それは、幼い日の遠い記憶。森の中で、一羽の白いウサギを追いかけていた。
追いかけたウサギに追いついて、抱き上げた鼻先にキスをした。好きなものにはくちづけをするのだと、父の膝で読み聞かされた絵本で知ったから。
それは、遠い日の記憶。今は昔の、甘い過去の夢。
そのはずだった。ある日、あの日のウサギのように、目の前を駆けていく彼を、目にしたその時までは。
『兎の夢』
初めて彼を目にしたのは、新入生が入学する式典でのこと。ぎこちなく緊張した様子で返事をする彼を、俺は注視していた。
何故そんなことをしてしまうのか、そのときの俺はまだ分かっていなかった。
今年の新入生の入学式典の日も、俺は時間ギリギリまで眠ってしまい、慌てて準備をして鏡の間へと向かっていた。
そのとき、俺と同じように鏡の間へと慌てて走っていく人物がいた。そんなもの、普段は気に掛けることもないのだが、ぶわりと強い風が吹いて、細めた目をもう一度開いたときのことだった。
同じように風に吹かれた彼の目が、一瞬、こちらを振り向いた。風で飛びそうなフードを抑えながら、少しバラつかせたネイビーの短い前髪を揺らし、眉は気丈そうに吊り上がっている。すぐに鏡の間の方へ振り向き直したその顔に、俺は、奇妙な興味を覚えた。
なぜか、その顔に思ったんだ。――似ている、と。あの日抱き上げた、俺によく懐いた白ウサギとは、夜空のような群青色の髪も、植物の葉のような孔雀色の目も、似ても似つかないはずなのに。
その後の入学式では、昔からの知り合いであるセベクが入ってくる予定の一年生、主君たるマレウス様と父が出席する予定の三年生と、他学年の様子を主に心配しながらも、わずかに彼のことを気にかけていた。そのうち『デュース・スペード』と名前が呼ばれ、ハイと彼が返事をした。それで、初めて俺はデュースの名を知った。
それから、半年。アイツと同じ一年生であるセベクを通じた繋がりで、先輩としてわずかに知り合うことにはなったが、それ以上に特に何があるわけでもなく過ごしていた。デュースの名前は『一年生の問題児コンビ』というくくりで、何かしら騒ぎを起こしているという噂をよく聞いた。あとは、セベクの口から漏れだす至らない同級生への文句でも、しょっちゅうデュースの名前は上がっていた。アイツは勉強が苦手だ、とか、飛行術も得意でない、とか、要領が悪い、だとか。だけど、足だけは速くて、授業の外における隠れた特技は持っているんだ、とか。
そんな些細な言葉や近況さえ、俺の心には少しずつデュースのことが溜まっていった。
ある春の日、デュースが食堂で学友たちと話している声が聞こえた。祭りの時期に合わせて、実家のある時計の街へ帰省するのだ、と。好機と思い、俺は声をかけた。とはいえこのときデュースたちに告げた、時計の街特産の質の良い目覚まし時計が欲しかったのは本心だった。何故なら、俺はこの時計の街で、己の気持ちを自覚することになったから。
デュースの故郷である時計の街を、エペル、オルト、デュース、俺、監督生、グリムの6人で散策する。時折デュースの母君が俺たちの様子を気にかけてくれて、デュースはこうした暖かな家庭で育ったのだな、と思った。
その後、ブラックバニーという不良チームに絡まれたりと、多少のトラブルはあったが、祭り自体は難なく終わった。
それで、俺がいつこの想いを自覚したのか、という話だったな。自覚をしたのは……デュースが、母君に渡された、白ウサギをモチーフにした衣装を着て、ドアに隠れているのを見つけた瞬間。照れた顔でウサギの耳を揺らすデュースを見て、俺によく懐いてくれていた、あの日、あのときの白ウサギが、入学式で彼を見かけたそのときと同じようにフラッシュバックした。不可思議なことだ。デュース以外にも、オルトもエペルもあのときはウサギの衣装を身に着けていたというのに……。
『好きなものには、くちづけを――』
幼い頃聞いた父の声が思い出されて、振り払う。……俺はもう、大人になる。幼い頃のように、好きだからと言ってウサギの鼻や父の頬にいくらでもくちづけていたあの頃とは違うんだ。だが、この瞬間的な回想のお陰で、単純な気持ちは分かった。
