猿夢奇譚

*注意書き
・本作品は、2ch発祥の洒落にならない怖い話「猿夢」(参照:Wikipedia)を舞台にしたなんちゃってホラーです。
・【※ネタバレ】元ネタは読むと取り返しのつかない類のホラーなので、苦手な方は元ネタの検索をお控えください。
・とはいえ、元ネタより怖くないです。
・シルデュ恋人設定(付き合ってる設定)です。
・7章の重大なネタバレ(シルバーのユニーク魔法など)があります。
・ホラー作品のため、流血・暴力、あるいは猟奇的表現(微グロ)があります。
・キャラクターが怪異に追い詰められたり、ひどい目に遭う描写があります。
・後味は悪いかもしれませんので、ハッピーエンドがお好みの方はご注意ください。

以上すべて大丈夫な方はスクロール↓

 

 ――おかしな夢を見た。僕は、気が付いたら知らない駅のホームにいて、そこで一人、電車を待っていた。そして、僕はすぐに、それが夢の中だということに気づいた。いつもなら夢の中にいるなんて気づいたりしないし、そもそも夢なんか見ないほど熟睡してることが多いのに、おかしなものだ。
 とりあえず電車を待てばいいんだよな、と思って(今思うと、何故、そこで僕がそう思っていたのか分からない、気持ちを引っ張られていたんだろうか?)、ホームのベンチに座っていると、慌てたような、焦ったような、とにかくただごとじゃない男の人の声でアナウンスが流れた。
『今から来る電車に乗ると、酷い目に遭うぞ! とにかく乗るな、すぐに逃げろ!』
 だけど、それからすぐに電車はホームに滑りこんできて、僕はそのアナウンスを聞いていたのに、そのやってきた電車に、当たり前みたいに乗り込んでしまったんだ。
 その電車は、普通の電車というよりも、いわゆる遊園地にあるような屋根のないお猿さんの電車で、車掌席には玩具の猿が座って運転していた。そこに続く座席には、顔色の悪い男の人と女の人が一列に座っていて、僕は後ろから3番目の席に乗り込んだ。
 そうしたら電車はすぐに動き出して、ホームを出てからすぐ、紫っぽい変な色の明かりが照らすトンネルへ入っていったんだ。

 トンネルに入ると、アナウンスが流れた。

「次は活けづくり~活けづくりです」

 それからすぐ後に、男の人のものらしい低い声の悲鳴が聞こえた。思わず悲鳴が上がったほうに振り向くと、電車の一番後ろに座っていた男の人の周りに、四人……四匹? 四体の、ぼろきれのような物をまとった小さい人っぽい生き物(猿? みたいな生き物だ。あれが何かは、僕には分からない)が群がっていて、それで、男の人の身体の下半分は、本当に魚の活けづくりみたいになってた。
 なんだこれ、ヤバい夢だ、って思って、慌てて隣に座っていた女の人を見たら、その人の顔は死んだように無表情で、僕はまた驚いて、血の匂いやつんざく悲鳴のあまりにリアルな感覚に、これは本当に夢なのか、って疑い始めた。そのうちにだんだん怖くなってきて、もうちょっとだけ様子を見たら、もうこんな夢からは目を覚ましちまおうと考えた。

 そうしているうちに、またアナウンスが流れた。

「次はえぐり出し~えぐり出しです」

 アナウンスが流れるやいなや、今度は二体の猿っぽい生き物が僕の隣に座っていた女の人の目を、ぎざぎざしたスプーンみたいな物でえぐり出し始めて、やっぱり隣からは喘ぐような悲鳴が聞こえた。僕はもう、とっととここで電車を降りちまおう、それがいい、と思った。……けど。ふと、僕にはどんなアナウンスが流れるのかな、って気になってしまった。気になった瞬間、次のアナウンスが流れた。

「次は挽肉~挽肉です~」

 アナウンスが聞こえた瞬間、僕はもう、夢から早く覚めようと目を閉じて必死に祈っていた。そうしたら、ふと膝が重くなった。思わず目を開けると、僕の膝に猿みたいな生き物が乗ってきて、勢いよく回る、鋭い刃のついた歯車みたいな、変な機械を僕の顔に近づけてきた。その「ウイーン、ヴィイイン」という機械音が段々と大きくなって、顔の間近に、その機械が起こす風を感じた。魔法でもなんでも使ってその猿を追っ払おうとしたけど、魔法は発動しなかった。それで、もうだめだ、でも逃げなきゃ、最後まで逃げなきゃ、とそう思った瞬間、急に夢が静かになって、なんだ? と思った。
 僕は死んだのか、ここは天国か地獄か、なんて思って目を開けると……そこにあったのは、見慣れた朝の景色。いつも通りの、ハーツラビュル寮の四人部屋の、ベッドの上だった。

