※死に関する、また死を扱う表現があります。そういった話が苦手な方、トラウマを持つ方は閲覧にご注意ください。
その日は、朝からデュースの様子がおかしかった。
朝から、廊下で一年生の友だちと賑やかに騒いでいる、デュースのことが目に入った。
いつも元気そうな彼の姿を目に入れて幸せな気持ちになることは、彼に密やかな恋心を持つ、俺のささやかな楽しみだった。
だけど。なんだか、今日この日ばかりは。デュースの笑顔に、違和感を持った。
『グリム、エース。喧嘩はよせよ。……お前らは本当に、騒がしいよな。毎日楽しそうだ』
『別に楽しくないですけど!? 何大人ぶってんのお前!?』
『そうだゾ! デュース、何優等生ぶってんだ!』
『ああ……そう、だよな。確かに。優等生、ぶってるな。まあ、でも。お前らといるのも、悪くないって思うよ』
『な、なんだ? 変なデュース……』
『……? な、何? デュースお前、優等生目指してマジメにお勉強しすぎて、頭おかしくなっちゃった?』
『はは、そうなのかもな』
『……なんだよ、マジで変じゃん……なんなの……? お前、変なこととか考えてないよね?』
『変なことってなんだよ。いつも僕の考え方を変だって言うのはお前じゃないか、エース』
『いや、それはそうなんだけどさあ……』
エースとグリムが、怪訝な顔でデュースを見つめる。デュースはふたりの様子を気にせず、どこか上の空でいた。
『デュース、もしかして具合でも悪いの?』
『ああ、いや。大丈夫だ、監督生。ちょっと考えごとをしていただけだから、気にしないでくれ! そうだ、これ。前に借りてたノート。返すよ。今朝、荷物片づけてたら見つけて、返さなきゃいけなかったの、思い出してさ。助かったよ、ありがとう』
さあ、それじゃ授業に集中しよう、確かこのあと小テストがあっただろ、と。
デュースは、監督生やエース、グリムを連れて、教室の方へと向かっていった。
一度、デュースが廊下に立っていた俺の傍をすれ違う。
「あ、シルバー先輩。……おはようございます」
「ああ。おはよう、デュース」
「今日も先輩に会えて、良かったです。今日はもう会えないかなって思ってたから」
「……俺も、今。お前に会えて、良かったと思う」
「ありがとうございます。それじゃ、シルバー先輩。またどこかで会ったら、よろしくお願いします」
「ああ、……また」
俺は、そのときのデュースの態度に感じた、何か、胸のもやつきを。……ずっと抱えていた。
それから。午後になった。午後一番の授業は、一年生との合同になる魔法薬学の授業だ。
だけど。俺が様子見がてらペアを組もうと思ったデュースは、チャイムが鳴っても、姿を現さなかった。
「授業なのにデュースがいないなんて珍しいな。なにかあったんじゃねえといいけど……」
そう告げるカリムの言葉に、どうも、ただごとではない胸騒ぎがして。俺は、言った。
「カリム。すまない。俺は急用があって席を外すと、先生に伝えておいてくれ」
「えっ!? シ、シルバー!? どこ行くんだよ!?」
「……頼む!!」
俺が、もしやこれは一刻一秒を争う事態なのではないか、と。そんな、根拠もなく焦る気持ちを抑えきれず、逸ってそう告げると、その本気が伝わったのか、カリムも真剣に頷いた。
「……分かった、伝えとく!!」
ありがたい、と。俺は走り出す。実験着の白衣では、走りにくい。もっと早く走れるように、と。魔法を使い、走りながら途中で運動着に着替えた。
……どこだ、どこにいる!? デュースは、あの子は、どこに。
走っていると、目の前に、やたらと慌てた様子の小鳥が現れた。
「案内してくれ!!」
小鳥が飛ぶのを追いかけて、俺は走る。すると辿り着いたのは、学園裏の森の、奥の方だった。
そこで、俺が目にしたものは。
「……やらなきゃ、いけないんだ……。やれるだろ、俺。……いいから、やるんだ! ビビってねえで……!!」
