Such a liar

*このお話は、フォロワーさんのポストを元に作成されています。書かせていただき、ありがとうございます。

 

 ――僕は今少し、ふらふらしていた。と言っても、特に目的がある、わけじゃない。ただ、なんかひとりになりたい気分なだけだ。
 今日は朝から、いろんなことがあった。まず、朝一番に会ったエースから、また不器用だってからかわれて。休み時間に小テストの点数が悪かったって話をしてたら、廊下を通りがかったローズハート寮長から小言を言われて。昼休みに食堂へ行ったら、他寮の上級生に絡まれて。午後の授業中も、騒ぐグリムに巻き込まれて、魔法薬の材料が一気に大鍋にぶち込まれちまって、実験が失敗して。
「はあ……」
 溜め息をついていると、僕を見つけたらしい監督生が、心配そうにして僕に声をかけた。
「デュース、大丈夫? 疲れてるの?」
 僕はそれに、笑って答える。
「大丈夫だ! 今日もいろんなことがあったから、少し力が抜けてるだけだと思う。心配してくれてありがとうな、監督生は僕のことなんて気にしなくて大丈夫だ!」
 これ以上心配してくれるなら、そこに付け込んで今度食堂のカフェラテ奢らせるぞ、と言ったら、なんだいつも通りのデュースか、とまだ少し心配そうにしながらも、監督生は引き下がってくれた。
 それで、またひとりになった僕は、考える。
(僕、監督生の言う通り、疲れてる、のか? いや、でも……身体は、全然疲れたって感じ、しないし。そりゃ馬鹿で要領の悪い自分には、付き合うのが疲れ切ってるし、呆れてるけど……。でも、だからってそう簡単に諦めちゃ駄目だ。僕は普通の人よりよっぽど頑張らないと、普通の奴らにも追いつけないんだから。大丈夫だ、体力にだけは自信ある! だから、だから。……まだ、僕はやれる、よな)
 そう思いつつも。なんとなく、今はまだ、人に会いたくなくて。人のいない方、いない方へと。
 僕は、歩いていくのだった。

 

 それで、学園裏の森の中に来て。誰もいないなーって思いながら、なんとなく、湖のほとりに腰を下ろして、ぼーっとしている。
 無駄な時間を過ごしているな、と思ったけど。それでも僕は、そこからなんとなく、動けなかった。
 おかしいな。身体が疲れてるわけじゃないのに、動けないなんて。僕、怠けてんのかなあ。良くねえなあ。
 しばらくそうして惚けていると、がさ、と音がして。茂みから、人が現れた。
「……デュース」
「シルバー、先輩」
「こんなところで、どうしたんだ? 何か、この森に用事か?」
「あ、えっと……」
 特に用事があったわけじゃないんです、とか。なんか、答えなきゃ。でもなんか、いつも以上にボーッとして。頭が回らない。なんて言えばいいんだっけ、こういうとき。
 そうぐるぐる考えて黙っていると、シルバー先輩が、僕のすぐ傍にひざまずき、僕の額に手を当てた。
「……疲れているんだな」
 そうして、シルバー先輩は、僕の隣に片膝を立て、もう片方の膝を寝かせて座る。
「疲れているのなら、無理をせず。少し、休んだ方がいい。……いや、休んでいってくれ。俺が、お前を心配なんだ。だから、ここに」
 そう言って、シルバー先輩は少し強引に、僕の頭をシルバー先輩の寝かせた膝の上に乗せた。
「せんぱ……」
「……」
 シルバー先輩は何も言わず、穏やかにほほ笑んで。僕の前髪を、そっと撫でることを繰り返す。
 その手つきが、今の僕には、とても心地良くて。
 ……今日、今だけは。このまま、甘えてしまうことにした。
 そうしてシルバー先輩に撫でられていると、やがて、シルバー先輩に寄ってきたらしい小鳥やうさぎが僕たちのまわりに寄ってきて、不思議そうに僕らのまわりを跳ねたり、すんすんと匂いを嗅いだりする。
「ふっ、お前ら。くすぐったいよ……」
 僕の胸の上に乗ったり、頬にすり寄ったりしてくる小さい動物たちに、僕は癒される。
 そうしていると、気づいた。
「……すう……」
 シルバー先輩も、うたた寝しちまってることに。
(………………)
 昼間の喧騒が嘘みたいに、穏やかな時間だ。僕はまた、頭の中が空っぽになって。何も考えていなかった、けど。
 さっきまでみたいな、どこかグレーに暗くどんよりした気持ちでは、なくなっていた。

