・一部マザー・グースを引用しており、また、話の都合のため一部それについて関連する文化を捏造しています。
(例:『ハンプティ・ダンプティの詩は薔薇の王国では有名な謎かけ詩で~』
夏の暑さが残るある日のことだった。吹く木枯らしに葉の落ち始めた木々の陰を縫って歩き、眠気に襲われる道中を適宜級友たちに起こされながら教室の机までたどり着く。たどり着いた机の先で目を覚ましたとき、そこにはいつの間にか一通の手紙が折りたたまれていた。
『今日の放課後、中庭で待っています』
場所と時間だけを伝える、ごく単純で簡潔なメッセージ。差出人の宛名はない。周囲を見てみたがそれらしき影も形もない。級友たちに誰がこの手紙を置いていったのかを尋ねてみたが、どうやら知っている人物、あるいは知っていても素直に教えてくれる人物はいなさそうだ。――この呼び出し自体がなんらかの罠かもしれないが、万が一のことがあるといけない。俺は手紙に従い、放課後は中庭に向かって手紙の主の出方を探ることにした。
放課後になり中庭へ向かうと、そこには知った顔の後輩、ハーツラビュル寮に所属するデュース・スペードがいた。俺が姿を現すと、デュースはすぐに反応する。
「先輩! 良かった、来てくれたんですね。すいません、僕、手紙に名前を書き忘れていたもので……」
「あの手紙の主はお前か、デュース」
「はい、そうです」
問いかけるとデュースはあっさりと肯定した。わざわざあんな手紙で呼び出して、何の用事だと言うのか。デュースが自らそうしたイタズラをするような性格にも思えないし、俺に何かあるのなら直接会いにくればいいというのに。
「なぜ俺を呼び出した? 用事があるのなら、教室にでも来て言ってくれればいい」
「はは、そういうわけにもいかない用事だったもんで……すいません」
デュースは眉を下げ、困ったように笑う。いったい後輩の身に何が起こっているのかと怪訝に思い始めたとき、デュースから思いもよらない一言が告げられた。
「先輩。僕、先輩のことが好きです」
「なっ……」
見知った後輩からの、突然の告白。多少なりとも動揺しない人間はいないだろう。少なくとも俺は今、今日ここに至るまでそのような思いを抱かれているとは露ほども思っていなかった。昼休み、呼び出しの手紙を見た親父殿になんじゃ告白かとからかわれても、そんなはずないでしょうと断じていたくらいだ。……まさか、本当に告白だったとは。
「あ、とは言っても、お付き合いしたいとかってわけじゃないんです! ただ気持ちを伝えたかっただけで……。僕なんかじゃ先輩と付き合えないって、初めから分かってますから」
「………………」
だが、いくら急なことで心構えができていなかったとしても、真剣に思いを告げてくれた後輩の気持ちには誠意を持って応えなくては。そうでなければ、それこそ勇気を持って気持ちを告げてくれたであろう後輩への失礼にあたる。
「いや、そう卑下しなくともいい。突然のことで驚いたが、お前の気持ちは嬉しく思う。ただ、答えについては少しだけ考える時間をもらえないだろうか」
この告白を良しとするか否か、心が決まっていない。こんな曖昧な状態で返事をするのは失礼だと感じ、一度持ち帰って真剣に検討させてほしかった。しかし、デュースの言葉はそれを許してはくれない。困ったように眉を下げてほほ笑むデュースの顔に、夕日の作る茜色の光が差して陰を作った。茜さす陰はまるで、俺を拒む境界線のようだ。デュースは確信を持った声でハッキリと告げる。彼の思い描く結末と覚悟がもう決まっていることが、震えない声を通して俺に伝わってくる。
「ダメですよ、先輩。ちゃんと、今ここでキッパリ振ってください。そのために今日、ここへ来たんですから」
「しかし……」
お前はそれでいいのか。通常、告白というのはその先に恋人関係になるという肯定的な展望を求めてすることなんだろう。俺はこのまま何も知らずお前の気持ちを否定するのは良くない気がすると自分の考えを口に出そうとしたとき、デュースの方が先に口を開いた。デュースはとても悲しそうな笑顔をしている。