ああ、そうか。俺は、デュースのことが好きなんだ、あるいは、特別な好意を持ち始めているのだ、と。実際、いつ、何がきっかけでそうなったのかは分からない。俺の自覚が遅れただけで、ひょっとしたら、一目惚れというやつだったのかもしれない。
それでも、今は少なくともそういう気持ちなのだということを飲み込むことに、大した時間はかからなかった。
好きになって、それを自覚したからには、もっとデュースのことを知りたいと思った。時計の街の祭りに参加したあと、俺はデュースと前よりも話すようになった。自分から、意識的に。デュースはこれを素直に喜んで、受け入れてくれた。この頃には素直に、デュースのことを可愛らしいと好意的に思うようになっていた。別段、好きだという気持ちを止める必要性もないと思っていたから。誰かを好きになることは、何も悪いことではないと思っていた。だから、ルーク先輩からされたバースデーのインタビューでも、兄弟にしたいなら誰かという質問に、デュースの名を出した。その名前はなんでもよくて、ただ、今よりも、もっと近しい関係になりたかったから。
そのうちに、星送りという祭りがあった。デュースはスターゲイザーの役に選ばれ、運の良いことに、俺の部屋まで願い星の回収に来た。そのときに、少し踏み込んだことを話した。俺の家族のこと、デュースの家族のこと。時計の街で母君には挨拶をしていたが、俺に母がいないように、デュースにも父がいなかったのだということをそのときに知った。
俺は、デュースにディアソムニア寮内の案内を申し出た。もう少し、話していたかったから。そこで、デュースの夢を知った。俺は、デュースに言った。
「叶えたい夢があるのなら、よそ見なんてしている暇はない。それだけに全力で挑んで、ほかの余計なことは考えるな」と。そうした意味合いのことを伝えた。俺はもうデュースに好意を寄せていたが、目の前で自分の未熟を嘆くデュースのことを応援したいと、純粋に思っていたから。
そのときは、何も後悔していなかった。デュースのことを、学園の先輩として傍にいて、時に導き、ふらりと傍にいてやれればいいと、そう思っていた。今、思えば、なんと先への思慮が足らなかったのだろう。
不意に、親父殿に聞かれた。冗談交じりに、「お前は恋などしておらぬのか?」と。親父殿は学生の恋バナとやらを時折所望していたから、これはよくある質問だった。大抵は、俺が特に今そうした意中の者はいませんと返して、なんじゃつまらんのう、と返される。それがお決まりの流れだった。
だが、その日は別だった。「シルバー、お前は恋などしておらぬのか?」と尋ねられた俺は、答えた。「しています」と。親父殿は慌てて言った。「なんじゃ、つまらんの……なんじゃって!? 今なんて言った!?」「だから、しています」それからは、親父殿にすべてを根掘り葉掘り聞かれる時間が始まった。
だから、俺はこれまでの経緯を簡潔に応えた。入学式で見かけて、ずっと気になっていて、最近仲がいいです、と。あとは、時折傍にいて導いてやれれば満足だ、という今の気持ちも併せて。親父殿は、はー、と息を吐き、お前も大人になったのう、このこのと肘で俺をつついたあとに、最後に一言だけ言った。
「お前が、誰とどのような恋をしても良い。だが、……後悔だけは、するんじゃないぞ」と。
俺は、まだこのときには親父殿の言葉の真意を分かっていなかった。
この頃になると、俺は夢を渡るとき、デュースの夢へと立ち入れるようになった。俺からの一方的な気持ちではなく、デュースからも親しいという気持ちを持たれる関係になった証のようで、嬉しかった。しかし、実際俺が立ち入った夢の中では、デュースが星送りの祭りの際に少しだけ話した、喧嘩に巻き込まれていた、という過去を見ることになった。俺は、初めてこれを見たとき、衝撃を受けた。デュースは、真面目なやつだと思っていたから。
デュースの過去の中には、目を逸らしたい所業もあった。だが、苦い気持ちを噛みしめながらも、俺は自分の心に問いかけていた。まだお前はデュースが好きか、と。
過去に罪のある人を、お前は愛せるか、と。