 それで。その後に少し遅れて出た部活で、僕の調子はすごく良かった。やっぱり、適度に休むのって大事なんだな。
 できれば、またシルバー先輩とあんな時間を過ごしたいけど。先輩にばっかり頼って迷惑かけちまうのもダメだよなって思って。
 また、騒がしい日々の中に、ひとり身を投じた。
 
 そうしたら。何日か経って、またあの感じが訪れた。ひとりになりたくて仕方なくて、何をするにもぼーっとしてしょうがない、あの感覚が。
 ……また、シルバー先輩と、一緒に、ああやって少し休めたらな……。
 そんな思考が頭をよぎるけど、重たい頭を振ってそれを振り払う。駄目だ。シルバー先輩は優しくて頼りになる人だよ。だからこそ、僕が頼りまくったりしちゃ、いけないんだ。だってあの人は、僕にだけ優しいわけじゃない。誰にだって優しい人だから、僕がやたらと甘えまくったりしちまったら、負担になるかもしれない。
 シルバー先輩のことが好きで、良く思っているからこそ、そういうのは嫌なんだ。
 ……でも、じゃあ。僕はどうやって、息抜きみたいなのをしたら、いいんだろう?
 寮の部屋に帰っても、エースはいるし、4人部屋で騒がしいし。オンボロ寮に行っても結局グリムはいるし、監督生にも悪いし。
 どこか、なんか。ひとりで、いられる場所を探したい。ひとりに、なりたい。
「……購買か食堂に行って、甘いものでも食って気まぎらわすかな……」
 そう思って、あてもなく廊下をふらふらと歩いていたとき。ぐい、と。どこかの教室に、引っ張り込まれた。
「シルバー先輩?」
 顔を上げると、そこにいたのは、シルバー先輩その人で。
「デュース。……また、疲れているのだろう」
 そうしてシルバー先輩は、自分の鍛えられた胸の中に僕を抱き込み、そして、僕の頭をぽんぽん、と撫でた。
 僕はほっとして、その頼りになる胸を借りて、甘えてしまいそうになる。
 でも、駄目だ。大切な人だからこそ、甘えてばかりはいられない、と、僕は少し、シルバー先輩の胸を押し返した。
「すいません、心配かけちまって。でも、僕、大丈夫です。大丈夫、なんで」
 先輩に迷惑ばっかりかけてられないんで、本当に、と言うと。シルバー先輩は僕の頬にそっと手を添えて、じっと目を見つめた。
 オーロラ色の瞳が、とても心配そうに潤み、揺れている気がした。
「……何が、大丈夫なものか。そんな顔をして……」
 そうしてもう一度、シルバー先輩は僕をぎゅっと強く、腕の中に抱き込んだ。僕を逃がさないように、強く、強く。
「遠慮せず、頼ってくれていい。俺は、お前に少し寄りかかられたくらいで共倒れするほど、柔な鍛え方はしていない」
 だから。疲れたなら、俺の元へ来てくれ。好きなだけ甘えて、息を抜いてくれ。俺は、それを受け入れ、許すから。
 シルバー先輩の言葉に、僕は。
「あ……」
 この人になら、いいのかも、って気持ちが芽生えた。なんていうか。この人になら、甘えてもいいのかも、って気持ちが。
 シルバー先輩の胸に大人しく抱かれたまま、とん、と頭を胸に寄せる。
「……なんか、えっと。大きく、大変なことが、あったわけじゃないし、なんなら、全部いつも通りなんですけど」
「……ああ」
「でも、なんか……なんか、ひとりに、なりたくて。なのに、その。……傍に、いてほしくて」
 変ですよね、と僕が言うと。変じゃない、とシルバー先輩は僕の頭を優しく撫でた。
「日常の喧騒に、疲れてしまうこともあるだろう。そういうとき、親しく心許せる人に傍にいてほしいと思うのは、自然な感情だ」
 俺がお前にとって、そうした心を癒せる存在になっているのなら、嬉しい。そう言って、シルバー先輩はずっと、次のチャイムが鳴るまで、僕を抱きしめながら、頭を撫でてくれていた。