「先輩、僕はヒドい奴だったんです。聞いてください。そうしたら、先輩の気も変わるでしょうから」
それからデュースは淡々と己の過去を明かした。魔法が使えない人間を馬鹿にしたり、喧嘩に明け暮れていたり、挙句の果てに母親を泣かせてしまったこと、級友にすら明かしていない過去のそのすべてを。
「……だから僕は優等生になって、今まで苦労かけた分、母さんに報いたいんです。だけど……今の僕はまだ、優等生には程遠い、過去に傷持つバカな問題児でしかない。こんな奴は、先輩に釣り合わないと思うんで。気持ちを持っていることもおこがましいと思ったんです。でも僕はひとつのことしか考えらんないから、こんなモヤモヤした気持ちを持ったまんまじゃ集中できない。だから、フラれてスッキリして、また前向いて努力しようって。そう思ったんです。先輩には突然迷惑かけちまいますけど……」
「デュース、俺は……」
こういう事態になるのは初めてで、なんと言葉をかけていいか分からない。デュースは断ってほしがっているどころか、断られることを前提として話してくる。だけど俺はそのままではいけないと感じている。この気持ちはなんだ? それをなんと言って伝えればいい? ああ、俺は話すのが得意じゃないんだ。困った、こんなときどうしていいか、正解が分からない。かける言葉に迷っていると、その困惑を返事の代わりに取ったのか、デュースは笑った。
「聞いてくれてありがとうございました、先輩。これで僕、先輩のことはちゃんと諦めて、また頑張れると思うんで! お時間取らせてすいませんでした。先輩さえ良ければ、また、ただの後輩として接してくれると嬉しいです! ……それじゃ、失礼します!」
「待て、デュース、俺はまだ……!」
立ち去るデュースを追いかけようとしたが、一瞬目を離しただけでどこへやら、見失ってしまった。……そういえば以前、陸上の大会で入賞したのだと、獣人であるジャックと共に表彰されていた。俺も日々鍛錬しているとはいえ、自らの体ひとつで走ることを専門競技として日々鍛錬する彼に今から追いつくのは難しいだろう。
そして、追いついたところで――俺はデュースになんと声をかけるべきなのだろう。時間を浪費してはならない。答えが出ないうちは、デュースと話すこともできない。俺は、鬱屈とした思いを抱えながらその場を立ち去った。
あれから何日が経っただろう。あの日突然デュースの過去を聞かされ、俺は何も気の利いたことを言ってやれなかった。デュースは諦めるという言葉通り、すれ違っても普段通り後輩として挨拶してくれる。おかしいのは俺の方だ。あれ以来、どうにもデュースのことが気にかかる。このままでは良くない。そんな焦りの気持ちだけが募っていく。
「なんじゃ、そんなに眉間にしわを寄せて。何か悩みでもあるのか?」
「親父殿」
ディアソムニア寮の談話室でずっと考え込んでいたせいか、いつの間にか親父殿に見つかっていたらしい。きっとこのまま、不得手を一人で悩んでいても答えは出ない。思い切って親父殿に相談することにした。
「親父殿。少々相談に乗ってもらいたいことがあるのですが、ここでは都合が悪く……。俺の部屋まで来ていただいても良いでしょうか」
「もちろんじゃ。お前の頼みならいくらでも聞くぞ、わしは」
くふふ、と笑って親父殿はそうと決まればと先を急いだ。俺は安心すると同時に、心配のような気持ちを覚える。……デュースの方が、今の俺よりも多く悩んだはずだ。親元を離れている彼には、俺にとっての親父殿のように、相談に乗ってくれる存在はいたのだろうか? 心に引っかかりは残ったが、今はまず自分の悩みを解決するべきだと親父殿に着いて私室へと急いだ。
