星のエピローグ - 2/2

【12】
 それから五回目のデートだが、これは急遽中止になった。シルバーは事前にデュースに向けて今日は同室の者がいないから部屋に来てもいいと連絡を取っていたものの、その日の夕方突然マレウスの消息が不明になり、捜索にどれくらいかかるか分からないために部屋でのデートは中止にする旨が伝えられた。
 通知を受けたデュースは『分かりました、僕のことは気にしないでください、ドラコニア先輩早く見つかるといいですね』なんて画面上では物分かりの良い返事をしてみせたが、実際のところ、全身をベッドに投げ出して、脱力してスマートフォンも枕元に放り投げていた。
 淋しい。今日は久々に会えると思っていたのに。言葉を交わし、見つめ合い、朝までゆっくりと二人の時間を過ごせると思っていたのに。この日のことを、今日まで毎日、ああ、明日は、明後日は、とうとう、と一分一秒を惜しんで待ち望んできたのに。それをたった一言で、他の誰かを優先されたことが、淋しい。その人が先輩にとって、とても大事な人だと分かっていても。自分の母親と同じように、家族と同じくらい大事な人だと分かっていても。自分だって同じように、忽然と家族がいなくなればそうすると分かっていても。彼らにとっては急なことだったろうに、自分の存在を快く受け入れて、あまつさえ気にかけ、気を回してくれる優しい先輩が姿を消したこと、それを自分だって多少なりとも心配していても。それでも、どうしても心の奥で消えない淋しさが募ってしまう。こんなこと思っちゃダメなのに。こんな最低なこと思ってるなんて知られたら、それこそ本気でシルバー先輩に嫌われかねないのに。デュースは心の中で、様々な理屈を唱えて、その嫌な気持ちを、何度も、何度もかき消した。それでも、複雑な想いはデュースの心に残る。『代わりといってはなんですが、次のデートではしっかり埋め合わせしてほしいです』なんて追撃のメッセージは、いっこうに送れないまま取り消しボタンを押す羽目になった。シルバーに、今日のことを気にしていると悟られたくない気持ちの方が勝っていたから。こんなことをいちいち気にして、鬱陶しい奴だ、重苦しいと、思われたくなかったから。いなくなってしまったマレウスよりも自分の心配なのかとか、そんな風にも思われたくなかったから。自分の余計な通知で、マレウスを探すシルバーの邪魔をしたくなかったから。相手がそんなことを思う人じゃないと分かっていても、それでも、やはり不安の種はデュースの心からは消えてくれず、焦燥の中、早くマレウスが無事な姿で見つかってくれと願うばかりだった。
(ドラコニア先輩の心配ひとつも打算なしで出来やしないなんて。俺はやっぱり、嫌な奴だ)
 デュースの目元に、自己嫌悪の涙が滲んだ。それを頬まで流すことは、デュースのプライドが許さなかった。

