフラれている。俺のような男は御免だそうだ」
 そう告げると、デュースはムッとした。
「……僕は二番手の後釜ですか?」
「違う、そうじゃない……。ええと、なんというか。今、事情を説明する」
 そうして俺は、しどろもどろになりながら、俺のやってきたこと、考えてきたことを説明した。
 本当は初めからデュースのことが好きだったこと。だけど、それが男同士であることにショックを受けて、彼女に交際を申し込んだこと。デュースと彼女を傷つけてしまった理由。彼女にそれをすべて見抜かれてしまい、背中を押されてここへ戻ってきたこと。
「……だから。今さら惜しくなったとか、そういうことではないんだ。もちろん、こんな情けない男をお前が選ばない自由はあると思う。だけど、それでも、伝えるだけは伝えたかったんだ」
 お前と彼女にそれぞれ殴られて、目が覚めたから、とそう言えば、デュースは、あの人、と呟いた。
「……本当に、僕でいいんですか?」
「お前がいい」
 デュースのことをもう一度ぎゅっと抱きしめると、デュースは目を閉じた。くちづけを与えると、本当に、とデュースは目を潤ませて唇に手を触れさせた。
「……彼女さん……いえ、もう、元彼女さん、ですね。あの人、僕に、会いに来ました。先輩に、恩返ししたいからってのと、どんな子が好きなのか、見たかったって言って」
「そう、だったのか」
「こんな可愛い子なら、付き合うのこっちが良かったかも、とか言ってましたよ」
「……うっかりすると、お前を取られそうだな」
「もう一度、ご挨拶、させてくださいね。あの人にも」
「ああ。……約束しよう。向こうが、俺より百倍いい男を捕まえた頃にでも」
「きっと、すぐですよ。いい人でしたから……」
 そのままデュースのことを抱きしめていると、急にぐいと後ろから襟首を引かれた。振り向くと、そこにはリドルが立っていた。
「シルバー。ロマンスは結構だけど、うちのトランプ兵は薔薇に色を塗る仕事中なんだ。邪魔をするのもそこまでにしてくれるかな?」
「ああ、すまなかった」
 リドルに促され、俺はハーツラビュル寮を退出する。デュースに、またあとで、と挨拶をすると、はい、とようやく笑ってくれた。
 ……ああ、なんて遠回りをしてしまったんだろう。俺はいろいろ、やたらごちゃごちゃと頭で考えて――ただ、この笑顔が見られれば満足だったという単純なことにさえ、気づけてやしなかったんだな。

 

 それから数日後。俺たちは麓の街の喫茶店で、改めて彼女と話をしていた。
「それで、いい男はいたのか?」
「うーん、ダメね。デュースくんくれない?」
「ダメだ。コイツはやらない。他を当たってくれ」
「二人とも……」
 呆れ顔のデュースをよそに、俺たちはデュースをからかうように冗談を言い合う。元々交際していた女性と、今交際している俺とデュース。一見すると不思議な組み合わせかもしれないが、俺たちの間に悪い空気は流れていなかった。
「そんなに焦らなくても、きっとすぐいい人見つかりますよ。き、綺麗な人なんだし……」
「そう~? なんならデュースくんのお友達紹介してくれてもいいんだよ?」
「えっ、うーん、アイツらかあ。大丈夫、かな……?」
 それはきっと、彼女とデュースの関係がまるで姉と弟のようで、悪くないからなのだろう。二人の関係が良いことは、俺にとってもありがたいことだ。
「ま、二人とも元気そうで良かった! それじゃあまた遊ぼうね!」
 そうして、元恋人となった彼女は鮮やかに、そして爽やかに去っていく。そういうところはどこかデュースに似ていて、結局俺は面影を追っていたのだなと馬鹿だなと自分を改めて笑った。
「それじゃあ、デュース。彼女も帰ってしまったし、俺たちはデートとでも洒落込むか?」
「いいんですか?」
「ああ。写真でも送って、また自慢してやろう」
 こうして、彼女は悪友に。後輩は恋人にと、俺の周囲は関係を変えた。それでも、以前よりずっと、淀まない良い風が流れていると、俺の肌は今日、今の瞬間も感じている。

*おしまい

送信中です

×

※コメントは最大1500文字、10回まで送信できます

送信中です送信しました!