 それから、僕は。シルバー先輩のところに時々、自分から甘えに行くようになった。
 シルバー先輩がひとりでいるときを狙って、頭を撫でてもらったり、抱きしめて甘えさせてもらったり。
 一度、まだ余裕があったときに、シルバー先輩に尋ねてみたことがある。
「どうして、僕にこんなに優しくしてくれるんですか?」って。
 そうしたらシルバー先輩は、少し気まずそうに言った。
「……お前に、無理にそうしてほしいと思っているわけではない。その前提で、聞いて欲しい」と。
 そうしてシルバー先輩が口にしたのは。
「お前に、いつも……笑っていてほしいんだ。お前には、苦しそうな作り笑いや、無理をした笑みではなく。太陽の下、光り輝く、眩く楽しそうな笑顔が似合うと、思っていたから。それを遠くからそっと眺めていることが、俺のささやかな楽しみだった」
 だからと言って、俺の前でもまた無理をして、そんな笑顔を作ることはしないでほしい、とも。
 俺はお前がこうして俺の元に来てくれて、甘えてくれること、頼りにしてくれること、それだってとても嬉しく思っている、と。
 そんなシルバー先輩の言葉を聞いた僕は、ふと、思った。
『あ、僕、もしかして。もうこの人がいなきゃ、ダメなのかもなあ』って。
 だけど、同時にこうも思った。
『別にそれでもいいや、シルバー先輩なら』。
 そうして僕は、尋ねてみた。シルバー先輩なら、僕のこんな甘えも、受け入れてくれる気がして。
「……シルバー先輩。あの。その……、僕、先輩と、キス、してみたい、です」
「……」
 シルバー先輩は、僕の申し出に。驚いて、目を丸くした。

『先輩と、キス、してみたい、です』

 デュースは突然、そんなことを言った。俺は、どうしようかと考える。
 別に、嫌だというわけではない。だが、その。……どうにも、恋人になりたいからキスをしてくれ、というのとは、様子が違うような気がして。
 なんだか、なんというか。何故なのかを、知りたくなった。
「ええと。どうするか、決めかねている。何故なのか、理由を聞かせてくれないか?」
 そう頭を撫でながら尋ねると、デュースは俺の胸に甘えながら、言った。
「……今、僕、こうして、シルバー先輩のとこで、息抜きさせてもらってますけど。先輩に、他に大事なやつができて、こういう時間もとれなくなったら、やだなって思って……」
 だから、先輩も、もしそういうキスみたいなことしてみたいなら、僕が相手して、お返しできればいいのかなって思ったんです、とデュースは言う。
 ……そうか。この子は……。
 俺が想定していたよりも、俺という存在に頼りすぎているのだろうか。もしかして、彼のためを想うならば、少し突き放してやる必要があるのだろうか、と。そんな考えが胸をよぎった、が、そのとき。俺の頭の中に、何か、悪魔の声のようなものが通り抜けた。
『いいのか? 手放して。このまま行けば、この子は俺のものにできるのに』
『他の誰かが、この子を今のお前と同じように甘やかして、可愛がることに、お前は耐えられるのか?』
 俺は、その悪魔たちの言葉に。……それは嫌だな、と思った。
 思ったから。
「デュース」
「せんぱい」
 指先でデュースの顎を引き、くちづける。
 唇を離し、甘くとろけたデュースの目を見つめて。
 この子には俺がいればいい、そんなことを思った気がした自分に、なんとはなしの疑問を覚えた。
 だけど。
「……シルバーせんぱい、すきです」
「……ああ」
 俺も、お前のことが大切だ。
 そんな当たり前の恋人たちのような言葉が、浮かび上がり始めた俺の疑問を、喉の奥に飲み込ませた。

*おしまい

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