 一方、シルバーはといえば、デュースのスマートフォンの通知を光らせたその数時間後、一緒に捜索していたセベク、リリアと共に無事マレウスを発見していた。シルバーは、ひとまず主君が無事に見つかって良かったと胸を撫で下ろす気持ちで寮へ戻る。そのあとは、あまり一人でお出かけにならないでくださいねと皆で一通りの注意をし、もう遅いから今日は休みましょうと提案する、普段通りの流れなはずだった。リリアが、普段通りでない一言を口にするまでは。
「マレウス様、僭越ながら毎度申し上げておりますが、一人でのお出かけはなさらないよう……」
「ああ、理解はしている。だが、僕にも僕の考えがある」
 いつも通り、自分たち家臣の注意はあまりマレウスに響いていない。これからもまたきっとこんなことがあるだろう。どうしたものかと溜め息をついたとき、リリアが呆れ顔で口にした。
「これ、マレウス! ちょっとは小言くらい聞いてやらんか。シルバーなんて、今日のデートをフイにしておぬしを探しとったんじゃぞ!」
「……デートを?」
 敬愛する父親からのいきなりの申し付けに、シルバーは慌てる。
「親父殿!?」
「シルバー、それは真実か?」
「……い、いえ。とんでも、ない……そのような、予定は……」
 シルバーの目は泳ぐ。元来嘘がつけない性格であるため、マレウスにも、リリアにも、果てはセベクにまで、シルバーの言葉が嘘なのは簡単に分かることであった。
「どうやら、真実のようだな。それはスペードにもすまないことをした」
「そのようなこと、若様がお気になさることではありません!」
「なんじゃセベク、そうは言うがな、人の恋路を邪魔しておると馬に蹴られて死んでしまうのじゃぞ!」
「し、しかしそれは慣用句では!?」
「そう思うじゃろ? じゃがな、こんな話がある……」
「ふむ……」
 マレウスは何かを考えこみ、リリアは何やらセベクに出鱈目交じりの説教を続けている。いつも通りの光景といえばいつも通りの光景だが、なんとなくシルバーが居心地悪く佇んでいると、ばちりと目の合ったマレウスが不敵に牙を見せ笑ってみせた。
「……そうだな。では、シルバーには詫びとして二日ほど長めの暇を与えてやろう。その間、僕が無礼を働いてしまった分までスペードに礼を尽くしてやれ。ローズハートにも、お前のところのトランプ兵を一人借りると話を通しておこう。これを利用して、二人で旅行でもしてくるといい」
「そんな、頂けません。護衛は親父殿とセベクがいるとしても、俺のプライベートな事情のためにマレウス様にそこまでしていただくわけには……」
「何を勘違いしている、シルバー。これは僕から学友たるスペードへ行ってしまった無礼の埋め合わせだ。本来は僕が詫びるのが筋であろうが、今回はより適役がいるようでな。それで、僕の代理をお前に果たしてもらいたい、と頼んでいるのだぞ?」
「……そういう事情であれば……。分かりました、お引き受けいたします」
 マレウスとシルバーの揉め合いがひと段落したのを見るや否や、リリアとセベクは割って入る。
「おお、恋人との小旅行か、シルバー。旅のコツならいくらでも聞いてくれてよいぞ! さ、さ。早く相手方にも知らせてやると良い」
「ふん、お前が留守の間は僕が完璧にマレウス様をお守りしてやるからな! 戻ってきてお前の居場所がなくなっていても知らないぞ!」
「……みんな、ありがとう……。それに、マレウス様も……」
「うん?」
「……本当は、気にしていたんです。恋情と忠誠は違うと、俺の頭や心では分かっていても、向こうもそうとは限らない。俺は、どうしてもこうして主君を……マレウス様を、優先してしまう日がある。そのことが、アイツの心に影を落としていないか、本当はとても心配で……。だから、マレウス様……お気遣いおよび機会をいただき、大変……大変、感謝いたします」
 シルバーは、心から感謝を込めてマレウスに頭を下げた。マレウスはそんなシルバーの姿に、立派になったものだとほほ笑みを浮かべる。
「まったく、大袈裟なことだ。それに、元はといえば僕のせいとも言える。そう気にするな」
「それでも、ありがとうございます」
「……ああ、そうだ。それなら、ひとつだけ頼まれてくれるか? それで今回は手打ちとしよう」
「なんでしょう?」
「それは――」
 それからシルバーは自室に戻り、デュースに向けてメッセージを打ち込み始めた。
『お前はもう寝ているだろうか? あの後、マレウス様は無事に見つかった。それで、いろいろあって――』
 しかし、文面がうまくまとまらず、打ち込みかけたものを削除してしまう。今頃、デュースは何を思って眠ったのだろうか。楽しみにしてくれていたろうに、いきなりデートを取り消されて、きっと悲しかったろう。淋しかったろう。本当なら、今日はすまなかったと言って、ぎゅっと抱きしめてやりたい。それなのに、俺の文面はあまりにもそっけない。眠気が来る度に自分の頬をつねりながら、散々メッセージを考えて、ようやくそれを送ろうとしたとき。間違えて、通話ボタンを押してしまった。
 しまった、これでは寝てる相手を起こしてしまう、とすぐに切断しようとすると、不意に呼び出し音が止まり、機械越しの愛しい声がした。
『……シルバー、先輩?』

