夢泥棒と眠り姫

*シルバーがデュース以外といろいろなことをする描写があります。
*ユニーク魔法の設定など捏造しています。
*某糸車が出てきますし、飲酒表現などがあります。要するになんでも許せる人向け!
*Nemさんの楽曲『夢喰い白黒バク』および『ネムリヒメ』の2作をリスペクトしています。
*ハッピーエンドじゃないです
*地味に恋人設定です

以上すべて大丈夫な方はスクロール↓

 

 

 

 

 ――おい兄ちゃん、アンタずいぶん格好いいな。なあ、格好いいといえば、こんな噂を知ってるか? 最近、妙な男がいるらしい。その男、とんでもない美貌を持っているらしいが、老若男女手当り次第手を出して、飽きたら捨ててしまうってんだ。……え? そんなの、ただの遊び人の話じゃないのかって? それが、不思議なのはここからでさ。みんな口を揃えて言うんだ。その男に捨てられる前、必ず、だ。必ず、なにか夢を見たはずなのに、何ひとつそれが思い出せない、って。夢ひとつの記憶くらい大したことじゃないから、誰も気にかけちゃいないが、なんとも不思議な話だろう。お前さんもそう思わないか?
 
 隣のカウンターで楽しそうに話す飲兵衛の男の言葉に、俺は自分のグラスを傾け、答える。
「ふっ。酒の肴にもならない、くだらない与太話だな」
 そうして、机に千マドル札を1枚置き、俺はバーを出る。そのとき、俺の方を見つめていた赤い服の女に、ちらりと視線をやるのを忘れずに、だ。
 夜道を歩いていると、後ろから先ほどの女が追いかけてきた。……かかった、な。
「ねえ、お兄さん。さっき私のこと見てたでしょ?」
「……気づいていたのか?」
「ええ。ね、私、ちょっと酔っちゃったみたいで……。良かったら、どこかで休憩、していかない?」
 女は胸元を見せるようにしなをつくる。品のない誘い方だ。そんな本音はおくびにも出さず、俺は女に、綺麗に作った笑みで答える。心にもない笑顔を作るのも、もう手慣れたものだ。
「ああ、俺もだ。それじゃあ……あの辺りで、どうだ?」
 そうして、適当な宿へとしけ込む。これが、ここ半年ほどで持ち始めた、俺の習慣だ。
 適当な女(時には、男。誰だってかまわない。新しい獲物であれば)に目を付け、罠へと誘い込む。
 そして、夜を共にし、心を開かせ、その夢に、入り込む。時には時間をかけて、時には一晩で。
 そうして、――夢を奪う。どうせ一夜の夢なんだ、かけらのような記憶くらい奪われたって、かまわないだろう?
 おや、今夜は……ハズレかと思ったが、なかなか悪くないな。綿菓子の雲で昼寝をする夢とは、すれた顔に似合わず、意外と可愛い夢を見ているじゃないか。はっ、悪い冗談。俺にとって可愛いのは、たったひとりだけだ。
 だが、まあ、感謝くらいはしてやろう。これなら、こんな夢なら、アイツに見せるのも悪くない。
 隣で満足そうに寝息を立てる女には目もくれず、俺は、服を整え、ベッドからも、ホテルからも出ていく。
「それにしても、馬鹿な女だったな。俺が、酔うわけないだろう、お前ごときに」
 ――そう。俺が酔う夢は、たったひとつだけ。俺の夢は、ただひとつだけ。
 