事のあらましを親父殿に説明する。デュースに呼び出され告白されたこと、過去の話を聞いたこと、諦めると告げられてそのままであること。俺はこのことが気にかかってしょうがないこと。このままでは良くないと、俺の心にずっと予感が残り続けていること。すべてを聞いた親父殿はふーむ、と一息ついて、それから笑ってこう言った。
「そんなもの、お前が気にしてやるほどのことか? わしにはとてもそう思えんが。本人が自己完結しているのなら、放っておけば良いではないか。よしんばお前が気にかかっているとしても、そのような脛に傷を持つ人間、お前にはふさわしくないぞ? やめておいたらどうじゃ」
「なっ……」
まさかそんなことを言われるとは思っていなかったので、驚愕する。俺の聞き間違いじゃないだろうか? 俺もデュースもこのことについて真剣な思いを持っている。それを裏切るような人じゃないはずだ、親父殿は。
「……親父殿。よく聞こえなかったのですが、もう一度仰っていただけますか」
きっと俺をからかっているだけなのだろうと願望にも近い予測を持ち、真剣に答えてくださいという目を向ける。だのに親父殿はあっけらかんとした表情を浮かべただけに留まった。
「なんじゃ、お前。奴のために怒れるのではないか。ずいぶんと良い目になった」
そこまで言われてようやく気付く。あれは……。
「わざと俺を挑発しましたね、親父殿。なぜそんなことを……」
「教えてやっても良い。が、先にこちらからも聞かせてもらうぞ、シルバー。なぜ、すぐにデュースの告白を拒まなかった?」
「それは……」
親父殿の質問に息が詰まる。なぜ俺はすぐにデュースの告白を拒まなかったのか? 後輩を傷つけたくなかった。違う。上手い断り文句が見つからなかった。違う。単純に、色恋沙汰に慣れていなかった。違う! 俺は、断りたくなかったんだ。俺がもしデュースの告白を受け入れたら、親父殿やマレウス様、セベクがなんと言うか。それは確かに気になった。俺にとって、家族は何よりも大切なものだから。だが、俺自身の気持ちに引っかかるところはなかった。
あの笑顔が、快い挨拶が、彼の姿を見つけたとき、心に起こるほんのささやかな幸せが、俺の日常から失われたくないとさえ思っていた。なんてことだ、そんなもの、何より最初に考えておかなければならなかったのに!
「……俺の日常から彼を失うことが、耐えがたかったからです」
「ほうほう! そうかそうか、デュース・スペードはそんなにもお前の心に巣食っておったか!」
親父殿は心底楽しそうに笑う。やはり親父殿にはすべてお見通しだったということか。俺の知らない俺の心まで。
「からかわないでください、親父殿。俺を挑発したのは、この気持ちを自覚させるためですね?」
「くふふ。お前ときたら、ヤツの話をするときはずいぶん自然に笑っておったからのう。まわりから見れば丸分かりじゃ! 幼子の頃からお前を見守ってきたわしにはなおさら、造作もないことじゃの」
そんなにも俺は分かりやすかったのか。親父殿のように付き合いの長い人物でなければ、俺の感情の機微を読み取ることは難しいのではないかと思っていたのだが。……もしかして級友たちにもそう思われていたのか? 最近元気がないな、とか声をかけられているなとは思っていたんだが……。
「ところで、シルバー。お前の気持ちは分かったんじゃが――デュースの過去は受け入れられそうか?」
「……正直なところ、まだ、時間はかかりそうです。こんなことは初めてで……どう接していいか、決めあぐねています」
「そうか。ならば、人生の先輩としてひとつアドバイスでもしてやろうかのう。シルバー。罪ある人間を愛するときにすべきことはひとつ。己の心に嘘をつかないことじゃ。許せないことは許せないと言って相手を怒ってやる、それが真の愛じゃろうて」
親父殿は窓の外、遠いどこかを見つめながらそのようなことを口にする。いったい何があったというのだろうか、この人の過去に。
「……親父殿にも、そのような経験が?」
「それはもう、わしほど広く深い愛を持つ存在が他にあるまいよ」