【13】
 眠れない。モヤモヤした気持ちが心にうずくまって、そんな自分が嫌になって、デュースは眠れずにいた。どうしてあの人に、嫉妬のような気持ちを覚えてしまうんだろう。先輩の大事な人だって分かっているのに、いなくなるなんて一大事なんだって、頭では分かっているのに。それでも、いとも簡単に自分はフイにされてしまうのだと、ぐるぐると嫌な気持ちが渦巻いて、眠れないままでいた。どうせ眠れないのなら勉強でもしようと机に向かったりもしたが、まったくペンが進まないのもあり、一度、ホットミルクでも飲んで落ち着こうと自室を離れ、誰もいない夜の談話室へと向かった。そんなときだった。珍しく、シルバーから通話がかかってきたのは。こんな夜中に誰だよなんて荒みながら見た通知に記された名前に、考える間もなくデュースは通話ボタンを押した。
「……シルバー、先輩?」
 機械越しに、愛しいその声が聞こえる。
『デュース、すまない、起こしてしまっただろうか』
「いえ、なんだか眠れなくて……せっかくだから勉強してました。全然、集中できなかったんですけど」
 これは本当のことだった。机に向かってノートを開いてはいたが、まったく集中できていなかった。勉強していた、といえばしていたのだろうが、集中したかった、と言った方が正しい。
『そうか。睡眠の邪魔をしていないのなら、良かった。本当はメッセージを送るつもりだったのだが……間違えて、通話のボタンを押してしまったみたいだ』
「はは、先輩、機械慣れてないって言ってましたもんね。それにこんな時間だし、寝ボケちゃってたんだ」
 シルバーは電話越しにバツが悪そうにうなずく。
『……まあ、そうだ』
「あ、じゃあ僕、先輩が寝るの邪魔しちゃってますね。すいません。すぐ切りますね」
『いや、待ってくれ。せっかくなら、すぐに伝えたいことがいくつかある。お前さえ良ければ……聞いてくれるか? 途中で、寝てしまうかもしれないが……伝え終わるまで起きているだけの努力は、必ずする』
「僕は全然、大丈夫ですけど」
『良かった。それじゃあ、話すが――』
 シルバーの話をかいつまむと、こうだった。あの後マレウスを無事発見し、デートの予定があったとリリアにバラされたこと。それを気にしたマレウスが休暇をくれたこと。そのために、二人で旅行にでも行かないか、という誘い。
「いいんですか? 先輩、護衛の仕事で忙しいのに……」
『このことは、マレウス様からの詫びの側面もあるそうだ。思うところもあるかもしれないが、誘いを受けてもらえると、嬉しい。それに、マレウス様からも伝言を預かっている。『スペードに「邪魔をしてすまなかった」と伝えてくれ』と――』
 これはシルバーがマレウスに頼まれたことであった。マレウスも、二人の邪魔をしたいと思っていたわけでは無く、ただ偶然にも悪いタイミングが重なってしまっただけだったのだ。
「……それなら、もちろんお受けします。ホントはちょっと淋しかったので、嬉しいです」
 デュースは、あれほど複雑な気持ちを抱いたマレウスに今や感謝していた。無事に見つかった報告にも、心底安堵していた。我ながら単純だな、と心の中で自分に呆れた。それでも、好きな人と一緒にいることを応援してくれるのは嬉しかった。なんでこんな気遣いが出来る人にあんな気持ちを抱いてしまったんだろう、と心の底から後悔するくらいには。
 だが、シルバーは、本当は淋しかったので、という言葉が引っかかっていた。ああやはり、淋しい思いをさせていたのか、と。それについて、考えるよりも先に口が謝罪していた。けして、自分が間違ったことをしているとは思わない。それでも、どんな事情があれ、本来は大事にするべきであろう恋人を優先できなかったのは事実だ。そんな自分への理解を恋人に求めるのなら、自分は己と相手の感情に対して、より誠実でなくてはならないと思ったから。それに、自分の恋人は我慢強く、心の内で何を思っていても、なかなか素直に弱音を吐いてはくれないと知っているから。
『デュース。今日は淋しい思いをさせて、すまなかった。この通話をかける前、メッセージを送ろうとしていたときに、お前がどんな気持ちで眠りについたのかと、きっとそれは良くないものだろうと、ずっと考えていた。……本当は、今すぐお前の傍に赴いて、抱きしめながら言ってやりたかった。だけど、それができないのならば、せめて言葉だけでも通じればいいと思う。……お前のことが、好きだ。悲しませて、すまなかった。次の機会はきっと、満足させてみせる』
「……ぐすっ」
『デュース? ……泣かせてしまったのか? すまない、それほど悲しませていたとは……』
 デュースは思わず涙ぐんだ。それは、シルバーが心配しているように、悲しかったからではなかった。
「違いますよ。先輩が、優しくて……、僕のこと、すっごく考えてくれてて、嬉しかったんです。だから、ちょっと、なんていうか……感動したっていうか、気持ちが、高ぶっちゃって……。こんな遅い夜だから、余計にですかね。ありがとうございます。確かに、先輩の心配した通り、悲しい気持ちも、モヤモヤした気持ちも、正直ありました。でも、こんなに大事に考えてくれるんだって分かったから……、好きだって、言ってくれたから。もう、大丈夫です。全部、吹っ飛びました! あとからでも先輩がこんな風に言ってくれるなら、次からだって、へっちゃらですよ!」
 デュースの言葉に嘘はなかった。たくさんのことに嫌な気持ちを抱いたことは、まるで窓ガラスの汚れを拭き落とすかのように、シルバーの言葉にひとつひとつ拭われていった。シルバーの誠実な態度を受け、次に同じことがあってもこの人となら絶対に大丈夫だとデュースの心は確信した。
『そうか。それなら、良かった』
「はい。……好きです、シルバー先輩」
『ああ。俺もだ』
「はい、ありがとうございます。あまり、引き留めても悪いですよね。名残惜しいですけど……続きはまた、話しましょう。おやすみなさい、シルバー先輩」
『ああ、おやすみ、デュース』
「はい、おやすみなさい、シルバー先輩」
 通話終了ボタンを押し、プツリと音が立って通話が切れる。8分。短いようで長い通話時間だった。
「……僕も寝るか! 先輩との旅行、楽しみだな……」
 だけれど、そのたった8分で、交わした言葉だけで、デュースはすっかり晴れ晴れとした顔をしていた。