 起きた瞬間、バクバクと心臓がまだ鳴っていたのが分かる。殺される夢は演技がいい夢だって言われてるけど、あれはそんなもんじゃなかった。あんなのが縁起が良いって言うなら、これからちょっといいことが起こるとしても、僕は遠慮したい。

 ――そんな話を、恋人であるシルバー先輩に告げた。昼休み、シルバー先輩の元へ行ったら、どうした、顔色が悪いぞって言われて、実はあんまり昨日眠れなくって、って言うと、何があったんだ、悪い夢でも見たのか、って心配されたから。

 そうすると、先輩は不安なら今日は俺と一緒に寝るか、と言ってくれた。でも、僕は遠慮した。怖い夢を見たとはいえ、しょせん、夢は夢だし。ギリギリのところで助かりもしたんだし。ちょっとグロテスクな悪夢を見たくらいで、シルバー先輩に甘えてはいられないから。
 夢は夢だ。怖い夢を見て、ちょっとドキドキした以上に現実まで影響があるわけじゃないし、ちっとも大したことじゃない。あんなのは早く忘れて、いつも通りのダチと先輩たちと、先生と、勉強したり遊んだりふざけたりする暮らしに戻っちまおう。そう考えた。

 だけど、僕は。その晩、また同じ夢を見た。今度の夢では、僕はホームで待っているところからの始まりじゃなくて、もう、既に電車に乗っているところからのスタートだった。前と同じ、後ろから三番目の席。
 電車が動き出して、紫の光が照らすトンネルに入って、アナウンスが流れて、そして、誰かの悲壮な悲鳴が聞こえる。一番後ろの席のアナウンスが終わって、悲鳴が聞こえて、その次の人のアナウンスが流れて、また悲鳴が聞こえて、そして、三番目、僕の番のアナウンスが流れてくる。
 僕はその間ずっと、覚めろ、早く覚めろ、夢なら覚めろ、って唱えていた。祈っていた。それでも、なかなか僕は夢からは覚めなかった。何かが膝に乗ってくる感覚がした。覚めろ、覚めろ、覚めろ。ヴィイイインという機械音がだんだん近くに聞こえ始めた。頼む、早く覚めろ、覚めてくれ。顔に、以前と同じ風を感じた。――ああ、もうダメかもしれない。いや、諦めるな。まだまだ、まだ覚められる! ちょっと怪我したって、それでも覚めればこっちの勝ちだ!

 その祈りが通じたのか、辺りはまた静かになった。ああ、これで夢から覚められるんだ。そう思って、静かになった空間で目を開けようとしたとき、電車のアナウンスと同じ声が響いた。

「また逃げるんですか~次に来た時は最後ですよ~」

 目を開けると、僕はやっぱり、ハーツラビュル寮の自室にいた。ドキドキ、バクバクと心臓が鳴っていた。それから僕は、もう二度と眠るまいと、眠らない日々を過ごした。
 徹夜を開始して一日目は、まだ眠いくらいで済んだ。二日目、なんだか胃が痛くて、ちょっと食欲がなくなった。三日目、頭が痛くてしょうがなくなった。それでも、眠りたくなかった。四日目、鏡に映る自分のクマがひどくなってきた。そして、五日目。
「デュース……、目元のクマが酷い。眠れていないのか?」
「シルバー、先輩……」
 昼休みの中庭で、シルバー先輩との短時間の逢瀬。その時間さえも、必死に眠気と戦うことの方に僕は気を取られていた。
「……眠っちゃ、いけないんです。次に寝たら、きっと、僕は殺されちまう……から」
「何?」
「サル、が……僕を、殺し、に……」
 ……ダメだ。気を抜くと、不意に意識が遠くなりそうになる。眠っちゃダメなのに。眠ったら、殺されちまうのに。
「デュース、大丈夫か? ……デュース……」
 心配そうに僕のことを覗きこむシルバー先輩の顔。それが、ぐるりと180℃回転した。眠る前の僕の記憶は、そこで途切れている。