木にくくりつけた、輪っか状のロープに。今にも頭を通さんとしている、デュースの姿で。
「やめろ!!」
デュースがロープの輪に頭を通し、足元の土台を蹴ったその瞬間。俺は風魔法を詠唱し、ロープを切った。
「……あ、れ? ……生き、てる……?」
「デュース……!!」
俺は慌てて駆け寄り、デュースのことを抱きしめ、捕まえる。もう彼が、この手から逃げ出さないように。こんな馬鹿なことを、もう考えないように、と。
「何をしているんだ!? どうして、こんなことを……!?」
俺がそう怒鳴ると、デュースは、びくり、と身体を震わせた。……しまった。怖がらせたいわけでは、なかった、のに。
「す、すまない。取り乱した。……どうして、こんな……。……こんなことを、しようと、していたんだ。何か、辛いことでもあったのか。それなら、どうか、話して、くれないか……」
俺が、涙を堪えながらデュースに縋ると、デュースは、青ざめた顔のまま、ぽつりと言った。
「……死ね、って。言われた、んです。ある人に……。だから、僕、あ、死ななきゃいけないんだ、って、思って……」
「死ねと言われたからと言って、死ぬべき道理など、ないだろう……! どうして、そんな心ない一言で、お前の命が決まらなければならない!?」
俺が怒りを見せると、デュースは、でも、と食い下がる。
「……普通なら、そうかもしれないんですけど! でも。その人は、僕が昔、悪いことをしてたとき……迷惑を、たくさんかけちまってた人、で。だから、僕が迷惑かけてた人に、死ねって言われたなら、そうしなきゃいけないんじゃないかって、思って」
そう言われて、俺は、慎重に、間違えないようにと、言葉を選び始める。これは、とても、難しい問題だ。だけど、ひとつだけ分かる。
もう、デュースは自分の犯した罪を間違いだと知っていて、正しい道に向かって、やり直そうとしている。それなのに、死という存在の消失まで望むのは、どう考えても間違っている、と。
「……それは、責任の取り方として、違うだろう」
「でも! ……その人は、僕が死んでくれたら許す、って、言ってて……! ……偶然、街で、会ったんです。その人に。僕、その人に会って、それで、『今さら謝っても、許されることじゃないと思いますけど、でも、それでも、あのときは本当にすいませんでした』って、謝ったん、です。そしたら、その人は、『分かった。じゃあ、お前が死んでくれたら許してやるよ』って、言って……! だから、僕、ちゃんと、やらなきゃって……!!」
「……なんと、惨いことを……」
俺は、言葉に詰まる。……それほどまでに、恨んでしまったのか。だとしても……。俺は。
デュースに、生きていてほしい。だから。それを、言葉にした。
「デュース。俺は、今からお前にとても辛いことを言う。だけど、どうか聞いてほしい」
「シルバー、先輩……?」
一呼吸置いて、デュースの手を震える手でぎゅっと握り、その手へ縋るようにして、告げる。
「俺は、お前に、死なないでほしい……、生きていて、ほしい」
「え……?」
「たとえ、どこの誰に恨まれていたとしても、お前には、俺の傍で、生きて、たくさん笑って、立派になって、……幸せに、なってほしい。そのことに対して、その人が文句を言うのなら、その人には、俺から言ったっていい。お前は責任を取って死のうとしたが、俺のわがままで、それを止めたんだ、と。あなたが死を望むのと同じくらい、いやそれ以上に、俺はお前に、生きていて欲しかった、と! ……だから、どうか。生きて、くれないか。俺と。今日ここでお前を生かした責任は、俺が必ず、一生をかけてとるから」
するとデュースは、潤んだ目で俺を見つめた。
「シルバー、先輩……どうして、僕にそこまで……」