 夜の街を後にし、学園の中へ帰る。愛しい人が待つ、ディアソムニア寮の、地下室へ。
 ギィ、と鳴る重い扉を開くと、そこには、薔薇の敷き詰められた棺に横たえられた、愛しい恋人。デュース・スペードの姿がある。
 彼は、かつての明るい笑顔と行動的な姿からは想像もつかないくらい、大人しく棺に納まり、悠久の眠りについている。
 俺は、棺の傍に腰かけた。
 ……デュース。彼がこうなってしまったのは、俺の不注意だ。
 ある日。茨の谷に伝わる、呪いの道具。『眠りの呪いがかかった糸巻き』を、一時的にディアソムニア寮で預かることになった。
 その運搬中、うっかりしていた俺は、それを落としかけたんだ。その日、俺の元を訪ねてきていたデュースが、とっさに俺を庇い、その糸巻きの針に、刺さってしまった。
 それから、デュースは眠りの呪いにかかり、目覚めることはなくなった。彼を目覚めさせるため、皆、いろいろな文献や方法を当たってみたが、その中にデュースを目覚めさせるものは、ついぞ見つからなかった。
 ひと月ほどが経っても目覚めないデュースの姿に、悲嘆に暮れながら、俺はある日、話しかけた。
「なあ、デュース。昨日見た夢の話なんだが。……その夢の中では、お前が、笑っていた。あの頃のように……。また、一緒に笑いあいたいな、デュース……」
 そのときのことだった。ぴくりと、デュースの指が、わずかにだが、だが、それでも確かに、反応したんだ。俺はそれを見逃さなかった。
 それで、俺は思った。――デュースは、死んだのではない。今、深い眠りの中にいる、だけだ。ならば、深い眠りの中で見ている、「夢」こそが、デュースを目覚めさせるための、鍵になることなのではないだろうか、と。
 デュースが眠りについてから、俺はデュースの夢に渡ることは、できていなかった。それだけでもできていたのならば、俺はもう少し落ち着いていただろう。どうにかして、眠りにつくデュースの夢の中にだけでも渡れる夢はないか、方法はないかと考えていた、またある日のこと。
 偶然、セベクの夢に入ることになった。その夢の中に、一年生たちと笑う、デュースの写真があった。だから、それを、なんとなく、現実には持っていけないのだと知りながらも、悪いことだとは思いながらも、手にした。その瞬間、夢が覚めて。
 すぐに後悔した。夢の中の出来事とはいえ、人のものを盗むのは良くないことだ。だから、セベクに謝ろうと思った。すると、セベクはこう言ったんだ。
「今日見た夢? いったい何の話をしている、シルバー?」
 俺は、覚えていないのならいい、なんでもない、と誤魔化して、逃げるように部屋に帰った。
 胸のあたりで、何か、暖かなものが光っているような気がした。何か小さな球のようなものに、淡い光が、灯っていた。
 ……俺はそれを、セベクに返さず、地下で眠るデュースの元に持っていった。そうすると、デュースの身体に、その光は吸い込まれていった。
 俺は直感した。そうか、きっと、これが。これが、デュースを目覚めさせる方法なんだ、と。
 なぜ、セベクの夢の一部らしきものを現実に持ち帰れたのか。最初は、何も分からなかった。いろいろ試してみて、俺のユニーク魔法が『成長』したのだと分かった。渡った先の夢の一部の記憶と力、いわゆる『夢のかけら』のようなものを、現実に持ち帰れるようになったのだと。
 そうして、持ち帰られた夢は、まるきり、その人の中からは失われてしまうのだ、と……。
 俺は、悩んだ。大切なひとりのために、他の人を犠牲にするわけにはいかないだろう。たとえ、失ってもかまわないような、些細な夢の一部だったとしても……。マレウス様や、親父殿。セベクの記憶。大切な人たちの記憶を、たとえ些細なことでも、これ以上奪ったり失わせたりはしたくない。
 そんなとき、俺の頭の中に、悪魔の声がささやいた。
『じゃあ、赤の他人なら?』
 俺は、頭を振ってその悪しき考えを振り払おうとした。それでも、それでも、悪魔の声は、離れていかなかった。

『いいじゃないか。かまいやしないだろ? 俺からデュースを奪った世界なんか、少しくらい、どうなったって』
 
 毎日のように薔薇の花を捧げ、試しに今日見た夢の話や、人づてに聞いた夢の話をしてみて、祈る。それでもデュースは、目覚めない。
 悪魔の声は、消えない。
 マレウス様に、最近お前は根を詰めすぎだから、気分転換にでも行ったらどうだと言われて、街に降りた。そんな日のことだった。
 軟派で軽薄そうな女性が、俺に言い寄ってきた。それどころじゃないんだ俺は、と言葉にできない嫌悪感を感じ、俺は、恋人がいるから、と断ろうとした。
 だが、俺は思いついてしまった。……そうだ。『他人』じゃないか。この女は。……ちょうどいい、じゃないか?
 俺はその女に、まるで好感を持ったかのごとく、笑みを作った。今までで一番、うまく笑顔を作れた気がした。
「ああ、悪くないな。……良ければ、このあと……」
 そうして、俺はその女に靡いたフリをして、いずれのうちに、身体を重ね。……新たな夢のかけらを、手に入れた。
 それをデュースの元に持っていって。そして、罪悪感に苛まれた。
 こんな……。こんなことをして、本当に、良かった、のだろうか?
 たったひとりの、俺の大切な人のために、他の人の大切な一部を、奪う、ような……。
 ……だけど。そのとき、デュースの口から、吐息が漏れたような、気がした。気のせいかもしれない。俺の強い願いが見せた、夢幻だったのかもしれない。でも、それしか、俺の縋る希望はなかった。
「デュース……?」
 だけどデュースは、そのまま目覚めてはくれなかった。俺は、考えて、考えて、考えて。……考えた、末に。
 眠るデュースの手を取り、その左手の薬指に、そっとくちづけた。
「これが間違いだって、かまわない。たとえ、すべてが無駄な努力であったのだとしても。今、ここに眠るお前の夢が、少しでも、彩られるのなら。俺は……お前のためなら、いくらでも、堕ちていける」
 そうして俺は、その日から、能動的に……。自分から、『獲物』。新たな夢の持ち主を、探すようになった。
 幸い、俺の姿は、どうやら他人にとって魅力的に映るようで、誘いを断られることはなかったから、次々と獲物を探すことができた。
 そうして、食っては捨て、奪っては捨て、を繰り返すようになった。俺はこれを、『夢喰い』と、呼ぶことにした。俺は他人の夢を盗み喰っている、ただの盗人なのだと、自嘲を込めて。
 