 そして僕は、そこに辿り着いた瞬間、それが夢だと理解した。そう、避けてきたあの夢だと。とうとう、僕は気を失ってしまった――眠ってしまったのだ、と。体を動かそうとしても、座席から降りられない。電車が動き出し、乗るな逃げろとアナウンスが流れている。僕の後ろ二つの座席にはやっぱり、知らない男の人と女の人が一人ずつ座っている。
 トンネルに入る。アナウンスが流れる。悲鳴が上がる。覚めろと念じる。覚めろと念じる度に、あのアナウンスが脳裏に反響する。
『また逃げるんですか』『次は最後ですよ』
 次が最後。最後になる次は、今だ。覚めろ。逃げたい。はやく覚めたい。でも、覚めたところで、どうするんだ? こんな、毎日毎日覚めろ覚めろと念じて、あの猿と夢の中で鬼ごっこをして過ごすのか? そんなの嫌だ、それならいっそ一度殺されてしまって、自分の順番をこなしてそのまま夢から覚めた方が幸せなんじゃないか? だってほら、夢で死んだ人がどうなったかは分かんないままじゃないか。ひょっとしたら、「ああ怖い夢を見たなあ」って思っただけで、普通にみんな今頃日常生活を送っているのかもしれない。そうじゃないか?
 なんて、自分を騙す誤魔化しの嘘ばかりを考えて、それでもやっぱり嫌だ、覚めろ覚めろと念じていたら、いつの間にか僕の番が来ていたらしい。
 膝の上に、何かが乗る感覚がした。いつもと同じ、ヴィイイインという歯車の機械の音。顔まで勢い良くぶつかってくるような風。いつもよりずっと近くに感じるそれの到着を、必死で誰かに祈りながらただ待っていた。覚めろ、覚めてくれ、頼むから、誰か助けてくれ、南無三!
 そんなとき、僕の耳に届いた声は。

「言ったでしょう~、次に来た時が最後だって~」

 それは、無慈悲なアナウンス。僕がもうどこにも逃げられないことを告げる、最後通牒。僕はいつの間にか胸の前に組んでいた手を解き、だんだんと風圧をかけてくる歯車が近づいてくるのを、しっかりと目に入れて、それから目を閉じ、受け入れた。
 ――もう、逃げられない。四の五の言っても仕方がない。ひょっとしたら夢から覚めたら開放されるかもって希望にかけて、腹くくって、ここでは一度殺されるしかない。
 ふと、鼻筋にチクっとした痛みを感じた。ああ、とうとうあの凄い勢いで回転している機械の歯車が僕の顔に触れ始めたんだな。そして、普通に痛いなあ。夢の中でも、痛いのは嫌だなあ。でも、殺されるんだから痛いのは当たり前だよな。どうやって痛みに耐えられるかな、なんて、ある意味自分の死を受け入れて淡々と考え始めたとき。

 ︎︎閉じた目蓋の中に、一羽の白い鳥のような光が飛んでいくのが見えた。目を開けると、そんな鳥はいなくて、目の前には鉄の歯車。今のはなんだったんだろう、死ぬ前に見た幻覚なんだろうか?
 と、思った瞬間、ズンと電車全体が大きく揺れ動く感覚がして、鼻に刺さる痛みが消えた。と同時に、膝の上の重みもなくなった。そして、僕が座る電車の席の淵には、黒い寮服を着て、誰かを殴り飛ばしたように警棒を構えた、大切な人が膝を立ててしがみついていた。
「シルバー先輩!?」
「助けに来た」
 シルバー先輩は僕を一瞥してそう言うと、動いている電車の淵で、器用にまわりを観察した。
「なるほど。『猿夢』か」
「さる、ゆめ……?」
「詳細はあとで話す。切り抜けるぞ」
 シルバー先輩は僕の腕を掴もうとする。けれど、その手は僕じゃなくて、真っ黒な毛深い手が取った。猿だ。猿みたいな生き物が、先輩が僕を連れて行くのを止めようとしている。それも、一匹じゃない。何匹も。
「ふっ!」
 シルバー先輩はその猿を腕や警棒で振り払い、電車から次々と落としていく。猿も負けじと、落とされたやつらまで電車によじ登って戻ってくる。先輩だけじゃなくて僕の方にも猿は戻ってきて、その中には僕の膝に乗ってきていた、歯車の機械を持った猿もいて。
「うわ、戻ってきた!」
「……キリがないな」
 先輩はふう、とひとつ呼吸をすると、僕に、少しだけ待っていてくれと告げる。それから、勢い良く電車の淵を蹴って、車掌席まで身体を跳ねるように飛ばして壁を駆けていった。
「はああっ!」
 警棒を一振り。だけど、車掌は咄嗟に玩具の左腕でその警棒での一撃を受け止める。それでもかなりのダメージは負ったみたいで、動きが鈍った。僕は思った。今なら、ひょっとして、いけるんじゃないか。使えるんじゃないか。
 魔法はイメージ。自分が思い描く、一番やりやすい具体的なイメージを描くことがコツ。僕は叫んだ。
「出でよ、大釜!!」
 狙い通り、大釜は玩具の車掌の頭の上に召喚された。車掌がその大釜に気を取られてた一瞬の隙に、シルバー先輩は剣を召喚し、車掌の玩具の首を斬った。車掌の玩具の首がカランカランと線路の上に転がり、止まらない電車に踏み潰される。それと同時に、僕のまわりに群がってきていた猿たちも、黒い砂の靄のようになって消えていった。歯車の機械も、一緒に消えた。
 シルバー先輩はまた電車の座席を蹴り伝うように僕の元へ戻ってきて、僕の手をつかんだ。
「いつか会った人に、いずれ会う人に……『同じ夢を見よう(ミート・イン・ア・ドリーム)』」