親父殿の過去については、相変わらずはぐらかされてしまう。この話のことは気になるが、今はそれよりも――やることがある。
「親父殿。話の途中ですが失礼いたします。……どうやらやることができました」
「ああ。こちらのことはわしに任せて、心配せず行って来るといい」
ドアに手をかけたとき、背後から親父殿に声をかけられる。
「シルバー。後悔のないようにな」
「はい、ありがとうございます、親父殿」
親父殿の暖かな視線に見守られ、俺はディアソムニア寮の扉を開いた。――急ごう、ハーツラビュル寮へ。
ハーツラビュル寮へたどり着くと、目的の人物はすぐに見つかった。クラスメイトであるエースと、何やら玄関の掃除らしきことをしている。すぐに姿を現し声をかけると、デュースはあからさまに慌ててみせた。
「デュース。話がある。真剣な話だ」
「し、シルバー先輩!? なんでここに……、……っ、僕は、話すことはありません!」
「おい、待て!」
デュースはまた走って逃げだす。俺もすぐに追いかけたが、慣れないハーツラビュルの土地で、地の利さえ相手にある。うさぎのようにすばしっこく逃げるデュースに追いつくのは容易ではなかった。俺たちの様子を見ていたらしいエースが後ろから余裕そうに歩いて現れる。
「あーりゃりゃ。センパイ、デュースに逃げられちゃいましたね」
「エース……。デュースがどこに行ったか見当がつかないか?」
「もちろん分かりますよ! あの単純バカがどこ行ったかなんて。そうですねー……あそこじゃないっすか?」
エースが指さしたのは、薔薇で作られた迷路の庭園。ハーツラビュル寮の名物でもある、茶会の日には心臓に流れる血液のように真っ赤な薔薇の花が咲くという曰く付きの薔薇の迷路だ。曰く通り迷路にはところどころにペンキが置いてあり、赤く塗られかけた白い薔薇が見える。奇妙な光景だ。
「そうか。情報提供、感謝する」
「いいえー、こんくらい全然? 今度なんか奢ってくれれば! ……でも、ウチの迷路は難易度高いですよ。デュースが移動しちゃわないうちに、攻略できるといいですね!」
だったらお前が案内してくれればいいだろうと頼みたくとも、次の瞬間には手品のようにエースは消えていた。……相変わらずハーツラビュルの連中は独特というか、神出鬼没というか、奇妙でわけが分からない。ともかくデュースを追いかけようと薔薇の迷路へと足を踏み入れた。
ある程度薔薇の迷路の中を進んだとき、誰かが行く手を塞いでいるのが見えた。あれはトレイ先輩とケイト先輩じゃないか?
「やあ、シルバー。どこから来てどこへ行くんだ? そんなに急いだ様子で」
「やっほー☆ 後輩思いのけーくんとトレイくんが、通せんぼしちゃうよ!」
「そこを退いてもらえるだろうか、ケイト先輩、トレイ先輩」
「通してあげてもいいけど~、ただじゃ通してあげらんないな!」
「そうか。ところで、ハーツラビュルは規則に厳しい寮だったと記憶している。……先輩方が自ら道を譲ってくだされば、お互い校則に反して私闘をせずとも済むのだが。そちらも寮長に恥じる行いをしたくはないのでは?」
軽い脅しのため警棒を抜く構えをすると、ケイト先輩は明らかに慌ててみせた。この挑発および威嚇行動は十分に効果があったようだ。
「ちょちょ、待って待って待って! けーくん体育会系じゃないからそういうのナシナシ~!」
「おいおい、物騒だな。俺たちは喧嘩が得意じゃないんだよ、シルバー。……デュースと違ってな? だから力ずくの代わりに一個だけ、なぞなぞに答えてもらっていいか?」
「なぞなぞ? 質問ではなく、か?」
「ああ、答えてくれればそれでいい。ここを通してやる」
この場面で謎かけをされる意味が分からないが、それについてごねるよりもさっさと相手の要求を呑んで答えてしまった方が早いだろう。俺はこの奇妙な出来事に付き合ってやることにした。
「分かった。俺で分かることであれば答えよう」
「じゃあ行くよ! この歌なにか分かる?」