それでも、目の前に広がる惨状から今のデュースになろうと努力したことの方に都合良く目を向けようとしてしまうくらいには、俺の心はもう惹かれていたのだと思う。都合がいいというのは、俺にとってなのかデュースにとってなのか、それも含めて。
……すべてを含めて、どれほど、嫌いになろうとしても、できなかった。できなかった以上は、愛することしかできないのだろうと思った。
もちろん、デュースの過去のすべてが許されるべきであるとは思わない。それでも、人の心というものは複雑で、それが正しいからと言って、罪があるからとアイツのことを愛さないことができるほど、俺は器用なわけではなかったんだ。
だから、これ以上アイツが間違った道を歩まないように、傍にいて、導き支えてやるのが俺のやるべきことだろうとひとり結論を出した。
日に日に募っていく俺の気持ちが、さらに深く、大きく変わったのは、暑い、夏の日のことだ。学園の気候はある程度管理されているとはいえ、立っているだけでも身体に汗の流れるある日。中庭でデュースの姿を見かけた。監督生と何か親し気に話している。何を話しているのだろうかと耳をそばだてたとき、その言葉は聞こえた。
「……ああ、大好きだ!」
その後の言葉は、何も耳には入ってこなかった。監督生に何か水を向けられて、デュースは、少し照れたような頬の赤みを浮かべて、満面の笑みで、大好きだ、と答えている。
その言葉を聞いた瞬間から、きっと俺はおかしくなってしまった。
……何故? 俺の心に、淀んだものが湧き上がってくるのが分かった。何故、その言葉を向けられているのが、俺じゃないんだ? その笑みの向かう先が、俺ではない?
俺はずっと、入学式の日、お前と知り合ったその日からずっと……。お前のことを目に映しているのに、何を他に考えていても、心の端にいつでもその存在を置いて、ずっと想っているのに、苦しみながらお前の過去さえ受け入れたのに、お前は今、俺のことを目にも入れていない、のか?
そんな理不尽と不平等を、そんなのは当たり前のことだろう、お前がいつデュースの何になったんだ、と言葉と理屈で抑える理性と、それが何故なんだ、わけがわからない、苦しいと叫ぶ動揺が胸を締め付けた。
痛む胸を抑えながら、寮に帰って、鏡に向かった。今、俺はどんな顔をしているのだろうかと確認するために。鏡の前に立った瞬間、背後のドアがガチャリと音を立てて開いた。
「おいシルバー、戻っていたのか? なら……」
「……セベク……」
「……な、何か、あったのか?」
ただ、振り向いただけで、セベクからの動揺が伝わってくる。……なるほど、俺はひどい顔をしているらしいな。
「教えてくれ。今、俺はどんな顔をしている?」
セベクは、お前に何があったんだ、と尋ねるだけで、答えてはくれなかった。それが答えだろう、と俺は思った。
ふう、とひとつ深呼吸をして、己の心を鎮める。
「すまない、落ち着いた。……それで、何の用事だったんだ?」
「ああ、実は――」
セベクの用事は大したものではなく、その場ですぐ済む程度の言伝だった。それはいい。その場で、気持ちを鎮められたこともだ。これは落ち着かせれば落ち着く気持ちなのだと、分かった。分かった、はずだった。だが。
もう一度、デュースを目に入れたとき。今度は、エースやジャック、エペルと楽しそうに話していた。それにすら気が立ってしまうことに、俺は自分で驚いていた。……落ち着け、彼らはただの学友だ。ただの友人にまで妬心を覚えて、どうするんだ。あの日好きだと言われていた、監督生でもあるまいに……。冷静になれ、俺。……年下の、それも異世界からやってきて心細いだろう後輩に、何を情けない対抗心を燃やしているのか。まだ、交際しているのだと、確定したわけでもない。ただの俺の勘違いかもしれないんだ。だのに、どうして罪もない後輩を責めることができようか。いや、そもそも、本当にデュースと交際していたからと言って、それが何の罪になるのだろうか。もしそうだとしたら、横恋慕と言えるのは俺の方なのに。ぐっと拳を握りしめて、ただ楽しそうに談笑する後輩たちを見守っている。……なぜ、俺の心はざわめき立って、ほほ笑ましい光景を、和やかに見守ってやれないのだろう? それが、本来あるべき姿であるというのに?