「……分からない、か? ……だが、今それを告げるのは、ずるいというものだな。もう少し、お前が落ち着いた時に、その話は改めてすることにしよう。今は……ただ。俺の傍で、息をしていてくれないか」
どうか、お願いだ。と、デュースの目をじっと見つめる。するとデュースは、潤んだ目から、大粒の涙をぽたりと一粒、二粒、こぼして。それから、俺の胸へと縋りついた。俺は、そんなデュースを。ぎゅっと抱きしめる。
「シルバー先輩……っ、僕、僕本当は、怖かった! また母さんを泣かせたり、ひとりぼっちで、何もわかんねえ死んだ後の世界に向かうのが、もうアイツらと馬鹿やれないのが、本当に嫌で、怖くって……!! でも、これが僕の罰なんだって思って、僕、僕……!!」
「……ああ。ああ、お前の、罪に向き合いたい気持ちは、よく分かった。だが、他にも罪の償い方、やり直しのやり方はあることを、俺が必ず教える。お前にも、その人にも、だ」
だから……今はただ、こう言おう。間に合って、本当に良かった、と……。
そう言って。俺はずっと、デュースが落ち着くまで。ずっとずっと、そのしゃくりあげる背中を、撫で下ろしていた。
そうして。デュースが落ち着いたのを見計らい、俺は木に残ったロープを解いた。
ロープは、硬く結ばれていた。それはデュースの、反省へと向かう意志の強さを表しているような気がした。
「……でも、僕。本当に、いいのかな……。こんな、のうのうと生きてて……」
「それも、その人に言われた言葉、なんだろう。……足りないのなら、何度でも言う。俺は、お前に、生きてほしい」
「ありがとう、ございます……」
それから、俺はデュースの頭をぽんぽんと撫でた。
「デュース。お前は、死ななくていいんだ。俺がこれから、ちゃんと傍にいて、手を引いて支える。正しい赦し方、罪との向き合い方を、傍で教えていく。お前にも、その人にも、だ」
「シルバー先輩……」
僕、そんなにシルバー先輩にばっかり、面倒をかけちまって、とデュースは遠慮がちに言う。
俺はそんなデュースに、ほほ笑む。
「……面倒、なんて。これは俺の我侭なのだから、俺が自分で責任を取るのは、当然のことだろう? デュース。このことは、みんなには内緒にしておいてやるから、代わりに、ひとつ約束をしてくれないか」
「約束? ……なんですか?」
俺は、デュースの目をまっすぐに見つめて、伝えた。この想いが、伝わるように。
この想いが、彼の深く傷ついた心を、包み込んで癒してくれますように、と。
「俺は、お前のことを、愛している。愛しているから、いなくならないでほしかった。……今日はそれだけを覚えて、お前は眠るんだ」
いいな、とデュースに言うと。デュースは少し照れて頬を赤くし、分かりました、と頷いた。
それじゃあまずは一緒に、午後の授業を抜けてしまったことをクルーウェル先生から怒られようか、と笑うと。
デュースは、それは怖いですね、と。ようやく、笑ってくれた。
……良かった。この笑顔を、危うく俺の日常から失うところだった。
デュースは本来、とてもまっすぐで、純粋無垢で、責任感も強い子だ。……その責任感が、危うく、間違った方向に進んでしまうところもある。
今日、このときのように。
それを思うと、俺は本当に怖く、恐ろしくなる。ある日突然、俺にはまったくの想像もつかないような理由で、デュースを失うことになるんじゃないのか、と。
でも、だけど。それでも。この握りしめた手を、離さないでいれば。
ずっと、大事だと、いなくならないでほしいと、傍にいてほしいと。そう伝え続けていれば、デュースにも、いつかこの想いが伝わり。自分のことを、もっと大事にしてくれるのではないか、と。
今はただ、体温のあるデュースの手を硬く握りしめながら。一刻も早く、その日が来てくれることを待つばかりであった。
*おしまい
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