ケイト先輩がスマホから流した音楽は、どうやら薔薇の王国の有名な童謡だ。魔法史の授業でも、こぼれ話としてちらりと聞いたことがある。それにしても、ゆったりとした童謡のメロディーなんて、まるで子守歌のようで、聞いているとだんだん眠く……。
「ちょちょちょ、シルバーくん起きて起きて~! 何しに来たの君! デュースちゃんと話すんでしょ!?」
「はっ……。申し訳ない。俺という奴は、こんな時まで……自分が情けない」
「体質なんだろう、仕方ないさ。俺たちの選曲も悪かったよ。それで、シルバー。何の歌だったかは聞き取れたか?」
「聞こえた限りでは、ハンプティ・ダンプティの詩かと。薔薇の王国ではとても有名な歌だと授業で習った記憶がある」
「そう! 大正解! んで、オレたちのなぞなぞがこれね。この歌が表しているものは何?」
それは確か、授業の解説で聞いたはずだ。問題なく答えられるだろう。
「確か……卵、だったか?」
「ご名答。デュースの好物でもある、卵の謎かけ歌だ。おめでとう、これでお前は先に進めるな。ところで、これは俺個人からの質問なんだが……」
トレイ先輩は眼鏡をあげ、ニヤリと笑って見せる。
「何か?」
「ハンプティ・ダンプティの歌は、一度割れたものは元の形には戻らないという教訓も含んでいるんだ。お前には、卵を割る覚悟はあるか?」
「それはどういう意味の言葉だ?」
「悪いな。俺も手のかかる後輩が可愛いもんで。簡単には教えてやれない」
どうやらトレイ先輩は答えてくれなさそうだ。俺は思っている事実を誠実に告げるしかないと踏んだ。
「覚悟ならとうに決めてきた。たとえこの先、どのような結果になろうとも、それは俺の切り拓いた結果だ。さあ、道を開けてもらおう」
――そう。例えそれが、この身が削れる茨の道であったとしても。
トレイ先輩とケイト先輩は顔を見合わせうなずいて道を開けた。道を塞ぐように彼らの背後に佇んでいた二本の薔薇の木が彼らと共に動いて、まるでまっすぐ中心を剣で切り裂かれたように道を分かれる。俺は彼らを越え、次の迷路へと急いだ。
やがて曲がり角にたどり着いたとき、二つ目の人影が見えた。片方は先ほど姿を消したエース、もう一人は馬術部の仲間としてもなじみ深いリドルだ。
「おっ、来たねシルバー先輩。意外に早かったじゃん」
「悪いね、シルバー。じゃじゃ馬の問題児とはいえ、僕も後輩は可愛いんだ。時間を稼いでくれと頼まれたら断れない」
「リドル、エース。そこを通してもらいたい」
無駄だとは分かっているが頼んでみる。想定通り、エースからは否定の答えが返ってきた。
「あれ? 知らないんだ、センパイ。ハーツラビュルじゃ薔薇の迷路を通り抜けるとき、必ずなぞなぞに答えなくちゃいけない決まりなんですよ!」
「……そんな法律はないけれど。今日はあってもかまわない。というわけでシルバー、答えてもらうよ」
「またなぞなぞか……」
ハーツラビュルの連中がお茶会を好きなのは知っていたが、まさか謎かけも好きだとは。デュースと接している間は、そんな風に思わなかったものなのだが。
「女王陛下の御前ですよ! 口の利き方には気を付けて、センパイ。でないと首をはねられちゃうかも……なーんて!」
「俺の付き従う主君はマレウス様のみだ。だが、答えなければ通してもらえないというのであれば答えよう」
「それじゃ問題です!『バラは赤い、スミレは青い、ピンクは優しい。じゃあ君は?』」
「何? それも薔薇の王国にある童謡の一種か?」
「そうでーす! でもまあ、あんまし有名じゃないんで、よその国の人は知らないだろうけど。どうです、あてずっぽうでも答えてみる? それともヒントが欲しかったり?」
エースは難しいでしょ? と猫のように意地悪そうな顔でニヤニヤ笑っている。しかし、これは俺にとって難しいというほどの問題ではなかった。むしろ、得意分野だ。
「……いや、答えよう。答えは『優しい』だ」
「おや、よくご存じだったね」