「おい、シルバー」
「なんだ?」
振り向くと、セベクがそこに立っていた。何か用事だろうか?
「セベク。俺に何か用事か」
「ふん。お前に用事などない」
「なら、何故声をかけた」
「それは、お前の顔が……いや、そんなもの、僕の自由だろう。では僕は忙しいので、失礼する!」
そう言ってセベクはどこかへ行ってしまう。……セベクと会話しているうちに、デュースたちも見失ってしまった。一体なんだったのか、困ったやつだ。
俺はそれから、デュースのことをできるだけ目に入れないように努めた。いつも、他の誰かと一緒にいるデュースを目に入れれば、ぐらぐらと煮え立つ気持ちがまた湧き上がってきてしまうから。
それでもつい目で追ってしまい目に入れるのは、同じハーツラビュル寮の先輩方に可愛がられているデュースの姿。……ケイト先輩やトレイ先輩が、デュースと何やら仲睦まじげに談笑している姿に、苛立ちを覚える。
トレイ先輩に菓子を与えられ、手ずから美味そうに食っていたり、何故なのか口内を確認するように顎を引かれても、警戒なくそれを受け入れていたり。……そんな無防備とさえ言える姿が、ああ、腹立たしい。
お前の先輩という立場は、俺だけのものじゃないのか。……むしろ、俺よりも、先輩としてさえ、その人たちは親しいんじゃないのか。そんなもの当たり前だ、それの何が悪い、アイツも誰も、何も罪を犯してなどいないだろう、ただお前が勝手に苛立っているだけだ、悪いのはお前だと何度も俺に告げる理性の警鐘が、未だに意味を成してくれない。このままではいけない。俺のこの、おかしくなってしまった気持ちをなんとかしなくてはならないと、その必要性をひしひしと感じ始めていた。
そんな中、次にデュースを目に入れたのは、目覚めたときだった。
「あ、おはようございます、シルバー先輩」
「……デュース?」
「また寝落ちしてたみたいだから、起こした方がいいかと思って」
どうやら放課後の中庭で、夕焼けが照らす中、眠りに落ちた俺をデュースが起こしてくれたようだ。今、デュースは……ひとりだ。
「そうか。起こしてくれて、ありがとう」
「いえ! 眠りたくないのに寝ちゃうなんて、先輩も大変ですよね」
俺の心は、凪のように静かに波打っている。デュースが、ひとりで俺の傍にいる、俺だけのことを目に映してくれている、その時間を取ってくれたんだ、とそれだけで、心に沸き立つあの嫌な気持ちはいくらか拭い取られるような気がした。
「そうだな。だが……」
お前にこうして起こしてもらえるのなら、たまには悪くないかもしれない、なんて馬鹿げた戯言を言おうとして、やめる。
「……いや、なんでもない」
「えっ、なんだったんですか? 気になるな……」
「気にするな。大したことではない」
それよりも、と言った。
「お前も、これから部活へ急ぐのだろう。手間を取らせて悪かった」
そう言って立ち上がり、そうですね、じゃあ僕もこれで、と立ち去ろうとするデュースの手を、思わず取ってしまう。
「……あ」
「え?」
つい、まだ行かないでほしいという気持ちが、前に出てしまった。反射的に出してしまった手を、離して引っ込める。
「すまない、おかしなことをした。……なんでもないんだ」
「……」
デュースは怪訝な顔で俺を見ている。それはそうだ、俺が部活へ行くように促しておいて、引き留めた、矛盾した行いをしているのだから。デュースはそんな俺に向き直り、言った。
「あの、シルバー先輩」
「……なんだ?」
きまりの悪い俺の顔を真っ直ぐに見据えて、デュースは言う。
「僕に何かあるのなら、言ってください。……その、僕はあまり頼りにはならないかも、ですけど。シルバー先輩のこと、本当に渋くて、恰好良くて、すごい先輩だって、尊敬してるんで……。何か、悩みがあるんなら、助けになりたい、って思います」
前、僕にそうしてくれたから、お返しがしたいんです、とデュースは真っ直ぐに俺を見つめてくる。
「それ、は……俺のことが、好きだということか?」
この質問をしたのは、悪手だった。監督生に向けて言葉にしていたからと、俺にもそれをくれないかと、つい、欲が出て、口から出てしまった言葉だった。だが。
「えっ!? あ、あはは……。そんな風に言うのは、ちょっと恥ずかしいけどな……。そう、ですね。好きだと思います!」
自慢げに胸を叩くデュースの口からその言葉が出た瞬間、俺はデュースを勢いよく壁に押し付けていた。
「うわ!?」
「……デュース」
焼き付くような嫉妬の炎が、俺の身を焦がす。ざくり、ざくりと何度も胸を刺す。何故、お前はそうも簡単に、俺のことを好きだなどと言ってみせる? 俺がいくら口にしようとしてもできないそれとは、別の温度で。それは、簡単にそう口にしてしまえるほど、俺のことをどうとも思っていないことの証左に違いないのではないか? なあ。お前は、他の誰かには、特別な温度を持ってそれを口にしているのか?