 次の瞬間、僕は鳥の光が飛ぶ、綺麗な空の上にいた。あ、あの鳥は。僕が目を閉じたとき見た、光の鳥だ。と、のんきに思ってる場合じゃなかった。何故なら僕たちは、落ちてるからだ。
「せ、先輩! 落ちてるんですが!!」
「大丈夫だ、とにかくしっかり掴んでいて、俺から離れるな!!」
 それから僕たちは、どこかの森の池の中に不時着した。シルバー先輩は、ざばりと手慣れた動きで池から上がると、僕も引っ張り上げてくれた。
 水中から上がってみると、そこは綺麗な空気の森の中で、清涼な空気をしている。さっきまでの悪夢とは違い、落ち着いた空気だ。
「ここは……?」
「ああ。ここは、俺の住んでいた場所の近くだから、……恐らく、リリア先輩あたりの夢の中だ。恐ろしいことは、ないと言えるだろう」
 それからシルバー先輩は、僕に説明してくれた。あの猿の夢はなんだったのか。どうやって助けに来てくれたのか。
「お前が見た夢の話を親父殿にしたら、それは『猿夢』という、人の夢に出て危害を成す有名なゴーストだと教えてもらえた。あのままだと、お前は猿夢に憑り殺されていただろう」
「そうだったんですか」
「ああ。危ないところだった。それで、お前を助けに来た方法だが……」
 先輩は自分のユニーク魔法について説明した。先輩の魔法は、親しい人の夢に渡れる、ということだったらしい。僕が突然目の前で倒れてしまったから、急いで追いかけて夢の中に入ってくれたのだそうだ。
「そうだったんですね。助けに来てくれて、ありがとうございます」
「ああ。だが、お前の魔法も見事だったぞ。援護、助かった」
 僕はシルバー先輩に抱き着いた。すると、先輩は優しく背中を撫でてくれた。
「もう、これで悪い夢は見ない……んです、よね?」
「ああ。だから、安心して眠れ」
「……ははっ、良かったです。もう、僕、5日くらい寝てなかったから……」
 そんなに、とシルバー先輩は僕の頬を心配そうに撫でた。心配いりませんよ、もう先輩が助けに来てくれましたから、とその手に手を重ねると、先輩はもう一度僕をぎゅっと抱きしめてくれた。
「では、一度夢から覚めるとしよう。心配いらない。自分を殴る程度の強い衝撃があれば、目覚められる」
「な、殴ったらいいんですか!? 分かりました!!」
 そして僕たちは自分で自分を文字通り叩き起こし、昼休みの中庭で目覚めた。目覚めた先輩に、夢の中のこと覚えてますか、と聞いたら、覚えてる、と答えられて、ああ、あれは確かに本当のことだったんだと理解した。

 ――その日の夜。僕はちょっとドキドキしながら眠った。あのときは切り抜けられたけど、ひょっとしたら夢だし、また全部元通りになってるんじゃないか、って。でも、その日は悪い夢は見なかった。良い夢も見なかったけど、安心してグッスリ眠れて、朝が来たことに安心して、眠れなかった分を取り戻そうとベッドの中で余計にひと眠りしようとまどろんでしまったくらいだ。
 そのことをシルバー先輩に報告すると、良かった、とほほ笑んでくれた。僕はお礼に、何か欲しいものはないですか、と言ったら、お前のクマがなくなって、元気な笑顔を見せてくれるだけで十分だ、と格好つけていたから、お礼をさせてくださいよと拗ねておいた。

 デュースを、猿夢から救い出すことには成功した。だが、俺にはアイツに伝えていないことがある。何故なら、不安にさせたくはないからだ。
 アイツを猿の夢から助けた、あの日。部屋に戻ると、あるものが壊れていた。それは親父殿が、どこか異国で買ってきてくれた、土産物。円形の飾りに羽がついた、『ドリームキャッチャー』という、悪夢を見ないようにする守り。それが、真っ二つになって、粉々になって、まるで誰かに叩き落されたかのように割れていた。

 俺はその欠片を拾い上げて、そして、思った。これが割れてしまったということは、まだ、あの夢は……。

 ……だとしても。守り続けよう。俺が、生きている限り、何度でも。

 ――そう決意するシルバーは、まだ知らない。『猿夢』は、話を聞いた人から人へ、伝染していく呪いであることを。

*おしまい

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