ショコラタイム

・作劇の都合上、シルバーの寮の部屋は一人部屋という設定にさせていただいています。

 ――ああ、緊張する。それでも行かないわけにはいかないだろ。ビビってんな、勇気出せ俺。
 すう、と深く息を吸い込んで、目の前にある扉を勢いよく開けた。
「失礼します! デュース・スペード、ただいま参りました!」
「ああ。よく来たな。遠慮せず中に入るといい」
「お邪魔します!」
 今日、俺が招かれたのはシルバー先輩の寮の部屋だ。シルバー先輩は尊敬できるひとつ年上の先輩でもあり、また、同時に、とても贅沢なことに、なんと今は俺の……いや、”僕”の恋人でもある。びっくりするだろ。自分でも驚いてる。先輩みたいな素敵な人と付き合えてるなんて、今でも夢を見てるのかと思うくらいだ。そんな先輩の部屋に来ることになったのは、一週間ちょっと前のことだ。忙しい合間を縫って会えた時間に先輩からこう切り出された。
「今度の2月14日は休日だったな。ちょうど俺もマレウス様からその日に休暇をいただいた。お前さえ良ければ、俺のために時間をくれないだろうか」と。
 正直なところ恋人ができてみるまでは知らなかったが、僕は恋人とできるだけたくさん時間を過ごしたいタイプだったらしい。先輩からの申し出に二つ返事でOKをして、今に至るってワケだ。
「ちゃんと課題は持ってきたか?」
「はい! できるだけ寮にいる間に終わらせてきましたけど、まだ残っちゃってます」
「そうか。なら、俺も残っている課題が少しある。それをするとしよう」
 これは事前に話していたことなんだが、僕たちは勉強会もする予定だった。休日を心置きなく過ごすため、先の予定をきっちり終わらせてしまおうという先輩からの提案に僕が乗った形だ。それでも時間がめちゃくちゃかかると思ったから、できるだけハーツラビュル寮で終わらせて来ようと思ったんだ。……進捗に関しては聞かないでくれと言いたいところだが、いつもよりはいい、はずだ。多分。
 勉強会が始まってから数十分、シルバー先輩にふと声をかけられる。
「なんだか今日はやる気があるな。いいことだ」
「はい、なんていうか、早く問題を解けたら、その分シルバー先輩といちゃいちゃできる時間増えるかなって思って」
「そうか」
 先輩の表情は変わらない。どうしよう、滑ったかな。ていうか失望されたかもしれない。先輩からしたら真面目にやってると思ったのに、変な目的で勉強してたんだから。
「……なんかすいません、邪な目的で勉強して」
 するとシルバー先輩はいつもと変わらない調子で、淡々と当たり前にこう答えた。
「謝ることはない。大切な人と過ごす時間を増やすためという目的で自分を鍛えるのは良いことだ。それに、俺がお前の大切な人だということなら、嬉しい」
 僕はどうしようもなく嬉しくなった。この人はいつも、僕に必要な言葉をくれる。当たり前に僕を認めて、背中を強く押してくれる。好きだなあ、と思った。
「そう、ですよね……、よし……僕、また勉強頑張ります!」
「ああ。共に励もう」
 そうしてお互い参考書とノートに向き合う。
 僕の脳はやる気に満ち溢れて、体感だがいつもよりすらすらと問題が解けたような気さえしていた。単純だな、僕。
 ――先輩と付き合うことになったきっかけは、一か月くらい前のことだ。初めは「また会えて嬉しい」なんて些細な気持ちだったのだけれど、いつからか先輩のことを特別に意識するようになって、だんだんいてもたってもいられなくなって、それで、とうとう僕から告白した。