【14】
 数日後。二人はとあるグランピング場に来ていた。穏やかに広がる森の中、コテージから少し離れた場所には川が流れており、管理所から道具を借りればバーベキューなども可能だ。
「いいところだ。マレウス様や、セベクにも感謝しなくてはならないな」
「本当にそうですね。何から何まで手伝ってもらっちゃって、なんだか申し訳ないな」
 普段はデートの場所をどちらかに任せたり、二人で相談して決めていたシルバーとデュースであったが、今回は違った。マレウスがデートを潰してしまった詫びにと、セベクやリリアと共に手配を手伝ってくれたのだ。デュースには以前、マレウスへの嫉妬心を覚えてしまったことによる後ろめたさもあっての発言だったが、シルバーはそれを宥めた。
「そう言ってくれるな。マレウス様も、お前に無礼をしてしまったのではないかと、とても気にされていた。お前がこの旅行を楽しんでくれることが、一番の報いになる」
「そっか……。そう、ですよね。せっかくたくさん準備してくれたんだし……。よし! お言葉に甘えて、しっかり楽しむことにします!」
「ああ、それがいい」
 二人はコテージに着くと、まずは荷物を置いた。これから何しましょう、とデュースが問えば、シルバーはグランピング場の案内冊子を出して、お前は何がしてみたいだろうか、と尋ねた。
「いろいろと道具を貸し出ししているそうだから、やりたければなんでもできる。川で釣りをしたり、鉄板で肉や野菜を焼いたり。山の中に散歩できる道もあるらしい」
「どれも面白そうですね! まずはお腹空いたし、ちょっとだけ魚釣って、もし釣れたら肉や野菜と一緒に、焼いて食べてみたい気もするな。それから腹ごなしに散歩するとか」
「いいだろう。魚が釣れたら、捌くのは任せてくれ」
 こうして二人は、グランピング場でのアクティビティを存分に楽しんだ。一時間ほど二人で釣りを楽しんだところ、魚は五匹ほど釣れ、2匹ずつは串刺しにして塩焼きにし、最後の1匹はスープにして分け合って食べた。魚を調理した鉄板が熱いうえ、まだまだ腹は空いているからと、肉や野菜を追加して購入し、交代に焼きあって食べた。それから道具を片付けたあと、森の中にある遊歩道を歩き、シルバーに寄ってくる野生動物たちと戯れ、癒しのひとときを過ごした。そんな時間を過ごしているうちに、やがて日が暮れ始める。
「そろそろ日が暮れる。コテージに戻るか」
「そうですね。暗くなったら危ないですし」
 二人はコテージに入り、照明をつける。電気は通っているようで、大きな豆電球の灯りがコテージの中を照らした。壁や床から漂う木の香りがデュースの鼻をくすぐる。
「こういう場所は落ち着く。というか、懐かしくなるな」
「先輩、森で暮らしてたって言ってましたもんね」
「ああ。ここはセベクの勧めから決まった場所だそうだが、それも頷ける。どこか、茨の谷を思い出す」
 窓から遠くを見つめるシルバーの横顔を、デュースは少し淋しい気持ちで見つめた。僕たちは、今はここで一緒にいられるけれど、将来はどうなるんだろう。もっとずっと、離れてしまうんじゃないか。そんな不安をかき消すように、デュースはシルバーの前に立った。
「先輩、もっと教えてください。どんな場所で、どんな風に生きてきたのか。もっと、先輩のことが知りたいです」
「……ああ」
 二人はコテージのソファに座り、今までのことを話した。シルバーは、森で暮らしてきたこと。家事のこと、動物のこと、父親やマレウス、ジグボルト一家のこと。今まで暮らしてきた、大切な人や場所のことをデュースに伝えた。ひとしきり話したところで、シルバーは言った。
「お前の方は話してくれないのか?」
「僕の方は、あまりいい話じゃないんです。喧嘩に巻き込まれてばかりだった、って、前に話した通り。ろくなもんじゃなくって……正直、先輩にはとても聞かせられないです。もし、昔の僕のことを知られたら、それこそ、嫌われるんじゃないかって……」
 俯くデュースに、シルバーは一瞬躊躇した。今、目の前にいる恋人は、多少活発なくらいで、悪事をするようには思えない。そう思っている自分は、もしデュースの隠している過去のことを詳細に聞いてしまったら、自分の気持ちが揺らぐのではないかと少しだけ心配になった。しかし、目を閉じ、集中してその迷いを振り払う。間違えたのなら、正しい道を示してやりたい。つまずいてしまったのなら、支えてやりたい。きちんと相手を知っていなければ、守ることも、道を示すことも、叱ってやることさえもできない。そうだろう、と自分に言い聞かせて。
「それでも、聞かせてほしい。間違えてしまった道も、今は知っていたい」
「……わかり、ました。気分が悪くなったら、すぐ言ってくださいね……」
 デュースは息を呑み、ぽつり、ぽつりと話し始めた。椅子に座り、手を組み、俯いて、その姿はどこか懺悔のようでもあるとシルバーは感じた。話された内容は、様々なものがあった。魔法を使えない人を馬鹿にしていたことや、喧嘩に明け暮れていたこと。髪を染めたり、乱暴を働いて、人に迷惑をかけたこともあること。そして、その結果、親を泣かせてしまったこと。
「昔の僕にとっては、苦手なことに取り組んで努力するよりも、力でどうにかすることが、楽なことだった。楽な方に楽な方にって流れていった結果、母さんを、大切な人を泣かせてしまった。本当は、僕、ここにいるような資格なんて、ないとさえ思う日もあります」
「デュース」
 シルバーはうつむくデュースの顔を上げさせた。
「顔を上げろ。確かに、お前の話には眉をひそめてしまうようなこともあったが、お前は、それを悪いことだったと自分を省みたんだろう。それで、間違いを正し、立派な人になるべきだと、そう思ったのだろう。なら、俺もそれを手伝いたいと思う」
 デュースの瞳を真っ直ぐに見て、シルバーは続ける。
「驚きはしたが、嫌いになんてなっていない。俺にも、お前の道を支えさせてくれ」
 デュースは震える声で答えた。シルバーには嫌われるものだと思っていたからだ。