 『夢喰い』を始めて、少しが経った頃、親父殿が、俺を諫めた。
「お前のやっとることは知っとるぞ、シルバー。今ならまだ間に合う、引き返すんじゃ」
「……」
 俺は、何も答えられなかった。親父殿は、止めようとしてくれている。俺だって、この方法が正しいとは思っていない。それでも俺は、止まる気はなかった。一分、一秒でも早くデュースにまた会えるのなら、禁忌だって犯す。
「お前の気持ちは、分かる。だが、ただひとりのために、世界を敵に回していくような真似はよせ」
 その言葉に、ようやく俺は答えた。
「……親父殿。ですが……。俺からアイツを奪った世界に、今さら、何の価値がありましょう? 俺が世界の敵に回ったのではなく、世界が俺の敵に回ったのです」
 俺の目をじっと見た、親父殿は言った。
「……そうか。そうなのか。お前はもう……、いや。そうすることで、保っているんだな」
 それから、親父殿はもう、俺の『夢喰い』に何を言うこともなくなった。どころか、時々。手引きや隠蔽を、手伝ってくれるようになった。こうでもしないと、デュースという存在を喪った事実に狂ってしまいそうな、そんな俺の気持ちを慮り、俺の罪を、一緒に被ってくれるつもりなのだろう。俺は、この罪は俺ひとりだけで背負うつもりだったのだが……。
 その気持ちは、とても嬉しかった。

 ある日、前に捨てた女が、俺に声をかけてきた。どうやら、俺のことを忘れていなかったようだ。
「久しぶり! ねえ、今夜どう?」
 俺は、そんな用済みの女に言い捨てた。被ってしまうと夢を盗めなくて意味がないから、顔は一応、覚えていたが。この女にはもう用がなかったからだ。
「ああ。すまないが、名前はなんだったか? 君ひとり程度、いちいち覚えていないんだ」
 女は右手で俺の頬を張った。俺は、激昂し何かを叫ぶ女を置いて、その場をさっさと立ち去った。
 路地裏に入り、治療魔法で頬の腫れを治す。そんなことをしていると、今度は男に声をかけられた。
「兄ちゃん、色男だね。俺とも一回どうだい?」
「……かまわない」
 新顔だな。好機、と俺はそれを受け入れた。知らない女を抱くのも、見知らぬ男に抱かれるのも、今さらなことだ。もはや抵抗などなかった。煙草の煙をかけられようが、苦い精液を呑まされようが、愛の言葉を甘く囁けと宣われようが、どれだってかまうものか。
 あの日、デュースを守れなかった俺の身体ごとき、どれだけ汚れようが、犠牲にしようが、かまわない。
 ――もう一度、たった一度だけ、デュースが、あの日と同じ笑顔で、笑ってさえくれるなら。
 俺は、何を犠牲にしたってかまわないんだ。

 そうして集めてきた夢のかけらを、俺は、デュースへと捧げる。
 光の玉は、デュースの身体へと吸い込まれていく。
 いくつも、いくつも集めてきた。この半年、ずっと、繰り返し。繰り返し、毎晩、毎晩、こつこつと、集めてきた。
 なのに。なのに今日も、デュースは目を覚ましてやくれない。息ひとつ、吐いてくれやしない。
「どうして。どうしてなんだ、デュース……?」
 デュースは、応えてくれない。
「笑って、くれ……。お前の声を、聞かせてくれ。ただもう一度、お前が笑ってさえ、くれれば、たった一声、聞かせてさえくれればっ、俺は、それだけで……っ!!」
 俺は地下室の中でひとり、どうしようもない、慟哭を上げる。すると、そのとき。
 デュースの身体に変化があった。閉じられたデュースの左目から、涙が、つうと一筋こぼれたんだ。
「ああ、デュース……。そうか、やはり……俺は、間違っていなかったんだな……!!」
 ここらでは、かなりの数を集めたと思ったが……。それでも涙一筋ぶんにしかならないのなら、まだ、きっと足りないんだな。
 もっとだ。もっともっと、世界中に散らばる、夢のかけらを集めよう。
 お前だけのために。
 眠り続けるお前の夢が、美しい夢のかけらで、彩られ続けるように。
 いつの日か俺の前で、また笑ってくれるように。
「ありがとう……デュース。それじゃあ、また、行ってくる。次も、待っていてくれ。きっとお前を、目覚めさせてみせるから」
 俺は、誓いのくちづけをデュースの薬指に残し、地下室を後にし、今はただ、罪を重ね、狂っていく。
 ――その涙の本当の意味も、分からないままに。

*おしまい

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