深紅のパシオン・R

 ・シルバー一人部屋設定
 ・R15

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 バチン!
 風魔法と水魔法の衝撃が激しくぶつかりあう音がして、目の前を飛沫が弾ける。
 思わず目を細めれば、その一瞬の隙をついて距離を詰めたシルバー先輩の顔が目の前にあった。
「トドメだ!」
 シルバー先輩に足を払われ、背中が地面に着いた。体勢を起こす間もなくマジカルペンを刺した警棒が僕の顔の横にダンと激しい勢いで打ち立てられる。
 その勢いのままに、シルバー先輩は僕の顔に己のものを近づけ――キスをした。
「んぐ、ぅ……!」
 僕は屈辱の気持ちのままにそれを受け入れる。悔しい、また負けた……!!
 シルバー先輩が、腕で唇を擦りながら起き上がれば、僕も地面に着いた体を起こした。
「あ〜〜〜〜っ、悔しい!! また負けだ!!」
「ふっ、今回も俺の勝ちだな、デュース」
 休日の運動場の隅。僕たち二人はそこで、魔法も格闘もないまぜになった戦闘訓練をしていた。もちろん魔法による私闘は校則で禁止されてるから、ちゃんと事前に先生方とお互いの寮長にお願いして、許可もとってある。
 で、なんで僕たちがこんなことをしてるのかって言うと、だ。理由なんてない。あえて言うなら、お互いにずっと、身体の熱が治まらないからだ。
「もう一回お願いします!!」
「望むところだ!」
 今は全力で戦っているが、シルバー先輩と僕は付き合っている恋人同士だ。そうじゃなきゃ、キスなんてしないしな。
 本来、恋人同士の休日っていうのは、部屋でゆっくりデートしたり、外に出かけてみたり、そんなゆったりとした時間を過ごすんだろう。僕たちも、そういうことをやってみた時期はあった。もちろん、そんな時間だって大切だ。暖かくて優しい、愛おしい時間。そんな時を一緒に過ごすのだって悪くない。
 でも、今の僕たちは、それだけじゃ足りない。全然足りないんだ!
 なんてったって、街に出かけても、部屋でゆっくりしていても、僕たちの熱は全然治まらない。治まらないから、何度も出先で裏道に隠れては熱いキスをしたり、ベッドの上でシーツをぐしゃぐしゃにしながらお互いの吐息を奪い合ったり。
 それでもまだまだ僕たちの身体の熱は治まらないから、このままじゃまずい、溺れてしまうってわけで、防衛魔法の特訓がてら体を激しく動かしてるってわけだ。
「ッシャア、行くぞ!」
「来い、返り討ちにしてやろう!」
 シルバー先輩の目が睨むように僕を真っ直ぐ見据える。真剣な目に、身震いする心地がした。もっとだ。もっと僕をその目に映してくれ!
 とにかく、シルバー先輩の目に映りたい。そんな情熱が僕の体を突き動かし、地面を蹴らせた。
 