「どうして、そんな風に言ってくれるんですか?」
 シルバーは言葉をひとつひとつ、丁寧に選ぶように、ゆっくりと、けれど確実に言葉を紡いだ。
「俺は、道を間違えてしまった人が、ずっと悪く言われるべきだとは思わない。誰だって、いつでも強くいられるわけではない。それぞれに、間違ってしまうに至る事情はあると思う。もちろん、してしまったことの責任はとるべきだとは思うが、自分が道を間違えたことを認め、正しい道に行こうとする努力や勇気は、認められていいものだと思っている。自分の過ちを正面から認め償おうとすること、それだって、きっと簡単なことじゃないからだ」
 それに、とシルバーは付け加えた。
「お前が、母親のために正しい道を目指すようになったように、大切な人を想う気持ちや、それに恥じない生き方をしたいという心は、正しい道を進むための原動力となる。願わくば、お前にとって、俺もその一人になりたい。いや……その一人で、あり続けたい」
「先輩……」
 デュースはたまらなくなって、ぎゅっとシルバーに抱き着いた。
「先輩、シルバー先輩! 僕、もっと頑張ります! もっと、もっと頑張って、とにかく頑張って……いつか、先輩の隣に立つのに、相応しい奴になってみせますから、絶対!」
 顔を上げたデュースの瞳が強い意思と力を持っているのを見受け、シルバーはこれなら大丈夫そうだな、と、ふっとほほ笑んだ。
「ああ」
 シルバーがデュースの髪をくしゃりと撫でる。それと同時に、デュースの腹からぐう、と音が鳴った。
「す、すいません! 大事な話してたのに!」
「いや、かまわない。お前も気が抜けたんだろう。……食事処へ行くか」
 そして二人はグランピング場に併設されているレストランへ向かった。山で取れた自然素材をふんだんに使ったメニューが置かれている。デュースがメニューの中にオムライスがあるのを見つけて注文することにすると、シルバーも同じものでいいと言った。いいんですかとデュースが問うと、きのこの料理やリゾットはないようだったから、それならお前と同じものが食べてみたくなったとシルバーは告げた。
 やがて運ばれてきたオムライスはチキンライスの中にマッシュルームが入っており、また、おまけについてきたサラダこそきのこのサラダであった。良かったですね、とデュースが声をかけると、ああ、と告げてシルバーは料理を口に運んだ。周囲の席にいた者たちからすればシルバーの顔は変わらず涼やかに見えていたが、デュースはいつの間にか、これはたぶん先輩喜んでるな、なんてことを読み取れるようになっていた。
 食事を終え、コテージに戻る。整備されているとはいえ、夜の山道だから足元には気をつけろとシルバーはデュースを先導した。二人は無事コテージにたどり着き、それぞれシャワーとベッドの用意を始める。デュースがシャワールームの掃除を、シルバーがベッドの用意を担当した。
「掃除終わりました! 先輩、シャワーいつでも浴びられますよ!」
 何をどう洗ったのか、鼻に泡をつけたデュースが同じく泡だらけのスポンジを持ってシャワールームから顔を覗かせる。
「泡、ついてるぞ」
 シルバーがデュースの顔についた泡を拭ってやると、ありがとうございます、とデュースは苦笑いをした。それから二人は、先輩だから先に入るべきだという主張と後輩より先には入らないという主張がぶつかりあい、どちらが先にシャワーを浴びるべきかで多少揉めたが、結局掃除して泡だらけになったデュースが先に入ればいいという結論を押し切られ、デュースからシャワーを浴びることとなった。
「先輩、シャワー先にいただきました! ……あ、寝ちゃってる」
 デュースがシャワールームから出ると、待っていた間に眠気に負けたらしいシルバーが腕を組んでソファに座ったまま、うたた寝をしていた。少しだけイタズラ心の湧いたデュースは、眠るシルバーの頬に手を添える。
「……シルバー先輩」
 ちゅ、と小さな音を立てて、デュースはシルバーの唇に口づけた。顔を離すと、デュースは一人、頬を赤くした。
「は、はは。やっちゃったな。バレないうちに、起こしちまおう。シルバー先輩、起きてくださ……」
 シルバーを起こそうと手を伸ばした瞬間、デュースはその手を取られソファへと押し倒される。
「……」
 寝ぼけ眼のシルバーの手が、デュースの頬に触れる。それがデュースであると確認するかのように輪郭をなぞると、シルバーは頷いてデュースに深く口づけた。
「シルバーせんぱ、んっ、んむっ……」
 シルバーの舌が、デュースの口内を好き勝手に蹂躙する。容赦なく暴れるシルバーの舌に好き勝手され、強く身体を抑えつけられ、デュースの目には涙が滲んだ。以前にも深いキスをしたことはあるが、今日の激しさはその比ではなかった。そのうち息苦しくなったデュースがシルバーの胸をドンドンと叩くと、ようやくシルバーはデュースを開放した。はあ、と息を切らしながら、上気した頬で、混乱したような期待するようなデュースの目がシルバーを見つめる。
「せん、ぱい……?」
 シルバーは口から糸を引かせたまま、ぼうっとデュースを見つめている。やがてシルバーは我に返ったように目を見開くと、お互いの口元を拭い、デュースの上から退いた。
「……すまない、寝ぼけて狼藉を働いたようだ。シャワーを浴びて、頭を冷やしてくる」
 シルバーがシャワールームの扉向こうに消えたあと、デュースはソファの上に身体を縮こめた。
(な、なんだったんだ、さっきのアレ……)
 付き合い立ての頃、シルバーが言っていたことを思い出す。『そういった興味がなければ、告白なんてしない』と。もしかしてそういうことなのか、今日、まさか、もしかして、と、デュースは自分の中に緊張が走っていくのを感じた。恥ずかしくて、ベッドで布団にくるまりたい気分になった。ちらりとベッドを見ると、ひとつしか用意されていなかった。そうか今日一緒に寝るんだ、少なくとも先輩はそのつもりなんだということがありありと伝わってきて、余計に恥ずかしさが募った。