機嫌が良さそうにニヤリと笑うリドルの反応を見るに、どうやらこの答えは正解のようだ。
「恐らくだが――その詩の原型は茨の谷にも伝わる歌劇だ。まさか薔薇の王国にまで伝わっていて、あまつさえ童謡にまでなっているとは思わなかったが」
「ちぇ、なんだ。せっかく難易度上がったと思ったのに、ヨユーだったんじゃん!」
あからさまに口をとがらせるエースに俺は頭を抱える。
「……何がしたいんだお前たちは。用が済んだなら、いい加減通らせてもらうぞ」
「お待ちよ、シルバー。そんなに急ぐこともない。最後まで聞いてお行き」
「何をだ」
リドルに呼び止められ、足を止める。リドルの背後ではエースが頭の後ろに手を組んでいた。
「シルバー、『君は優しい』。だからこそ、その優しさが……あの子を追い詰めないよう、祈っているよ」
「センパイもデュースも、突っ走って暴走するタイプっしょ? お互いすれ違う前に、ここで頭クールダウンさせてくのも悪くないんじゃないですか。あとそれから、眠気覚ましもね!」
二人の忠告に、俺は一度頭に上った血と息を整える。確かに、冷静に話をできる状態ではなかったかもしれない。それに、多少眠気も近くまで来ている。デュースに会う前に、手持ちの対策具で目を覚ました方が良さそうだ。
「忠告、感謝する」
礼を告げ、リドルとエースの二人を後にする。薔薇の迷路のゴールはもう目の前にあった。
迷路の最後、突き当りの広間の奥。白いガゼボの陰にデュースは座り込んでいた。あの日と同じ茜と、夕暮れの陰がデュースを包んでいる。近づくと、デュースは気配に反応したのか開き気味の体育座りになった膝から薔薇の茂みへと視線をずらした。いつも真っ直ぐに合う瞳と、今は視線が合わない。こんなに近くにいるのに、デュースがとても遠い存在になったように思える。
「……どうして来たんですか。僕は先輩に釣り合わないんですよ」
「なぜ、そう思う」
「それは……」
デュースは黙り込む。だけど、このままでは平行線だ。
「デュース。俺はまだ、あの日の返事をしていない。それはお前の主張に納得が行っていないからだ。理由を聞かせてくれないか。お前が俺を諦めたがっている、その理由を」
「……確かに、筋通してないですね。あまり面白い話じゃないですけど……分かりました」
デュースはやはり視線を芝生に落としたまま、立てた片膝に手をついて、ぽつりぽつりと話し始めた。
「『お前は優等生になんかなれない』って、言われました。そんなの、いつものことなんですけど。ソイツが言うには、一度、不良(ワル)に落ちた人間は、死ぬまで不良(ワル)のまんまで、どんなに努力したって、初めから努力してきて優等生だったヤツには敵わないんだ、初めから立ってる土俵が違ってて、追いつくことも、追いすがることすらできやしないんだ、って。だから、お前なんかが優等生を目指すのは無駄でしかない馬鹿なことなんだ、って。……悔しいです。俺、もうヘコたれないって思ったのに。またこんなところでつまずいて、人の目ばっかり気にして」
「それは、お前が迷惑をかけてきた人間から言われた言葉か?」
「……いいえ、知らない人だったと思います。でも、僕が知らないだけで、ソイツにもどこかで迷惑をかけていたのかもしれない。それに実際迷惑をかけられた人たちは、僕にソイツと同じことを言うかもしれない。そう思うと、そんな風に人に迷惑をかけてきた人間が、人を好きになろうだなんて、おこがましいと思うから――だから、先輩のこと、諦めようと思ったんです」
デュースはそこで言葉を切る。俺は言いようのない怒りが湧いた。確かに過去、デュースは愚かな行いをしたのかもしれない。だからと言って、心を入れ替えて反省し、正しい人間になろうと――正しくあろうと、今している努力まで馬鹿にする権利が誰にあろうと言うのか。例え悪人であれど、人が人を好きになろうという気持ちを否定する権利が、誰にあろうと言うのか! そうした気持ちがあるからこそ、人は正しい道に導かれるのではないのか!