 *
 
「浅はかだ!」
 足元を蹴り、砂煙の煙幕を起こしたまでは良いだろう。だが、そのまま正面から真っ直ぐに突っ込んでくるのは対応がしやすい愚策だ。走ってきたデュースを勢いのままにいなし、足をかける。
 体勢を崩し、倒れかけたデュースの背中を受け止めて腕に抱き、その唇にキスをした。
「また俺の勝ち、だな」
 デュースは心底悔しそうに眉をしかめ、こちらを睨みつけながら負けを認めた。
「……参りました!」
 口ではそう言いながらも心ではまだ負けを認めていなさそうな威勢の良い語気に、いいじゃないかと心が燃え上がる。
 この特殊な鍛錬が始まったのは、少し前のことだ。デュースと恋人になった俺は、日に日に自分の気持ちや欲が熱を帯びていくのを感じた。それこそ、自分ではどうしようもなく止められないくらいに。
 初めは、大切にしようと。宝物のように扱おうと、それは丁寧に振る舞っていた。だが。幾度も逢瀬を重ねるうちに、デュースに触れる機会が増える度に、もっとだ、もっと。そのすべてを知りたい、味わい尽くしたいという欲が止まらなくなっていった。
 だから、麓の街で逢い引きをしたときも裏路地にデュースを引っ張りこみその唇を貪り尽くす狼藉を働いてしまったし、部屋で二人きりになれば、デュースの吐く息のすべてを奪わない日はなかった。
 しかし、それは俺だけの悩みではなかったようで、デュースも同じように、体の芯から帯びていく熱の昂りに悩んでいたのだという。
 そこで俺たちは考えた。この身を焦がす衝動が消えないのなら、まずは身体を動かせばいいのでは無いか、と。
 それで、防衛魔法と身のこなしの特訓がてらに「相手の隙を見て唇を奪った方が勝ち」というルールでの鍛錬を重ねている、というわけだ。
 デュースの目が、俺を真剣に見据えている。俺に勝とうと、俺のことだけを考えて必死になっている。そのことは更に、俺の心に熱を帯びさせる。
 友人たちは俺たち二人の様子を見て、「なんで休みの日に恋人とまで戦ってるんだ」と、呆れた顔をする。それでも、俺たちはこう思っている。愛情の形など、俺たちが決めてしまえばいい、と。
 お互いへの熱が止められず、身に余るほどの衝動を感じてしまう、これが俺たちの愛の形なのだと。
 次の試合に入ろうとしたとき、夕方の時刻を知らせるチャイムが鳴った。
「今日はここまで、だな」
「ありがとうございました!」
 デュースは、砂埃でどろどろになった顔を腕で拭う。そのための運動着とはいえ、早く洗った方がいいだろう。
「シャワーを浴びて、部屋へ戻るか」
「はい!」
 デュースを連れ、シャワールームを経由してディアソムニア寮の自室に戻る。
 部屋に入るなり、デュースをベッドへと倒し、口付けた。
「はあ……っ、すまない。まだ、熱は冷めそうにない」
 かと思えば、デュースも俺の唇を奪い、舌なめずりさえしてみせる。
「僕もですよ、先輩。まだ、全然冷めてないです。むしろ、余計に熱くなったかも……!」
「そうか、ならば……」
 またデュースの唇を奪い、今度は舌まで差し入れる。
「ん、んむ、ふ、ぐぅ……っ」
 息ができるギリギリまでずっと、求める。そうすれば、デュースも負けじと吐息を、舌を、奪い返してくる。クラクラと眩暈がするような心地がして、それでもデュースのすべてを奪いつくそうとするこの身体は止められない。
「ん、んん……っ」
「……ん……!」
 舐めて、吸って、時折甘噛みさえ孕んだ深いくちづけを何度も何度も繰り返せば、お互いの瞳が潤み、頬が染まった頃。
 唇はキスに夢中なまま、手ではマジカルペンを乱雑につかみ、急いで部屋に防音と施錠の魔法をかける。
 とはいえ、本格的な性行為をするつもりはない。俺たちの身体は、欲は、確かに燻る熱を帯びてはいるが、なぜか行為だけはくちづけで済んでいる。
 と、言うよりも……くちづけによって貪り合いたい、とした方が正しいのかもしれない。本格的に身体を触れさせ、心のまま獣のように求め合えば、この熱がいくらかきっと落ち着いてしまうことを、俺たちは本能的に知っている。
 だが、まだだ。まだ足りない。俺たちはまだ、この熱を燻(くゆ)らせたままで、お互いを燃やし尽くして、限界が来るその日まで、もっと、もっと高めていたいんだ。
 ぴちゃぴちゃと互いの舌を舐め合う唾液の音と、舌と舌の擦れ合う音だけが幾度も部屋に響く。
 いつか生まれたままの姿でこの熱をぶつけ合う日は来るのだろうかと思い浮かべた、今はまだ遠いその日を瞬きで消した。