 シルバーは、最も冷たい温度にしたシャワーを勢いよく浴びていた。やってしまった。普段はシャイな恋人の小さなイタズラが可愛くて、つい、乱暴ともいえる態度を取ってしまった。シルバーはこれを猛省していた。恋人なのだから、優しく、丁寧に扱ってやりたいのだ。デュースは自分を頑丈だと言い、ちょっとくらい雑に扱われても大丈夫だとこぼし、自分にも他人にもそういう態度を求めているが、そういうデュースだからこそ自分くらいは丁寧に扱ってやりたいと思っていた。なのに、これは良くない。良くなかった。普段は理性で抑えている自分の欲が、暴発してしまった。このあと寝所も共にするのだから、もう少し落ち着いて、冷静にならなければ。……だけど、キスをしたあとの、あの表情は、可愛かった。シルバーは普段、シャワーをそう長く浴びる方ではないが、今日は少しだけ長く冷水を浴びる羽目になった。

 心頭滅却したシルバーが、パンツとズボン、そして髪を乾かすためのタオルだけを身に着けてシャワールームを後にすると、デュースはソファの上に身体を縮こめ、体育座りのようになっていた。
「デュース」
「へあ、はいっ!?」
 あからさまに緊張した様子のデュースに、逆に毒気を抜かれてしまう。シルバーはふっ、と笑うと、デュースの頭をぽんと撫でた。
「そんなに緊張しなくても、何もしない。安心しろ。……さっきはいきなり悪かった」
 シルバーは冷蔵庫から冷やしていた牛乳ビンを取り出し、デュースの座るソファ脇に腰かけてグイッと飲み干し、空き瓶をテーブルに置いた。そんなシルバーの様子を半ば呆れながら横目に見て、デュースは呟く。
「デュース?」
「……先輩、僕が全然先輩のこと意識してないって思ってませんか」
「いや、そんなことはないが……」
 お前は分かりやすいからな、と告げる。しかし、デュースはそうじゃなくて、とこれに反論した。
「僕だって、先輩のこと、そういう……なんていうか、え、えっちな目で見たりするんですよ。だから、その……平気で、裸とか見せられると、びっくりするっていうか……」
 シルバーはそこでようやく気付いた。ああ、恋人の裸だから気にしていたのか、と。自分は普段通りにシャワーを浴びていて、隠すことは何も意識していなかった。確かに、デュースの側からもそうしたことを意識するのだということは見落としていたのかもしれない。恋人にそうした目で見られていると思うと、わずかにきまり悪くはなった。
「すまない、確かに気付いていなかった。なら、シャツでも一枚羽織ろう」
 立ち上がろうとするシルバーの手首を、デュースが掴む。
「……嫌ってわけじゃないんです。ただ、僕も、どうしたいのか……。先輩、なんにもしないつもりなら、あんまり、期待させないでください……」
 真っ赤になって、デュースは掴んでいたシルバーの手首を離した。シルバーは、どうしたものか、と思った。デュースにこの後の期待をさせてしまった、それは自分の態度が原因だ。自分だって、デュースのことをそうした目で見ていることは事実であり、応えることはやぶさかでない。とはいえ、今日は本当に何もしないつもりだったから、そうしたことをするにしても、準備ができていなかった。けれど、恋人からここまでアピールされていて何一つ応えないというのも、男ではない。
「デュース」
 シルバーはデュースに近づき、耳元でささやいた。
「な、なんですか」
「……俺も正直、お前のことを抱きたい。お前と、結ばれたい。だが、今日は必要な準備ができていない。だから……」
 代わりにと言ってはなんだが、シルバーは続けた。
「お前の気が済むまで、たくさんキスをしよう。触れ合おう。最後まではできなくとも、いつもより、深いところまで」
 そう言ってデュースにキスをすると、とりあえずシャツを羽織ってくる、とシルバーは去った。

 去った先でのこと。シルバーは手荷物の中に入れた覚えのないあるものを発見して、硬直していた。……どうして、俺の荷物の中に、入れた覚えも用意した覚えもない、避妊具やら潤滑液やらが入った小袋があるのだろう。最初は、荷物の中からシャツを取りだそうとしただけだった。その中に見覚えのない黒い巾着袋があるのを目にして、不審に思い開けたのが間違いだった。いったい、誰の仕業なのか。セベクやマレウス様がこんなある種下世話と言える真似をするはずがないし、この旅行に行くことはわずかなディアソムニア生しか知らないことから、答えは一つしかなかった。この手荷物に細工する暇があり、それを実行するとしたら、敬愛する義父リリアだろう。大雑把に見えてとても気の回る人だから、こうしたことにも気付くのかもしれない。余計な気が回り過ぎている、とも言えるが。シルバーは迷い、迷いに迷い、父親の気遣いを、一応の保険として持って行くことにした。デュースには予定通り、最後まではしない方向で伝えよう。だが、俺か向こうの理性が切れてしまったときには、親父殿のご厚意をありがたく使わせてもらおう、と。