俺はそんなもの気にするな、お前はお前の道を行けと言おうとした。だが、違う。これではない。リドルの言葉を思い出す。
『シルバー、『君は優しい』。だからこそ、その優しさが……あの子を追い詰めないよう、祈っているよ』
今のデュースに必要なのは、安易な励ましや慰めじゃない。
『お前には、卵を割る覚悟はあるか?』
俺が伝えたいのは、ただの先輩としての言葉じゃない。
『罪ある人間を愛するときにすべきことはひとつ。己の心に嘘をつかないことじゃ。許せないことは許せないと言って相手を怒ってやる、それが真の愛じゃろうて』
俺が伝えたいのは――。
俺はデュースの前にもう一歩踏み出す。あの日、境界線のようだった茜色の夕日の影がつま先にかかった。それと同時に大きく息を吸い、心からの言葉を浴びせる。
「甘えるな。立て、デュース。確かにお前は不良だったのかもしれない。良くないことばかりしてきたのかもしれない。だが、お前は、魔法警察官になるという夢を定め、そのために優等生となる目標を立てたんだ。俺には自分が釣り合わない、だと? だったら、釣り合えると思えるようになるまで努力しろ。お前が選んだのは、そういう茨の道だろう。だとしたらこんなところで座り込んでいる暇はない。そんなもの乗り越えて、俺の一人や二人くらい、手に入れてみせないか!」
「先輩……」
――俺が伝えたかったのは、ただの「シルバー」としての言葉。
「……俺は待っている、デュース」
ようやくデュースは顔をあげる。ひどく情けない顔をしている。手を差し伸べると、デュースは涙が滲んでいた目を親指で荒くぬぐい、その手を取る。引き上げてやると、勢いにつまずきながらもデュースはしっかりと両足で地面を踏みしめ、両手で己の頬を張った。
「……っす。そうですよね。僕は優等生になるんだ。それで、欲しいもの全部手に入れてやる。つまんない奴らの悪口で、こんなところでヘコたれてなんからんねえ! ……すいません、叱ってもらってありがとうございました。気合入りました!」
「かまわない」
手のかかる後輩が増えたな、と苦笑いをこぼす。デュースはよく言われます、すいませんとこちらも苦笑いを返した。
「……それにしても、よく迷わずにここまで来られましたね。薔薇の迷路、複雑なのに」
「ああ。ハーツラビュルの奴らがご丁寧に道を塞いでいてくれたからな」
「えっ、先輩たちが?」
「ああ。リドルにエース、トレイ先輩やケイト先輩が……」
そのとき気付いた。ハーツラビュルの慣れない薔薇の迷路を、デュースの言う通り迷いもせず突っ切っていけたことを。足止めをしたいはずのケイト先輩が、眠る俺をわざわざ起こしてくれていたことを。もしやあれは、彼らなりの道案内だったのか? だとしたら妙な邪魔をしないで、素直にそう言えば良かったものを。
「……いい仲間を持ったな、デュース」
「へ? あ、先輩たち! それにエースも!」
「どうよデュース、問題解決した?」
「野暮なことを聞くのはおよしよ、エース。二人の顔を見れば一目瞭然だろう?」
背後から様子をうかがっていたらしいハーツラビュルの面々が集まってきたため、彼らにデュースを返してその日は退散となった。
後日。俺は改めて、突然の訪問で迷惑をかけたことの詫びとその後の話をしに、ハーツラビュルの寮にいるデュースのもとへ向かったのだが……。
「いや~、あんなん公開告白でしょ! つーわけでお二人さん、お幸せにー!」
「シルバー。規則は破らせないように頼むよ。まあ、君たちなら心配はいらないと思うけど……一応ね」
エースを始めとしたハーツラビュル寮の面々に口々と祝われ、辟易とする結果となってしまった。
「俺はこれからハーツラビュルに来る度にからかわれるのか? エースたちはともかく、リドルにまで言われるとは思わなかった」
「すいません、僕が先輩に大立ち回りをさせてしまったばっかりに……!」
「確かにあれは……悪い夢へ迷い込んだ気分にはなった。二度はあってほしくないが、理不尽な状況に対処するための良い経験にはなったと思っている」
「先輩、前向きですね」
「後ろを向いていても何も始まらないからな。お前も、他人の言葉など気にするな。お前を蔑ろにする者でなく、お前のことを心から大切に思う者の言葉を信じろ」
「ハイ! ……あれ、ってことは……先輩の言葉は信じていい、ってことですか?」
「ああ、かまわない」
デュースの髪や頬を指先で撫でると、デュースはどこか照れたように、けれど嬉しそうにへへ、と笑った。
――俺たちはあれから、甘く恋人らしい言葉を交わしたわけでも、そうした接触が著しく増えたわけでもない。それでも、互いが互いに好意を持ち、大切に思っているということを確かめられて、かけがえのない日々を過ごしている。それで十分だと、今日、今の俺は感じている。
*終わり
※コメントは最大1500文字、10回まで送信できます