 先輩にはよそ見するなと言われていたけれど、僕は知っていたから。今、言わなくちゃ後悔することもあるんだって。そりゃ本来は僕が立派な人になれるまで待つのが筋だろうとは思った。だけど、この学園を卒業してしまえば、先輩とは連絡を取り合えるかさえ分からない。そうしたら、この気持ちの行き場はどこになるんだろう。そう思うと、僕は僕の気持ちにきっちりケリをつけてやりたかった。だから、先輩に告白したんだ。フラれるにせよなんにせよ、決着がついてスッキリできるから、って。僕は言った。放課後、先輩を呼び出して。「先輩のことが好きです。特別な意味で好きなんです」と。もちろん、先輩は驚いた顔をした。それからこう言ったんだ。「うまく言えないが、そうした気持ちは考えたこともなかった。だが、お前の気持ちは嬉しく思うし、今、ここで断りたいとは思わない。……まだ気持ちの整理がついていないが、それでも良ければ、お前の告白を受け入れてもいいだろうか」って。僕はフラれる覚悟で来てたから、そりゃもうめちゃくちゃ驚いて……。「つまり、お友達からってことですか?」なんてテンパって聞いちまって。「友達、と、言うよりは……少し特別な存在、からの始まりだろうか」なんていちいち真面目に答えてくれる先輩と、しどろもどろになりながらその日は解散したってワケだ。
 それからもいろいろなことがあった。皆に隠れてこっそり会って、友達じゃやらない特別なことってなんだろう、って二人で考えてみて、手を握ってみたり、指を絡めてみたり、抱きしめ合うようなことを試してみた日もあった。……あのときはドキドキしすぎて、心臓飛び出るかと思った。でも、それは先輩も同じだったらしくって、「俺の鼓動も早くなってるみたいだ」なんて言ってくれたな。
 他にも、こんなことがあった。授業中にまたエースとグリムが喧嘩して、それに巻き込まれてグリムが僕に飛び掛かってきてキスするみたいになった。それを先輩に話したら、今度は先輩からいきなりキスされたんだ。僕が驚いていたら、先輩もハッと気が付いたみたいで、「すまない、お前とそういったことをするのは俺の役目だと思ったら、つい」……って。正直、嬉しかった。嬉しかったけど……。周りに、ディアソムニアの人たちがいたんだよな。廊下でのすれ違いざまの雑談だったから……。……ドラコニア先輩やヴァンルージュ先輩に僕たちの関係はバレたし、セベクにもめちゃくちゃからかわれたりアイツなりの応援されたりした。
 ともかく、そんな風に少しずつ距離を縮めて、僕は今日、今、先輩とのお部屋デートともいえるところにこぎつけたんだ。絶対この時間を無駄にするわけにはいかない……! 気合いを入れて長い間にらめっこしていた問題集の最後の一問を解き終わり、顔をあげる。すると、先輩のきれいな寝顔がそこにあった。
「あれ、先輩。いつの間にか寝ちゃってたんだな」
 すう、と穏やかな寝息を立てるシルバー先輩の顔をまじまじと見つめる。透明感のあるまつ毛の影が顔に落ちて、ため息が出るくらいきれいな人だ。何度も言うが、未だに僕が先輩と付き合えてることがたまに信じられない。でも、僕はこの人に手を伸ばすことが許されてるんだって気持ちは、最近ちょっと自覚が出てきた。だから、イタズラ心が湧いた。
「……ちょっとくらいなら、いいよな」
 先輩の前髪を指先でさらりと撫でる。起きない。先輩の顔に、自分のものを近づけていく。起きているときには恥ずかしくてやりづらいけど、今ならきっと。――ちゅ、と音を立てて、眠るシルバー先輩へと口づけた。
「はは、なんか恥ずかしい、な――!?」
 顔をあげたのも束の間、あっという間に僕の身体は床に倒され、目の前には目を開いたシルバー先輩の顔と身体があった。――お、押し倒されてる!?