 シルバーは何事もなかったかのように白いシャツを一枚素肌に羽織ると、ボタンを適当に留めデュースの待つ部屋に戻った。デュースは変わらず、緊張した様子でソファに身を縮こめていた。シルバーはそんなデュースの隣に座る。
「デュース」
「……はい」
 あまりにも緊張している様子のデュースに、やはりシルバーはそれがおかしくなってしまう。緊張をほぐすためだ、少しくらい恋人をからかっても許されるだろうか。
「確かに取って食うつもりだが、そんなに緊張しなくてもいいだろう。手荒にはしない」
「な、何言ってるんですか! 急に! いきなり!」
「冗談だ。お前の緊張が解れればいいと思った」
 シルバーが手を伸ばし、デュースの前髪を撫でると、デュースは睨むようにジトリとした目でシルバーを見つめた。
「なんだか僕ばっかり、照れたり慌てたりしてるみたいだ」
「そんなことはない」
 シルバーはデュースを引き寄せ、腕の中に抱き込む。デュースの耳が、シルバーの胸元にたどり着くように。
「そこにいれば、鼓動の音が逸っているのが分かるだろう。俺も、お前と同じ気持ちだ」
「先輩も、同じ気持ち……」
「ああ。緊張も、不安も……そして、期待も、ある」
 とさり、と音を立てて、シルバーはデュースをソファに優しく押し倒した。
「あ……」
「今度は、優しくする」
 デュースの唇に触れ、アゴを引き寄せ、ゆっくりと唇を押し当てる。ちゅ、と音を立てて唇が離れると、デュースの方からもう一回と控えめにねだられた。何度も、何度も、触れるだけのキスを繰り返す。唇だけでなく、頬にも、額にも。耳にも、髪にも。
「先輩……顔、赤くなってる」
「……お前もだ」
 二人の頬がお互いに分かるほど染まりだした頃、深く口づけ始めた。デュースの唇から、ん、とこぼれる吐息がシルバーを煽った。シルバーの唇から、はあ、と漏れる熱い息継ぎの声が、デュースを煽った。シルバーがデュースの首筋に跡をつけ、服に手を入れかけたとき、その手を制止したデュースが言った。
「先輩、ベッドで、続きしませんか」
 シルバーの心臓がドキリと音を立てる。自分は、デュースは、我慢ができるだろうか。けれどもはやそんなことは些細な問題だった。できなくてもいい。いざとなれば、道具ならある。我慢できたらできたで、また次の機会を待てばいいだけのことだ。元々、寝所を共にするつもりだった。この誘いを断ることはできない。
「ああ。それなら、ベッドまで運ぼう」
 シルバーの腕が、デュースの身体をふわりと持ち上げる。
「え、ちょ、ちょっと! 僕、自分で歩けます!」
「そうか、腰を抜かしているかと思った」
 デュースの抗議は聞かれることはなく、シルバーはそのまま運んだデュースの身体をベッドに横たえた。ベッドランプを点け、コテージ全体の照明は消してしまう。こっそりと持ってきていた巾着袋を枕元に忍ばせると、シルバーはデュースの待つベッドへと自身の身体を滑り込ませた。
「待たせたな」
 シルバーが手探りにデュースの頬の輪郭を探り当て、撫でると、薄明りの中でデュースの身体がぴくりと動くのが分かった。
「シルバー、せんぱい」
「……ああ」
 薄暗闇の中で、ささやかな灯りに照らされたデュースの瞳を見つめると、愛しさのようなものが溢れてくる気がした。
「キス、してください」
「ああ、もちろん」
 ねだられるままにキスをすれば、二人だけの時間が始まった。デュースの着るTシャツに手を差し込んで、服をはだけさせて、首筋に、腹に、脚に、今まで触れたことのない場所すべてにキスをした。シルバーの手は、暗闇で見えない輪郭をなぞるように、デュースのすべてを撫でた。
 デュースの手も、同じようにシルバーの輪郭を確かめようと撫でるように触れた。かと思えば、シルバーが自分から離れないようにとぎゅっとしがみつくこともあった。デュースは、自分からもキスをした。唇に、鼻の横に、鎖骨に。シルバーが適当に留めていたシャツのボタンを、まごつきながら外した。白いシャツの隙間から覗くシルバーの肉体に、ドキリと心臓が音を立てるのが分かった。
 夜の闇の中、お互いの肌を探り合いながら、何度も深いキスを繰り返した。そのうちに二人は、身体の中心が熱を帯びていくのが分かった。触れたいと思った。恥ずかしいと思った。この熱をどうにかしなければとは思った。恋人の前で、自分のそんな場所に触れるのは恥ずかしかった。しかし、相手のものには触れてみたかった。
 先に手を伸ばしたのは、デュースの方だった。するり、と服の上からシルバーのものに手を触れさせ軽く撫でると、シルバーは片目を細めて感覚に耐えた。仕返しだと言わないばかりに、シルバーの方もデュースのものを服の上から掴むようにして撫でた。
「あっ……」
 初めてデュースの声が上がった。それが、シルバーの理性を崩したきっかけだった。シルバーは今や、二人の間に引こうとした境界線など忘れていた。デュースに、遠慮なく触れた。その手で好きなだけ乱した。デュースは胸がいっぱいになった。シルバーに触れられることが、嬉しかった。求められていることが、信じられなかった。信じられない暇を与えないくらいに、シルバーに求められた。
「シルバー先輩、もう、準備や道具なんて、なくてもいいから……」
 焦れたデュースが思わずねだったとき、シルバーはゴクリと生唾を飲み込んだ。