 そんな毎日を過ごしていたある日のこと。俺は、見てしまった。学園の中庭で、デュースがエースとくちづけている姿を。後ろ姿なので、本当にくちづけているのかどうかまではよく見えなかった。ただの俺の見間違いなのかもしれない。だとしても、だ。
 心の奥から、怒りと妬心が湧いてくる。デュース。お前は俺だけのものだろう? お前の視線は、俺がひとり占めにしているべきだ。そんな身勝手な熱が、衝動が、気持ちが、次から次へとあふれ出してきて、気付けばその場からデュースを半ば無理やり連れ出し、学園裏の森の奥まで来ていた。
「先輩? どこまで行くんですか!?」
 デュースの問いに、俺は答えない。コイツを連れて行こうとしているのは、森の奥の奥、誰も知らない秘密の場所だ。そこでは植物の葉が重なり合うことで小さな空間を作っていて、ちょっとした雨宿りなんかにも使える。動物たちにこっそりと教えてもらった、どこからも、誰からの邪魔も入らない場所だ。秘密基地と言い換えてもいいだろう。当然屋外だが、今はそんなことさえかまっていられない。
 俺はその場所に着くなり、デュースを地面へと乱雑に押し倒して問い詰めた。
「先ほどはエースと、何をしていた?」
「何、って……んぐ!」
 デュースの言葉を遮り、キスをする。冷静に考えるのならばそのことはきっと俺の勘違いだろうが、それでも、そんなことはどうだっていいんだ。
「……お前が映すべきは俺だけだ。そうだろう?」
「せん、ぱい……!」
 吐息が荒くなる。デュースは俺に向けて手を伸ばし、勢いのままに口づけてきた。歯が唇に当たり、血が流れる。痛みに一瞬眉をしかめたが、それでもいいと己の流した血液ごとデュースの唇を舐め、舌を差し入れた。
「アンタのことしか、目になんか入れてない」
 貪り合うくちづけの合間に、涙を滲ませながらデュースはそんなことを口にした。
「ならば、なぜエースとくちづけた?」
 半ば睨みつけるように問い詰めると、デュースはそんな俺を一笑に付した。
「はっ、何の話だか……。さっきのことなら、スートが崩れてるのをエースが直してただけだ。そう見えただけじゃないですか」
「……そうか。やはり、俺の思い違いだったらしいな」
 だが、と俺は続ける。
「今となっては、些細なことだ。デュース、お前は俺のものだろう。それを分からせてやらねばならない」
「……上等ですよ。どっからでも、かかってきてください」
「いいだろう。……お前が誰のために生まれてきたか、存分に答えを教えてやる」
 挑発的な笑みを浮かべるデュースの唇を奪い、固い地面へと押し倒す。とうとうあの重ねてきた熱をぶつけ合うそのときが来たのだと、よく分かっていた。

『先ほどはエースと、何をしていた?』
 僕のことを睨みつける、シルバー先輩の鋭い視線を、語気の強い言葉を、思い出す。……シルバー先輩はどうやら、僕がエースとキスをしていたと勘違いして焼きもちを妬いてしまったらしい。それで、僕の何もかもを、自分のものにしたいんだ。そう考えると、身体がゾクゾクするような感じがした。
 あのシルバー先輩に、心の底から僕が求められている。普段は大人しくて、冷静で、みんな頼りにしていて、憧れている後輩もたくさんいる。そんな、シルバー先輩の視線を、欲望を、僕が独り占めにしている。そんな優越感が、背筋にゾクゾクとしたものを募らせていく。
 シルバー先輩に引っ張られるままに来たから、ここがどこなのかは、よく分からない。でも、今はそんなのどうだって良かった。シルバー先輩の熱い手に、唇に、もっと触れられていたい。
 今は下着の一枚だって、僕たちの間にあるものは邪魔でしかない。脱いで、脱がせて、生まれたままの姿になって、シルバー先輩と身体ひとつでお互いのことを貪り合う。まるで動物みたいだ。
「シルバー先輩、シルバー……っ!」
「……デュース……!」
 喘ぎ声の合間にお互いの名前だけを呼び合いながら、壊れそうなくらい激しく求め合っていく。他の言葉なんていらない。それだけで僕らは、全部溶けあえる気がしていた。何もかも脱ぎ捨ててひとつになりたい。そんな欲だけがこの場を支配している。なんだかおかしくなって、今ならなんだって口にできる気がして、僕の口は笑いながら単純なくらい恥ずかしい愛の言葉を紡いだ。
「ふは……っ、愛してる、愛してます、シルバー先輩……!」
「……ああ。俺もだ。愛している。お前の、そのすべてを……!」
 僕が覚えていられたのは、きっとそこまでのことだ。あとの記憶は、何もかも。思い出そうとする度に、熱い熱い熱が邪魔をして、ただただ享楽と情熱の海に溺れたことだけを自覚させられるんだ。