気が付けば、戸惑うデュースに向けて、俺は醜い感情を吐きつけてしまっていた。
「どうして……どうして、俺じゃないんだ、デュース」
「せ、先輩?」
己の身体と壁の間に閉じ込めたままのデュースの丸い瞳は、戸惑いと恐れの色を見せている。不安になどさせたいわけではないのに。それでも、俺はとどまれなかった。痛む胸を抑えながら、デュースにすべてをぶつけてしまう。
「俺のこの気持ちは、いつだってお前より大きい……。お前に、嫌われているわけではなくて、むしろ、好かれているはずなのに……っ、いつも、いつも、……それが、苦しい、苦しくて仕様がない……っ、お前と俺の気持ちの重さを天秤にかければ、毎度、俺の方にばかり傾くだろうことが……!」
「え……?」
デュースの瞳が、動揺に揺れる。デュースは俺の気持ちを初めて知ったのだろうから、当然のことだ。だが、俺はそれでもまだ、とどまれない。
「お前は、お前のまわりには、いつも誰かがいる。俺じゃない、たくさんの人が……っ。そして、お前は、誰にも彼にもかまわず、笑顔を向ける。好意を、差し向ける。……それは俺にも例外ではなく、だが、俺は、それだけでは……っ!」
「……、先輩、それって……」
ぐらぐらと、視界が揺れそうになる。激しい感情に揺さぶられ、涙さえ滲んできそうだ。ぐっと拳を握りしめて、堪えている。こんなものをいきなりぶつけられて、泣きたいのはデュースの方だろう……!
「お前が、他の誰かに好きだと、そう告げているのを見かけただけで、好意的な笑顔を見せているだけで、腹の底からぐらぐらと煮えたぎった溶岩のような、濁ったわけのわからない苛立ちが沸き立ち、そして、分かって、許せなくなるんだ……っ!」
「何が、許せないんですか?」
デュースの手が伸びて、俺の頬に触れてくる。ああ、何故。何故お前は、こんなどろどろでぐちゃぐちゃになった俺の情けない感情を、受け止めようとしてくれるんだ。そんなことをされたせいで、とうとう、みっともなくわがままな本心を、デュースに投げつけてしまう。
「お前は……っ、お前は、俺がいなくても、勝手に幸せになれるじゃないか、俺じゃない、他の奴と……っ!」
激しく昂った感情を吐き捨てて、半ば縋るようにデュースの肩口に顔を埋め、抱きしめる。抱きしめて、懺悔のような言葉を発する。
「……俺は、俺がこんなに欲深い人間だと、知らなかった。こんなに、恋なんて感情に、狂ってしまうとは思わなかった。こんな気持ち、知らなければ良かった。知らなければ、お前に、こんなものをみっともなくぶつけて、困らせてしまうこともなかったのに……っ」
「……」
デュースの手が、俺の背に回り、ぽんぽんとあやすように俺の髪と背中を撫で下ろした。
「僕なんかのこと、そんなに好きになってくれる人がいると思わなかったな」
「デュー、ス?」
思わず身体を離して、デュースの顔を見上げる。すると、そこに浮かべられていたのは。
「先輩……。ちょっと、思い詰めすぎですよ。まずは一緒に深呼吸、してみません?」
ただ、普通の告白をされたかのように、へへ、と照れくさそうに笑う、デュースの笑顔だった。
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