 それから二人は、たくさんのことを思い出した。出会ってから、今まで、様々なことがあったこと。初めて会った日のこと。星送りの日に話したこと。雨の日に一緒の傘に入ったこと。体力育成の合同授業で何度もペアを組んだこと。デュースを見守りたいと思ったこと、シルバーに憧れたこと。見守りたいという気持ちが、いつの間にか、守りたい、背中を押したい、隠した弱音を聞いてやりたい、支えたいという気持ちにどんどん増えていったこと。憧れの気持ちが、好きだ、大好きだ、自分だけの好きな人になってほしいと、気持ちがたくさんに膨らんでいったこと。何度もデートを重ねたこと。指を絡めて、目を合わせて、手を繋いで、抱きしめ合って、キスをして、少し淋しい日もあって、そうやってここまで来たことを。
「シルバー先輩、好き……大好きです、シルバー先輩」
「ああ。俺も、愛している」
 シルバーの唇が、再びデュースの唇に重なる。
「これからもずっと、一緒にいて、大好きでいさせてください」
「……ああ。きっとだ。もし離れる日が来ても、必ずまたお前の元に戻ろう。約束する」
 瞬く星の明かりが、ちらちらと二人を祝福するように瞬いていた。

 その日、シルバーは夢を見た。シルバーがいたのは見知らぬ玄関扉の前。その扉を開けると、やがて室内の奥の方からパタパタと足音がして、ひょっこりと顔を出したデュースがお帰りとシルバーに声をかけた。デュースのまわりには光がちらついており、シルバーは、ああこれはデュースの夢の中なのかと理解した。目の前のデュースにただいまの返事はとねだられ、シルバーはただいまと告げる。そうするとデュースはにこりと笑って、ご飯もお風呂も、どうにか準備できたんだと告げた。それからデュースは、シルバー先輩も早く一緒に食べましょうと言うと、言い間違えたかとでも言うように自分の手を口で押さえ、そしてシルバーに向けて笑った。やっぱり、まだこういう喋り方は慣れないなと言って。シルバーは、今見ているものがどんな夢か、理解した。肌に触れる空気が、優しい。目の前にいる、今よりも少し大人びたデュースは、自分に向けてとても親し気に声をかけてくる。デュースは俺とこんな幸せな未来を迎えることを思い描いているのだな、と、シルバーは理解した。この夢を壊すのは忍びないと、シルバーはデュースの夢に付き合った。夢の中のデュースはその後、シルバー先輩という言葉をシルバーと呼び直したり、週末には母さんやお義父さんと一緒にお出かけだな、その次はマレウス先輩とセベクと……なんて笑ったり、この関係に至るまでになかなか会える機会がなくて淋しかったと拗ねてみせたりと、家族と共に、さらに深い仲になったことを示すような態度を取り続けた。シルバーはこれを、とても幸せな夢だと感じた。今よりも深い関係になれて、離れても隣に立ち続けて、誰もが笑っている。いつか、こんな未来にも辿りつける日が来るといい。シルバーは、わずかに覗いた恋人の愛らしい願いを己だけの秘密としておくことにした。

【15】
 翌朝。二人は朝の支度を終えると、コテージ内を綺麗に掃除し始めた。そのうちにぐう、とデュースの腹の音が鳴る。
「昨日のことといい、お前の腹はよく鳴るな」
「あはは……、腹減ってるみたいです! さっさと片付けちゃって、朝ごはん食べに行きましょう!」
「ああ」
 シルバーがゴミ袋を指定のゴミ捨て場へ持って行こうとコテージの玄関を開けると、朝の清々しい空気が頬を撫でた。小鳥たちがどこからともなく集まり、シルバーの肩や頭に止まる。
「おはよう、お前たち」
 シルバーに挨拶をもらうと、小鳥たちはそれぞれ散り散りに木々の合間の巣へと戻り、木の実を食べたり毛づくろいをしたりとそれぞれに過ごし始める。それを見たシルバーも、自分たちも早く食事を取ろうとゴミ捨て場へ急いだ。
「あ、先輩! こっちはもう終わりましたよ! あとは忘れ物ないか確認するだけですね」
「ああ、助かった」
 コテージに戻れば、掃除をし終えたデュースがにこやかにシルバーを迎えた。まとめた荷物を見比べ、二人で指を差して忘れ物を確認し、コテージを後にする。鼻歌まで歌ってあからさまに機嫌のいい様子のデュースが、コテージを出た瞬間の階段でつまずきかけた。
「うわっ!」
「大丈夫か? 足元には段差があるから気をつけろ」
 咄嗟にシルバーがデュースの身体を支える。二人の脳裏に、同じ記憶が蘇った。
「ありがとうございます、先輩。……ずっと前にも、こんなことがありましたね」
「ああ。入学式の頃だろうか、懐かしいな」
 デュースは今度はしっかりと地面を踏みしめて立ち、まだ階段にいるシルバーを見上げた。
「でも、今の僕はあの頃よりも、もっとずっと、シルバー先輩のことをたくさん知ってます。なんていうか、すっごく嬉しい、です!」
「まったく、お前は……。朝から喜ばせてくれる」
 シルバーは階段を下り、デュースの頭をぽんと撫でる。そうして隣に立つと、ほら、と手を繋ぐことを促し、また隣を共に歩み始める。時には自分がリードすることもありながら、それでも二人、こうして一歩ずつ、歩調を合わせて歩んでいければいいと願いながら。

*おしまい

送信中です

×

※コメントは最大1500文字、10回まで送信できます

送信中です送信しました!