 だから、次に僕がハッキリとした意識を保っていられたのは、シルバー先輩の部屋でのことだった。あれからどうやってシルバー先輩の部屋に戻ってきたのか、全然覚えていない。目を覚ましてベッドから身体を起こすと、おはようと笑うシルバー先輩が二人分のコーヒーを淹れてほほ笑んでいた。
 自分の身体を慌てて見回すと、少しだけサイズの大きな白いシャツと、自分の下着が履かされている。シャツから覗く首元にはたくさんの痣が残っていた。
「身体が痛むか?」
 コーヒーを飲みながら、シルバー先輩が声をかけてくる。言葉とは裏腹にあまり申し訳なさそうじゃないことに、不思議と納得してしまった。
「いえ、大丈夫です」
 どうやら、僕は本当にシルバー先輩と最後までしてしまったらしい。初めてが外でのことになるとは思わなかったけど、まあ、なんていうか……たぶん、気持ち良かったからいいか、うん。それさえもよく覚えてられないほど、どろどろにされたみたいだし。
 だけど不思議と今はまだ、恥ずかしいという気持ちはなかった。むしろ、僕はそのことをどこか誇らしくさえ思っている。心の底から、身体の奥から、芯から全部シルバー先輩のものにされた。僕の何もかもがシルバー先輩のものになった。そんな実感が少しずつ湧いてくることを。
「シルバー先輩」
 僕はベッドから立ち上がり、椅子に座るシルバー先輩の元へ行く。手に持ったマグカップを机に置かせ、その膝に座った。シルバー先輩は驚いた顔もせず、僕をただじっと見上げている。
「キスしてください」
 シルバー先輩は僕の頬に手を伸ばし、キスをする。舌こそ入ってこないけど、触れるだけのキスじゃない、ぐっと押し込むような熱いキスだ。……今しがた飲んでいたせいか、コーヒーの味がする。こうしていると、なんだか大人になった気分だ。唇が離れると、僕はシルバー先輩の首に腕を回した。
「……また、いっぱい熱くなりたいですね」
「ああ」
 シルバー先輩は、抱きかかえるようにしながら僕の背中を撫でる。溜めに溜めた僕たちの熱は、ひとまず落ち着いたと言ってもいいんだろう。
「満足しました?」
「ふっ、どうだろうな」
 そう言いながらも、シルバー先輩の手は、荒々しく僕を抱いたことが嘘のように優しく僕に触れてくる。シルバー先輩の胸の中で頭を撫でられていると、窓を叩く無数の音に気が付いた。
「雨、降ってたのか」
「ああ。あのあと、急に激しく降り出した。だから、急いで服を着せ、お前を部屋へ連れ帰った」
 ほかの服はもう魔法で洗濯して乾かしてあるぞ、とシルバー先輩は言った。そう改めてあのあとのことを言葉にされると、ようやく少し恥ずかしいなという気持ちが湧いてくる気がした。
「着替えるか?」
「……もうちょっと、このままで」
 シルバー先輩の肩に頭をうずめる。甘えん坊だなと笑ってシルバー先輩はそんな僕を抱き寄せてくれた。熱い。何もかも。シルバー先輩の肌に触れている頬も、脇に置かれたコーヒーの湯気も、思い出すすべても、何もかも。冷たいのは、部屋の温度だけだ。それが余計に僕たちの熱を際立たせている感じがして、もう身体は繋がっていないのに、まだ僕たちはとろけ合ってひとつになっているままのようにさえ思えた。
「せんぱい、好き」
「ああ」
 子どもを宥めるように、シルバー先輩は僕の頭をぽんぽんと叩く。嬉しくなってちゅ、と触れるだけのキスをすると、シルバー先輩は額にキスを返してきた。ずるいな、先輩ばかりオトナの余裕を持ってるみたいだ。
 そんなことを考えて頬を膨らましていると、シルバー先輩が僕の目元をなぞる。
「すっかり印を消してしまったな。リドルのところに帰す前には、元に戻してやらなくては」
「今、消えてるんですか?」
「ああ、消えている。涙や雨で崩れていたからな、一度布で拭きとった」
「じゃあ、今、僕素顔なんですね。……へへっ」
「嬉しそうだな」
「少し恥ずかしい気もしますけど……シルバー先輩に素顔を見せるのも、なんかちょっといいかもなって」
「そうか。なら、存分にこの時間を堪能させてもらうとしよう」
 そう言ってシルバー先輩はスートの消えた僕の目元にくちづける。たくさんの水の粒が激しく窓を叩く音が止まるまで、僕たちは熱の余韻を楽しむことにした。雨は、まだ当分止みそうにないけれど。

*おしまい

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