「せ、せんぱ……んむっ」
 そのままキスをされる。貪るように唇をはむはむと食まれ、気持ちよさと恥ずかしさでどうにかなりそうだ。ひとしきり味わい尽くしたところで、先輩は唇を離し、ぼうっとこっちを見つめていた。
「せん、ぱい……?」
「……すまない。寝ぼけていて、ついやりすぎたようだ」
「ど、ドキドキしました……いろんな意味で」
 先輩は僕の前髪を整え、腕を引いて引き起こしてくれる。なんだ、寝ぼけてただけだったのか。本当にびっくりした……。
「課題は終わったのか?」
「はい、おかげさまで、めちゃくちゃやる気出たんで!」
「そうか。なら、やめなくても良かったな」
「……え?」
 今なんて言った? 僕の聞き間違いか? や、やめなくても良かった、って!? シルバー先輩の右手が、混乱する僕の頬に触れる。
「休暇をいただくとき、マレウス様に言われたんだ。『恋人は大切にするものだ』と。俺のように、恋人のためになかなか時間を取ってやれない奴はなおさらだ、と。だけど、俺は自分の感情を顔や言葉に出すのはあまり得意ではない。行動や態度でしか伝えることができない。だからといって手は抜きたくない。お前とこうして過ごすことで、少しでも俺の気持ちがお前に伝わればいい」
「先輩……」
 先輩は、本当に誠実な人だ。どこまでもまっすぐで、力強くて――そんなところも、好きだと思う。
「言葉の代わりといってはなんだが、もっと、触れてもいいだろうか」
「……はい、先輩。どんな形だっていい。伝えようって思ってくれた、その気持ちだけでも、すごく嬉しい、です」
 口にした瞬間、いつもクールな先輩の表情が、一瞬だけ柔らかくて不器用にほほ笑んだ気がした。僕の見間違いかもしれない。だが、たとえ一瞬の幻だとしても、それが嬉しくて、今度は自分から先輩に唇を近づけた。
「先輩、僕――」
 続きの言葉はいらなかった。近づけた残りの距離は向こうから詰められた。ちゅ、ちゅと何度も唇へのキスが繰り返される。やわらかい感触が触れては離れるリズムの気持ちよさに、瞼がとろんと落ちてしまう。
 髪を撫でられて、くすぐったさにゆっくりと頭を振ると、そのまま引き寄せるように先輩の胸の中に抱き寄せられた。ちょうど耳元が先輩の心臓に近づく。ドクドクと逸る胸の音が聞こえる。僕と同じか、それ以上に。
「……聞こえているか? 俺の鼓動が逸っている。お前も同じだと嬉しい。……ああ、いや。同じ、みたいだな」
 そう言ってシルバー先輩はつかんでいた僕の手首をトントンと指さして口づける。どうやら脈が早くなっていたようで、僕もめちゃくちゃドキドキしてるってことがバレちまったらしい。
「良くないな。こんな風に過ごしていると、もっと、近くで触れたくなる。……このように」
 ぷち、とシャツのボタンが外される。慌てて先輩、と呼びかけると、大丈夫だ、大したことはしないと返事が返ってきた。それから先輩は自分のシャツのボタンも外して、また僕をぎゅっと抱きよせた。お互いの素肌が触れ合って、ドキドキするけど、同時になんだか気持ち良くて安心する。
「俺もお前も、まだ修行中の学生の身だ。本格的な睦み合いはできないが……これくらいなら、許されてもいいだろう?」
 そうして先輩はまた僕の唇にキスをする。僕はそれを、何度だって受け入れる。
「……はい。二人だけの秘密、ですね」
「ああ」
 ドキドキする。ただ、お互いのシャツをはだけて、抱きしめ合って、キスを繰り返す。それだけなのに。たくさん身体に触ったり、繋がったりしているわけじゃないのに。僕はきっと、いつか叶うそれと同じくらい、今、先輩にドキドキしている。
「デュース」
「シルバー、先輩」
「もっと呼んでくれていい。俺も、お前の名を呼びたい」
「はい、シルバー先輩……んっ、」
 お互いの名前を呼びあう度に、またゆっくりとキスが落とされる。床に置いていた手が、自然と指と指を絡め合った。そうして日が暮れるまで、甘くとろけるチョコレートみたいなひと時を僕たちは楽しんだ。

*おしまい

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